暁の明星 宵の流星②
「そこをどけ、キイ!女を斬る!陛下の命令だ。
どのような人間でも、お前と接触する者は切り捨てろ、と」
アーシュラというゼムカの戦士はそう言うと、
背に挿した大きな剣をいきなり抜いた。
イェンランは青白く光る刃の光に気が遠くなりそうになった。
身体に力が入らない。
その言葉にキイは反射的にアーシュラの正面に立ちはだかった。
まるでイェンランを守るかのように、彼女を自分の背中ですっぽりと隠した感じで。
その様子に何故かアーシュラは逆上した。
「どけ!!」
アーシュラは自由になっている片方の手で、キイを押し退けようと突き出した。
イェンランは恐怖で二人の男の姿を見る余裕などなく、只がたがたと震える事しかできなかった。
自分はやはりここで殺されるのか。
イェンランに絶望の思いが走る。
あのまま、素直に桜花楼に連れて行かれればよかったのか。
ああ、だけど。
そうして自分の意に沿わぬ運命のまま生きるなんて。
生きている意味などどこにあるのだろうか。
だから一か八かの賭けに出た。
しかしもう、その賭けすらも自分は負けたのだ。
私は天からも見放されたのだ。
アーシュラの突き出した手を、キイは無言で跳ね除け、そのまま反射的に掴んだ。
「キイ、離せ!」
憤るアーシュラとは反対に、キイの表情は穏やかだった。
「ザイゼムに何を言われたか知らんが、この子を斬る事は俺が許さねぇよ」
優しげで、また断固とした強さを感じさせる声に、アーシュラの動きが止まった。
「アーシュラ、この子の着衣を見ろ。桜花楼の紋入りの生地じゃねぇか。
この世界では子供を産む女は希少価値。
しかも最高峰の女を集めてるといわれる天下の桜花楼。
お前さん達だって色々と世話になってるだろうに・・・。
しかもこんな少女を殺るなんて、未来の宝を潰すと同じだ」
「・・・・・」
「それにこんな子と接触したからって、何て事ないじゃないか。
身元がちゃんとわかってるんだから。
この子を見つける前、桜花楼の護衛に守られた一行が南に下って行ったのを見た。
きっとその群れからはみだした迷子だ。
彼女を返してやれば、お礼金ががっぽりもらえる」
「そうかもしれんが、キイ・・・」
アーシュラの納得しかねる表情に、キイはわざと自分の顔を近づけた。
アーシュラは動揺した。
「昔馴染みだろ、アーシュラ」
その深い声色に、アーシュラの力が抜けた。振り上げた剣を意思に反して下げてしまう。
昔から彼の囁く声には抵抗できない。
悔しいかな、彼の声には何かしらの魔力が宿ってるようにしか思えない。
「なあアーシュ。この子足に怪我して動けねぇんだ。俺が連れて行っていいよな?」
その言葉にアーシュラは我に返った。
「いや、それはだめだ!」
青ざめた顔を覗き込みながらキイはますます艶っぽい声で囁き
「俺が逃げるとでも?・・・・・こんな状態なのに?」
と、己の前髪をかき上げ額を露にした。
美しい形の額の中央には、黄色い光を放つ小さな球体が埋め込まれている。
「まったくお前の王様は・・・。俺様をこんな物で封印するとはよ。
そのお陰で俺の力はほとんど封印され、自分の気すら放つ事ができないんだから。
だからさ、お前とザイゼムが心配するような事は皆無だろ」
しばらくアーシュラはキイの顔を無言で見ていたが、はき捨てるようにこう言った。
「いや・・・。やはりだめだ。この娘はお前の提案で斬るのはやめにするが、これ以上接触する人間ができるとまずい。今私が使いの者を出す。桜花楼の護衛に引き取りに来て貰えばいいだろう。それでいいな」
キイの瞳に安堵の色が浮かぶ。
その様子に腹立だしさを感じながらも、アーシュラは自分の部下を呼び出そうとキイから離れた。
自分達の一族しか聞こえない笛を取り出し、仲間のいる方角に吹く。
すると何処ともなく、一人の戦士がアーシュラの前に現れた。
二人が手配のやり取りしている隙に、キイは背後で小さくなって震えてるイェンランを振り返り、彼女のそばへ急いだ。
死を覚悟していた彼女は、一向に何も起きないことを不思議に思いながら、ところどころ聞こえてくるキイとアーシュラの会話に耳を傾けていた。
男二人の低い声は森にかき消され、イェンランの耳にはっきりした内容は届いていなかったが、自分の身の振りを話し合っているということはわかった。
最後の「桜花楼の護衛に・・・」というところだけはかろうじて聞き取れた。
そっと自分に近づくキイにイェンランは怯えた瞳を向けた。
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