暁の明星 宵の流星⑦
ロダは狂ったように大声を張り上げながら、男の背中に凶器を振り下ろした。
お供の者たちは恐怖のあまり目を背け、その反対にヒヲリは彼から目が離せなかった。
ふ。
と、男が口元で微かに笑ったのを、ヒヲリは見逃さなかった。
次の瞬間、驚くような速さで腰から剣を抜くと、自分に振りかかった木片を払い除け、素早くロダの後ろに廻りこむ。そして思いっきり相手の頭部を剣の柄で強打した。
「ぐえっ!!」
妙な声を出してロダは血を吐きながら前方のテーブルに倒れこんだ。
先程まで手の付けられなかった男が、今はあまりにもあっけなく白目を向いている。
それはあっという間の出来事で、周囲の者達は呆然とその様子を見ていた。
「え?え、え、え?
い、今何が起こったの??」
お供の女達が信じられない様子で囁き合い、ヒヲリは男の無駄のない動きに感嘆した。
男は面倒臭そうに溜息をつくと、剣を腰の鞘に収めた。
立ちすくむヒヲリらに男は振り向き、一瞥すると
「おい、怪我人を心配したらどうだ」
と、遠巻きに自分を見つめている人間達に言った。
「あ、ああっ!オーナー!」
我に返ったヒヲリは真っ青になって、自分を助けようとしてくれた老人に駆け寄った。
「う、うぅぅ・・・」
かなりの打撲と受けた傷から血が流れていたが、息がある。
ヒヲリはほっとしたが、老齢の身体にはかなりのダメージを受けていると、はっきり見て取れる。
「誰か早くお医者さまに!」
その悲痛な彼女の声に、店の常連客が数名慌ててオーナーを抱えた。
「ヒヲリちゃん、大丈夫だ。先生のとこにすぐ運ぶから心配するな」
「おい!こっちで血まみれになってる護衛のにーちゃんも誰か運んでやれ!」
わらわらと酒場にいた人間達がいっせいに動き出した。
「おい、ロダの奴はどうする?まだ息があるぞ」
「手足縛っとけ。桜花楼が騒ぎ聞きつけて今やってくるだろうからよ。また暴れちゃ敵わなん」
怪我人を運びに何人かが店を出た後、残った客のひとりが感心したように言った。
「おう、それにしてもあの兄ちゃん、すっげぇ強くてびっくりしたよ」
隣の小さい男も同意した。
「ああ、ロダに何をどうしたのかって・・・見えないくらい早かった・・・」
「あの身のこなし、只者じゃないよ・・・な」
ひそひそと話す男達に、ヒヲリのお供をしている世話人【葉桜】の老女は鼻息荒く割り込んだ。
「まったく、あれだけの男達がいて、誰も手が出せないってどういうことかい!さっさと逃げ出したくせして。情けないったら・・・・」
そしてうっとりとその若い男を見つめると、
「それに比べて、お若い方なのに・・・・」
そそくさと他の若い【蕾】達を従えて、彼の方に近寄っていった。
「本当にありがとうございました!貴方のお陰でヒヲリ様が助かりました!」
若い男はつ、と女達の方を見た。若い【蕾】達は男の端整な姿を目の当たりにしてうっとりしている。
その様子に気付いたヒヲリも、慌てて自分を救ってくれた青年の元へ急いだ。
「本当に助けてくれてありがとうございます。なんとお礼をしたらよいか・・・」
頬を上気させ、まっすぐ自分を見上げるヒヲリに、男が何か言おうとしたその時、
「ヒ、ヒヲリ~っ」
桜花楼、第一城内番頭である、雷雲が大勢を引き連れて店に飛び込んできた。
禿げた頭の大男が動揺を隠さず、まっすぐヒヲリに駆け寄ると、ぐわし、と両腕を掴んだ。
「ヒヲリ!無事か?大丈夫か?怪我はないか?」
大声でまくし立てる雷雲に辟易しながらも、心配して駆けつけてくれたことが嬉しい。
雷雲はヒヲリが【蕾】時代のお目付け役で、彼女昇進と共に、第一城内【満桜】の番頭に出世した男だ。
なので昔からヒヲリをよく知っていて、まるで家族のように親しくしてくれている人間でもあった。
「大丈夫よ!雷雲ったら、痛いわ。私は平気だから安心して。・・・オーナーと護衛の者が私のために大変な事になってしまったけれど・・・。ほら、ここにいる若い武人の方が助けてくださったから・・・」
雷雲はその言葉に初めて青年の存在に気付き、ヒヲリから手を離して彼に深々と頭を下げた。
「そうでしたか。ほんっとうにありがとうございます・・・。このお礼は・・・」
と、ふと視線の先に男の剣の柄が目に止まった。
「げ!!【風神天】の紋章」
雷雲は興奮した。
「おおおお若いの!貴方のそそそそ・・それは、聖天風来寺の【風神天】の紋章ではっ?」
「いきなりどうしたの?雷雲」
あまりにもの雷雲の様子に心配になったヒヲリは言った。
「知っているのか」
「ええ、ええ、それはもぉ・・・・。わしは昔から武人さんの事はよく知ってまして~・・・いやいやそのぉ・・」
大したことはない、雷雲はただの格闘家おたくであった。
一般よりねちねちと詳しいだけである。
「柄に【風神天】・・・まさか・・・まさかですが・・・。貴方様はあの、噂に名高き・・・【暁の明星】・・・」
ざわ・・・
その言葉に周囲がどよめいた。
あの東を暴れまわった名高き武人【暁の明星】が、こんなに若くていい男なのか・・・・。
信じられない思いはあれど、先程のこの男の見事な立ち回りを目の当たりにして、妙に合点がいく。
「それが何か問題でもあるのか?」
「いえいえ、めっそうもない・・・」
雷雲はさらに興奮して両手を振った。
その場で果たして本人かどうかは、雷雲も確かめる術はなかったが、後に本名確認や男の近郊での色々な活躍などで、本物だと確信したのだ。
「とにかく将来の【夜桜】候補をお守りくださって、本当に感謝しております。で、桜花の方から是非お礼金を差し上げたい、と思うのですが・・・」
「いや、金はいらない」
「え、では・・・何か他のお礼でも。恩人様をこのままお返しすれば、わしが支配人に叱られてしまいますんで・・・」
おろおろする雷雲の後ろにいるヒヲリに、【暁の明星】は彼女を覗き込むように声をかけた。
「お前。桜花の女か」
「は、はい・・・」
「ええ、もう、このヒヲリはこの若さで中央城内に住まう【満桜】になったんですよ。極上の美女でしょう?」雷雲が自分の事のようにヒヲリを自慢する。
「いつから城内に上がる」
「え~・・・、もう雑務は終わっているので・・明日にでも部屋を与えられると思うのですが・・・」
代わりに雷雲が答える。
「そうか」
「で、旦那。先程のお礼の件なんですが・・・」
「許可証を発行してくれ」
「は?」
「桜花には招待状か許可証がなければ客になれんのだろう?」
「はあ、それはそうですが・・・」
「一許可証を取るのに身元の審査とかなりの金がかかると聞いた。俺にお礼金をくれるというなら、それで許可証を取ってくれないか」
雷雲の顔がぱぁっと明るくなった。
「それでよろしいんで?そんなことならお安い御用で。旦那ならすぐにでもご用意できますぜ!」
許可証を取る、という事は常連客になる、という事だ。
ヒヲリを助けたという事で身元審査も楽に通るだろう。
桜花にとっても客人になってくれた方が利益はあがる。
「では、明日」
「は?」
「この娘の明日の予定は?」
「え・・・。明日はまだ別に・・・」
「なら」
【暁の明星】は一呼吸置いてから、ただぼうっと自分を見つめているヒヲリに向かって言った。
「明晩、お前を抱きに行く」
| 固定リンク
「自作小説」カテゴリの記事
- 暁の明星 宵の流星 #204(2014.11.24)
- 暁の明星 宵の流星 #203(2014.11.05)
- 暁の明星 宵の流星 #202(2014.08.10)
- 暁の明星 宵の流星 #201(2014.07.13)
- 暁の明星 宵の流星 #200(2014.05.22)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント