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2010年1月28日 (木)

暁の明星 宵の流星⑥

東の地は、十何年か前にこの国を統一していた民族が滅んだため、ここ数年内乱が内乱を呼び無法地帯と化していた。
大陸一、大きい国だったため民族も独立州も多く何度となく戦争を起こしてきた東の国。
それを300年もの間、紆余曲折あれど統率していたセド王族とその民が滅ぼされてからというもの、混沌とした状勢が、大陸の他の国にまで飛び火し、ここ何年か大陸全土に不穏な空気が続いていた。

中央の中立国ゲウラ。
北の貧しい国モウラ。
南の独裁者が総べる国リドン。
西の穏やかな友好的な国ルジャン。
そして大陸一大きく、他民族が集まるゲウラ程ではないが、いろんな大小の州や村が存在し、今は中心部を失い長い動乱の地となってしまっている東の国。(昔はセド族にちなみ、セドラン共和国と呼ばれていたが、今ではただの東の国となってしまっている)
そして東の国崩壊と共に、大陸としてひとつになろうとする各国の思惑も強くなっていき、最近では大戦争がいつ起こってもおかしくない程大陸は張り詰めていた。
そして、この大陸の五大国の他には、傍観している別の自治国、民族がいくつかあった。
そのひとつに、先に出た武人の聖地、聖天風来寺のある聖天山は東の国の最北の外れにあり、大陸の信仰の源である天空飛来という教会がある聖人の集う神の国オーンは、東の国の最南にある孤島に存在する。
後は流浪の男だけの民族ゼムカ。それよりは規模が小さくなるが2~3の民族が大陸の国とは別に独立政治を行っている。それらの民は、深い森や外れた島などに点在していて、ひっそりと暮らしているのだ。

そういう情勢下もあって、東の国には賊や犯罪者が好き放題にのさばり、東の国民は安心して暮らして行ける状態ではなかった。
そんな東の国に現れた若い武人。
別に正義感で行動していたようではなかったのだが(ただ煩わしい目の前の虫を潰しただけ、という)、賊や悪人に脅かされていた民にはもうこれでも充分な喜びであったのだ。
その武勇伝は先ほどもいったように尾ひれ羽ひれがついたかもしれないが、【暁の明星】という名を全国に広めた。
とにかく自分の名が意外にも世間に広まっている事に、当の【暁】は面倒だと少なからず思っていたようだ。
その証に決して自分から名乗りはしない。特に【暁の明星】とは絶対本人の口からは出るはずもなく。
それでもその強さとオーラ。知る人ぞ知る剣の【風神天】の紋章で、いつも他者に知られてしまうのだったが。

もちろん東国の近隣であり、一番情報が早いゲウラでも、彼の事を知らない者はいなかった。
しかも伝説の武人、として変に理想化されて隠れたファンがいるくらいに彼は有名だった。
   

その噂の主が何故か2年前この桜花の町に現れた。

もちろん初めはこの青年が【暁の明星】とは誰も気が付かなかった。

桜花の城下町はその時青嵐祭という、桜花楼の季節の祭りの真っ最中で、いつになく他国からの客人で賑わっていた。
中央の中立国であるが故のひとつの機能は“情報”である。
表立ってはいないが、各国の重要人物や果ては情報屋までが、この町で裏では大陸各国の機密などを情報交換しているのは暗黙の了解でもあった。
もちろん中立国で争う事はご法度のなため、裏で何事もなく情報交換をを人知れず行わうのが常識である。
特に祭りともなれば、どんな輩がどんな情報や厄介ごとを持ち込んだかなんて計り知れない。
なので意外にもお祭り時はトラブルも多い。
つい先程だって、敵国のスパイと通じた男がばれて強制退国直後に処刑されたり、酒場で女の取り合いして大乱闘になり入国拒否された輩がいたり・・・と、祭時はこういうお祭騒ぎも多いのだ。

その当時のヒヲリは若干はたちで【蕾】から【満桜】に昇進が決まり、【蕾】として最後のお勉めで城下にお供と来ていた。ヒヲリは各関係者と世話になった客に、挨拶も兼ねて城下町のある酒場に訪れた。

「おお、ワシの可愛いヒヲリ。【満桜】に昇進おめでとう。これからはめったに此処へは来れないのは寂しいが、【夜桜】を目指して頑張ってくれよ。期待しているからね」
歳はとうに70は過ぎているこの店のオーナーは、ヒヲリをまるで実の孫のように可愛がってくれた人だ。
実は親を亡くした七つのヒヲリが、このゲウラのはずれで彷徨っていたのを、この優しい老人が救ってくれたのだ。
温かい食べ物と清潔な着物を着せてくれ、ヒヲリは感謝の涙が止まらなかった事を思い出す。
此処では子供は専用の託児館に預けなくてはいけない所を、このオーナーが町の中央に掛け合って自分の元に置いてくれた。
それ以来、ヒヲリはオーナーのために幼いながらも店を手伝い、ここで色々な処世術を覚えたと言っても過言ではない。
しかしてヒヲリは成長するにつれ、絶世の美少女ぶりが人の目に留まるようになり、13歳で入城を勧められた。
普通は15歳から入城するのが常であるため、ヒヲリは異例であった。
もちろん、幼い美少女に早々と悪い虫が付かないように、早めに桜花楼の支配下に置いた方が彼女のためと思い、オーナ-は承知した。これでヒヲリに、屑のような男が寄ってくる心配もなくなるからだ。
異例のヒヲリはまだ15になっていない為、2年間、オーナーの元から城に通い、全てのマナー教養、芸事をみっちりと叩き込まれた。すでに彼女の才に気付いた桜花楼の最高支配人は、ヒヲリを最終的には最高級の【夜桜】に育て上げようと思っていた。
なので若干二十歳の【満桜】の誕生は、なるべくしてそうなったと言ってよかった。
年老いたオーナーも、最高の【夜桜】になれば、位の高い相手を選べるし、運がよければ王族の夫人になる事だって夢ではないし、そうなればヒヲリの人生は安泰だと、彼女の昇進を一番に喜んだ。
ヒヲリはオーナーに挨拶を済ませ、お供の老齢の【葉桜】と身の回りの世話をする後輩の【蕾】二人、警護の男一人に囲まれて、次の店に向かおうとした。

と、そこへ一人のずんぐりとした男が、酒を飲んでいるのかかなりの赤ら顔で、出口に向かうヒヲリたちをふさぐように躍り出た。
「ヒヲリ、あんたの事が好きなんだ。頼むから城に上がらないでくれ」
涙ながらに男はヒヲリの前に跪いた。
「ロダ!」
驚いてヒヲリは口を手で覆った。
この男は彼女が入城を進められる前から言い寄っていた近所の宿屋の使用人だ。
人好きのするヒヲリでも、この男だけはどうしても嫌だった。
いつもしつこく付き纏い、実はこの存在もあって入城を進めたとも言ってもいいくらいだった。
もちろん小心者でもあるこの男は、彼女の入城が決まってからはおいそれと言い寄ってくることもなくなったのだが、実はもう何年もくすぶる想いを溜め込んでいた。金も才もない自分には、ヒヲリが【満桜】になってしまったら、自分のものにする可能性は完全に失われる。そう思った時彼はいたたまれない衝動に陥り、酒の力を借りてでもヒヲリを強奪しようと思ったのだ。もちろんそれは死罪に値する。でも彼はヒヲリを失うくらいならどうでもいいと思っていたのだ。金も才もないロダではあるが、実は元傭兵で意外と力だけは強い。ただ変におどおどする性格が災いし、戦士としては不適切だったため何度もクビになり、この町に流れて来たということだ。
だが、酒の力とヒヲリ恋しさのあまり我を忘れたロダには、向かう敵はいなかった。

護衛の者が捕らえるよりも早く、ヒヲリは男に抱きかかえられてしまった。
あっという間の出来事で、皆が唖然とした瞬間、ロダは近くにあった酒瓶で、慌てて取り押さえようとする護衛に向けて鮮やかな手つきで振り回した。
「いや!やめて!誰か・・・」ヒヲリはもがいた。
だがもがけばもがくほどロダの腕の力は強くなる。
(く、苦しい・・・)
華奢なヒヲリには堪ったものではない。
息が浅くなり意識が朦朧としてきた。
急を感じた護衛は必死に男に掴みかかろうとしたその時、ロダは護衛めがけて力一杯瓶を振り下ろした。
もの凄い音がして、護衛の頭が血に染まった。
女の甲高い悲鳴が上がり、周りの男達は只ならぬロダの様相に恐れをなして皆その場から遠のいて行く。
「は、ははは、桜花の護衛なんて大したことねぇじゃないか!こんなことなら早くこうしてやりゃよかったよ」
得意げに口の割れた瓶を振り回す。
「やめんか、ロダ!こんな事してどうなるかお前は知っているだろ?ヒヲリを返すんじゃ!この娘を返せ!死んじまう」
オーナーの悲痛な声に、男は愛しいヒヲリの様子にやっと気付いた。
「おお、ヒヲリ、許してくれ」
ロダは少しだけ彼女を抱きしめていた力を緩めた。
コホコホッとヒヲリは軽く咳き込んだ。
今だ、と、オーナーは老齢の身体でロダの懐に入り込もうとした。
ところが調子に乗っているロダはすぐさま気が付き、持っていた瓶を放り投げ、オーナーの頭を鷲掴み、思いっきり投げ飛ばした。
「きゃぁぁ!オーナー!」
お供の者たちは泣き叫んだ。オーナーは軽く宙を舞い、大きな音を立てて隅のテーブルに落ちた。
「ふん、俺の邪魔するからだ」
ロダは吐き捨てるように言うと、今度はヒヲリを大事そうに抱え直し、鼻歌まじりに出口に向かった。
今の彼には向かう敵などひとりもいない、このままヒヲリを自分の物にできるという根拠のない自信に支配され、何も怖くなくなっていた。誰あろう、この俺様の邪魔などさせない。そんな感じでロダは気分が高揚していた。
と、彼がそのまま意気揚々と外に出ようとした時だった。

ガターン!

足元を遮るように、先ほどオーナーが落下して壊れたテーブルの破片が、ロダの目前に飛んできた。
邪魔をされたと思い、カッとしたロダは辺りを見回し大声で叫んだ。
「誰だ!ぶっ殺されてぇのか!!」
 ロダの目に入ったのは、人の引いたホールの中央より右端のテーブルで背を向け、何事もなかったかのようにひとり酌を傾けていた若い男の姿だった。
「お前か!!」
気が大きくなっていたロダはいつもの自分とは違い、挑むようにその男の元へ引き返した。
何事もなかったかのように、涼しげな顔をした男に、ロダは言い知れぬ怒りを感じた。
「貴様!いい度胸してるじゃないか。若造のくせに俺様の邪魔をするとは!」
「うるさい」
「何っ?」
「豚がビィビィうるさくて、美味い酒が飲めん」
「な、何だとぉー・・・」
ロダの怒りは頂点に達した。
我を忘れたロダは、ヒヲリを抱えたまま、男の胸倉(むなぐら)を掴もうとした。
と、その時。
男は無駄のない動きでロダの手をかわすと、身軽にテーブルの上に乗り上げた。
「な、生意気な・・」
わなわなとロダは男に食って掛かっていった。
今の彼はヒヲリの事など不覚にも全く忘れていた。いとも簡単に自分の攻撃をかわす男に夢中で、ロダは思わずヒヲリを宙に投げてしまった。
「あ」
と皆が息を呑んだその瞬間、若い男は優雅な身のこなしで宙を舞い、軽々とヒヲリを受け止めた。
ヒヲリは胸が高鳴った。
間近にこの男の端整な顔がある。
不思議な麝香の香りが、ヒヲリの鼻腔をくすぐった。
男はひらりと音もなく床に降り立つと、息を潜めてたお供の者たちの方へヒヲリを手渡した。
「あ、ありがとうございます・・・・」
ヒヲリもお供たちも、まるで夢を見ているかのようだった。

その様子に怒りを爆発させたロダは、床に落ちていた木の破片を手に取り、男の背に襲い掛かった。
「うぉぉぉぉっぉぉぉ~っ」
「危ない!」
思わずヒヲリは叫んでいた。

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