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2010年1月17日 (日)

暁の明星 宵の流星③

「私、これからどうなるの?
殺されてしまうの?
・・・それともまたあそこへ連れ戻されてしまうの?
私・・・私・・・・やっとの思いで逃げ出したのに・・・・」

イェンランの愛らしい黒い瞳から涙がこぼれ、綺麗な雫がポタポタと彼女の膝の上に落ちていく。
その様子にいたたまれなくなったキイは、そっと彼女の傍に跪くと、優しく抱き寄せた。
ふわりと甘い花の香りがする。
それは故郷に咲く、名も知らぬ白い花の香りに似ていた。
懐かしさを感じさせる香りに、うっとりと彼女は彼に身を委ねる。
(温かい・・・)
彼の優しい波動に、先程まで支配していた恐怖がどんどん薄れ、癒されていくようだ。
「お嬢ちゃんはいくつだ?」
「十五・・・・」
「そうか・・・」
キイはイェンランが宵闇のようだと感じた深い声で、ゆっくりと囁いた。

「お嬢ちゃん。
女として生まれた事を呪ってはいけないよ」

思いもかけない言葉に驚いてイェンランは顔を上げた。
その先には切なくも慈愛に満ちた瞳が自分を見下ろしていた。
イェンランの鼓動は早鐘のように打ち、息が詰まりそうになった。

「生きろ、お嬢ちゃん。
どんな事をしてでも生き延びろ。
それが今現在、自分の意に沿わない場所だとしても。
厳しくても、苦しくても、生きていればきっと希望は見えてくる。
この世に生まれて、意味のない人間なんていない」
それはイェンランに言っているようで、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。

そして何を思ったのか、自分がしていた虹色の石を数珠状につなげたブレスレットを外し、いきなり繋げていた糸を引き千切った。
驚いたイェンランは声もなくキイの様子を伺う。
彼は素早くその虹色の石の一粒を彼女の手に握らせ、残りの石を自分の懐に仕舞った。
そして戸惑う彼女に微笑み、そっと耳打ちした。
「お守り」
「え」
「こいつは君を守ってくれる。持っていきな」
イェンランの掌の上で、親指の先ほどくらいの玉石が柔らかな光を自ら放っていた。
「きれい・・・・。これを持っていたら、あなたにまた会える?」
「・・・はは。そうだな。こいつは自分の仲間を恋しがるから、君が大事にしてくれれば、きっと」

「何してる!キイ!」
突然後ろからアーシュラの声が飛んだ。
「さ、早く仕舞って!」
キイは彼女を促すと、さっと立ち上がりアーシュラの元へ戻って行った。

「何をあの女と話していたんだ」
アーシュラは苛立つ声で吐き捨てるように言うと、ぎろりとイェンランを睨み付けた。
「あの子の足の様子を診ていたんだ。やはり動けそうにもないから、誰か運んでやんねぇと」
「そんなことは、桜花楼の連中がするだろうよ」
かなりの機嫌の悪さに、キイは肩をすくめ、やれやれという顔をして言った。
「わかったよ。お前の顔を立てて、俺はどっかに隠れるよ。これ以上俺の存在を他の連中に知られちゃ困るんだろ?その代わり、ちゃんとあの子が保護されるまで見張ってるからな」


それからしばらくしてイェンランは迎えと共に、一行の群れに戻された。
桜花楼は多大な礼金をゼムカに支払い、そして彼らは跡形もなく消え去って行った。
イェンランは全てを納得した訳ではなかったが、キイの言葉と虹の石を胸に、「生き抜こう」という意思を固めた。
どんな場所でも、自分は生き延びる。
そしていつかは力を付けて、この生きた牢獄から自由になってやる。
このときのイェンランには、それが生きるための活力だった。

ただ、とイェンランは思う。
ここに来てもうすでに3年・・・。
あの時のあの人は「女として生まれた事を呪うな」と言ったけれど、この場所では到底無理だった。
我慢して男達の相手をしてきたことが、虚しさと怒りをどんどん膨れさせていく。
女として生まれた事に憎しみすら感じてしまう。
だからなのか。
最近本当によくあの人の夢を見る。
初めて男を経験した時も、その後そういう行為をさせられる度に、イェンランは虹の石を手に握り締め、この相手が彼だと思い込むようにしていた。
辛くて苦痛なその時間も、そうすれば多少気持ちが紛れ、我慢する事ができた。

最初の人が、彼であって欲しかった。
そしてもう一度彼に逢いたかった。

自分はあの時、恋に落ちたのかもしれない。
当時は子供過ぎてよくわからなかったけれど。

宵闇はイェンランを感傷的にさせる。
気が付くとうっすらと西の方向に明るさが戻りつつあった。


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