暁の明星 宵の流星⑤
雷雲の言っている事はあながち嘘でもないが、かなり誇張されているようだ。
確かに【暁の明星】は、はるか動乱の東の国で知らぬ者は誰もいないほどの猛者である。
その噂は風と共に大陸全土を駆け巡り、その間に色々と尾ひれが付いて伝わったところもあったようだが・・・。
真実(ほんとう)のところはどうなのか。
それは当事者しかわからないだろうが、とにかく【暁の明星】は豪く強く、国政が安定していないほぼ無法地帯の東の国で数々と暴れまわった事は確かなようだ。
「とにかく暁の方は、大陸の中でも最も優れ、最強な武人や格闘家がいる聖天風来寺(しょうてんふらいじ)出身だというじゃねぇか。その中でも飛び抜けて強かったから、己の腕を試すために動乱の東方で武者修行に出たって事らしいよ。東では潰しちまった賊やら何やら凄い数らしい」
(全く雷雲ったら、あの方の話になると止まらないんだから・・・)
ヒヲリは苦笑した。自分の心はすでに階下に来られてるだろう、思い人に向かっているのに。
そんなヒヲリを知らずか、雷雲の話は止まらない。
「きっともう東の国であの方に敵う輩がいなくなったのさ。だから此処にいらっしゃったんだと思うんだ」
そうなのだ。
噂に高き【暁の明星】はふらり、と2年前この桜花の町にやって来た。
何の前触れもなく。
雷雲の妄想ではそのように片付けられていたが、ヒヲリは何故か別の理由でここに来たように思えて仕方がなかった。
実際、雷雲の話には少々間違いがあるかもしれない。
ヒヲリが別の客から聞いたのは、【暁の明星】はあまりにも暴れすぎて、手に負えなくなった聖天風来寺が追い出したという説もあるとか。
とにかく真実がどうなのか、それは関係者以外は知る術はないが。
そしてまことしめやかに囁かれるもうひとつの噂。
聖天風来を【暁の明星】と共に出た、恒星の双璧と呼ばれる人間がいたということ。
数々の武勇伝に、共に出てくるもう一人の人間の存在。
つまり、東で暴れていたのは【暁】だけではなかったのである。
しかし、その噂もある年ぷつりと消えてしまった。
噂されていた恒星の双璧のひとりは、いつの間にか存在がなくなり、ここ4年以上は【暁】の活躍ばかりが聞こえてくるようになっていた。姿を見たこともない他の国々の人間には、話題が上らなくなれば記憶が薄れるのは仕方がない。なのでここ何年かは【暁の明星】の話題で持ちきりだったのだ。
「わかったから、雷雲。時間に遅れてしまうわ。早く支度をさせて!」
「おおっと!すまん、すまん。じゃ、わしは先に行って暁の方を出迎えに行ってくるな。ヒヲリもがっつりめかし込めよ。きっと今晩もお前さんご指名だろうからな。はっはっは」
ヒヲリは顔を赤らめて軽く雷雲を睨みつけた。
「まったく、余計な事言わないで!」
「はいはい。
・・・・・・それにしても・・・」
行きかけた雷雲はふと再びヒヲリに振り向いた。
「なあに?」
「いや~・・・前から【暁の明星】の噂は知っていたが・・・。実物を初め見たときゃ驚いたなぁ。
数々の武勇伝から、わしはかなりの屈強の大男で、かなりいい歳の・・・」
「驚きました。あの有名な【暁の明星】殿が、こんなにお若い方とは!」
第一城内に入る手前の入り口で、受付を担当している若い守衛が感嘆の眼差しでアムイを見つめた。
「若いったって、俺はもう25も過ぎてるよ」
ぶっきらぼうにそう言うと、入城料を守衛に手渡し、ひらひらと片手を振って中に入って行く。
その隙のない背と身のこなしに見とれながら、守衛は思わず溜息をついた。
今まで猛者と呼ばれる戦士や武人の客を何人も見てきたが、どう見ても彼だけは特出している。
それは彼の優雅な身のこなしや、何故か気品を感じさせる佇まい。
その事が百戦錬磨の猛者という印象を与えないのだ。
すらりと背が高く、均整のとれた筋肉質な身体。
かといって着痩せするのか、ごついイメージはない。
そのしなやかな姿のどこが東の国で暴れまわっていた男だと見えようか。
加えて端整で精悍な男性らしい顔立ち。
黒く短く刈っている頭髪は前髪だけ少々長く、それが鋭さを秘めた黒い瞳を際立たせていた。
そして雷雲の言うとおり、数々の武勇伝からでは想像もつかない彼の若さ。
聖天風来寺を出るのは平均15年以上の修行を積んでからが通説で、普通入所するのも10歳からと決められている。もちろん入るための基礎体力や適正に当てはまった者しか認められず、厳しい試験があるのだ。それゆえに、入所15年は修行を完全に遂行すると、聖天風来側は合格者と契約を交わす。
もし本当に天下の聖天風来が手に負えなくて追い出したのだとしても、15年以上、という契約を簡単に反故してという事はあり得ないはずだ。
そういう通説のため、【暁の明星】の若さに皆驚くのである。
本当に異例中の異例なのか。
事実、アムイの持っている剣は、【風神天】という聖天風来の最高僧から贈られる紋が刻まれていた。
なので【暁の明星】が聖天風来と縁がないとは言い切れない。
しかも噂では、この別名もその高僧から貰い受けたのでは、とされていた。
そういう諸々な事が、実際の本人を目にした者の憶測と想像を招き、彼をますます神聖化していっているようだった。
そんな風情だから、まことアムイは女にモテた。
他の土地では知らないが、アムイを知る女たちからの人気は凄まじいものがあった。
ところが当の本人はというと、愛想がよいとは決して言えず、あまり感情を表に出さない寡黙な男であった。
まして女たちにお世辞を言ったり、口説いたりする姿を見たことがない。
そんな冷たさが、かえって女 たちの興味を惹き、男達にはその凛とした態度が好感を持たれていた。
彼が現れただけで、その場の空気が変わる。
彼を神聖化する者は、ほとんどが実物を拝んだ者だけだ。
若いのに他者を圧倒させるオーラ。
武人、という荒い気でない、ある種の王族が放つ独特の貴人の気を纏っているようだった。
世間一般ではよく知られていないが、格闘をかじった者なら知っているという武人の気。
その中でも何年も修行しなければ習得は難しいとされる、神王ランクにもたらされる【金環(きんかん)の気】。
アムイ、もとい【暁の明星】は、なんとこの若さでこの気をすでに持っていた。
しかもその武人最高の気を戦いに惜しげもなく使う。
もちろん剣の名手であり、あらゆる戦術は身につけているが、多大な猛者たちを震撼させたのは、何と言ってもこの【金環の気】を凝縮した波動攻撃に他ならなかった。
普段はこういう武人の持つ気は表には出さないが、ある程度修行した武人にはその気を感じ取る事はできる。
その者が放つ気を感じ取り、それが誰であるかも、たとえそれが遠方であってもその存在を、上級者ならわかるのだ。
噂の東から来た男。
2年前、ふらりと前触れもなくこの男は桜花楼にやって来た。
最初は3ヶ月ほどに一度。
桜花に通うには多額の金がいる。
多分色々な所で無所属の用心棒などして金を稼いでは桜花に訪れているらしい。
それがここ、一年。
3ヶ月が2ヶ月に。2ヶ月がひと月に。
だんだんと頻繁に通ってくるようになったのだ。
しかもここ最近ではほぼ一週間毎にやって来るようになった。
その度に、中級娼婦であるヒヲリを必ず指名する。
城内の者は普通に考えて彼はヒヲリにご執心だと思っている。
だが直に接している当の本人はどうしてもそうとは思えなかった。
あの件でヒヲリの不安が的中した事もそうだが、アムイの頑なな態度には謎が多く、彼の考えが全くわからない。
それでも、とヒヲリは思うのだった。
かりそめでもいい。自分の一方通行の想いでもいい。
とにかく彼は数多の女性の中から、自分を求めてくれているのだ。
ヒヲリはその事だけに小さな希望をつなげていた。
あの2年前。
初めてアムイと出会った時から・・・・・。
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