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2010年2月27日 (土)

暁の明星 宵の流星 #26

その5・追憶の森

人の噂も人の評判も、意外と実際とは多少異なっていたりするものだ。

「おい、キイ。お前、昨夜遅かったけど・・・。まさか・・・」
「いや~、昨日出会ったあの娘、俺のことなかなか離してくんなくってさぁ!」
と、輝くばかりの笑顔を見せる自分の相棒に、アムイは溜息をついた。
「だからと言って、なにも付き合って夜更けまでいるこたないだろ!」
むっとしたアムイにキイはふっと意地悪く笑った。
「あ~、悪い。そのせいでお前は眠れなかったんだっけ。
なぁ、だからさ。少しはお前も女の子と遊んでみたらどうなんだよ」
まったく。
二人で聖天風来寺を出てからというもの、最近のキイは二言目(ふたことめ)にはいつもこれだ。
「俺は女なんて、興味ない」
「男ならあるのか?」
キイはわざと目を剥いた。
「そうじゃなくて・・・」
「ったく、お前は本当に女にはきついんだから。それじゃもてないぞ」
「キイの方こそ女に甘すぎる。それだからいつもくっついてくるんじゃないか、女」

数ヶ月前、南の国の王女が東で一番大きな州・風砂(ふうさ)の総督に輿入れするため、東の国にやってきた。
その護衛の仕事を頼まれて、やっと任務が終わり、たんまりと報酬を貰って2ヶ月過ぎた。
この2ヶ月は、揉め事らしいいざこざもなく、トラブルもなく、割と平和な日々が続いていた。
だがキイはその時出会った、あのティアンとかいう胡散臭い宰相に、身体を触られた事のストレスがピークに達していて、もう我慢の限界だった。なのでこっそりと貯めていたその大金を握り締め、ストレス解消のためにある村で豪遊したのだった。
もちろんアムイには内緒で。

「あのな、アムイ。女はいいぞ。柔らかくって優しくって、甘い」
「はいはい」
「本当にお前って堅物だな。一度女抱いてみろ。世界が変わるぜ」
「必要ないよ」
アムイは何となく赤くなって答えた。
その様子にキイは口を尖らせた。
「少しはそういうのも必要だと思うぞ。抱き心地だって最高なんだ。お前もぐっすり眠れるかもな」
「もうそんな話、やめろよ。俺には必要ないんだって!」
アムイはむかむかしてきた。
「俺にはお前がいるんだから。そんなの必要ないんだよ」
その時のキイの顔を、俺はよく覚えている。
あの男が滅多に見せない切ない顔。少し困ったような、寂しげな瞳。
特に最近、あいつのそんな顔が増えてきている気がする。

ああ、そうだ。

それからすぐにこの地方一帯を暴れまわっている馬賊と遭遇し・・・。
まさかあのキイが、奴らにやられるとは思ってもみなかった。
あいつらが喜び勇んで叫ぶ声も今だに耳に残っている・・・。
(やったぞ!!宵の流星を仕留めたぞ!!)
(まさかの宵の流星よ。我が手中に落ちるとは・・・・。)
それからどうなったのか俺にもわからない。
俺は冷静さを欠いた。
無我夢中だった。
気が付いたら微かなキイの気と共に、あいつの姿はどこにもなく・‥…━━━

「兄貴。起きてる?それとも起こしちゃったかな・・・」
アムイはサクヤの声で我に返った。
どうやら少しうとうとしていたらしい。
キイの夢を見るなんて、しかもあいつが姿を消す日の最後の会話。
アムイはキイと離れてから、ずっと深い眠りに落ちていなかった。
浅い、途切れ途切れの眠り。
ただ、少しだけ。
女の肌を自分の肌に感じたときは、心なしか少しは眠れたのだが。
そう思うと、アムイは皮肉にも笑いがこみ上げてくる。
少なからずキイの言った通りじゃないか。
こんな俺を今のあいつが知ったら、どんな顔するよ。

「いや、起きてるよ」
アムイは木にもたれていた体を微かに動かした。
「うん、兄貴の言っていた人が今来てるんだけど」
「やっと来たか」
アムイはがばっと起き上がると、サクヤと共に例の人間のいる場所へと向かった。

ここはちょうど西の国境付近の森の中だ。
ちょっと小振りの丘の上で、アムイ達が見下ろすと、そこは西の国、ルジャンの入り口がある。
「ああ、暁の旦那」
その男はイェンランから温かい飲み物を渡されていた。
「お久しぶりで。いやぁ、まさか旦那にこんな可愛いお仲間がいるなんて思いもしなかったですよ」
アムイは最後の言葉を無視して、いきなり本題に入った。
「凪(なぎ)、悪いなこんな所に呼び出して。例のもの、持って来てくれたか」
小柄で見るからにすばしっこそうな男はにっと笑うと、自分の懐からごそごそと数枚の紙束を出した。
「お約束の通国証で」
アムイはそれをお金の入った小袋と交換した。
「へへ。いつもありがとうございます」
「うわぁ~、偽造通国証!!オレ初めて見た!」
サクヤがアムイの手の中にある紙束を見て声を出した。
「え~、ほんと?あ、すごぉい」
イェンランも覗き込んだ。
大陸にある五大王国の国境には何箇所か隣国との通用門があって、そこを通るには必ず身分証明が記載されている国家承認証が必要だ。
アムイは西の国境近くに在中している、凪・・・この男の仲間に今朝注文していたのだ。
彼は大陸全土に散ばるなんでも屋の組織のひとりで、金さえ払えばどんなものでも用立ててくれる。
もちろん裏でも違法でもなんでもしてくれる、名前そのままの「なんでも」屋である。
その彼らには、情報屋としての側面もあって、確かで早い有力な情報も金で売っている。
この凪という男、東の国からのアムイの馴染みだ。

「あれ?・・・・オレ達の分まである・・・・」
サクヤは紙束に書かれている文字に気が付いた。
それを見たアムイは、通国証をサクヤに無造作に渡すと、
「後で請求するから」
と、ぷいっとして凪の方に体を向けた。
サクヤは思わず笑みが出てしまう。
「あ。ほんとに私の名前まである!」
自分の分の通国証を手にしたイェンランは感心したように書面を見ている。
「兄貴って・・・」
「え?」
「“自分の事は自分で解決する”って言ってなかったけ」
「あ」
「あの人ってこういうところがあるんだよな・・・」
サクヤは何故か口元が緩んでしょうがない。
その彼の様子をイェンランは興味深く見ていた。

「ところで凪、例の件だが何かわかったか」
アムイは二人の事は眼中にない、といった風情で凪と向き合っていた。
「ええ、旦那。お聞きの情報なんですがね」
そこまで言って凪は言葉を止める。
アムイは何の躊躇もなく、金の入った小袋を彼に手渡した。
「ゼムカ族がこの西の国に入ったのは間違いないです。明け方近くだったらしいですが」
と、凪は袋を胸元に突っ込みながら話し始める。
「それでどの方角に向かった」
「それがですね・・・。何か変でして」
「変?」
「今日の夕方、桜花楼からの第2隊が西の国入りしたのは、まぁわかるんですが、その第2隊も、最初に入った第一隊も、皆二手に分かれているんですよ。つまり分散している」
「・・・・・・」
「最初の一行は・・・多分旦那の言う王達でしょう。西の首都ウェンディーからぷっつり北と南に分かれている。で、次の団体も同じく北と南。だから完全にゼムカの奴らがどこに向かったとは、はっきりしないんですよ」
アムイは眉根を寄せた。
という事は、奴らはキイの行方をわからなくするために・・・。
しかもこれだけの情報では賭けに等しい。
どっちが当たりか。
「どちらというと、最近ゼムカの王と親密にしているらしい、南のリドンに王は向かってるんじゃないかと思うんですがね。今は南も独裁者ガーフィン大帝の警備が厳しくて、簡単には入国できないそうですが・・・・。
あと、北の方は最近荒れ気味でして。東の影響を諸に被ってまして、治安がよろしくないです。
北の方で考えられるのは、そこにはゼムカ前王の隠居後の館があるらしい・・・・ということくらいで・・・。
こんな感じなんですよ。すみませんねぇ・・・」
「そうか、ありがとう。また何か掴んだら俺に教えてくれるか。小さな事でもいいから」
と、アムイは凪にまた小袋を手に握らせた。
「わかりました。もちっと探りを入れてみます。
・・・・・ところで、暁の旦那」
「何だ?」
「ここの所、東の荒れ方は半端じゃないです。・・・・暁の明星がいなくなってからは特に。
そのために東の人間が結構北へ西へと流れてきているようですよ。
・・・・なので今財政に苦しんでる北の国はピリピリしちまって、入国審査も南以上にかなり厳しい。
もし北に行くのなら、裏を通るしかなさそうです。まだ南の方が偽造しやすいんですがね」
「わかった。世話になったな、凪」
アムイはそう言うと凪に背を向け、二人の方へやって来た。
「結構厳しそうだね、兄貴」
アムイはサクヤの手から自分の通国証を抜き取ると、懐にしまった。
「とにかく、今夜中に入国を済ませて、首都に入る。とにかく情報収集が先だろう。
・・・・・それから、サクヤ。
勝手についてくるのはいいが、その兄貴呼びは本当に勘弁してくれ。
どうも調子が狂う」
と言い放つと、すたすたと二人を無視して、国境の門を目指して丘を下って行った。
 

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