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2010年2月27日 (土)

暁の明星 宵の流星 #27

西の国、ルジャンは森が多く、水の豊かな美しい国である。
その首都であるウェンディーは、王宮を中心に活気溢れる割と裕福な町だった。
ルジャンには現国王と5人の王子がおり、一番上の王子がすでに次の王として現王を補佐していた。
第一王子にはすでに妃と二人の息子がいて、その14歳の長男キリーは祖父、父と、順当にに王位を継ぐ存在だ。
そして他の4人の王子はどうかというと、現王と王太子を支えるため、色々な分野で国政に携わっては、国を盛り立てていた。
その中でも特に若干22歳の第4王子は、人物といい、功績といい、国民に絶大な人気を誇っていて、国の女性は特に彼の寵愛を受けたい、とこぞって思っているくらいだった。

と、首都ウェンディーに深夜遅く到達したアムイ達一行は、馬と荷物を宿に預けて日中町に出ていた。
アムイは情報収集と、これからの旅に向けての準備で、ふらふらと色んな店に立ち寄りながら、今日は過ごすつもりらしかった。
初めて見る異国の美しい町並みに感嘆しているイェンランを連れて、サクヤもアムイとは別行動で買い物に出かけていた。
「すご・・・。噂には聞いていたけど、西って裕福なのね・・・・」
イェンランは自分の故郷と比べて言った。
「この国は王族がしっかりしているらしいからね。特に補佐にまわっている王子達の中には、新しい考えややり方を国政に生かそうと、かなり努力しているらしい」
「へえ」
「何でもこの国の第4王子って、意外と行動的な人らしくて、外大陸(そとたいりく)にまで勉強しに海を越えたっていう話だよ。あと、他王国にもかなり訪問したりして、若いのに、この大陸にもかなり人脈があるらしい」
「外大陸!?あんな遠い所まで行く人間なんていたんだ!!」
イェンラン達のいるこの地は、他所の大陸や島から見たら、かなり外れた僻地にあるという認識で、【果ての大陸】と呼ばれていた。なので違う大陸とは、気が遠くなるほどの距離の海を超えて行かなくてはならない。
しかもその間には、自然の驚異や海賊やらで、とても気軽に行き来できるような場所ではなかった。
なのでこの第4王子、まだ十代で供を引きつれ、2年をかけて異大陸を視察しに行ったのを成功させた、という偉業の持ち主で、その成果は、国民の王家に対する誇りと敬意、忠誠心を固くさせたのだ。
「それに話によるとそれだけじゃないんだ」
「それだけじゃない?」
「うん、まぁ、この国にいればなんとなくわかると思うけど・・・・」
サクヤは武器を扱う店に入って行った。
「ところで、イェンラン。何か君、武器を用意しないと。まだこの国は治安がいい方だけど、ちょっと外れた森や国境近くは意外と物騒なんだよ。何か使える物あるかい?」
ずらりと並んだ様々な武器に、イェンランは圧巻されながら、きょろきょろと辺りを見回した。
「とにかく、まずは剣くらい使えなければだめだ。女性の護身用の軽いのなら・・・これ、どうかい?」
と、銀色の細くて華奢な剣を手に取った。
「うん・・・。自分の欲しいのが、ここにはないみたいだし」
と、サクヤから手渡された剣を彼女は手に持って軽く振ってみる。
「軽くてよさそうね。これにする」
「じゃ、これにしよう。すみません、これを・・・」
と、サクヤが言いながら代金を払おうとすると、イェンランはそれを制した。
「待って。自分の物くらい、自分で出すわよ。おいくら?」
彼女は腰にくくり付けた袋からお金を出した。
「大丈夫。絶対必要だと思って、ちゃんと準備してたんだから」
この大陸では、国が違っても同一通貨なので、煩わしい事は何もない。
イェンランは親に支払われた金を自分の身で返すため、桜花楼では個人的にお金を持たせて貰えなかった。
ただ、身の回りや身支度の物には、年間としてかなりの額が支給される。
それを世話役が大事に保管し、必要な時に使うのだった。
ということで、抜け出す当日に世話役の目を盗んで、ちゃっかりこのお金を持ってきていたのは確信犯である。
イェンランは最初から、桜花楼を飛び出す決心をしていたのだ。

そうこうしているうちに日が暮れて、三人は宿の一階にある食堂兼酒場で落ち合った。
「どうですかねぇ。何か進展ありました?」
サクヤは出されたチキンをほおばりながらアムイに言った。
「特に変わった事はなかった。ただ・・・」
「ただ?」
イェンランがフォークで豆を拾いながらアムイを見た。
「凪の予想通り、ザイゼム王は南に行ったらしい」
「そうか・・・」
「ただキイと一緒だったかは定かではないんだ。目撃者の中には王とお付きの者数名、と言う者もいて・・・」

その時、自分達のテーブルのかなり後方でちょっとした騒ぎが起こった。
酔っ払いの集団が、何やらテーブルに座っている二人の人間に絡んでいるようだった。

「綺麗な姉ちゃん、どっから来たのかな~」
「本当にここでは見かけないべっぴんさんじゃねーか!なんでまたこんな坊主と一緒なのよ。
俺らと飲もうぜ!こんな奴よりうんと楽しませてやるぞ」
5~6人の男達が、かなりの美人とその隣にいる小柄な若い僧侶を取り囲んでいた。

「やだ、何あれ。この国って治安がいいんじゃなかったの」
イェンランが嫌な顔して呟いた。
確かに今のイェンランは、自分の体に合った男物の服を今日調達し、髪もきりっと一つに束ねていて、なるべく目立たぬ格好をしていた。桜花楼にいた頃の煌びやかな衣装を纏っていた彼女とは全く違った印象である。
そのせいもあって、人の目を惹く事もなく、彼女は伸びやかな気持ちだった。

だがこの絡まれている美人は、何ともイェンランとは全くの真逆で、動きやすい服装なのだが、そのせいか綺麗な脚線美を腰に巻いた短めの布に隠された、丈の短いパンツから惜しげもなく晒し、上半身には幾重にも重ねた柔らかなシフォンのスカーフを胸元に飾っていた。髪は柔らかな色の金髪で、それがその人物の白い肌を明るく見せている。その髪をきりっとひとつに纏め上げ、色のついた石で飾った髪飾りを付けているそこからは、幾本かの三つ網にした髪が、まるで簾(すだれ)の様に肩まで落ちていた。しかもじゃらじゃらと耳にも指にも金銀のアクセサリーを付け、しっかりと化粧した顔が妖艶な色香を醸し出している。赤い唇に挑発的な茶色の瞳。誰もが振り返る程の派手な格好だった。これじゃ絡んで下さい、と言っているようなものである。
しかも連れは地味な服装の僧侶。男達が興味津々なのはわからないでもない。
何も反応しない二人に痺れをきらしたか、男達は実力行使に出ようと、美人の手を取った。
「こっち行こうぜ、姉ちゃん、一緒に飲もうや」
「や、やめて下さい!お願いですからこんな場所で・・・」
今まで下を向いていた若い僧侶が我慢できなくて叫んだ。
それにカチンときた仲間のひとりが、勢いよく僧侶の胸倉を掴んで持ち上げた。
「うるせぇぞ!このくそ坊主!!」

それを見ていたサクヤは慌てて立ち上がった。
「やばいですよ、兄貴!何とかしなくちゃ」
イェンランは段々大きくなっていく騒ぎに固まっている。
「ねぇ、兄貴!!」
サクヤはアムイを振り返った。
いつもは騒ぎには無頓着なアムイであったが、サクヤがいつにない剣幕だったので、のろのろと立ち上がって一応騒ぎの方を眺めた。
「兄貴!か弱い女性とお坊さんだよ!誰かが助けなきゃ!」
「いや」
アムイは絡まれている人間を見て妙に複雑な表情をした。
「いやって・・・」
「行く必要ない」
サクヤはその言葉にむっとした。
「じゃあオレひとりででも助けに行きます!」
と捨て台詞を残し、弾かれたように騒ぎの中心に身を投じて行った。

周りの客達は遠巻きにこの騒ぎを恐々と眺めていた。
誰も抵抗する者がいないとふんだ男達は、ますます調子に乗っていった。
「そんな坊主、のしちゃいなよ」
男達はニヤニヤしながら締め上げられている僧侶を見ている。
「なぁ、それよりも姉ちゃん、こっちでいいことしようぜ」
他の男が美人の体に手をかけた。
その時、その男の手をサクヤの手が捻り上げた。
「いてぇっ!!何するんだ!」
「こんな綺麗な人に汚い手で触るな!」
勢いよくサクヤは叫ぶと、素早い身のこなしで、男の体をテーブルに押し付けた。
「何だと!若造のくせに生意気な」
他の男がサクヤに掴みかかってきた。
それを合図にわらわらと男の仲間がサクヤに襲い掛かる。
男達にキレのよい動きで応戦しながら、サクヤは叫んだ。
「早く!早く逃げてください!」
それでも意外と男達は強敵で、何人すっ飛ばしてもまた掴みかかってくる。
「う、うう・・苦し・・・」
締め上げられていた僧侶が呻き、サクヤはそちらに向かおうとした。
だが、意外に男達の攻撃は激しく、サクヤは思うように僧侶の元へ行けないでいた。
「シ、シータ様・・・・」
その僧侶の呟きで、ふらりと美人はやっと立ち上がった。
そして周りが目を疑うほど優雅な速さで、僧侶の元へ移動したかと思うと、手刀で僧侶を絞めていた男の手を振り払い、、電光石火の速さでその男のわき腹を綺麗な足で蹴り上げた。
「ぐぁ!」
男は大きな音を立てて吹っ飛んだ。
美人は軽々と僧侶を抱えると、そっと下におろし、すっと姿勢を正しながら立ち上がった。
そして一呼吸整えると、これもまた素早い身のこなしでサクヤの元に向かい、鮮やかな足捌きと拳で、あっという間に男達を伸していってしまった。
気が付けば、サクヤの周りには彼らのぶざまに倒れた姿が転がっていた。
予想外のでき事に唖然としたしていたサクヤは、その美人のハスキーな声で我に返った。
「ボク、ありがと。アタシを助けに来てくれたのね。嬉しかったわ」
妖艶なその大人の微笑みに、サクヤは夢でも見てるかのような気分になった。
「え・・・。あ、はい・・・」
サクヤはぼーっとして、相手に見とれていた。
だがその時、心配になって駆けつけて来たイェンランの後ろで、この場を去ろうとしているアムイの姿が目に入った。
「あ、兄貴・・・!」
サクヤはアムイを呼び止めようと手を上げた瞬間、
「きゃぁ~♪アムイ!アムイじゃないのぉ!!」
美人が突然嬉しそうな声をあげ、ぶんぶんと手を振りながらアムイの元へ走り寄って行った。
「へ?」
いきなりな事で、サクヤは頭が真っ白になった。
「アムイ!あんた何年ぶりよ!?もぉ~。しばらく見ないうちにますます男っぷり上げてなぁ~い?かれこれもう5年?6年だったけ?たまには戻ってきなさいよ」
美人はアムイの腕に自分の腕を絡ませて、嬉しそうに話し続けるが、当のアムイは迷惑そうに腕を解こうとしている。
「あ、兄貴・・・お知り合いだったの?」
サクヤはイェンランと共に恐る恐る二人に近寄った。
「知り合いも何も」
美人はにっこり笑った。
「だってアタシ達、同期門下生だったんだもん」
「シータ」
アムイは溜息をついた。
「ど、同期・・・門下生・・・?って・・・」
「そうよ。もちろん、聖天風来寺での」
その言葉に二人は驚いた。
「え、ええっ?」
まさかこんな派手な美人があの天下の聖天風来寺出身?
しかも【暁の明星】と、同期だって・・・・?
しかし、先程の戦いぶり。確かにアムイと通じるものがある・・・。
ま、ほとんどアムイは剣が専門なのだが。
「・・・へ、へぇぇ・・・聖天風来寺には女の人もいるんだ・・・。初めて知った・・・」
サクヤとイェンランは驚きのあまり、声が上ずっている。
「は?何言ってんだ」
アムイがむすっとした顔でこう言った。
「そんなわけないだろう。女人禁制、天下の聖天風来寺だぞ」
「はいっ!?」
すると隣の美人はふっと微笑むと、わざと恥ずかしげに目を伏せた。
「・・・と、いうことなの」
「じゃ、じゃぁ・・・・男・・・・」
サクヤが信じられない、というようにわなわなと美人・・・もとい彼を指差した。
「あら」
彼は震えるサクヤの手を取って、自分の胸に誘導した。
「ね?本当でしょ」
確かにそこには、女性特有の柔らかいものがなかった。
サクヤはもの凄い衝撃を受けて、思わず眩暈を起こし、その場にぶっ倒れた。

「やだ。アタシ何か悪いことした?ねぇ、アムイ」
彼・・・シータ=シリングは訳がわからないという風に上目使いでアムイを見上げた。
アムイはぎろりとシータを一瞥すると、深い溜息と共に額を手で抑えた。

「何か面倒な事になってきた・・・・」


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