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2010年2月27日 (土)

暁の明星 宵の流星 #28

そろそろこの大地にも初夏が訪れようとしていた。
新緑が目も眩しく、窓に映し出される山々の木が、清涼な空気を放っている。

ルランはキイの寝姿を確認すると、洗い物を持って彼の休んでいる部屋を後にした。
「おい、ルラン」
ルランは廊下で小姓のひとりに声を掛けられた。
「何か用?シモン」
その少年は、ルランとは同じ頃からザイゼムに仕えたひとりだ。
あの当時はどちらが早く陛下の寵愛を受けるか、競争していたっけ。
もちろん器量のみならず、気配りや頭の回転のよさで、あっという間にルランに軍配が上がったのだが。

「よかったじゃないか、ルラン。お咎めなしで。さすが衰えても陛下の一番のお気に入りだな。
それにしても、不覚にも眠らされて失態を犯したお前に、よく陛下はまた宵の君の世話を任せるよなあ。
・・・お前、余程陛下に信用があるんだな」
シモンはいつもこうしてルランに棘のある言い方をする。
昔は一々突っかかっていたけれど、今はそれが彼の友情の裏返しだと、最近気が付いた。
「そんな・・・・。宵の君のお世話は昔から僕がやってきていたから・・・。今更変更するには支障をきたすからだよ。
それに完全に陛下の信用を回復しているわけでもないさ。
その証拠に、僕にアーシュラ様をお付けになった」

あの陛下が。
日夜全て、四六時中、心配で宵の君の傍を離れられなかったのは知っている。
そして腹心のアーシュラ様だって、一度たりとも傍から離さなかったのに。
そして陛下は僕とアーシュラ様に彼の君を託し、南の国へ行かれてしまった。

「しかしお前・・・・。よく勤まるな・・・。いつもながら感心するよ。
なぁ、陛下の寵愛を独り占めにしている人間に、嫉妬とかないの?」
ルランは俯いた。
「まったく、陛下も罪なお人だ。ルランの・・・我々の気持ちだって知ってるくせに」
シモンはルランの様子を見て、やるせない気持ちになった。
「いや、シモン」
ルランは顔を上げ、にっこりと笑った。
「そりゃ辛くないといえば嘘だけど。でも僕、負け惜しみじゃなくて・・・宵の君・・あの方を嫌いじゃないんだよ」
「ルラン」
「陛下があの方にご執心なさるのもよくわかるんだ」
(そう、そしてアーシュラ様も・・・・)
ルランは遠くから感じるアーシュラのキイへの熱い眼差しを、何度も目撃しているのだ。

それにしても・・・・。
と、ルランは昔を思い出して思わずクスっとしてしまう。
あんなに魅力的な二人に恋焦がれられて、当の本人は全くのどこ吹く風。
しかもあの陛下を上回るほどの奔放さ。
三年前までは宵の君だってこんな状態じゃなかった。
額に封印されてはいても、彼は相変わらずゼムカの中で好き勝手やっていた。
そう、あの時までは・・・・。

ルランは首を振って雑念を払った。
「どうしたよ、ルラン」
シモンが心配そうに自分を見るのが少しだけ辛かった。

「ねぇ・・・、シモン。彼の君はねぇ・・・。
何かをずっと待っているみたいだった。いつも、夜更けになると泊まった屋敷の窓から、外を眺めていたんだ。
何を待っていたんだろう。
それとも誰かを待っていたのだろうか」

ルランは三年前のある夜を思い出す。
あの夜は寝苦しくて、つい自分の寝所を抜け出し、ふらふらと外を歩き回っていた。
ふと、皆が泊まっているゼムカのご用達の屋敷の方を、何気なく振り向くと、一つの窓から、ぼぅっと淡い光が浮かび上がっているのを見つけた。
不思議に思って近づくと、奥の王達が使われている部屋の一階部分だった。
その光が浮かび上がっている窓に近づいて、ルランは息を呑んだ。

宵の君だった。

それはまるでお伽の世界のように幻想的で、この世のものとは思えない美しい光景だった。

キイは一階の自分の部屋の窓辺に腰を浅く腰掛けて、手を優しく上に向けて光と戯れていたのだ。
丸い数十個の淡く光る玉粒を、彼は愛しそうに宙に浮かばせ、落ちてくるものを受け止め、・・・・光と思われた物は、その淡く光る小さな玉だった・・・・・その表情は切なくて寂しげで、普段皆に見せる顔とまるっきり違っていた。
思わず見とれていたルランはつい、引き寄せられるようにふらふらとキイの前に出て行ってしまった。
はっとキイがその事に気づいて、慌てて光る玉を掻き集めると自分の懐に仕舞った。
「す、すみません・・・つい、その僕・・・」
現れたのがルランと知って、キイに笑みが浮かんだ。
「おう、ルラン、何だこんな時間に。眠れないのかい?」
からかう様だが、優しい低音の声。ルランは彼のこの声が好きだった。

宵とはよく言ったもの。彼の君の声は闇夜に響く。心地のよい音を震わせて。

「あ・・・。なんか寝苦しくって。どうしても眠れなくて・・・」
その言葉にキイは笑った。
「じゃ、眠らせてやろうか?」
「え?」
「ははは、冗談冗談。ザイゼムお気に入りのお前に添い寝なんかしたら、奴に殺されちまうかもな」
キイは片目を瞑り、ルランはその言葉に赤面した。
(いや、そんなことしたら、殺されちゃうのは僕の方でしょう・・・)
と、喉まで出掛かってやめた。
「いや、何ね。いつもそんな事言う奴がいてよ。何か久しぶりにそういう言葉聞いたなーと思ったらつい、ね」
「どなたなんですか?」
キイはニッと笑うと、くるりと身を翻し、窓から部屋の中に転がった。
窓の真下には寝台があって、柔らかに彼の優美な肢体を受け止めた。
ルランは自然にキイの部屋の窓に近寄った。
そっと窓の中を覗くと、寝台の上で、まるで高貴な猫のように、身体を横たえている彼の姿が見えた。
「なぁ、ルラン」
キイはいつになく真面目な声で言った。
「はい?」
「お前、好きな奴に抱かれて幸せか」
いきなりこう訊かれ、ルランは息が止まりそうになった。
「な、何をいきなり・・・」
「そいつが男でもか?」
「宵の・・・君?」
「まぁ、・・・あれだ。まだ14になったばかりのお前に訊くような質問じゃないわな。すまない。訊かなかった事にしてくれ」
と、キイはくるっと寝返りを打った。
その様子にルランは何ともいえない気持ちになって、そっとこう言った。
「僕は・・・・その・・・。12の時からあの方に仕えてきました。
僕、ずっとあの方に憧れていて・・・初めて夜を共にしたのは・・・13のときでしたが・・・。 
実のところ、あまり男だとか女だとか、考えたこともないんです。
だって、我々は物心ついた時からこのように男ばかりの世界で・・・。女は育ててくれた乳母くらいしか知らないのですから。・・・ただ、自分はこの世界の中で、荒くれた戦士達の中にいますけど、多分女性性が強いのかな・・・。だから自分にない、男性的なものに憧れる・・・。そしてその力を受け止めたい。それが自然に思えるんです」
ルランの言葉に、キイは驚いて振り向いた。
「お前って・・・・。本当に14か?何かこの世を達観してるよな・・・。うん。だからだな。年齢に比べてお前のその精神年齢の高さが、ザイゼムには意心地がよいのかもな・・・」
「そうでしょうか」
「そうだよ。ま、裏を言えば子供らしくないぞ。何でも悟ってますっていうのも、辛くないかい?」
ルランは何と答えたらよいか困ってしまった。
そうかな・・・そんなに僕って子供らしくないのかな・・・・。
そんなルランをまじまじと見ていたキイだったが、ふっと笑うとこう言った。
「羨ましいよ」
「え!?」
思いがけない言葉にルランは思わず声が出てしまった。
「・・・お前、素直なんだな・・・。自分の欲望に素直。愛する人間に素直。何のしがらみも生理的枷もなく、相手を素直に受け入れ、与える事を自然にできる人間・・・・・。
お前はきっと相手が男だからとか、王だからとか、意外に考えてないんじゃないか。
ただ、愛した人間が、たまたまそういう人間だった・・・と」
「宵の君・・・・」
「純真無垢な天の子だな、お前。ザイゼムの野郎も、お前みたいな子が傍にいる事に感謝するべきだ」
「そ、そんな、大げさですよ、いくらなんでも」
「いや」
キイはまた、あの遠い目を窓越しの夜空に向けた。
「俺はだめだ。思いっきり枷に縛られている。自分でも闇は超えたつもりだったが、たまにこうして切なくなる。
でも仕方ないか。俺がお前のようだったら、多分・・・・・もうこの世にはいられないだろうよ」
その言葉の意味は、頭のよいルランでさえ全く理解できなかった。だが、宵の君が何かを・・・・いや、誰かを想って言っているのではないか、とは感じた。
何故なら、彼の瞳はいつも、遠い遠い空の彼方を彷徨っていたからだ。

この世の中で、貴方ほど美しい人を、僕は知りません。

ルランは素直にそう思った。
きっとそう言うと、宵の君は怒るだろうけど。


「おい、ルラン」
シモンの声でルランは現実に引き戻された。
「大丈夫か?何か具合でも悪いんじゃ・・・」
「何でもないよ。ただ、ちょっと考え事をしていただけだ」
ルランは力なく微笑んだ。
その時、廊下の先からルランを呼ぶ声か聞こえてきた。
「おい、アーシュラ様だぞ」
シモンはそう突付くと、声の方を指差した。
「ルランはどこだ?」
「あ、はい、アーシュラ様。いかがされました?」
アーシュラは大股でルランに近寄った。
「明後日、陛下がここに来られる」
「え」
「キイの身体の事を、とにかく心配されていた。悪いがなるべくあいつの傍を離れないでやってくれないか」
「はい・・・。あの、陛下は南との話は終えられたんですか?予定より随分お早いみたいですが」
「・・・・とにかく、キイをよろしく頼む。たまに呼吸を確認してくれ。俺は陛下を迎える準備をする」
呼吸を・・・・。という所で、ルランは血の気が引いた。
確かに宵の君の容態が芳しくない。最近では全く目を開けない日が続いていた。
まるで仮死状態のような・・・・。
考えてみればこのような状態は、すでに三年目に入っていた。
最初は意識がなくても普通に生活できていた宵の君も、徐々に時間が経つにつれ、体も動かなくなる日が多くなっていった。
それが昨年の終わり頃、急に容態が悪化した。
このためにあの陛下が様々な術者を頼って、大陸中を移動し続けたのだ。
そして昨今力をつけてきた南の帝王からのたっての要望で、ゼムカと物支援の協定を結んだ。
この縁で、南の国の宰相がかなりの腕ある術者という事を知り、内密に彼を診ていてもらっていたのだ。
その成果か、今年に入り、意識はないが再び起きる事ができるようになって、皆ほっとしていた矢先だった。

ところがあの【暁の明星】との件から、また宵の君の容態が悪くなった。
最近では、今まで聞こえていた寝息でさえも、たまに途切れるようになり・・・・・・。

そしてこの後、ルランは珍しくザイゼムとアーシュラが争う声を聞く事になる。
いつもザイゼムには従順で、影のように仕えてきた、あのアーシュラが・・・・。

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