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2010年2月28日 (日)

暁の明星 宵の流星 #30

あまりにものショックでぶっ倒れたサクヤを介抱しながら、アムイ、イェンラン、シータ・・・そして若い僧侶は宿のオーナーに丁重にもてなされていた。
「本当にこの件ではお客様にご迷惑をおかけしました」
現れたこの宿のオーナーは、なんと上品な中年のご婦人で、その事にイェンランは驚いていた。
「お客様のお陰で、あの不埒者を牢屋に入れる事ができましたわ。
本当に困っていたのですよ。東からの流れ者が最近多くなってきて・・・・」
アムイは腕を組み、さっきからずっと目を瞑っている。
「北の方もかなり神経を尖らせているようですが、我が国も色々と方針を考えないといけないでしょうね。
南は最近自国を強化するといって、ここ数年かなりよそ者には厳しくなり、そこ経由では流れてこないのですが、かなり中立国からこちらに来るのが多くって・・・・」
女支配人は溜息をついた。
「なのでお詫びといってはなんですが、宿代はいただきませんわ。どうかゆっくりと我が国を堪能してくださいね」
と、呼び鈴を鳴らすと、若い男性の使用人がやってきた。
「お前、この方達にとびきりの部屋を用意してあげて。あ、それからお客様の中に可愛らしいお嬢様方がいらっしゃるから、それ様の綺麗な個室を用意してあげてくれる?」
「え、お嬢様って・・・私達のこと?」
「みたいね」
目を丸くしているイェンランに微笑みながら、シータは言った。
「この国はルジャング王家のお陰で、大陸一、治安も安定していますわ。
森と水が豊かで美しい国・・・・。私達は誇りに思っているのです。自分の国を」
そう言い切る女支配人に、イェンランは羨ましさを感じた。
比べるつもりはなかったが、こうまで自分の故郷と差があるものなのか・・・・。
それにしても・・・・。
「あの、オーナー・・・。ひとつ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?お嬢さん」
「失礼な事言ってすみません。実は私、驚いたんです。だって、女性の支配人って初めてだったので」
それを聞いた女支配人はコロコロと笑った。
「いいえ。他国から来られる方にはいつもそう言われるんですよ。
珍しいですよね、この大陸では・・・・。
女性の地位が本当に低いですからね。こんなに女が少なくなってきているのに、今でも道具のように扱う人間もいて、本当に憤りますわ。もっと女を大事にした方が、世の平和のためなのに」
「世の平和のため?」
「あら、すみません。つい、王子様の受け売りで」
と、彼女は頬を染めて言った。
「王子様?」
「噂ではお聞きになったでしょう?外大陸を見てきた第4王子のリシュオン様。
あの方ほど、先見の明があるお方を知りませんわ。あの方のお陰でこの数年、女性の地位も上がったものですから。だからこの国では女性でも能力あれば認められるのは当たり前。それ以前に女性というだけで大事にしてもらえるのですよ。他では珍しいでしょう?」
ああ、サクヤの言っていた例の王子様の“それだけではない”というのはこの事なのか。
「私ももっと若かったら、王子様のお相手にと立候補するのですけどねぇ。この国の若い娘はこぞって、リシュオン様がお選びになる女性は誰か、の話題ばかりなのですよ」

部屋に案内されながら、イェンランは今まで自分が狭い世界の中で生きてきたことを痛感していた。
所変われば、人も変わる。
この世の価値観なんて、ひとつではないのだ。
という事は、自分の価値観だって気持ちを変えれば変わるのだ。
(それが上手くできればねぇ・・・・)
人間、今まで染み付いてきたしがらみも思い込みも、なかなか捨てられるものではない。
それよりも、先程からアムイはずっと押し黙ったままで、気を失っている(今でも!)サクヤを淡々と担いでいる。
その表情から彼が何を考えているのか全く読めない。
ま、今に始まったことではないけれど。
そしてその横で、若い僧侶が憧憬の眼差しで彼を見上げている。

(暁様!)
騒動の直後、僧侶は嬉しそうにアムイの元に駆け寄った。
(お久しぶりです、暁様・・・。よく、よくご無事で・・・)
(何だ、一緒にいたのは東風(こち)だったのか。随分大きくなったな)
(覚えていてくださったんですか?嬉しいです。暁様もますます凛々しくなられて・・・)
(おい、大げさな事を言うな。それよりもお前達何でここにいるんだ)
(ええ、私はこれから西の水天宮に、一年研修に行く事になりまして・・・。それでシータ様が護衛をと)
(おい、シータ。さっき見ていたがお前、ちゃんと仕事してるのか)
その言葉に、シータは口を尖らせた。
(してるわよ。失礼ね。
ほんと、アムイって昔から無愛想な上に、責務にはすっごい厳しいわよね。
ま、そういう所が僧侶にはいつも受けがいいんだけど)
(してる?その格好でか)
(あら)
シータは自分の格好を見回した。
(まったく問題なくってよ?)
アムイはまた頭を抱えた。
(一体、聖天風来寺もどうなってんだ・・・)
その様子に、東風(こち)はくすくす笑って傍にいたイェンランに言った。
(何か暁様、昔より随分話しかけやすくなったなぁ。昔はまるで切れる刃物みたいで、いつも宵様がフォローしていたんだよな)
(そうなの?宵様・・・・って、もしかしてキイの事?この二人ってやはり聖天風来寺にいたんだ)
その言葉に気が付いたシータがイェンランをちらりと見ると、真顔になってアムイに話しかけた。
(アムイ。聖天風来寺でもキイの現状は知れているわよ。もう何年もあいつ、行方知れずなんだって?)
アムイはその言葉に固まった。
(ここで会ったのは丁度いいわ。最初から話なさいよ。現聖天師長様も随分心配なさっている)


という事で、アムイは女支店長が詫びにくるまで、簡単に事の説明をシータにしなければならなかった。

そして一夜明けて、やっと復活したサクヤと、アムイ以外の三人は、早目の朝食を取っていた。
「アムイ、何処に行っちゃたのかしら」
「何か眠れなくて夜明け前からどっか行ったわよ。・・・・・相変わらず」
シータが野菜を口に運びながらさらりと言った。
「眠れない・・・・」
「そんな事よりも、お嬢はよく眠れた?枕が変わっちゃうと眠れない人もいるっていうじゃない」
「あ、私はそんな柔なタイプじゃないから、大丈夫!」
「そう」
と言って、シータはにっこりした。
そしてそのまま、イェンランの隣で、今だぐったりしているサクヤに声をかけた。
「ね~、サクちゃん。いい加減そんな顔やめてよ」
サクヤは少々涙目になって、フォークでとうもろこしをずっと突付いている。
「だって・・・だって・・・。詐欺だもん。綺麗なお姉さんだとばっかり思ってたのに。ひどいよ」
「あら、“綺麗な”には変わりないじゃないの、何が不服?」
「だってオレ、年上の女の人が好きなんだもん!男なんて詐欺じゃないですかぁ」
と、テーブルに顔を突っ伏した。
「男で悪かったわね」
「へぇぇ、初めて知った!サクヤってそういうのが好みだったんだ!でもあんた年上の男には異常にモテるじゃない。こうなったら、どぉ?趣旨替えするってのは!」
と、イェンランは屈託なく指を立てて提案した。
「馬鹿言うなっ!男はご免だ。絶対にいやだぁ~」
と、イェンランの容赦ない言葉にサクヤは耳を塞いだ。
「あら、まぁ。もったいないわねぇ、サクちゃん。あんた、本当にごっつい男が好みそうな男の子、って感じだもん。
この世の中、女は少ないんだから、贅沢言ってられないんじゃないの?」
「馬鹿にしないでくださいよ、オレはもう25です!男の子じゃありません!」
と、シータに言い放つと、また再びがっくりとテーブルに顔を埋めた。
その様子を見ていた東風(こち)が、何とか話題を変えようと話しかけた。
「そういえば、お二方は暁様と、宵様を捜して旅をなさってるんですよね」
「宵様・・・キイの事よね。私、キイには会った事があるけど、彼が【宵の流星】って呼ばれてて、アムイと同じ最強の武人って、言われてるの、知らなかった・・・。というか、ほんのちょっとだけど、どうもそんな強い感じに見えなくて、特にアムイと比べると想像できないっていうか・・・」
その話題に、ふて腐れていたサクヤが食いついた。
「そうなんですよ。オレも暁の兄貴が、東で暴れていた事はよく耳にしていたけれど、自分のところまではキイさんの話題が届いてなかったので、驚いたんです。あの兄貴の相棒、と言われる位だから、相当強いんでしょ?」
「・・・まあね」
シータはポツリと言った。
「二人は聖天風来寺出身だっていうじゃないですか。在籍中はどんな感じだったんですか?何か噂では兄貴、暴れまくって追い出されたとか、何とか」
サクヤはアムイ本人に聞けない分、もう自分の好奇心を止める事はできなかった。
それはイェンランも同じで、目をキラキラさせて、シータの返事を待っている。
「う~ん、そうねぇ・・・」
何故かシータは口ごもった。
そして東風(こち)と目配せし、二人にこう言った。
「昔の事をぺらぺら喋ったら、多分アムイに殺されそうだけど・・・・。ま、そんなのアタシは怖くないし。
ただねぇ・・・・」
何か、どうも歯切れが悪い。
イェンランは不思議に思ってシータに聞いた。
「何かまずい事でもあるの?」
「私はいいんだけど、お嬢がねぇ・・・・」
イェンランとサクヤは顔を見合わせた。どういうこと?
その二人を見ていたシータは咳払いすると立ち上がった。
「あのね、お嬢。あんた、本当にキイがいいの?」
いきなりこう言われてイェンランはきょとん、とした。
「・・・ま、いいか。あのね、噂って本当のこともあればガセもあるワケよ」
二人は彼が何を言っているのかわからなかった。
「それに対象の人物の評判なんて、実際接してみないとわからない部分もあるわけで・・・・」
と、ここまで言って、シータは何か決意したような顔をした。
「いいわ。いつかは現実と向き合わなければならないんだものねぇ・・・」
と、何やら訳の分からない独り言をいうと、テーブルをくるりと回って、シータはイェンランの隣にストン、と座った。
そして意を決したように、イェンランに向かってこう言った。
「お嬢・・・あんたの夢、壊して悪いんだけど」
シータは彼女の肩に手を掛け、一呼吸置いた。

「キイ、あいつ女にすっごい手が早いわよ?」


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