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2010年2月 7日 (日)

暁の明星 宵の流星⑬

暴れるイェンランをびくともしない力で抱えていたアムイは、用意された部屋に入るなり、勢いよく彼女を寝台に放り投げた。
「きゃあ!」
イェンランはその乱暴さに怒りが湧いた。
「あんた一体何よ!?いきなりどういうこと!」
噛み付くように自分に反抗する彼女を、冷ややかな目でアムイは眺めた。
「珍しい。結構鼻っ柱が強いな」
その言葉にイェンランはますます怒りを爆発させた。
「私の意志にお構いなく、こんな手荒なまねしていいと思ってんの!?」
「お前、ここの女だろう」
部屋の灯りも点けず、薄明かり射す窓辺側に立っているアムイの顔は、暗くてよくわからない。
ただ、冷たくも通る濁りのない声が、彼の若さを表していた。
「客には従順に、と習ってないのか」
「客にもよるわよ!」
「そんな身分か」
イェンランはむっとした。
何、この横柄な態度。
そんな彼女の様子に構わず、アムイは険しい顔で言葉を続けた。

「脱げ」
イェンランはびくっとして目の前の男を見上げた。
彼は窓を背に、腕を組んで自分を見ている。
どういう表情で話しているかよくかわからないのが、彼女の不安を掻き立てた。
「な、何で・・・」
「何でって、お前仕事のひとつだろう?」
そのあからさまな物言いに、イェンランは何故か傷ついた。
そう、ここにいる以上、これも仕事のうちなんだ・・・・。
イェンランは何か言おうと唇を開いたが、男の無言の気迫に押され、言葉を呑み込んだ。
それは絶対服従の気迫だ。
イェンランはしぶしぶ寝台から降りると、ヒヲリから貰った赤地に白い花柄の着物の胸元に手をかけ、呼吸を整えた。そして意を決したように、着物を脱いだ。
「それも取れ」
イェンランは震える手で、アムイの前で下着を取った。
彼女の白い裸体が闇に浮かんだ。
アムイが息を呑んだのがわかった。
イェンランは羞恥で顔を上げられず、男の次の行動を待っていた。
だが、いくらかしても一向に何もして来ない。
不思議に思い、思い切って彼女は顔を上げて相手を見た。

アムイはじっと、自分の胸元を見ていた。
その視線の先には、闇の中でほのかに淡い光を放っている、彼女の“お守り”があった。
イェンランは、キイから貰ったこの虹色の玉を、いつも一緒にと細く長い皮ひもで首から下げていた。
しばし空気が張り詰めた後、アムイはゆっくりと彼女に近づき、そっと胸元で光る玉に手を伸ばした。
その時やっとイェンランは、アムイの顔をはっきりと見た。
先程の冷たい無表情な顔ではない、優しく、それでいて哀しげな、何ともいえない表情をしていた。

「お前か」
声もどこかしら柔らかかった。
まるで、何年も会えなかった恋人に向けられたような、切ない声だった。

「お前が俺をずっと呼んでいたのか・・・・・」

彼を何者かに奪われてから、アムイは必死の思いで行方を追っていた。
最初はまだ、彼の気配はアムイの近くにあった。
自分の半身でもある彼を、その時は簡単に捜し出せる、と思っていた。
金環(きんかん)の気を持つ自分と、彼の持っている気は、互いに呼応し引き寄せる不思議な性質を持っている。
だが、そのアムイの楽観も、時間が経つにつれことごとく壊れていった。
キイは元々、気の流れを上手くコントロールができない事があって、そのつど自分が彼を補佐してきた。
その自分がいない今、彼の気は強くなったり弱くなったりで、掴み所がなかった。
それがどんどん弱くなり、しまいには3年くらい前にはほとんど感じることができなくなってしまった。
彼の身に何かが起こったに違いない。
アムイはひとり、焦燥の海を漂っていた。それでも絶望はしなかった。
何故ならそれは、自分がこの世から去らない限り、彼が命を落とすとは思ってはいないからだった。
それだけ二人の絆は深かった。たとえ離れようが互いは呼応し、再びひとつに戻ろうとする。

(宵の星、流れるがごとく。暁に映える星、それを受けてまこと輝く)

アムイは聖天師長の言葉を思い出していた。
だが・・・・。
気を感じなくなってからのアムイはまるで道に迷った子供のようだった。
無駄に時間だけが過ぎていく。気が遠くなるくらい、彼のいない夜を死ぬ思いで耐えた。
そんな頃だ。
アムイが何ものかに呼ばれている感覚を持ったのは。
それは初め胸の痛みから始まった。それが甘い疼きとなり、度々頭の隅で反応した。
そして確信した。
よくわからないが、きっとキイに関することに違いない・・・・。
アムイはその感覚を、自分を呼んでいる何かを求め、流離ってきた。
そしてたどり着いたのはここ(桜花楼)だった。
確かにここで、“呼ぶもの”は自分を求めている。
だが、それはあまりにも微妙で繊細で、アムイはここに通うたび、いつも何も得られずにいたのだ。
気が付くと、そこから2年も時間を無駄にしていた。
思いのほか年月が経っている事に、アムイは自嘲した。
もう自分は、キイと離れた頃の若さだけがとりえの青二才ではなく、あの頃彼にからかわれていたほどの純情な少年でもない。キイと会えないこの4年もの間、色々な経験をひとりで積んで大人の男になった。
キイはこんな自分と会って、喜んでくれるだろうか。
それとも・・・・・。

アムイは突然現実に戻った。
イェンランの不思議そうな視線を感じたからだった。

「お前。何故これを持っている」
冷たい、きっぱりとした声だった。
「触らないで!こ、これは私のよ。私の大事なお守りなんだから!」
「お守り?」
アムイの声はますます険しくなった。
「そうよ・・・。これがないと私・・・」
(あの人に会えなくなる)という言葉を何故かイェンランは呑み込んだ。
「違うね」
アムイの目が冷たく光った。
「これはお前の物じゃない。お前のような者が持っていい代物なんかじゃない。これをどこで手に入れた?」
「そ、そんな言い方って・・・」
イェンランはアムイの氷のような冷たさに恐れを感じた。
「盗んだか」
「違うわ!」
彼女はかっとなって叫んだ。
「これはあの人から貰ったんだから!彼がお守りにって、私にくれたんだから!」
思わず言ってしまって、はっとした。
アムイの息を吸う音がした。
「彼・・・」
彼女は虹の玉を両手で大事そうに抱えるとアムイに背を向けた。
「お前にそれをくれた男は誰だ?お前・・・・・いつ、誰と接触したんだ」
震える手をぎゅっと握り締め、イェンランはずっと下を向いている。
その様子にアムイは溜息を付いて、髪をかき上げた。
「悪かった・・・」
「え?」
「俺の態度でへそを曲げたのなら許してくれよ。どうもキイが絡むと見境がなくなる・・・」
「あなた!あの人を知っているの?」
イェンランの顔に喜びが浮かんだ。
「やはりお前、キイと会ったんだな」
振り向いた彼女の歓喜の表情が全てを物語っていた。
アムイは一呼吸置くと、先程とは打って変わって落ち着いた声で言った。
「それを俺に渡してくれないか」
彼女はびくっとして後ずさりをした。
「だめ・・・!これだけはだめ・・・・」
これを少しでも手放せば、もう2度とあの人に逢えない気がして怖かった。
「頼む。お前が持っている物、それは普通の玉じゃない。キイが生まれた時、あいつの母親が祈りを込めて紡いだ宝玉。
【巫女の虹玉】だ」
そっとアムイは彼女に手を伸ばす。
「お前には信じられないだろうが、そいつは生きている。生きてキイと共にいて、ある意味キイの分身なんだ。俺に返してくれ」
「俺に、って・・・・。あんた、あの人の一体何なの。いきなりそんなこと言われて、はいそうですか、って渡せるわけないじゃないの。ちゃんと説明しなさいよ!」
「何でお前に俺とキイの関係を説明しなくちゃならないんだ!」
「いきなりそんなふうに言われても、納得いかないし!」
「俺を疑ってる訳か」
「当たり前でしょう?自分の説明もなしに信じろと言われてもできるわけないじゃん!」
一歩も譲りそうもない、二人の緊迫?した空気を破ったのは、サクヤの明るい声だった。

「お取り込み中悪いけど、いい情報仕入れてきたよん♪
あ、それから兄貴、そういう態度じゃ相手に嫌われちゃうって、いつも言ってるでしょ」

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