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2010年2月11日 (木)

暁の明星 宵の流星⑰

各国の要人、特に王侯貴族クラス辺りになると、周りの雑音に煩わされる事を嫌うものが多く、公式訪問など政治目的以外、人目を避けるのがほとんどだった。特にこういう女を買ったり、契約し子供を儲けるなど、プライベートに近しいデリケートな問題は特に“お忍び”が当たり前だった。
いくらぜムカが、愛人の噂を逸らすために、王が子作りすることをアピールしたくても、堂々とやった方がかえってわざとらしくて怪しまれる。それに噂など、後で下々の者にちょいと餌を撒いてやれば、王が花嫁を捜しに来た事なんて、あっという間に流れるものだ。もちろん実際本当の事なので、もし、この件を疑い探りに来た者がいても、何の不都合もない。

桜花楼最高城内の広間では、ぜムカ王一行の歓迎と花嫁候補の面通し(めんとおし)を兼ねて、宴が執り行われた。 たくさんの豪華な料理や上等な酒が次々と運び込まれる。
桜花楼の給仕らも、こういう席もあってか、いささか緊張して客人をもてなしていた。
その中で、サクヤは意外と慣れた様子で、てきぱきと仕事をこなしていた。
「おい、そこの」
王の護衛として来たであろう、ゼムカの屈強な戦士らしき男が、空の酒を運ぼうとしていたサクヤを手招きした。
「はい、何か御用ですか」
サクヤは持っていたお盆を近くのテーブルに置くと、声の主の方に寄った。
「うん、同じのをもうひとつ頼む」
「あ、お酒ですね。では少々お待ちを・・・」
と、サクヤが立とうとするやいなや、男はいきなりサクヤの手を掴んだ。
「お前、戻ってきたら俺の酌をしろよ」
「は?」
「お前、なかなか可愛いな。今晩は女と遊びたくてもできないで寂しい思いをしてたんだ。
心付けくらい、はずむぞ」
サクヤは一瞬心の中で溜息をついたが、にっこりと男に笑った。
いつもの小汚い風貌ではなく、髪をすっきりと上げ、清潔な給仕服に身を包んでいるため、元が見栄えする容貌のサクヤは給仕の中でも一際目立っていた。
「それでは、専用の女性をお呼びしましょうか。私はただの使用人ですので、マネージャーに怒られます」
「じゃ、マネージャーを呼べ。俺はお前がいいって言ってるんだ!客の言う事がきけないのか!」
男はもうすでに酒が回っているのか、顔を赤くしていきりたった。
その様子に気がついたマネージャーは、客の元に慌ててやってきて先程のサクヤと同じ説明をした。
だが男は頑として聞き入れず、不服ながらもサクヤに客の相手をするよう頼んだ。
「おい、適当にあしらっておいていいからな。変な事されたら逃げて来い」
マネージャーは心配そうに耳打ちすると、個人的な親しみを込めてサクヤの肩を撫でた。
「はぁ・・・・」
サクヤは心の中で半ば呆れて呟いた。
(まったくどいつもこいつも・・・・)

一方イェンランは、これから起こるであろうことを考えて緊張していた。
全ては準備万端整えた。
二人のお陰で、何の問題もなく晴れて【満桜】候補・・・・【開花桜】に昇進したイェンランは、十数名の娼婦たちと宴の席を遠巻きに見れる場所に座らされ、肝心の王様の登場を待っていた。

(いいか、俺はこれから城に許可証を預けてくる。長い旅に出ると偽って、ここから出る手続きをしてくる。一般客はいいが、桜花の許可証を持っている者は、許可証を外で盗まれたり偽造されたりする事を避けるため、わざわざ城に申し出てこの町を出るんだ)
(え?じゃあアムイはどうするの)
(うん。・・・・これでお前は晴れて宴の席に出れる。サクヤは上手く潜り込めた。
それで俺はここを出ると見せかけて、準備がてら何処かに隠れる。
これから何が起こるかわからない。これも予防策のひとつだ)
(わかったわ)
(とにかくお前はキイの顔を知っている。王の愛人が誰か確認してくれ。
宴が終わったらサクヤと上手くお前の部屋に行く。その時また策を練ろう)

アムイの言葉を噛み締めながら、彼女は益々緊張で体が震えてきた。
が、ふと宴席の方を遠目で伺って、サクヤが客の酌をしているのに、イェンランは目を丸くした。
(やだ、何やってるのよ。それ、女の仕事じゃない)
イェンランがサクヤに気をとられて数分たった頃だった。

人々のざわめきが耳に入ってきた。
ザイゼム王の登場だ。
宴を催している広間には、上座エリアに主賓客とそのお付の席が設けられていた。
そこに案内に導かれながら王が数名の側近を引き連れて席に向かった。
普段は主賓が席に着くまでは、宴は始まらないものなのだが、今回は特別な宴だった。
王はまず初めに隣の迎賓の間で、桜花楼やゲウラの貴人たちに軽くもてなされる。
その間、隣の間でお供の護衛の人間などに酒を振舞い、和やかな空気を作っておくのだ。
もちろんその広間には、これから王が面通しをする最高級の【夜桜】から下の若い【開花桜】の女達を一同に集めていた。彼女らは階級によって席が設けられていたが、下っぱの【開花桜】には席がなく、ほんの少し一段高い段の上に並んで座らされている。
そして時間になると王が華々しく登場し、宴も益々盛り上がりを見せるのだ。
イェンランもサクヤも初めて見るゼムカの王の迫力に、目が釘付けになった。
ザイゼムは普段着ないような、ゼムカ族の正装である、煌びやかで裾の長い紫のローブを纏い、髪もきちんと後ろに撫で付けていた。がっちりした体格は男らしさに溢れ、大人の男の色気も感じさせた。
四十を超えてるという噂の王に、皆はもっと老け込んだ人物を想像していた。ところが現れたザイゼム王はとても四十も過ぎてるとは思えないほどの若々しさで、女達を驚かせた。
王は圧倒するような風格で、上座の中央の席に着いた。
イェンランは、近くにキイらしき人物がいないか目を凝らした。
8名ほどの側近の一行の中に、まだあどけなさの残る青い目をした美少年が、背の高い人物に付き添いながら席に向かっていったのが何故か目についた。
少年は王が着いたテーブルの端の席に、目立たぬよう丁寧にその人物を座らせた。
その人物は頭からすっぽりとフードを被り、身体を隠すかのようにマントの下に長い着物を着ていた。
しかもイェンランからかなり遠く、顔なんて全くわからない。
ただ、他の側近達とは全く異なる様子に、彼女は確信めいたものを感じた。
あのフードを取って、顔を確認したい!
イェンランはもどかしく感じ、早く近くに寄って見てみたくてしょうがなかった。
チャンスは王の前に出て、顔見世する時だけ、近くに行けるけど・・・・。
フードを被った人物は何か問題があるのか、付き添っていた少年が隣に座り、支えられるようにして席に着いている。

桜花楼の総支配人は、ザイゼム王の紹介を済ますと、最高級の【夜桜】から先に、王の方へ直接引き合わせる。中には数分、王と会話する事が許される。だが、イェンラン達ような下っ端は、何人かのグループ毎で軽く顔を見せるだけなので、どのくらい主賓席の方を見れるかわからない。
イェンランはその事にばかり気を取られていて、側近の一人にあのアーシュラがいる事に全く気づかなかった。

「お前、本当に可愛いな。しかもチビのくせに、やけにいい体してやがるじゃないか。何か鍛えた体してるなぁ。
お前、ただの給仕には見えないぜ」
サクヤは先ほどのぜムカの戦士に、必要以上身体を服の上から触られて、いい加減げんなりしていた。
「なぁ、こんなところで働かないで、俺と一緒に来ないか?俺なら人事にコネが効くんだ。しかもお前みたいな体格なら何も問題ないし・・・」
サクヤは男の話を聞き流しながら、神経は主賓席の方に向かっている。
サクヤもまた、自分の勘でフードの男に注目していた。
「ねぇ」
サクヤはわざと、甘えた親しみやすい声で言った。
「噂に聞いた王様の愛人って、凄い美人らしいね」
「へー。ここまで噂が届いてるのか」
サクヤは男が今まで自分を触っていた手を取ると、ゆっくりと引き剥がし、意識的に少しだけ身体を男に預けた。
「オレ、本物見てみたいなぁ、って。だってこの世のものとは思えない程の美しさだって言うじゃない。オレ、ここで働いているから、【夜桜】の姐さん以上に綺麗な人間いるはずないって思ってるんだ。
だってその人、男、なんでしょ?」
男は鼻の下を伸ばしながら、サクヤの打って変わった態度に喜んだ。
「ははは。あの方は別格だよ、別格。そこいらの高級娼婦が霞むくらいの美しさなんだぜ。・・・一度拝んだ事あるけどよ。あの方に比べたら、ここの女も多分物足りねぇんじゃないか、我が君は」
「ふぅん。今晩はその人いる?ここに」
「おお。でもめったに見せられないお方なんだぜ。我が君はあの方にはえらく神経を使っているのか、嫉妬深いのか、自分のお傍にいないと不安がるくせに、人の目に触れさせないんだ。ほら、あの端に座ってる、お付きの子が世話してるだろう?姿がわからないようにしているからすぐわかる」
やはり・・・。
サクヤは、どうにかイェンランが彼を確認できないものかと、思案した。だが・・・・。

意外とイェンラン達の順番が早くやってきた。
このぜムカの王は目の前の美女達に感嘆するわけでもなく、本当に事務的に女の顔を見ているだけだった。
イェンランはヒヲリが王の前に進んだ時、彼女のアムイへの気持ちを思って胸が痛んだ。
なんとなくヒヲリを見る王の眼差しが熱くなったような気がしたが、それもすぐに終わってしまい、最後の【満桜】が自分の席に戻り、後はイェンラン達が5-6名のグループを作って、王の前に進むのだ。
イェンランは自分の番になって、息が上がったような気がした。
心臓が早鐘を打っている。なるべく近くで見なければ・・・・。
その彼女の様子はかえって他の少女達より浮いてしまい、結果目立ってしまった。
ザイゼムは彼女を面白そうに眺め、そしてその隣にいたアーシュラは体を硬直させた。
アーシュラは憶えていた。あの時の・・・・?
だが、イェンランはそれどころではなかったので、アーシュラには全く気がつかなかった。というより、3年前の出来事だという事と、キイの思い出だけしか忘れたくないのも手伝って、彼女はほとんどアーシュラを憶えてなかった。アムイ達にその時の事を説明する時も、どうも彼の名前は出てこなかった。まさか、彼が王の側近になるくらい地位が高いとは思わなかったのである。
いぶかしむアーシュラがイェンランの視線の先に気づき始めた、その時だった。

がたん!
イェンランの視線の先である、フードの男がいきなりテーブルに突っ伏した。
ザイゼムは血相を変えて立ち上がり、お付きの少年は慌てている。
アーシュラはイェンランどころではなくなった。
すぐに傍に行こうとするザイゼムを制止し、アーシュラは素早く駆けつけ、倒れた人物を抱き起こした。
その反動で、力の抜けたであろう、その人物の白い手が袖から露になり、イェンランの目を釘付けにした。
見覚えのある、白くて形のよい長い指。
そしてアーシュラが大事そうに抱きかかえたとき、わずかだがフードがはずれ、その人物の白い端正な横顔が偶然見て取れた。

間違いない。

イェンランがずっと逢いたいと願ったひと。

・‥………キイだった。

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