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2010年2月12日 (金)

暁の明星 宵の流星⑱

「やはり・・・そうか」

深夜、イェンランの部屋に上手く潜り込んだアムイは、外部に知られぬようできるだけ小さな灯りの元で、二人からの報告を聞いていた。
「やはり、キイだった・・・」
アムイは表面では冷静さを装っていたが、心は嵐のように吹き荒れていた。
今すぐにでも、あいつの元へ行きたい!
アムイはその激しい衝動を必死の思いで抑えていた。
「でも、サクヤ。あんたやけに来るのが遅かったじゃない。
私はてっきりアムイと落ち合ってここに来ると思っていたわ」
そう、こんな時間になってしまったのは、サクヤを待っていたからだった。
「ごめんごめん、ちょっとさ・・・」
「私はまたサクヤが、あのぜムカの男に寝所に連れ込まれたんじゃないか、ってヒヤヒヤしてたのよ」
アムイの片眉が上がり、サクヤの方を意味深な目で見た。
「そんなのやめてくれよ!・・・ま、確かにあいつしつこかったけど。
・・・それよりイェンラン、お前の方が凄いじゃん。最終に残ったなんてさ!」
「そーなのよ!私もびっくりしちゃった!」

女との面通しが全て終わると、その中から20名を選抜し、これから五日間かけて今度は直に王と個人的に会い、最終的にその中から五名が決定する事になる。そうして花嫁として選ばれた女は莫大な契約金を受け、王との子作りのため、ひと月も身体を拘束される。そしてその間に運良く子供を儲ける事ができれば、それから1年、子供が生まれるまで契約延長、契約金も、もの凄い金額に跳ね上がるのだ。特に今回は一国の王の所望である。金額も半端のないものになるはずだ。

「で、個人的に会うって・・・。個人面接?そんな事なら20人だったら一日で終わらない?」
「うん・・・。それが、日が落ちてから4人を部屋に待機させて、一人ずつ王のいる部屋に呼ばれるんだけど・・・」
サクヤの言葉にイェンランは首を捻った。
「なんだ、ここの人間なのに、知らないのか」
二人のやり取りに、先程まで無言だったアムイが口を出した。
「え?どういうこと」
「王との個人面接・・・・つまりあれだな。花嫁契約するに足りる相手か、王本人が確認するのが目的」
「それはわかってるわよ」
「お前本当にわかってる?つまりさ、顔とか性格とか、王が気に入るかどうかとか・・・。それも大事だろうけど、最終的にはあっちの方が合ってるかどうか、直に確かめたいんだよ」
イェンランは耳まで赤くなった。
「だから、目的は子作りなんだから、体の相性をみるんだろ」
アムイは真顔で言った。
「あー。夜伽の確認ってわけ。ひと月も拘束するんだっけね。確かにそっちの相性は大切だ」
うんうん、とサクヤは何度も頷いた後に、はた、と気が付いた。
「ということは、一晩に四人も!?うわぁー、絶倫━━━・・・」
と、言いながらサクヤはちらりとアムイを盗み見た。
確かにぜムカのザイゼム王は見るからに男としてのエネルギーが半端なく凄かった。
一生懸命捜していただろう自分の相棒が、そんな男の愛人だと知って、兄貴はどう思ってるんだろうか。
サクヤにはアムイが何を感じ、どう思っているのかわからなかった。
それくらい、彼は何事にも動じていない様に見えた。

イェンランはその事を聞いて、気持ちが暗くなった。
だけど・・・しょうがないわよね。あの人に逢うためだもの。
このくらい、何ともないし!・・・あの王様、かなり怖いけど・・・。
と、イェンランが勇気を掻き集めて、やっと覚悟した時だった。
「で、これからの事なんだけど。イェンはいつなの、呼ばれる日」
サクヤが急に自分に話を振ってきた。
「あ、明後日よ」
「じゃ、何とかなるかな」
「それがどうかしたの?」
「へへ。実は今まで遅かったのはさー。
オレ、ゼムカ王の部屋係り担当に決まったからなんだー」
えっ!とアムイとイェンランは驚いてサクヤを見た。  
「あんたって・・・本当にどういう手を使うの、いつも・・・。信じられない・・・」
「まー、人徳ってやつでしょ。オレ、人には警戒心を抱かせないタイプみたい。
ちょっと、ね。ぜムカのお付きの子と仲良くなっただけなんだけどさ・・・」
イェンランはすぐにピン!ときた。
「お付きの子、って・・。あの時キイに付き添ってた青い目の子でしょ?すごぉい」
「誰だ、それ」
アムイは眉根を寄せた。
「彼、ルランっていうんだけど、王の身の回りを担当してる子でさ。
今はほとんど宵の君の世話役をしてるみたいだ」


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とにかく男はしつこかった。
サクヤは舌打ちした。毎度の事ながら、オレ身体もたないわ、と心の中で呟いた。
アムイはサクヤを天然だと思っているようだが、こういう状態に気づかないほど彼は無知ではなかった。
サクヤは何故か昔からこの手の男に好かれるのだ。しかもかなりの粘着質に。
いつものように一発ぶん殴って、とっとと逃げ出したい気分だったが、今それをする事はできない。
「本当にごめんなさい、オレ、明日も早いんです。帰って準備する事もありますし、もうこれで・・・」
「つれないこと言うなよ~。何ならもっと金出していいぞ!お前だって満更でもないくせに」
ちょうど宴の広間からかなり離れた、彼らが泊まっている部屋に続く廊下の片隅で、二人はもみ合っていた。
もうすでに他の者は引き払って、辺りには誰もいない。
先程のぜムカの戦士は、酒臭い息も荒く、サクヤを逃がさないように腕を掴み、何とか彼を自分の方に引き寄せようとしていた。が、やはり自分が酔っているせいか、それとも相手の力が意外と強いのか、一向に相手が自分の手に落ちてこないので、段々いらついて来たようだった。
「おい!大人しく言う事を聞けってんだ!!天下のぜムカ族屈指の兵(つわもの)を怒らせるとどうなるか、体に教えてやろうか!」
サクヤは心の中で溜息をついた。
しょーがない、一発でこいつを眠らそう。どうせ酔ってるんだ。目が覚めりゃこの事なんて覚えちゃいないだろう。
サクヤは男の急所に蹴りを入れるつもりで、体制を整えた。
その時・・・。
「何をやってるんですか!!」
後ろの方で若い男の声がした。
サクヤは彼の青い瞳を見て、先程宴の席にいた側近の一人を思い出した。
「ル、ルラン・・・どの」
男は酔いが冷めたかのように一瞬で青くなった。
「此度は王の公用にも等しい大切な行事。そのような振る舞い、ザイゼム様に伝えなければなりませんね」
「も、も、申し訳ありません!!どうか、どうか我が君には・・・」
「ならば、立ち去りなさい。あなたのような者がいるから、我々を野蛮人扱いする人間がいるんですよ。ここの人に手を出そうだなんて・・・・陛下の顔に泥を塗るつもりですか」
まだ十代であろう少年に屈強な戦士は一喝され、すごすごと自分の寝所へと去っていった。
その事から、彼がまだ若いのに、王の信頼を・・・いや、寵愛?を受けているのがわかった。
「本当に申し訳ありません。我が国の者がご無礼を・・・。」
ルランはサクヤに深々と頭を下げた。
「あっ、いえ。や・・・その」
ルランはサクヤの顔を見ると、ちょっと寂しそうな顔をした。
「・・・凶暴で非道で冷酷で粗野で・・・・。我々の事をやはりあなたもそうお思いみたいですね」
「そんなこと・・・・」
と、サクヤは言いかけてやめた。
「そうです、・・・すみません。だから、今あなたの言動にびっくりしちゃって・・」
正直な言葉にルランは微笑んだ。
「そうですよね。それが外からの我々のイメージだって知っています。下手に怖がられてる事も。
確かに外敵には容赦はありませんし、あちらこちらに移動する生活ですので、敵や不埒なモノらから危険を防ぐため、昔からの習慣で、鳥獣などのマスクをして旅をしています。元々が狩猟民族、戦う民族なんで、好戦的なところがあるかもしれませんが・・・・。礼儀を重んじ、礼節を美徳とする面もあるということを、ご理解いただきたいのです。関係ない方にご迷惑をおかけする事はありません。安心してください」
サクヤはこの青い目の少年が、見かけよりはずっと大人びているように感じた。
姿かたちは、あどけなさの残る綺麗な少年であったが、十代独特の青臭さがなかった。
何かしら大きな感情を抱えてるようにも見えた。
それは彼の頬にうっすらと残る、涙の跡に気が付いたからだった。
「あの・・・失礼だけど・・・」
サクヤはそう言うと、自分のポケットからハンカチを差し出した。
「あ!」
ルランは赤くなって、自分の頬を押さえた。
「すみません・・・。変なところをお見せして」
「どうかされたんですか?」
「いえ、何でもありません」
ルランは自分が慕い続ける人物の取り乱した姿を見て、今更ではあるが思い知らされたのだ。
陛下の心には彼の君以外、もう自分も、他の者も、全く存在しないという事を。
この二年半、彼の君のお世話する事になるまでは、まだほのかに希望はあったのだ。
自由奔放な我が君。
父親ほどの年齢の大人の男が、自分のような子供を本気で愛してくれるとは最初から思ってなんかいない。
でもそれは、他の人間にも同じだとわかっていたから。ただ、傍に置いてもらえるだけでよかった。
子供の頃から憧れていた陛下に、十二歳から仕えるようになって、彼の近くにいる事、それがルランの幸せだった。でも・・・・。
彼の君が現れてから、陛下は変わった。表面は変わらないけれど、あの飽きっぽくて、束縛を嫌い、誰に対しても執着なんぞ見せなかったあの方が・・・・。
「大丈夫ですか?」
はっとしてルランは我に返った。
「お恥ずかしいです。泣いていたこと、気づかれちゃったんですね。やはり僕も修行が足らないな・・・」
「いえいえ。泣きたいときに泣いておかないと、前に進めなくなりますからね」
サクヤはにっこりと笑った。
「やさしいんですね」
ルランも少し気恥ずかしそうに笑い、サクヤに対して親しみを感じたようだった。
「それで、あなたはここで働いているようですが・・・。給仕さんですか」
「ええ、そうです。あ、オレ早く帰らなくちゃ。怒られてしまう!」
早くアムイ達の所に行かなくては、時間がなくなってしまうではないか。
サクヤは慌ててこの場を去ろうとした。
「さっきは本当に助けていただいてありがとうございました!それじゃオレはこれで・・・」
「待ってください!」
「はい?」
いきなりルランに呼び止められたサクヤは彼に振り向いた。
「お忙しいところ申し訳ありません。実はお願いがあるのですが・・・」


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「そう、明日から始まる王との面接で、お付きの者だけでは手が足らない雑用等を、桜花楼に頼みたかったみたい。まぁ、オレがその時たまたまいたんだけどさ、しっかりアプローチしたんだ。すっごいチャンスだろ?本当はそういう貴賓の世話は長年の経験者が担当するんだけどね。上手い具合にその彼に気に入られて、面接時の食事とかの賄いをお願いされたんだ」 
「へー、それはすごい。あんたって人に取り入るの上手いよね」
イェンランはお世辞でなくそう言った。
「まぁね。これでもだてに歳食ってないさ。場数を踏めば何とやら・・・・ってね」
サクヤは思わせぶりにニヤリとした。
「とにかく、サクヤのお陰で何とかキイのいる部屋を割り出せそうだな・・・」
アムイはさっと、最高城内の平面図を取り出した。
二人から色々聞いて、アムイが書いた物だ。
「とにかくどういう部屋が、どれだけあるかはわからないが、この奥が貴賓の間。ここにザイゼム達が泊まっている。というと、イェンラン、お前はどこの部屋で当日待機させられてるんだ」
アムイはペンで、最高城内の南側エリアを丸く囲んだ。
「多分、王が泊まっている部屋の隣かお向かいか・・・。
とにかく近い場所に決まってると思う。明日ならはっきりするわ」
「よし。で、サクヤは賄いで王の部屋まで行ける訳だな・・・・」
そこまで言って、アムイは黙り込んだ。
「兄貴?」
サクヤとイェンランは不思議そうにアムイを見つめた。
「・・・・これでいいんだろうか」
「え?」
しばらくして思いがけない言葉がアムイから発せられた。
「ある意味危険なところに、関係のないお前達を行かせてしまっていいのだろうか・・・。
見つかったら、お前達の命だって危うくなる。
俺の問題なのに、俺が何もしないで待っている・・・というのは、どうも性に合わない・・・・。
やはり俺だけで何とかする。お前達はもう手を出さない方が・・・・」
「今更何を!」
珍しくサクヤが語気を荒げた。
「何を弱気な事を言ってるんですか!兄貴らしくない。
それに兄貴が乗り込んだらもっと危険だ。キイさんは厳重に隠されているんですよ。
このまま会えないで失敗する方が大きいと思う。
・・・それに兄貴の顔、ザイゼムが知っている可能性も否定できない!」
いつにない剣幕のサクヤに、イェンランは驚いていた。
アムイはしばらく、じっと下を向いていたが、
「いいのか、本当に」と、ぽつりと言った。
「兄貴、オレ達を信用してくれよ。・・・・兄貴は簡単に他人を信じない人だと思うけどさ」
その言葉にアムイははっとした。
「そ、そうよ!私達を信用してよ。絶対上手くやってみせるわ。
それに私にとっても、関係あることでしょ!キイに会いたいのは、何もアムイだけじゃないんですからね」

傍にあった蝋燭の灯りが消えかかって、その時のアムイの表情は闇にかき消され、二人は彼が今どんな顔をしているのかわからなかった。
イェンランは慌てて予備の蝋燭を灯した。
再び小さな灯りがほんのりと三人の姿を浮かび上がらせる。
彼女は気になって、ちらりとアムイの方を見た。

気のせいか、アムイの目が少し赤くなっているように見えた。

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