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2010年2月 8日 (月)

暁の明星 宵の流星⑭

「おまっ・・・、いつの間に!どっからやって来たんだ」
「どこって・・・。見りゃわかるでしょ。このバルコニーからですよ」
と、サクヤは涼しい顔して寝床の左側にある、バルコニーに続く開いた窓を指差した。
「まったく、どうなってんだか・・・。ここの警備は厳しいって話じゃなかったんでしょうかねぇ。鍵かかってないし」
「お前・・・・。覗きが趣味なのか?」
「莫迦言ってんじゃないですよ!普段はそんな無粋な真似するわけないじゃないですか。こうして堂々と名乗ってるし」
サクヤは口を尖らせた。
「それよりもお前、さっき酔っ払って寝ちゃったんじゃ・・・・・」
サクヤはにっと笑った。
「ふふふん。南の男を侮っちゃいけませんよ。オレは酔うのは早いけど、ひと寝入りすりゃしらふに戻るんす」
「それ・・・・自慢なのか?」
いきなり現れた知らない男に、イェンランは緊張した。
「いやぁ~、さっきまで城内凄い騒ぎでしたよ。兄貴があんな大胆な事したから・・・。
“暁の方が【満桜】じゃない小娘をかっさらっていった~”とか“暁の旦那が若い【蕾】に乗り換えた~”だの」
その言葉にイェンランはぎょっとした。
「えっ!?じゃ、じゃあ、あんたが噂の【暁の明星】?そ、それまずいわよ・・・・」
「何がまずいんだ」
アムイが顔をしかめてイェンランに振り向いた。
「わかんない?だってあんた、姐さんの・・・」
「それよりお嬢さん、申し訳ないんですが、何か身につけてくださいませんかね。さっきから目のやり場に困ってるんですけど・・・・」
「え?・・・あ。きゃあっ!!」
自分が一糸纏わぬ姿だった事を思い出して、イェンランは真っ赤になりながらしゃがみこみ、床に落とした自分の着物を急いで体に巻きつけた。
「今更きゃあ、って・・・・」
アムイがちょっと馬鹿にした感じでつぶやいたのを、イェンランは聞き逃さなかった。
「ちょっと!あんたが脱げって言ったんでしょ!このえっち!」
彼女の膨れた頬を見下ろしながら、アムイはふふん、と鼻で笑った。
「ガキの裸に誰が欲情するってんだ。ばからし」


「えー・・・・それで、さっきの話なんだけど」
何やら不穏な雰囲気の二人に挟まれて、サクヤは落ち着かなさそうに、もぞもぞと座り直した。
あれからしばらく経って、着物に着替えた膨れっ面のイェンラン、二人に気を遣っているサクヤ、憮然とした表情のアムイ・・・・の三人で、寝床の横に輪になって座っていた。
「オレ、本当はあまり、人の内情とかに入り込むのは嫌いなんだけど・・・・。
ゴメン、兄貴の昔の話、あのご老人から聞いちゃったんだ。
兄貴、人を捜してるんだろ?」
まるで内心を見られたくないかのように、アムイは目を閉じた。
その様子を注意深く伺いながら、サクヤは話を続けた。
「で、兄貴の話と、彼女の話を合わせると、その人の消息はゼムカ族が関係している可能性が高い、ってことで」
イェンランも俯いて弄んでる自分の指をじっと見ている。
先程からこんな調子の二人だったので、彼らから断片的だが話を訊き出すのに、サクヤはかなり骨を折った。
「で、オレさ、何か兄貴の様子が変だな~と思って、ティアン宰相のお付きに声かけたんだ。ここに来るちょっと前」
アムイは驚いてサクヤを見た。
「ちょうど宴が終わったとかで、運良く下りて来てくれてよかったよ。ま、元々同郷の人間だからね。
方言で話しかけたら懐かしがって、結構喋ってくれたよ」
たまにアムイはこういうサクヤの処世術に舌を巻く事がある。
アムイにはいつも不思議だった。サクヤは何故か人の心を掴むのが上手い。特に年上や堅い職業の人間に。
サクヤにかかると口の堅い情報屋でさえ、口が緩くなるんじゃないかと思うくらいだ。
「ゼムカ族の繁殖期ってさー。年に2回あるようで、いつもは選ばれた数十名の男が子作りの為、ここと契約して気に入った女を1ヶ月間、貸しきるんだって。それでその女に運良く子供ができれば、新たな契約をして妊婦をゼムカ縁の子育ての島に連れて行き、子供を生ませ、その子供を島にいるぜムカ族縁の住民が育てるらしい。
で、当たり前だけど、生まれた子が男なら一族に加えるが、女なら桜花楼に還元するらしいよ」
サクヤはズボンのポケットからメモを取り出した。
「でさ、そのお付きの人、ちょうど兄貴と宰相が話していた時に傍にいた人で、その時の兄貴達の様子も教えてくれたんだけど、今期の繁殖期っていつもと様子が違うらしいんだよね?」
メモをめくっていく手を早め、あるところでピタリと止めた。
「うん、あった。これこれ。
えっと、今期が特別っていうのは、わざわざ【満桜】候補以上の女を集めて、最高城内で面通し・・・つまり、女の方を選別するから、って事だと。
ということは、最高権力者・・・・王の花嫁選抜としか考えられないってワケ。
つまり、その日は必ずゼムカの王一行がここにやって来る。もちろん、お忍びでね」
「王が必ずここに来るってことは、王の取り巻きもここに来るって事よね・・?まさかひとりって訳にはいかないでしょうし。・・・・まさか、その中にあの人がいるかもって・・・・?」
「お、イェンちゃん。なかなか読みが鋭いねぇ」
「いや、ティアンが言っていた噂の王の愛人が、もしもキイだとして、話では人目に晒さないよう、かなりガードが固いらしいじゃないか。そんな人間を・・・・。まぁ、あれだな、世間一般ではそんな大事な愛人を、自分の花嫁を選ぶのに連れてくるかって事なんだが・・・・」
アムイの言葉に、サクヤは指を左右に振った。
「それがですねぇ、宰相のお付きの人によると、ゼムカの王は本当に愛人を傍らから離した事が一切ないって、断言していましたよ。どこに行くにも常に自分の傍に置いているほどご執心なんだそうだ・・・。これ、オフレコですけどね、ゼムカとリドンは内密にある契約をしてるらしいです。それが何かは知らないらしいけど、そのため、宰相一行はよくゼムカと接触してるんで、自分も何度かその様子を見ているって言ってました」
アムイは顎に手を当て、気難しそうに眉根を寄せた。
「ということは、愛人を連れて来る可能性が高いって事か・・・」
と、はた、とアムイは気が付いた。
「おい、お付きの者が愛人の事をよく目撃してるんだったら、肝心のティアンが見た事ないって・・・・、あれやはり嘘か!」
「・・・でしょうねぇ~。自分の国の宰相ながら、あの方食えない人ですもんね。さすが術者出身だけある」
術者とは、気や魔術で人をコントロールする術(すべ)を習得している者の事で、よく高僧や武術の達人の中に存在している希少価値な人間の事である。
「しかしまた、何だってわざわざ兄貴に・・・」
「面白がってんだよ、奴は」
あの、何でも見透かしたような蛇の目つき、思い出すほど反吐が出る。
(それとも他に、別の意図があるのか・・・・?)
あいつならあってもおかしくない、とアムイは思った。
「それで・・・。その面通しっていつなの?」                                  
「お忍びなんでね。それは彼も、いや、ここの人間も知らされてる人は今は少ないって言ってた」
「なぁ~んだぁー」
「ふふふー。ま、オレにかかったらすぐにわかったけどねー♪」
「えー!ほんとぉ?」
イェンランはサクヤの方に身を乗り出した。好奇心で目がきらきらしている。
「簡単だよ。桜花楼の厨房に行けばすぐにわかったよ。何たって王族関係者が来るんだぜ。献立のスケジュールはかなり前から知らされてるはず。で、丁度いいときにオレ行ったみたいで、その日人手がないからって臨時で給仕として雇ってもらっちゃった」
その言葉にアムイもイェンランも目を丸くした。
「いつの間に・・・お前・・・・」
「うそぉ・・・。ここで働くって、かなり人選厳しいのに・・・なんでそんなに簡単に・・・・」
固まっている二人をよそに、サクヤは言った。
「そぉ?オレを雇ってくれたマネージャーさん、とても優しかったよ。よかったらずっと働いてもいいよって」
アムイは何かわかったような気がした。
こいつ、自分では気が付いてないけど、あれだ。
男受けするんだ。しかも、年上や地位の高い男に。
アムイはコホン、と軽く咳払いした。
「わかった。だが、これは俺の問題だ。色々調べてくれた事は感謝する。後は自分で・・・」
「だめだよ!」
サクヤがきっぱりと言った。
「だからこれはお前に関係ない・・・」
「関係あるよ。だって、兄貴の大事な人が、ここに来るかもしれないんだろ。弟分として、兄貴をサポートするのは当たり前じゃないか」
そう言いつつも、実はサクヤは興味があった。
【暁の明星】のパートナーの男の存在が。
昴老人の言っていた、【恒星の双璧】の片割れの事が。
「あのなぁ・・・。同年齢なんだから、兄貴だの弟分だのやめろっていつも言ってるだろ!居心地悪い!」
アムイはサクヤの頭を小突いた。
「だって兄貴だもん・・・。じゃ、また最初の頃みたいに“先生”って呼ぶ?それとも“お師匠様”?」
「それはもっとい・や・だ!」
「じゃあ、やっぱ兄貴しかないじゃん!」
「だからさ、お前・・・」
「それよりもちゃんと聞いてくださいよ。悪いけど相手はあの凶暴かつ豪胆な一族なんだからね?いくら腕の立つ兄貴だからって、ひとりで行動するなんて無謀だよ」
サクヤはやれやれ、というように頭を掻いた。
「そうだとは思うが・・・」
「とにかく、せっかくオレが給仕として潜り込めたんだ。これを使わない手はないでしょ」
確かに、とアムイは思った。
「あ、それからイェンラン」
サクヤは興味深そうに二人を眺めていたイェンランに向かって言った。
「君は彼の顔、知ってるよね?もう一度、逢いたいと思ってる?」
いきなり話を振られ、彼女は戸惑った。
「ええ・・・。そりゃもちろん・・」
その言葉にサクヤはニヤっとした。

「じゃあ、イェンランにはすぐにでも“【満桜】候補”になって貰おうかな」


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