« 暁の明星 宵の流星⑮ | トップページ | 暁の明星 宵の流星⑰ »

2010年2月11日 (木)

暁の明星 宵の流星⑯

流浪の民、ゼムカ族一行が桜花楼に着いたのは、桜の花がほとんど散り終わり、目にも鮮やかな緑の葉がところどころ色を添える頃だった。
そろそろ南から来る暖かな風が、桜花楼のあるゲウラの国に届く時期だ。

「今朝の調子はどうだ?」

昨夜遅くに桜花楼に到着した一行は、桜花楼最上階にある、貴賓の間に通された。
通常は、普通の客人が通される第三城内にて部屋を用意されるのだが、今回は最高身分の客人を迎えるため、王侯貴族ご用達の最高級の部屋を桜花楼側は密かに用意した。

そう、次の日から始まる王の花嫁選びのため、ゼムカ側から“お忍びで”という要望に答えるためだ。

一夜明けて、鍛え抜かれた上半身を惜しげもなく晒しながら、ゼムカのザイゼム王は自ら着替えを始めていた。
「陛下・・・!お支度など我々がいたしますのに!」
まだ十代とおぼしき美しい少年が、慌ててザイゼムの着替えを手に駆け寄って来た。
「そんなこと自分でするからいい。それより、今朝の調子はどうか、と訊いている」
少年から自分のシャツをひったくると、彼は優雅なしぐさで身に着けた。
「は・・・はい・・・。今朝はかなり調子がよさそうです。
やはりこの気候のよい場所に来たのがよかったのかと。
珍しくご自分から起きられたようで・・・・」
「そうか」
ザイゼムは上機嫌になった。
「では、今夜の面通しの宴に、あいつを連れて行かれそうか」
少年━━━まだ若干17歳のルランは他数名いる、王の身の回りを世話する一人で、ゼムカの人間にしては珍しい青い瞳を持っていた。その瞳が思わず陰るのをザイゼムは見逃さなかった。
「ルラン」
「あっ、はい」
着替え終わったザイゼムは、ルランに近づくと、少しだけ俯いていた顔を自分の方に向けさせた。
「そんな顔、するな。お前には感謝している。キイの世話もよくしてくれてる」
「・・・陛下・・・」
ルランの青い瞳が潤んでいく。
その様子にザイゼムは短く溜息を漏らすと、彼の唇に自分の唇を合わせ、やさしく舌を差し入れた。
ルランの顔が恍惚に揺らめいている。が、ザイゼムはすぐに唇を離し、ルランは不満の声を漏らした。
「いつものお駄賃だ。これで我慢しろ。
これから私も身体が空かなくなるが、落ち着いたらもっと大きい褒美をやる」
ルランはその言葉が、自分を言いくるめるための嘘だと思った。
いや、今は本当に思ってくれているのかもしれないが、その時になってもきっと陛下の心と体は、彼の君の方へ行ってしまうに決まっている・・・・。
足取りも軽くキイのいる寝所の方へ去って行くザイゼムを、ルランは恨めしそうに見送った。


元々ゼムカにも女はいたが、大陸同様に女の数は減少し、ほぼ数百年前には消えたといわれている。
それに元来土地に執着せず、あちこち獲物を求めて大陸を移動する狩猟民族だったという事も手伝い、連れて移動するには邪魔な女、子供(旅に耐えられぬ老人も)をあえて切り捨てた、ともされる。なのでこの民は他の土地に根付く大陸の国家、民族とは異なる形態をもっていた。

そして女が少なく、男社会でもある大陸では、子供を作る事と性欲を満たす事にはかなり意識に違いがあった。
子供を作る事は女がいなければできないが、性欲を満たしたり、恋愛をするには女でなくともできる。
それに関しては生理的に向き不向きがあるだろうが、世間一般では男同士での色恋をダブー視するような風習はなかった。
特に身分の高い貴人には、必ず小姓のような存在を侍らしているのが当たり前だ。
高い身分の者の身の回りの世話と、性欲を満たすための存在である彼らは、見目もよく、気立てもよくなければならなかった。自分の主人に可愛がれ、愛される事が、彼らの生き抜く手段でもあった。
特に男だけのゼムカ族は顕著であった。

時にこのザイゼム王。
彼ほど色と欲に貪欲な男も珍しかった。
豪胆で強豪で、しかもかなり頭が切れた。だがそれ以上に彼は気まぐれで、型にはめられる事を嫌い、早く王位を継いで欲しい前王と側近たちの願いを、ことごとく蹴ってきた。
それが三十も終わりに近づいた頃、持ち前の気まぐれであっさり王位を継いだ。
気まぐれもそうだが、ザイゼムは意外と飽き易かった。
いつも面白い事を捜し、自分に刺激を与える生活でなければ、満たされなかったようで、今までの勝手気ままな生活に飽きた結果、跡目を継いだものと思われる。
しかし自由奔放な性分が、彼の妖しい程のカリスマ的な魅力となって、崇拝する人間は多かった。
それが18人もの王子を持っていたにも拘らず、前王がザイゼムにどうしても王位を譲りたがった理由である。
普通ゼムカの世代交代は特例がない限り、跡継ぎが二十才半ばまでには王位を継ぎ、世継ぎを作ることが当たり前だった。
それが流浪の民であり、戦いを基本としている男だけの民族の特徴で、彼らは若く行動的で猛々しい人間を、自分達のリーダーに、と望んだからだった。

ということで、引退した王と参謀達は、現王ザイゼムが今だ子供を作っていない事に、しびれをきらしたのだ。
「まあ、あれだ」
今は引退し、自ら安住の地を欲した前王は、北の国のある場所に自分の屋敷を持ち、自適に過ごしていた。
めったに顔を出さない一番のお気に入りの息子を、前王はわざわざこの屋敷に呼び寄せ、一族の参謀達と共にザイゼムの説得に取り掛かったのだ。
「お前が私の願いをきいて、王位についてくれた事は、感謝している」
前王は腕を後ろ手に組みながら、屋敷の窓から荒涼とした広い大地を眺めていた。
その部屋の中央にはザイゼムが面倒くさそうにソファに腰掛けていた。
周りには参謀や側近達が、彼を取り囲むように跪いている。
「だが!」
前王はザイゼムに振り向いた。
「いくらなんでも世継ぎを作るという義務を、放棄してくれたらかなわんのだ。若い頃ふらふら遊びまわっておって、その時手をつけた女どもに子を生ませた事だってあるんだから、お前に子種がないわけじゃないだろう?」
「だから、その中から選べばいいじゃないですか」
ザイゼムはイライラして足を組み替えた。
「お前が適当に種付けしたせいで、その子供はほとんど行方知れずじゃないか」
「父さん、それは言い過ぎですよ。私はその時子供を島に預けようとしたんですけどね。仕方ないじゃないですか。一人は女だったし、二人の息子はそれぞれの母親が手放さなかったんですから」
「だから今度はちゃんと契約した女に子供を産ませろ、と言ってるんだ」
はぁ~、と、ザイゼムは興味なさそうに宙を仰いだ。
「別にいいじゃないですか、私が作らなくても。まだ他に若い弟達だっているんだし。最悪の場合誰かに王位を譲りますよ」
その態度に前王は頭を抱えた。この自分の見込んだ、この息子の血を引く後継者でなくては、何の意味もないからである。
「お言葉ですが、ザイゼム様」
二人の様子にしびれをきらした参謀のひとりが声をかけた。
「・・・今まで黙っておりましたが、貴方様のお客人・・・・。あの方をまだお隠しになりたいのでしたら、父王様のお言葉を素直にお聞きなさった方がよろしいですよ」
ザイゼムの顔色がさっと変わった。
「どういうことだ」
「・・・・あの方にご執心だという事が、かなり噂になっております。しかも隠してるようで、貴方様が自分の傍から離さないため、最近あの方を見かける下々の者が多くなっています。身内だけならいいのですが、最近の他国との交渉で、外部の者に見られた事態が噂の引き金になってます」
「だからどういう意味だ」
「ザイゼム様。あの方の美しさは半端なものではありません。いくら隠しても隠し切れないでしょう。今までは東の国だけで評判は止まっていた。ですが各国を移動する我々と共にいれば、噂も広まるというもの。しかもその美しさゆえ、ゼムカ王の美貌の愛人として益々注目を浴びるに違いありません」
「そうすれば、我々がキイの存在を知られたくない相手にも知られる、ってことですよ、陛下」
ザイゼムの右隣に跪いていたアーシュラがぼそっと言った。
何か言いたげにアーシュラを見つめたザイゼムだったが、深い息を吐いて前王の方に顔を向けた。
「・・・つまり、愛人に現を抜かしてるという噂を逸らすためにも、私は花嫁を娶らなくてはならない訳か」
その言葉に前王は、ここぞとばかり喰いついた。
「その通りだザイゼム!今期の繁殖期はお前自ら女を選んで来い!ひとりじゃ足りん。三人、いや五人くらい契約しろ!早くしないと、お前はもういい歳だからな」

そういう経緯があって、気の進まないザイゼムは、“自分の愛人”を守るためにしぶしぶ桜花楼に出向く事になったのである。

|

« 暁の明星 宵の流星⑮ | トップページ | 暁の明星 宵の流星⑰ »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星⑯:

« 暁の明星 宵の流星⑮ | トップページ | 暁の明星 宵の流星⑰ »