暁の明星 宵の流星⑧
3.呼ぶもの
ゲウラ生誕200年の祭も2週間目に突入し、人々は最高に祭の気分に酔いしれていた。
特に今宵は、金はかかるが普段一般の人間が入れない、桜花楼第一城内での宴である。
男達の浮かれ具合は半端ではない。
広大な広間に沢山の酒やら料理。
それ以上に見習いも含め、めったに拝めない【満桜】クラスの女共と酒が飲める事に皆興奮している。
それ故に今日の警護はかなり厳しく、酒宴の席でもマナーを守らない輩はすぐに放り出されるが。
もちろんアムイも今宵の宴に顔を出していた。
他の客人と違い、寄ってくる【満桜】達にも眼中になく、ひとり静かに無言で杯を傾けている。
この様子は意外と目立ったもので、女に夢中の客人でも、誰もがアムイを盗み見て噂している。
近寄りがたいその雰囲気に、誰も彼の隣に座ろうとしていなかったのだが、ひとりの若者が息を切らしてアムイの横に滑り込んできた。周りがぎょっとするのもお構いなく、その若い男は嬉しそうにアムイの横を陣取り、酒を彼の杯になみなみと注いだ。
「あ~にきっ♪ここにいたぁ。
もう、すんごい捜しましたよ~。
まったくいつもながら冷たいんだから、オレまいっちゃいますよ」
天下の【暁の明星】に馴れ馴れしく声をかける青年に、周囲は思いっきり引いたが、気になって恐る恐る様子を伺っている。
アムイの左眉がピクリと跳ね上がり、面倒臭そうに溜息をついた。
「サクヤ」
「ささっ。今晩は無礼講なんでしょ。まぁどんどん、ぐいっといちゃってくださいよ、兄貴!」
「おい、こんなところまで付いて来て、お前金大丈夫なのか」
サクヤと呼ばれた青年は、背は低いががっちりした筋肉質な男らしい体格で、伸びきった前髪と肩までの乱れた黒髪が邪魔しているが、よく見ると意外に綺麗で可愛い顔をしていた。だが、本人は自分の容姿など無頓着なのだろう。よれよれのシャツにダボダボのズボン。しかもひげもところどころ剃り残しがある。それでも何故かそれが汚く感じない、かえって魅力的に映るのが不思議な青年だった。
「へっへー♪オレの金の心配してくれるんだ。やっぱ兄貴って本当は優しいよなぁ」
「いや、そういうことではなくて・・・」
サクヤはもうわかってますよ、という風にニヤつきながらぶんぶんと手を振った。
「まーたまた。そう突き放さなくても、このサクヤ、兄貴がどこに行こうかちゃんと付いていきますからね。オレのこと信用しててOKですッ」
「だぁーかーらー」
普段はほとんど感情を表にしないアムイもいささか我慢できなくなったか、珍しく声を荒げた。
「お前が勝手について来てるんだろ!それに歳だって変わらないのに兄貴呼びはやめろ!」
「えー・・・。だって兄貴は兄貴だし・・・・」
「全く払っても払っても懲りずに追っかけてくる・・・。いい加減頼むよ、もう・・・」
額に手を置き、がっくりとうなだれている天下の【暁】の様子に、盗み見していた周りの人間は皆驚いている。
「はっはっはっは!まるで主人を追う犬コロのようじゃ。天下の【暁】にも手強いと見える。
お主、なかなか将来有望じゃの」
いつの間に座ったのか、アムイをはさみサクヤとは反対側の空いていた席で、小柄な老人が何食わぬ顔をして酒を飲んでいた。
(この爺さん、いつの間に・・・)
いつも気配に敏感のアムイが、この老人が傍に来たのが全くわからなかった。
アムイの気が引き締まる。
「えっ!本当に?本当にそう思う?爺さん!」
アムイは脱力した。サクヤ、こいつ警戒って言葉知っているのか。
「ほっほっほ。これはこれはいきなりですまんの。暁殿がいぶかしむのも無理はない。ワシは北の国の修行僧だったんだが、もうこの年齢での。引退して山に引きこもる前にいろいろと俗世を楽しんでみようかと思ってな。こうしてあちこち旅してるってわけじゃ。怪しい爺ィではないから安心しなさい」
老人は人好きそうな顔でアムイに笑いかけた。
「ワシは昴(こう)という。お前さんが噂の【暁の明星】かい。
先程階下で頭の禿げた男がお前さんの自慢していたのぅ」
あいつか。
アムイはヒヲリの傍でいつも手もみしながらニコニコしている大男を思い浮かべた。
「それにしても、噂通り若くていい男じゃの。その傍にいるお友達はお前さんの相棒かい?」
ピクッとアムイのこめかみが引きつったのを、老人は見逃さなかった。
「相棒!いい響きっすねー。でも爺さん、悲しいかな。オレはここ1年くらい前に兄貴に弟子入りしたばかりで、そんな大そうなモンじゃないんですよ」
「弟子にした覚えはない!」
嬉しそうに語るサクヤに憤慨してアムイは吐き捨てるように言った。
「ほう、押しかけ弟子かい。これはこれは」
老人はこの様子がおかしくてたまらないように興味深く二人を見ている。
「オレ、最強になるのが夢なんです!だからここ何年か武者修行と思って国を出てきて・・・。
噂には聞いていたけど、偶然兄貴の戦いぶり見て、こりゃ本物だな、と!」
「ほぅほぅ。つまり一目惚れってことかの。さすが暁の方、色男だけのことある」
「そうでしょー。もうオレ、純粋に兄貴の強さにやられたっていうかー。惚れちゃったっていうかー。
戦っているのにあの安定した美しい動き。凄まじい波動攻撃!武術の域を超えた芸術ですよ、げ・い・じゅ・つ♪」
アムイはイライラしながらも、居心地悪そうに二人のやり取りを聞き流している。
「明るいのぉ、お若いの。お国を出られたらしいが、どこの方かな?」
「南です。リドンから来ました」
アムイとは反対に、サクヤは上機嫌で老人の方へ回り、そそと酒を注ぐ。
「ほぉ、リドン。あの熱い国から。ならお主の明るさは妙に頷けるの♪」
「へっへ♪それしか取り得がないもんで・・・・。オレっていつも前向きっていうかー。やーな事みんな忘れちまう性質(タチ)なんで、むっつり暗い兄貴にとっていいサポートできると思ってるんスよね~。いや、もうこの人無口で無愛想じゃないですかー。たまにヒヤヒヤすることもありましてね」
調子に乗ったサクヤは、甲斐甲斐しい妻ぶりをアピールし始めた。
「でも、ま、そこがクールで格好いいっていうか・・・。ちょっと人を寄せ付けない冷たい感じが神秘的っていうか・・・。」
「サクヤ」
アムイはもう限界だった。
「でね、爺さんこの間も・・・」
「サクヤいい加減にしろ!」
「あれ、どうしたの兄貴。オレ、変な事言いましたっけ」
サクヤはお得意のキラキラした目とお祈りポーズでアムイを振り返った。
「本当のことだからって、そう恥ずかしがらなくても・・・。ねぇ、兄貴♪」
「だから兄貴はやめろって言ってんだろ!」
「だって兄貴は兄貴じゃないですか、何を今さら」
「だから!歳も同じのお前にそう呼ばれたくないっていつも言ってるだろ!」
結局堂々巡りの二人のやり取りに、老人はこらえ切れなくて腹を抱えて笑った。
「ひゃぁっ、はっはっは・・・。暁殿はいつも冷淡で感情を出すことがないという評判だったと思ったんじゃが・・。
これはこれは。こんな一面がおありとは・・・。暁殿も人間ですなぁ」
老人の反応に気まずさを感じて、アムイは咳払いし、サクヤをじろりと睨みつけた。
昴老人はすすっと杯の酒を飲み干すと、にこやかに二人を眺めた。
「いやいや、なかなかいい組み合わせじゃ。こういうのもまた面白い。人の巡り合わせは天の意と聞く。お前さん達もそうかもしれんの」
と、アムイの目をじっと見つめながら感慨深く言葉を続けた。
「昔、【恒星の双璧】という猛者の話を東から来た旅人から聞いたことがあっての。先はてっきりお前さん達のことではないかと思とったんじゃ」
アムイの目に赤味が挿した。
「【恒星の双璧】って?」
きょとんとした顔で訊ねるサクヤにアムイは鋭い視線を向けた。
「おや、やはりこの話は東の国止まりだったようじゃな。
“比べ難き明星と流星”“常に二人の勇者あり”“向かうところ敵はなし”“それはまるで鬼神・闘神のごとく”
暁殿がお一人でいられていたと聞いて不思議に思ったのじゃが、もう片方のお方はどうされたのかの?
大そう見栄えのする方だったと【恒星の双璧】を目撃した者から聞いておった」
初めて聞く話に、サクヤはちらりとアムイの方を伺った。
いつも無邪気なサクヤでも思わず遠慮してしまいそうな、ピリピリするような空気がそこにあった。
「ほう、【恒星の双璧】。こんなところで懐かしい呼び名を耳にするとは思わなかった」
アムイの張り詰めた空気を破ったのは、通りすがりの見るからに身分の高そうな貴人の一団だった。
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