暁の明星 宵の流星⑮
4.王の愛人
「あのさぁ!やっぱり困るわよ、これ」
あの宴から1週間が経ち生誕祭も終わり、桜花楼もすっかりお祭り気分が抜けていた。
桜の花も半分以上散って、白くそして淡い桃色の花びらで、道のあちらこちらを飾っている。
今日は特に風が強い。
勢いよく吹く春風に翻弄されるかのように、たくさんの花びらが舞っていく。
まるで故郷の雪みたい。
イェンランは口では文句を言いながら、目は窓の外の花びらを追っていた。
「何が困るんだ。お前が【満桜】候補・・・通称【開花桜】、だっけ?
それになるために俺たちが協力してやってるんだろ」
桜花楼第一城内の予備部屋の一室で、アムイは椅子に深く腰掛け、長い足を持て余しながら、何やら城内の案内図をじっと眺めていた。
「だから、こうしてあんたが私を指名するのが困るのよ!」
イェンランはアムイの方に振り向いた。
「何言ってんだ。第一城内で催される宴に一回以上、客の指名最低7回以上!
このノルマを達成しない限り、ゼムカの面通しの日までに正式に昇格できないぞ。こっちの方が困るじゃないか」
イェンランはむくれた。
「わかってるわよ、そんなこと・・・」
「わかってないね。先週宴に顔出ししたばかりの娘に、すぐに指名なんてつくほど甘くないだろ。
だからこうして俺とサクヤが交互にお前を指名してるんだ。しかもお前にとっては体を強要されることもないんだから、好都合じゃないか。何が困るんだよ」
アムイはむっとしながら図面から目を離し、彼女の顔を見上げた。
「それに関しては・・・ないけど・・・。
あんたが【暁の明星】だ、っていうことが問題なのよ・・・」
最後の声は小さく消え入りそうだった。
その様子にアムイは片眉を上げた。
「ね~、これからはサクヤだけじゃだめー?後2回しかないんだからさ!」
「サクヤはもうだめだ。今晩からここで働く事になってる。身内が指名できるわけないだろ」
「それもそうね・・・」
イェンランはがっくり肩を落とした。
アムイにはまるっきり話が見えてないようだった。何でこんなに落ち込む必要がある?
「で、なんで俺だと困るんだ」
あまりにものアムイの鈍さに、とうとうイェンランは切れた。
「あんた本当にわからないわけ!?姐さんの気持ち、どう考えてるのよ!」
「姐さん?」
「ヒヲリ姐さんよ!あんたがずーっと、ご執心にも通い続けた女じゃないの!」
「は?何でヒヲリの名前が出てくるんだ」
アムイはイライラして髪をかき上げた。
「何でって・・・・。あんた姐さんに恥じかかせたのよ!
ヒヲリ姐さんは普通の【満桜】じゃないの!【夜桜】候補に近いのよ!最高級の桜花の女を、あんたはずっと指名してきたでしょう?そ、それを、姐さんや大勢の目の前で・・・。
いくら事情があるとはいえ、【満桜】にもならない小娘かっさらって、その後も指名を続けるなんて・・・。
しかもその後のフォローもないわで・・・」
「ヒヲリだって仕事だろ?こういう世界じゃ当たり前のことじゃないか」
「それだけじゃなくて!姐さんはあんたのこと・・・。というより、あんたは姐さんをどう思ってるのよ」
「・・・・さぁ?・・・あまり考えたこともなかったな・・・。ここに入るにはどうしたって必要だろ。馴染みの女」
アムイは冷たくそう言い放った。
「あんたって最低!」
イェンランは涙を浮かべながら、くるっと反転し、隣続きにある寝所に駆け込んだ。
やれやれ・・・。
一体何が気に入らないんだ。
これだから小娘は苦手なんだよな・・・。
アムイはうーん、と椅子の上で伸びをして、再び図面に目を落とした。
ひどい! ひどい!!
なんて奴なの!!!
イェンランは寝床に突っ伏して、泣きながら拳で布団を何度も叩いた。
大切なヒヲリの気持ちを考えると、胸が張り裂けそうだった。
(姐さんは何だってあんな男がいいの?!)
涙でくしゃくしゃになった顔をシーツに埋め、しばらくそのまま嗚咽を我慢する。
イェンランはヒヲリが気になってしょうがなかった。
あの後の騒ぎは、下世話な同僚が逐一教えてくれた。
(あの時の姐さん可哀想!顔が真っ青で、倒れそうだったんだから)
(それでもさすがだったのは、すぐに気持ちを立て直してさ・・・。何事もなく微笑んだのは驚いたけどね)
(あんた、一体どういう手を使ったの?やる気なさそうだったのも手?結構したたかなのねぇ)
周囲の人間の嫌味や妬み、意地悪、いじめ・・・。
元々肩身の狭い彼女だったが、この件で益々居場所がなくなってしまった。
でもそれは今に始まった事ではないので、まだ我慢できる。
それよりもヒヲリに会うのが怖かった。
本当は何度か、彼女に説明しようと勇気を振り絞って部屋まで行こう、と思った。
だがイェンランは男二人に、自分の身に起こったことを、固く口止めされていた。
しかもこの件は、自分の想い人が大きく関わっている。もしかしたら、また彼に会えるかもしれないという喜びで、心が浮かれてしまうのは隠せなかった。
ヒヲりに合わせる顔がない・・・。というよりも、合わせ辛いのだ。
ヒヲリは自分の事をどう思っただろう。
互いに想い人の事を知っているからこそ、イェンランは気まずさで、胸が張り裂けそうだった。
(アムイの奴。ほんっとうに性格悪い・・・)
彼の態度と言葉を思い出して、イェンランはむかむかしてきた。
なんであんな奴を姐さんは好きなのよ。
なんであんな奴をサクヤは崇拝してるのよ。
なんであんな奴があの人の相棒なのよ。
その日はとうとう時間が来るまで、彼女は寝所から出てこなかった。
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