暁の明星 宵の流星⑨
アムイは舌打ちした。
大陸全土からあらゆる人間がやってくる桜花楼の宴の席。
各国の要人だって足を運んで来るのは当たり前だ。
いつかは昔馴染みの顔に会うのは致仕方ない、と思ってはいたが、よりによって過去最も会いたくない人物がそこにいた。
「おや?懐かしい名前に惹かれて足を止めてみれば、これはお珍しいお方が」
数名のお供を引き連れた、煌びやかな衣装を纏った先頭の男が、意味ありげに口の端で笑いながらアムイを見下ろしていた。
痩せた顔にひっ詰めた長い銀髪とつり上がった細い目が、男の神経質さと只者ならぬ異様な気を感じさせた。
まるで獲物を見る蛇の様な、厭らしい目つきでアムイを見ると、やけに甘ったるい声で言った。
「やはり階下で聞いた話は本当でしたね。暁の方がこちらにいらっしゃる、と。まさかと思いましたが・・・」
「ティアン」
「私の名前を覚えていてくださって光栄ですよ、【暁の明星】。
相も変わらず精悍なお姿で・・・。
お会いするのは何年ぶりですかね?4年?いえ、貴方がまだ20歳そこそこだったんですから5年も前ですか。
東の国では色々お世話になりましたね。益々腕を上げられたと風の便りに聞いていましたよ」
二人のやり取りを見ていたサクヤは、遠慮がちにアムイの耳元で囁いた。
「・・・兄貴。リドンのティアン宰相とお知り合いなんで?」
「まぁ・・・。昔、東でこいつら一行の護衛を頼まれた事があって・・・」
後は思い出したくない、とばかりにアムイは口を閉ざした。
「そういえば、噂は本当だったのですね。この目で見るまで信じられませんでしたが・・・」
ティアンは右手に持っている扇子で口元を隠し、目をいっそう細めた。
「かの君のお姿をまた拝見できるかと楽しみでしたが、まこと残念です。
暁の方がここ何年かおひとりで活躍されているのが事実だったとは・・・」
アムイの体に緊張が走る。
「私は宵の君の、この世の物とも思えない美しさを、 もう一度堪能したかったのですがね・・・。
【恒星の双璧】が何故消えてしまったのか・・・。いや、もうここ数年、貴方以外の噂も全く聞かず・・・」
ティアンの目が面白がっているように煌めいた。
「ああ、消えたのは【宵の流星】だけ、ですか。
私は貴方にお会いしたら、是非訊いてみたかったんですよ。
宵の君、彼は一体どうされたのですかと」
アムイの表情はいっそう険しくなった。
やはりこいつ嫌いだ。
昔から人が嫌な事をねちねちと攻め立てて、楽しんでやがる。
「それともこれだけ何の話題もないっていう事は、もしや死・・・」
「それはない!」
低く、それでもきっぱりとアムイは言い放った。
「ほぉ、揺るぎのないお答え。事情も知らずこれは大変失礼した。
・・・で、かの君はどうされたんですかね、暁の方」
冷静を装おうとしてはいたが、言い知れぬ感情がアムイを支配する。
今、彼が一番訊かれたくなかった質問だった。
その様子を素早く察した昴老人が、穏やかに話に割って入った。
「ほぉ、お二方はご友人らしいのぉ。積もり積もった話があると言うのなら、この席、お譲り致しましょうか? 」
ティアンは今やっと隣の老人に気付いたようなそぶりを見せた。
「おお、これはこれは、重ね重ね失礼。
つい、懐かしい顔を見たものだから、話が弾んでしまいました」
(お前だけがな)
むっとしてアムイは手持ちの残った酒をぐいっとあおった。
「ご老人、私どもは他に酒宴を用意してもらっておりますので、どうかお気遣いなく。
どうぞご歓談をお続けください」
丁寧、且つ優雅にお辞儀をすると、ティアンは共の者を従えアムイ達から離れる。
一種独特な雰囲気から解放され、自国の宰相に出くわして緊張していたサクヤが気を緩めた時だった。
「ああ、そうだ」
行き掛けたティアンの足が、いきなり止まった。
「最近、面白い話を聞きましてね」
いぶかしむアムイ達を気になどせずに、彼はそのまま背中を向けたまま言った。
「男だけのゼムカ族の、今年一期目の繁殖期が近々始まるそうなんですが、今期は珍しく桜花楼の女を選りすぐり、最高城内にて面合わせをするそうなんですよ。
ここ数年、ゼムカの方が選んだ男達をここに通わせていたのに・・・です。
上階級の貴人達の話では、今期にようやくゼムカ王が跡継ぎを作るのではないかと・・・・。
ゼムカのザイゼム王は王位を継いだのが遅かったらしく、もうすでに四十を越えてらっしゃる。
なのに王となってからなかなか世継ぎを作ろうとなさらなかった・・・。
何故か?
噂では彼には何年もご執心の愛人がいて、ずっと傍らから離そうとしないらしい。
しかもなかなかその愛人を他人の目に晒さないくらいの徹底振り。
その為、ここ何年かは繁殖期のために桜花楼を訪れなかったと・・。
それなのに、今期ザイゼム王自ら一行を引き連れ、女を選びにやってくるとは・・・・。
ちょっと興味引く話だと思いませんか?」
ティアンはアムイ達の視線を背中に痛いほど感じていたが、決して振り向こうとはしなかった。
今、自分が可笑しくて堪らない表情をしているのを、わざと隠すように。
「ああ、別に興味ないお話でしたか。ちょっと上階の方で最近凄い話題になってましたので・・・。
申し訳ないですね、本当に私も無駄なお話ばかりしました。それでは・・・」
ティアンは口元から笑いがこぼれそうなのを、必死で堪えながら足早に去って行った。
取り残された一同は、ぽかん、とティアン達の去った方向を見ていた。
「なんでまた、宰相はゼムカの話なんてしたんだろ・・・」
サクヤが不思議そうにぽそっと言った。
ずっと眉根を寄せていたアムイだったが、突然何かにはっとして顔を上げた。
「兄貴?」
アムイはいきなり席を立つと、ティアンの去った方向に弾かれる様に走り出した。
「どうしたの、兄貴!!」
遠くでサクヤの声がしたが、アムイはそれどころではなかった。
胸騒ぎがする。
そう、もしかしたら・・・・・。
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