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2010年2月 4日 (木)

暁の明星 宵の流星⑩

「待てよ、おいっ!お前、何か知ってるんだろう!?」

アムイが一行に追いついたのは、ちょうど彼らが最上階に向かう階段の前だった。
息を切らし、只ならぬ剣幕のアムイに、お供の者たちの間に緊張が走る。
ティアンは扇子で供の者を軽く制すると、アムイの方に向き直った。

「おや、どうかされましたか、暁の方」
「しらばっくれるな!さっきの話だ。お前・・・・。
ずっとおかしいと思っていたんだ。やけに俺に絡んできやがって」
普段冷静なアムイだったが、まるで人が違ったように相手に掴みかかっていった。
「絶対何か隠してるだろ!
・・・・・ゼムカが関係してるんだな?そうなんだろ!?
お前・・・・・はっきり言ったらどうだ!本当はキイについて何かつかんでるって!!」
ティアンは薄ら笑いを浮かべると、自分の胸元を掴んでいるアムイの手を引き剥がした。
「おや、乱暴はよくありませんよ。昔と全く変わってませんねぇ・・・。
おお、そうか。貴方が我を忘れる時は、決まって宵の君が絡んでる時でしたっけ。
あの時もそうでした。あの時の貴方の拳は、忘れようと思っても忘れられませんよ」

アムイはかっとした。
あの時、あの晩。こいつはこのいやらしい手で、無防備だったキイを・・・・・。
思い出したくない情景が脳裏に過ぎった。
「俺はとっくに忘れたけどな!」
「そうですか。それならよかった。
あの晩、あの方の美しさに負けた事は、私の罪。貴方は相方として当然のことをされただけ。
昔の事です」
言葉だけは丁寧であったが、彼の瞳は面白がっている色がありありと映し出されている。

こいつ、やっぱりあの時殺してやればよかった。
めったに湧かない殺意がアムイの心を支配する。

・・・・そうだった。
その時、気の調整ができず、朦朧としていたキイが、自分のありとあらゆる精神力をかき集め、命がけで俺を止めてくれたんだった。
(アムイ。こんなことはどうってことねぇよ・・・。こんな奴のためにお前の手を汚させたくねぇ・・・。いつもの事さ。俺は大丈夫だから・・・)

「やはり暁の方も、宵の君の消息は把握しておられなかった訳ですか」
ティアンの言葉でアムイは我に返った。
「やはり何か知ってるんだな」
ティアンはくっくと短く笑うとこう言った。
「さぁ?私もあくまで噂を聞いただけですから」
それが嘘か本当か、この男の場合はよくわからないのだ。
イライラしてアムイが何か言おうと口を開いた時、
「私が知っているのは、ザイゼム王の愛人の美しさの話だけですよ。私はまだ拝見したことないのですがね。
あの豪傑かつ冷淡で気まぐれの王がまるで秘宝を扱うごとく、ひとりの人間を大事に隠し持っているなんて。
王は必死に人前には出してなかったようですがね。ゼムカに接した公人の従者が偶然に覗き見るチャンスは、多々あったようです。そこから噂が広まった」
そう言いつつ、ティアンは自分を扇で仰ぎ始めた。
「その美しさは人を超えている。まるで天神のような浮世離れした姿。抜けるような肌の白さと、ほっそりとした優美な肢体に、長きブロンズの髪に深い瞳の色。・・・・・おや?何かどこかで知っているような描写・・・・」
ティアンはピタ、と扇の動きを止めるとアムイをまじまじと見つめた。
「是非、私もそのお方を拝見したいですねぇ・・・・。その方が私の知っている愛しい方なら、面白いのですがね。
おっと、申し訳ない。時間が来てしまいました。
暁の方、またお会いしましょう。貴方が拒否されようが、運命は巡って来るものです。では」
軽く会釈をして、ティアンは階段を上り始めたが、途中で足を止め、先程のように振り向きもせず言葉を付け加えた。
「この世は女が少ないですからねぇ・・・。純粋な愛人は男というのが世の常識。特にゼムカのように男だけの民族では、ほぼ間違いなく・・・・・・」
アムイは息が上がったような気がした。
軽い眩暈を起こしそうだった。

この何年か。
眠れぬ夜を耐えて、さすらい、ここまでたどり着いてきた。

そう、たどり着いたのだ。
導かれるがごとく。
呼ばれるがごとく。

自分が追い求めていたモノの片鱗を、アムイはやっと掴んだような気がした。

今宵、何かが掴める気がする。

根拠のない確信がアムイを支配していく。

もうすぐだ。
もうすぐ・・・・・。

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