暁の明星 宵の流星 #33
「あ、あぁん・・・宵様ぁ・・」
ある店の奥で何かしら艶かしい声がして、アムイは音もなくそちらに向かう。
壁際で男と女が抱き合っている姿が見えた。
女の白くて細い腕が男の首に巻きついて、その手は相手の頭を掻き抱いている。
どうやら二人は激しい口付けを交わしているらしい。
「宵様・・・。ん・・・、あぁ・・・」
女は執拗に男を離さず、男は彼女の体を支えながら、もう片方の手で壁に手を付き、体重をかけていた。
「おーい、キイ。俺終わったんだけど」
わざとアムイは二人の近くに寄って、大声を出した。
「あ、悪ぃ」
キイは女の唇から離れようと顔を後ろに引こうとした。
が、女の方は逃がすまいとして、両手でキイの頬を挟み、引き戻す。
「ん、んんん・・・」
「サカってる最中悪いけど、早くしてくれよ。時間過ぎてるぞ」
力いっぱいキイは女を引き剥がし、やっと顔をアムイの方に向ける事ができた。
「ああん、やだぁ・・・宵様、いっちゃいや・・・」
女の不服そうな声に、キイは残念そうに言った。
「ご免な。また、時間のある時に来るから・・・」
「えぇ~?いつぅ?また、って・・・。やっとひと月ぶりに会えたのにぃ・・・・」
にこやかな笑顔と共に、何とか彼女をなだめたキイは、悪びれもなくアムイの元に戻った。
「悪い、何か久しぶりだったから、なかなか離してくれなくて・・・・」
「あのな、今日は薬屋に用があるだけだったような気がするんだが、俺達」
アムイは無表情のまま、すたすたと飲食店を後にした。
ここ2、3年、二人の親代わりだった、聖天師長(しょうてんしちょう)が体調を崩し、ほとんど床での生活を送っていた。
もうかなりの高齢であるがため、余命を心配する声が囁かれていたが、本人は調子のいい時はたまに外に出て、門下生達に活を入れていた。しかしそうは言っても、具合が悪くなると何週間も部屋から出れず、心配した世話役が、二人に町に薬を取りに行って貰うように、たまに頼んでくる。
なのでちょうど切れ掛かった薬を補充するため、二人は山のふもとをずっと先に行った、小さな町にやって来ていた。
天下の聖天風来寺は聖天山(しょうてんざん)という険しい山の山頂にあるのだ。
「いやー、別にあの店に寄るつもりじゃなかったんだが、あの子に引きずり込まれてしまって・・・。
よく俺が来たってわかったなぁ、と思ってさ・・・」
「お前、何か匂うってさ」
「は?」
キイはきょとんとした顔でアムイを見た。
「さっき、あの店の受付の子が言っていた。お前、花の匂いがするんだと」
「へ?ほんと?」
キイは不思議そうな顔をして、自分の手の甲や体をくんくん嗅いでみた。
「する?」
「別に」
「だよなぁ」
アムイはキイをちらりと横目でみると、はぁっと溜息をついた。
「お前、それフェロモンじゃないの?」
「はぁっ!?」
アムイらしかぬ台詞にキイは何故か心の中で慌てふためいた。
「何か、ずっと発情期」
「・・・・」
「・・・って、シータが言ってた」
キイはぶちっと切れた。
「あの野郎!」
同期の中で一番の年上のシータは器量といい、強さといい、キイとほとんど互角に渡り合ってきた。加えて世話好きで、年上という事もあり、姉御肌・・・ならぬいい兄貴っぷりで、キイとは違う人気を誇っていた。
だからなのか、割とでしゃばってくるシータと、プライドの高いキイは事あるごとに対立し、皆からは“犬猿の中”と囁かれ、なるべく二人を会わせないようにしていたくらいだった。(だって、トラブルが大きくなるから)
「まぁ・・・。シータの言うことも一理あるかもって」
「おい・・・。アムイ、お前まで・・・」
何故かキイは落ち込んだ。
昔からアムイがシータの言うことに同意すると、何でかキイは面白くない。
その事に反抗するようにキイはアムイに言った。
「そういえば、その受付の女の子、お前のこと結構熱い目でみていたぞ。
どうだ?紹介してやろうか。お前も女くらい知らなきゃ損だぞ」
キイはニヤニヤした。
キイの宣言後から、四年の月日が流れていた。
あれ以来キイがずっとアムイを連れまわっていたお陰か、大人になるにつれ、アムイは普通に周りと話くらいできるようになっていた。もちろん、キイ以外の他人には心を開かず、表面的な付き合いばかりだったが。
それでも昔と比べ、アムイは他人と係わるようになっていた。
今では背の高いキイと同じくらいまでに育ち、元々端正な顔立ちは、キイとはまた違った魅力をますます醸し出していた。そして歩く姿も隙のない上品な身のこなしで、ストイックでクールな風情に憧れている輩も多数いるくらいに彼は成長していた。
「・・・女は苦手だ・・・」
アムイはポツリと呟いた。
その暗い表情を、キイは何かを思い巡らしながら、じっと見つめた。
だが次の瞬間、わざとこう言った。
「女がだめなら男はどうだ?例えば、俺♪」
今度はアムイがぶち切れた。
「ぶっ殺す!」
そんなある日、珍しくひとりで本を読んでいたアムイに、シータがやって来た。
「アムイ、何か大変よ!」
いつもとは違う彼の雰囲気に、アムイは本から顔を上げた。
「キイがさっき、聖天師長様直々に呼び出されていったの!」
「え・・・?」
アムイは驚いて立ち上がった。
「・・・一体どうして・・・」
子供の頃は普通に接していた二人もさすがに大人になるにつれ、他の者と同じ立場になり、余程の事がなければ直に聖天師長とお目にかかる事もなくなっていた。
・・・・つまり、滅多に会えない聖天師長に直に呼び出されるなんて、前代未聞なのである。
「ねぇ、何の用で呼び出されたのかしら・・・。今までの素行がやはり目に余ったのかも・・・。
今、修行場では凄い騒ぎになってるわ」
そのシータや、皆の不安が当たったのか、それともどんな事を聖天師長に言われたのか、何か口論になったのか、全く皆目検討できない状態で、その直後、キイは乱心したごとく、盛大に暴れまくった。
しかも、聖天師長が住まう、聖天離宮で!
彼はことごとく物をぶっ壊し、止めに入る者をなぎ倒し、騒ぎを聞きつけて駆けつけたアムイにはもうすでに彼は手に負えなく、気が付いたらあまりにもひどい惨状となっていた・・・・。
そしてその日に、当たり前だがキイは破門された。
アムイがどんなに訳を訊いても、ずっと彼は口を閉ざしたままだった。
結局止めに入ったが、キイを押さえ切れなかったという理由で、アムイまであっさりと聖天風来寺を追い出されてしまった。
アムイはその件に関して、今だにキイから事情を説明されておらず、ずっとモヤモヤした謎のまま時が流れた。
それはきっと聖天風来寺にいた者全ても同じ気持ちだっただろう。
あの日、聖天師長とキイの間に何があったのか・・・・。
何でキイが乱心したごとく、暴れまくってしまったのか・・・。
その数年後、聖天師長は亡くなり、そしてキイは今、囚われの身となっている。
事実は明かされることなく、もうすでに六年の歳月が流れていた・・・・・。
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