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2010年3月 4日 (木)

暁の明星 宵の流星 #34

「きゃあっ!」

突然イェンランが悲鳴を上げて、アムイは我に返った。

「どうしたの?お嬢!!」
シータがイェンランを揺さぶった。
彼女は胸元を押さえ込んでいる。
「どうした、イェンラン」
アムイは只ならぬ感覚を受けて、席を立った。
「に、虹の玉が・・・・」
イェンランは顔をしかめて、首にかかっている紐を手繰り寄せている。
「いきなり熱くなって・・・。どうしたのかしら」
と、やっと胸元から、紐に通されている【巫女の虹玉】を取り出した。
「!!」
皆は息を呑んだ。
虹玉は今まで見たこともない色に光り輝いていた。
赤・・・青・・・紫・・・橙・・・。
様々な色合いを奏でるように、玉はゆらゆらと光を放っている。
何故かイェンランは、突然無意識のうちに、この玉はアムイの物だ、と思った。
今までキイとの接点ゆえ、決して他に渡そうという気分にならなかったのに。
・・・・これは理屈ではなく、彼女はその時確信したのだ。
この玉はアムイを呼んでいる・・・・・・と。
そしてアムイを恋しがっているように思えたのは・・・・自分の錯覚なのだろうか?
まるで導かれるように、イェンランはアムイに虹玉を渡した。
アムイはそれを自然に受け取った。

アムイの掌に触れた途端、ぱあぁっと、虹玉は眩しく輝いた。

アムイはいきなり眩暈した。
なんと玉から色々な映像が彼の脳裏に入り込んでくる。
まるで、玉が一生懸命自分に語りかけているようだ。

そのビジョンはキイとアムイが最後に交わした言葉から始まっていた。
次々と場面は展開していく。

馬賊達との乱闘。

キイの戦いぶり・・・・。

彼はいつものごとく、軽やかな足裁きで敵をなぎ倒していく。
そして剣を抜こうと鞘に手をかけた時、いきなりの眩暈に襲われた。
身体に力が入らない!!
まるで自分の気をどこからか吸い取られていくような感覚!
一瞬恐怖を感じたその時、馬賊のひとりが放った矢が、自分の足を貫通した。
いつもなら、軽々と交わせる攻撃を、キイは思いっきり受けてしまった。
鈍い痛みと共に、キイはその場に後ろから倒れこんだ。
キイは心の中で舌打ちした。
(ちきしょう・・・この俺が・・・)
しかもこの気持ち悪いほどの眩暈はどんどんひどくなり、馬賊の奴らの声が遠くから聞こえてきた。

(やったぞ!!宵の流星を仕留めたぞ!!)
(まさかの宵の流星よ。我が手中に落ちるとは・・・・。)
薄っすらとした視界に、馬賊の奴らの顔が自分を見下ろしているのが映った。
キイは最後の抵抗に、ニヤリと口元で笑い、そのまま気を失った。

・・・・これは・・・キイの記憶?
そうか・・・これはあいつの俺への伝言なんだ。

アムイの脳裏に、キイがそれからどうなっていったのか、どんどん映像が送り出されていく。


気が付くと、見知らぬ部屋で目が覚めた。
(ここはどこだ・・・?俺は馬賊の奴らにやられたのではなかったのか?)
その部屋は馬賊の隠れ家とは程遠い、清楚で豪華な作りだった。
「痛っ!」
キイは右足に激痛を感じ、顔を歪めた。
所々傷む体を庇いながら、ゆっくりと上半身を起こす。
キイはこれまた豪華な作りの寝台に寝かされていた。
かなり自分は丁重に扱われているようだ。
ふと、額に違和感を感じ、手で確認すると小さな玉が埋め込まれているのに愕然とした。
(封印の玉!)
何故だ?何故この俺に・・・。
まさか、まさか“あのこと”に感づいた輩がいるのか・・・?
キイは背筋が凍る思いがした。
とうとう来たか?
いつかはその時が来るのでは、と、あの日から覚悟はしていた。
ああ、だが、まだ早すぎる!
まだ機は熟していない・・・・。どうするよ、キイ。
もしそうなら俺はどうしたらいいのだ・・・・。

アムイ・・・。

キイはアムイの気が感じられないのに気が付いた。
こんな形であいつと離されたのかよ・・。
まったく天には驚かされるぜ。


「目が覚めたか」
突然懐かしい声がして、キイは振り向いた。
「アーシュラ?」
思いもかけない旧友の姿に、キイは目を丸くした。
「お前・・・どうして・・・」
「2年ぶりだな」
アーシュラはそう言うと、キイの傍らに座り、怪我をした足の包帯を取替えにかかった。
「見ていたぞ」
「え」
「お前らしくなかった。どうした、【宵の流星】」
「お前が助けてくれたのか・・・・?」
アーシュラは淡々とキイの傷口を確認すると、丁寧に新しい包帯を巻き始めた。
「俺にはこれが限界だ」
突然アーシュラは言った。
「なに・・?」
「お前を助けられるのも、これ以上は無理だ。勘弁してくれ。今のうちに言っておく」
「・・・どういう意味だ・・・」
キイは嫌な感じがして、旧友の顔を見つめた。
「・・・おい、じゃあこの封印はお前がやったのか?」
「俺はそこまではできないよ。修行期間が短かったし、こういう術を習得するまではいかなかった」
「・・・じゃあ・・・。誰が・・・。何故俺に・・・」

「お抱え術者だよ」
いきなり頭上から威厳のある声がした。
キイは驚いてその声の主を振り返った。
ひとりの野性味ある、見るからに王の風格を持っている男が自分を見下ろしていた。
「陛下」
アーシュラはそう言い、さっと跪いたのに、キイは驚きを隠せなかった。
「どういうことだ・・・」
「これはこれはお初にお目にかかる。噂の【宵の流星】殿。
私はゼムカのザイゼム。どうぞお見知りおきを」
わざとらしくザイゼムはうやうやしくキイにお辞儀をした。
「・・・・陛下がお前を馬賊から救ったんだよ」
アーシュラがポツリと言った。
「ゼムカ族の・・・。お前が豪胆で知られるザイゼム王か!何でまたあんたが・・・」
「ほう、私を知っているなんて、光栄だな、宵の君。私はお前にずっと会いたかったよ」
と、彼はキイの顔を覗き込むように体を屈めた。
キイはザイゼムを睨みつけた。
「・・・本当に美しいな。噂どおりだ」
感嘆してザイゼムは言った。
「特にその目。まるで獣のように力強い。身のこなしも、まるで優美な野生の猫のようだった。
絶対神が手元に置いて離さなかった伝説の聖獣のように、私もこの獣を飼い馴らしてみたいものだ」
と、彼はキイの顎に手をかけた。
キイはじっとザイゼムの思惑を読み取ろうと、注意深く見返した。
「・・・・て、猫かよ。せめて豹とか獅子とかビャク(※大陸原産の白虎)とかにしてくれ。何かむかつく」
その言葉に、ザイゼムは面白がった。
「で、俺にこんなもんつけて、あんたは何を考えてやがる」
キイは額を指差した。
「お前は私の物だという証さ」
「な・・・!」
ザイゼムは笑いを含んだ声で言った。
「お前が自分の気を放って、他の誰かに知られては困るからな」
(こいつは・・・。どのくらいの事を知っているんだ・・?)
キイは警戒した。
この男は今まで知っている輩とは一筋縄ではいかない事を、キイは野生の勘で悟った。
(少し、様子をみるしかないか・・・)

こうしてキイの、ゼムカでの生活が始まった。
男にも女にも見境がない、という噂のザイゼム王に警戒してはいたが、意外や意外、ザイゼムはキイに対して気持ち悪いほどの紳士ぶりで、絶対に迫っては来なかった。
しかも心地良いほどの距離の置き具合で、たまに二人で連れ立って外に出ては、狩を楽しんだり、酒を交わしたりした。若い頃いろんな場所を飛び回っていたという、ザイゼムの話は面白く、いつしかキイの気持ちもほぐれてきたのだった。それでも最後の部分での警戒心は解かなかったが。
(こいつ・・・、本当に俺を飼い馴らすつもりなのかな・・・)
キイは苦笑した。多分、アーシュラから自分の事を根掘り葉掘り聞いているに違いなかった。
それにしてもアーシュラには驚かされた。てっきり家業を継ぐために、聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)に入ってきたと思ったが(特待生はそれ相応な家柄、身分、資産家くらいしかなれない)、まさかゼムカ王直属の護衛隊長とは思わなかった。アーシュラは王の手前、昔のように接しては来なかったが、いつも遠くから自分を見守ってくれてるようだった。
まぁとにかく、もし相手が迫ってきたとしても、自分はそれを跳ね除ける力はある。
そう聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)の時だって。

(お前、わざとやってるだろう?)
(ばれた?)
悪びれないキイの笑顔に、アムイは溜息をついた。
(わかるよ、お前のことくらい。わざと喧嘩してるって)
本当にアムイには何でも俺の事わかっちまうんだよなぁ。
(だってそうしないと、皆俺を変な思いで見るだろう?だから目立つように教えてやってるのよ。
俺様は正真正銘の男だってことをさ)
そう答えると、アムイはふっと珍しく笑った。
何かそれだけで、キイは満たされる思いがするのだ。

ゼムカでの生活も気が付くともうすでに半年以上経っていた。
自分の持っている気が、不安定なのは生まれたときから承知している。
だからなるべく自分で上手くコントロールするように鍛錬してきたつもりだ。
だからまだ、大丈夫。
今の所暴走する気配もない。
ただ、それがいつまで持つかの問題だった。
(アムイ・・・)
夜になると、どうしても不安と寂しさでキイは窓から外を眺めてしまう。
いつかはと、覚悟はしていたつもりだった。
だが、出会ってから今まで、こんなにあいつと離れた事はなかった。
「・・・あいつ、絶対眠れていないだろうな・・・・」
キイは薄暗い部屋の中で、瞬く星を数えていた。
あのアムイをひとり残して行ったことに、キイはたまらなく辛かった。
今、あいつどうしてるだろう。
人と接する事が上手くできないのに。
何かに巻き込まれていないだろうか。
それとも自暴自棄になってないだろうか。
・・・いいや、自分は心の底ではあいつを信じている。
あいつはそんな柔じゃない。
だけどつい心配してしまうのだ。
だってこんなに遠くて、この手であいつを感じられないから。

そうじゃないだろ・・・・。

キイは目を瞑った。
俺がアムイを恋しがっているんだ。
たったひとりで取り残されたあいつを思うと、胸が張り裂けるように苦しい。
だがそれ以上に自分はアムイが恋しいのだ。
涙が出るくらいに・・・・。

気が付くと、キイの頬は濡れていた。
それを自分でそっと親指で拭うと、自嘲気味に笑った。
「まったく、キイよ。泣いてどうするんだ。あいつは涙も枯れているんだぞ。お前がしっかりしなくてどうする」
キイはそう自分を叱咤すると、どうにかして今の状況を相方に伝えられないか、その晩ずっと考えていた。

そうこうして場面はくるくると変わり、キイとイェンランが森で出会った場面が流れてきた。
キイは初めて接した外の人間である彼女に、自分の分身を託したのだ。
いつか、(虹玉)こいつがアムイを呼んでくれる・・・・。そう信じて…。

そこで虹の玉の伝えたい事は終わった。
気が付くと先程の輝きを一気に失い、ただの白い玉になっていた。

「アムイ、…大丈夫?今のは…」
シータが心配そうに放心状態のアムイに声をかけた。
アムイはただ黙って、輝きを失った虹の玉を握り締めた。

「今のは・・・キイの伝言・・・」
ポツリとイェンランは言った。
その言葉に一同驚いて彼女を見る。
イェンランは彼からこの玉を託されてから三年間、ずっと肌身離さず共にいたのだ。
どうやらいつの間にか、玉と彼女の波動が馴染んでいたようだ。
細かい事はわからない。
ただ、虹の玉が一生懸命アムイに語っているのを、イェンランは痛切に感じ取っていた。
そして、キイのアムイへの思いまでも。
切なく、狂おしいまでの、彼の思いの丈までも。


放心状態だったアムイがやっと口を開いた。
「・・・今、微かだが…キイと繋がった…」
「ええ?」
アムイは最後に、きっとキイの元にあるだろう他の虹の玉の波動が、この玉とわずかに繋がったのを感じたのだ。

「北だ」
アムイは空を睨み付けて言った。

「キイは北にいる」

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