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2010年3月 5日 (金)

暁の明星 宵の流星 #35

「それは当りだ、旦那」
いつの間にやら客のふりして、何でも屋の凪(なぎ)が近くに来ていた。
「凪、お前いつの間に・・・」
凪は目立たぬように、口元に指を立てると小声で言った。
「静かに、旦那。誰が聞いてるか分からんので。
よかったですよ、まだ出発されてなくて。
お約束どおり、情報持ってきましたぜ」
アムイは目を細めた。皆も息を潜めて凪を見た。
「つい先程、南に行ってた仲間が仕入れてきたんですがね。
南のリドン帝に、確かにゼムカの王が接見してたと。
それが今朝、いきなり南を出たというんですよ。
…目撃した城の人間によると、王と二人の側近だけだったそうで。
ゼムカの王はゲウラ経由で北に向かってる可能性が高い。
何しろリドン城の内部では、理由は伏せられてますが、ゼムカ王を追って、北に遠征するという話になってるようです。現在、その準備で慌しいと…」
「リドンが…?何か変だな…」
アムイは嫌な予感がした。
キイと離れてから、常に戦っていた不安のひとつ。
もし、もし自分が考えている事が当たっているのなら、リドンより早くキイを捜さなくてはならない。
「あ、北にはゼムカの前王の隠居後の館があるって言ってましたが、今その前王の具合が悪いらしいんですよ。ザイゼム王は必ずその館に寄るじゃないかと。北に入ったらリョンという村に仲間がいるんで、場所は奴が知ってます。
それでは、旦那。約束は守りやしたぜ。
とにかく北に向かうのなら、かなり危険ですが、裏から行ってくだせえ。
…ここから北東にあるシャン山脈に入り、静寂の森を抜けるんです。
途中、猛獣どもには気を付けなさって、ね」

確かにこの先にあるシャン山脈地帯は、手付かずの自然の宝庫だ。
東の国に多数存在している大陸原産の猛獣、白い虎ビャクが生息しているのでも有名である。
ビャクはかなり気性が激しくて、他者と目が合っただけでも、噛み付こうと襲ってくるのだ。
外大陸(そとたいりく)に生息している黄色い虎とは多少違う、この大陸だけしか生息してない珍獣でもある。
白い体毛に黄色の縞。身体は黄色い虎よりも大きく、牙も爪もでかい。
この王者の風格のせいか、この大陸では伝説の聖獣ビャクオウ(百王)のモデルと言われている。
大陸を創造した天の王、絶対神(ぜったいしん)が、この大陸を作る際、凶暴だったビャクオウを手懐け、自分と天の守り番にしたという、伝説の聖獣。
だから今でもビャクは神聖で、大陸の人間から崇め、畏れられている存在なのだ。

「ありがとう。現況での南のスパイ行動は危険なのに、悪かったな」
「いえ、旦那にはいつもよくして貰ってるんで。いつでも呼んでくださいよ」
と、凪は片目を瞑ると何食わぬ顔して去って行った。

皆はその後、急いで食堂を後にした。
夜更けにシャン山脈を抜けるのはかなり危険と判断し、時間配分を考え首都を出るのは夕方と決めた。
早く出発したかったのだが、どう考えても山脈まではここから馬でも半日以上かかる。
夜明けと共に山に入るなら、一晩中北東に向けて移動しよう、という事だった。
その間、各々は支度やら仮眠やらで時間を使う事になった。
ただ、アムイはいつものごとく、またひとりで行動しようとして、サクヤに釘を刺されていたが。

「兄貴、いい?絶対勝手に先に行かないでよね」
確かにひとりで行動しようとしていたアムイはビクっとした。
何か最近、サクヤの自分に対する勘が冴えていて、いちいち的を得ているのに驚く。
本来自分はキイ以外の人間に干渉されたり、係わられたりするのは、苛付くだけでいつも無視しているのだが、最近何故かサクヤが自分に纏わり付いてくる事に、違和感を感じなくなってきていた。
まるでキイに干渉されてるみたいで、自然に彼の意見を聞いている・・・?
まさか、とアムイは苦笑した。
キイ以外の人間に、自分は心を開けるはずもない。
そうだ、きっとこれは“慣れ”なんだ。
さすがにキイと離れてから四年、ひとりで行動しているつもりでも、他人と係わらない訳にはいかなかった。
その間、キイといた時よりも、ひとりで他人と交渉したり、話したりしている。
彼が今まで自分の代わりにしていた事を、ひとりになってからは、全て自分がやらなければならなかったのだ。
それに、もうかれこれ一年以上サクヤに纏わり付かれてりゃ、嫌でも慣れてしまうのかもしれない。
「おい、いつも言ってるだろ。兄貴って呼ぶんじゃない」
「いーじゃない、好きに呼んでも」
何かこいつ最近、俺に対して益々強く出るようになった気がする…。
ま、それだけ自分をはっきり持っている、というのか。
そういうところは嫌いじゃないっていうか、気持ちがいい、というか……あれ?
アムイは自分の考えに首を振ると、気持ちに気合を入れた。
「とにかく!同じ歳の人間に呼ばれたくないから。俺は絶対、返事しないぞ!」
そう言い捨てて去って行くアムイの後姿を見送りながら、サクヤはポツっと言った。
「返事しないって…、普通にいつも話してるじゃん…」


一方イェンランはあの後、光らなくなった虹の玉をアムイに託して、ひとり宿を抜け出し、美しく流れる川に架かる橋の上にいた。
何かとても無性に気が抜けて、とても切なくなって、ただぼーっと橋の上で流れる水面を眺めていた。
「お嬢、ここにいたの」
シータがそっと彼女の隣に立った。
しばらくシータはイェンランと共に、川の流れを見つめていたが、おもむろに言った。
「…お嬢は…どうするつもり?」
「え…」
「これからここよりも、もっと治安の悪い北へ行くのよ。
…殺されるかもしれない、怖い目に合うかもしれない、それでも行くの?キイに会いに」
イェンランは何ともいえない表情で、シータを見上げた。
「私…。はっきり言ってどうしたらいいのか、わからなくなって…。
ずっと考えていた。…キイは、もしかしたら…私を利用したのかなって……」
「お嬢…」
「私に生きろ、と言ったのも、優しく抱きしめてくれたのも…。みんなあの玉をアムイに届けるために…」
そこまで言って、イェンランは目頭が熱くなった。
そんな彼女を、じっとシータは見つめていた。
「そうかもね」
シータの言葉に、イェンランは少し傷ついた。
「アンタが思うならそうかもしれないわね。
アタシはキイじゃないから、アイツがどう思っているなんてわからないわ。
それに、やはり女の子が行くような所じゃないし。
ここは女には暮らしやすいようだし、お嬢はここに残った方が幸せじゃないかしら」
イェンランの目から涙が一筋こぼれた。
シータは彼女を見ずにこう続けた。
「ただ、アタシはお嬢よりもアイツの事知ってるから言わせて貰うけど、アイツは女には異常に甘くて優しくて、大陸の男には珍しく、女を崇敬している所があるの。だからお嬢に対して言った事は…アイツの本心な気がする」
そう言うと、シータは彼女を振り向いて、にこっと笑った。
「でもね。これはアンタの気持ちしだいだから。アタシも多分アムイ達も、お嬢を連れて行くのは気が進まない。アンタに覚悟がなければ、ここに残って欲しいと思う」
「……」
「まだ時間はあるわ。よく考えなさいよ。
危険を冒してまでキイに会いに行く事が、自分にとってどのくらいの意味があるのかを」
そして、シータはイェンランの涙を指で拭うと、肩をぽんっと叩いた。
「アタシは感動しちゃったけど。キイはアンタに、大事なものを託したんだなぁって。
それでアムイはキイの気持ちを知る事ができたんだもの。
お嬢がキイの分身を大切に守っていてくれたお陰でね」
と、シータは右手をひらひらさせて、イェンランから去って行った。


ひとり残されたイェンランは、シータに言われたとおり、ずっと自分に問いかけていた。

自分は何故、彼に会いたいのだろう。
どうして彼を忘れられないのだろう。
危険を冒してまで、本当に自分は彼に会いたいのだろうか…。


(お嬢ちゃん。
女として生まれた事を呪ってはいけないよ)

(生きろ、お嬢ちゃん。
どんな事をしてでも生き延びろ。
それが今現在、自分の意に沿わない場所だとしても。
厳しくても、苦しくても、生きていればきっと希望は見えてくる。
この世に生まれて、意味のない人間なんていない)


あの時のキイの言葉が自分の心に甦る。
甘くて優しい花の香りと共に。
優しいキイの笑顔と共に。

イェンランの心に、ひとつの答えが湧き上がっていた。


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