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2010年3月 7日 (日)

暁の明星 宵の流星 #37

その6.北の姫君 南の王女

王家に生まれし女は、自らの人生を選べるのか否か。
大陸に対照的な王の娘あり。
運命に翻弄されし二人は自ら未来の男にこの身を捧ぐ。

夜半、馬をずっと北東に進めていたアムイ達は、ようやくシャン山脈に足を踏み入れた。
とにかく人があまり踏み入れない山林は、鬱蒼としていて昼間なのに薄暗い。
今でも毒蛇や、危険な虫などが彼らの行く手を阻むが、まだ天に日が射している時は何とかなる。
問題は日が暮れてからだ。
一番の危険は、この山林は獰猛な夜行性の動物の宝庫で、特に肉食で、寝静まっている餌を求めてうろつく猛獣が数多く生息しているのだ。
それでも昼間だからといって安易に気を抜いてはならない。
何故なら東の地に多いとされる大陸原産の白虎、ビャクは必ずしも夜行性ではなく、ここ数年東の戦乱のせいで、住む所を追われた多数のビャクが、ここシャン山脈まで移動して来ているからだ。
いつ彼らと遭遇し、襲われるかもしれない。そういう危機感でサクヤ達はピリピリしていた。
涼しい顔しているのは、さすがアムイとシータくらいで、初めて山林に入ったサクヤとイェンランは慣れない場所にとても苦労していた。
当たり前の事だが、道らしい道がないからである。
そのために馬を手前の小さな村で金に換えなければならなかった。
すぐにここを出て森を抜けたら、村でまた馬を揃えなければならない。

イェンランはちょっと後悔していた。
確かに高原育ちの自分は他の女よりも体力はあるし、運動神経もいいし、へこたれないだろうし。
なので何とかなると高をくくっていた所があった。
しかしこの獣道は、女の自分にはかなり厳しい。
突然、彼女の足に蔦が絡みついた。
「きゃあ!!」
思いっきりすっ転んだ彼女は、その勢いで大きい蜘蛛の巣に頭から突っ込んでしまった。
「い、いやぁぁぁっ!」
涙目になりながら、蜘蛛の巣と格闘しているイェンランに、容赦ないアムイの言葉が降ってきた。
「ついて来れなければ置いてくぞ」
むかっとしたイェンランは急いで立ち上がり、前方の男達を追いかけた。
「お嬢、ちょっと辛いけど、頑張ってついて来てね?」
心配したシータが彼女を迎えに来てくれた。
「何せ普通の人間だと、この山林を抜けるのは一日半もかかるって所を、アタシ達、何とか日が落ちるまでに森に入るつもりだから…。なるべくアタシ、お嬢の近くにいるから。死ぬ気でついて来て」
(死ぬ気でって…)
とにかく最初のアムイの条件が“自分のことは自分で解決する”“自分の身は自分で守る”なのだ。
その覚悟で自分は一緒に行く、と決めたのだ。
弱音なんて吐いている暇なんかない。
あちこち擦り傷で痛む身体を気にしながらも、イェンランはシータの言葉に頷いた。

唯一の北と西の抜け道であるこの山脈は普通、並の人間がこのルートを使って、日暮れまでに森には行けない。
山脈を抜けて現れる北の国の「静寂の森」までに入れば、少ないが人も住んでいる森、山林よりはいくらか安全なのだ。シャン山脈は途中の道程で、道に迷ったり、獣に襲われたりして、なかなか抜けられないため、国境といえども、人間の管理の目が届かない、すなわち裏ルートと呼ばれる所以である。

で、アムイとシータはとにかく二人で綿密に検討し、とにかく最短距離で森まで行くようルートを作った。
とにかく人が通れそうもない、厳しいルートを。
通れない所はアムイとシータが剣もしくは波動で道を切り開き、崖際を進んだり、木と木の間を移ったり、とにかく滅茶苦茶だった。
シータの言う(死ぬ気で)という言葉はあながち嘘ではなかったようである。

男のサクヤは何とかついては来れたが、女のイェンランにはこれまた最悪に厳しい試練となった。
それでも彼女は持ち前の気丈さで、弱音を吐かずに必死で食らい付いた。
彼女の脳裏には、ただキイの笑顔しかなかった。

その成果か、もうすぐ日が落ちそうという所で、山林の出口が見えてきた。
近くに美しい川が現れ、その川はふもとの森まで続いている。
イェンランはぼろぼろになりながら、ようやく見えたゴールにほっと一息ついたのだった。

ところが皆に余裕の空気が流れたその時、突然子供の悲鳴が上がった。

「誰かぁ!助けて!!」

こんな所で子供の悲鳴?

四人は驚いて声のする方に急いだ。

もうすでに森への入り口は見えてはいたが、子供がいるのはここよりもっと山林の奥のようだ。
草木を掻き分け皆がその場に行ってみると、大きな木の周辺に白くて大きな獣が二頭、うろうろしている姿が目に入った。
ガルガル…と、喉の奥から恐ろしい唸りを上げ、白い体毛に黄色の縞が夕日に映って橙色に輝いている。

ビャクだ。

イェンランは初めて見る猛獣に背筋が凍りついた。
しかもその近くに、子供がいる!!

「くそぉ!向こうへ行け!行けったら!!」
大きな木の下で、8歳くらいの一人の少年が棒を握り締め、木に身を隠しながらもビャクを牽制していた。
そしてその木の上には同じくらいの二人の少年が身を寄せ合っている。
「まずい!」
サクヤは短剣を抜こうと懐に手をやった。
一匹のビャクは牽制している方の少年に今でも飛び掛ろうとしていた。
「だめだ、間に合わない」
と、アムイは自分の剣を抜き、思いっきり木に投げつけた。
大きな鈍い音がして、剣が大木の幹に突き刺さった。
その音で、二頭のビャクがアムイ達に気が付いた。
鋭い目がアムイを捕らえたようだ。二頭はゆっくりアムイの方へ体を移動する。
「今のうちよ!」
アムイにビャクを任せ、シータはサクヤ達を促し、急いで子供達の傍まで駆け寄った。
「もう大丈夫よ」
恐怖で固まっている少年達を抱きとめた後、三人は彼らを連れてビャクとは反対の、川がある森側の安全な方向へと移動した。
残してきたアムイが心配になって、サクヤは少年をその場に降ろすと慌てて様子を伺った。
アムイは二頭のビャクと真正面から睨み合っている。
「まずいよ…兄貴!目を合わせちゃだめだよ!」
サクヤはいても立ってもいられず、アムイの元へ急ごうとして、何故かシータに腕を掴まれた。
「ああ、アイツなら大丈夫だから」
「ええ?だって凶暴なビャクだよ!?いくら猛者の兄貴でも二頭はさすがに…」
「しっ!黙って」
シータに言われ、心配ながらもサクヤは声を引っ込めた。
緊張漂う圧倒されそうなアムイとビャクの対峙を、不安げにサクヤとイェンランは遠くから見つめていた。
ビャクは鋭い大きな牙を剥き出して、今にでもアムイを襲おうと唸り続けている。
アムイはじっと静かに、見てはいけないといわれるビャクのぎらぎらした目を見ていた。
(兄貴…)
サクヤの額から汗が一筋流れた。
と、何を考えたか、いきなりアムイはビャク達の方に歩み寄った。
「な…!兄貴!?」
突然のことで、サクヤの思考回路は混乱した。
そんなサクヤの事など知らないアムイは、無表情のまま、じりじりと二頭に近づいていく。
もちろん目を合わせたままだ。
ところが、唸り声を上げていた二頭に、徐々に変化が訪れた。
その唸り声が段々微妙に変化していき、甘い喉を鳴らすような声を出し始めたのだ。

「…え?」
サクヤとイェンランは信じられないというように息を呑んだ。
あの凶暴で、人に決して懐かないという、“あの”ビャクが…。
何とアムイに頭を撫でてもらおうと、まるで猫のように、二頭とも彼の腰に纏わりついているではないか!
「う、うそぉ~」
二人はその信じられない光景に、ただ、呆然と眺めているだけだった。

「あ~、やっぱりね~」
シータは感心したように言った。
アムイは二頭のビャクに求められるまま、充分愛撫してあげると、山に戻るよう促してやった。
二頭は満足した風に長い尻尾をゆらゆらさせて、山林の奥へと姿を消した。

「さすが猛獣使いのアムイ。ビャクは初めてだったけど、やはり奴らもアムイに落ちたか」
シータはニヤリとしてひとり納得している。
「ど、どういうこと?も、猛獣使い?兄貴、曲芸師か何かなの」
サクヤの言い方に彼はぷっと吹き出した。
「いいわね、それ。曲芸師。確かに通じるものあるわ」
シータはアムイがこちらの方へやって来るのを眺めながら、昔を思い出しているようだった。
「アムイって、何か不思議な奴なのよ」
突然シータは話し始めた。
「人間相手だといざこざが絶えないっていうか、あの性格だから特に人に受けが悪いんだけど、昔から人間以外の動物とかに異様に好かれるのよね。特に猛獣系」
「め、珍しいですね…」
「うん、だから遠征して山で修行しに行くときだけ、アムイと組みたがる奴らがいて、キイが切れてたっけなぁ。でもその時は本当に壮観だったわ。山頂に住まう大鷲がこぞってアムイに止まりたがって大変だったのよ。キイは人間相手だけど、アイツは動物に対して何か出してるのかしらねぇ…」
「何かって…」
思わずサクヤとイェンランは顔を見合わせた。

「おい、子供の方は大丈夫か」
アムイが皆の所へ戻ってくるなり言った。
「うん。でもかなり逃げ回ったみたいで、すごく汚れてるのよ」
イェンランがその言葉で、三人の子達の傍に寄った。
「あ、ありがとう!」
棒で応戦していた少年がまだ興奮状態でありながら、お礼を述べた。
「お兄さん達、本当に助けてくれて…ありがとうございます」
もう一人の少年が、一回り小さな少年を必死で守っていたらしく、その子をぎゅっと抱きしめながらアムイ達に言った。
「本当に子供だけで、何だってこんな所に……。って、あれ、君達もしかして…双子?」
サクヤは二人を代わる代わる見て驚いた。
確かに二人は同じ顔をしていた。髪の毛も瞳の色も一緒だ。
「はい。僕はフェイ。この棒を持っているのは弟のレンです」
小さい少年を庇っていた方は、なかなかしっかりしているらしく、きちんとした声で挨拶した。
「じゃ…こっちの小さい子は?」
フェイの腕の中で震えている少年は、細くて小さくて、男の子にしてはやけに華奢な印象だった。しかも泣いていたらしく、大きな灰褐色の瞳が涙で潤み、周りが赤くなっていた。
「あ、この子は…」
フェイが言い淀んだ時、いきなりアムイがレンの首根っこを掴んで、すたすたとすぐ傍に流れる川に放り込んだ。
「な、何しやがるんだい!!」
「アムイ、何すんの?」
レンが怒鳴るのと同時にイェンランは叫んだ。
「とにかくその汚れを全部流せ。どこか怪我してるかもしれないだろ」
アムイは膨れてびしょびしょのレンを見下ろした。
「服が濡れるのが嫌なら、ここで脱いで川に入れ。今日は気候もいい」
アムイは他の二人にそう言うと、フェイの方の手を引っ張った。
「おい、俺の服は濡れたじゃねーか!!どうすんだよこのおっさん!」
レンは意外と口が悪かった。同じ顔でもフェイは素直で、言われた通り服を脱ぎ始めた。
「今日なら火を焚けばすぐ乾く」
淡々とした口調で言っていたアムイだったが、もう一人の少年がぐずぐずとその場から動かないのに気づいて、その子の傍に近寄った。
「お前も早くしろ」
だが、少年は俯いたままで、一向に腰を上げようとはしない。
痺れを切らしたアムイは、屈むと少年の体をさっと確認した。
「おい、これ怪我してるんじゃないか?」
少年の左足のズボン上部に血が滲んでいたのを見つけたアムイは、彼にこう促した。
「おい、お前も服を脱いで、泥を落とせ」
だが、その子は頭を何度もふるふると振るだけで、全く動かない。
アムイは溜息をついて、その子をさっと持ち上げた。
「早くしないと、ばい菌がはいるかもしれないんだぞ」
嫌がる少年を川に連れてくると、そっとその子を立たせる。
「すごい軽いな坊主!ちゃんと物食ってないんじゃないか?」
と、言いつつアムイはその子の服に手をかけた。
「や、やめて!」
その子は焦ってアムイの手をどけようとした。
「こら、大人の言う事は聞く!」
と、ついアムイは最年少の下期門下生に対するような感覚で、抵抗するその子の服を全て剥ぎ取ってしまった。
「きゃあああっ!」
その悲鳴で、フェイとレンは二人の様子に気が付いた。

「姫様!!」
「てめぇ!!この変態親父!!アイリン様に何て事しやがる!!」
びしょ濡れのまま二人は、アムイと、裸のままうずくまっている子に向かって駆け出した。

「え…姫…?」
ぽかんとしたアムイはその子の服を持ったまま固まっていた。
フェイとレンは大急ぎでアムイから服をひったくると、うずくまっている彼女に覆い被せた。

「この無礼者!」
「お、お前、北の姫君に何て事しやがるんでぃ!!」
双子は大声で喚いた。
その騒ぎを聞きつけたイェンラン達は驚いて子供達の方に駆けつけた。
「何よ?どうしたの、アムイ」
イェンランは四人の気まずい雰囲気に目を丸くした。

「姫って…」
呆然としていたアムイは我に返った。

「お、女の子だったのか……!!」

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