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2010年3月10日 (水)

暁の明星 宵の流星 #39

北の姫君には驚いたが、西の王子まで現れるとは思わなかった。
しかもあの噂の第四王子である。
確かにリシュオン王子は、気品と教養を兼ね備えていて、しかも王族だからという尊大さがなかった。
明るい茶褐色の短い髪に、西の人間特有の青い瞳を持ち、優しげで爽やかな好青年、という感じだ。
この人が十代の頃、海を渡って外大陸にまで行った行動派とは、何か想像しにくい。
それでも話していると、若いながらその知識の多さに圧倒される。
“先見の明がある”と国民に尊敬される人物というのは間違いなさそうだ。

彼は北の姫君を救ってくれたお礼がしたいと、彼らが森の中に張っているテントに招待してくれた。
テントとはいえさすがそこは王族の一行、かなりの大きさのテントが三つ、横並びに存在していた。
しかも中に入るとこれまた驚くに、一つのテントは食堂、キッチン、お風呂が入れる個室などもあって、普通の宿の様だ。もちろん簡易な作りなので、豪華とはいえないが、普通に野宿するよりは数万倍も快適だろう。
他の二つのテントは、何箇所か衝立で区切られているお供用の寝所と、応接間に使える場所を持つ王族関係者の寝所だった。

なので四人は王子の好意に甘えて、汚れた体を洗いきちんと着替え、晩飯までもご馳走になっていた。
もちろん子供達も綺麗に着替え、一緒に食卓を囲んでいる。
皆は王子の各国を回った話を聞きながら、楽しい時間を過ごしていた。


それよりもイェンランは何か居心地が悪かった。
それはリシュオンの、彼女に対する態度だった。
いくら女性の地位を高めたというフェミニストだからって、テントまでの移動中、案内中、そして今の食事中まで、まるで彼女をどこかの王侯貴族のレディのように扱い、彼女を辟易させた。
普通の女性ならこういう扱いを受ければ胸ときめくのかもしれないが、今のイェンランはできれば自分を女扱いされたくなかったのだ。
その王子の態度には彼女への好意も加味されているとは、まったく本人気づいていなかったので、これは王子の女性への普段の態度なんだろう、と思った。
なにせ彼と出会った時の自分は、あちこち薄汚れ、髪はぐしゃぐしゃ、見るからにひどい格好だった。
そういう理由から、イェンランはリシュオンが自分に一目惚れしたなんて、全く思いも寄らなかったのである。
なので先程もサラダを取り分けようと、彼が彼女の皿に手をかけた時、イェンランはきっぱりと言ったのだった。
「王子。自分の事は自分でさせてください」
「あ、余計な事でしたか?申し訳ない…」
「ええ、余計な事ですよ、王子」
その率直さにリシュオンは参ったなぁ、という顔で微笑んだ。
「イェンラン、どうか王子ではなく、リシュオンと呼んでください」
「そんな無理です。身分はわきまえないと」
「身分は関係ないです。私は貴女に…いいえ、皆さんに普通に呼んで欲しいだけですよ」
と、彼はさりげなくイェンランのグラスに飲み物を注いでやる。
(んもう…。何か調子狂うのよね、この王子様…)
半ば自棄になってイェンランはそのグラスを飲み干した。
その微妙な二人のやり取りを、シータだけは何かを感じていたらしく、ニヤニヤしながら眺めていた。


「ところでこれから皆さんはどちらの方へいかれるのですか?」
突然リシュオンがアムイの方を向いた。
「あ、ああ…。夜が明けたらこの森の果てにあるリョンという村に用があって…」
アムイも顔を上げてリシュオンを見た。
「リョンなら私達も朝向かう所だったんですよ。リョンにある通用門を通って西に行こうと思っているんです」
リシュオンは満面の笑顔になった。これでもう少し彼女と一緒にいられるかも、と素直に喜んだ。
「西に行かれるのですか」
「ええ。まぁ、色々とありまして…」
と、リシュオンはちらりとアイリン姫を見た。
姫君はさっきから俯いて、料理を突付いている。
その様子に切ない顔をした王子は、話題を変えようとアムイ達に再び話しかけた。
「そちらも何か事情があるようですね。何かお捜しのように思えてならないのですが」
王子の鋭い観察力に、アムイ達は感心した。
「特に今、ここモウラは東からの影響でかなり治安が悪いですよ。
なので我々は、北の城からまっすぐリョンには向かわずに、シャン山脈と平行して存在している森を回って来たのです。これからどこに行かれるにしても、町や村を通るなら、ある程度覚悟された方がいい」
リシュオンは真面目な顔をした。
「特にご婦人方を連れて行くのはかなり目立つし、危険行為です。なので今回、姫には申し訳なかったのですが、男の子の格好をしてもらって、旅をしているのです」
と、彼はちらりと心配げにイェンランを見た。
視線に気づいたイェンランは彼に向き直った。
「覚悟は…してきたつもりだわ。それに私、この国の人間だったから、ある程度抜け道とかわかると思います…。実は帰ってきたのは三年ぶりなんですけど。今はその頃より状況は変わってますか?」

「イェンランは国の人間だったの?」
ずっと俯いていたアイリンがいきなり顔を上げてイェンランを見た。
「え、ええ…。だから姫様のお名前だけは存じてました」
「そうなの…」
アイリンは微かに微笑んだ。
その姫君の元気のない姿に、ついイェンランは疑問をぶつけた。
「あの…。もし私の勘違いだったらごめんなさい。
もしかして、姫君を男の格好までさせてこの国を出るって言う事は…。
それ程モウラは危険な国になってしまったんでしょうか。
姫君を国外脱出させるために…」
その言葉に、アイリンとリシュオンは顔を見合わせた。
「そ、それはイェンラン…」
リシュオンが口ごもった所を、アイリンは意を決したように遮った。
「それは違います」
「姫!」
「いいじゃないですか、リシュオン様。この国の者は皆知ってる事ですし、この人達は信用できると思うし」
「姫…」
姫の両脇にいる、双子も神妙な面持ちだ。
アムイ達の視線を一斉に受けながら、アイリンはまっすぐ彼らを見て言った。

「私、お見合いしに行くのです。西の国に」

一瞬微妙な空気が流れた。
「お、お見合い?…って、だってまだ姫君は9歳でしょう?」
イェンランは彼女の言葉に驚いた。
「ええ、本当です」
リシュオンがアイリンの代わりに答えた。
「アイリン姫は我が国の王太子…つまり私の長兄であるペイン王子の息子、私の甥のキリーとの縁談が持ち上がっているんです」
「…って、キリー王子っていくつなの…」
「今14歳です」
「まだ子供じゃない。どうしてそんな…」
イェンランは信じられない様子で首を振った。
「イェンラン。王家では意外とこういう事は当たり前なのです。とにかく国と国を結ぶため、互いの利益のため…。特に王家に生まれる娘は本当に少ないので、生まれた時からこういう運命にあるのは覚悟してなければなりません」
アイリンは9歳とは思えぬほどの毅然とした言い方で、イェンラン達に説明した。
「つまり…政略結婚」
ポツリとサクヤが言った。
「そんな…。生まれた時からすでに人生が決まっているなんて…」
「そうですね。でもアイリンは北の王ミンガンの娘として自分の責はまっとうするつもりです」
当たり前のようにして言う彼女に、イェンランは胸が痛くなった。
「なんで…。王の娘すらも自由がないの?女はただの道具なわけ?」
イェンランの呟きに、リシュオンも苦悩の表情を浮かべた。
「でも、イェンラン!まだ私は幸せな方なのですよ」
いきなりアイリンは明るく言った。
「幸せ…?」
「はい、アイリンは二つの道どちらかを自分で選べるのです!」


皆は彼女の言っている意味がわからぬまま、次の言葉を待った。
だが、口を開いたのはリシュオンだった。
「姫君と私はこれから西の我が城で、キリーと会って貰い、その足で再び私と東に行くのです」
「東にだって?」
サクヤは思わず大きな声を出した。
「何だってそんな、よりによって一番の無法地帯に…」
「ええ…。でも私達が向かうのは、東でも最南端の神国オーンですので」
アムイがその名前に反応して顔をリシュオンに向けた。
「神国オーン?あの天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)のある…聖地オーンに何故」
シータが不思議そうに尋ねると、リシュオンはこう答えた。

「姫はオーンの神官でも在られる、最高天空代理司長(さいこうてんくうだいりしちょう)サーディオ様の姪御様でもあって、その血筋から姫を心配される最高天司長(さいこうてんしちょうж最高天空代理司長の略)様が是非巫女に、と所望されているのです」

「神国オーンの…最高天空代理司長の姪??姫が?」
シータは思わず聞き返してしまった。
アムイもアイリンについ目がいってしまう。
「という事は、姫君の言う二つの道って…結婚か神の道か…って事なの?」
イェンランが呟いた。

「そうです。父王様は、アイリンにこの二つの道を、私自身での選択を許してくれたのです」

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