« 暁の明星 宵の流星 #39 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #41 »

2010年3月12日 (金)

暁の明星 宵の流星 #40

結婚か聖職か、という何とも究極な選択を、こんな小さな姫に強いたものだ。


〈果ての大陸〉では、もう百年程前すでに宗教戦争は終わっていた。
大陸自体統一されている訳ではないが、人間の価値観に一番影響が大きい宗教、という物が統括されて、この大陸は国家間でのバランスを何とか上手く取っている。


この宗教戦争後において、各々民族、国家の、信仰の自由は認められたが、神事などの統括を図るという意味での宗教というトップに立ったのが、先の神国オーン拝する“絶対神”の天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)である。
それぞれの民族や国にはそれぞれの信仰があり、主に国の代表格である、南の【炎剛(えんごう)神宮】西の【水天竜宮(すいてんりゅうぐう)】北の【北天星(ほくてんせい)寺院】東の【聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)】を尊重しながらも、東の国南東の孤島にある神国オーンが統括の責を負う事で、全てが丸く収まったのだ。
その一番の理由は、神国オーンは完全な聖職者と信徒だけの国であり、神事を専門に行い、その関係で神の声を聞く稀有な人間を保護しているからだった。そして彼らが崇拝している神、“絶対神(ぜったいしん)”が、この大陸を創ったとされる天の王、という謂れ(いわれ)から、ここが全ての宗教をまとめた方がいいいだろう、という事になった。
とにかくオーンは天空という名の通り、神に一番近い島中央にある高山の頂に聖堂を構え、神の信徒のみが住まえる自治国である。
そう、信徒の中でも大聖堂でお役目をいただいている聖職者は、神に絶対なる愛と信仰を捧げ、神と契るという意味で、生涯独身を貫き、もちろん姦淫は大罪とされる。特に神の声を聞くとされる巫女は、男と通じればその力は失われただの人間となると言われている。


その最高位が、アイリン姫の伯父である最高天空代理司長(さいこうてんくうだいりしちょう)様である。
彼は全ての神事と、他宗教との連携を取る事を任された神官である。
彼の家は代々有能な聖職者を出してきた由緒正しい家柄で、姫君の母親は彼の一番末の妹だった。
その血筋故、姫君にも不思議な力がある事を見抜いた伯父のサーディオ最高天司長(最高天空代理司長の略)が、この不安定な政治的情勢を心配して、是非聖堂の巫女にと望んだのだ。


つまりアイリン姫はまだ9歳という幼い身柄で、政略結婚するか聖職者(巫女)となって生涯を独身のまま過ごすかの、文字通り究極の選択にいたのだ。


貧しいモウラ王国のミンガン王は実はもうかなりの高齢である。
アイリンの他に、すでに成人の王子達が三人いるが、そのうち一人を流行り病で亡くし、今は残った二人の王子が父王の補佐をしていた。
そのミンガン王が、晩年になって娘程の年齢のアイリンの母を正妃に迎えた。
もちろん神国オーンの息がかかっている家柄と親戚繋がりになる事と、アイリンの母親の美しさに夢中になったからだ。
その晩年にできた、たった一人の姫君である。
王が溺愛しない訳がなかった。
しかし貧しいとはいえ、一国の主。国の事を一番に考えなければならない。
そこで持ち上がった西の国との縁談。
西の国も南の国の異常な野心的政治行動を危惧していたため、自己保身も兼ねて他国との繋がりを希望していた。北の方もこの国と縁が繋がれば、豊かな西から多額の援助をして貰える。
幼い姫を嫁に出すのは忍びないが、女を大切にしてくれる国だ。姫のためになるだろう。

ところがその話がまとまりつつある頃、先の最高天司長様直々の巫女としての要望である。
オーンからの申し出を無下にはできない。
それ程大陸に影響ある神国なのだ。
多額の援助金はなくなるだろうが、オーンの巫女に国の姫が選ばれたというだけで、大陸での自国の価値が向上する。つまり何かあった時には神国オーンが仲介に入ってくれるという事だ。

王にも姫にも究極の選択だった。
だが王はとにかく愛娘の幸せを一番に考えたかった。自由、という道は選択肢にはなかったが。
なので彼は幼い姫に自分の意思で選んでもらおうと考えた。
もちろん西の国にもオーンにも、自ら説得して本人の意思で選ばせたいという意を承諾してもらった。
その公平さを貫くために、本人の目で西とオーンを見てもらおうと、今回の旅を決行したのだ。
そしてサポート役を、旅慣れている西の王子にお願いした。
リシュオン王子も、父王から頼まれて、この役目を快諾した。
姫がどちらを選んでも、北には恩を売れるし、オーンには姫を大切にしたという評価が上がる。
西にとっても何の損もない。


その肝心なアイリン姫は、己の人生を二者択一であれど、自分の意思で選べる事を天に感謝した。
ずっと自分は国のために生きる、と思っていたから尚更だ。
彼女は大きな瞳をきらきらさせて、これからの自分を考えているのだ。

「このような大切な事を、私の意志で選んでいいなんて、本当に嬉しいんです」
だが次の瞬間、少し顔を曇らせた。
「正直…不安がないというのは嘘ですが…。
ちゃんと正しく選べるかどうか…、どちらが自分にとっていい道なのか
この目で確かめた結果、同じくらいだったらどうしよう、とか
どちらも嫌だったら占いで決めちゃおうかな、とか」

イェンランは益々たまらなくなった。
こんな小さな子に、なんという選択を強いるのだろうか。
沢山の選択、数多の可能性、彼女にだってそれを受ける権利はあるだろうに。
そして自分とつい重ねてしまう。
彼女のように選択肢はなかったが、親に道を定められていたのは同じだ。
しかも人よりも器量よく生まれたばかりに、親は娘を金に替える事しか頭になかった。
その中でたったひとり、自分の味方だった次兄だけは彼女を守ってくれた。
でもその兄が突然事故で亡くなったため、これ幸いと親は兄の喪が明ける前に桜花楼と契約を済ませてしまった。
イェンランにとって、故郷とは亡くなった兄そのものだ。
多額の金を受け取って、貧しい国を捨て、他の国へ移った親兄弟をどうしても許す事はできない。

暗く、沈んだ顔のイェンランに気づいたリシュオンは、彼女の中に蠢く闇を微かに感じ取っていた。

そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎ、皆は食堂を後にし、寝所であるテントに案内される事になった。
リシュオンが寝泊りするテントには、何かあった時の為の予備空間があり、そこを客人の寝所にしてくれるとの事だった。
リシュオンを先頭に、四人と子供達は隣のテントへと足を進めた。
何名かの護衛の兵士が王子と姫に気づいてうやうやしくお辞儀をしていく。
その時、ひとりお辞儀を済ました兵士が、アムイの顔を見て驚いた声を出した。

「お、お前は【暁の明星】!!何でこのような所に!!」
中堅であろうと思われる兵士は、青くなってリシュオンの前に進み出た。
「…暁の…明星?まさか」
リシュオンはアムイを振り返った。
「王子、確かです!私は三年まえまで東に遠征しておりました。
トウギ州でのいざこざの時に、こやつと遭遇して顔を覚えています!
間違いございません!」
兵士はかなり興奮している。
「しかし何故このような狼藉者が、王子の傍に…」
リシュオンは兵士の肩を叩いてきっぱりとこう言った。
「この方は私の大切な客人です。失礼は許しませんよ」
そして兵士達を自分達の前から追いやると、黙ったまま自分のテントに皆を誘導した。

応接間も兼ねているリシュオンの個室に入った全員は、王子の沈黙に嫌な予感を持っていた。
王子は子供達に自分の部屋に行くように促したが、子供達も先程からの王子の様子が気になって、なかなか部屋を出て行こうとはしない。
王子は仕方ない、というような溜息をつくと、アムイの前に歩み寄った。
「貴方が【暁の明星】というのは真実ですか?」
いきなり彼はこう言うと、アムイの剣の鞘を見た。
「…ああ、さっきの兵士が言った事は事実だ。俺の異名は【暁の明星】」
アムイも素直に素性を明かした。
本人もまた、王子の何か含んだような表情がずっと気になっていたのだ。

「そうですか。まさかこんな所で本人を目の当たりにするとは…。
噂はかねがね伺っておりました。でも安心してください。
今の状況では我が国は貴方には何の思惑もありませんので、貴方の身の安全は保障します」
「身の安全…?」
王子は深い溜息をつくと、アムイを真っ直ぐ見据えた。
「【暁の明星】、貴方は国家の間でかなりの話題になっていますよ」
この言葉にアムイは固まった。
「東でかなり暴れられたのも耳に入っていました。だから東の村や州に、貴方の首に懸賞金を賭けている組織もかなりあるというのも理解できる。
ただ、今年に入ってから、貴方の命を狙っているのが東だけではない、という話が持ち上がってきたのです。
特に国家間、それに順ずる王侯貴族間で、貴方の話がかなり広まっています。
ご存知でしたか?」
アムイは何も言わず、ただじっと無表情でリシュオンの言葉を聞いていた。
「…それは…どこかの王族や国で兄貴の命を狙っている者がいる、という事?」
アムイの沈黙が我慢できなくて、思わずサクヤが王子に言った。
「そのとおりです」
しばし気まずい沈黙の後、アムイがやっと重い口を開いた。

「…で、その王国間での…俺の話とは、どんな内容でどこまで知れ渡っているんだ…」
リシュオンは淡々と答えた。
「貴方の【恒星の双璧】のおひとり、【宵の流星】を手に入れる。そのために貴方を邪魔に思っている国や豪族がある…。そういう話です」

【宵の流星】という名前が出た途端、アムイの顔から血の気が引いた。
それはサクヤが初めて見る、【暁の明星】の動揺した姿だった。
アムイは顔面蒼白として、リシュオンを驚愕の目で見ていた。

「それはどこだ…」
アムイの口から唸る様な声が出た。
「キイを狙っているのは、どこの国の奴らなんだ!!」

アムイの恐ろしいほどの剣幕に、その場にいた者は凍りついた。


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

|

« 暁の明星 宵の流星 #39 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #41 »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星 #40:

« 暁の明星 宵の流星 #39 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #41 »