暁の明星 宵の流星 #41
南の国は、火の国である。
他の国に比べて気温が高く、国の海沿いにはジャングルもある。
この熱い国に、【氷壁の帝王】という異名を持つ男がいた。
それがこの国を治める独裁者ガーフィン大帝である。
彼は父である前帝王を、東の動乱で亡くしてから早十八年、若いながらもこの国を発展させてきた。
もちろん、その冷徹で計算高く非常に残酷な性格で、独裁者として君臨している事から、南の男には不似合いな【氷壁の帝王】と呼ばれ、恐れられていた。
まだ36歳の彼は、いつも冷静で声を荒げる事がない。
ただそのもの静かな中で発せられる冷酷な言葉に言いようもない威厳と恐れを感じさせる。
彼はいつもリドン帝国の玉座の間にいて、自ら戦いには出かけず、いつも側近や兵士などに指示を出すのがほとんどだ。彼らは帝の足と手となり、彼の思うまま政(まつりごと)が進む。
熱い国なのに彼がそこにいるだけで、一気に温度が下がるような、そんな帝王だった。
その彼の右腕となっているのが、ティアン宰相である。
彼は術者として最高峰の賢者衆という団体の一員であったが、その術者としての能力とある情報に精通しているとかで、大帝に引き抜かれ宰相となった。
この年齢不詳のティアン、ガーフィンは氷のような青い瞳でじっと彼を観察していた。
「すなわちゼムカのザイゼム王はこちらの魂胆を見抜いてしまった訳か」
ガーフィン大帝の表情にはこれぽっちの感情は読み取れない。
「ふふ。宰相殿もヘマをなさったものだ」
大帝の左腕である帝国軍大将、ドワーニが鼻で笑った。
このドワーニ、東の乱戦で前帝を補佐してきた屈強な戦士であり、その功績で現在は大帝の影として仕えていた。
「まあ、遅かれ早かれ、このような時がくるのは予想の範疇です、大帝」
ティアンはさらりと言った。
「ふん。確かにな」
ガーフィン大帝はその冷たい視線を手元に移した。
彼の手にはある機密が書かれている書類がある。
彼が帝位を継いでからは、南の国はこの数年で一気に潤い始めていた。
それは彼の非情な政策の賜物で、特に近年この国は裏でかなり阿漕(あこぎ)な事をして、国を発展させてきた疑いがあった。
今他国他州から一番恐れられている国、それが南のリドン帝国だ。
「…覇王となるには滅亡したセドの宝がどうしても必要か」
ガーフィンは抑揚のない声でポツリと言った。
ティアンの目が光った。
「御意。私めがこの件を追ってもう何年たったのか…。
あともう少しで宝を手にする事ができたというに、あのゼムカめが…」
「ザイゼムの奴もどのくらいこの件について知ってるのだろうな」
「…さあ…。とにかくこんなに長くあの男が隠し持っているのが、我々の情報が確かだという事でしょう」
「それだけかな、あの男」
と、ガーフィンは珍しく口の端で笑った。
「どういう意味ですかな、大帝」
横にいたドワーニが不思議そうにガーフィンを見やった。
「噂の宵はかなりの美貌を持つというではないか。男も女も狂わすほどの魔性の美貌。
ティアン、お前と同じで奴も【宵の流星】にかなり骨抜きになってるようだ」
その言葉にティアンは目を細めた。
「とにかく我々はもう一刻の猶予はないと思われます、大帝。私が5年ぶりに見た【宵の流星】はかなり容態がよくない。彼に息絶えられれば、我々の野望も全てが無です」
城の窓から真っ赤な夕日が海を染めて沈んでいき、その赤い光がガーフィンの部屋に射しこんでいる。
「東を統括していたセド王国は、禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ……か」
ガーフィンは歌うように呟いた。
「そのセド王国の最後の秘宝。
神が憤るほどの、セドが禁忌を犯してまでも手に入れたかったという、その秘宝。
…その鍵を握るのは…【宵の流星】であるのは間違いないのだな」
ガーフィンの言葉にティアンは頷いた。
「ええ…。それはもう疑いもありません。
セド王国最後の秘宝は大陸を制する。
すなわちその鍵を握る【宵の流星】を手にした者こそ、大陸の覇王となる」
「今だかつて、誰もが挑戦し、誰もなし得なかった大陸の王…か」
ガーフィンは口元に手をやり、何やら思案しているようだった。
「それを我が大帝が成し遂げる」
ドワーニが誇り高く言った。
「ま、悪くない話だが、神をも怒るという秘宝だぞ。そのようなものを手にして大丈夫なのか」
「おや、大帝にしてはお珍しい。やはり大帝も神には恐れをなしてらっしゃいますか」
ティアンはわざと驚いたような顔をしてみせた。
「私は客観的に問うただけだ」
ガーフィンは無表情のままティアンを眺めた。
「これは失礼した、ガーフィン大帝。確かにそのような疑問は否めませんね。
……これは私の憶測ですが、セド王国はその宝の使い道を誤った、だから滅んでしまった、と思うのが常識でしょう。まぁ、確かに神が怒り狂ったからという話も捨てられませんが。
…何しろ王国滅亡寸前まで…18年前のあの日、あの神国オーンが宗教戦争以来、珍しくセドに兵を送っています。余程の怒りだったのではありませんかね?」
「神国オーン、か」
「そうです。特にその時、現・最高天代理司長(さいこうてんだいりしちょう)であるサーディオ殿自ら兵を引き連れて、ですからね。余程の事をしたんでしょう、セド王国は」
その物言いに、ガーフィンはこの男がまだ何か隠しているのではないか、と思った。
「とにかく兵を用意しましょう、大帝。ザイゼム王は北に向かったという情報です。きっと宵を北に隠しているに違いない!」
ドワーニが興奮している。
「それはお前に任せる。特にお前は父君に就いて、東とよく戦っていたからな。
お前の方がよくわかってるだろう?」
「は、お任せください」
ガーフィンはドワーニに頷くと、ティアンの方に顔を向けた。
「ところでティアン、もう一人の男はどうするのだ」
「もうひとり…」
「宵の傍にいつも影のように貼り付いていた、暁の事だ」
ティアンは薄笑いを浮かべた。
「ああ、【暁の明星】、ですね。
奴にも久々に会いましたが相変わらずで…。
奴もかなり必死に宵の君の行方を追っておりましたね。本当に目障りな男だ」
珍しくこの男が憤然としている所を見たな、とガーフィンは思った。
「暁は邪魔な存在、ということか」
「確かに我々の計画には邪魔でしょうね」
ティアンは意地悪く言った。
「奴は宵の何なのだ」
「…とにかく幼い頃から一緒だ、という事と、【宵の流星】と並ぶ【恒星の双璧】として共にいる、としかはっきり分かっておりませんが」
「奴はあの若さで、この大陸に十人といない、“金環の気”の修得者だぞ。一筋縄でいくはずもないだろう」
「アムイ=メイ、とか言いましたかな?その小僧」
突然ドワーニが言った。
「その名前を聞くと、どうしてもあの男を思い出します、大帝」
と、懐かしそうにドワーニは目線を上に向けた。
「あの男?」
「ええ。東の王国、セドの王子にいつも影のように付き添っていた、王国一の使い手、ラムウ=メイ将軍の事ですよ」
ドワーニは幾度となく、セドの使い手ラムウと手を合わせた事があった。
勇猛果敢で冷静で、そしてオーンの敬虔な信徒だった。
あの者の涼しい顔をドワーニはいつも崩したくて仕方がなかった。
「奴の“鳳凰の気”は凄まじかった!全ての風を呼び集め、まるで嵐のようだった。
あの男もセド王国滅亡で命を落としたと聞く。
本当に味方に欲しかったほどの男だ」
ちらりと興味深そうに大帝はドワーニを見上げた後、再びティアンに振り向いた。
「ま、その男とそのアムイ=メイが何かしら関係あるとは断言できんであろうが、とにかく煩わしい存在、と思ってよいのかな」
「…奴の命を狙っている者がかなりいると聞きます。それが東で暴れていたという因縁の他に…。我々と同じく宵の君を狙っての暁を快く思っていない…王侯貴族や豪族どもが特に最近」
「こっそり刺客を回しているらしいんだろう?」
「多分本人はあまりそういう目的で狙われた、とはわからないで、ここ一年くらいは相手していたらしいですが」
「ふん…。今現在暁は宵と行動を共にしていないじゃないか。他の奴らはどこまであの二人の事を知っているのだ」
「それは…」
ティアンは言い淀んだ。
この大帝は何を考えているのか。
【宵の流星】を手にするためには影のように寄り添い、常に目を光らせている【暁の明星】がただ邪魔者なだけなのに。今二人が離れていても、きっと奴の事だ。必死の思いで奪い返しに来るに違いない。
「流星・流れる所、明星あり、と私の師匠が申しておりました。
【宵の流星】あるところ、必ず暁は磁石のように引き寄せられる。
逆もまた同じ。完全に宵の君を手にするには、暁は正に邪魔な存在。
ならば離れている時に早めに処分しよう、というだけです」
「つまり…宵を手にするには暁を消せ、と」
大帝の言葉にドワーニはその気になった。
「ならば大帝!このドワーニに【暁の明星】を討つ事をお許しくだされよ!
ラムウと関係なきにしても、私は一度“金環の気”を体験してみたい!」
「暁を討つ?殺してしまうの?」
その時、扉の向こうで艶かしい女の声がした。
男達は一斉に扉の方向に顔を向ける。
重い扉が開き、二人の屈強な男を従えてひとりの女が現れた。
「ねぇ、殺すつもりなら、わたくしに頂戴、【暁の明星】」
「リンガ」
大帝にリンガと呼ばれた女は、この国に似つかわしい程の火のような赤毛を持ち、その豊かな髪を大きく結い上げ、ところどころ後れ毛を散らしているのが、かなりの色香を放っていた。
そして豊満な肉体を惜しげもなく晒した“女”を前面にした出で立ち。
そう、豊かな胸を強調したぴったりとしたビスチェに、細い腰をぎりぎりまで見せるデザインのドレス。その下の布からちらりちらりと見える、白い太ももと細い足首。文字通り熱い国の女の格好だった。
彼女は鼻にかかるような甘ったるい声で、ガ-フィンにねだるように言った。
「わたくし、絶対暁の子を産みたいの。殺すというならわたくしがいただくわ。
ね?いいでしょう?兄君」
彼女が南の王女、四度の結婚離婚を繰り返している、リー・リンガ=リド。
ガーフィン大帝の同親(どうおや)の妹姫であった。
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