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2010年3月14日 (日)

暁の明星 宵の流星 #42

女を武器にする…。
文字通り、この南の王女リー・リンガは、幼い頃からこの事に気づき、自分の欲しいものを手に入れるために全て、自分の女を利用してきたところがあった。

この大陸では女が少ない上に、王家の、特に五大王国に生まれる姫の数は、本当に無きにも等しい。
しかも女は王族でも、(政治的)道具のように扱われるのが現状である。
しかしこの王女、それを逆手に自分の思うとおりに生きてきたところがあるのだ。


元々愛らしく生まれた南の王女は、この自分の美貌が男に与える影響を、すでに子供の頃から本能で感じ取っていた。
なので早熟であった彼女は、まだ11歳で桜花楼のある、ゲウラ中立国の最高監事長に嫁ぐ事が決まった前夜、自分がずっと好きだったお付きの青年と駆け落ち同然に城を出て、大騒ぎになった事がある。
もちろん青年は打ち首、王女は強制的に嫁がされ、前帝が亡くなるまでゲウラの最高監事長婦人として生活していた。前帝崩御後、同親(どうおや・両親共に同じきょうだいの事)の6歳年上の兄が、18歳の若さで即位した事をきっかけに、兄より強制的に離婚申し立てされ、彼女はリドンに戻る事になる。それでもまだ彼女は12歳だった。
異母のきょうだいより、同母・同親のきょうだいの絆は、特に王家では強い。
この冷徹で氷のような男と称されるガーフィン大帝も例外ではなかった。
彼は妹可愛さに、父が無理やり嫁がせた先から、即位直後にこれ幸いと強制的に離縁させ、手元に呼び戻したのである。
もちろん初めての夫は脂ぎった中年男で、彼女が大人になるまでは、と手を出さないにしても、彼女はこの男が自分を触るたび、キスをしてくるたび、いつも鳥肌が立っていて先のことを考えると憂鬱になる、と兄に手紙でいつも帰りたいと愚痴っていた。その自分の願いを聞いてくれた兄に、今まで以上に心酔した彼女は、兄のために何でもしたい、と思うようになった。
だから兄が政策に必要な、重要な所との縁つなぎのためや利益のために、彼女の力が必要になった時は、自ら率先して嫁いで行った。まるでそれが彼女の仕事のように。

そうと言ってもただでは起きないのが、この南の王女である。
もちろん自分の欲しいものは、敬愛する兄でも絶対に口を出させないし、またそれを分かっている兄は、彼女に任せ、別に強制はしない。
最初の結婚後、彼女は3回嫁ぎ、二人の跡継ぎを産んだ。
そして最近、現在東で一番大きな州・風砂(ふうさ)の総督に5年前嫁いだが、トラブルを起こして離縁され、またこうしてリドンに戻って来ていたのである。

そう、5年前、アムイとキイが護衛した輿入れの南の王女、とは彼女の事であった。


「お前…。暁の事、まだ諦めてなかったのか」
可愛い妹のおねだりは、今に始まった事ではないが、この妹の趣味には毎回困った事だと思っていた。
「あら、あの子は特別よ」
リンガは笑った。
とにかくリンガは若くて綺麗な男が好きだった。
だいたい嫁ぐ相手は自分より年上の男ばかりで、お役目を徹底する反動での彼女のつまみ食いは、兄として頭を悩ませるひとつであった。
特に先の総督との離縁の理由…それが…

「まったく、お前があの総督が溺愛している小姓に手を出さなければ、まだ東にいてくれていたのに」
「だってぇ。あの子本当に可愛かったのよ。あんな男にはもったいないわよ」
つん、としてリンガは兄に言った。
「とにかく、お前の傍には若い綺麗な男は置けない」
そうなのだ、彼女は自分の好みの男だと、誘惑し自分の虜にさせ、侍らす事に喜びを感じるタイプだった。
なのでガーフィンが彼女に付けた若い護衛とできてしまい、しかもその男の子供を妊娠している事が発覚した事がきっかけで、彼女のお付きの者は、ガタイがでかく、屈強な厳つい面構えの者ばかり揃える様になったのだ。
そのような男関係で奔放な彼女も、夫となった男にちゃんと跡継ぎを作ってやったり、妻としての仕事は完璧にこなした。それはもちろん、南の祖国と兄のためだ。

なのでその護衛とできてしまった子供を産んで養子に出した後、彼女は東と繋がりたい兄のために、風砂州に嫁いだのだ。その時に出会った【恒星の双璧】。
ティアンが宰相となった時から話だけは耳に入っていたので、彼女は興味深々だった。

「そういえば、お前は宵の方にはまったく興味をもたなかったな」
ガーフィンは妹に近くに座るよう、手で招いた。
リンガは優雅に兄の近くの椅子にふわりと座ると、美しい足をわざと組んだ。
「当たり前でしょ。誰が自分より綺麗な男に興味が湧くの」
リンガにとって【宵の流星】の美貌は認めざるを得ないようだった。
同じ美しい男でも、彼女はどちらかというと、ストイックで、物静かな男らしいタイプが好みだった。
それが若くてまだ初々しいと、彼女はそういう男を自分の魅力で翻弄させ、自分の色に染めたがる傾向があった。つまり当時20歳になったばかりのアムイは、彼女の好みそのものだった。

あの時だって、ティアン宰相に宵を任せ、自分は上手く暁とよろしくやるつもりだった。
だが、あの男は、この自分の魅力に一向に落ちてこなかったのである。

(俺は業の深い女は苦手だ)

確か、あの時アムイはそう言っていた。
この自分の口づけを受けながら、冷静にかわした男は今までいなかった。
その時から、彼女の中で【暁の明星】は特別な男になったのかもしれない。
現に今でもあの男の遠くを見るような瞳が忘れられないのだ。

「だから暁を殺すくらいなら、わたくしがいただく、って言っているのよ」
リンガは赤い唇を尖らせ、兄を見やった。
「ここも他も、みーんな宵しか頭にないようだけど、わたくしは暁の方が数倍興味あるわ」
そんな妹をしばらく観察していたガーフィン大帝は、小さく溜息をついた。
「…暁はお前にまったくなびかなかったらしいではないか。
ま、それを聞いただけで普通の男じゃないな」
「あの時、彼はまだ子供だったのよ!」
リンガは憤然として言った。
「その証拠にあの男、最近まで桜花楼に通っていたっていうじゃない、何年も!
あれから5年たっているし、きっと益々男っぷりが上がってると思うのよね」
そして一息つくと、こう呟いた。
「わたくしは男を見る目だけはあるのよ。
彼、只者じゃないわ」

「とにかく暁の件は、お前の好きにしろ。その代わり、自分で何とかするんだな」
晩餐の後に、ガーフィンは妹にいきなり言った。
「奴を生きて自分の物にしたかったら、自分で行動しなさい」
「兄君、それはわたくしに旅に出ていい、とおっしゃっているの?」
大帝はちらりと妹を見ると、
「お前ほど好きに生きている女はこの大陸にはおるまい。
私はそういうお前が自慢なのだ。
その男の子供が欲しかったら、自分で勝ち取りなさい。
…そこのドワーニをお前に貸そう。【暁の明星】はお前に任せた。
【宵の流星】はティアン宰相に一任してある。多分どこかで接点があるだろうが」
と、彼は近くにいたドワーニを指差した。
「あら、ドワーニを連れて行っていいの?」
「私なら心配はいらん」
「そ。ありがとう、お兄様。これでわたくしのモンゴネウラと大将ドワーニの二人がいてくれれば、無敵だわね」
モンゴネウラというのは、王女を子供の頃から守っている護衛隊長で、厳つい大男だが、貴族出身で品と教養のある男であった。

リンガ王女はその近くにいたドワーニに振り向くと、「よろしくね」と妖艶に微笑んだ。
ドワーニは微かに頬を赤らめると、うやうやしく王女にお辞儀をした。
「ところで、兄君さま。兄君はいつ跡継ぎをお作りになるつもりよ?」
王女は少し真面目な顔して、部屋に戻ろうとする兄に言った。
「うむ。今は時間がないな」
「あら、時間なくても子供くらいは作れるでしょうに」
ガーフィンは溜息をついた。
「今の私はこの国を最強にし、この力を大陸全土に広げる…。この方が大事なのだよ。
他の雑音などいらん」
ドワーニは、いつも冷淡であまり自分の事を語りたがらない大帝でも、自分の妹王女には意外と素直だと思う。
これだけ見ていると普通の兄妹と何ら変わりがない。
「あらあら、雑音って…。聞いた?ドワーニ。我が兄君ながら情けない」
「情けないとはなんだ」
リンガは笑った。
「英雄色を好むっていうじゃない。
お兄様は本当にその点はだめよねぇ。
特に大陸の覇王となるお気持ちがあるなら、尚更でしょ。
全ての欲望には貪欲にならなくては。…あの絶倫なゼムカのザイゼム王みたいに」
そのからかうような言い方に、大帝は少し気分を害したようだった。
「ザイゼムのような男と一緒にするな。
奴はそのせいで冷静さを欠いているではないか。
私なら野望の道具になぞに心を動かされる事も、情が移って身動きが取れなくなる事もない」
と、妹をじろりと睨むとこう付け加えた。
「私にはお前がいるではないか。跡継ぎなんぞ、お前が作ってくれたらいい。
他の異母兄弟の奴らの子供はいらん。
だから無事にまたこの国に戻って来い。
ま、最強の二人がお前にくっついているから大丈夫だろうがな」
「もう、兄君ったらずるい」
リンガはくすくす笑いながら兄を見送った。
そして彼女はドワーニに振り向くとこう言った。

「という事は、暁の子がこの国の次の王となる可能性だってあるって事よね?
本当にそうなったら、兄君はお許しになるのかしら」


一方、自分が南の王女の種馬扱いされているとはまったく思ってないアムイは、もの凄い剣幕でリシュオンに詰め寄っていた。
「頼む。どの国か教えてくれないか」
サクヤ達は尋常でないアムイの様子に息を呑んで見守っている。
「アムイ、今の現状では…。確かな情報ではありますが、どの国、とははっきり言えません。
これは国家間の微妙な問題なので…。
ただ私が言えることは、その話は最近出てきている、という事と、その発端が東の州かららしい、とか。
この件についてはまだ分かっていない事が大きいのです。ただ…」
「ただ?」
「これは私の見解ですが、今一番危険なのは南のリドン。…あの国は少し前からゼムカ族と接近していて、裏でかなり怪しい事をしている。他にも注意する国や州などあるかと思いますが、大国でいうならばこの国でしょう」
「南…」
アムイはあの憎たらしいティアンの目つきを思い出した。
奴のキイに対する態度。そしてゼムカの内情にやけに詳しそうなところ、…思い当たる節はあったじゃないか。

アムイは体の奥からどうしようもない感情が湧いてくるのを止められなかった。
その感情が自分をあの闇に引き戻していく。

追憶の森の中、自分が自ら蓋をした“あれ”が騒ぎ出し、いつしか自分をあの頃に取り込もうとするのではという恐怖で、アムイの心は乱れに乱れていた。


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