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2010年3月16日 (火)

暁の明星 宵の流星 #44

ほんのりと森が明るくなり、アムイがアイリンの涙を拭いていた頃、同じく眠れなかったリシュオン王子は、自分の応接間の簡易椅子に座り、ずっと考え事をしていた。

(お前の言っている事は奇麗事だ)

アイリン姫を迎えに国を出るとき、いつものごとく兄王太子にこう言われた。
自分の訴えている事は、ただの奇麗事なのか。


13歳年上の長兄は、父王によく似ていた。
保守的で、冒険を嫌い、自分の道を外れる事を怖がる人だ。
だから親の敷いたレールの上に喜んで乗っかり、父王の言うとおりに教育を受け、父王が請うままに親戚筋の貴族の娘と若くして結婚し、跡継ぎを作った。
今までの兄上の人生、全て自分の考えでなく、父王の意のままだった様な気がする。
いや、そういう人生を好んだのは本人の意思か?
それとも本当は本意ではないのか、それは弟のリシュオンにも分からない。

ただ、兄王太子が自分をあまりいい思いで見ていない事は知っていた。
その反対に兄とそっくりという父王は、この行動的で改革的で利発な四男を溺愛していた所があった。
一応一国の王であるため、公平さを重んじてあまり表には出さなかったが、自分に持っていないものを持っているリシュオンが自慢でしょうがない事は、いつも父王の近くにいる王太子には丸分かりだった。

西の国の政策の革新的な案件も、全てリシュオンが率先してやった。
それを保守的なはずの父王が、喜んで第四王子の好きにさせてくれた。
しかも他の兄弟達も皆、リシュオンに一目置いていて、喜んで彼への協力を惜しまない。
兄王太子が面白い訳がなかった。


外大陸での見聞は、若い彼の視野を広げた。

我が大陸とはまったく違った文化、政治機能。そして何より人々の価値観。

所変われば人も変わり、その世界が全てではないし、自分の世界もいい所もあるから否定しないが、よいものはよい、と認めることも必要なのではと思った。
特に彼が驚嘆したのは、外大陸の自由と平等と平和な世界だった。

人として、老若男女分け隔てなく尊重され、人権を保障され、互いに協力して生きている。
特に女性が生き生きとして自分の人生を謳歌していたのには衝撃を受けた。
もちろんこの外大陸の国が、パラダイスだと妄信するわけではない。
それぞれその世界にも色々と多少問題はある。

この若い〈果ての大陸〉の一国の王子がそこで知った事。
それは平和な国こそ女性の力が大きい、ということだった。

だから第四王子は国に帰って、この事を父王に力説したのだ。
そうして西の国は女性を大切に扱う国となった。

しかし、それでも元々土地資源が豊かなこともあり、そこそこ裕福だった西の国に、これ以上の改革は難しかった。特に保守的な父王と兄王太子は、自国を守ることしか頭にないのだ。
その考えを他国に広め、大陸全土に行き渡らせ、自分達だけでなく大陸規模での調和と平和を、他国と協力してなす事が大事だと、若いリシュオンはずっと訴えてきた。
しかしその度、彼は父や長兄に否定され続けていた。

(お前の言っている事は、この大陸では奇麗事でしかない)、と……。

だが、現実の話、年々女性の数は減り続けている。
普通は逆のような気もするのだが、この現象は一体どういう事なのだ。

この大陸のバランスが崩れている…。

これはリシュオンだけでなく、他の国の賢者達が常々嘆いている事だ。


この世は調和の上に成り立つ。
全ては陰陽の世界である。
光と影。善と悪。動と静。流動と安定。
……そして男と女。


特に命の種を宿し、はぐくみ、産み、育てる、生命の源である神に近いとされる女性の数が減っているという事は、種の保存以上に、この世界の崩壊に繋がるのではないのだろうか。

なのにこの大陸の人間は、今だに女を道具のように扱う。
ただの子供を産む道具として、欲望の処理として、ここ何百年もないがしろにしてきたのだ。
それは生命への冒涜と同じではないのか。

リシュオンは、それが天からの警告のように思えて仕方がないのだ。
このままではあのゼムカ族のように、男だけの世界となるのではないだろうか。


「そうなってはもう遅いのですよ、父上」
リシュオンは嘆いた。
「このままでは本当に女性の数が減って近親婚が増えてくる。
そうなればどのような子供が生まれてくるか分かりません」
父王は黙って愛する王子の声を聞いていた。
「そうなれば、外大陸から女を連れてくるのも一つの案だと思うが」
傍で聞いていた兄王太子が簡単に言った。
「そんな簡単なものではありません!」
実際、外大陸を見てきたリシュオンは憤然とした。
「そうするには、この大陸の男達の価値観を変えなければうまくいかないでしょう。
外大陸の女性がこの世界に順応するとは思えない。
では、何ですか?どこかの賊のように相手の意志も関係なく強奪すればいい、なんて思っていませんよね?」
「まあ、そう憤るな」
父王はリシュオンをなだめた。
「とにかくリシュオン、この大陸ではいつ全土戦争が起こってもおかしくない状態なのだ。
そして東の崩壊。混沌とした動乱。他国の牽制。
…その事から我が国を守らなければならない。まず、その事を考えるのが先なのではないか?」
「…それも大事なのは分かっています…。しかし…」
リシュオンは辛そうに目を伏せた。
「とにかく女の件は、お前の政策も始まったばかり。それがどういう効果が出るかもまだ分からん。
それよりもまず、この情勢をどの様にして我が国が生き延びるか…。
東は荒れに荒れ、その影響が北に南に波及している。
それはお前もわかっておるよな?」
「…ええ…」
「最近の南のリドン帝国の動きが不気味すぎる。奴らは混沌としている東と繋がり、かなり悪どい事をしているようだ。それが段々と北にも影響してきている。中立国のゲウラの提督も、涼しい顔をしとるが奴も分からん。…今の所、中立国という美味しい立場に甘んじてるようで、何かしようとは思っていないようだが」
父王は深い溜息をつくと、俯いている愛する息子の肩に手を置いた。
「リシュオン、お前の理想は素晴らしい。だが、今の大陸では難しいだろう。
…昔あった宗教戦争と同じく、この大陸をひとつにしようとするのには、おびただしい血が沢山流れるのは必須だ。この大陸の人間は血を流さずして、協調し平和に解決できるほどのレベルにまだ達していないと思う。…争いは避けて通れないのが現実なのだ」

西の国ルジャンの王は保守的の上、現実主義者でもあった。
それは悪い意味ではなく、冷静にその状況を分析し、判断できる能力を持っているという事だ。
だが、それだけでは人間の進歩改革は期待できないだろうが。


「それで東の宝探しごっこですか…」
リシュオンは唸った。
「お前の耳にも届いておるのか」
父王は困ったように溜息を付いた。
「大陸を治める覇王…。その宝を手にした者は大陸を制す…か」
そう言うと父王は窓の方に顔を向け、城外に広がるルジャンの街を眺めた。
「この話、最近王侯貴族や豪族達の間で、まことしめやかに囁かれてますが、本当なのでしょうか」
リシュオンも自分の祖国の街並みに目をやった。
そろそろ日が暮れて、ポツリポツリと灯りがともり始めている。

綺麗な街だ。と、リシュオンは思う。
この国は本当に恵まれている。
他にも色々と旅をしてきたが、自分の国ほど綺麗な国はない。
だけどこのままでいいのだろうか。自分達だけよければそれでいいのだろうか。

…大陸の王……。

昔から、誰もが望み、誰も成し遂げた事のない大陸全土を治める王。
本当に滅亡した東のセド王国最後の秘宝が、大陸制覇の夢を実現できるのか。

「これは18年前、セド王国が一夜にして壊滅してから…元々上流階級で噂はあった」
父王はまるで独り言のように呟いた。
「セド王国は絶対神の妹神が、その兄神が創った我々の大陸に初めて降り立ち、神が創った人間の男と契って地に王国を作ったとされる。その王国がセドの国だ。
天の王である絶対神を、地の王である人間が支える。
…セドは神の血を引くとされる神王を頂点に栄えてきた、大陸で最も古い民族。
その事もあって、セドラン共和国として何とか東を統括していたあの王国も…近年はかなり力が弱くなっていたらしい。己の存続にかなり焦っていたようだった…」
「……それで禁忌を犯した…?」
「神国オーンが怒り狂うほどにな」

この話はどこまで本当なのか。
確かにオーンは当時セドに兵を送っている。
しかしセドが滅んでしまった後、まるで何事もなかったように口をつぐんだ。
一体、何があったのだろうか。

「それでもセド王国の影響は本当に大きかった。その証に今の東は暗澹たる状況。かなり大きな州や、民族が東を何度か統括しようとしても、東を制するまでにはいかず、今だに動乱は続いている。
…南のリドンの介入は、東を自分の物にするつもりだろうと思う。
そして北にも息をかけているのはわかっている。
特に今貧しい北は、何にでもすがろうという気持ちが強いからな」
「それで我が国は北の姫君を」
「うむ。北の王も高齢で、もうそろそろ王子が跡を継ぐだろう。
だが、その王子が問題だ。二人のうちひとりはかなり南と通じているらしいではないか。
…先のセド王国の秘宝の話に釣られて」
リシュオンは父王の話に溜息を付いた。

「覇王…武力で天下を治める王…。我が大陸はそのような形でしか統合するのは難しいのか」
リシュオンの呟きに、父王は言った。
「お前は利発で先見の明はあるが、覇者としての器ではない。
……オーンの経典に書かれている理想の大陸の王は、今のこの世界では絵空事だ」
「天の王・絶対神を支える大地の王、支天(してん)の王。力のみならず愛と正義を持って大陸に君臨する、という教えの一文ですよね」
「うむ。本来はそういう王が大陸に立つのが理想なのだがな。
だがこの大陸は毒を持って毒を制すではないが、かなりの膿み出しは覚悟せねばならないだろう。
大陸が落ち着かない限り、平和に物事を進めるのは困難だと思う。
だからまず私がやらなければならない事は、自分の国や国民を守る事だ。
覇王となる野望を持つ者達から、我が国を守らねばならんのだ」

そうして覇王となりたがる有力者達は、その噂のセドの宝を求めて血眼になっているという。

その宝の鍵を握るという、東の無法者とはどんな人物なのだろう。
この数年、彼…いや、彼らの噂は一般の者より上流階級の者の方に知れ渡っている。

東で暴れていた【恒星の双璧】

最近の情報では、その片割れが王国の秘宝の鍵を握るとされていた。
そのためにもう片割れを邪魔に思っているという事も。

まさかここでその噂の片割れに会うとは思ってもみなかったが…。

先程の暁の様子では、やはり何か知っているようであった。


自分が噂の【暁の明星】を見る限り、彼は只の無法者ではないと直感した。
それは彼が醸し出す品のよさとか、見目の美しさとか、そういう表面的な事ではない。
彼が背負っている何かとてつもない大きいもの。
それが何であるかリシュオンには見当もつかないが、それはきっと片割れの【宵の流星】に関係しての事なのだろうと思う。

自分が今までの情報を集めて推測するに、多分噂の【宵の流星】という人物は…。


結局リシュオンは一睡もできず、ずっと考え込んでしまっていたらしい。

気が付くともうすでに朝焼けが森を支配していた。

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