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2010年3月17日 (水)

暁の明星 宵の流星 #45

「ねぇ!サクにぃ、こっちに魚きたよ!」
「サク兄ってばぁ!もうちょっと後ろに下がってよー」
双子の嬌声が、川で反響している。
「ねーぇ、あんた達ぃ!もうそろそろ川から出てきてくんなぁーい?」
たまりかねたイェンランが叫んだ。


「まったく、もうそろそろ出発の時間なのに…」
口を尖らせながら、彼女はシータ達の元へ戻ってきた。
「まあまあ、いいじゃないの。それにしてもサクちゃん、あっという間に子供に好かれちゃったわね」
「ほんと。子供の扱いに慣れているってかんじ」
イェンランは肩をすくめた。
そうこうしている内に、体を拭きながら双子とサクヤが川から上がって戻ってきた。
「あー、楽しかったぁ!サク兄ちゃんって、なかなか上手いねぇ」
レンが目をきらきらさせてサクヤを見上げた。
「そうかー?」
サクヤも満更でもないように笑った。
「うん、結構魚捕れたねぇ。時間があったら川で焼きたかったのに」
フェイが残念そうに言った。
「仕方ないさ、後で料理番に渡してこような」
サクヤは彼の濡れた頭を片手で拭いてやった。

さすがに手馴れた王一行でも、今回の大掛かりな旅支度には手間取ってるようだった。
本当は全員一緒に移動したかった所だが、今日中にリョンまで行きたい、というアムイ達に賛同して、リシュオンは半数の家来を後片付けに残し、自分達も彼らと一緒に行く事に決めた。

「別にいいのに、王子様。私達と一緒に行かなくても…」
「リシュオン、ですよ、イェンラン」
出発準備が終わったイェンランに、いつの間にかリシュオンが彼女の傍まで来ていた。
溜息を付きながら彼女は荷物を持って、すたすたと歩き出した。

何か変、と思った。
いや、それは昨日からだけど。
いくらフェミニストな王子様といっても、何か普通以上に自分に絡んできてやしないか?(シータもいるのに)
必要以上に自分をレディとして扱うのはご免だが、爽やかでさりげない気配りは自分は嫌いじゃない。
だが…。
「ところであなたのようなか弱い女性が、何故こんな危険な旅を?」
実は訊きたくてなかなか訊けないでいた疑問を、思い切ってリシュオンは尋ねた。
彼は本来しつこい性分ではなかった。だからそう思われるのが嫌で、ずっと我慢していたのだ。
「…人を捜しているって、アムイ達が言ってましたでしょ?」
つい冷たい声になってしまうなぁ、とイェンランは思った。
「ええ、そうなんですが…。…その捜している人、というのは…貴女にとってどういう人なのかなって…。危険を承知で彼らと旅をしているのは、その人に関係あるのではないかと思って…」
訊き辛かった核心部分を、やっとリシュオンは言えた。
さすがに噂の第四王子、冴えた勘である。というか、それしか考えられないだろうが。

と、その部分でやっとイェンランは気が付いた。
王子が自分個人に興味を抱いているのだ、という事に。
正直、こんなにやさしくて爽やかで嫌味がなくて、ほんっとうにいい人、という感じの王子様にまったく好感を持てない、というのは嘘になる。だが今のイェンランにとっては、王子の気持ちは煩わしい以外何ものでもない。
「…答えなくてはいけないの?」
イェンランはぽそっと言った。
「あ…!申し訳ない。出過ぎた事を訊いてしまいましたか?」
リシュオンは訊いて後悔した。
彼女の態度が固くなったからだ。
苛々したイェンランはちょっと王子に意地悪をしたくなった。
自分は一国の王子様に望まれるようなじ綺麗な淑女ではない、という事を知らせたくなったのだ。

「王子、お願いです。私にもう構わないでいただけますか?
私は本来王子のような人とお話できるような立場じゃないですから」
「イェンラン…?」
「実の親に金で娼館に売られたような女です。貧しいからって、娘を簡単に売り飛ばした親の」
その言葉に驚いたのはリシュオンだけではなかった。
「本当なの…?イェンラン…今の話」
「アイリン姫?」
いつの間にか、近くにアイリンが来ていたのだ。
「ごめんなさい!!」
いきなり彼女はわっと泣き出した。
もっと驚いたのはイェンランの方だった。
「あ、あの姫君??何故泣くの??で、何で謝るの?」
慌てふためいているイェンランに彼女は泣きながら謝った。
「イェンランごめんなさい!本当にごめんなさい!
…我が国が…モウラの国が貧しいばっかりに…。
イェンのような人が大勢いるの、アイリンは知っています。
我が国がもっとしっかりしていれば、このようなことは絶対させないのに!!」
イェンランは胸が詰まった。
こんな小さな女の子なのに……小さくても彼女はちゃんとした一国の王女なのだ。
「姫!お願いだから泣き止んで。姫様のせいじゃないわ」
イェンランはアイリンの顔を覗きながら体を屈めた。
「でも…でも…。責任はあります。だって私はモウラの王の子。国民を守るのは王家の務め。それがまったくできていない…。もっとお兄様方もその事を真剣に考えて欲しいのに」
「姫…」
「私は自分のできる事で、この国を守らなければ…。大した力はないかもしれませんが…」
イェンランは切なくなって彼女の頬に手をやって、優しく撫でた。
「姫様。私は国を恨むより、金の亡者になった親に怒りを感じてるの。
私はそれよりも姫様の事が心配だわ。
いくら自分でどちらかを選べるからって、人生をこの歳で決められて…」
「イェンラン、いいのです」
涙を流しながらアイリンはきっぱりと言った。
「自分には守りたいものがあるのです。そのためにできる事をしたいのです」
「守りたいもの…」
「それが家族だったり、この故郷だったり、国民だったり…。
自分が愛しているものの役に立ちたい、とお母様が亡くなってからずっと思っていた事です。
それが早まっただけで…。選択だって自分で決めていい自由も貰えた。それだけでいいのです」
イェンランはこの小さな姫君の愛の大きさに、ただ感動した。
彼女は生まれ持った王の子だ。
自分にはあの時、何も誰も守るものはなかった。
愛していた次兄のフォンリーも、もうこの世にいない。
このような姫が、自分の故郷にいた、それだけでイェンランは癒された。

と、いきなりアムイが、泣いているアイリンを軽々と抱き上げ、自分の肩に担いだ。
その様子に一同驚いた。
特にアイリンは涙が引っ込むほど驚いて、大きな眼を益々見開いている。
「時間だ。行くぞ」
呆然としている皆に何もなかったような顔をして、アムイはアイリンを肩に乗せたままさっさと歩き始めた。

「ああーっ!お前また姫様に馴れ馴れしいことを!」
レンが憤慨してアムイ達の後を追った。
ただフェイは、姫の染まった頬と瞳の煌きで何かを感じたらしく、真面目な顔をして彼らの後を追いかけなかった。

リシュオンはほっと溜息をつくと、優しくイェンランに言った。
「イェンラン。貴女を混乱させて悪かった。
でも、これだけは覚えていて欲しいのです。
貴女は素敵な人ですよ。どんな環境だろうが、親だろうが、私には関係ありません。
それは貴女の責任ではないからです。
…どうか、わざとでも自分を卑下しないで下さい。
私は…貴女といい友情を持てたら、と思っているのです」
その彼の控えめな物言いに、イェンランは自分を恥じた。
「私こそ…ちょっと配慮が足りませんでした。
リシュオン王子、友情、という事なら、私はとても歓迎しますわ」
そう言って彼女はリシュオンが一目で惹かれた笑顔を見せた。
結局リシュオンは、自分の思いより彼女の笑顔の方を取ったのだった。

一行は半日歩いてようやくリョンの村にたどり着いた。
リョンは村といってもかなり大きい方で、国境際ということもあって、色々な人間が行き来している。
しかも西に通じる巨大な通用門を構えているので、北の国にしては活気のある村だった。

そこでアイリンは王女の衣装に身を包み、短い頭髪を柔らかなベールで覆い、皆の前に現れた。
「へー、こうして見ると、やっぱお姫様なんだな」
と思わず呟いたアムイに、レンが生意気な口調で文句を言った。
「まったく、なんでそう貴様はぶしつけなんだ?」
フェイはそんな二人を静かに見つめてから、自分の大切にしている小さな姫を複雑な気持ちで振り返った。

そう、これからは安全な西の国に入るため、正装して彼女はルジャンの城に向かうのだ。

「本当にありがとうアムイ、皆さん」
アイリンは丁寧にお辞儀をした。
「いえ、こちらこそ…楽しかったですよ姫」
無言のアムイに代わってシータが答えた。
「どうか皆さんもお気をつけて…。旅の安全をお祈りしています」
姫の傍らに立っていたりシュオンも丁寧に頭を下げた。
「いえ、貴方がたも、道中お気をつけて…」
イェンランは二人に微笑んだ。
本当の所、リシュオンとしてはどんな危険が待ち受けているかわからない所に、彼女を行かせたくはなかった。
できる事なら、一緒に西に連れて行きたかった。
だが、彼はその思いを心の奥にしまい込んだ。
彼女には、アムイ…【暁の明星】がついているから大丈夫じゃないか、と無理やり納得させて。


そして皆は、通用門に続く道と、村に入る道の別れ目まで到達した。これで本当にお別れだ。

「姫、これからですね。姫の選択」
イェンランは別れ際彼女にそう囁いた。
アイリン姫は力強い目で、イェンランを見上げると、はっきりとこう言った。
「ありがとう、イェンラン。でも、アイリンはもう自分の運命を受け入れました。もう迷いません」
どういう意味かイェンランにはわからなかったが、彼女が人生で何か一番大切な事を決めたのだ、と何となく感じた。
そしてアイリンはアムイに微笑むと、突然彼に抱きついた。
「アムイ、またいつか会いましょうね」
「…ああ。縁があればな」
この二人の様子を周囲は不思議そうに眺めていた。

双子達もサクヤに別れを惜しみつつ、笑顔で四人に手を振って通用門の方に歩いて行った。

イェンランは彼らとそして特に小さな姫のこれからを思い、全てが上手くいくよう天に祈った。

そうしてアムイ達は、リョンにいるという凪(なぎ)の仲間を捜しに村の中に入っていった。


西の国に入ったリシュオン達一行は、迎えに来ていた城の者達の馬車に乗り込んだ。
フェイとレンは御者の両隣に座らせて貰って大はしゃぎだ。
馬車の中では、リシュオンとアイリンの二人きりで向かい合って座っていた。
馬車の窓から飛ぶように流れる森の木々。綺麗な舗道。美しい建物…。
西の国の美しさに彼女は感嘆していた。
しばらくその景色を堪能していたアイリン姫だったが、突然意を決したようにリシュオンに向き直った。
「どうかされました?姫」
リシュオンは微笑んだ。
アイリンはリシュオンの目をじっと見つめて厳かに言った。

「リシュオン王子、貴方だからこそ…。私の話を聞いて欲しいのです」
改まった彼女の声に、リシュオンは不思議に思い、身を正した。
「笑わないでくださいね。そして…貴方を信じてお話しすることを、どうか誰にも言わないと、約束してくださいますか?」
「…アイリン姫?…え、ええ。貴女がそう言うのなら」
彼女は息を整えると、ゆっくりと話し出した。

「私…見てしまったのです。自分の未来を」
リシュオンは固まった。
(それは…先読みの能力?姫にはそういう力があったのか?)
「…でも、それは私を守っている天の人が、私に重要な事だけ、断片的に教えてくれるもので、ほとんど意味の分からない夢見の形で出てくるものなのです。…幼い時からずっと」

(いや、彼女の伯父は最高天司長(さいこうてんしちょう)…。という事は亡くなられた高位の光の姫巫女(ひめみこ)と呼ばれた、天司長の姉君とも血縁という事…。このような能力は生まれながらにしてあるのは当たり前か…)
そこまで考えてリシュオンは今更ながらに気が付いた。
(そうか…。だからオーンの天司長様が直々切望されたのだな…。あの方も不思議な見抜く力があると聞くし)
それはやはり大陸の宝となる人材ではないのだろうか、この姫は。
ならば尚更、俗世に留めておくのは許されなくはないか?
彼女がオーンの姫巫女になる素質があるという事ならば、彼女の道は……。

ところが、そこまで考えていたりシュオンの思いを覆すような話が、次に彼女の口から語られた。

「なので私、このままお嫁に参ります。この国の王子の元へ」
「は?」
突然こう宣言されて、リシュオンは訳が分からなくて益々固まってしまった。
「また、いきなりどうして…。姫、ご自分の事ですよ?そんなに焦らなくても、ちゃんと両方を見てからでも…」
「いいえ、リシュオン。私の未来…気持ちはもう決まりました。見なくても」
彼女の揺るがない決意に、リシュオンは戸惑った。
「どういう意味でしょうか…。何を見られたのですか?貴女が見た自分の未来」
しばらくたってから、おもむろにアイリンは言った。


「アムイは…私の運命の人です」


リシュオンは驚きのあまり固まったまま、彼女の顔を見ていた。

「ずっと小さい頃から見せられていた夢見の映像…。大きくなるにつれて段々と鮮明になってきたのです」
アイリンは思い出すような目をして話を続けた。
「ひとりの男の人がいつも私の傍にいました。大人の私とです」
リシュオンは黙って彼女の言葉を聞いていた。
「いつも、誰だろう、と気になっていました。自分の知っている人の中にはいない、それだけは本能でわかりました。夢ははっきりとその人の顔を見せてはくれません。でも、自分はこの人を心から本当に愛しているのだ、とわかりました」
彼女の大きな瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「いつもその夢の人は私の手を大切に握っていてくれました。その体温、鼓動、波動…。私ははっきり覚えています。でも、はるか遠い未来(さき)の映像だという事は、間違いありませんでした」
「姫…。それが…あのアムイなのですか?」
彼女は微笑んだ。
「はい。……最初アムイに出会った時、どこかでこの感覚を知っている、と思いました。
それがその晩、夢見が鮮明に未来を映して見せてくれました。そしてすぐにアムイに会って…確信したのです。
この人が自分の未来に重要な人だ、と」

アイリン姫のまるで夢物語のような話を、リシュオンは何と考えたらよいか、混乱していた。
しかし、彼女のはっきりした眼差しで、リシュオンはそういう事も世の中にはあるのかもしれない、と思った。

「だから王子、私の心は彼に会った事で決まりました。
……オーンの巫女になる、という事は死を迎えるまで純粋を保つため、一生結婚できない、という事ですよね?
ならば私はひとりの女性としてこの世に留まりたい。

・‥…━━━だから
お嫁に行きます。西の国へ」

リシュオンは目を疑った。
彼女の子供らしかぬ言い方のせいなのか、一瞬彼女が美しい大人の女性に見えたのだ。


世の中には人が計り知れない、不思議な事があるものだ。


ただ、この二人の再会には気が遠くなるほどの歳月を必要とし、また違う物語となるわけなのだが、運命の出会いで、ひとりの少女の人生はこの時決まったのは確かである。
これから長い動乱の果てに、大きな運命の渦に巻き込まれながらも、彼女はたった一人の自分の運命の男を思い、これから生きていくのだ。
皮肉にも、当のアムイはまったく知る由もないのだが。

それから数日後、中立国ゲウラの通用門から、馬に乗った三人の人間が北の国に訪れていた。
南の王女リー・リンガと二人の屈強の戦士達だ。

「早く暁に会いたいものですな、王女。
本当に18年ぶりです。あの東のラムウ=メイと手合わせしようとする時の高揚感。
それをまた味わえるとは…。」
昔を懐かしむように言うドワーニを、リンガはたしなめる様に言った。
「お願いだから殺さないでね、ドワーニ。暁はわたくしのものですから」
「わかっておりますよ、王女」
その二人を寡黙なモンゴネウラが面白そうに眺めている。
(【暁の明星】…か。この王女を長い年月夢中にさせている男とは、どんな奴だろう?)
長年お守りしている王女の事なら、何でもわかっているモンゴネウラだったが、東の輿入れの時は大帝の用件を担っていた関係で、遅れて東に行ったため、アムイに会った事がなかった。
「これで王女の火遊びも納まってくれると良いのだが…」
「何か言った?モンゴネウラ」
リンガが振り返った。
「いいえ、王女。何も言ってません」
彼は素知らぬ顔してそうしらばっくれた。

そして三人は情報屋の言うとおり、北のゼムカ前王の館の方向に馬を走らせた。

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