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2010年3月20日 (土)

暁の明星 宵の流星 #46

その7.眠れぬ夜

隠された真実を思い、闇に翻弄され、人はどうして苦悩するのか。
眠れぬ夜はまだまだ続く。


「ごめん、本当にごめんね、お嬢」
リョンの村を出る時、シータがいきなり別行動する、と言い出した。


リョンの村では意外と早く、凪(なぎ)の仲間が見つかった。彼らの素早い連絡網は侮れない。
すでにアムイ達が来るのをその男は承知していた。
彼はご丁寧にこの国の地図まで用意してくれて、アムイ達に最短の道を教えた。
「凪(なぎ)の兄貴には世話になってるんで」
男は言った。
「暁の旦那が来たらよくしてやってくれ、と」

「ふーん、アムイって人との付き合いも上手くなったのねぇ。
そうよね、キイがいないんだもの。ひとりで何でもやらないとね」
そう言いながら、シータはアムイの生真面目さと律儀さを知っていたので、きっとこういうビジネスライクな時にはアムイは受けがいいだろうと推測した。
だが、やはり昔と比べたら、随分と成長したものだ。
(キイが知ったら喜ぶかしら…。キイしか受け付けなかったあのアムイがねぇ)

「で、このルートが一番早いというのか」
アムイは地図の上に指を滑らせた。
「…かなり治安の悪い町や村を通る事になりますが…」
と、男はちらりとイェンランとシータの方を横目で盗み見た。
「なんだ?」
「旦那。お節介かと思いますが、ご婦人達には本当に注意した方がいい。
特にこの先にある町は、変なごろつきや流れ者が横行していて…しかも女の少ない地域だ。
狼の群れに羊を放つようなものですからね」
「そうか…」
アムイは眉根を寄せた。


「本当にごめん、お嬢。アタシがお嬢の傍についてるって言ったのに…」
シータは手を合わせた。
「何言ってんのよ。大丈夫!アムイもサクヤもいるんだし」
イェンランは元気に言った。
「ん…。明後日には合流できると思うから、絶対アイツらの傍から離れちゃダメよ」
「うん。わかった」
シータはどうしても北にいる、ある人物に会わなければならないとかで、今朝、別行動すると皆に言ったのだ。
「何か急だな。そんなに大事な相手なのか」
アムイがポツリと言った。
「そうなの。重要な人物よ。きっとアンタも驚くわ」
と、謎の台詞を残して、彼はさっさと支度をして朝早くここを出て行った。

「ま、別に奴について来てくれ、とお願いした訳ではないからな…」
と、言いながら、どこで買ってきたのか、アムイは黒い大きなフード付きのマントを荷物の袋から出して、イェンランに放り投げた。
「何よ?これ」
「頭巾」
「は?」
「とにかくこれからは女は目立つ。こんなものしかなかったが、姿を晒しているよりはましだろう。着ろ」
相変わらずの尊大な言い方にイェンランはむっとした。
「ねえー、これ、かえって目立たない?色だってこれからの季節には合わないし…」
「お前がちゃらちゃらしているよりはマシ」
「何よ、ちゃらちゃらって」
アムイはふん、と鼻で笑うと彼女に言い放った。
「お前、自分の身は自分で守るって事をちゃんとわかってるのか。剣の腕だってないくせに。
そのくらい我慢しろ。本当なら俺はこんな事する義理などないんだが、行き先でトラブルを招かれたら面倒だ。
俺の言う事ができないなら勝手にするがいいさ。どうなっても俺は関知しないんで」
イェンランは頭では分かっていても、どうしても感情が収まらず、つい口答えをしてしまう。
「ねぇ、じゃあシータのあの格好はどうなのよ?私より派手じゃないの」
「あいつはいい。男だし、強いから」
「そうだけど…。じゃあ、あんた達だって、見た目は並みの女より目立つじゃん。
今じゃ男だけの娼館だってある時代よ。あんた達だって危険じゃない」
その言葉に近くにいたサクヤが吹き出した。
「イェンってやっぱ、鋭いなぁ」
サクヤの様子をちらりと横目で見たアムイは、再び彼女に目線を移した。
「問題なし。何故なら俺達はとても強いから」
と、アムイはそう言い捨てると、朝食を取りに部屋を出て行った。

「何ニヤけてんのよ」
膨れているイェンランに指摘されたサクヤは、益々口元が緩むのを止められなくなった。
「だって…。兄貴が“俺たち”って…。“たち”だって!」
「はいはい、そうですか…」
イェンランはやってられない、と肩をすくめて、悔しいながらもアムイの言った通りにフードを被った。


なんかなぁ…。
イェンランは悔しいながらも、少しだけ懐かしさを感じていた。
昔も同じような事、あったっけ。

(イェン、女の子がむやみやたらに肌を出しちゃだめだ!)
体の弱い長男の代わりに家計の中心を担っていた次兄のフォンリーはいつもうるさく彼女に説教していた。
(でもイェンだって皆と川に入りたい)
(もうお前は8歳過ぎただろう?もう他の兄弟とは違うんだ。兄ちゃんの言う事を聞かないと、大変な目にあうぞ)
その時は大げさな…と思っていたが、確かに自分の体がどんどん他の兄弟と違ってきた頃から、周りの目が変わってきた。特に彼女は幼い頃より可愛いと評判で、しかも村でも希少な女の子だった。次兄の心配は彼女が初潮を迎え大人になっていくにつれ、どんどん深刻になっていった。周りの男共の視線や動向だけではない。親が、大事な妹を金に替えたがっているのを知ったからだった。
(俺が一家を養うから!だから頼む。そんな哀しい事、実の親が娘にして欲しくない!)
そう言ってフォンリーは一生懸命働いた。
ぶっきらぼうだが、本当は優しくて、頼りになるフォンリー兄さん。
イェンランは兄をこよなく愛していた。
だが、イェンランが15になろうとする手前、無理をしすぎたフォンリーは、仕事でもある狩の途中、馬の操作を誤って落馬してしまった。即死だった。そして稼ぎ頭を亡くしたという名目で、イェンランに家を助けてもらおう、という話になった。稼ぎ頭だったフォンリーの手前、親は渋々我慢していたが、もう邪魔をする者はいない。親は嬉々として娘を桜花楼の人間に面通しをしたのだ。イェンランの器量を見て、桜花楼はすぐにOKの返事を出した。そうしてすぐさま彼女は多額の金に替えられたのだ。

もうすでに彼女の家族は別の国に移っていたが、やはり馴染みある場所に戻った事で、どうにもイェンランは郷愁の想いに駆られてしまうようだ。
それはやはり、兄フォンリーの想い出が彼女の故郷そのものだから…。


三人は最初の町、エニタにその日の夕方、徒歩で入った。
次の目的地である隣村カウンまでは、そこからかなりの距離にあるので、徒歩では辛いし時間がかかる、という理由で馬を調達する事になった。

エニタには昔、兄に連れられ行商に来た事がある。
しかしイェンランは何年かぶりにこの町を訪れて驚いた。
この荒み具合は何だろう??
あの緑が多くて花で綺麗だった町の面影が今はない。
道路にはゴミが散らばり、それを野犬が食い散らかしていた。
草花もなく、代わりに壊された公共物があちらこちらに転がっている。
(こ、こんなに悲惨になっていたなんて…!)
イェンランは衝撃を受けた。
「これでは、この町には長くいられそうもないな…」
アムイは眉をしかめた。
この町でシータと合流する予定だったのだが…。
とにかく三人は、何でも屋の男の指示通り、この町で一番安全な方だという宿に向かった。


「本当に悪いね、お客さん…。
うちは人手がなくて、食事は朝だけしか出せないんだよ。それでもいいかい?」
宿の主人なのだろうか、ひとりの老婆が言った。
「この宿の主人である息子が、他に仕事しに行っててね…。この町ではもう観光に来る客なんていないもので、うちももう止めちまおうか、と言ってた所だったんだよ…」
老婆はほうっと溜息をついた。
「もしかしたらお客さん達を最後に、うちもここを閉めるかもしれないねぇ…。
何もない所だが、一応この宿には警護官の目が光ってるんで、安心してくださいな」
余程客が来ないで暇なせいか、老婆はぺらぺらと訊かれもしないのにアムイ達に喋り続けている。
「ここ最近、東から流れてきた無法者に紛れて、他所の村から流れてきた一味が極悪でね。
あいつらが暴れているおかげで、この町も荒れ放題さ。
ま、この一帯は昔から警護が厳しい所なんで、何とか日中は歩けるが、夜は絶対、外に出ない方がいいよ。
…お客さん達、特に綺麗どころだから。
それでも女じゃなくて幸いだったさ。あいつらこの町に女が少ないんで、かなり飢えてるようだから…。
まだ年端もいかない孫にまで手を出そうとしたくらいなんだ。
何とかして欲しい所さ」

「何か…随分危険みたいだね、この町」
とにかく夕食を早く食べようと、宿の老婆に聞いて、一番ましな食堂に三人は来ていた。
確かにサクヤの言ったとおり、今まで通って来た所とは、客層もそうだが雰囲気が違う。
食堂なのに、重苦しい空気が立ち込めていた。

「きゃあ!」
そこへ女の悲鳴が上がった。
「いいじゃねえか、尻ぐらい。減るもんじゃなし」
見ると三人の席から斜め前の席で、見るからに柄の悪そうな男達が数名、食事を運んできた中年の女をニヤニヤと舐めるように見ている。
「なあ、いいだろう?今晩俺らと来いよ」
ひとりの男が彼女の腕を引っ張った。
「おいおい、よせよ、こんなおばさん」
もうひとりがからかう様に言った。
「それでも女には違わねぇ。もう俺は男は飽きたぜ」
その言葉に男どもはどっと笑った。

言い知れぬ程の怒りがイェンランの体を駆け巡っていた。
確かにこの町の治安がかなり悪いのは入ってすぐにわかった。だから彼女はアムイの言いつけどおり、頭から黒いフードを被っていた。もちろん、食事中も気を許さず被ったまま物を食べている。ちょっと窮屈だが仕方がない。
修業僧や巡業中の信徒は、己を戒めるとか、律するとかで、意外にこうしてフードで顔を隠したままどこでも行動するのは珍しい事ではなかった。だからイェンランの姿も、そのようだと思われていた。

それにしても…。イェンランは食欲が無くなった。

と大馬鹿騒ぎしていた男連中のひとりが、便所に行く、として席を離れ、通りがかりにアムイ達の脇を通った。
「おや?」
その男はアムイとサクヤを見て、ぴたっと歩みを止めた。
「へぇ~、見かけない顔だね、兄ちゃん達。かなりの綺麗どころじゃねぇか。どっから来たのさ」
男は多少酔っているらしかった。酒臭い息をアムイに吐きかけながら、彼の肩に手を置いた。
サクヤとイェンランはその場に凍りついた。
アムイは無表情のまま、空の皿を眺めている。
アムイが抵抗しないのをいい事に、男は益々調子に乗って、そのままアムイの頬に指を滑らした。
「ほぉ。兄ちゃん男のクセに随分肌がきめ細かくて綺麗だな。この町の女は不細工ばっかで辟易してた所だったんだ。…お前さんみたいなレベルの男はこの辺の娼館にもいやしねぇな。どうだ?俺といい事しねぇか?」
その瞬間アムイは息を吸うと、いきなり自分を触っていた男の手を掴み、捻ってテーブルの上に叩き付けた。
「いてぇっ!」
男は悲鳴を上げて、アムイの手から抜け出そうともがくが、もの凄い力でびくともしない。
「な、何しやがる!離せ…」
男はアムイに文句を言おうと彼を見上げたが、その先にはもの凄い目で睨みつけるアムイの顔があった。

美形が睨みつけると本当に…凄みが出て怖さが半端ないのね…。
イェンランは心の底から思った。

案の定、アムイの眼力に対抗する気を無くした男は、アムイの手が緩んだ隙に、小さくなって一目散に仲間の所へ逃げ帰った。

「出よう」
アムイはそう言って、すぐさま席を立った。
目も笑っていない。
二人も食欲がなくなって、素直にアムイに同意した。


「それにしても、私、アムイが男に迫られている所、初めて見た」
宿に戻ってからイェンランは小声でサクヤに言った。
「だって、男に言い寄られてるの、サクヤしか見たことないし」
「そんなにはっきり言わないでくれる?」
サクヤはむっと口を尖らせた。しかし次には真面目な顔をした。
「いや、実は兄貴も男の熱い視線を受けていたのは知っていた」
「え、そうなの」
「ただ、兄貴の場合、隙が無いというか、近寄りがたい雰囲気があるせいか、声をかける事すらはばかれる様で絶対近寄ってこなかったけどね、今まで。遠くから見惚れてるって感じ?」
「ということは、あの男、酔ってたとはいえ勇気あったのねぇ」

二人のやり取りを離れて見ていたアムイは、溜息をつくとイェンランに言った。
「おい、明日は俺達、馬の手配をしにここを出掛ける。日中でも用心しするに越した事は無い。
イェンラン、お前絶対に俺達が戻るまでここから出るなよ」
「そうだね。イェンはあまりこの町には出ない方がいいみたいだ」
サクヤも同意した。
「シータがここに来たら、すぐにこの町を出よう」
そうアムイに言われて、イェンランは気を引き締めて頷いた。


だが翌日彼女はここで、人生最悪な目に合ってしまうのだった…。


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