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2010年3月20日 (土)

暁の明星 宵の流星 #47

日中アムイとサクヤは馬を調達するために、町へと出かけてしまった。
イェンランは午前中暇を持て余して、部屋でごろごろしていた。
昨日買い置きしていた食料を昼飯にし、食べ終わった所でイェンランは女の子の声が階下で聞こえたのに気が付いた。何となく気になったイェンランはフードを被ると、そっと下に降りて様子を伺った。

宿のロビーで、まだ10歳過ぎくらいの少女が、籠を持って老婆と話をしていた。
長い茶色の髪を三つ網にし、顔にそばかすがあって、つぶらな瞳が幼い印象を受ける。
「大丈夫かい、ラミン。この間あの男達に後をつけられていたじゃないか。いくら3軒隣の酒屋に行くにしても、当分ここから出ない方がよくないかい?」
「すぐ行ってすぐに帰ってくるわよ、おばあちゃん。大丈夫、まだお昼だし。
だって、今日お父さんが出稼ぎから一時戻ってくるのよ。
あたし、どうしてもお父さんの大好きなお酒を用意したいのよ」
そういえば、この老婆には孫がいるって言っていたのをイェンランは思い出した。
「そうかい…。わしが行ってあげたいのだが、どうしても最近腰の調子が悪くてね。
できたら向かいのラドンさんに言って、一緒に行ってくれると安心だが…」
「うん、そうするよ。大丈夫。あの人たち、こんな昼から目立ったことしてくるわけ無いよ。
行ってくるね」
イェンランはもう少しで〈自分が一緒について行こうか?〉と言い出しそうになった。
しかし、アムイとサクヤに約束させられていた。

(絶対自分達が戻るまで部屋(宿)から出ないように)……と。

しかも約束を破って何かに巻き込まれても自分で解決してくれ、関知しない、とまで脅されていた。
一瞬自分は信用されていないの?と思ったが、現実の話、イェンランは昨日の町の様子に、正直恐れを感じていた。アムイ達のように、自分の身を守りきれる自信がなかった。

イェンランは後ろ髪を引かれる思いで、少女が出て行くのを階段の隅で見守った。心の中で、無事に早く帰ってきてね、と呟きながら。


ところが一時間以上経っても彼女が戻って来たという気配がなかった。
この宿には自分達しか客はいない。ひっそりとしているから、少女が帰ってきたらすぐにわかる。
イェンランは気が気じゃなくなってきた。やはり一緒について行ってあげるべきだったかも、とまで思うようになった。
そうこうしているうちに、空が陰り雨が降ってきた。この時期の北の国は、気候の変化が激しく、突然嵐のような天気になるのは珍しくなかった。案の定、風まで出てきて、嵐のようになってきた。先程まで照っていた日差しも黒雲に遮られ、夜とまではいかないが、かなり薄暗い。
イェンランの心配もピークに達していた。
この少女とは面識はなかったが、まだ年端もいかない女の子だ。知らない振りはできなかった。

彼女は思い切って外に出て様子を見ようと思った。
嵐だもの。こんな気候で人が徘徊してるわけが無いし、と自分にいいように言い聞かせて。

イェンランはフードを目深に被ると、そっと宿を抜け出した。
激しい雨が彼女を打ちつける。
3軒隣の酒屋の近くまで来て、その店が今日は臨時休業だったのを知った。
(じゃあ、あの子…。違う店に行ったのかな…)
イェンランは心配になりつつも、この町のことをあまり知らないので、ちょっと途方にくれた。
しかしどうしようもない、宿に戻っておばあさんと相談した方がいいと今更ながら気が付いた。
イェンランは溜息をつくと今来た道を戻り、宿の近くまで差し掛かった。
その時、嵐に紛れて女の子の悲鳴を聞いたような気がした。
それは宿の向かいにある家の右脇にある狭い路上の方からだった。
(まさか…)
嫌な予感がして、イェンランはその路地を覗き込んだ。
そこに、少女が持っていた籠と、割れた酒瓶が転がっていた。
イェンランは嵐の中目を凝らした。
路地の奥で、四人の男達が何やら蠢いているのが目に入った。
男達はちょうど、少女をさらおうとしている所だった。
イェンランは驚いて止めに入ろうとして、護身用の剣を忘れていたのに気が付いた。
彼女は急いで宿に戻り、自分の剣を持つと老婆に叫んだ。

「お孫さんが男達に連れて行かれようとしてるの!」
突然の事で、老婆は驚いた。
「早く警護の人か誰かを呼んで!向かいの路地で今連れて行かれようとしているから!」
内容もさることながら、フードを被った客人が女の声で叫んだ事に老婆は益々驚いた。
「あ、あんた…。女の子じゃないか!何処へ行くんだ。き、危険だよ!今誰かを呼ぶからお前さんはここに…」
「それじゃ間に合わない!」
イェンランは今連れて行かれそうになっている少女の事しか考えてなかった。
老婆が止めるのも聞かず、そのまま彼女は薄暗い嵐の中に身を投じた。

とにかく急がなくては見失う、と焦って彼女は路地に戻った。
丁度男達は少女を担いで違う所に移動しようとしていた所だった。
イェンランは無我夢中で後を追った。
少女は泣き喚いているが、その声も嵐でかき消されている。
男達はどんどん寂れた道に進んでいく。
そしてその先の人気の無い小屋に入って行った。

(どうしよう…)
イェンランは困った。このまま躍り出ても多分男四人には敵うまい。

だが、少女の身の危険はもう始まっていてもおかしくない。
イェンランは決心した。

小屋の中では男達がいやらしい顔で少女を見下ろしている。
「この間は邪魔が入ったが、今日はいいところで捕まえたなぁ」
ニヤニヤしながら男達は舌なめずりをしている。
「本当にこの世は不公平さ。女はどんどん減ってる上に、器量のいいのは全てお偉いさん達がごっそり独り占めしてやがる」
「ああ、俺らみたいな金もないごろつきには、いい女なんかちっとも回ってこねぇしな」
「こんなチビで我慢しなけりゃなんないなんてさ」
「いや、ばばぁより若くていいだろうよ」
少女はあまりにもの恐ろしさに身を縮め震えて泣いていた。
窓から覗いたイェンランは、彼らが食堂であった男達だと気が付き、言い知れぬ怒りが再び沸き起こってきた。
今まさに男の一人が少女の体に手をかけようとした時、イェンランは弾丸のごとく窓から小屋の中に飛び込んだ。
男達はいきなりの侵入者に驚いた。
そのひるんだ隙にイェンランは剣を構え、少女の手を掴んだ。
少女も驚いた。いきなりフードを被った人間が自分を助けに来てくれたのだ。
イェンランは無言のまま少女を引っ張って外に出ようとした。
しかし、男達はそんな事を許す筈も無かった。
「何だてめぇ!むかつく事してくれるじゃねぇかよ!」
一人の男がイェンランを捕まえようと手を伸ばした。
彼女は必死になって剣を振り回す。
だが、所詮女の力。力強い男達は簡単に剣を彼女の手からもぎ取ってしまった。

慌てたイェンランは扉に体当たりして外に出ようとした。
その勢いで扉が少し開き、勢いのある風が吹き込んできた。
瞬間、彼女のフードが外れた。
長くて柔らかな彼女の黒髪が風に舞う。
驚いた男達は彼女のマントの裾を思いっきり掴んで引っ張った。

「きゃあっ!」
イェンランは悲鳴と共に小屋の真ん中に転がった。
マントを脱がされたイェンランの美しい姿がそこにあった。
男達は思わず生唾を呑んだ。
「マジかよ…」
「女じゃねえか、しかもすっげぇ上玉だぞ…」
「こりゃいいのが勝手にやってきてくれたって事だな」
男達の彼女を見る目が異様に熱を持ってきた。
イェンランは諦めず、男達から逃げようと急いで立ち上がろうとした。
だが、男二人に腕を掴まれ、押し倒され固定されてしまった。
「美味そうなお嬢さん、俺らと楽しもうぜ」
男達は笑いながら彼女の体に覆いかぶさっていった。


急な嵐になって、アムイとサクヤは宿に帰ろうと馬を連れて道中急いでいた。
「うわー、いきなりですかぁ!北の国って激しいねぇ」
サクヤが頭を庇いながら馬を2頭引っ張っている。
もちろん自分とイェンランの分の馬だ。
アムイは自分の馬を一頭手綱を引っ張りながら、激しい雨に目をしかめた。
「ちゃんとイェン、無事で待っているかな」
サクヤがぼそっと言った。
「あいつも子供じゃないだろう。自分の事は自分で責任もってやってるさ」
アムイがそう言って宿の馬付き場に馬を繋ごうとした時だった。
「ねぇ、何か騒がしくない?」
サクヤが宿の入り口の方を振り向いた。
「ああ、確かに」
尋常じゃない騒ぎが、宿の方から聞こえている。
二人は嫌な予感がして宿に急いだ。

「あ!お客さん!!」
二人が宿に駆け込むなり老婆が叫んだ。
「どうしたんです?」
サクヤが尋ねた。
「た、大変なんだよ!丁度いい所に帰ってきてくだすった!!
あ、あんたのお仲間が…。うちの孫を助けるためにひとりであいつらのとこに行っちまったんだよ!」
「ええ!?」
周りには何人か人が集まっていた。
「これから俺たちも捜しに行く所なんだが…。とにかく柄の悪い一味の奴らで、多分その内の一部の輩だと思うんだ。とにかくやりたい放題、道徳心のかけらも無い奴らで…」
と、武器を持って町の男が二人に言った。
「まさか、あの頭巾を被ったお客さんが女の子だとは思わなかった。
あいつら若い女に飢えてるから、可愛そうな目にあってなければいいが…」
アムイとサクヤは顔を見合わせた。
「どこに彼女は行ったんですか?」
サクヤは青くなって老婆に尋ねた。
「向かいの路地だと…。でもあたしらが行った時にはもう誰もいなかった…」

二人は老婆の言葉を最後まで聞かず、無言で宿を飛び出した。


イェンランは自分の力全てを掻き集めて、男達に抵抗を試みた。
だが、多勢に無勢。しかもか弱い女一人だ。
彼女は大声を出そうと口を開いたが、男のねっとりとした油っぽい手で口を覆われた。
「騒ぐなよ」
しかしイェンランも負けなかった。思いっきり男の手に噛み付いた。
「いてぇ!」
その反撃に男は切れた。
「静かにしな!!」
イェンランは思いっきり頬を何回も男に殴られた。
「大人しくしろよ、可愛がってやるからさ」
イェンランの服を男の一人が勢いよく引き千切った。
彼女の白い肌が男達の目に晒される。
恐怖でイェンランはおかしくなりそうだった。
彼女の脳裏にアムイの言葉がこだました。

(自分の身は自分で守れ。それができなくて何かに巻き込まれても俺は関知しない)

イェンランの目に涙が滲んだ。
ごめん、アムイ。自分の力で何とかできなかった…。
あそこまで言われて約束を守れなかったんだもの、アムイが助けに来てくれるはずも無い。
自業自得とはいえ、彼女は自分の身を呪った。

路地に出たアムイとサクヤは、一瞬どこへ行ったらいいかわからなくなった。
路地の奥は三又になった通路があって、一つは木の茂った林に続く道、もう一つは町の路地裏に続いていそうだ。後一つは地下水道に続く路地で、これは関係なさそうだ。
「兄貴…どうする?」
サクヤはアムイを振り返った。
アムイは路地の真ん中に立って、じっと目を瞑っている。
「兄貴!」
突然アムイの目が開いた。
「こっちだ」
一言そう言うと、彼は迷わず路地裏に続く通路に入っていった。
「あ、兄貴?」

アムイは神経を集中させて、イェンランの元々持っている気を探っていたのだ。
長い間一緒にいたのもあって、彼女の持っている気はアムイにはどんな物か判っていた。
とにかく急がなくては…。
二人は寂れた路地を走り抜けて行った。

途中まで来た時に、自分達の行き先の方向から少女が走ってきた。
勘ですぐにこの子が老婆の孫だと悟った。
「助けて!」
少女はアムイ達を発見すると泣きながら叫んだ。
「お兄ちゃん達、お姉ちゃんを助けて!!」
「大丈夫か?」
サクヤが少女を抱きとめた。
「この先の小屋に連れ込まれたの!お姉ちゃんが私を助けようとして、あいつらに捕まちゃったの!!」
少女は恐怖のあまり錯乱状態で泣きじゃくっていた。
「サクヤ!この子を頼む。俺は小屋に突入する!」
アムイの声は恐ろしいほど尖っている。
「わかった!兄貴イェンを頼む!」
サクヤは少女を優しく抱き上げると反対方向に走リ去った。

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