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2010年3月22日 (月)

暁の明星 宵の流星 #49

「アムイがカウンの村に向かっている…?」
アーシュラは戻ってきた自分の部下でもある、隠密隊から報告を受け複雑な表情をした。

確かにアムイの事だ。キイを必ず追いかけてくるのは分かっていた。
だがかなり思ったよりも早かった。

アーシュラはこの所、眠れぬ夜を過ごしていた。
もちろん、キイの容態のせいもある。
だがもうここに来て、彼はかなり追い詰められていた。

陛下への忠誠心と、キイへの想いだ。

アーシュラはアムイが大嫌いだ。それは今も変わりはない。
だが、彼の脳裏にはザイゼムの言葉がこだましていた。

(ならばアムイはどうだ?
あいつこそ、キイについては心身共に詳しいんじゃないか。
何せ仮にも【恒星の双璧】の片割れなんだからな)

アーシュラは溜息をついた。
もしかしたら自分は、アムイへの嫉妬で自分を見失い、キイをこのように追い詰めてしまったのではないかと、後悔の念に駆られていた。
あの時、自分がキイの事を考えて行動してあげてれば、このような事態にならなかったのではないかと、ずっと自分を責めていた。

そのように思いに耽っていたアーシュラにルランの悲鳴が耳に届いた。
彼は驚いて声の方に弾かれるように走った。
「宵の君(よいのきみ)!」
ルランは今にも泣き出しそうな悲痛な声で、寝台の上のキイを揺さぶっている。
「お願い!息をして宵の君!」
その言葉に愕然としたアーシュラはルランをどかすとキイの顔に自分の顔を近づけ、手を取り脈を確認した。
キイの顔は顔面蒼白で、まるで血が通っていない。
「息が…」
アーシュラは焦った。
何も考える暇もない、アーシュラはキイの気道を確保すると、口から自分の息を彼の口に送り込んだ。
何度も、何度もアーシュラは必死の思いでキイに人工呼吸をする。

…こほっ…。

何回目かの時、小さくキイの喉がなり、呼吸が戻ってきた。
うっすらと彼の顔に赤みが戻る。
アーシュラとルランはほっと肩の力を抜いた。
だが、いつまたこのような状態に陥るかわからない恐怖はまだ拭えない。
アーシュラはうっすらと薔薇色をさしている彼の頬に震える手を這わせた。
「キイ…」
もうだめだ。
「キイ…」
もう我慢の限界だ。
アーシュラは何度も彼の名をうわごとの様に呼んだ。

あの時。
あの時俺がお前の願いを聞いていたのなら…このような状態にお前を追い詰めなかったかもしれない。
初めてお前が俺に心をさらけ出して願いを請うたのに、俺は嫉妬の目で気持ちが眩んでいた。
すまない。キイ。
俺は…俺は…。

お前のアムイに対する本当の気持ちを知ってしまってから、俺はおかしくなってしまったのかもしれない。
それまでは俺は単純に、あいつがお前に依存しているだけだと思っていたんだ。

狂おしいほどのこの思い。
アーシュラは初めてキイに会ったときから、ずっと彼を見てきたのだ。
決して、成就するとは思わない、自分の彼への思い。

アーシュラの口から、今まで言えなかった言葉が自然と出た。

「キイ、アムイの所に行こう…。お前が必要としている…お前のアムイの元に」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それは三年前のある日、突然の事だった。

キイの不安はいきなりやってきた。

それでも、今まで何とか自分の努力で自分をコントロールしていたキイは、まだしばらく余裕はあると思っていた。
なかなかザイゼムの真意がわからぬまま、何だか時間ばかり経ってしまった。
これではだめだ。仕方がない、隙を見てアムイの所に戻らなければ。
取り返しがつかなくなってからでは遅い。
致し方ない、恥を忍んで聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)に行って、この封印を解いて貰おう。
そうすれば俺はアムイを必ず捜し出せる。
俺達は互いを呼び合い、互いが引き合う。
キイの心も体もかなり限界が迫っていた。最近ではアムイを求めて夜も眠れない。
己の特殊な気は、アムイの持っている気でないと上手く昇華できないのだ。

だがある晩。
“それ”は突然やってきた。

体内に吹き荒れる、あまりにものエネルギーの大きさの襲撃に、キイは胸を押さえて寝台から転がり落ちた。

キイの気の逆流だ。

全身の毛穴という毛穴から汗と共に気が漏れていく。
その激しさにキイは息が止まりそうになるのを、必死で自分を制御しようと抵抗した。
それは並の男では到底我慢出来ないほどの身体の変化、痛み、苦しみ…。
キイは七転八倒した。

早い。早すぎる。
キイは薄れ行く意識の片隅で思った。
自分で思っていたよりも、キイの気はアムイの気を求め、狂おしく出口を捜していたようだ。

この状態が早まった理由…。
それは自分の気が封じられている為の、気の流れに変動が起こっていた事も然る事ながら、もう一年以上もアムイと接していない事が大きかった。

いけない!
このままではあの時のように暴走してしまう!!

キイは必死で己と己の気と戦い続けた。

「うぅ…、あっああ…あー…」
抵抗する自分の声が、自分の物ではないようだった。


東のとある島のゼムカ専用の隠れ家に、ザイゼム達は滞在していた。
アーシュラはその晩、ザイゼムが公用で群れから離れたため、遅くまで彼の帰りを待っていた。
いつもなら率先して彼のお供をする所だった。
しかし、東のある州の幹部は、ザイゼムがひとりで来るように指示した。
今回の接見は、公用という名の密会でもあった。
それはザイゼムがどうしても知りたい事柄…。彼はその条件を呑んだ。
なので今回はキイを連れて行くことが絶対に出来ない。
ザイゼムは自分より、キイの身を案じた。
だからアーシュラにキイの事を頼んで、自分は違う護衛を一人だけ連れて相手がいる場所に向かった。

彼はひとり時間を気にしながら、夜半になっても戻らない自分の王を心配した。
自分が彼の傍を離れるのは滅多にない事だったが、キイが絡んでいては仕方がなかった。
アーシュラは外の様子を見ようと応接間から廊下に出た。
必然的に彼はキイの部屋を通る。
その時、部屋の中で物を倒す音がした。しかも聞いた事のない声がする。
アーシュラは慌ててキイの部屋に入った。
そこにはかなり暴れたであろう、悲惨な部屋の状態と、その中央にのたうち回るキイの姿が目に飛び込んできた。

「キイ!?」
アーシュラは驚いて彼に駆け寄った。
「どうした?大丈夫かキイ!」
こんな状態の彼を、長年一緒だったが初めて見た。
思わずアーシュラは彼を抱き起こした。
キイは先程の激流との戦いの山をかなり越えたようで、激しさが多少収まりつつあった。
が、しかし、自分の体の変化はまだ安定しない。
朦朧とした意識の中で、キイは誰かに抱かれた気がして、思わず自分の口から言葉がついて出た。
「アムイ…」
アーシュラはキイの口から発せられたその名前に凍りついた。
「アムイ…」
キイはうわごとの様にそう呟くと、アーシュラの体を、誰かを求めるかのようにまさぐった。
アムイの名を呼ぶキイは、普段とは全く違っていた。
汗ばんだ白い肌に焦点の定まらない目、うわごとを繰り返す唇はまるで人を誘っているように見える。
普段の彼も背徳感のある、妖艶な美貌をしていたが、いつも乱暴に振舞うような風情のせいで、その印象はかなり抑えられていた。
が、今の彼は全くの無防備で、その色香は半端なくアーシュラの欲望を刺激した。
アーシュラは気を引き締めようと、目を瞑った。
キイは苦しそうに喘ぎ、一生懸命自分の意識を取り戻そうと、短く呼吸を繰り返した。
その様子にアーシュラは再び彼を見た。
「キイ、しっかりしろ!一体どうしたんだ!」
キイはようやく意識を取り戻したようだった。
だが、この苦しい状態はまだ続いている。
「…ア、アーシュラ…?」
やっとキイは自分を支えてくれている人間が長年の友だと知った。
「この状態は一体何だ?何が起こったんだ…」
突然キイの瞳が涙で潤み、美しい雫が一粒こぼれた。
初めて見る彼の涙に、アーシュラは心臓を掴まれた。
「頼む…」
震える声でキイはアーシュラに懇願した。

「アムイに逢いたい」

アーシュラの思考が止まった。
「お…お願いだ…。アーシュラ」
キイは涙を流しながらアーシュラにすがりついた。
「俺をアムイに逢わせてくれ。お願いだ!今すぐ俺を解放してくれ…。
アムイに…アムイの元へ帰りたい」

アーシュラはショックを受けた。
こんな【宵の流星】を自分は知らない。
まるで無防備な子供のようであり、儚くも消え入りそうな乙女のようでもあった。
こんな彼を目の当たりにして、アーシュラの理性は今にでも何処かへ吹っ飛んでしまいそうだった。

だが、キイの口からアムイの名前だけは聞きたくなかった。
アーシュラの心の底に、どす黒い何かが蠢いた。

「だめだ、キイ。前にも言った。これ以上俺は何もできないと」
それでもキイはアーシュラにすがった。
「アムイに…アムイに…。俺の気はあいつでなければ受け止められない…。
今だからお前には言おう。だからお願いだ、力を貸してくれ」
キイは徐々に気が治まりつつあるのを感じた。
今回も自分の気力の方が勝った!
キイはアーシュラに気づかれぬよう溜息をついた。
だが、次は無事だとは限らない。
早急にアムイに逢う必要があった。そのためには誰かの協力が必要だった。
キイは潤んだ瞳でアーシュラを見上げた。
先程の自分との戦いで、かなり彼は体力も気力も消耗していた。本当はこうして話すのも辛い。
だが、キイはアーシュラに懇願した。
必死の思いで、キイは長年の友であるアーシュラにすがったのだ。
それは本当に危ういほどの妖艶さを漂わせ、しかも隙だらけで今にも折れそうな風情だった。
アーシュラは自分の衝動に困惑した。
今にも理性が飛びそうだった。
このまま彼を押し倒したい衝動に駆られ、自分の物にしようとしそうなのに愕然とした。
だが、突然ザイゼムの顔が浮かび、彼はありとあらゆる理性の欠片を掻き集め、その衝動を自分の中から追い出した。

「だめだ。俺はお前の願いを聞けない。聞けないんだ」
アーシュラは自分で言い聞かすように声を絞り出した。
その言葉に絶望したキイは、そのまま崩れるようにアーシュラの腕の中で気を失った。

気を失っていたのは、ほんの少しだけだったらしい。
気が付くと、キイは寝台の上に横たわっていた。
傍に人の気配がして、キイは慌てて上半身を起こした。
「あ…」
まだ体調が戻っていないらしく、軽い眩暈がした。
「大丈夫か、キイ」
寝台の横に腰掛けていたアーシュラはキイを気遣った。
ぼーっとしてキイは彼の顔を見た。「アーシュ」
「どういう事だ。お前…アムイとは何かあるのか」
「…情けねぇ所を見せちまったな…」
もうすでにキイは普段と変わらない様子でこう詫びた。
そしてちらりと長年の友を見やると、自嘲気味に言った。
「言ってもお前は俺の願いを受けつけねぇんだろ?」
「……すまない」
「俺の気は普通の気じゃねぇんだよ」
「キイ…」
キイは頭に手をやった。まだ頭がぼうっとしてやがる。
「俺の噂ぐらい聞いているだろ?俺の生まれながらの気は特殊な物で、それを受けられるのはアムイだけだって」
「…確かに…聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)でそんな話は聞いたことはあったが…。
あれ、本当の事だったのか」
アーシュラも確かにその話は耳に入っていた。
二人が今だに二人部屋で過ごしている理由を、勇気ある門下生が訊いた内容だ。
だが、皆はそんなおかしな話、全部信じるわけがなかった。
「俺の流星の異名のいわれなんだよ。たまにこういう人間が生まれてくるんだと。数は少ないけどな」
「…そうだったのか…」
「ま、のことなんて、普通の人間にはよくわからねえ、関係のないものだからな。
修業者じゃなきゃ気を語る奴はいないし。詳しい奴だってそんなにいない。
ま、そう生まれる人間もいるわけよ。世の中不思議な事もあるもんだろ?」
アーシュラは完全にいつものキイに戻っている事に、ほっとする反面、少々惜しい気もしていた。
あの時の彼は、この自分に本当の気持ちをさらけ出していた様に感じたからだ。
「では、アムイもそういう特殊な人間なのか?」
その言葉に、キイはピクっとなった。
そして何か考えあぐねるとふっと笑って答えた。
「うーん。そんな大そうなものではないけど、たまに気を受け取る力を持つ人間もこの世にいるんだよ。
まるで雷のようだと言った方がわかるかな。
難しい話だが、放電っていうの?アースっていうの?
俺が流して受け止める奴が必要って事だ。ま、たまたまガキの頃からアムイが俺を受け止められたんだと。
だから一緒に引き取られたんだよ」
「…金環(きんかん)の気の特徴は…。安定、固定、壮大、受容、寛容…と、言われていたな
アムイがあの若さで、最高級の金環の気を修得できたのは、元々そういう素質があったのか」
キイはしばし黙った後、ポツリと答えた。
「そうだよ」
「……だからお前たちは部屋が一緒だったのか」
キイはアーシュラの様子をじっと見ていた。
普段冷静なくせに、本当は熱い物を持っている男。それをなかなか出さない事に、キイは気づいていた。
そして何故か、自分が絡むとたまに感情的になる。そんな友人をキイは嫌いじゃなかった。
「何だよアーシュ、変な顔して」
アーシュラが何かを考えてるように黙りこくってしまったのをキイはいぶかしんだ。
「ん?変か?」
アーシュラはキイの顔に目線を向けた。
「いや、俺はまた、お前たちの部屋が一緒なのはアムイに原因があるからだと思ってた」
キイは彼のその言葉に固まった。
「何でそう思う?」
キイの声色が変わったのを、アーシュラは気づいた。
「…だって、奴は昔からお前しか必要ないって感じだし、いつもお前があいつの面倒を見ていたし…。
周りは皆思ってたよ。何でそこまでって。
しかもそれを当のアムイは当たり前の顔してお前に甘えてるし…俺にはあいつがお前に依存してるだけに見える」
「……」
「昔アムイが集中して暴力を振るわれたのだってそれが原因のひとつだろ。
部屋だけでなく、寝床も一緒だなんて、変な噂されて…」
いきなりキイが嘲るように笑い出した。
「キイ?」
その笑いは自分に対してなのか、それともキイ自身に向けてだったのか、アーシュラは困惑した。
キイはひとしきり笑うと、暗い眼をしてアーシュラを見上げた。
「……本当だよ」
「え?」
「俺達、いつも同じ寝床で寝ているよ。今でも」
その言葉にアーシュラは衝撃を受けた。
「今…も?」
「お前…何か勘違いしているよ」
キイの声もいつもの声ではなかった。
元々低い声が、益々暗さを帯びて、まるで闇の底から出ているようだった。
「お前達に…俺達の何がわかる?」

キイは搾り出すようにそう言った。

彼の暗い目からまた一筋の涙がこぼれ、苦悶の表情でこう続けた。
「確かにアムイは俺に依存してるよ。でも…。
本当に依存しているのはこの俺だ」
「キイ?」
「俺がアムイに依存しているんだ。お前達にはわからない。
俺の気持ちなんてお前達にはわからねぇんだよ!!」
キイは叫んで頭を抱えた。
全身が震えている。
アーシュラは昔、キイの闇の部分を垣間見た事を思い出した。
その彼が、今再び自分の目の前にいた。

「…俺は…アムイがこの世にいるからこそ、この世に留まっているんだよ。
アムイがいなければ、こんな世界意味がない。
…俺はこの世に存在しているだけで罪悪なんだから」

アーシュラはキイが何を言っているのかわからなかった。
ただ、彼の狂おしいほどのアムイへの思いに打ちのめされた。

「ああ…。嫌だ。もう何年も前に俺は闇を越えたと思っていたのに…。
何で思い出しちまうんだよ、畜生!
全て何もかもアムイと離れ過ぎたからだ!」
そうキイは叫ぶと、発作的に再びアーシュラにすがりついた。

「アーシュラ!もう俺、限界だ!アムイに逢わせてくれ!
お願いだ…もう俺、限界なんだよ!!」
アーシュラは愕然として、自分の愛する男が取り乱しているのを見ていた。
しかもその原因は、自分以外の男のため。

アーシュラが何も答えてくれないのに痺れを切らしたキイは、いきなり立ち上がると部屋から出て行こうと扉の方に向かった。
「キイ、待てよ!」
アーシュラは慌てて彼を追った。
「お前が俺の願いを聞けないのなら自分でやる。
初めからそうしていればよかった。
俺はここから出てアムイの元に帰る!」
そう言い捨てながらキイは扉を開けようとした。
が、扉がいきなり開き、そこにはザイゼムが恐ろしい形相で立っていた。

「陛下!!」
いつからここにいたのだろう?
ザイゼムの顔色で、かなり前から自分達の会話を聞かれていたに違いなかった。

「ここを通せ!ザイゼム!」
キイはいきり立った。
「そんな事、許さん!」
ザイゼムもキイに負けず怒りで応戦した。

「お前は私のものなんだ!勝手な事は許さない!!」

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