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2010年3月27日 (土)

暁の明星 宵の流星 #52

北の大地を駆け抜ける、三頭の馬に跨る人の姿があった。
すっぽりとフードを被り、長いマントを翻し、恐ろしいほどの速さで荒野を走っていく。
しばらくして、途中にオアシスのようなこじんまりとした森が見えてきた。
その森に近づくと、馬は徐々にスピードを落とし始めた。

「きっと暁たちはこの森に寄るはず」
南の大将、ドワーニが呟いた。
「私もそう思うよ」
後ろからついてきたモンゴネウラが彼の横に追いついて言った。

南の王女達一行である。

馬は森に入ると走る事をやめ、ゆっくりと闊歩して行く。
「ねぇ、ドワーニ、暁に会うの楽しみみたいね」
いきなり真ん中にいたリンガ王女が言った。
「お前も会ったことないのか、ドワーニ」
「私は大帝直々だからな、話は宰相から聞いておる。輿入れ時はそなたもついていかなかったんだろ?」
モンゴネウラの問いかけに、ドワーニはそう言った。
「あの時は他の事で手がいっぱいだったからな…。
私も噂の【暁の明星】には興味がある。……もし、あの情報が本当のことなら、奴は東のセドにゆかりのある者じゃないかと思うのだ。お前はどう思う?」
「…宵は推測だが、だいたいの素性の見当はついている。
が、暁に関してはまったくわかってないからな。
ただ、幼い頃から宵といつも一緒だった…という事しか」
二人の会話に、リンガは興味津々で聞き耳を立てている。
「……確かに、宵と小さい時から一緒なら、奴もセド人の可能性は高いな」
ドワーニは独り言のように呟いた。
「東のラムウ=メイ将軍って?」
いきなりリンガがドワーニに尋ねた。
屈強な男達二人はその言葉に顔を見合わせた。
「ドワーニと昔、剣を交えたって言ってたわよね。昔といっても若い頃のドワーニも今と変わらず凄い剣豪だって知っているわ。その貴方と互角に渡り合ってきた武人だったんでしょう?どんな人?」

ドワーニは懐かしむように遠くを見やった。
我が生涯に好敵手は唯一人。東の鳳凰と呼ばれた男。
「奴はとにかく凄かった。あの“金環の気”の次に高位の“鳳凰の気”を操り、風を司る東の覇者だった。
伝説と同じく、正しい王と共に出現するという鳳凰そのもの。
剣もまるでひとつの濁りもなし。常に沈着冷静にて、敵を滅する…。
私はとにかく奴の氷のような美貌を崩したくてしょうがなかったですな!」
「あら、そんなにいい男だったの?」
「身の丈は私と同じくらい大きかったですが、東の美丈夫と言えば、奴が真っ先に思い浮かぶ」
「ははは、ドワーニは何かと奴に、こちらに寝返って欲しいとまで思い詰めていたくらい、入れ込んでたからな」
モンゴネウラが面白そうに言った。

あるところによれば、鳳凰は元々が風の属性の霊鳥であった。それがいつしか、一般には他の伝説の鳥と交わり火の鳥として君臨しているのが有名である。しかしこの果ての大陸の、風を象徴する東の国では、元来の意を取って国の象徴(風神の鳥)とし崇められているのだ。

「だがドワーニの思いも奴には全く届かなかったなぁ。
ま、仕方ない。奴には命より大事な王子がいた事だし」
「む…。まぁ、鳳凰は王の鳥だ。しかも奴はオーンの敬虔な信徒でもあったからな。
まー、固いの何のって。こちらが驚くくらいの仕えぶりだったな…。
しかもその王子が突然王位継承権を剥奪された後も、律儀に彼の傍にいた事が…何とも一途と言うか…」
「王位を剥奪された?セドの王子が?」
ドワーニは彼女の問いに溜息をついた。
「…詳しい事情はわかりませんがね。
ラムウの奴はずっと、王子がセドの神王になるためだけを思って生きてきただけに…不憫でしたよ」

当時、王子が失脚した噂を聞いたドワーニは、対峙していた東の国に何とか赴き、ラムウに自分の所に来て欲しいと、請うた事があった。
王子失脚ならば、王家に仕える意義もないと、ドワーニは思ったからである。
南に行こうという彼を、ラムウはあの、いつもの冷ややかな眼差しで、にべもなく断ったのだった。

(我が心身は全て、未来永劫アマト様のもの。この身が果てるまでそれは変わらぬ)

ドワーニは彼がそこまで王子に忠誠を誓っていたのに驚いた。
確かに彼の王子はセド王家の中でも抜きんでいた。
が、王子が王家を追放され、ただの人になってまでも忠義を尽くすとは思っていなかった。


「ふうん、滅んだ国にも色々事情はあったようね。
で、そのラムウって、アムイと関係ありそう?」
「王女…。貴女様はこの間の大帝とのお話をどこかで聞いてらっしゃったんですか?
全く、勘の鋭いお方だ」
ドワーニは困った顔して頭をかいた。
「……実は当時、風の便りで奴には息子がいる、と聞きましてな。
暁の名前を聞いて、その事を思い出したんですよ。実は」
「じゃ、ドワーニが暁に興味を持ったというのは、その事を確かめてみたかったからなのね」
「そうです。ま、暁がラムウに関係あるのであれば、興味深い事になりますな。
ラムウも王子の傍にまるで影のようにぴったりとくっついて離れはしなかった…。
宵と暁。そう考えるとこの関係も面白いと思いませんかね?」

その南の者達の半日ほどの時間差で、アムイ達もやっと中間地点の森に到達した。

「これで少しは休めるかな」
馬上でサクヤはほっとして肩の力を抜いた。
「ま、油断大敵は確かじゃろうが」
昴(こう)老人は森を見渡しながら呟いた。

全員はしばらく森を進んだ後、丁度いい大木を見つけ、ここで野宿する事に決めた。
「ま、この小さい森には小動物しかいないって土地の人に言われたけど、狼の類が徘徊する可能性も捨てちゃ駄目ね。気を引き締めるのには変わりないわ。野宿だし」
シータはそう言いながら、馬を降り、小柄な昴老人を軽々と降ろした。


もうすでに夕闇は迫っていて、綺麗な茜雲が木々の合間を染めていた。
五人は焚き火を囲み、早めに夕食をとった。
食事も終わる頃、少しぐらいならと老人が持ってきた珍酒をちびちびと男衆は楽しんでいる。
とにかくアムイとサクヤは、昴老人がシータと共に現れた事に、とても驚いていた。
「本当にびっくりしましたよー。ご老人がシータと現れた時には」
またもや少々お酒が回ってるらしいサクヤは陽気に老人の肩を叩いた。
「サクちゃん!もうっ!
申し訳ありません、老師。
この方は北の国、北天星寺院(ほくてんせいじいん)の最高位である、昴極大法師(こうきょくだいほうし)様なのよ!
丁重にって言ってるでしょ!」
「まあまあ、シータ殿、そう堅苦しくしなくても。
それにわしはもう隠居する身じゃ。最高位はすでに次僧位である饗笙(きょうしょう)法師に任してある。
今のわしは気まぐれな旅の爺じゃ。遠慮されると楽しめないわい」
と、昴老人はかっかっかと高らかに笑うと持参した酒を呷った。
「でしょ!?ですよねー、ご老人!さすが話がわかるー♪」
またこいつ、もうすでに危ないんじゃないか?と、アムイはやけに明るいサクヤを横目で見た。
ま、最近はこんな楽しそうなあいつも久しぶりだ。放っとくか。

「それにしても、シータ、何故爺さんを連れて来たんだ?」
イェンランの騒動で、詳しい事情を聞きそびれてしまっていたアムイは、杯を片手に隣のシータに聞いた。
「昴老師は、前聖天師長(ぜんしょうてんしちょう)様と旧知の仲なの」
「え…」
「アンタを育ててくれた、聖天師長・竜虎(りゅうこ)様が、自分亡き後について、老師様にアンタ達二人の事を頼んでいかれたんですって。
で、キイの四年もの行方が分からない経緯を聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)に報告したら、昴老師を連れて行きなさい、って」
「爺さん……只者じゃないと思ったが、竜虎様と知り合いだったのか…。只の僧侶にしては気配を殺すのが上手すぎると思ってた」
老人はまたかっかと笑うと、アムイに酒を注いでやった。
「竜虎とわしは若い頃、お前達のように【風雷の双璧】と呼ばれて大変モテたものじゃ。
わしは今はこんな爺だがな。若い頃はチビだがそりゃー精悍での。背の高いしゅっとした男前な竜虎と共にその名を馳せたもの。ま、そんな縁で、わしはお前達を見守っていた、という事なのじゃよ」
「……デコボココンビ…」
ポツリとシータが呟いた。
「何?」
昴老人が目を細めてシータを振り向いた。
「いえ…、むかぁし昔に、そう聞いた事がありまして」
にっこり笑うシータにむっとしながらも昴老人はアムイに向き直った。
「して、アムイ。お前さんは本当に大きくなったなぁ…」
「まさか…俺の子供の頃を知ってるのか?爺さん」
「ふぉっふぉっふぉっ…。知ってるも何も、キイの気を常に流れ易くしたのはこのわしじゃ」
「キイの気!!」
アムイは驚いた。キイから話は聞いていた。
自分の不安定な気をコントロールする為に最高位の賢者に流れを良くしてもらったと。
「ではあんたは…」
昴老人の代わりにシータが答えた。
「老師は賢者衆のひとり。気術の権威でもあるのよ」
「竜虎は武術の権威じゃったが…。まあ、そういう専門分野の最高峰が集まるのが賢者衆なのじゃな」

キイの気は特殊な気。
予想不可能な動きをするため、小さい時から彼は苦しんできた。
誰もが持っている気とは、すなわち生命エネルギーでもある。
それに加え、気術を修得したものが扱える気は、それぞれがエネルギーの特徴を持っていて、自然界の力を借り、操れるもの。普通は己の気と融合させながら修得していくので、気自体が制御不能に陥るというのは稀であるのだが…。
キイの場合は元々持っている気が特殊なら、己の気の流れを自分で制御できない体質だった。
稀にこういう人間は生まれてくる。
元が特殊な気でも、己でコントロールできるのなら何の問題もない。いや、普通は自分の生命エネルギーだ、自己制御の必要なんかない。
「キイはその“気”を自分で制御しやすくさせるために、また、流れをよくするために、わしは何箇所か流れの道を作ってやった。そうしなければ気も血液と同じ、流れが悪ければ、身体の巡りも悪くなる。特殊なら尚の事、かえって流れを良くすることで、奴の身体への影響はいい方に向かうからな。それはお主もわかっておるじゃろ?」
「ええ…」(そうか…爺さんがキイを)
「で、何故わしがここに来てお主らの前に現れたかというと、わかるな、アムイ。
そのような状態のキイが、簡単とはいえ一箇所気を封印された。それは流れを一箇所塞き止める事と同じ。流れを悪くしたという事だ。どういう事態になるかわからん上にキイの気を受け止めてやるお前と離されている。しかもかなりの歳月じゃ。……最悪な状態をわしは危惧している、ということだ」
「……わかっています…。俺もずっとその事ばかりが…」
アムイはじっと自分の杯に映る己の姿を見ていた。

本当はキイの事が心配で仕方ない。
彼がいなくて熟睡できない上に、彼の事を思うとアムイは益々眠れない。
この四年以上もの間、浅い眠りを細かくとる事しかできない、狂おしい夜をアムイは耐えてきた。
その狭間に見せ付けられる過去の記憶。
それが最近どんどん増えてきている気がする。 
しかも…この間には自分が閉じた昔の記憶まで顔を出すようになった。
ああ…。でも。でも。
アムイは自分の中に蠢く闇と向き合う覚悟がまだついていなかった。
暁の明星、とまで異名を頂いてる自分のくせに、あまりの情けなさに消えてしまいたいくらいだった。
どうしても。闇の箱を開けられない。
…あの日の事を思い出そうとする度に、想像を絶する恐怖がアムイを襲う。
百戦錬磨と、猛者だと言われたアムイ。向かう所敵なしと言われた自分が、過去の傷に足が竦み、恐怖で逃げ出したいくらいだと、誰が信じるであろうか。
しかも情けない上に、泣きたくても涙も出やしない。

アムイは自嘲するように笑うと、自分の姿が映った杯を飲み干した。

シータは二人のやり取りを、口を挟まず黙って聞いていた。
その目に揺らぐものを誰も知らない。彼はそっと杯に口を寄せた。


「はれぇ?イェン、何やってんのぉ?」
会話に入ってこないはずだ。サクヤの呂律がもうすでに回っていない。
イェンランはとっくに食事を済ませて宴会の席から外れ、何やら木を切ったり長さを見たりと、工作している。
「んー、ちょっとね…」
そう呟くとそれっきり、作業に夢中になっている。
「イェンもお酒、飲めればよかったのにれー」
赤い顔してサクヤはそう機嫌よく言うと、そのまま横になって寝てしまった。


それからしばらくして、アムイは散歩してくる、とシータに告げて、ふらふらと真夜中に森をうろついた。
アムイにとって、猛獣は恐れるるに足らず。つまり夜半に森をさまよっても何も問題がないのだ。
少し歩いていくと、木々の狭間から小さな湖が顔を現した。
アムイは木枝をかき分け湖畔に出た。
しっとりとした静寂が漂う。
しかも今夜は大陸では珍しい月が雲の合間から見え隠れする。

大陸では月は女性の象徴だ。
いろんな言い伝えや、解釈があるが、とにかくこの大陸では月、といったら女であり、母の象徴だ。
それが不思議な事に、女の数が減り続けてから、大陸で月は滅多に見えなくなっていた。
今では年に数回、こうして顔をちらつかせるだけだ。

アムイは溜息をついて、水面に映える月の姿を見やった。
そして近くの木の下に座ると、再び雲の中に姿を隠そうとしている月を見上げた。

月を見ると、母を思い出す。
自分の中の記憶の母は、いつも穏やかに微笑んでいた。
幸せそうだった。
優しいだけでない、その中にある一本芯が通った強さ、潔さ。
母は父の隣で、まるで月のごとく、幸せに輝いていた。

(アムイ、キイ様から離れちゃ駄目よ。キイ様の傍にいてね)
母の口癖だった。
(すまない、母さん。俺、母さんとの約束を守っていない…。
もうずっとキイと離れたままだ…)

悲しくなってアムイはそっと目を閉じた。
そしてそのまま浅い眠りに入っていく。
狭間に流れてくる記憶の渦を感じながら。

その彼の近くに、一つの人影が近寄っていた。
それは遠目で彼の姿を確認すると、おもむろに火を取り出し、小さな蝋の芯を燃やした。
ゆったりと揺らめく小さな炎と共に、甘く魅惑的な香りが辺りに漂ってきた。

人影は、そっとその蝋燭を風下に置くと、音を立てずに移動した。

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