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2010年3月29日 (月)

暁の明星 宵の流星 #54

「痛い!!」
リンガは突然の事で驚いて顔を上げた。
「な、何?今の?」
すると、また、何か小さい物が彼女目めがけて飛んできた。

パシッ!  今度は右腕だ。
「いたっ!」
リンガは痛みを庇おうと身体をかがめようとしたが、今度は反対側の肩の方に何かが当たった。
その正体がわからぬ恐怖と、益々激しくなっていく攻撃に、彼女は慌てた。
「いやぁ~!何これ!やめて!やめてよ!」
その彼女の様子にアムイは驚いて周囲を見回した。
(…小石?)
ふと手元を見ると、小さな石粒が何個も転がっていた。


「すっごい!イェン!君こんな特技があったわけ!?」
サクヤは興奮して、狙い定めて石を弾くイェンランを讃えた。
「さっき作っていたの、ぱちんこだったんだね!」
「ちょっと、これはおもちゃじゃないのよ!スリングショットっていう武器なんですからね!」

イェンランは、Y字型の棹にゴム紐を張り、石とゴム紐を一緒につまんで引っ張り手を離すと、それが飛んでいくという仕組みの道具を、懸命に作っていたのだった。ま、本当は小石なんかじゃなくって、もっと殺傷能力のある弾がいいのだが、今は贅沢を言っていられない。
「剣の腕はないけど、これなら実は百発百中なのよねー。小さい頃から兄さんに仕込まれたから」
「ほんと、すごいよ!こんな暗闇で凄い命中率だ」


アムイはこの隙に、簡単な気を凝縮させると、手錠の鍵を壊した。
(一体、誰が…?)
立ち上がって、小石が飛んでくる方向に目を向けたアムイは、そこにイェンランとサクヤの姿を発見した。
(やるじゃないか、イェンラン…)
思わずアムイは口元が緩んだ。
そしてとうとう、容赦なく当たる小石に観念したリンガに泣きが入った。
「いやぁ、もうっ!助けて!モンゴネウラ、助けてよぉ!」

アムイは突然の殺気に体を強張らせた。

ザザザザーァ!!!!

近くの草場に突風が吹き荒れたかと思われた。
アムイは尋常でない気配に遠くにいる二人に叫んだ。

「逃げろ!仲間がいる!!」
アムイは素早く剣を抜く。
ぎらりとした銀の刃先が大きな音を立てて交わった。

ガキーン、カキーン!
何度か刃がぶつかる音がしてアムイは相手の剣を受けてたった。


取り残されたリンガ王女は大声で叫んだ。
「モンゴネウラ!」
その瞬間リンガの元に、身体の大きな男が駆けつけた。
「あっち!このわたくしに何かぶつけたの!あっちの方から飛んできたのよ!」
その声に、傍らにいた大男はゆっくりサクヤ達の所に向かうと、おもむろに剣を抜いた。
サクヤとイェンランは息を呑んだ。
先程の月はもうすでに雲隠れしていたために、辺りは星明りだけでかなり薄暗い。
シルエットであろうが、その大男の気迫で、只者じゃない事が二人にもわかった。
サクヤは短剣を構えた。かなり実践をくぐり抜けているサクヤでも、相手はかなりの使い手のようだ。一抹の不安がよぎる。
「イェン、君は逃げてシータに知らせてくれ」
「でも、サクヤ!」
「いいから!」

アムイは自分の相手を薄暗い中で観察していた。
互いに顔はわからない。並以上に背の高い自分よりも、相手は頭ひとつ分も大きい屈強そうな男だ。
しかもかなりの使い手。アムイは苦戦していた。
「【暁の明星】とは、お前か」
何度目かの剣を受けた時に、男は言った。
「そうだ」
「そうか。なかなかやるな」

キーン!

闇夜に刃のぶつかる音だけが異様に響く。アムイは神経を集中させた。

突然、相手の男が気を凝縮し始めた。
「!!!」
それは紅蓮の色の“気”だった。
アムイが放つ、金環の気の色とは違う赤だ。

(これは“煉獄の気”!地獄の浄化の炎の“気”か!)

アムイは久々に波動攻撃を使う相手に遭遇した。
しかもかなりの高位の気の修得者。
アムイも負けていられない。彼も気を凝縮させていく。
凝縮が極まれば極まるほど、瞳の色が赤く染まっていく。
互いが凝縮した気はどんどん大きくなり、湖畔の周辺が2種の赤で染まっていく。

ゴゥーン…!
鈍い音と共に、周辺の木々がなぎ倒された。
なんと炎を司る“煉獄の気”は、アムイの“金環の気”に吸収され、木々を燃やさずにすんだ。
それに感嘆した相手は、アムイに名乗った。
「私は南の大将ドワーニ=ラルゴ。さすが“金環の気”、恐れ入った。
だが、暁。まだまだ剣はどうかな?」

サクヤもかなりモンゴネウラ相手に苦戦していた。
確かに短剣だと分が悪い。
それでもサクヤはだてに一年、【暁の明星】の傍にいた訳じゃない。
剣の差は体の動きで何とかカバーしていた。
だが、相手の力の大きさに、段々息切れしてきたのは確かだ。

再度、アムイとドワーニは剣を交えた。
二人はあちこちと移動しながら、剣を交わす。両者一歩も譲らない。
キーンと剣が鳴り、互いが近くに寄った時、ドワーニはアムイに言った。
「お主、ラムウ=メイは知っているか」
(ラムウ…!)
アムイはその名に動揺した。
そのアムイの変化を鋭くドワーニは察知した。

カキーン!

再び二人は離れた。
だが、アムイのその一瞬の隙を狙い、ドワーニはすぐさま反撃し、アムイの腕に傷をつけた。
「だめよ!アムイを殺しちゃいや!!」
思わずリンガは叫んだ。
傍から見ていてそれくらい、アムイの様子が乱れていた。
(ラムウ!!)
その名は何故か、アムイの息を乱した。心臓が早鐘を打っている。
ドワーニは再びアムイに剣を構え、思いっきり振り下ろそうとした。
その時、今まで隠れていた月が、いきなり雲間から姿を現した。
ぱあっと辺りが明るくなり、月の光に照らされて、そこで動く人間達の姿をくっきりと浮かび上がらせた。


「………の太陽…」
月によって明白になったアムイの顔を見たドワーニは思わず呟いた。
アムイの動揺が益々激しくなった。
ドワーニは驚きの眼(まなこ)でアムイを見たが、振り下ろされた剣の勢いは止まらない。
(避けられない!)
アムイは焦った。急いで逃れようとするが目前に刃先が迫ってくる。

ガキッ!!

寸での所で、ドワーニの剣をシータが受け止めた。
「アムイ!しっかりしなさい!!」
シータは華麗な剣さばきでドワーニを圧倒した。
動揺したのはドワーニも同じだった。
先程までの勢いは何とやら、彼も“気”に乱れを生じていた。

モンゴネウラも、サクヤと対戦途中にイェンランが参戦し、急所目掛けて飛んでくる弾に手こずっていた。

「二人とも!!もういいわ!とりあえずここは撤退しましょう!」
仲間が増えたのと、屈強な二人の苦戦を見て、たまりかねてリンガは叫んだ。
その声に二人はさっと潮が引くように退いた。
彼らはリンガを抱えるとあっという間にアムイ達の前から姿を消した。

残されたシータ達は激しく息をしながら、ドワーニ達が去っていった方向を呆然と見ていた。

だがアムイの様子がおかしい。
ただ一人、彼だけは頭を抱え、その場にうずくまっていた。

「ねえ、どうしたの?二人とも。…そんな変な顔をして」
リンガ達はアムイ達よりかなり離れた場所で一息ついていた。
「え…ええ」
ドワーニもそうだが、モンゴネウラまで何だか煮え切らない顔をしている。
「…で?どうだったの?アムイはあのラムウとかいう将軍と何か関係ありそうだった?……ねぇ、何だか変よ、アムイに会ってから」
その言葉にドワーニが遠慮がちにリンガに問うた。
「……初めて奴の顔を見ました。…奴は…その…本当に【暁の明星】なのですか?」
「何言っているの、間違いないわよ。彼がアムイ=メイよ」
二人は顔を見合わせた。
「どうしたの?」
「いや…。あの男は…ラムウというよりは…」
「お前も思ったか」
モンゴネウラがドワーニの言葉を受けた。
「ああ」
と言って、ドワーニは唾を飲み込んだ。
「どういうこと?」
リンガは苛々して二人をせかした。
王女の様子に二人は意を決したらしく姿勢を正した。

「いや驚いた…。奴はラムウではない。
………セドの太陽に似ている……」

「兄貴!どうしたの!?大丈夫?」
サクヤが慌ててアムイの元に駆け寄った。
アムイはずっと頭を押さえている。
脂汗が恥ずかしいほどどんどん出てくる。
胸が早鐘を打ち、今でも破裂するかと思うくらいだ。

(ラムウ!ラムウ!!)
その名前が何故かアムイを脅かした。
そしてドワーニの言った名前…

セドの太陽・‥…━━━

頭がぐらぐらする。その名前を他人から聞いたのは、あの日以来だった。
…そうだ。自分が眠れなくなった、涙が枯れてしまったあの時以来……。


「セドの太陽?」
リンガは首をかしげた。
「はい、ラムウが仕えていた王子の異名です」
「セドの王子?あの失脚したっていう?本当に??」
ドワーニの言葉を受けてモンゴネウラは記憶をたどるように呟いた。
「…セドに太陽と賞賛された王子あり…。ラムウがずっと守っていた王子です。
直に見れる機会が私達には何回かありまして…。ラムウと共に手合わせした事が。
しかし…。まさかこんな事が…」
「ああ。瓜二つ、というのではないが…。あの顔立ち、佇まい。どちらかと言うとラムウよりはセドの太陽…。
いや、暁はセドの太陽によく似ている……」
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはリンガだった。

「では、アムイは…。その王子の子だという事の方が可能性が高いって訳なのね?
………という事は何?アムイはセド王家の生き残りだっていう事?
彼はただのセド人でなく、滅んだ王国の……最後の王子……」

「アムイ、しっかりするのじゃ。気を確かに持て」
いつの間にかアムイの傍に、昴老人がやって来ていた。
アムイは震える手を頭から離し、ゆっくりと昴老人の方を見上げた。
顔面蒼白に、周囲の皆は驚いた。
今まで動揺した彼を見た事はあったが、ここまで追い詰められた顔をしているのは初めてだった。
「兄貴、どうしちゃったんだよ、いきなり…」
サクヤが心配してアムイの肩に手を置き、持っていた布で汗を拭った。
いつもなら振り払うアムイも、その気力もないらしい、彼にされるがままだ。
アムイは荒い息を整えようと懸命に短く深呼吸を繰り返している。
「ほら、アムイ、これを飲め。気が落ち着く」
と、老人は懐から小さな瓶を出すと、アムイに渡した。
彼はアムイが徐々に落ち着くのを見計らって、こう言った。


「お主…。もういい加減、自分の存在を認めたらどうなのじゃ」
その言葉に、アムイの身体は凍りついた。
「お主を苦しめている、闇。お主が抱えている闇の箱。
……もう限界ではないのか?
もうそろそろ事は明白になる時期になったのではないか?」
「な…何を言ってるんだ、爺さん…」
アムイは弱々しく笑った。
「お主自身ももうわかっておるのじゃろ?もうこれ以上、抱えているのが困難になってきている事を」
「全く…。何を言ってるのかわからねぇや…」
「アムイ!まだ逃げるのか。……それではキイが可哀想じゃ…。
……キイの存在が知れ渡る事、すなわちお前の存在も明るみになる事。
もう立ち向かう時がきているとわしは思うぞ、アムイ!」
アムイはキイの名前を聞いて、苦悶の表情を益々歪めた。
「それは周りだけでない、己自身と向き合う時が」
昴老人は息を吸い、アムイにゆっくりとこう言った。


「アムイよ。もうお主は己自身から逃げられない。
セド王国第五王子、アマト=セドナダを父に持つ、セド王国最後の王子よ。
今こそ自分の現実を認めよ、アムイ」

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