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2010年3月

2010年3月30日 (火)

ご連絡です(第8章について)

Amuikii_2

毎回、リアルで遊びに来てくださっている方に心から感謝します。
お陰さまで第7章も無事に終わりました。

そこでご連絡です。
前にもつぶやきで書きましたとおり、次の第8章は特例でして、今までとちょっと更新状態を変更いたします。

実は次章は、ポーンといっきに過去に飛んでしまうので、主人公達が途中まで出てきません。
本当は簡単に説明して、番外編か何かで詳しく描こうかと思っていた内容です。
ですが、主人公を語るのにやはり必要かと思いまして、8章まるまる過去のお話になります。
なので次章、二人の父親が中心の話となりますので、書き溜めて一気に更新という事にさせていただこうと思います。
次回更新の目安は4月12日前後を予定しています。
毎回遊びにきていただいてる方、本当に申し訳ありませんが、それまでお時間を頂きたいと思います。
特にブックマークしてくださっている方、次回更新時は目次をご確認していただけると助かります。
二人が登場してきてから、更新状態を元に戻したいと思っています。

と、ご連絡はここまででして、ここからはちょっとつぶやきが加速しますので、あまり興味ない方はスルーをお願いします。


♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪


やはり平日は毎日更新できない事もあって、休みの土日に2回づつ更新するのが多かったですねー。
ですが先日の休みは急な発熱、現在歯痛でコンデション最悪。
でも更新したいというジレンマの中での7章でした
やっと中章部分が終わりに近づき、今までの読みまとめましたが、一言言って恥ずかしい、です
ぶっつけ本番なので、手直しが多すぎます。ぐだぐだしすぎ。
ですが、ここまできたのは自分を褒めたいです。ここまで小説を書いた事、本当になかったもので。
こんな作品なのに、お付き合いくださって本当にありがとうございます。

もう少しで最終章になりますのでもうしばらくお付き合いくださると嬉しいです。


と、実はこのあいだ熱にうなされながらも止まらなくて、落書きしてました。
キイがどうしても自分のイメージの絵にならなくて悔しかったのですが、やっと一番近いイメージに描けたので、ちょっと公開(笑)
Rakugaki3

一番最初に出来たキャラなので、自分の中では思い入れが深いです。アムイはやっとここにきて可愛くなってきた(笑)
こうした落書き、ちまちまとmixiの方に載せておりますが、小説として書いているここでは、あまり画像を載せると読んで下さってる方のイメージを壊してしまうかもしれないと思って、アップしませんでした。(下手な絵だし)
もう少し書き溜めたらどこかに落書き帳コーナー作ってまとめようかな…。
それよりも設定書を何とかしないと、とは思っています。

で、次回のセドの太陽のお話なのですが…。
(次章の話なので、知りたくない方、スルー推奨

次回はほとんどがどろどろの愛憎劇か恋愛ものか、ダークな部分があるお話かもしれないので、ちょっと気持ちをそちらに合わせます。苦手な方には大変申し訳ない。一応ファンタジーなのに…。
人の闇の部分を書くのも難しい所ですが、何でも挑戦、という事で、あまりエグくしないように展開しようとは思っています。とことんやっても面白いと思いますけど…。

毎回子供達に色々話しかけられ、答えながら、その隙間にちまちまと書いています(汗)
それ以外は明け方に書いていることが多いです。
今もですが、自分はかなりの遅筆。
それが何とかこうして打つのが早くなったのは、リハビリされているようで嬉しいです。

で、二人のお父さん、アマト王子

Photo
第8章は彼を中心に展開し、その後、アムイとキイの子供の頃へと展開する予定です。
それから、9~13章の最終章に入ります。
果たして上手く収まるか、まだ一抹の不安はありますが、是非完走したいと思います。


次回の目安までしばらく更新お休みします。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
本当にお疲れさまでした。 o(_ _)oペコッ

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暁の明星 宵の流星 #55

「違う!俺は王子なんかじゃない!」
昴老人の言葉に反してアムイは叫んだ。
「アムイ…」
「王族名簿には俺の名前なんて刻まれていない。
確かに父さんはセド王家の人間だったかもしれないが、俺は違う!
俺は王家とは関係ないんだ!」


アムイと昴老人の会話を聞いていたシータが、恐る恐る二人に割って入った。
「…あの…老師…。この話って…我々が聞いていて大丈夫なのでしょうか?
……内容からすると…アタシ達が聞いていいレベルの話ではないような気がするのですが…」
「いや、今ここにいる者は全てが天の采配。そなた達はアムイの味方じゃ。何も問題ない。
……それに、この事を知ってもらう事は、これからのアムイ達には大変な力となるじゃろう」
昴老人は深い溜息をついた。
サクヤもイェンランも、思いがけないアムイの素性に、ただ息を呑んで見守っている。
昴はアムイの近くに寄ると、彼と同じ目線になるようしゃがんだ。
「アムイよ…。確かに石版には主の名前はない。だが…、そなたがセドの王子の血を引くのは事実。
王族名簿に名はなくとも、お主がセド王家の直系という現実は隠す事はできないのだぞ」
だがアムイは震える唇で、昴老人にはっきりと言った。
「その王子が禁忌を犯し、王家を追放された…後に生まれた子だとしても?」
「アムイ…」
アムイはこのような感情の高ぶりにさえ、決して潤む事のない乾いた自分の目を恨んだ。
「俺が王家の石版に名がないのは、父さん…セドの太陽が禁忌を犯し、王位を剥奪され追放されたからだ」

アムイの脳裏に、キイの寂しげな横顔がよぎった。

「俺は許せないんだよ。……たとえどんな理由があったにしろ…。
父さんがキイの母親にした事を…許す事はできないんだ!」


(父さんが、大罪人?)
(よせよ、ソウ。まだチビだから話したって意味なんかわからないさ)
小さいアムイは、もうすでに思春期を迎えていたキイの従兄弟だというセドの王子達に呼び止められ、とんでもない話を聞かされた。
(どういう事?なんでおれの父さんが罪人なの?)
彼らは卑しい笑いを浮かべると、アムイをなぶるようにこう言ったのだ。
(お前の親父はとんでもない事をやらかしたのさ。神を冒涜したんだ。ぼ・う・と・く!わかるか?
お前の親父は神聖なる巫女だったキイの母親を暴行してキイを産ませたんだ。
本当は死にも値する大罪なのが、神の血を引く王家の人間だという事で、追放されただけですんだんだぜ)
(ぼ…うこう?)
(おい、わかるわけないじゃん。まだ子供がどうしたらできるかもわからないチビに)
彼らはそう言ってまだ小さいアムイを嘲った。
(とにかくキイはお前の親父の子供なんだよ。お前とは血が繋がってるって、知っていた?)
その時、烈火のごとく怒り狂ったキイが彼らに突進してきた。
(貴様ら!アムイにそんな話、するんじゃねぇ!!)
その剣幕にキイよりも年上の王子達は、半分笑いながら早々に退散した。
キイは怒りで身体が震えている。
(キイ…)
はっとしてキイはアムイを振り返った。
(今の話、本当なの?キイはおれのお兄さんなの?)
(アムイ!)
キイはアムイを抱きしめた。
その時の彼の悲痛な声が今でも忘れられない。
(お前はそんな事、知らなくていい!知らなくていいんだ!)


「禁忌を犯して儲けた子供と、大罪を犯しておきながら別の女との間に子供を作った父親。
そんな父親が王家の血を引くからって、俺達が罪人の子であるのは、血筋と同様に事実だろ?
そうさ、父さんがした事は、紛れもない事実。それはキイの存在が全てを語っているじゃないか。
それは消す事ができない、これこそが現実だと、爺さんは思わないか?」


セド王国は禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて、一夜にして滅んだ………。

そうだよ。
だから滅んだんだ。
だから母さんは血の海の中で息絶えたんだ。
だから神は父さんを許さない。
……俺達の事も、俺達が王家の子だという事だって、きっと許すはずがない。


サクヤ達はアムイの苦悩を目の当たりにして、その場を動く事ができなかった。
息苦しい、重い空気がその場を支配していた。

(キイとアムイが…兄弟…)
イェンランは胸が詰まった。
確かにそう言われてみれば、まるっきり正反対なのに、どこかしら二人は似ている…。
二人の切れない絆はここからくるものなのだろうか?


だがアムイはその事については本当は考えたくなかった。

血の繋がりなんて、俺達には何の意味も持たない。
現実を突きつけられ、かえって煩わしいだけだ。

…母は違えど、同じ父を持つ俺達…。
その現実は哀しい事に、父が犯した罪悪を思い起こさせる。

アムイにはキイの存在だけ。

彼の魂だけが自分の世界の全て。

本当にそれ以外、自分は必要じゃない!

キイもそうだ。
彼もまた、アムイの魂、アムイの存在だけが全てだった。
血の繋がりなんていらなかった。

自分がこんなに流動的なのも、不安定なところがあるのも、
全て自分の生まれのせいだった。

彼にとって親と認めていたのは、自分をこの世に生み出した母親だけ。
種のもとなど関係なかったし、興味なんてなかった。


キイもその事実については考えたくない。思い出したくない。
アムイが苦しむのを見たくなかったから。

だけど事実はそこにあった。紛れもないその事実。

それでもキイにとってはアムイの魂が、差し伸べられた手が、互いの“気”の交歓が全てだった。

(ねぇ。見てごらんよ!外の世界はこんなに綺麗だよ!
君と同じくこんなに綺麗だ!)
そう言ってこの世を漂っていた自分に手を差し伸べ捉まえた小さなアムイ。
この時からキイはこの世界にいようと思ったのだ。

だからあの日が来るまでは、その事実はあれ、二人には幸せな時だけが過ぎていったのだ。

この現実を目の前に突きつけられ、アムイを恐怖と絶望に追い込み、自分は越えなければならない試練を与えられ…心の地獄に陥れた、あの日が来るまでは。

キイは己が犯した心の闇を、アムイのために越える決意をしたのは、それからかなり経ってからだが、ズタズタに引き裂かれたアムイの心は戻らなかった。
彼は毎夜、迫り来る恐怖に脅かされた。
目を閉じる度、封印した記憶が暴れ始めるのだ。
その度に小さなキイは苦しんだ。それでもぎりぎりの所で、アムイを失わずにすんだ事を喜ぶ自分がいた。
次は自分がアムイを救うんだ…。
キイはそうして毎夜アムイの傍から離れはしなかった。
己が持つ癒しの力なら、もしかしたら彼の心を取り戻せるかもしれないと信じて。


アムイもまた、あの日を封印してから、自分が他人に心を開く事ができないでいた。
彼にはキイしかいなかった。
キイの傍なら安心して眠りにつく事ができた。
本当は知りたくもなかった。
人の醜さ、業、全ての忌み嫌う負の感情………。憎悪、妬み、愛憎、狂気。
まだ何も知らなかった純真無垢な自分に襲ったそれらの闇の襲撃は、彼のトラウマとなり、大人になった今でも苦しみ続けている。

だからアムイには、自分の片割れであるキイしかいらない。
このままキイが傍にいれば、他の人間なんて自分にとって必要ない。
現実を全て封印し、なかった事にしたかった。


だけど………。

アムイは暗い瞳を宙に漂わせた。


……俺はそう今まで思って生きてきた。
キイと離れてしまうまでは……。

だが、実のところ、本当はこのままではいけないと、半分心の底では感じていた。
俺はキイに甘え、目を瞑っていた。
それがキイの存在が自分から離された事で初めて、自分の闇に焦燥を感じたのだ。
なのに不甲斐ない俺は、まだ往生際悪く逃げ回っている。
……父さんに全て押し付け、あの時の闇と恐怖を封印した箱を抱えながら……。

「アムイよ。お主の言う通りじゃ。お主の父のした事は紛れもない事実。
決して消せぬ現実じゃ。
……だがわしは、お前が失ってしまった…いや、己が封印してしまった記憶がどうしても気になる。
18年前のあの日。セドの首都が一夜にして壊滅。そして国は半壊にして崩壊…。
生き残ったお前達。
何が起こったのかは…竜虎に聞いて大体の状況はわかっておる。
何が起きて壊滅したのかはな。
…だが。キイも口を閉ざす、お主も心は閉ざす。あの日、一体何があったというのじゃ。
お主を苦しめ続けている心の傷。本来のお主を封印してしまったほどの体験。
……ここのまま放っておく訳にはいかないと、わしは思うのじゃよ」
昴老人の声は限りなく優しく、心からアムイを心配しているとわかる。
「のう、アムイ。わしはお主の父に何度か会って話をした事がある。
……お主が父を許せない気持ちもわかるが、ならば記憶の中の父はどうじゃった?
大罪を犯すに似つかわしい人物か?それともそれすら忘れてしまったか……」

アムイはじっと昴老人の話を聞いていた。

自分の中の、父の記憶。

わかっている!
だからこそ辛いのではないか。
優しくて、そこにいるだけで、周りを明るくさせる、本当に太陽と呼ばれるにふさわしかった父。
日の光のように、自分を温かく包み込む腕の中が大好きだった。

だからこそ、許せないのではないか。
父のした事。父の存在。…父の記憶。


昴老人は遠い眼をして何十年も昔に思いを馳せた。
もし、過去を垣間見える術がこの世にあるのなら、昴はそれで過去の真実をを知りたいと思う。
「どの歴史でもそうじゃが、周りが把握している事実と、中の真実にズレがある事もある。
特にその出来事に関わった人間の内情ほど、当事者でなければわからないものじゃ」

セド王国に、太陽と称された若き王子がいた。
彼は第五王子であったが、次の神王となるべくにふさわしい全てを持っていた。
現神王も、国民も、皆が待ちに待っていた期待の王子だったのだ。

なのに何故それほどの彼が禁忌を犯し、王位継承権を剥奪され王家を追放されたのか。

王国の存続のため、大罪を犯す必要があったのか…。


その証である背徳の王子は神の秘宝を握るとされ、今は他国の有力者の野望の対象とされている。
一夜にして王国が滅ぶほどの力を持つ、神の秘宝。
セドの太陽はこの力を手に入れるために大罪人となったのか。

では、その大罪人の血を引くアムイは何なのだ。
彼もキイと同じく背徳の王子であるのか。

それはセドが滅し、真実を知る当事者もこの世にいない今、全ては闇に葬られている。

それはもう、生き残った二人でさえも永遠に知らされることはない、ただ事実だけがそこに存在しているという、遠い過去の出来事。


神の子孫である神王を頂く大陸最古の民族セド。
その王国は28年前、国の存続の為に禁忌を犯し、神を裏切り、神の宝を奪った。
怒り狂った神は、その後一夜にして王国を壊滅した。

だが神は、その証といえる二人の王子を何故かこの地に残した。

この今も荒れ狂う動乱の大地に…。


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2010年3月29日 (月)

暁の明星 宵の流星 #54

「痛い!!」
リンガは突然の事で驚いて顔を上げた。
「な、何?今の?」
すると、また、何か小さい物が彼女目めがけて飛んできた。

パシッ!  今度は右腕だ。
「いたっ!」
リンガは痛みを庇おうと身体をかがめようとしたが、今度は反対側の肩の方に何かが当たった。
その正体がわからぬ恐怖と、益々激しくなっていく攻撃に、彼女は慌てた。
「いやぁ~!何これ!やめて!やめてよ!」
その彼女の様子にアムイは驚いて周囲を見回した。
(…小石?)
ふと手元を見ると、小さな石粒が何個も転がっていた。


「すっごい!イェン!君こんな特技があったわけ!?」
サクヤは興奮して、狙い定めて石を弾くイェンランを讃えた。
「さっき作っていたの、ぱちんこだったんだね!」
「ちょっと、これはおもちゃじゃないのよ!スリングショットっていう武器なんですからね!」

イェンランは、Y字型の棹にゴム紐を張り、石とゴム紐を一緒につまんで引っ張り手を離すと、それが飛んでいくという仕組みの道具を、懸命に作っていたのだった。ま、本当は小石なんかじゃなくって、もっと殺傷能力のある弾がいいのだが、今は贅沢を言っていられない。
「剣の腕はないけど、これなら実は百発百中なのよねー。小さい頃から兄さんに仕込まれたから」
「ほんと、すごいよ!こんな暗闇で凄い命中率だ」


アムイはこの隙に、簡単な気を凝縮させると、手錠の鍵を壊した。
(一体、誰が…?)
立ち上がって、小石が飛んでくる方向に目を向けたアムイは、そこにイェンランとサクヤの姿を発見した。
(やるじゃないか、イェンラン…)
思わずアムイは口元が緩んだ。
そしてとうとう、容赦なく当たる小石に観念したリンガに泣きが入った。
「いやぁ、もうっ!助けて!モンゴネウラ、助けてよぉ!」

アムイは突然の殺気に体を強張らせた。

ザザザザーァ!!!!

近くの草場に突風が吹き荒れたかと思われた。
アムイは尋常でない気配に遠くにいる二人に叫んだ。

「逃げろ!仲間がいる!!」
アムイは素早く剣を抜く。
ぎらりとした銀の刃先が大きな音を立てて交わった。

ガキーン、カキーン!
何度か刃がぶつかる音がしてアムイは相手の剣を受けてたった。


取り残されたリンガ王女は大声で叫んだ。
「モンゴネウラ!」
その瞬間リンガの元に、身体の大きな男が駆けつけた。
「あっち!このわたくしに何かぶつけたの!あっちの方から飛んできたのよ!」
その声に、傍らにいた大男はゆっくりサクヤ達の所に向かうと、おもむろに剣を抜いた。
サクヤとイェンランは息を呑んだ。
先程の月はもうすでに雲隠れしていたために、辺りは星明りだけでかなり薄暗い。
シルエットであろうが、その大男の気迫で、只者じゃない事が二人にもわかった。
サクヤは短剣を構えた。かなり実践をくぐり抜けているサクヤでも、相手はかなりの使い手のようだ。一抹の不安がよぎる。
「イェン、君は逃げてシータに知らせてくれ」
「でも、サクヤ!」
「いいから!」

アムイは自分の相手を薄暗い中で観察していた。
互いに顔はわからない。並以上に背の高い自分よりも、相手は頭ひとつ分も大きい屈強そうな男だ。
しかもかなりの使い手。アムイは苦戦していた。
「【暁の明星】とは、お前か」
何度目かの剣を受けた時に、男は言った。
「そうだ」
「そうか。なかなかやるな」

キーン!

闇夜に刃のぶつかる音だけが異様に響く。アムイは神経を集中させた。

突然、相手の男が気を凝縮し始めた。
「!!!」
それは紅蓮の色の“気”だった。
アムイが放つ、金環の気の色とは違う赤だ。

(これは“煉獄の気”!地獄の浄化の炎の“気”か!)

アムイは久々に波動攻撃を使う相手に遭遇した。
しかもかなりの高位の気の修得者。
アムイも負けていられない。彼も気を凝縮させていく。
凝縮が極まれば極まるほど、瞳の色が赤く染まっていく。
互いが凝縮した気はどんどん大きくなり、湖畔の周辺が2種の赤で染まっていく。

ゴゥーン…!
鈍い音と共に、周辺の木々がなぎ倒された。
なんと炎を司る“煉獄の気”は、アムイの“金環の気”に吸収され、木々を燃やさずにすんだ。
それに感嘆した相手は、アムイに名乗った。
「私は南の大将ドワーニ=ラルゴ。さすが“金環の気”、恐れ入った。
だが、暁。まだまだ剣はどうかな?」

サクヤもかなりモンゴネウラ相手に苦戦していた。
確かに短剣だと分が悪い。
それでもサクヤはだてに一年、【暁の明星】の傍にいた訳じゃない。
剣の差は体の動きで何とかカバーしていた。
だが、相手の力の大きさに、段々息切れしてきたのは確かだ。

再度、アムイとドワーニは剣を交えた。
二人はあちこちと移動しながら、剣を交わす。両者一歩も譲らない。
キーンと剣が鳴り、互いが近くに寄った時、ドワーニはアムイに言った。
「お主、ラムウ=メイは知っているか」
(ラムウ…!)
アムイはその名に動揺した。
そのアムイの変化を鋭くドワーニは察知した。

カキーン!

再び二人は離れた。
だが、アムイのその一瞬の隙を狙い、ドワーニはすぐさま反撃し、アムイの腕に傷をつけた。
「だめよ!アムイを殺しちゃいや!!」
思わずリンガは叫んだ。
傍から見ていてそれくらい、アムイの様子が乱れていた。
(ラムウ!!)
その名は何故か、アムイの息を乱した。心臓が早鐘を打っている。
ドワーニは再びアムイに剣を構え、思いっきり振り下ろそうとした。
その時、今まで隠れていた月が、いきなり雲間から姿を現した。
ぱあっと辺りが明るくなり、月の光に照らされて、そこで動く人間達の姿をくっきりと浮かび上がらせた。


「………の太陽…」
月によって明白になったアムイの顔を見たドワーニは思わず呟いた。
アムイの動揺が益々激しくなった。
ドワーニは驚きの眼(まなこ)でアムイを見たが、振り下ろされた剣の勢いは止まらない。
(避けられない!)
アムイは焦った。急いで逃れようとするが目前に刃先が迫ってくる。

ガキッ!!

寸での所で、ドワーニの剣をシータが受け止めた。
「アムイ!しっかりしなさい!!」
シータは華麗な剣さばきでドワーニを圧倒した。
動揺したのはドワーニも同じだった。
先程までの勢いは何とやら、彼も“気”に乱れを生じていた。

モンゴネウラも、サクヤと対戦途中にイェンランが参戦し、急所目掛けて飛んでくる弾に手こずっていた。

「二人とも!!もういいわ!とりあえずここは撤退しましょう!」
仲間が増えたのと、屈強な二人の苦戦を見て、たまりかねてリンガは叫んだ。
その声に二人はさっと潮が引くように退いた。
彼らはリンガを抱えるとあっという間にアムイ達の前から姿を消した。

残されたシータ達は激しく息をしながら、ドワーニ達が去っていった方向を呆然と見ていた。

だがアムイの様子がおかしい。
ただ一人、彼だけは頭を抱え、その場にうずくまっていた。

「ねえ、どうしたの?二人とも。…そんな変な顔をして」
リンガ達はアムイ達よりかなり離れた場所で一息ついていた。
「え…ええ」
ドワーニもそうだが、モンゴネウラまで何だか煮え切らない顔をしている。
「…で?どうだったの?アムイはあのラムウとかいう将軍と何か関係ありそうだった?……ねぇ、何だか変よ、アムイに会ってから」
その言葉にドワーニが遠慮がちにリンガに問うた。
「……初めて奴の顔を見ました。…奴は…その…本当に【暁の明星】なのですか?」
「何言っているの、間違いないわよ。彼がアムイ=メイよ」
二人は顔を見合わせた。
「どうしたの?」
「いや…。あの男は…ラムウというよりは…」
「お前も思ったか」
モンゴネウラがドワーニの言葉を受けた。
「ああ」
と言って、ドワーニは唾を飲み込んだ。
「どういうこと?」
リンガは苛々して二人をせかした。
王女の様子に二人は意を決したらしく姿勢を正した。

「いや驚いた…。奴はラムウではない。
………セドの太陽に似ている……」

「兄貴!どうしたの!?大丈夫?」
サクヤが慌ててアムイの元に駆け寄った。
アムイはずっと頭を押さえている。
脂汗が恥ずかしいほどどんどん出てくる。
胸が早鐘を打ち、今でも破裂するかと思うくらいだ。

(ラムウ!ラムウ!!)
その名前が何故かアムイを脅かした。
そしてドワーニの言った名前…

セドの太陽・‥…━━━

頭がぐらぐらする。その名前を他人から聞いたのは、あの日以来だった。
…そうだ。自分が眠れなくなった、涙が枯れてしまったあの時以来……。


「セドの太陽?」
リンガは首をかしげた。
「はい、ラムウが仕えていた王子の異名です」
「セドの王子?あの失脚したっていう?本当に??」
ドワーニの言葉を受けてモンゴネウラは記憶をたどるように呟いた。
「…セドに太陽と賞賛された王子あり…。ラムウがずっと守っていた王子です。
直に見れる機会が私達には何回かありまして…。ラムウと共に手合わせした事が。
しかし…。まさかこんな事が…」
「ああ。瓜二つ、というのではないが…。あの顔立ち、佇まい。どちらかと言うとラムウよりはセドの太陽…。
いや、暁はセドの太陽によく似ている……」
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはリンガだった。

「では、アムイは…。その王子の子だという事の方が可能性が高いって訳なのね?
………という事は何?アムイはセド王家の生き残りだっていう事?
彼はただのセド人でなく、滅んだ王国の……最後の王子……」

「アムイ、しっかりするのじゃ。気を確かに持て」
いつの間にかアムイの傍に、昴老人がやって来ていた。
アムイは震える手を頭から離し、ゆっくりと昴老人の方を見上げた。
顔面蒼白に、周囲の皆は驚いた。
今まで動揺した彼を見た事はあったが、ここまで追い詰められた顔をしているのは初めてだった。
「兄貴、どうしちゃったんだよ、いきなり…」
サクヤが心配してアムイの肩に手を置き、持っていた布で汗を拭った。
いつもなら振り払うアムイも、その気力もないらしい、彼にされるがままだ。
アムイは荒い息を整えようと懸命に短く深呼吸を繰り返している。
「ほら、アムイ、これを飲め。気が落ち着く」
と、老人は懐から小さな瓶を出すと、アムイに渡した。
彼はアムイが徐々に落ち着くのを見計らって、こう言った。


「お主…。もういい加減、自分の存在を認めたらどうなのじゃ」
その言葉に、アムイの身体は凍りついた。
「お主を苦しめている、闇。お主が抱えている闇の箱。
……もう限界ではないのか?
もうそろそろ事は明白になる時期になったのではないか?」
「な…何を言ってるんだ、爺さん…」
アムイは弱々しく笑った。
「お主自身ももうわかっておるのじゃろ?もうこれ以上、抱えているのが困難になってきている事を」
「全く…。何を言ってるのかわからねぇや…」
「アムイ!まだ逃げるのか。……それではキイが可哀想じゃ…。
……キイの存在が知れ渡る事、すなわちお前の存在も明るみになる事。
もう立ち向かう時がきているとわしは思うぞ、アムイ!」
アムイはキイの名前を聞いて、苦悶の表情を益々歪めた。
「それは周りだけでない、己自身と向き合う時が」
昴老人は息を吸い、アムイにゆっくりとこう言った。


「アムイよ。もうお主は己自身から逃げられない。
セド王国第五王子、アマト=セドナダを父に持つ、セド王国最後の王子よ。
今こそ自分の現実を認めよ、アムイ」

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2010年3月28日 (日)

暁の明星 宵の流星 #53

キイ、何で泣いているの?

辛いの?またあれが暴れてるの?

おいでよ。おれが受けてやる。

早く。手を出して…。


また狭間で何やら映像が蠢いていた。

そこにはキイがいた。

〈違うよ、アムイ。俺はお前が心配なんだ〉

小さい頃の映像から突然、大人になったキイが、辛そうな表情で自分の前にいる。

(俺が心配…?心配しているのは俺の方だよ、キイ。
このまま俺達、逢えなかったら、どうしよう?
お前がこのままこの世を去ってしまったらどうしよう?)

〈馬鹿だな、アムイ。お前がこの世界に俺を繋ぎとめてるんだ。
お前がここにいる限り、俺はずっとお前の傍にいるぞ〉

キイはいつも俺にそう言っていた。

〈俺達はふたりでひとつ。離れがたい魂の片割れ。
絶対に離れちゃいけないんだろ?〉

だけど何故、今お前はそんなに儚いんだよ。
お前ともう、こんなに離れてしまって、俺はどうしたらいいか本当はわからないんだ。
いや、俺は自分で、お前の気持ちに気づいていた。
お前が俺に、この世界でちゃんと生きれるように心を砕いている事を。


(何か、昔と反対になっちゃったなぁ)
〈ははは、アムイ。俺達は本当はひとりの人間として生まれるはずが、何か間違いがあってふたりに別れちまったみたいだよな。陰と陽。光と影。流動と安定。……だけど、ただ一つだけ…天は俺達を同じにした…。
それは…〉

あの、自分が好きな柔和なキイの横顔が、段々曇っていく。
……キイ。俺はお前と違って、本当は凄く女々しいのかもしれない。
お前にいつも、支えてもらっているだけだ。

夢の中でのキイが再び自分に向き直った。
人前では見せない、自分だけに向けてくれる慈しみの表情で。

〈ほら、お前こそ来いよ。俺の手を取れ、アムイ。
……眠れないんだろう?〉

そう言って手を伸ばし、俺の手を取る。
甘い、花の香りと共に、いつもの優しいあいつの波動が俺を包む。

そうやって子供の頃からいつもあいつと一緒だった…。
昼も夜も。眠りの中も。
俺はキイさえいれば、後は何もいらなかった。
甘い花の香り。本当はお前、いい匂いがするんだけど…。

花の香り……?


アムイは自分の鼻腔をくすぐる甘い芳香に、突然現実にに引き戻された。
頭の隅が、甘く痺れている。
思わず右手を動かそうとして、木に鉄の手錠で固定されているのに気づいた。

さっきの場所で木に寄りかかったまま、自分は浅い眠りにいたはずだ。
この甘い芳香は、覚えがある。
……術者秘伝の香…眠りを誘う、あの…。

アムイはそのままの体勢で自分が何者かに囚われているのにやっと悟った。
それにしても何か不十分な捕らえ方だな。俺に対して。

そう思った瞬間、暗闇の中、自分の目の前で女の声がした。
「なーんだ、もう目が覚めてしまったの?」
その残念そうな声に聞き覚えがあるような、ないような…。
気がつくと、女は自分の身体の上に覆い被さる様に乗って、顔を覗き込もうとしている。
「お前…」
女の顔が近寄って、初めてアムイはその人物が誰か思い出した。
「何年ぶりかしら、アムイ。四年?もう五年経つかしらね?」
「リー・リンガ」
「あら、嬉しい!わたくしの名前、憶えていてくれたのね」
アムイは溜息をついた。
憶えるも何も…。
「本当は思い出したくないんだが」
「あら、相変わらず冷たいのね」
リンガはぷっとふくれた。
「それにしても、いい大人になったわよね…。昔はまだまだ子供っぽさが残ってたけど」
「何でお前がここにいるんだ?」
「あら、一国の王女に対してお前呼ばわりとは…。ま、そこがたまらないんだけど」
リンガは喉の奥で笑った。
「…で、これは何だ、これは」
と、アムイは自分の右手が繋がれている鉄の手錠をじゃらじゃら振った。
「だってぇ。逃げられちゃ困ると思って」
「…あの秘香もお前か」
「そうよ。宰相に分けて貰ったの。あんまり効かなかったわね」
と言いながら、彼女はアムイの胸に手を滑らす。
「で、何が目的だよ?」
アムイは彼女に冷ややかな目を向ける。
本音を言えば、こういうタイプの女は苦手だ。
「もちろん、暁。貴方に決まってるでしょ」
「俺?」
「あの時は簡単に逃げられちゃたけど、今晩は逃がさないわ」
と、彼女はアムイの頬を両手で包む。
「で、正直に言いなさいよ!初めての女ってどんな人?」

一瞬アムイは頭が白くなった。
「は?何だそれ」
「貴方、あの時は女知らなかったじゃないの。わたくしが教えてあげようと思ってたのに!」
(何なんだこの女は…)
だが、彼女の声は本当に悔しそうだ。
「噂では貴方、二年も桜花楼に通ってたっていうじゃない!二年も!という事は馴染みの女くらいいたって事よね?その女なの?ねぇ、ちゃんと答えて」
「あの…。なんでお前にそんな話しなくちゃならないんだ…」
アムイは段々頭が痛くなってきた。しかし、彼女の剣幕では簡単に解放してくれそうもない。
リンガはリンガで、自分が彼の初めての女になる事に意欲を燃やしていたのだが、あっさり五年前、キイと宰相の事件?でおじゃんになってしまった。その後、暁が桜花楼に通っている話を他所から耳に入って、歯噛みするくらいに悔しかったのである。そこで彼女は自分がアムイに対して火遊びじゃなかった事に気が付いた。
初めて会ってあの黒い瞳を見たときから、彼女はずっとアムイに惹かれていたのだ。

アムイは溜息をつき、自由になるもう片方の手で彼女の腕を押しやった。
「…憶えていない」
「は?」
「実は憶えてないんだよ。初めての時」

キイと離れて、最初のうちは懸命に彼の“気”を追っていた。
それがいつしか消え、絶望したアムイは半年の間、自暴自棄になっていた事があった。
確かに色んな事が、キイと離れた四年間自分に振りかかっていた。
キイがいた時は彼の庇護の元、多数の人間と接するなんてなかったが、ひとりになった今ではそんな事を言ってられなかった。今思えば確かに荒療治…。
かなりきつくて辛かったが、今こうして普通に他人と渡り合う事が何とかできるのは、キイと離れたお陰というのも皮肉なものだ。
あの時も酒場で正気を失うほど酒を浴びたあげく、言い寄ってきた男達と大乱闘になり、半分ボロボロになりながらアムイは酒場の路地裏に転がっていた。
もう何でもよかった。キイへの手がかりもぷっつり消えてしまった。
アムイは孤独の海の中、放り出された子供のようだ。
その時誰かが手を差し伸べれば、ついすがりつきたくなるのも人間じゃないか。
朦朧とした記憶の中で、確かにアムイは女に手を差し伸べられた。
甘い、香水の匂いがキイの香りと少し似ていた気がする。
(こんなところで寝ていたら、死んじゃうわよ)
女の声が頭上にした。(私と一緒に…来る?)
次の朝、ズキズキと痛む頭を抱えながらアムイは宿の寝台の上で目が覚めた。
一緒にいたであろう女の姿はもうなかった。
「だけど、まあ、ちゃんとコトに及んだ事実は、体が覚えていたから」
アムイは淡々として言った。
その後、何かに呼ばれる気配を感じて、アムイの自虐的生活は終わった訳だが…。

「ねぇ、今度は年増に迫られてるわよ?アムイ」
「いいなぁ~。あんな大人の女の人と…。兄貴ってずるいよなぁ」
アムイ達から数メートル先にある葉陰で身を潜めながら、イェンランとサクヤは先の二人を観察していた。

実はつい先程、二人はシータにアムイを捜しに行って欲しいと頼まれたのだ。
その少し前、昴老人が気持ちよく寝てしまったのを合図に、後片付けをしていたシータは、イェンランがふらふら自分のところに手伝いに来たのに微笑んだ。
「何か、随分と夢中になってたわね」
「うん、ほぼ完璧」
彼女が何を作っていたのかはわからないが、まぁ、あの日よりかなり落ち着いてくれてほっとした。
彼女は随分自分を取り戻したみたいだった。だが、あの時の後遺症で、男性に触られると気分が悪くなるのは仕方ない。アムイもサクヤも、その事は承知していたらしく、なるべく彼女に触れそうな距離には近寄らなかった。
「…ねぇ、兄貴は?」
そうしているうちに、さっきまで酔って寝ていたサクヤが、頭を掻きながら二人の所にやってきた。
「あら、もう起きたの?あまりにも気持ちよさそうだったから、そっとしておいたのに」
シータは水筒から器に水を注いでサクヤに渡してやった。
「ありがと。オレ、ちょっと一眠りすれば酔いが醒めちゃうの。…で、兄貴どこ?」
「アムイならここら辺を散歩するって、どっか行ったわよ。
……また眠れないんでしょう、いつものごとく」
シータは溜息をついた。
「前にも言ってたわよね?アムイってもしかして不眠症?」
その言葉にシータはちょっと困ったように微笑んだ。隣でサクヤはじっと器の中の水を眺めている。
「……オレ、もう一年以上も兄貴といるけど、熟睡している兄貴って見た事ない。
この人は本当に他人といると神経が休まらなくて、なかなか安心して眠れないのかと思ってた。ちょっと…気になっていたんだ…」
サクヤの話にシータは優しい目をして手元の食器を袋に入れながら言った。
「……サクちゃん、本当にアムイのこと、気にしてくれるのね。アイツ、幸せ者だわ。
キイ以外に、心配してくれる人ができて。
…アイツの不眠症は今に始まった事じゃないのよ。
アタシ、同期の中で一番の年長で、アイツらが子供の頃から知ってるんだけど、…アムイはもうすでにそんな感じだったわね。いつも眠れないって、キイに泣きついてた」
サクヤはシータを見た。この人は、どれくらい二人の内情を知っているんだろう?何かやけに詳しいのは、昔から二人を見ていたからなのか。

「だからキイはいつもアムイの抱き枕だったのよ」
突然の爆弾発言に二人はその場で固まった。
「…抱き枕?」
サクヤとイェンランは顔を見合わせた。
「……これは小さい頃からあの二人を見ている、アタシしか知らない事だったんだけど、上期生の子に見られちゃってね、二人で同じ寝床にいたとこ。それから凄い噂になっちゃってさぁ。アムイはキイの崇拝者達に総スカン。
あれで当のキイが収めなかったら大変な事になってたかもねぇ」
シータはさらりと大した事でもないように言った。
「はぁ…、抱き枕…」
「ま、キイもアムイとくっついていた方が安定するし、一石二鳥だったんだけど、さすがに大人になったらまずいわよね」
「………」

と、突然シータの手が止まった。
「どうかしたの?」
彼の変化に気づいたイェンランは声をかけた。
「…この匂い…」
「え?…何も匂わないけど…」
「確かだわ。この匂い、秘香じゃない。…誰が…」
サクヤとイェンランは彼の言動に戸惑った。
「ねぇ、アムイを捜しましょう。アタシ、何か嫌な予感がする。
お願い二人とも、その先の茂みの方にアイツ行ったから、とにかく捜して。
アタシ、ここをすぐ出る準備してから追いかけるから」
と、シータは二人に頼んで、荷物をまとめ始めた。


ということで、二人はこの湖畔に出、アムイが女に乗っかかられているのを見つけたわけだ。

「で…どおする?この状況」
サクヤは溜息をついた。
何かこのまま妖しげな雰囲気になってきそうだ。
「んなこと、決まってるじゃない。邪魔するのよ」
と、言いつつイェンランは腰にくくりつけていたある物を取り出した。

「…で、それがお前に何の意味があるんだよ」
アムイは苛々して言った。
「あら、気になるわよ。わたくし以外の女のこと。
だって貴方の子供を産むのはわたくしだけだからよ」
その言葉にアムイは固まった。
「……おい。俺の意思は全くの皆無かよ。
…悪いが俺はそういう女はご免だね。他当たってくれよ」
確かにアムイは生々しい女という生き物が、昔から苦手だった。できれば避けて通りたいくらいだ。
加えてキイの女を勧める言動にも拍車をかけて、アムイは益々女と交わる事を拒んだ。
が、まぁ。経験してしまったらしたで、なかなか良いものだと認めざるを得なかったが、やはりこういう生々しい話を持ちかける女は嫌だった。
「それじゃ意味ないじゃないの!いいのよ、実力行使するから!」
え!?って、どういう事だそれ。おい!だから手錠なのかよ!
アムイはらしくもなく焦った。
リンガはいきなり彼の顔を両手で固定すると、唇を重ねようとした。
(おい、ちょっ……)
アムイは再びもう片方の手で、彼女を押しのけるため力を入れようともがいた。


と、その時。

リンガの頭にパーンと何かがぶち当たった。


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2010年3月27日 (土)

暁の明星 宵の流星 #52

北の大地を駆け抜ける、三頭の馬に跨る人の姿があった。
すっぽりとフードを被り、長いマントを翻し、恐ろしいほどの速さで荒野を走っていく。
しばらくして、途中にオアシスのようなこじんまりとした森が見えてきた。
その森に近づくと、馬は徐々にスピードを落とし始めた。

「きっと暁たちはこの森に寄るはず」
南の大将、ドワーニが呟いた。
「私もそう思うよ」
後ろからついてきたモンゴネウラが彼の横に追いついて言った。

南の王女達一行である。

馬は森に入ると走る事をやめ、ゆっくりと闊歩して行く。
「ねぇ、ドワーニ、暁に会うの楽しみみたいね」
いきなり真ん中にいたリンガ王女が言った。
「お前も会ったことないのか、ドワーニ」
「私は大帝直々だからな、話は宰相から聞いておる。輿入れ時はそなたもついていかなかったんだろ?」
モンゴネウラの問いかけに、ドワーニはそう言った。
「あの時は他の事で手がいっぱいだったからな…。
私も噂の【暁の明星】には興味がある。……もし、あの情報が本当のことなら、奴は東のセドにゆかりのある者じゃないかと思うのだ。お前はどう思う?」
「…宵は推測だが、だいたいの素性の見当はついている。
が、暁に関してはまったくわかってないからな。
ただ、幼い頃から宵といつも一緒だった…という事しか」
二人の会話に、リンガは興味津々で聞き耳を立てている。
「……確かに、宵と小さい時から一緒なら、奴もセド人の可能性は高いな」
ドワーニは独り言のように呟いた。
「東のラムウ=メイ将軍って?」
いきなりリンガがドワーニに尋ねた。
屈強な男達二人はその言葉に顔を見合わせた。
「ドワーニと昔、剣を交えたって言ってたわよね。昔といっても若い頃のドワーニも今と変わらず凄い剣豪だって知っているわ。その貴方と互角に渡り合ってきた武人だったんでしょう?どんな人?」

ドワーニは懐かしむように遠くを見やった。
我が生涯に好敵手は唯一人。東の鳳凰と呼ばれた男。
「奴はとにかく凄かった。あの“金環の気”の次に高位の“鳳凰の気”を操り、風を司る東の覇者だった。
伝説と同じく、正しい王と共に出現するという鳳凰そのもの。
剣もまるでひとつの濁りもなし。常に沈着冷静にて、敵を滅する…。
私はとにかく奴の氷のような美貌を崩したくてしょうがなかったですな!」
「あら、そんなにいい男だったの?」
「身の丈は私と同じくらい大きかったですが、東の美丈夫と言えば、奴が真っ先に思い浮かぶ」
「ははは、ドワーニは何かと奴に、こちらに寝返って欲しいとまで思い詰めていたくらい、入れ込んでたからな」
モンゴネウラが面白そうに言った。

あるところによれば、鳳凰は元々が風の属性の霊鳥であった。それがいつしか、一般には他の伝説の鳥と交わり火の鳥として君臨しているのが有名である。しかしこの果ての大陸の、風を象徴する東の国では、元来の意を取って国の象徴(風神の鳥)とし崇められているのだ。

「だがドワーニの思いも奴には全く届かなかったなぁ。
ま、仕方ない。奴には命より大事な王子がいた事だし」
「む…。まぁ、鳳凰は王の鳥だ。しかも奴はオーンの敬虔な信徒でもあったからな。
まー、固いの何のって。こちらが驚くくらいの仕えぶりだったな…。
しかもその王子が突然王位継承権を剥奪された後も、律儀に彼の傍にいた事が…何とも一途と言うか…」
「王位を剥奪された?セドの王子が?」
ドワーニは彼女の問いに溜息をついた。
「…詳しい事情はわかりませんがね。
ラムウの奴はずっと、王子がセドの神王になるためだけを思って生きてきただけに…不憫でしたよ」

当時、王子が失脚した噂を聞いたドワーニは、対峙していた東の国に何とか赴き、ラムウに自分の所に来て欲しいと、請うた事があった。
王子失脚ならば、王家に仕える意義もないと、ドワーニは思ったからである。
南に行こうという彼を、ラムウはあの、いつもの冷ややかな眼差しで、にべもなく断ったのだった。

(我が心身は全て、未来永劫アマト様のもの。この身が果てるまでそれは変わらぬ)

ドワーニは彼がそこまで王子に忠誠を誓っていたのに驚いた。
確かに彼の王子はセド王家の中でも抜きんでいた。
が、王子が王家を追放され、ただの人になってまでも忠義を尽くすとは思っていなかった。


「ふうん、滅んだ国にも色々事情はあったようね。
で、そのラムウって、アムイと関係ありそう?」
「王女…。貴女様はこの間の大帝とのお話をどこかで聞いてらっしゃったんですか?
全く、勘の鋭いお方だ」
ドワーニは困った顔して頭をかいた。
「……実は当時、風の便りで奴には息子がいる、と聞きましてな。
暁の名前を聞いて、その事を思い出したんですよ。実は」
「じゃ、ドワーニが暁に興味を持ったというのは、その事を確かめてみたかったからなのね」
「そうです。ま、暁がラムウに関係あるのであれば、興味深い事になりますな。
ラムウも王子の傍にまるで影のようにぴったりとくっついて離れはしなかった…。
宵と暁。そう考えるとこの関係も面白いと思いませんかね?」

その南の者達の半日ほどの時間差で、アムイ達もやっと中間地点の森に到達した。

「これで少しは休めるかな」
馬上でサクヤはほっとして肩の力を抜いた。
「ま、油断大敵は確かじゃろうが」
昴(こう)老人は森を見渡しながら呟いた。

全員はしばらく森を進んだ後、丁度いい大木を見つけ、ここで野宿する事に決めた。
「ま、この小さい森には小動物しかいないって土地の人に言われたけど、狼の類が徘徊する可能性も捨てちゃ駄目ね。気を引き締めるのには変わりないわ。野宿だし」
シータはそう言いながら、馬を降り、小柄な昴老人を軽々と降ろした。


もうすでに夕闇は迫っていて、綺麗な茜雲が木々の合間を染めていた。
五人は焚き火を囲み、早めに夕食をとった。
食事も終わる頃、少しぐらいならと老人が持ってきた珍酒をちびちびと男衆は楽しんでいる。
とにかくアムイとサクヤは、昴老人がシータと共に現れた事に、とても驚いていた。
「本当にびっくりしましたよー。ご老人がシータと現れた時には」
またもや少々お酒が回ってるらしいサクヤは陽気に老人の肩を叩いた。
「サクちゃん!もうっ!
申し訳ありません、老師。
この方は北の国、北天星寺院(ほくてんせいじいん)の最高位である、昴極大法師(こうきょくだいほうし)様なのよ!
丁重にって言ってるでしょ!」
「まあまあ、シータ殿、そう堅苦しくしなくても。
それにわしはもう隠居する身じゃ。最高位はすでに次僧位である饗笙(きょうしょう)法師に任してある。
今のわしは気まぐれな旅の爺じゃ。遠慮されると楽しめないわい」
と、昴老人はかっかっかと高らかに笑うと持参した酒を呷った。
「でしょ!?ですよねー、ご老人!さすが話がわかるー♪」
またこいつ、もうすでに危ないんじゃないか?と、アムイはやけに明るいサクヤを横目で見た。
ま、最近はこんな楽しそうなあいつも久しぶりだ。放っとくか。

「それにしても、シータ、何故爺さんを連れて来たんだ?」
イェンランの騒動で、詳しい事情を聞きそびれてしまっていたアムイは、杯を片手に隣のシータに聞いた。
「昴老師は、前聖天師長(ぜんしょうてんしちょう)様と旧知の仲なの」
「え…」
「アンタを育ててくれた、聖天師長・竜虎(りゅうこ)様が、自分亡き後について、老師様にアンタ達二人の事を頼んでいかれたんですって。
で、キイの四年もの行方が分からない経緯を聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)に報告したら、昴老師を連れて行きなさい、って」
「爺さん……只者じゃないと思ったが、竜虎様と知り合いだったのか…。只の僧侶にしては気配を殺すのが上手すぎると思ってた」
老人はまたかっかと笑うと、アムイに酒を注いでやった。
「竜虎とわしは若い頃、お前達のように【風雷の双璧】と呼ばれて大変モテたものじゃ。
わしは今はこんな爺だがな。若い頃はチビだがそりゃー精悍での。背の高いしゅっとした男前な竜虎と共にその名を馳せたもの。ま、そんな縁で、わしはお前達を見守っていた、という事なのじゃよ」
「……デコボココンビ…」
ポツリとシータが呟いた。
「何?」
昴老人が目を細めてシータを振り向いた。
「いえ…、むかぁし昔に、そう聞いた事がありまして」
にっこり笑うシータにむっとしながらも昴老人はアムイに向き直った。
「して、アムイ。お前さんは本当に大きくなったなぁ…」
「まさか…俺の子供の頃を知ってるのか?爺さん」
「ふぉっふぉっふぉっ…。知ってるも何も、キイの気を常に流れ易くしたのはこのわしじゃ」
「キイの気!!」
アムイは驚いた。キイから話は聞いていた。
自分の不安定な気をコントロールする為に最高位の賢者に流れを良くしてもらったと。
「ではあんたは…」
昴老人の代わりにシータが答えた。
「老師は賢者衆のひとり。気術の権威でもあるのよ」
「竜虎は武術の権威じゃったが…。まあ、そういう専門分野の最高峰が集まるのが賢者衆なのじゃな」

キイの気は特殊な気。
予想不可能な動きをするため、小さい時から彼は苦しんできた。
誰もが持っている気とは、すなわち生命エネルギーでもある。
それに加え、気術を修得したものが扱える気は、それぞれがエネルギーの特徴を持っていて、自然界の力を借り、操れるもの。普通は己の気と融合させながら修得していくので、気自体が制御不能に陥るというのは稀であるのだが…。
キイの場合は元々持っている気が特殊なら、己の気の流れを自分で制御できない体質だった。
稀にこういう人間は生まれてくる。
元が特殊な気でも、己でコントロールできるのなら何の問題もない。いや、普通は自分の生命エネルギーだ、自己制御の必要なんかない。
「キイはその“気”を自分で制御しやすくさせるために、また、流れをよくするために、わしは何箇所か流れの道を作ってやった。そうしなければ気も血液と同じ、流れが悪ければ、身体の巡りも悪くなる。特殊なら尚の事、かえって流れを良くすることで、奴の身体への影響はいい方に向かうからな。それはお主もわかっておるじゃろ?」
「ええ…」(そうか…爺さんがキイを)
「で、何故わしがここに来てお主らの前に現れたかというと、わかるな、アムイ。
そのような状態のキイが、簡単とはいえ一箇所気を封印された。それは流れを一箇所塞き止める事と同じ。流れを悪くしたという事だ。どういう事態になるかわからん上にキイの気を受け止めてやるお前と離されている。しかもかなりの歳月じゃ。……最悪な状態をわしは危惧している、ということだ」
「……わかっています…。俺もずっとその事ばかりが…」
アムイはじっと自分の杯に映る己の姿を見ていた。

本当はキイの事が心配で仕方ない。
彼がいなくて熟睡できない上に、彼の事を思うとアムイは益々眠れない。
この四年以上もの間、浅い眠りを細かくとる事しかできない、狂おしい夜をアムイは耐えてきた。
その狭間に見せ付けられる過去の記憶。
それが最近どんどん増えてきている気がする。 
しかも…この間には自分が閉じた昔の記憶まで顔を出すようになった。
ああ…。でも。でも。
アムイは自分の中に蠢く闇と向き合う覚悟がまだついていなかった。
暁の明星、とまで異名を頂いてる自分のくせに、あまりの情けなさに消えてしまいたいくらいだった。
どうしても。闇の箱を開けられない。
…あの日の事を思い出そうとする度に、想像を絶する恐怖がアムイを襲う。
百戦錬磨と、猛者だと言われたアムイ。向かう所敵なしと言われた自分が、過去の傷に足が竦み、恐怖で逃げ出したいくらいだと、誰が信じるであろうか。
しかも情けない上に、泣きたくても涙も出やしない。

アムイは自嘲するように笑うと、自分の姿が映った杯を飲み干した。

シータは二人のやり取りを、口を挟まず黙って聞いていた。
その目に揺らぐものを誰も知らない。彼はそっと杯に口を寄せた。


「はれぇ?イェン、何やってんのぉ?」
会話に入ってこないはずだ。サクヤの呂律がもうすでに回っていない。
イェンランはとっくに食事を済ませて宴会の席から外れ、何やら木を切ったり長さを見たりと、工作している。
「んー、ちょっとね…」
そう呟くとそれっきり、作業に夢中になっている。
「イェンもお酒、飲めればよかったのにれー」
赤い顔してサクヤはそう機嫌よく言うと、そのまま横になって寝てしまった。


それからしばらくして、アムイは散歩してくる、とシータに告げて、ふらふらと真夜中に森をうろついた。
アムイにとって、猛獣は恐れるるに足らず。つまり夜半に森をさまよっても何も問題がないのだ。
少し歩いていくと、木々の狭間から小さな湖が顔を現した。
アムイは木枝をかき分け湖畔に出た。
しっとりとした静寂が漂う。
しかも今夜は大陸では珍しい月が雲の合間から見え隠れする。

大陸では月は女性の象徴だ。
いろんな言い伝えや、解釈があるが、とにかくこの大陸では月、といったら女であり、母の象徴だ。
それが不思議な事に、女の数が減り続けてから、大陸で月は滅多に見えなくなっていた。
今では年に数回、こうして顔をちらつかせるだけだ。

アムイは溜息をついて、水面に映える月の姿を見やった。
そして近くの木の下に座ると、再び雲の中に姿を隠そうとしている月を見上げた。

月を見ると、母を思い出す。
自分の中の記憶の母は、いつも穏やかに微笑んでいた。
幸せそうだった。
優しいだけでない、その中にある一本芯が通った強さ、潔さ。
母は父の隣で、まるで月のごとく、幸せに輝いていた。

(アムイ、キイ様から離れちゃ駄目よ。キイ様の傍にいてね)
母の口癖だった。
(すまない、母さん。俺、母さんとの約束を守っていない…。
もうずっとキイと離れたままだ…)

悲しくなってアムイはそっと目を閉じた。
そしてそのまま浅い眠りに入っていく。
狭間に流れてくる記憶の渦を感じながら。

その彼の近くに、一つの人影が近寄っていた。
それは遠目で彼の姿を確認すると、おもむろに火を取り出し、小さな蝋の芯を燃やした。
ゆったりと揺らめく小さな炎と共に、甘く魅惑的な香りが辺りに漂ってきた。

人影は、そっとその蝋燭を風下に置くと、音を立てずに移動した。

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2010年3月24日 (水)

暁の明星 宵の流星 #51

この山奥の森は、自分が子供の頃過ごした場所だ。
正規の道以外の道なら、よくわかっている。
とにかく早く、足場がよくなる麓まで下りなくては。

アーシュラは注意深く、且つ急いで細い道を下っていった。
しばらくすると、視界が少し開けてきて、この山を流れる川の音が聞こえてきた。
この川が流れる谷沿いを下れば、すぐに麓だ。
ただ、その道の隣で横たわる谷は深い。
神経を集中させながらアーシュラは馬を促した。

彼はちらりとキイの様子を見た。
キイは穏やかな表情で眠りについている。

あの三年前の彼のいきなりの行動に、その場にいた者は凍りついた。
その時はまだ、彼は意識を封じ込めただけで、肉体は普通に生きていた。
気持ちのない、人間。
まるで生きた人形。
目を開き、普通に生活できていても、彼の心はその場になかった。

アーシュラが後悔したのと同じように、彼を自分の激情でそこまで追い詰めてしまった事に、ザイゼムもまた激しい後悔を感じていた。
ただ、彼はそれを他の者に見せたくなかった。
その後悔を消し去りたくて、皆の前では何事もなかったように、また尊大に振舞った。
わざと「これでこいつは自分の物になった」と言った。
だが、本当の心の奥底では、彼をこのような状態になってしまった事に、自分を責め続けていた。

アーシュラは、そのザイゼムの気持ちが手に取るようにわかっていた。
昔から…幼いときから彼の傍にいたのだ。敬愛しているのだ。
アーシュラにわからないはずもない。
ザイゼムも自分と同じように、キイの美しさや、彼の生まれや宿命だけではなく、キイ自身に惹かれているのを知っている。キイの奔放さ、頭の回転のよさ、無骨さを振舞いながら、実は繊細だったり…。くるくると、まるで川の流れの水面のように、多彩な顔を持つ彼を、二人はこよなく愛しているのだ。

彼らは人形のようなキイなど、望んではなかった…。


はやる気持ちを抑えザイゼムは屋敷に戻って、内部が騒然としているのに慌てた。

「何事か!?」
キイに何かあったのか?ザイゼムは背筋が凍る思いだった。
「あ、ああ…陛下!」
ルランが転がるようにザイゼムの前に飛び出てきた。
「ルラン!どうした?何があった!」
「陛下……よ、宵の君が」
まさかキイが…。ザイゼムは青ざめた。
「キイがどうした!?何かあったか!!」
「アーシュラ様に…」
(アーシュラ!?)
「アーシュラ様が宵の君を屋敷から連れ出しました!申し訳ございません!
僕、僕…アーシュラ様をお止めできなかった…」
「何っ!?」
自分の足元に崩れ落ちているルランの肩を掴み、顔を上に向かせる。
「アーシュラがキイを連れ出した?」
「申し訳ありません陛下…。キイ様が一時息が止まってしまって…。必死に回復させたアーシュラ様が、暁の元へ連れて行く…と」
泣きながら言ったルランの言葉にザイゼムは唸った。

アーシュラめ!
あれほど私が次はない、と釘をさしていたのに!

ザイゼムはいきり立ち、ルランを強引に立たせた。
「アーシュラはどっちの方に行った?」
「屋敷の…左側の方かと…。僕、追いかける事ができませんでした…。だって…」
“だって、彼の気持ちが痛いほどわかる”という後の言葉をルランは飲み込んだ。
ザイゼムは泣きじゃくるルランをちらりと横目で眺めると、自分を護衛していた戦士達に大声で叫んだ。
「アーシュラを追う!全員ついて来い!」
そして俯くルランの片腕を掴むと、
「お前も来い!責任を取れ」
と乱暴に彼を引っ張った。

(左か…きっと谷沿いの道で麓まで行く気だな、奴は)
ザイゼムは恐ろしい形相で護衛を引き連れ、まるで嵐のような勢いでアーシュラとキイを追った。

谷沿いの道は、下る途中で徐々に広くなる。
少しは馬を引くのを早くしてもよさそうだ。
アーシュラが一息ついた時だった。
木々がいきなりざわめき始めた。アーシュラは警戒した。
左手の鬱蒼とした森から大きなざわめきと共に多勢の人間が滑り降りてきた。

ザイゼム達だった。

アーシュラは舌打ちをした。くそ、こんなに早く。

ザイゼムは彼がこの道で行くであろう事をすぐさま察知して、近道をしてきたのだ。
屋敷のある高台から森を直接滑るように下ってきたのだ。


「アーシュラ」
ザイゼムの声は怒りに震えていた。
アーシュラはキイを庇うように馬の前に出た。
「お前、俺の信用を無にしたな!」
アーシュラはきゅっと唇を噛み。ザイゼムを見据えた。
「もう次はない、と警告した。それを知っての行動なのか!」
ザイゼムは後ろにいる戦士が、じりじりとキイが乗った馬に回り込む気配を感じながら続けた。
「おい、アーシュラ、何とか言え!この私をお前は裏切ったと考えていいのか、返事しろ!」
アーシュラは今までと違う鋭い目で自分の敬愛する男を睨みつけた。
「……俺は…俺はキイを連れて行きます…。早くこうするべきだった!
手遅れになる前に!」
そう言いながら彼はゆっくりと背にある剣を抜こうと構えた。
その様子に、ザイゼムはアーシュラの覚悟を知った。
言い知れぬ怒りと哀しみが、ザイゼムの全身を支配した。
「お前…。この私を討つ、というのか。この私を!」
アーシュラは苦悶した。
と、その時戦士の一人が彼が庇っている馬の後ろ側に近づく事に成功し、キイの身体に手をかけた。
アーシュラは素早くそれを察知して、構えた手を途中でやめ、その戦士を思いっきりぶん殴った。
わっとアーシュラを囲むように戦士達が集まってきた。
彼は急いで馬からキイを降ろすと、自分の腕に抱きかかえ、後ずさりした。
その様子に目を細め、ザイゼムは二人の前にゆっくりと進んだ。

「アーシュラ」
ザイゼムの声は恐ろしいほどに辺りを震え上がらせた。
「アーシュラ。キイをよこせ。それは私のものだ。いくらお前でも、そのような狼藉、許せない」
ザイゼムはじりじりとアーシュラを追い詰め、二人に手を伸ばそうとした。
アーシュラはそれを避け、キイを抱き上げると反対側に逃げようとした。
が、ザイゼムもそれをすぐに追った。アーシュラの肩を掴み、自分の前に引き倒した。
アーシュラはキイを庇いながら、その場に転がった。
「アーシュラ!もう諦めろ!お前は私には勝てない!」
ザイゼムはぎゅっとキイを抱きしめて離そうとしないアーシュラを苛々と見下ろした。
「その手を離すんだ!」
それでも彼はキイを抱きしめる力を緩めない。
ザイゼムの言葉に、ただ黙って首を振るだけだ。
その様子にザイゼムは怒りの頂点に達した。
彼はアーシュラの肩を鷲掴みにすると、身体を自分の方へ向けようとした。
「アーシュラ!いい加減にしろ!キイは私のものだ!お前の好き勝手はさせない!」
アーシュラの気持ちも、もう頂点に達していた。
わかっていた。自分はザイゼムに敵わないという事は。
だからもう、ここまできたら彼にすがるしかなかった。
願いを請うしかなかった。
アーシュラの目から悔しさと悲しみの涙が一筋流れた。
「違う…」
「何?」
「違う、キイは貴方のものなんかじゃない。もちろん…俺のものでも」
「アーシュラ…」
彼は自分の敬愛する男を見上げ、震える唇で訴えた。
「キイは、誰のものではない!キイはキイ自身のものだ!
貴方も、俺も、誰もキイの意思を邪魔する権利なんかない!」
「お前…、まだそんな事を」
ザイゼムもここまできたらもう引っ込みはつかなかった。
「いい加減この手を離せ!キイは誰にも渡さない!」

その言葉に絶望した彼は力の限りザイゼムの手を払い除けながら叫んだ。

「兄さん!」

アーシュラは抵抗しながらも、彼を見上げ万感の思いを込めて言った。
「兄さん、お願いだ!主従の関係でなく、同母の弟としてお願いする!」

その言葉にザイゼムの手は止まった。

「頼む、兄さん。もうこれ以上…キイの事で兄さんといがみ合いたくない」


奔放だった母親は、よく父である王と喧嘩していた。
思春期を迎えて、かなり早熟だったザイゼムは、その喧嘩の内容もみんなわかっていた。
だから母親が若い男と駆け落ちした事についても、父親には悪かったが、心の中で拍手した。
ザイゼムは若い自分の母と、何かと気が合った。まるで親友のように。
だが自分も男だ。父の気持ちも悲しいほどよくわかるので、二人の事情に関しては傍観していた。
だからあの奔放でまだまだ若くて美しい母は、気軽な口調で気兼ねなく自分の息子に告白したのだ。


(ザイゼム、私、できちゃった)
(はぁ!?)
(ごめんね、ザイ。だから私、彼とここを出て行くから)
おい。思春期の息子に、そんな爆弾落としていいのか?
相手は自分の剣の師範でもある一級戦士だ。
当人より若い男と、いつの間に、母さん…。
(ということで!後のことは頼むわね)
(母さん、待ってよ!父さんはどうするつもり!?)
(あら、あの人は私がいなくても、沢山慰めてくれるお相手がいるから大丈夫でしょ?
でもね、彼は私がいないとだめなのよ。私じゃないと生きていけないんですって)
(……)
(あなたには迷惑かけて悪いと思うわ。でも、わかってくれるわよね?私の気持ち。
ずっと…苦しかったのよ、私)
(母さん…)
(もし将来、私達に何かあったら、この子お願いね。頼れるのはあなたしかいないんだもの)
お腹に手を当てながら幸せそうに自分にそう言うと、悪びれもなくゼムカを出て行った自分の母。
そして母が男と出て行ったのを知って、怒るどころか追いもしなかった父。
だが、それは父が無関心だったのではなく、あまりの落胆で何する事も出来なかったのを、息子は知っていた。
男の方が弱い生き物かもしれない。
まだ自分は子供の範疇だったが、何となく、女は心が決まると変わり身が早いものという事を学んだ。
それでも何故か母さんは、新しい夫との愛の巣に、父さんとの思い出の地を選んだ。
そして父さんは引退してその近くに居を構え、ずっと母さんの面影を追っている。
我が両親ながら二人の思いはよくわからない。


異母のきょうだいより、同母・同親のきょうだいの絆は、特に王家では強い。
それはザイゼムも例外ではない。
アーシュラに対する気持ちは、他の異母弟達とは違った。
ザイゼムはひとりで一生懸命生きてきた自分の弟を思うと胸が苦しくなった。
いつまでも自分の傍に置いていようと思った。
彼に教育を受けさせ、自分で手取り足取り剣を教え、いつも何かと連れ回した。
キイが目的だったが、天下の聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で修業もさせた。
大人になり、自分の思い通りの男に育ってからは、互いに主従関係を貫いていたが、アーシュラは皆も黙認する、ザイゼム王の一番の近しい男であった。
自分がアーシュラに肩入れしている事を、現役だった父王は知っていて何も言わなかった。
王は子供のアーシュラを連れてきた時、彼を一瞥しただけで、関わろうともしなかった。
ザイゼムは父親の気持ちがよくわかる。
愛した女が自分以外の男と通じてできた子供を正視する事ができなかったのだ。

今こうして対峙してはいるが、ザイゼムが彼を可愛くないわけがない。
何故ならアーシュラは自分が育てたも同じなのだから。

だが、それとこれは別の問題なのだ。

「お前が同母の弟だとしても、これは別の話だ。
お前と対するのは私とて遺憾に思う。
今ならまだ間に合うぞ、アーシュラ。さぁ、キイをこちらによこせ」
ザイゼムは声を少し和らげて再び手を伸ばした。
「兄さん、お、俺は…」
アーシュラは絶望の目で彼を見上げた。

と、その時だった。
キイの容態が急変した。
彼は苦しそうに浅い息を何回も繰り返し、そのまま小さく喉を動かすと、ピタリ、と静かになった。
そしてみるみる顔から血の気が失せていく。
ほのかに赤みが差していた唇が一気に青白く変色していく。
「キイ!」
「どけ!アーシュラ!キイを貸せ!!」
キイの容態に動揺したアーシュラの隙をついて、ザイゼムはキイの身体を彼から奪い取った。
そして素早く北天星寺院(ほくてんせいじいん)から分けて貰った薬瓶の蓋を開け、薬を自分の口に含み、キイの唇を指で微かに開かせると、口移しでそれを流し込んだ。

ドクン!

ザイゼムの体に彼の鼓動が伝わった。
先程まで真っ白だった彼の顔に紅が差していく。
ザイゼムは冷や汗を掻きながら、キイの口元に耳を寄せ、彼の息吹を確認した。

ほっとした安堵の空気がその場を包んだ。

「アーシュラ、お前のした事は、キイの命を脅かす事も同じだ」
心が落ち着いたザイゼムは、睨みつけながらアーシュラを責めた。
「もし長い道中今の様な事があったら、お前はこのままキイを見殺しにするつもりだったのか!?」
「……」
アーシュラは苦しそうに唇を噛んだ。
「ルラン、キイを連れて帰る!支度をしろ!!」
ザイゼムは後ろで呆然と立っているルランに命じた。
そして次にアーシュラに振り向くと、周りの戦士にこう命じた。
「ア-シュラ護衛隊長を王に背いた罪で捕り押さえろ!
反逆は大罪。刑が決まるまで幽閉する!!」
その言葉にアーシュラは蒼白となった。
王の命令は絶対だ。戦士達は自分の上官を追い詰めなければならなかった。
護衛戦士達はじりじりとアーシュラを囲んでいく。
その様子に彼は意を決したように立ち上がると、一目散に戦士に背を向け走り出した。
「アーシュラ!!」
ザイゼムは叫んだ。
戦士達は彼を慌てて追った。
アーシュラはとにかく必死に走った。追いかけてくる自分の部下達の手から。
「アーシュラ様!」
ひとりの戦士が叫んだ。
「お願いです!大人しく捕まってください!」
「アーシュラ様!そちらは崖です!」
悲痛な声がアーシュラの耳に届く。
だが、彼はあえて無視した。
「アーシュラ様!」

アーシュラの目の前に、大きく口を開ける谷底が現れた。
「もう逃げられません!どうか、どうか大人しく…」
戦士がじりじりと彼を追い詰めていく。
彼は風が吹き上げてくる谷底を眺めた。
その下にはきらきらと輝く川の姿が見える。
「アーシュラ様…?」
彼は戦士達を一瞥し、悲痛な表情を浮かべると、自ら谷に身を投じた。
「アーシュラ様ーっ!!」

その話を聞いて、ザイゼムは唸った。
「この高さでは、いくらアーシュラ様でも…」
「馬鹿な奴だ!!」
ザイゼムは苦悶の表情で拳を地面に叩き付けた。
「アーシュラ、あいつは大馬鹿野郎だ!!」
そしてザイゼムは小さく震える手で自分の額を押さえた。

私が育てた私の愛する弟…。

彼が自分の元から去る日が来るとは思ってもみなかった。


ゼムカの王は、自分の大事な人間をひとり失ってしまったのだ。


自分の愛する男と引き換えに。


もうすでに、山には夕闇が迫ってきていた。


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2010年3月22日 (月)

暁の明星 宵の流星 #50

アーシュラは尋常でない二人の様子に恐怖を感じた。

ザイゼムとキイは一歩も互いを譲らず、火花を散らしている。今にも激突しそうだ。

しかし、額の封印と、気との戦いでキイはいつもの身体ではなかった。
本当は足がすぐにでもその場で崩れ落ちそうなくらいだった。
だが、ここで今引いてしまったら、キイはいつアムイに逢えるのだろう。
本来の自分ではないのに、この男と戦って勝てるのだろうか?
こんな状態でなければ、自分は絶対負けはしない自信はある。
キイは悔しかった。今の自分の状態を呪った。


ザイゼムもまた、言い知れぬ激情の渦の中にいた。
それは何年もこの歳まで生きてきて、今まで経験した事もない感情だった。
これが“嫉妬”というものなのか?
目の前にいる男に、可愛さ余って憎さがどんどん増していくのを彼は抑えきれなかった。

ザイゼムは、キイを傷つけたくなった。
初めてだった。
自分の中にこんなどす黒い感情が渦巻いて、それを相手にぶつけようとするなんて。

「お前をここから出すわけにはいかない」
ザイゼムは唸るように言った。
「そこまでして何で俺にこだわるのかわかんねぇよ!」
キイは吐き捨てるように言った。
「最初から俺の事をモノ扱いしやがって、俺はあんたのモノなんかじゃない!」
ザイゼムの目が怒りで黒ずんだ。
「ならばお前はアムイのものだというのか」
キイもザイゼムを睨み返し、彼の怒りに対抗した。
「そうさ」
キイはわざと挑発するように言った。
「俺はアムイのものなんだよ!生まれた時から、いや、未来永劫、俺はアムイのものだ!」

その言葉にザイゼムは我を忘れた。
いきなりキイを平手で張り倒すと彼の髪を掴み、顔を自分の方に向かせた。
「陛下!!」
突然の事で、アーシュラは真っ青になった。
キイの唇が切れて、一筋の血が顎まで伝っている。
それでもキイは屈しない。ぎらぎらと光る目で、じっとザイゼムを威嚇し続けている。
「だが今は俺の手の中だ。キイ」
静かに、だが威圧的にザイゼムは断言した。
キイは負けじと自分の髪を掴んでいるザイゼムの手首を掴むと、引き剥がそうと力を入れた。
だが、やはり本調子でないキイは、簡単にザイゼムにその手をもう一つの手で固定されてしまった。
「無駄な抵抗はよせ、【宵の流星】。
今のお前は赤子も同然。私に敵う訳がない」

アーシュラはもう我慢できなかった。
必死でザイゼムを止めようとした。
「陛下!お願いです!お気を静めてください!キイは今普通の身体じゃないんです!」
「うるさい!アーシュラ!」
ザイゼムは怒鳴った。
だが、アーシュラもこのまま引っ込む事は出来なかった。
「陛下!」彼はもみ合う二人の間に入った。
「どけ!アーシュラ!」
ザイゼムは怒りのまま、アーシュラを片手で払いのけた。
アーシュラはそのまま飛ばされる。
「いけない…。いけません陛下…」
アーシュラは急いで体勢を整えようとした。
それに気づいたザイゼムは、キイを掴んで無理矢理自分の方に引き寄せると、顔を近づけてこう言った。
「私がお前にこだわる理由を教えてやる」
「陛下!!」
アーシュラの声は悲痛を増した。
ザイゼムはアーシュラを無視して、嫌がるキイをもの凄い力で担ぎながら、向かいの部屋に移動した。
「おやめください!陛下!」
アーシュラは二人の後を追った。
が、しかし、彼の鼻先で扉は閉まり、勢いよく鍵をかける音が静まった廊下にこだました。


部屋に入ったザイゼムはキイを突き飛ばすと、彼が抵抗しないように後ろ手にして自分の腰紐で手首を縛った。
キイは両手が使えぬまま、ザイゼムに傍にあった椅子に座らされた。
「畜生…」
ザイゼムから受けた屈辱は、キイのプライドをズタズタにした。
本来の自分なら、こんな辱めを受ける隙など与えないのに。
怒りを持続させながらも、キイはザイゼムの顔を見上げた。
彼の顔は氷のように冷たい。
「…これで邪魔は入らない」
ザイゼムの声も地獄から響いているかのようだ。
キイは息を整えた。
「お前が俺にこだわる理由とやらを教えるって言うのか」
「…ああ」
「じゃあ、聞いてやる。お前の目的は何だ」
それこそ本来、キイが聞きたかった事だった。
キイはそのためにザイゼムの近くにいたというのは過言ではない。
この男、どこまで知っているのか…。

「本当にお前は誇り高く、誰にも屈しないのだな。
このような目にあっても」
ザイゼムは目を伏せながら言った。
彼の表情はわからないが、まるで自分を賛美しているように聞こえる。
「……お前は本当に美しい。この美しさはこの世ではなかなかお目にかかれない。
たとえ誰かに陵辱されたとしても、お前の美しさは損なわれやしないだろう。
身も心も」
その言葉に、キイは反応した。
ザイゼムは探るように彼を見つめながら言葉を続けた。
「見た目のことだけでいえば、お前ほど不思議な人間はいないと思うよ。
ある時は聖人聖女のごとく、神聖な美しさを持ちながら、反面、人の欲望をそそる様な背徳を感じさせる妖艶な色を持っている。まるで神を裏切った天の申し子ようだ」
キイの表情がどんどん冷たくなっていった。
それは青ざめたというよりも、感情を押し殺しているように見えた。
伏目がちにした瞳は、周りの景色を映してないようで、陰影を作るほどの長い睫毛の下で黒ずんでいる。
だが、不思議なのは、彼の微かな口元の笑みだった。
その様子を観察しながらも、ザイゼムは話を続けた。

「私は若い頃、面白い話を東の小さな村で聞いた。
これは本当なのか、私は胸が躍ったよ。
その村は元々、セド王国が所有していた古い村だった。
神王が統べたという、最近一夜にして滅亡した国だ。
お前も記憶にあるだろう?」
キイの表情はピクリとも変わらない。
「東の国で前からまことしめやかに囁かれていた…噂。
“セド王国は己の存続のために禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ”
今じゃこの噂も、東から流れた人間が、広めているらしいが」
ザイゼムはキイの周りをゆっくり回りながら、話し続ける。
「その噂にはもうひとつ、面白い話がくっついていた。
そう、それが…セド王国最後の秘宝の話だ。
セドは神が怒るのを承知の上で、秘宝を天から奪ったらしい、と。
だからこそセドは滅んだのだ、一夜にして。
しかも、だ。その秘宝を手にした者は、巨大な神の力を得、世界を牛耳る力をもたらすというじゃないか」
キイはまったく反応しない。瞬きすらもしない。
「面白いだろう?あの昔から続く、しかも神国オーンとも繋がりが強かったセド王国が一夜にして滅して、他の国や貴族、豪族達が、興味持たないなんて嘘じゃないか。
私もそうさ。だから若い頃、様々な所へ行って、色々と調べたんだよ」
彼はそう言いながら、キイの顎に手をそえ、自分の方に顔を向けさせた。
それでもキイは無表情でザイゼムの顔を見ようとしない。
「…そうしたら、もっと興味深いことがわかったのさ。
あの一夜で王国の者は全て絶えたと言われていたが、…なんと、生き残りがいたらしい」
キイはじっと彼の言葉を聞いている。ザイゼムはもっと彼の顔に自分の顔を近づけ、囁いた。
「……その人物は難を逃れてある所に預けられた。異名を貰って。
最後の秘宝の鍵を握って……」
キイが震えるように息を吸い上げた。
ザイゼムは目を細めた。
「私はその人物に凄い興味を持ったよ。だから何年もかけて探し出し、自分の腹心をその人物の近くに行かせたんだ」
キイの目が微かに見開いたのを、ザイゼムが見逃すはずはなかった。
「どれだけその人間に私は会いたかったか…。報告を受ける度、ぞくぞくしたよ」


「ルラン!ルラン!」
アーシュラは嫌な予感に突き動かされて、何とかしようと必死だった。
彼はもう就寝してるであろう、ルランの部屋を叩いた。
「あれ…?アーシュラ様…、どうかされたんですか?」
すぐさま目を擦りながらルランが出てきた。
「お前!合鍵、持っていたよな?」
アーシュラはいきなり言った。
「は?」
ルランは突然の事に、訳がわからなくて目を瞬いた。

とにかくアーシュラの剣幕に押されて、ルランは言われたとおりの部屋の合鍵を渡した。
あのいつも冷静なアーシュラ様が…。
ルランも嫌な予感で胸が苦しくなった。
二人は急いで鍵を開けた。
本来なら王がする事を阻止しする事だ。かなりの大罪になるかもしれぬ。
だが、それよりもアーシュラは、キイとザイゼムの関係を心配していた。
陛下があのような振る舞いをするなんて余程の事なのは、ずっと仕えてきた二人ならよくわかっている。

取り返しのつかない事にならなければよいが…。
特にアーシュラはキイが心配だった。

似たような激しい二人。
お互いぶつかり過ぎて、互いが自滅しなければよいが…。


が、駆けつけた二人が見たものは、静かに対峙しているキイとザイゼムの張り詰めた空間だった。


ザイゼムは続ける。
まるで、獲物を追い詰める、文字通り狩人のように。

「それが聞いてくれよ。今日、面白い情報を手に入れた。
東のある州の幹部が、内密に私に教えてくれたんだよ」
口の端で笑いながら、高揚して彼はキイに話した。
「あいつらはセドの秘宝を手にしたくても、自分達に力がないからこうして我々みたいな力ある国や一族に寄生する為に情報をくれるのさ。
…その幹部は、昔、神国オーンに神官として務めていながら規則を破り、オーンを追われた罪人を手にすることに成功したらしい。しかも凄いお土産つきで」
キイの目が揺らいだ。
「セド滅亡時、全て瓦礫となったと思われていた、王家の王族名簿を記した石版だよ。
王位継承者、ならびにその相手を記載した、門外不出、セド王家と天空飛来大聖堂しか閲覧できないという石版だ。…セドはオーンが崇めてる絶対神の血筋という事になる。本来は大聖堂に保管しているはずなのだがね」

ザイゼムは話に夢中になって、部屋に飛び込んできた二人に気づかなかった。

「私はね、キイ。なんでオーンが当時兵を出すまで怒り狂ったのか、それを知りたくなったんだよ。
他の者は皆、秘宝の方ばかり気を取られているがね。
…そうさ、セドの秘宝以上に、私は知りたかった。神をも逆鱗させた“禁忌”の正体を。
セドが犯したとされる“禁忌”の内容が…」

ザイゼムはキイの息が荒くなったのに気づいてニヤリとした。
彼はまるで兎を追い込む狼のごとく、ゆっくりとキイの後ろに回ると、彼の耳に自分の口を寄せた。

「なぁ、キイ。私は知ってしまったんだよ。…その生き残った人間の真実を。
石版の最後に刻まれた名前。そして…セド王国が己の存続の為に犯してしまった最悪な大罪を」

ザイゼムはキイの髪を指に絡ませ、耳元で悪魔のごとく囁いた。

「セドの王子が、神の一番の申し子であるオーンの姫巫女を無理やり陵辱し、その果てに産ませた王子。
…最後の石版に刻まれた背徳の王子の名前。それがお前だ、キイ=ルファイ。
………………いや、

キイ・ルセイ=セドナダ。

禁忌の末に生まれたセド王国の最後の王子」

ザイゼムの言葉は波紋を呼び、呆然と立っている二人にも届いた。
今の話が全て真実ならば、あの時キイが言っていた、“存在自体が罪悪”というのは…。

だが、当のキイはまるっきり顔色を変えず、しかも含み笑いまでしているではないか。
ザイゼムはいぶかしんだ。

「それで?」
あの、いつものからかうような声。
「だから何?それでお前は俺を…どうしようというのか?」
ザイゼムはむっとした。
「背徳の王子であるお前が握っているその王家の秘宝を私がいただく。
そのためにはお前を逃がす訳にはいかないのだ」
「そうか…やっぱりな…」
まるでキイは予想していたかの様に呟いた。
「……じゃあ、このセドの王子である俺様が、【暁の明星】が是非必要なんだ、と言ったら、お前は俺にアムイをくれる気があるか?」
一瞬、何故そのような質問をされるのか、皆は検討もつかなかった。
「なぁ、正直に答えなよ。この俺に、暁をくれるのか、くれないのか」
ザイゼムはキイの真意がわからないまま、こう答えた。
「…何故、お前に暁を与えなければならない?あの影のようにいつもお前の傍にいる…目障りな小僧を」

アーシュラはその時、キイの取り乱した様を思い出した。
確か、キイの気は特殊で…しかもそれを受ける事ができるのが……。

アーシュラが何かを掴みそうなその時、キイがいきなり小さく笑い出した。

一同、その様子に驚いた。

「…ふふ、ふ、ふ、ふふふ、ふ、はは…ははは…」
下を向いていたキイの顔は、笑いが大きくなるにつれてどんどん上の方を向いていく。
「ははは、あーっははっはっ!」
その大きな笑いに、皆は彼の気が触れたのではないかと思った。

笑いながらキイは、自分の懐で脈打つ、小さな玉に思いを馳せていた。

彼はひとしきり大声で笑うと、いきなり椅子から立ち上がり、一瞬で隣にある寝台の上に飛び乗った。
そして器用に肩の関節を緩めると、後ろ手に縛られた手を目の前に戻し、結ばれていた手首の腰紐を、思いきり歯で引きちぎった。

「キイ?」
突然の彼の所業に、皆は唖然としているだけだった。

キイはもう周りを見ていなかった。
切なげな、だが嬉しそうな表情を一瞬浮かべると、自由になった手で、いきなり懐から8粒ほどの虹色の玉を取り出した。
ルランにはそれが見覚えがあった。あの夜の不思議な玉たちだった。

そして次の瞬間、キイは意を決したように目をカッと見開くと、

その玉を全て口に運び…飲み込んだ……。


「キイ!何をするんだ!!」

我に返ったザイゼムは、慌ててキイの傍に駆け寄る。
が、もう遅かった。
全ての玉を飲み込んだキイは、壁に寄り掛かりながら、その場に座るように崩れ落ちた。
「キイ!」
ザイゼムがキイの前に跪き、肩を荒々しく掴んで揺さぶった。
「キイ!」
アーシュラ達も蒼白になってキイの様子を確認する。

皆は息を呑んだ。

キイは空ろで何も映していない目を見開きながらも、もうすでに意識はそこになかった。
その時はまだ、身体は無意識のうちに、動き、生きている事は、微かに動く唇でわかった。
ただ、意識だけを彼は自分でどこかに閉じてしまったようだった。


彼は

自分の意志で、自分自身の意識を封じた。

気を封じられ、また自らの意識を封じ込め、キイは自分で己の存在を封印した。

それはまるで、

セド王国最後の秘宝と道連れしたがごとく、己の気の暴走を食い止めるがごとく、

死との隣り合わせの荒業を、キイは自ら進んで決意したのだ。


いつしか己の片割れが自分を引き戻す事だけを信じて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アーシュラの激しい後悔は、キイの命の火が消えかかるまで決意できなかった事だった。
我が陛下への忠誠と、キイへの思いの板ばさみで、アーシュラはいつも迷っていた。
だが、もう自分の本当の気持ちがわかった。
自分は陛下への忠誠心以上に、キイの命が大切だったのだ。
その事に気づくのに、三年もかかってしまった。
時間がかかり過ぎてしまった。
もう遅いかもしれない。だが、少しでもキイの希望を叶えたかった。

(頼む、アーシュラ。お願いだ、アムイに逢わせてくれ…)

「…行こう、キイ。俺が絶対アムイに逢わせてやる。お前が俺に頼んだ事、きっと叶えてみせるから」
アーシュラはそう言うと、キイを大きめなローブに包んだ。
「アーシュラ様?」
ルランが青くなって叫んだ。
「な、何をされるのですか?まさか…」
「キイをアムイの元へ連れて行く」
「いけません!そんな事をしたら陛下が…」
「頼む、ルラン行かせてくれ。頼む」
アーシュラはここ何ヶ月も仮死状態に近かったキイの身体を抱き上げた。
(軽い…)
自分と同じくらいの背の高さの男の重さではなかった。
(こんなに軽くなってしまって…)
ここ、何ヶ月も意識が戻らないキイは半分仮死状態で、ほぼ何も体内に取り入れる事ができなかったのだ。
だが、不思議なことに彼の体内で何かが生きているようで、それらが彼の生命を維持しているようだった。
それは多分、キイの分身でもある虹の玉。
キイの母親である、オーンの最高位、姫巫女が彼に託した【巫女の虹玉】。
だが、その虹玉の力も、三年という長き時にあたって、効力を失いつつある。
文字通りキイの命は風前のともし火であった。

アーシュラは彼を馬に乗せ、固定すると、足場の悪い麓を過ぎるまで、自ら慎重に歩きながら馬の手綱を引いて行った。

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暁の明星 宵の流星 #49

「アムイがカウンの村に向かっている…?」
アーシュラは戻ってきた自分の部下でもある、隠密隊から報告を受け複雑な表情をした。

確かにアムイの事だ。キイを必ず追いかけてくるのは分かっていた。
だがかなり思ったよりも早かった。

アーシュラはこの所、眠れぬ夜を過ごしていた。
もちろん、キイの容態のせいもある。
だがもうここに来て、彼はかなり追い詰められていた。

陛下への忠誠心と、キイへの想いだ。

アーシュラはアムイが大嫌いだ。それは今も変わりはない。
だが、彼の脳裏にはザイゼムの言葉がこだましていた。

(ならばアムイはどうだ?
あいつこそ、キイについては心身共に詳しいんじゃないか。
何せ仮にも【恒星の双璧】の片割れなんだからな)

アーシュラは溜息をついた。
もしかしたら自分は、アムイへの嫉妬で自分を見失い、キイをこのように追い詰めてしまったのではないかと、後悔の念に駆られていた。
あの時、自分がキイの事を考えて行動してあげてれば、このような事態にならなかったのではないかと、ずっと自分を責めていた。

そのように思いに耽っていたアーシュラにルランの悲鳴が耳に届いた。
彼は驚いて声の方に弾かれるように走った。
「宵の君(よいのきみ)!」
ルランは今にも泣き出しそうな悲痛な声で、寝台の上のキイを揺さぶっている。
「お願い!息をして宵の君!」
その言葉に愕然としたアーシュラはルランをどかすとキイの顔に自分の顔を近づけ、手を取り脈を確認した。
キイの顔は顔面蒼白で、まるで血が通っていない。
「息が…」
アーシュラは焦った。
何も考える暇もない、アーシュラはキイの気道を確保すると、口から自分の息を彼の口に送り込んだ。
何度も、何度もアーシュラは必死の思いでキイに人工呼吸をする。

…こほっ…。

何回目かの時、小さくキイの喉がなり、呼吸が戻ってきた。
うっすらと彼の顔に赤みが戻る。
アーシュラとルランはほっと肩の力を抜いた。
だが、いつまたこのような状態に陥るかわからない恐怖はまだ拭えない。
アーシュラはうっすらと薔薇色をさしている彼の頬に震える手を這わせた。
「キイ…」
もうだめだ。
「キイ…」
もう我慢の限界だ。
アーシュラは何度も彼の名をうわごとの様に呼んだ。

あの時。
あの時俺がお前の願いを聞いていたのなら…このような状態にお前を追い詰めなかったかもしれない。
初めてお前が俺に心をさらけ出して願いを請うたのに、俺は嫉妬の目で気持ちが眩んでいた。
すまない。キイ。
俺は…俺は…。

お前のアムイに対する本当の気持ちを知ってしまってから、俺はおかしくなってしまったのかもしれない。
それまでは俺は単純に、あいつがお前に依存しているだけだと思っていたんだ。

狂おしいほどのこの思い。
アーシュラは初めてキイに会ったときから、ずっと彼を見てきたのだ。
決して、成就するとは思わない、自分の彼への思い。

アーシュラの口から、今まで言えなかった言葉が自然と出た。

「キイ、アムイの所に行こう…。お前が必要としている…お前のアムイの元に」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それは三年前のある日、突然の事だった。

キイの不安はいきなりやってきた。

それでも、今まで何とか自分の努力で自分をコントロールしていたキイは、まだしばらく余裕はあると思っていた。
なかなかザイゼムの真意がわからぬまま、何だか時間ばかり経ってしまった。
これではだめだ。仕方がない、隙を見てアムイの所に戻らなければ。
取り返しがつかなくなってからでは遅い。
致し方ない、恥を忍んで聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)に行って、この封印を解いて貰おう。
そうすれば俺はアムイを必ず捜し出せる。
俺達は互いを呼び合い、互いが引き合う。
キイの心も体もかなり限界が迫っていた。最近ではアムイを求めて夜も眠れない。
己の特殊な気は、アムイの持っている気でないと上手く昇華できないのだ。

だがある晩。
“それ”は突然やってきた。

体内に吹き荒れる、あまりにものエネルギーの大きさの襲撃に、キイは胸を押さえて寝台から転がり落ちた。

キイの気の逆流だ。

全身の毛穴という毛穴から汗と共に気が漏れていく。
その激しさにキイは息が止まりそうになるのを、必死で自分を制御しようと抵抗した。
それは並の男では到底我慢出来ないほどの身体の変化、痛み、苦しみ…。
キイは七転八倒した。

早い。早すぎる。
キイは薄れ行く意識の片隅で思った。
自分で思っていたよりも、キイの気はアムイの気を求め、狂おしく出口を捜していたようだ。

この状態が早まった理由…。
それは自分の気が封じられている為の、気の流れに変動が起こっていた事も然る事ながら、もう一年以上もアムイと接していない事が大きかった。

いけない!
このままではあの時のように暴走してしまう!!

キイは必死で己と己の気と戦い続けた。

「うぅ…、あっああ…あー…」
抵抗する自分の声が、自分の物ではないようだった。


東のとある島のゼムカ専用の隠れ家に、ザイゼム達は滞在していた。
アーシュラはその晩、ザイゼムが公用で群れから離れたため、遅くまで彼の帰りを待っていた。
いつもなら率先して彼のお供をする所だった。
しかし、東のある州の幹部は、ザイゼムがひとりで来るように指示した。
今回の接見は、公用という名の密会でもあった。
それはザイゼムがどうしても知りたい事柄…。彼はその条件を呑んだ。
なので今回はキイを連れて行くことが絶対に出来ない。
ザイゼムは自分より、キイの身を案じた。
だからアーシュラにキイの事を頼んで、自分は違う護衛を一人だけ連れて相手がいる場所に向かった。

彼はひとり時間を気にしながら、夜半になっても戻らない自分の王を心配した。
自分が彼の傍を離れるのは滅多にない事だったが、キイが絡んでいては仕方がなかった。
アーシュラは外の様子を見ようと応接間から廊下に出た。
必然的に彼はキイの部屋を通る。
その時、部屋の中で物を倒す音がした。しかも聞いた事のない声がする。
アーシュラは慌ててキイの部屋に入った。
そこにはかなり暴れたであろう、悲惨な部屋の状態と、その中央にのたうち回るキイの姿が目に飛び込んできた。

「キイ!?」
アーシュラは驚いて彼に駆け寄った。
「どうした?大丈夫かキイ!」
こんな状態の彼を、長年一緒だったが初めて見た。
思わずアーシュラは彼を抱き起こした。
キイは先程の激流との戦いの山をかなり越えたようで、激しさが多少収まりつつあった。
が、しかし、自分の体の変化はまだ安定しない。
朦朧とした意識の中で、キイは誰かに抱かれた気がして、思わず自分の口から言葉がついて出た。
「アムイ…」
アーシュラはキイの口から発せられたその名前に凍りついた。
「アムイ…」
キイはうわごとの様にそう呟くと、アーシュラの体を、誰かを求めるかのようにまさぐった。
アムイの名を呼ぶキイは、普段とは全く違っていた。
汗ばんだ白い肌に焦点の定まらない目、うわごとを繰り返す唇はまるで人を誘っているように見える。
普段の彼も背徳感のある、妖艶な美貌をしていたが、いつも乱暴に振舞うような風情のせいで、その印象はかなり抑えられていた。
が、今の彼は全くの無防備で、その色香は半端なくアーシュラの欲望を刺激した。
アーシュラは気を引き締めようと、目を瞑った。
キイは苦しそうに喘ぎ、一生懸命自分の意識を取り戻そうと、短く呼吸を繰り返した。
その様子にアーシュラは再び彼を見た。
「キイ、しっかりしろ!一体どうしたんだ!」
キイはようやく意識を取り戻したようだった。
だが、この苦しい状態はまだ続いている。
「…ア、アーシュラ…?」
やっとキイは自分を支えてくれている人間が長年の友だと知った。
「この状態は一体何だ?何が起こったんだ…」
突然キイの瞳が涙で潤み、美しい雫が一粒こぼれた。
初めて見る彼の涙に、アーシュラは心臓を掴まれた。
「頼む…」
震える声でキイはアーシュラに懇願した。

「アムイに逢いたい」

アーシュラの思考が止まった。
「お…お願いだ…。アーシュラ」
キイは涙を流しながらアーシュラにすがりついた。
「俺をアムイに逢わせてくれ。お願いだ!今すぐ俺を解放してくれ…。
アムイに…アムイの元へ帰りたい」

アーシュラはショックを受けた。
こんな【宵の流星】を自分は知らない。
まるで無防備な子供のようであり、儚くも消え入りそうな乙女のようでもあった。
こんな彼を目の当たりにして、アーシュラの理性は今にでも何処かへ吹っ飛んでしまいそうだった。

だが、キイの口からアムイの名前だけは聞きたくなかった。
アーシュラの心の底に、どす黒い何かが蠢いた。

「だめだ、キイ。前にも言った。これ以上俺は何もできないと」
それでもキイはアーシュラにすがった。
「アムイに…アムイに…。俺の気はあいつでなければ受け止められない…。
今だからお前には言おう。だからお願いだ、力を貸してくれ」
キイは徐々に気が治まりつつあるのを感じた。
今回も自分の気力の方が勝った!
キイはアーシュラに気づかれぬよう溜息をついた。
だが、次は無事だとは限らない。
早急にアムイに逢う必要があった。そのためには誰かの協力が必要だった。
キイは潤んだ瞳でアーシュラを見上げた。
先程の自分との戦いで、かなり彼は体力も気力も消耗していた。本当はこうして話すのも辛い。
だが、キイはアーシュラに懇願した。
必死の思いで、キイは長年の友であるアーシュラにすがったのだ。
それは本当に危ういほどの妖艶さを漂わせ、しかも隙だらけで今にも折れそうな風情だった。
アーシュラは自分の衝動に困惑した。
今にも理性が飛びそうだった。
このまま彼を押し倒したい衝動に駆られ、自分の物にしようとしそうなのに愕然とした。
だが、突然ザイゼムの顔が浮かび、彼はありとあらゆる理性の欠片を掻き集め、その衝動を自分の中から追い出した。

「だめだ。俺はお前の願いを聞けない。聞けないんだ」
アーシュラは自分で言い聞かすように声を絞り出した。
その言葉に絶望したキイは、そのまま崩れるようにアーシュラの腕の中で気を失った。

気を失っていたのは、ほんの少しだけだったらしい。
気が付くと、キイは寝台の上に横たわっていた。
傍に人の気配がして、キイは慌てて上半身を起こした。
「あ…」
まだ体調が戻っていないらしく、軽い眩暈がした。
「大丈夫か、キイ」
寝台の横に腰掛けていたアーシュラはキイを気遣った。
ぼーっとしてキイは彼の顔を見た。「アーシュ」
「どういう事だ。お前…アムイとは何かあるのか」
「…情けねぇ所を見せちまったな…」
もうすでにキイは普段と変わらない様子でこう詫びた。
そしてちらりと長年の友を見やると、自嘲気味に言った。
「言ってもお前は俺の願いを受けつけねぇんだろ?」
「……すまない」
「俺の気は普通の気じゃねぇんだよ」
「キイ…」
キイは頭に手をやった。まだ頭がぼうっとしてやがる。
「俺の噂ぐらい聞いているだろ?俺の生まれながらの気は特殊な物で、それを受けられるのはアムイだけだって」
「…確かに…聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)でそんな話は聞いたことはあったが…。
あれ、本当の事だったのか」
アーシュラも確かにその話は耳に入っていた。
二人が今だに二人部屋で過ごしている理由を、勇気ある門下生が訊いた内容だ。
だが、皆はそんなおかしな話、全部信じるわけがなかった。
「俺の流星の異名のいわれなんだよ。たまにこういう人間が生まれてくるんだと。数は少ないけどな」
「…そうだったのか…」
「ま、のことなんて、普通の人間にはよくわからねえ、関係のないものだからな。
修業者じゃなきゃ気を語る奴はいないし。詳しい奴だってそんなにいない。
ま、そう生まれる人間もいるわけよ。世の中不思議な事もあるもんだろ?」
アーシュラは完全にいつものキイに戻っている事に、ほっとする反面、少々惜しい気もしていた。
あの時の彼は、この自分に本当の気持ちをさらけ出していた様に感じたからだ。
「では、アムイもそういう特殊な人間なのか?」
その言葉に、キイはピクっとなった。
そして何か考えあぐねるとふっと笑って答えた。
「うーん。そんな大そうなものではないけど、たまに気を受け取る力を持つ人間もこの世にいるんだよ。
まるで雷のようだと言った方がわかるかな。
難しい話だが、放電っていうの?アースっていうの?
俺が流して受け止める奴が必要って事だ。ま、たまたまガキの頃からアムイが俺を受け止められたんだと。
だから一緒に引き取られたんだよ」
「…金環(きんかん)の気の特徴は…。安定、固定、壮大、受容、寛容…と、言われていたな
アムイがあの若さで、最高級の金環の気を修得できたのは、元々そういう素質があったのか」
キイはしばし黙った後、ポツリと答えた。
「そうだよ」
「……だからお前たちは部屋が一緒だったのか」
キイはアーシュラの様子をじっと見ていた。
普段冷静なくせに、本当は熱い物を持っている男。それをなかなか出さない事に、キイは気づいていた。
そして何故か、自分が絡むとたまに感情的になる。そんな友人をキイは嫌いじゃなかった。
「何だよアーシュ、変な顔して」
アーシュラが何かを考えてるように黙りこくってしまったのをキイはいぶかしんだ。
「ん?変か?」
アーシュラはキイの顔に目線を向けた。
「いや、俺はまた、お前たちの部屋が一緒なのはアムイに原因があるからだと思ってた」
キイは彼のその言葉に固まった。
「何でそう思う?」
キイの声色が変わったのを、アーシュラは気づいた。
「…だって、奴は昔からお前しか必要ないって感じだし、いつもお前があいつの面倒を見ていたし…。
周りは皆思ってたよ。何でそこまでって。
しかもそれを当のアムイは当たり前の顔してお前に甘えてるし…俺にはあいつがお前に依存してるだけに見える」
「……」
「昔アムイが集中して暴力を振るわれたのだってそれが原因のひとつだろ。
部屋だけでなく、寝床も一緒だなんて、変な噂されて…」
いきなりキイが嘲るように笑い出した。
「キイ?」
その笑いは自分に対してなのか、それともキイ自身に向けてだったのか、アーシュラは困惑した。
キイはひとしきり笑うと、暗い眼をしてアーシュラを見上げた。
「……本当だよ」
「え?」
「俺達、いつも同じ寝床で寝ているよ。今でも」
その言葉にアーシュラは衝撃を受けた。
「今…も?」
「お前…何か勘違いしているよ」
キイの声もいつもの声ではなかった。
元々低い声が、益々暗さを帯びて、まるで闇の底から出ているようだった。
「お前達に…俺達の何がわかる?」

キイは搾り出すようにそう言った。

彼の暗い目からまた一筋の涙がこぼれ、苦悶の表情でこう続けた。
「確かにアムイは俺に依存してるよ。でも…。
本当に依存しているのはこの俺だ」
「キイ?」
「俺がアムイに依存しているんだ。お前達にはわからない。
俺の気持ちなんてお前達にはわからねぇんだよ!!」
キイは叫んで頭を抱えた。
全身が震えている。
アーシュラは昔、キイの闇の部分を垣間見た事を思い出した。
その彼が、今再び自分の目の前にいた。

「…俺は…アムイがこの世にいるからこそ、この世に留まっているんだよ。
アムイがいなければ、こんな世界意味がない。
…俺はこの世に存在しているだけで罪悪なんだから」

アーシュラはキイが何を言っているのかわからなかった。
ただ、彼の狂おしいほどのアムイへの思いに打ちのめされた。

「ああ…。嫌だ。もう何年も前に俺は闇を越えたと思っていたのに…。
何で思い出しちまうんだよ、畜生!
全て何もかもアムイと離れ過ぎたからだ!」
そうキイは叫ぶと、発作的に再びアーシュラにすがりついた。

「アーシュラ!もう俺、限界だ!アムイに逢わせてくれ!
お願いだ…もう俺、限界なんだよ!!」
アーシュラは愕然として、自分の愛する男が取り乱しているのを見ていた。
しかもその原因は、自分以外の男のため。

アーシュラが何も答えてくれないのに痺れを切らしたキイは、いきなり立ち上がると部屋から出て行こうと扉の方に向かった。
「キイ、待てよ!」
アーシュラは慌てて彼を追った。
「お前が俺の願いを聞けないのなら自分でやる。
初めからそうしていればよかった。
俺はここから出てアムイの元に帰る!」
そう言い捨てながらキイは扉を開けようとした。
が、扉がいきなり開き、そこにはザイゼムが恐ろしい形相で立っていた。

「陛下!!」
いつからここにいたのだろう?
ザイゼムの顔色で、かなり前から自分達の会話を聞かれていたに違いなかった。

「ここを通せ!ザイゼム!」
キイはいきり立った。
「そんな事、許さん!」
ザイゼムもキイに負けず怒りで応戦した。

「お前は私のものなんだ!勝手な事は許さない!!」

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2010年3月21日 (日)

暁の明星 宵の流星 #48

ぬちゃっとした、ナメクジのような感触が、イェンランの胸を這った。
もの凄い嫌悪感が彼女の全身に走る。
男達の生温かい息と、男特有の体臭が鼻につき、息ができないほどだった。
男達は彼女の白い足を掴み押し広げようと力を入れる。
イェンランは反射的に恐怖で足をバタつかせようとした。
だが、男の力で難なく屈服させられてしまう。
「早くしろよ」
ひとりがせかした。
「もう諦めな。女は大人しく男に従ってりゃいいんだ」
そう言って男は彼女の体にのしかかったその時、

バタン!

と大きな音が響いて扉が開き、凄まじい風雨と共にひとりの男が突進して来た。

そのせいで小屋の中にまで激しい風が吹き込んで、男達に直撃し、驚いた彼らは動きを止めた。
「な、何だ?」
いきなりな事で驚いた男達は、開け放たれている扉の方を振り向いた。
その直後、風雨と共にやってきたアムイは、イェンランの上にに乗っかっている男の首根っこを鷲掴みにすると、勢いよく投げ飛ばした。
突然の侵入者に男達は固まった。
「イェン」
アムイは彼女のむき出しになった白い胸と、暴行を受けたであろう頬の痣と口元の血を見て、怒りが爆発した。
もの凄い目で男達を睨むと、近くにいたもうひとりをアムイは力任せに拳で殴った。
「ひ、ひぃっ!」
男達はアムイの鬼気迫る迫力に恐れをなし、倒れている仲間を引っ張って逃げ出した。
アムイは男達を追いかけようと体勢を整えたが、イェンランのうめき声で我に返った。
そして小屋の中に落ちていたマントを拾うと、急いで彼女にかけてやった。
「大丈夫か?イェン!」
イェンランはアムイの声に気が付いた。
痛む体を無理やり起こそうとするが、力が入らない。
(アムイ…助けに来てくれたんだ…)
イェンランは彼の声にほっとして涙が溢れてきた。
「ごめん…迷惑かけて…約束破って…」
そう言いながらやっと自分で半身起こしたが、すぐによろめいた。
アムイが慌てて彼女の体を支えようと両腕に手をかけた時、アムイの男の手の感触と、男性の臭いに、先程の恐怖が甦り、我慢できなくてイェンランは激しく嘔吐した。

駆けつけたサクヤと町民のお陰で何とか宿に戻った彼女だが、あまりにもの衝撃で、体の震えは止まらず、何度も嘔吐を繰り返していた。心配しているアムイとサクヤが近づこうとしただけでも、男性というだけで彼女は気分が悪くなってしまう。
仕方なく彼らは老婆に彼女を任して、部屋の外で無言のままずっと佇んでいた。
その時、血相を変えてシータが人を連れて二人の前に現れた。
「お嬢が襲われたって?」
「シータ!戻るのは明日じゃなかったのか?」
「意外と早くお会いできたのよ」
と、言ったシータの後ろについて来ている人物を見て、サクヤは驚いた。
「北のご老人!」
その言葉に驚いてアムイもシータの後方を見た。
「爺さん!」

そうシータがつれて来たのは桜花楼で出会った昴老人(こうろうじん)であった。
「何でシータが爺さんと…」
「その話は後で。とにかくお嬢はどうなのよ」
その時老婆が洗面器を持って部屋から出てきた。
「すみません、世話をかけます」
サクヤが頭を下げた。
「いいんですよ、こっちは娘さんのお陰でうちの孫は無事だったんだ。
お礼を言うのはこっちですよ。
だけど…今はかなりショックが大きいようで…。誰か傍についていてやんないと…」
しかし、男では今の彼女には酷過ぎる。
アムイは振り向かないまま、シータに言った。
「シータ。頼む。お前、イェンについていてくれないか?」
シータはアムイが初めて自分にものを頼むのを聞いて驚いた。
「男の臭いがしないお前なら、あいつの傍にいてやれると思う。帰ってきた早々悪いんだが」
「もちろんよ」
シータは快諾し、サクヤに言った。
「サクちゃん、その代わりご老人を丁重にお相手しててくださらない?
話によるとアンタ達、知り合いみたいじゃないの」
そう言って彼はイェンランの部屋に入っていった。

イェンランは自分でも抑えきれないほど震えを止められないでいた。
目を瞑ると、先程の恐怖が現れる。彼女は眠るのでさえ怖かった。
つい、あの男達の手の感触を思い出して、彼女は胃液が逆流した感じを何度も味わった。
今までも自分の女としての性を呪ってきたと思ってきたが、今以上自分を消してしまいたいくらいの感情に支配された事はなかった。
イェンランの頭の中では、何故自分は女として生まれたのか、どうして女だからこのような目に合わなくてはいけないのかと、怒りと絶望と自虐的な思いがぐるぐると渦巻いていた。
本当に今の彼女は女としての自分を消してしまいたかった。
涙で霞んだ瞳を空虚に部屋の中に漂わせる。
そこに彼女が持っていた護身用の剣の鞘が、脱いだ服の下で光っているのに目が止まった。
きっと誰かが小屋から拾って来てくれたのだろう。
ふらふらと重たく、なかなか動かない体を懸命に動かしながら、彼女は震える手で剣を取った。
そしてその場に力なく跪くと、鞘を抜いた。
ぎらりとした銀の刃が、彼女の痛々しい顔をぼんやりと反射している。
イェンランは涙が込み上げてきた。
自分がとても汚らしい存在に思えた。
男達が自分をそういう目で見るたびに、彼女は自分の姿を、体を、嫌悪していた。
女としての自分を呪っていた。
イェンランは泣きながら自分の長く美しい髪を一束握ると、剣の刃を当て、思いっきり引いた。
ばらばらと黒髪が床に散った。
心配性の次兄が、唯一彼女に許してくれた自慢の黒髪だった。
この世界では男も長髪は当たり前なので、女の長い髪を女性の象徴と捉えている者は多くない。
だが、やはり豊かな髪は女をより女として見せてくれる。
女として生まれた事に怒りながらも、彼女はどこか女である部分を好きでいたかったのだと思う。
性への嫌悪感が自分の女性性を閉じているだけだった。
だけどもうそんな事を思う余裕も、今日の事で彼女の中でなくなってしまった。
唯一女性として彼女を存在させていた長い黒髪でさえも、今の自分には忌み嫌うもの。
イェンランは自分の髪を切るたびに、目から涙が溢れ出すのを止められない。

「お嬢!何してるの!」
部屋に入ったシータの目に飛び込んできたのは、彼女が泣きながら髪を切っている姿だった。
「止めなさい!」
シータは彼女から剣をもぎ取った。
彼女の両サイドの髪は肩の所で無残にも不揃いに切られ、涙を流している顔は腫れて何とも痛々しい。
たまらなくなってシータは彼女を抱きしめた。
「ごめんね!ああ、お嬢!アタシがついていたらこんな辛い思いさせなかったのに!」
「シータ…?」
イェンランはシータの優しい香水の匂いに気が付いた。
「お願いよ、お嬢。頼むから自分の女の部分を否定しないであげて。
アンタが悪いんじゃない。アンタは汚らわしくない!
お願いだから自分を責めないで!」
シータの目にもうっすらと涙が浮かんでいるようだった。
イェンランはその言葉に、わっと堰を切ったように泣き出した。
シータにすがりつくようにして、彼女は号泣した。
その彼女を、シータは落ち着くまで、黙って抱きしめていた。


しばらくサクヤと雑談していた昴老人は、年寄りは早寝しないと、と言って、すぐに寝床に引っ込んでしまった。
アムイはずっと険しい顔して黙りこくったままだ。
サクヤは意を決したように、アムイの傍に行った。
「兄貴…、オレ」
「ああ」
「もしかして、同じ事考えていた?」
「多分な」
サクヤの口元に不敵な笑みがうっすらと浮かんだ。
「じゃ、行きましょうか。世話になった礼をしに」

この町を恐怖に陥れていたのは、他村から流れてきた20人ほどの男達だった。
この者達のせいで、町は荒れ放題だ。
「ったく、情けねぇ。お前ら四人もいて、獲物を残して逃げ帰ってきたのかよ?」
中心核の男が大声で言った。
「だって、すげえ強かったんですよ、あの男」
投げ飛ばされた男が打ち付けられた腰をさすりながら弁明した。
「顔は恐ろしいほど綺麗だったがね」
もうひとりが顔を歪めた。
「だが上玉を逃したのは痛かったな!今度は人数束ねて女を強奪しに行こうぜ。
いくら強くても、多勢には勝てんだろうさ。それともこれから行くか」
そう言った時、一味が隠れ住んでいる家の玄関が開く音がした。
「誰か来たのか?」
見張りが報告して来ないのをいぶかしんだひとりが、様子を見ようと部屋から出ようとした時だった。
いきなり部屋の扉が開き、二人の男がずかずかと部屋に入ってきた。

「あ!お前!」
顔面に怪我を負っている男が叫んだ。
アムイとサクヤだ。
「なんでぇ貴様ら!」
中心核の男が睨み付けた。
「こいつですよ!こいつがすげぇ強い…」
アムイにやられた男が耳打ちした。
「何か用か!?」
別の男が叫んだ。


アムイとサクヤは二人肩を並べ、大勢いる男達を涼しい顔で眺めた。
「さっきは妹が世話になったな」
いきなりサクヤが言った。
「ちょっとお礼がしたくてね」
アムイが尊大な顔をして言い放つ。
「何だとこいつら!」
その声で男達はわっと二人を囲んだ。
「やっちまえ!」

アムイとサクヤは二人同時に口元に笑みを浮かべた。
「思う存分、どうぞ」


次の日、シータのお陰で自分を取り戻したイェンランは、まだ思い出すと気分が悪くなるが、かなり落ち着いていた。暴行未遂という事もあり、寸でのところで助かった彼女は、今は男性が近くに寄っても、何とか吐く行為は収まっていた。それでも昨日の心の傷は簡単に癒えるものではない。

朝食をイェンランに持っていくとき、シータはアムイにポツリと言った。
「あの子を助けられるのは…キイしかいないかもしれない」
アムイはその言葉を黙って聞いていた。
窓際のテーブルに座って朝食を口に運んでいたサクヤは二人に言った。
「もう今日中に次に向かおう、兄貴。
…それよりもシータ。昴老人も同行するなんて、言ってなかったじゃん」
「まあね。落ち着いたら事情は説明するわよ。
だーいじな人なんですからね、失礼の無いようにしてよ。特にアムイはね」
と謎の言葉を残し、シータはイェンランの部屋に向かった。

午後になって、一行は宿の人間に沢山の食料をお礼にと貰い、この町を後にした。
シータは昴老人を後ろに乗せ、他の者は一人づつ馬に跨った。
イェンランを心配する声に、彼女は気丈にもひとりでも大丈夫だから、と率先して馬に乗った。
その方が自分の気が紛れるからだった。
イェンランの髪は、シータによって綺麗に切り直され、正面のサイドは肩くらいの長さで流れていたが後ろはそのままだ。
本当は皆と顔を合わせるのはとても恥ずかしかった。
でも、アムイもサクヤも何一つ彼女に文句も説教も言わなかった。
しかも自分を気遣って、程よい距離で接してくれている事が、今の自分にはとても在り難かった。

「なんかねぇ」
一緒に馬を並べて、歩を進めているシータが突然言った。
「昨晩、誰かわからないけど、この町を牛耳っていた奴らをこてんぱんにしちゃったそうなのよ。
さっき町の警護官が喜んで宿まで報告しに来たわ。
あれだけの多勢、一晩であっという間だって」
その言葉にイェンランはつい、後方でゆっくりついて来ている馬上の二人を見た。
アムイとサクヤは何事も無かった顔して馬を進めている。
イェンランは前に向き直った。
「でもよかったわよねぇ。これであの町も当分平和よ」
シータは含み笑いした。
イェンランは後ろの二人に感謝した。
そして暖かな気持ちが広がっていくのを感じた。
まるでフォンリー兄さんに感じたような同じ気持ち。
兄さんもよく、自分が嫌な目に合った時、彼女の知らないところで手を回してくれていた。
彼女は自分ひとりが不幸だと絶望していた。
だけど、知らないところで自分は守られている事を、このとき悟ったのだ。
彼女の目に熱いものが込み上げてきた。
だが、皆に知られると恥ずかしいので、きゅっと歯を噛み締めて我慢した。


そうして五人は荒野を抜けて、次の村に向かった。
その村を抜け、山に行けば目的のゼムカ前王の館がある。
アムイ達がそこまで来ている事を、ゼムカの隠密が気が付いていたのも知らず、五人は目的地に進んでいく。


いや、キイの事でピリピリしてるであろうザイゼムの事、抜かりはないのは予想の範疇だ。
アムイは気を引き締めて、焦る気持ちを一生懸命抑えていた。


その前王の館に、丁度ザイゼムが訪れていた。
彼は容態のよくない自分の父親を見舞うため、一時この館に寄ったのだ。

ザイゼムが尋ねた高僧は、丁度旅に出てしまったとかで、結局会えなかった。
落胆する暇もない彼は、事情を説明し頼み込んで高僧の行きそうな所を聞いた。
しかし、彼はもうすぐ隠居の身なので、自由に出かけてしまっているため、他の者も要領を得ないらしい。
高僧が是非戻ってきたら教えて欲しい、と切実に頭を下げる一国の王を不憫に思って、その症状ならと、例の高僧が作ったといわれる秘薬を、寺の人間が分けてくれた。
「これなら最悪な状態でも意識を上に戻してあげられると思いますよ」
寺の僧はそう言ってザイゼムに掌に収まる薬の瓶を渡してくれた。
ザイゼムは丁寧にお礼を言って、北の北天星寺院(ほくてんせいじいん)を後にした。

そしてはやる気持ちを抑えつつも、山の隠れ家に戻る途中、父王の顔を見に来たという訳だった。

久しぶりの親子の対面。奔放なザイゼムでも、いくら緊急な事情があったにしろ、父親の夢を砕いてしまった事に心が痛んでいた。
「父さん、具合はどうです?」
ザイゼムの言葉に、寝台の上で休んでいた前王は、ゆっくりと顔を息子に向けた。
「うむ。まぁ、何とかな。お前も元気そうでよかったじゃないか」
父親のやつれた顔に胸が詰まりながらも、彼は明るくこう言った。
「これからはこの辺一帯、緑が綺麗でしょう。気候もよくなる。早くよくなって散歩しなくてはね」
「散歩か…」
前王は懐かしそうに目を宙に漂わせた。
「なあ、ザイゼム。どうして私がここに最後の居を構えたか、わかってるだろう?」
ザイゼムは言葉に詰まった。
「…お前は本当に母さんにそっくりだなぁ…。奔放さといい、豪胆さといい」
ゼムカ前王には3人の妻と5人の愛人がいた。
そしてその女達の間に子供を18人も儲けた。
その精力絶倫の彼が、まだ若き王子だった頃、出会ったのがザイゼムの母親だ。
「お前の母親は…知っての通り、外大陸から来た女だ。北の沿岸で、あれの乗った船が遭難して…私達が助けた。その時まだ16だったお前の母さんと出会って…恋に落ちた」
ザイゼムは黙って父親の話を聞いていた。
「あんなに我の強い奔放な女!私は初めてだった!こんな女、どこにもいない。若さも手伝って私は夢中になった。彼女とは一緒に大陸全土を回った。刺激的で、本当に楽しかった。
…そしてお前が生まれて、私は幸せだった。
だが、やはりお互いの価値観の溝は、時間が経つにつれて大きく開き始めた。
私には王位を継いで、後継者を残す責務がある。平和な世ならいざ知らす、特にこのように情勢が危うい時代、王家の血を絶やす事はどうしてもできない。だから私はこの大陸になぞって、他の女との間に子供を作った。…この世界では当たり前の事だろう?だが、彼女はそれが我慢できなかった。外大陸では一夫一婦制とかで、私の考えが理解できなかったらしい」
前王は溜息をついた。
「ま、私も頑固で、自分が正しいと思っていたからな。お互い様だが…。
自分を愛してくれているなら、自分を理解してくれなければ困る、と私はお前の母親に自分の考えを押し付けていたのかもしれんな…。彼女が私の元を去ってから、私は激しく後悔したよ。
だがそんな感情…一国の王には無駄なもの。私は退位するまでずっと自分を偽ってきた。
…この土地は、初めて出会った頃、遭難したお前の母さんを癒すため、少しの間暮らした土地だ。
彼女はこの土地の自然が好きだったなぁ。よく二人で色々話しながら散歩をしたものだ」
前王は懐かしそうに目を閉じた。
「この歳になって、思い出すのはお前の母親の事ばかりだ。…こうならないとわからないなんて、自分は彼女の夫としては失格だった。なあ、お前にはそういう思いして欲しくないのだよ、ザイゼム。そういう相手はおるのか?」
ザイゼムはちょっと困ったように笑うと、自分の父親にこう答えた。
「まぁ、妻、という概念で言えば、私は根っからの狩猟タイプだから、女だったらやはり大地に根を張って、安定して子供を育てながら男を待っているのがいいですけどね」
「ふふ。そうか」
「でも父さん、我が民は男だけだし、別に妻とか妃とかの必要性はありませんがね。父さんのように女は大して私には重要じゃないんですよ。…ただ…」
「ただ?」
「自分の一番近くにいて欲しい人間は、やはり自分と共に戦う者がいいようです。
それは男でも女でもいい。自分と共に人生を戦って生きる人間がいてくれれば…」
ザイゼムはキイのあの自分に通じる奔放さを愛していた。
初めて彼に会ったときの、心の躍動感を思い出し、ザイゼムは苦笑いした。

そんな自分の愛する息子の顔を、ただ黙って前王は見つめていた。
だが、父は何もこれ以上言わなかった。

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2010年3月20日 (土)

暁の明星 宵の流星 #47

日中アムイとサクヤは馬を調達するために、町へと出かけてしまった。
イェンランは午前中暇を持て余して、部屋でごろごろしていた。
昨日買い置きしていた食料を昼飯にし、食べ終わった所でイェンランは女の子の声が階下で聞こえたのに気が付いた。何となく気になったイェンランはフードを被ると、そっと下に降りて様子を伺った。

宿のロビーで、まだ10歳過ぎくらいの少女が、籠を持って老婆と話をしていた。
長い茶色の髪を三つ網にし、顔にそばかすがあって、つぶらな瞳が幼い印象を受ける。
「大丈夫かい、ラミン。この間あの男達に後をつけられていたじゃないか。いくら3軒隣の酒屋に行くにしても、当分ここから出ない方がよくないかい?」
「すぐ行ってすぐに帰ってくるわよ、おばあちゃん。大丈夫、まだお昼だし。
だって、今日お父さんが出稼ぎから一時戻ってくるのよ。
あたし、どうしてもお父さんの大好きなお酒を用意したいのよ」
そういえば、この老婆には孫がいるって言っていたのをイェンランは思い出した。
「そうかい…。わしが行ってあげたいのだが、どうしても最近腰の調子が悪くてね。
できたら向かいのラドンさんに言って、一緒に行ってくれると安心だが…」
「うん、そうするよ。大丈夫。あの人たち、こんな昼から目立ったことしてくるわけ無いよ。
行ってくるね」
イェンランはもう少しで〈自分が一緒について行こうか?〉と言い出しそうになった。
しかし、アムイとサクヤに約束させられていた。

(絶対自分達が戻るまで部屋(宿)から出ないように)……と。

しかも約束を破って何かに巻き込まれても自分で解決してくれ、関知しない、とまで脅されていた。
一瞬自分は信用されていないの?と思ったが、現実の話、イェンランは昨日の町の様子に、正直恐れを感じていた。アムイ達のように、自分の身を守りきれる自信がなかった。

イェンランは後ろ髪を引かれる思いで、少女が出て行くのを階段の隅で見守った。心の中で、無事に早く帰ってきてね、と呟きながら。


ところが一時間以上経っても彼女が戻って来たという気配がなかった。
この宿には自分達しか客はいない。ひっそりとしているから、少女が帰ってきたらすぐにわかる。
イェンランは気が気じゃなくなってきた。やはり一緒について行ってあげるべきだったかも、とまで思うようになった。
そうこうしているうちに、空が陰り雨が降ってきた。この時期の北の国は、気候の変化が激しく、突然嵐のような天気になるのは珍しくなかった。案の定、風まで出てきて、嵐のようになってきた。先程まで照っていた日差しも黒雲に遮られ、夜とまではいかないが、かなり薄暗い。
イェンランの心配もピークに達していた。
この少女とは面識はなかったが、まだ年端もいかない女の子だ。知らない振りはできなかった。

彼女は思い切って外に出て様子を見ようと思った。
嵐だもの。こんな気候で人が徘徊してるわけが無いし、と自分にいいように言い聞かせて。

イェンランはフードを目深に被ると、そっと宿を抜け出した。
激しい雨が彼女を打ちつける。
3軒隣の酒屋の近くまで来て、その店が今日は臨時休業だったのを知った。
(じゃあ、あの子…。違う店に行ったのかな…)
イェンランは心配になりつつも、この町のことをあまり知らないので、ちょっと途方にくれた。
しかしどうしようもない、宿に戻っておばあさんと相談した方がいいと今更ながら気が付いた。
イェンランは溜息をつくと今来た道を戻り、宿の近くまで差し掛かった。
その時、嵐に紛れて女の子の悲鳴を聞いたような気がした。
それは宿の向かいにある家の右脇にある狭い路上の方からだった。
(まさか…)
嫌な予感がして、イェンランはその路地を覗き込んだ。
そこに、少女が持っていた籠と、割れた酒瓶が転がっていた。
イェンランは嵐の中目を凝らした。
路地の奥で、四人の男達が何やら蠢いているのが目に入った。
男達はちょうど、少女をさらおうとしている所だった。
イェンランは驚いて止めに入ろうとして、護身用の剣を忘れていたのに気が付いた。
彼女は急いで宿に戻り、自分の剣を持つと老婆に叫んだ。

「お孫さんが男達に連れて行かれようとしてるの!」
突然の事で、老婆は驚いた。
「早く警護の人か誰かを呼んで!向かいの路地で今連れて行かれようとしているから!」
内容もさることながら、フードを被った客人が女の声で叫んだ事に老婆は益々驚いた。
「あ、あんた…。女の子じゃないか!何処へ行くんだ。き、危険だよ!今誰かを呼ぶからお前さんはここに…」
「それじゃ間に合わない!」
イェンランは今連れて行かれそうになっている少女の事しか考えてなかった。
老婆が止めるのも聞かず、そのまま彼女は薄暗い嵐の中に身を投じた。

とにかく急がなくては見失う、と焦って彼女は路地に戻った。
丁度男達は少女を担いで違う所に移動しようとしていた所だった。
イェンランは無我夢中で後を追った。
少女は泣き喚いているが、その声も嵐でかき消されている。
男達はどんどん寂れた道に進んでいく。
そしてその先の人気の無い小屋に入って行った。

(どうしよう…)
イェンランは困った。このまま躍り出ても多分男四人には敵うまい。

だが、少女の身の危険はもう始まっていてもおかしくない。
イェンランは決心した。

小屋の中では男達がいやらしい顔で少女を見下ろしている。
「この間は邪魔が入ったが、今日はいいところで捕まえたなぁ」
ニヤニヤしながら男達は舌なめずりをしている。
「本当にこの世は不公平さ。女はどんどん減ってる上に、器量のいいのは全てお偉いさん達がごっそり独り占めしてやがる」
「ああ、俺らみたいな金もないごろつきには、いい女なんかちっとも回ってこねぇしな」
「こんなチビで我慢しなけりゃなんないなんてさ」
「いや、ばばぁより若くていいだろうよ」
少女はあまりにもの恐ろしさに身を縮め震えて泣いていた。
窓から覗いたイェンランは、彼らが食堂であった男達だと気が付き、言い知れぬ怒りが再び沸き起こってきた。
今まさに男の一人が少女の体に手をかけようとした時、イェンランは弾丸のごとく窓から小屋の中に飛び込んだ。
男達はいきなりの侵入者に驚いた。
そのひるんだ隙にイェンランは剣を構え、少女の手を掴んだ。
少女も驚いた。いきなりフードを被った人間が自分を助けに来てくれたのだ。
イェンランは無言のまま少女を引っ張って外に出ようとした。
しかし、男達はそんな事を許す筈も無かった。
「何だてめぇ!むかつく事してくれるじゃねぇかよ!」
一人の男がイェンランを捕まえようと手を伸ばした。
彼女は必死になって剣を振り回す。
だが、所詮女の力。力強い男達は簡単に剣を彼女の手からもぎ取ってしまった。

慌てたイェンランは扉に体当たりして外に出ようとした。
その勢いで扉が少し開き、勢いのある風が吹き込んできた。
瞬間、彼女のフードが外れた。
長くて柔らかな彼女の黒髪が風に舞う。
驚いた男達は彼女のマントの裾を思いっきり掴んで引っ張った。

「きゃあっ!」
イェンランは悲鳴と共に小屋の真ん中に転がった。
マントを脱がされたイェンランの美しい姿がそこにあった。
男達は思わず生唾を呑んだ。
「マジかよ…」
「女じゃねえか、しかもすっげぇ上玉だぞ…」
「こりゃいいのが勝手にやってきてくれたって事だな」
男達の彼女を見る目が異様に熱を持ってきた。
イェンランは諦めず、男達から逃げようと急いで立ち上がろうとした。
だが、男二人に腕を掴まれ、押し倒され固定されてしまった。
「美味そうなお嬢さん、俺らと楽しもうぜ」
男達は笑いながら彼女の体に覆いかぶさっていった。


急な嵐になって、アムイとサクヤは宿に帰ろうと馬を連れて道中急いでいた。
「うわー、いきなりですかぁ!北の国って激しいねぇ」
サクヤが頭を庇いながら馬を2頭引っ張っている。
もちろん自分とイェンランの分の馬だ。
アムイは自分の馬を一頭手綱を引っ張りながら、激しい雨に目をしかめた。
「ちゃんとイェン、無事で待っているかな」
サクヤがぼそっと言った。
「あいつも子供じゃないだろう。自分の事は自分で責任もってやってるさ」
アムイがそう言って宿の馬付き場に馬を繋ごうとした時だった。
「ねぇ、何か騒がしくない?」
サクヤが宿の入り口の方を振り向いた。
「ああ、確かに」
尋常じゃない騒ぎが、宿の方から聞こえている。
二人は嫌な予感がして宿に急いだ。

「あ!お客さん!!」
二人が宿に駆け込むなり老婆が叫んだ。
「どうしたんです?」
サクヤが尋ねた。
「た、大変なんだよ!丁度いい所に帰ってきてくだすった!!
あ、あんたのお仲間が…。うちの孫を助けるためにひとりであいつらのとこに行っちまったんだよ!」
「ええ!?」
周りには何人か人が集まっていた。
「これから俺たちも捜しに行く所なんだが…。とにかく柄の悪い一味の奴らで、多分その内の一部の輩だと思うんだ。とにかくやりたい放題、道徳心のかけらも無い奴らで…」
と、武器を持って町の男が二人に言った。
「まさか、あの頭巾を被ったお客さんが女の子だとは思わなかった。
あいつら若い女に飢えてるから、可愛そうな目にあってなければいいが…」
アムイとサクヤは顔を見合わせた。
「どこに彼女は行ったんですか?」
サクヤは青くなって老婆に尋ねた。
「向かいの路地だと…。でもあたしらが行った時にはもう誰もいなかった…」

二人は老婆の言葉を最後まで聞かず、無言で宿を飛び出した。


イェンランは自分の力全てを掻き集めて、男達に抵抗を試みた。
だが、多勢に無勢。しかもか弱い女一人だ。
彼女は大声を出そうと口を開いたが、男のねっとりとした油っぽい手で口を覆われた。
「騒ぐなよ」
しかしイェンランも負けなかった。思いっきり男の手に噛み付いた。
「いてぇ!」
その反撃に男は切れた。
「静かにしな!!」
イェンランは思いっきり頬を何回も男に殴られた。
「大人しくしろよ、可愛がってやるからさ」
イェンランの服を男の一人が勢いよく引き千切った。
彼女の白い肌が男達の目に晒される。
恐怖でイェンランはおかしくなりそうだった。
彼女の脳裏にアムイの言葉がこだました。

(自分の身は自分で守れ。それができなくて何かに巻き込まれても俺は関知しない)

イェンランの目に涙が滲んだ。
ごめん、アムイ。自分の力で何とかできなかった…。
あそこまで言われて約束を守れなかったんだもの、アムイが助けに来てくれるはずも無い。
自業自得とはいえ、彼女は自分の身を呪った。

路地に出たアムイとサクヤは、一瞬どこへ行ったらいいかわからなくなった。
路地の奥は三又になった通路があって、一つは木の茂った林に続く道、もう一つは町の路地裏に続いていそうだ。後一つは地下水道に続く路地で、これは関係なさそうだ。
「兄貴…どうする?」
サクヤはアムイを振り返った。
アムイは路地の真ん中に立って、じっと目を瞑っている。
「兄貴!」
突然アムイの目が開いた。
「こっちだ」
一言そう言うと、彼は迷わず路地裏に続く通路に入っていった。
「あ、兄貴?」

アムイは神経を集中させて、イェンランの元々持っている気を探っていたのだ。
長い間一緒にいたのもあって、彼女の持っている気はアムイにはどんな物か判っていた。
とにかく急がなくては…。
二人は寂れた路地を走り抜けて行った。

途中まで来た時に、自分達の行き先の方向から少女が走ってきた。
勘ですぐにこの子が老婆の孫だと悟った。
「助けて!」
少女はアムイ達を発見すると泣きながら叫んだ。
「お兄ちゃん達、お姉ちゃんを助けて!!」
「大丈夫か?」
サクヤが少女を抱きとめた。
「この先の小屋に連れ込まれたの!お姉ちゃんが私を助けようとして、あいつらに捕まちゃったの!!」
少女は恐怖のあまり錯乱状態で泣きじゃくっていた。
「サクヤ!この子を頼む。俺は小屋に突入する!」
アムイの声は恐ろしいほど尖っている。
「わかった!兄貴イェンを頼む!」
サクヤは少女を優しく抱き上げると反対方向に走リ去った。

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暁の明星 宵の流星 #46

その7.眠れぬ夜

隠された真実を思い、闇に翻弄され、人はどうして苦悩するのか。
眠れぬ夜はまだまだ続く。


「ごめん、本当にごめんね、お嬢」
リョンの村を出る時、シータがいきなり別行動する、と言い出した。


リョンの村では意外と早く、凪(なぎ)の仲間が見つかった。彼らの素早い連絡網は侮れない。
すでにアムイ達が来るのをその男は承知していた。
彼はご丁寧にこの国の地図まで用意してくれて、アムイ達に最短の道を教えた。
「凪(なぎ)の兄貴には世話になってるんで」
男は言った。
「暁の旦那が来たらよくしてやってくれ、と」

「ふーん、アムイって人との付き合いも上手くなったのねぇ。
そうよね、キイがいないんだもの。ひとりで何でもやらないとね」
そう言いながら、シータはアムイの生真面目さと律儀さを知っていたので、きっとこういうビジネスライクな時にはアムイは受けがいいだろうと推測した。
だが、やはり昔と比べたら、随分と成長したものだ。
(キイが知ったら喜ぶかしら…。キイしか受け付けなかったあのアムイがねぇ)

「で、このルートが一番早いというのか」
アムイは地図の上に指を滑らせた。
「…かなり治安の悪い町や村を通る事になりますが…」
と、男はちらりとイェンランとシータの方を横目で盗み見た。
「なんだ?」
「旦那。お節介かと思いますが、ご婦人達には本当に注意した方がいい。
特にこの先にある町は、変なごろつきや流れ者が横行していて…しかも女の少ない地域だ。
狼の群れに羊を放つようなものですからね」
「そうか…」
アムイは眉根を寄せた。


「本当にごめん、お嬢。アタシがお嬢の傍についてるって言ったのに…」
シータは手を合わせた。
「何言ってんのよ。大丈夫!アムイもサクヤもいるんだし」
イェンランは元気に言った。
「ん…。明後日には合流できると思うから、絶対アイツらの傍から離れちゃダメよ」
「うん。わかった」
シータはどうしても北にいる、ある人物に会わなければならないとかで、今朝、別行動すると皆に言ったのだ。
「何か急だな。そんなに大事な相手なのか」
アムイがポツリと言った。
「そうなの。重要な人物よ。きっとアンタも驚くわ」
と、謎の台詞を残して、彼はさっさと支度をして朝早くここを出て行った。

「ま、別に奴について来てくれ、とお願いした訳ではないからな…」
と、言いながら、どこで買ってきたのか、アムイは黒い大きなフード付きのマントを荷物の袋から出して、イェンランに放り投げた。
「何よ?これ」
「頭巾」
「は?」
「とにかくこれからは女は目立つ。こんなものしかなかったが、姿を晒しているよりはましだろう。着ろ」
相変わらずの尊大な言い方にイェンランはむっとした。
「ねえー、これ、かえって目立たない?色だってこれからの季節には合わないし…」
「お前がちゃらちゃらしているよりはマシ」
「何よ、ちゃらちゃらって」
アムイはふん、と鼻で笑うと彼女に言い放った。
「お前、自分の身は自分で守るって事をちゃんとわかってるのか。剣の腕だってないくせに。
そのくらい我慢しろ。本当なら俺はこんな事する義理などないんだが、行き先でトラブルを招かれたら面倒だ。
俺の言う事ができないなら勝手にするがいいさ。どうなっても俺は関知しないんで」
イェンランは頭では分かっていても、どうしても感情が収まらず、つい口答えをしてしまう。
「ねぇ、じゃあシータのあの格好はどうなのよ?私より派手じゃないの」
「あいつはいい。男だし、強いから」
「そうだけど…。じゃあ、あんた達だって、見た目は並みの女より目立つじゃん。
今じゃ男だけの娼館だってある時代よ。あんた達だって危険じゃない」
その言葉に近くにいたサクヤが吹き出した。
「イェンってやっぱ、鋭いなぁ」
サクヤの様子をちらりと横目で見たアムイは、再び彼女に目線を移した。
「問題なし。何故なら俺達はとても強いから」
と、アムイはそう言い捨てると、朝食を取りに部屋を出て行った。

「何ニヤけてんのよ」
膨れているイェンランに指摘されたサクヤは、益々口元が緩むのを止められなくなった。
「だって…。兄貴が“俺たち”って…。“たち”だって!」
「はいはい、そうですか…」
イェンランはやってられない、と肩をすくめて、悔しいながらもアムイの言った通りにフードを被った。


なんかなぁ…。
イェンランは悔しいながらも、少しだけ懐かしさを感じていた。
昔も同じような事、あったっけ。

(イェン、女の子がむやみやたらに肌を出しちゃだめだ!)
体の弱い長男の代わりに家計の中心を担っていた次兄のフォンリーはいつもうるさく彼女に説教していた。
(でもイェンだって皆と川に入りたい)
(もうお前は8歳過ぎただろう?もう他の兄弟とは違うんだ。兄ちゃんの言う事を聞かないと、大変な目にあうぞ)
その時は大げさな…と思っていたが、確かに自分の体がどんどん他の兄弟と違ってきた頃から、周りの目が変わってきた。特に彼女は幼い頃より可愛いと評判で、しかも村でも希少な女の子だった。次兄の心配は彼女が初潮を迎え大人になっていくにつれ、どんどん深刻になっていった。周りの男共の視線や動向だけではない。親が、大事な妹を金に替えたがっているのを知ったからだった。
(俺が一家を養うから!だから頼む。そんな哀しい事、実の親が娘にして欲しくない!)
そう言ってフォンリーは一生懸命働いた。
ぶっきらぼうだが、本当は優しくて、頼りになるフォンリー兄さん。
イェンランは兄をこよなく愛していた。
だが、イェンランが15になろうとする手前、無理をしすぎたフォンリーは、仕事でもある狩の途中、馬の操作を誤って落馬してしまった。即死だった。そして稼ぎ頭を亡くしたという名目で、イェンランに家を助けてもらおう、という話になった。稼ぎ頭だったフォンリーの手前、親は渋々我慢していたが、もう邪魔をする者はいない。親は嬉々として娘を桜花楼の人間に面通しをしたのだ。イェンランの器量を見て、桜花楼はすぐにOKの返事を出した。そうしてすぐさま彼女は多額の金に替えられたのだ。

もうすでに彼女の家族は別の国に移っていたが、やはり馴染みある場所に戻った事で、どうにもイェンランは郷愁の想いに駆られてしまうようだ。
それはやはり、兄フォンリーの想い出が彼女の故郷そのものだから…。


三人は最初の町、エニタにその日の夕方、徒歩で入った。
次の目的地である隣村カウンまでは、そこからかなりの距離にあるので、徒歩では辛いし時間がかかる、という理由で馬を調達する事になった。

エニタには昔、兄に連れられ行商に来た事がある。
しかしイェンランは何年かぶりにこの町を訪れて驚いた。
この荒み具合は何だろう??
あの緑が多くて花で綺麗だった町の面影が今はない。
道路にはゴミが散らばり、それを野犬が食い散らかしていた。
草花もなく、代わりに壊された公共物があちらこちらに転がっている。
(こ、こんなに悲惨になっていたなんて…!)
イェンランは衝撃を受けた。
「これでは、この町には長くいられそうもないな…」
アムイは眉をしかめた。
この町でシータと合流する予定だったのだが…。
とにかく三人は、何でも屋の男の指示通り、この町で一番安全な方だという宿に向かった。


「本当に悪いね、お客さん…。
うちは人手がなくて、食事は朝だけしか出せないんだよ。それでもいいかい?」
宿の主人なのだろうか、ひとりの老婆が言った。
「この宿の主人である息子が、他に仕事しに行っててね…。この町ではもう観光に来る客なんていないもので、うちももう止めちまおうか、と言ってた所だったんだよ…」
老婆はほうっと溜息をついた。
「もしかしたらお客さん達を最後に、うちもここを閉めるかもしれないねぇ…。
何もない所だが、一応この宿には警護官の目が光ってるんで、安心してくださいな」
余程客が来ないで暇なせいか、老婆はぺらぺらと訊かれもしないのにアムイ達に喋り続けている。
「ここ最近、東から流れてきた無法者に紛れて、他所の村から流れてきた一味が極悪でね。
あいつらが暴れているおかげで、この町も荒れ放題さ。
ま、この一帯は昔から警護が厳しい所なんで、何とか日中は歩けるが、夜は絶対、外に出ない方がいいよ。
…お客さん達、特に綺麗どころだから。
それでも女じゃなくて幸いだったさ。あいつらこの町に女が少ないんで、かなり飢えてるようだから…。
まだ年端もいかない孫にまで手を出そうとしたくらいなんだ。
何とかして欲しい所さ」

「何か…随分危険みたいだね、この町」
とにかく夕食を早く食べようと、宿の老婆に聞いて、一番ましな食堂に三人は来ていた。
確かにサクヤの言ったとおり、今まで通って来た所とは、客層もそうだが雰囲気が違う。
食堂なのに、重苦しい空気が立ち込めていた。

「きゃあ!」
そこへ女の悲鳴が上がった。
「いいじゃねえか、尻ぐらい。減るもんじゃなし」
見ると三人の席から斜め前の席で、見るからに柄の悪そうな男達が数名、食事を運んできた中年の女をニヤニヤと舐めるように見ている。
「なあ、いいだろう?今晩俺らと来いよ」
ひとりの男が彼女の腕を引っ張った。
「おいおい、よせよ、こんなおばさん」
もうひとりがからかう様に言った。
「それでも女には違わねぇ。もう俺は男は飽きたぜ」
その言葉に男どもはどっと笑った。

言い知れぬ程の怒りがイェンランの体を駆け巡っていた。
確かにこの町の治安がかなり悪いのは入ってすぐにわかった。だから彼女はアムイの言いつけどおり、頭から黒いフードを被っていた。もちろん、食事中も気を許さず被ったまま物を食べている。ちょっと窮屈だが仕方がない。
修業僧や巡業中の信徒は、己を戒めるとか、律するとかで、意外にこうしてフードで顔を隠したままどこでも行動するのは珍しい事ではなかった。だからイェンランの姿も、そのようだと思われていた。

それにしても…。イェンランは食欲が無くなった。

と大馬鹿騒ぎしていた男連中のひとりが、便所に行く、として席を離れ、通りがかりにアムイ達の脇を通った。
「おや?」
その男はアムイとサクヤを見て、ぴたっと歩みを止めた。
「へぇ~、見かけない顔だね、兄ちゃん達。かなりの綺麗どころじゃねぇか。どっから来たのさ」
男は多少酔っているらしかった。酒臭い息をアムイに吐きかけながら、彼の肩に手を置いた。
サクヤとイェンランはその場に凍りついた。
アムイは無表情のまま、空の皿を眺めている。
アムイが抵抗しないのをいい事に、男は益々調子に乗って、そのままアムイの頬に指を滑らした。
「ほぉ。兄ちゃん男のクセに随分肌がきめ細かくて綺麗だな。この町の女は不細工ばっかで辟易してた所だったんだ。…お前さんみたいなレベルの男はこの辺の娼館にもいやしねぇな。どうだ?俺といい事しねぇか?」
その瞬間アムイは息を吸うと、いきなり自分を触っていた男の手を掴み、捻ってテーブルの上に叩き付けた。
「いてぇっ!」
男は悲鳴を上げて、アムイの手から抜け出そうともがくが、もの凄い力でびくともしない。
「な、何しやがる!離せ…」
男はアムイに文句を言おうと彼を見上げたが、その先にはもの凄い目で睨みつけるアムイの顔があった。

美形が睨みつけると本当に…凄みが出て怖さが半端ないのね…。
イェンランは心の底から思った。

案の定、アムイの眼力に対抗する気を無くした男は、アムイの手が緩んだ隙に、小さくなって一目散に仲間の所へ逃げ帰った。

「出よう」
アムイはそう言って、すぐさま席を立った。
目も笑っていない。
二人も食欲がなくなって、素直にアムイに同意した。


「それにしても、私、アムイが男に迫られている所、初めて見た」
宿に戻ってからイェンランは小声でサクヤに言った。
「だって、男に言い寄られてるの、サクヤしか見たことないし」
「そんなにはっきり言わないでくれる?」
サクヤはむっと口を尖らせた。しかし次には真面目な顔をした。
「いや、実は兄貴も男の熱い視線を受けていたのは知っていた」
「え、そうなの」
「ただ、兄貴の場合、隙が無いというか、近寄りがたい雰囲気があるせいか、声をかける事すらはばかれる様で絶対近寄ってこなかったけどね、今まで。遠くから見惚れてるって感じ?」
「ということは、あの男、酔ってたとはいえ勇気あったのねぇ」

二人のやり取りを離れて見ていたアムイは、溜息をつくとイェンランに言った。
「おい、明日は俺達、馬の手配をしにここを出掛ける。日中でも用心しするに越した事は無い。
イェンラン、お前絶対に俺達が戻るまでここから出るなよ」
「そうだね。イェンはあまりこの町には出ない方がいいみたいだ」
サクヤも同意した。
「シータがここに来たら、すぐにこの町を出よう」
そうアムイに言われて、イェンランは気を引き締めて頷いた。


だが翌日彼女はここで、人生最悪な目に合ってしまうのだった…。


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2010年3月18日 (木)

一息入れます

ここまでお付き合いくださった方々…本当にお疲れ様でした o(_ _)oペコッ

第6章はこれで終わりになります。

章が終わる度、こうしてつぶやきを入れさせて貰っていますが、うざくないでしょうか…(恐々)
一応、気合を入れ直すために、こうしてつぶやかせていただいてるのですが、必要ない方はスルーしていただいてくださいねー


ということで、やっと。
やっと、後半戦です(涙目) よくここまで来ました…(ノ_-。)

なので本当に気合の入れ直し…です。
これからどんどん書きたい所と書きたくない部分がカオスしているので、バランスを決壊しないように気をつけながら書き進めようと思います。
しかし細かい誤字脱字、言い回しが変なのと、手直しが多すぎて、遊びに来ていただいてる皆さんに、本当に読みにくくてご迷惑をおかけしています(滝汗)

そろそろ後半は今まで置いてきた不鮮明な部分を明かしていくという作業に入っていきますので、自分としてもかなりぐだぐだにならないよう、心して書かせていただきます(大丈夫かなぁ…)

で、当たり前の事ですが、ファンタジーもの(和風以外)はカタカナ名前が多くて、混乱するのは一目瞭然しかも自分の表現力のなさに、益々分かりにくくなっているのでは、と危惧しまして、ちょっと簡単ではありますが、これからの主要人物をまとめてみました。
そのうちこれや設定をサイドバーにリンクしようと考えています。
特に自分はファンタジーになると、造語が多くなるので、これもちゃんとしないと、と思っていました。

…でも本音を言えば、ここまで登場人物が多くなる予定ではありませんでした
話が膨れすぎたかもしれません。


このぶっつけ本番で書いているこの作品。
全部出来上がるまでどのように紹介してよいのやら、自分もよく分かりません。
何か自分の今までの要素を全部注ぎ込んでいるような気がします。

異国ファンタジー物なのに、魔法は出てきませんし(気、というのは出てきますが)冒険活劇、アクション物って感じではないし(要素はあれど)…やはりこれは恋愛物なのでしょうか?(といいつつ、男も女も何でもありのカオス状態だし…BLともいえないし…)
何か読んでみて思った作品と違う!と声が上がりそうでかなり冷や冷やしているのは事実です。
本当は読まれている方にどういう印象を持たれているか聞いてみたいのですが…。
(もっと後半になってからでもいいのですが、一言印象や感想を気が向いたらメールでもコメントでもくださるとありがたいです

jyurikayana★yahoo.co.jp
(★を@に直してくださいね)


ただ、書いていて一貫してのテーマはあります。
これがちゃんと伝われば、いいなぁ、と思っていますが。

これが一応一覧表です。(見にくい時はクリックしてください)
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あ、北に昴老人(こうろうじん)を入れるの忘れた
(しかもシータの名前が違ってる…。スミマセン…)

更新の度に、いつも遊びに来てくださる方に、本当に感謝を。
おかげさまで、毎日書く気力となっています。
ありがとうございます。
これからダークな所がある後半ですが、よろしかったらしばらくお付き合いくださると嬉しいです。
(飽きっぽい自分が書き続けられるのも、ひとえに遊びに来てくださってる方のお陰です。)

それでは次回から、ちょっとディープな第7章に入っていこうと思います。
(大丈夫でしょうか…自分…)


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2010年3月17日 (水)

暁の明星 宵の流星 #45

「ねぇ!サクにぃ、こっちに魚きたよ!」
「サク兄ってばぁ!もうちょっと後ろに下がってよー」
双子の嬌声が、川で反響している。
「ねーぇ、あんた達ぃ!もうそろそろ川から出てきてくんなぁーい?」
たまりかねたイェンランが叫んだ。


「まったく、もうそろそろ出発の時間なのに…」
口を尖らせながら、彼女はシータ達の元へ戻ってきた。
「まあまあ、いいじゃないの。それにしてもサクちゃん、あっという間に子供に好かれちゃったわね」
「ほんと。子供の扱いに慣れているってかんじ」
イェンランは肩をすくめた。
そうこうしている内に、体を拭きながら双子とサクヤが川から上がって戻ってきた。
「あー、楽しかったぁ!サク兄ちゃんって、なかなか上手いねぇ」
レンが目をきらきらさせてサクヤを見上げた。
「そうかー?」
サクヤも満更でもないように笑った。
「うん、結構魚捕れたねぇ。時間があったら川で焼きたかったのに」
フェイが残念そうに言った。
「仕方ないさ、後で料理番に渡してこような」
サクヤは彼の濡れた頭を片手で拭いてやった。

さすがに手馴れた王一行でも、今回の大掛かりな旅支度には手間取ってるようだった。
本当は全員一緒に移動したかった所だが、今日中にリョンまで行きたい、というアムイ達に賛同して、リシュオンは半数の家来を後片付けに残し、自分達も彼らと一緒に行く事に決めた。

「別にいいのに、王子様。私達と一緒に行かなくても…」
「リシュオン、ですよ、イェンラン」
出発準備が終わったイェンランに、いつの間にかリシュオンが彼女の傍まで来ていた。
溜息を付きながら彼女は荷物を持って、すたすたと歩き出した。

何か変、と思った。
いや、それは昨日からだけど。
いくらフェミニストな王子様といっても、何か普通以上に自分に絡んできてやしないか?(シータもいるのに)
必要以上に自分をレディとして扱うのはご免だが、爽やかでさりげない気配りは自分は嫌いじゃない。
だが…。
「ところであなたのようなか弱い女性が、何故こんな危険な旅を?」
実は訊きたくてなかなか訊けないでいた疑問を、思い切ってリシュオンは尋ねた。
彼は本来しつこい性分ではなかった。だからそう思われるのが嫌で、ずっと我慢していたのだ。
「…人を捜しているって、アムイ達が言ってましたでしょ?」
つい冷たい声になってしまうなぁ、とイェンランは思った。
「ええ、そうなんですが…。…その捜している人、というのは…貴女にとってどういう人なのかなって…。危険を承知で彼らと旅をしているのは、その人に関係あるのではないかと思って…」
訊き辛かった核心部分を、やっとリシュオンは言えた。
さすがに噂の第四王子、冴えた勘である。というか、それしか考えられないだろうが。

と、その部分でやっとイェンランは気が付いた。
王子が自分個人に興味を抱いているのだ、という事に。
正直、こんなにやさしくて爽やかで嫌味がなくて、ほんっとうにいい人、という感じの王子様にまったく好感を持てない、というのは嘘になる。だが今のイェンランにとっては、王子の気持ちは煩わしい以外何ものでもない。
「…答えなくてはいけないの?」
イェンランはぽそっと言った。
「あ…!申し訳ない。出過ぎた事を訊いてしまいましたか?」
リシュオンは訊いて後悔した。
彼女の態度が固くなったからだ。
苛々したイェンランはちょっと王子に意地悪をしたくなった。
自分は一国の王子様に望まれるようなじ綺麗な淑女ではない、という事を知らせたくなったのだ。

「王子、お願いです。私にもう構わないでいただけますか?
私は本来王子のような人とお話できるような立場じゃないですから」
「イェンラン…?」
「実の親に金で娼館に売られたような女です。貧しいからって、娘を簡単に売り飛ばした親の」
その言葉に驚いたのはリシュオンだけではなかった。
「本当なの…?イェンラン…今の話」
「アイリン姫?」
いつの間にか、近くにアイリンが来ていたのだ。
「ごめんなさい!!」
いきなり彼女はわっと泣き出した。
もっと驚いたのはイェンランの方だった。
「あ、あの姫君??何故泣くの??で、何で謝るの?」
慌てふためいているイェンランに彼女は泣きながら謝った。
「イェンランごめんなさい!本当にごめんなさい!
…我が国が…モウラの国が貧しいばっかりに…。
イェンのような人が大勢いるの、アイリンは知っています。
我が国がもっとしっかりしていれば、このようなことは絶対させないのに!!」
イェンランは胸が詰まった。
こんな小さな女の子なのに……小さくても彼女はちゃんとした一国の王女なのだ。
「姫!お願いだから泣き止んで。姫様のせいじゃないわ」
イェンランはアイリンの顔を覗きながら体を屈めた。
「でも…でも…。責任はあります。だって私はモウラの王の子。国民を守るのは王家の務め。それがまったくできていない…。もっとお兄様方もその事を真剣に考えて欲しいのに」
「姫…」
「私は自分のできる事で、この国を守らなければ…。大した力はないかもしれませんが…」
イェンランは切なくなって彼女の頬に手をやって、優しく撫でた。
「姫様。私は国を恨むより、金の亡者になった親に怒りを感じてるの。
私はそれよりも姫様の事が心配だわ。
いくら自分でどちらかを選べるからって、人生をこの歳で決められて…」
「イェンラン、いいのです」
涙を流しながらアイリンはきっぱりと言った。
「自分には守りたいものがあるのです。そのためにできる事をしたいのです」
「守りたいもの…」
「それが家族だったり、この故郷だったり、国民だったり…。
自分が愛しているものの役に立ちたい、とお母様が亡くなってからずっと思っていた事です。
それが早まっただけで…。選択だって自分で決めていい自由も貰えた。それだけでいいのです」
イェンランはこの小さな姫君の愛の大きさに、ただ感動した。
彼女は生まれ持った王の子だ。
自分にはあの時、何も誰も守るものはなかった。
愛していた次兄のフォンリーも、もうこの世にいない。
このような姫が、自分の故郷にいた、それだけでイェンランは癒された。

と、いきなりアムイが、泣いているアイリンを軽々と抱き上げ、自分の肩に担いだ。
その様子に一同驚いた。
特にアイリンは涙が引っ込むほど驚いて、大きな眼を益々見開いている。
「時間だ。行くぞ」
呆然としている皆に何もなかったような顔をして、アムイはアイリンを肩に乗せたままさっさと歩き始めた。

「ああーっ!お前また姫様に馴れ馴れしいことを!」
レンが憤慨してアムイ達の後を追った。
ただフェイは、姫の染まった頬と瞳の煌きで何かを感じたらしく、真面目な顔をして彼らの後を追いかけなかった。

リシュオンはほっと溜息をつくと、優しくイェンランに言った。
「イェンラン。貴女を混乱させて悪かった。
でも、これだけは覚えていて欲しいのです。
貴女は素敵な人ですよ。どんな環境だろうが、親だろうが、私には関係ありません。
それは貴女の責任ではないからです。
…どうか、わざとでも自分を卑下しないで下さい。
私は…貴女といい友情を持てたら、と思っているのです」
その彼の控えめな物言いに、イェンランは自分を恥じた。
「私こそ…ちょっと配慮が足りませんでした。
リシュオン王子、友情、という事なら、私はとても歓迎しますわ」
そう言って彼女はリシュオンが一目で惹かれた笑顔を見せた。
結局リシュオンは、自分の思いより彼女の笑顔の方を取ったのだった。

一行は半日歩いてようやくリョンの村にたどり着いた。
リョンは村といってもかなり大きい方で、国境際ということもあって、色々な人間が行き来している。
しかも西に通じる巨大な通用門を構えているので、北の国にしては活気のある村だった。

そこでアイリンは王女の衣装に身を包み、短い頭髪を柔らかなベールで覆い、皆の前に現れた。
「へー、こうして見ると、やっぱお姫様なんだな」
と思わず呟いたアムイに、レンが生意気な口調で文句を言った。
「まったく、なんでそう貴様はぶしつけなんだ?」
フェイはそんな二人を静かに見つめてから、自分の大切にしている小さな姫を複雑な気持ちで振り返った。

そう、これからは安全な西の国に入るため、正装して彼女はルジャンの城に向かうのだ。

「本当にありがとうアムイ、皆さん」
アイリンは丁寧にお辞儀をした。
「いえ、こちらこそ…楽しかったですよ姫」
無言のアムイに代わってシータが答えた。
「どうか皆さんもお気をつけて…。旅の安全をお祈りしています」
姫の傍らに立っていたりシュオンも丁寧に頭を下げた。
「いえ、貴方がたも、道中お気をつけて…」
イェンランは二人に微笑んだ。
本当の所、リシュオンとしてはどんな危険が待ち受けているかわからない所に、彼女を行かせたくはなかった。
できる事なら、一緒に西に連れて行きたかった。
だが、彼はその思いを心の奥にしまい込んだ。
彼女には、アムイ…【暁の明星】がついているから大丈夫じゃないか、と無理やり納得させて。


そして皆は、通用門に続く道と、村に入る道の別れ目まで到達した。これで本当にお別れだ。

「姫、これからですね。姫の選択」
イェンランは別れ際彼女にそう囁いた。
アイリン姫は力強い目で、イェンランを見上げると、はっきりとこう言った。
「ありがとう、イェンラン。でも、アイリンはもう自分の運命を受け入れました。もう迷いません」
どういう意味かイェンランにはわからなかったが、彼女が人生で何か一番大切な事を決めたのだ、と何となく感じた。
そしてアイリンはアムイに微笑むと、突然彼に抱きついた。
「アムイ、またいつか会いましょうね」
「…ああ。縁があればな」
この二人の様子を周囲は不思議そうに眺めていた。

双子達もサクヤに別れを惜しみつつ、笑顔で四人に手を振って通用門の方に歩いて行った。

イェンランは彼らとそして特に小さな姫のこれからを思い、全てが上手くいくよう天に祈った。

そうしてアムイ達は、リョンにいるという凪(なぎ)の仲間を捜しに村の中に入っていった。


西の国に入ったリシュオン達一行は、迎えに来ていた城の者達の馬車に乗り込んだ。
フェイとレンは御者の両隣に座らせて貰って大はしゃぎだ。
馬車の中では、リシュオンとアイリンの二人きりで向かい合って座っていた。
馬車の窓から飛ぶように流れる森の木々。綺麗な舗道。美しい建物…。
西の国の美しさに彼女は感嘆していた。
しばらくその景色を堪能していたアイリン姫だったが、突然意を決したようにリシュオンに向き直った。
「どうかされました?姫」
リシュオンは微笑んだ。
アイリンはリシュオンの目をじっと見つめて厳かに言った。

「リシュオン王子、貴方だからこそ…。私の話を聞いて欲しいのです」
改まった彼女の声に、リシュオンは不思議に思い、身を正した。
「笑わないでくださいね。そして…貴方を信じてお話しすることを、どうか誰にも言わないと、約束してくださいますか?」
「…アイリン姫?…え、ええ。貴女がそう言うのなら」
彼女は息を整えると、ゆっくりと話し出した。

「私…見てしまったのです。自分の未来を」
リシュオンは固まった。
(それは…先読みの能力?姫にはそういう力があったのか?)
「…でも、それは私を守っている天の人が、私に重要な事だけ、断片的に教えてくれるもので、ほとんど意味の分からない夢見の形で出てくるものなのです。…幼い時からずっと」

(いや、彼女の伯父は最高天司長(さいこうてんしちょう)…。という事は亡くなられた高位の光の姫巫女(ひめみこ)と呼ばれた、天司長の姉君とも血縁という事…。このような能力は生まれながらにしてあるのは当たり前か…)
そこまで考えてリシュオンは今更ながらに気が付いた。
(そうか…。だからオーンの天司長様が直々切望されたのだな…。あの方も不思議な見抜く力があると聞くし)
それはやはり大陸の宝となる人材ではないのだろうか、この姫は。
ならば尚更、俗世に留めておくのは許されなくはないか?
彼女がオーンの姫巫女になる素質があるという事ならば、彼女の道は……。

ところが、そこまで考えていたりシュオンの思いを覆すような話が、次に彼女の口から語られた。

「なので私、このままお嫁に参ります。この国の王子の元へ」
「は?」
突然こう宣言されて、リシュオンは訳が分からなくて益々固まってしまった。
「また、いきなりどうして…。姫、ご自分の事ですよ?そんなに焦らなくても、ちゃんと両方を見てからでも…」
「いいえ、リシュオン。私の未来…気持ちはもう決まりました。見なくても」
彼女の揺るがない決意に、リシュオンは戸惑った。
「どういう意味でしょうか…。何を見られたのですか?貴女が見た自分の未来」
しばらくたってから、おもむろにアイリンは言った。


「アムイは…私の運命の人です」


リシュオンは驚きのあまり固まったまま、彼女の顔を見ていた。

「ずっと小さい頃から見せられていた夢見の映像…。大きくなるにつれて段々と鮮明になってきたのです」
アイリンは思い出すような目をして話を続けた。
「ひとりの男の人がいつも私の傍にいました。大人の私とです」
リシュオンは黙って彼女の言葉を聞いていた。
「いつも、誰だろう、と気になっていました。自分の知っている人の中にはいない、それだけは本能でわかりました。夢ははっきりとその人の顔を見せてはくれません。でも、自分はこの人を心から本当に愛しているのだ、とわかりました」
彼女の大きな瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「いつもその夢の人は私の手を大切に握っていてくれました。その体温、鼓動、波動…。私ははっきり覚えています。でも、はるか遠い未来(さき)の映像だという事は、間違いありませんでした」
「姫…。それが…あのアムイなのですか?」
彼女は微笑んだ。
「はい。……最初アムイに出会った時、どこかでこの感覚を知っている、と思いました。
それがその晩、夢見が鮮明に未来を映して見せてくれました。そしてすぐにアムイに会って…確信したのです。
この人が自分の未来に重要な人だ、と」

アイリン姫のまるで夢物語のような話を、リシュオンは何と考えたらよいか、混乱していた。
しかし、彼女のはっきりした眼差しで、リシュオンはそういう事も世の中にはあるのかもしれない、と思った。

「だから王子、私の心は彼に会った事で決まりました。
……オーンの巫女になる、という事は死を迎えるまで純粋を保つため、一生結婚できない、という事ですよね?
ならば私はひとりの女性としてこの世に留まりたい。

・‥…━━━だから
お嫁に行きます。西の国へ」

リシュオンは目を疑った。
彼女の子供らしかぬ言い方のせいなのか、一瞬彼女が美しい大人の女性に見えたのだ。


世の中には人が計り知れない、不思議な事があるものだ。


ただ、この二人の再会には気が遠くなるほどの歳月を必要とし、また違う物語となるわけなのだが、運命の出会いで、ひとりの少女の人生はこの時決まったのは確かである。
これから長い動乱の果てに、大きな運命の渦に巻き込まれながらも、彼女はたった一人の自分の運命の男を思い、これから生きていくのだ。
皮肉にも、当のアムイはまったく知る由もないのだが。

それから数日後、中立国ゲウラの通用門から、馬に乗った三人の人間が北の国に訪れていた。
南の王女リー・リンガと二人の屈強の戦士達だ。

「早く暁に会いたいものですな、王女。
本当に18年ぶりです。あの東のラムウ=メイと手合わせしようとする時の高揚感。
それをまた味わえるとは…。」
昔を懐かしむように言うドワーニを、リンガはたしなめる様に言った。
「お願いだから殺さないでね、ドワーニ。暁はわたくしのものですから」
「わかっておりますよ、王女」
その二人を寡黙なモンゴネウラが面白そうに眺めている。
(【暁の明星】…か。この王女を長い年月夢中にさせている男とは、どんな奴だろう?)
長年お守りしている王女の事なら、何でもわかっているモンゴネウラだったが、東の輿入れの時は大帝の用件を担っていた関係で、遅れて東に行ったため、アムイに会った事がなかった。
「これで王女の火遊びも納まってくれると良いのだが…」
「何か言った?モンゴネウラ」
リンガが振り返った。
「いいえ、王女。何も言ってません」
彼は素知らぬ顔してそうしらばっくれた。

そして三人は情報屋の言うとおり、北のゼムカ前王の館の方向に馬を走らせた。

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2010年3月16日 (火)

暁の明星 宵の流星 #44

ほんのりと森が明るくなり、アムイがアイリンの涙を拭いていた頃、同じく眠れなかったリシュオン王子は、自分の応接間の簡易椅子に座り、ずっと考え事をしていた。

(お前の言っている事は奇麗事だ)

アイリン姫を迎えに国を出るとき、いつものごとく兄王太子にこう言われた。
自分の訴えている事は、ただの奇麗事なのか。


13歳年上の長兄は、父王によく似ていた。
保守的で、冒険を嫌い、自分の道を外れる事を怖がる人だ。
だから親の敷いたレールの上に喜んで乗っかり、父王の言うとおりに教育を受け、父王が請うままに親戚筋の貴族の娘と若くして結婚し、跡継ぎを作った。
今までの兄上の人生、全て自分の考えでなく、父王の意のままだった様な気がする。
いや、そういう人生を好んだのは本人の意思か?
それとも本当は本意ではないのか、それは弟のリシュオンにも分からない。

ただ、兄王太子が自分をあまりいい思いで見ていない事は知っていた。
その反対に兄とそっくりという父王は、この行動的で改革的で利発な四男を溺愛していた所があった。
一応一国の王であるため、公平さを重んじてあまり表には出さなかったが、自分に持っていないものを持っているリシュオンが自慢でしょうがない事は、いつも父王の近くにいる王太子には丸分かりだった。

西の国の政策の革新的な案件も、全てリシュオンが率先してやった。
それを保守的なはずの父王が、喜んで第四王子の好きにさせてくれた。
しかも他の兄弟達も皆、リシュオンに一目置いていて、喜んで彼への協力を惜しまない。
兄王太子が面白い訳がなかった。


外大陸での見聞は、若い彼の視野を広げた。

我が大陸とはまったく違った文化、政治機能。そして何より人々の価値観。

所変われば人も変わり、その世界が全てではないし、自分の世界もいい所もあるから否定しないが、よいものはよい、と認めることも必要なのではと思った。
特に彼が驚嘆したのは、外大陸の自由と平等と平和な世界だった。

人として、老若男女分け隔てなく尊重され、人権を保障され、互いに協力して生きている。
特に女性が生き生きとして自分の人生を謳歌していたのには衝撃を受けた。
もちろんこの外大陸の国が、パラダイスだと妄信するわけではない。
それぞれその世界にも色々と多少問題はある。

この若い〈果ての大陸〉の一国の王子がそこで知った事。
それは平和な国こそ女性の力が大きい、ということだった。

だから第四王子は国に帰って、この事を父王に力説したのだ。
そうして西の国は女性を大切に扱う国となった。

しかし、それでも元々土地資源が豊かなこともあり、そこそこ裕福だった西の国に、これ以上の改革は難しかった。特に保守的な父王と兄王太子は、自国を守ることしか頭にないのだ。
その考えを他国に広め、大陸全土に行き渡らせ、自分達だけでなく大陸規模での調和と平和を、他国と協力してなす事が大事だと、若いリシュオンはずっと訴えてきた。
しかしその度、彼は父や長兄に否定され続けていた。

(お前の言っている事は、この大陸では奇麗事でしかない)、と……。

だが、現実の話、年々女性の数は減り続けている。
普通は逆のような気もするのだが、この現象は一体どういう事なのだ。

この大陸のバランスが崩れている…。

これはリシュオンだけでなく、他の国の賢者達が常々嘆いている事だ。


この世は調和の上に成り立つ。
全ては陰陽の世界である。
光と影。善と悪。動と静。流動と安定。
……そして男と女。


特に命の種を宿し、はぐくみ、産み、育てる、生命の源である神に近いとされる女性の数が減っているという事は、種の保存以上に、この世界の崩壊に繋がるのではないのだろうか。

なのにこの大陸の人間は、今だに女を道具のように扱う。
ただの子供を産む道具として、欲望の処理として、ここ何百年もないがしろにしてきたのだ。
それは生命への冒涜と同じではないのか。

リシュオンは、それが天からの警告のように思えて仕方がないのだ。
このままではあのゼムカ族のように、男だけの世界となるのではないだろうか。


「そうなってはもう遅いのですよ、父上」
リシュオンは嘆いた。
「このままでは本当に女性の数が減って近親婚が増えてくる。
そうなればどのような子供が生まれてくるか分かりません」
父王は黙って愛する王子の声を聞いていた。
「そうなれば、外大陸から女を連れてくるのも一つの案だと思うが」
傍で聞いていた兄王太子が簡単に言った。
「そんな簡単なものではありません!」
実際、外大陸を見てきたリシュオンは憤然とした。
「そうするには、この大陸の男達の価値観を変えなければうまくいかないでしょう。
外大陸の女性がこの世界に順応するとは思えない。
では、何ですか?どこかの賊のように相手の意志も関係なく強奪すればいい、なんて思っていませんよね?」
「まあ、そう憤るな」
父王はリシュオンをなだめた。
「とにかくリシュオン、この大陸ではいつ全土戦争が起こってもおかしくない状態なのだ。
そして東の崩壊。混沌とした動乱。他国の牽制。
…その事から我が国を守らなければならない。まず、その事を考えるのが先なのではないか?」
「…それも大事なのは分かっています…。しかし…」
リシュオンは辛そうに目を伏せた。
「とにかく女の件は、お前の政策も始まったばかり。それがどういう効果が出るかもまだ分からん。
それよりもまず、この情勢をどの様にして我が国が生き延びるか…。
東は荒れに荒れ、その影響が北に南に波及している。
それはお前もわかっておるよな?」
「…ええ…」
「最近の南のリドン帝国の動きが不気味すぎる。奴らは混沌としている東と繋がり、かなり悪どい事をしているようだ。それが段々と北にも影響してきている。中立国のゲウラの提督も、涼しい顔をしとるが奴も分からん。…今の所、中立国という美味しい立場に甘んじてるようで、何かしようとは思っていないようだが」
父王は深い溜息をつくと、俯いている愛する息子の肩に手を置いた。
「リシュオン、お前の理想は素晴らしい。だが、今の大陸では難しいだろう。
…昔あった宗教戦争と同じく、この大陸をひとつにしようとするのには、おびただしい血が沢山流れるのは必須だ。この大陸の人間は血を流さずして、協調し平和に解決できるほどのレベルにまだ達していないと思う。…争いは避けて通れないのが現実なのだ」

西の国ルジャンの王は保守的の上、現実主義者でもあった。
それは悪い意味ではなく、冷静にその状況を分析し、判断できる能力を持っているという事だ。
だが、それだけでは人間の進歩改革は期待できないだろうが。


「それで東の宝探しごっこですか…」
リシュオンは唸った。
「お前の耳にも届いておるのか」
父王は困ったように溜息を付いた。
「大陸を治める覇王…。その宝を手にした者は大陸を制す…か」
そう言うと父王は窓の方に顔を向け、城外に広がるルジャンの街を眺めた。
「この話、最近王侯貴族や豪族達の間で、まことしめやかに囁かれてますが、本当なのでしょうか」
リシュオンも自分の祖国の街並みに目をやった。
そろそろ日が暮れて、ポツリポツリと灯りがともり始めている。

綺麗な街だ。と、リシュオンは思う。
この国は本当に恵まれている。
他にも色々と旅をしてきたが、自分の国ほど綺麗な国はない。
だけどこのままでいいのだろうか。自分達だけよければそれでいいのだろうか。

…大陸の王……。

昔から、誰もが望み、誰も成し遂げた事のない大陸全土を治める王。
本当に滅亡した東のセド王国最後の秘宝が、大陸制覇の夢を実現できるのか。

「これは18年前、セド王国が一夜にして壊滅してから…元々上流階級で噂はあった」
父王はまるで独り言のように呟いた。
「セド王国は絶対神の妹神が、その兄神が創った我々の大陸に初めて降り立ち、神が創った人間の男と契って地に王国を作ったとされる。その王国がセドの国だ。
天の王である絶対神を、地の王である人間が支える。
…セドは神の血を引くとされる神王を頂点に栄えてきた、大陸で最も古い民族。
その事もあって、セドラン共和国として何とか東を統括していたあの王国も…近年はかなり力が弱くなっていたらしい。己の存続にかなり焦っていたようだった…」
「……それで禁忌を犯した…?」
「神国オーンが怒り狂うほどにな」

この話はどこまで本当なのか。
確かにオーンは当時セドに兵を送っている。
しかしセドが滅んでしまった後、まるで何事もなかったように口をつぐんだ。
一体、何があったのだろうか。

「それでもセド王国の影響は本当に大きかった。その証に今の東は暗澹たる状況。かなり大きな州や、民族が東を何度か統括しようとしても、東を制するまでにはいかず、今だに動乱は続いている。
…南のリドンの介入は、東を自分の物にするつもりだろうと思う。
そして北にも息をかけているのはわかっている。
特に今貧しい北は、何にでもすがろうという気持ちが強いからな」
「それで我が国は北の姫君を」
「うむ。北の王も高齢で、もうそろそろ王子が跡を継ぐだろう。
だが、その王子が問題だ。二人のうちひとりはかなり南と通じているらしいではないか。
…先のセド王国の秘宝の話に釣られて」
リシュオンは父王の話に溜息を付いた。

「覇王…武力で天下を治める王…。我が大陸はそのような形でしか統合するのは難しいのか」
リシュオンの呟きに、父王は言った。
「お前は利発で先見の明はあるが、覇者としての器ではない。
……オーンの経典に書かれている理想の大陸の王は、今のこの世界では絵空事だ」
「天の王・絶対神を支える大地の王、支天(してん)の王。力のみならず愛と正義を持って大陸に君臨する、という教えの一文ですよね」
「うむ。本来はそういう王が大陸に立つのが理想なのだがな。
だがこの大陸は毒を持って毒を制すではないが、かなりの膿み出しは覚悟せねばならないだろう。
大陸が落ち着かない限り、平和に物事を進めるのは困難だと思う。
だからまず私がやらなければならない事は、自分の国や国民を守る事だ。
覇王となる野望を持つ者達から、我が国を守らねばならんのだ」

そうして覇王となりたがる有力者達は、その噂のセドの宝を求めて血眼になっているという。

その宝の鍵を握るという、東の無法者とはどんな人物なのだろう。
この数年、彼…いや、彼らの噂は一般の者より上流階級の者の方に知れ渡っている。

東で暴れていた【恒星の双璧】

最近の情報では、その片割れが王国の秘宝の鍵を握るとされていた。
そのためにもう片割れを邪魔に思っているという事も。

まさかここでその噂の片割れに会うとは思ってもみなかったが…。

先程の暁の様子では、やはり何か知っているようであった。


自分が噂の【暁の明星】を見る限り、彼は只の無法者ではないと直感した。
それは彼が醸し出す品のよさとか、見目の美しさとか、そういう表面的な事ではない。
彼が背負っている何かとてつもない大きいもの。
それが何であるかリシュオンには見当もつかないが、それはきっと片割れの【宵の流星】に関係しての事なのだろうと思う。

自分が今までの情報を集めて推測するに、多分噂の【宵の流星】という人物は…。


結局リシュオンは一睡もできず、ずっと考え込んでしまっていたらしい。

気が付くともうすでに朝焼けが森を支配していた。

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2010年3月14日 (日)

暁の明星 宵の流星 #43

…━━━━━━ 今度は…何だ? ━━━━━━……


またアムイは夢の狭間にいた。

だが今度のビジョンはいつのだろう?
まるで靄がかかったようにはっきりとしない…。

だが夢の中でのアムイは、恐怖で声が出ないのに、必死になって心の中で叫んでいるようだ。

(だめだ!早く逃げて!お願い!)
これは自分の子供の頃の声なのだろうか…。
霞みがかった映像に、男性の背中がぼんやりと見えてきた。
(嫌だ!嫌だ!やめてお願い!)
小さな自分は恐怖でおかしくなりそうなくらい、動揺している…。
男の背中に覆いかぶさるようにして、大きな人影が目の前に現れた。
(やめて!!)
次の瞬間、大量の血しぶきがアムイの目の前を飛んだ。

母親が死んだ時と同じ、真っ赤な血の海。

この不鮮明な映像は次にふたりの人影を浮かび上がらせていた。

ひとりはもうひとりの血まみれの人間を掻き抱き、乱心したかのように叫んでいる。

(早く、早くこうするべきだった…!)
生きている方は顔はよく分からないが、涙を流しているらしい。
(私も今一緒に参ります。私も共に謝罪しましょう)

何のことを言っているんだ…?

━━━…これはいつの記憶だ!?


アムイは心臓を掴まれたかのように喘いだ。


次には頭の上の方で女の声がする。

(…お前がいるせいで…お前達が生まれたせいで…)

アムイは恐怖で固まった。

(お前達のせいでこの方の人生は狂ったのよ)

この方…?

(なんでお前は生きているの?口惜しい…。あの女の子供!
汚らわしいあの女の子供!)

やめてくれ…

(お前も罪の子として葬られればいい)

助けてくれ!…


アムイの意識は闇の中に引きずり込まれようとしていた。

その時わかった。

これは自分が昔、自分で封印した記憶。

自分の心が壊れる寸前に、自分を守ろうと、封印した忌まわしい記憶。


(アムイ!!こっちに戻って来い!!俺の所に戻って来てくれ!!)

幼い子供の声がして、アムイは闇から抜け出した。
眩い光の洪水と共に。
暖かなその声に導かれ…・。


ああ…。あれはキイの声か……。


現実に戻ったアムイは、かなりの寝汗を掻いていたのに気が付いた。
しばらく息を整えるために、ずっと寝床の上で天井を眺めていた。

そしておもむろに重い体を無理やり起こすと、そのままふらふらと部屋を出て行った。


森はまだ薄暗かったが、はるか東の方向は薄っすらと日の光が射し込んで来ていた。
空気も新鮮で心地よく、塞ぎこんでいるアムイを優しく包んでいる。
だが、彼の落ち込んでいる感情は、その事にはなかなか気づかないでいた。

アムイはずっと、森の近くに流れる川のほとりの大きな岩に、ひとり座って川の流れを見ていた。

川は流れる。キイの気と同じだ。流れる水はあらゆる障害物にぶつかり、流れを変えていく。そしてたまに草木や岩に塞き止められ、穏やかに停滞する。
そしていつしか川の流れは海という大きな器に受け止められ、その姿を昇華する…。

育ててくれた聖天師長(しょうてんしちょう)、竜虎(りゅうこ)はかなり斬新な考えの持ち主であり、また冗談のわかるユニークな男だった。いつも冗談を言ってアムイとキイを和ませながら、大事な事はその中にちゃんと織り交ぜて彼らに話して聞かせた。
天理の法則。
天地の関係。
神と天がこの地を創った話…・。

体を作る事を大事にしながらも、彼は優しくこの戦災孤児二人に自分の今までの知力を惜しげもなく伝えた。
本当に彼は実の子以上に二人を可愛がってくれたのだ。

アムイの感情は今何処で彷徨っているのだろうか。
その狂おしい感傷を何処にどのように解放すればいいのだろうか…今のアムイにはまったくわからない。


「あっ!ご免なさい!!」
突然後方から子供の声がして、アムイは驚いて振り向いた。
そこにはアイリン姫が立っていた。
「なんだ、アイリンか…」
アムイは不思議そうに彼女を見た。
「で、なんで謝るんだ…?」
その言葉にアイリンは少し遠慮がちに小さな声で答えた。
「あ、あの私、アムイが泣いていたような気がして…だから…」
「俺が泣く?」
思いがけない彼女の言葉に、アムイは目を丸くした。
「…そう見えたんですもの…」
アイリンは消え入りそうな声で呟いた。
その様子にアムイは珍しく微笑んだ。
きっとサクヤやイェンランが見たら、卒倒するほど驚いたに違いない。

アイリンはいつもの夢見のせいで、珍しく明け方に目が覚めた。
どうしても再び眠れなくなった彼女は、お供の二人を起こさず、ひとりそっとテントを抜けた。
その時ちょうどアムイがふらふらと川の方に向かうのを、彼女は見かけ、つい追いかけたのだ。

「大の男が泣くわけないだろ?面白いな、おチビさんは」
と言いつつ、アムイは彼女の頭をくしゃくしゃした。
突然触られて驚いたアイリンだったが、意を決したようにアムイに言った。
「…私…。今、見えたの。小さいアムイが暗い森の中で小さな箱を抱えて泣いている姿が」
彼女の頭に置いたアムイの手が止まった。
「あ、あの、ごめんなさい…。あまり変なことを言うと皆困るから、普段は言わないのだけど…」
アムイは目線を彼女から落として暗い顔をして言った。
「いや、大丈夫。わかるよ。君は巫女にとまで望まれた子供だろ?そのくらい不思議な力があるのは当たり前だ」
その姿に、幼い彼女は何かを感じたのか、そっとアムイの傍に座った。

「ねぇ、アムイ。男の人だって泣いてもいいのよ」
いきなりアイリンは子供らしかぬ言い方しながら、アムイの顔を覗き込んだ。
「え?」
「涙をね、我慢しちゃいけないんだって、死んだお母様が言ってたわ」
アムイはじっと小さなアイリンの煌く大きな瞳を見つめた。
「涙も色々な種類があるけど、感情に一番係わる涙は我慢しないで出しなさいって。
男の子だから、地位が高いからって、我慢しちゃだめって。
…お母様が亡くなる時、涙を堪えていたお父様にそう言ったの」
「……」
「辛い、悲しい、寂しい、苦しい…。この感情を解放するには泣く事が一番早いのよ、アムイ。
何も格好悪い事なんてない。その方が人間は早く次に進めるから」
彼女の大人びた言い方に少々困りながらも、アムイはキイにしか見せないような切ない顔をした。

「そうなんだな。そうして人間は感情を涙で流すのか…。
だけど、アイリン。せっかく心配してくれて嬉しいけれど、俺は泣いた事がないんだよ」
いや、正確にはあの日から、涙が止まってしまったのだ。
その言葉にアイリンは驚いた。
「正確に言うと、涙が出ないんだ。泣くのを我慢しているんじゃない、泣けないだけなんだ」
アイリンはたまらなくなって、大きな瞳から大粒の涙がこぼれた。
アムイは慌てた。
「おい、何で君が泣くんだ?」
「だって…だって…」
アイリンも慌てた。だって、涙がとめどなく溢れてくる。押さえ切れないくらいに。
「同情なんてよしておくれよ。しかもこんな小さな子に…」
バツの悪そうな顔をして、アムイは泣きじゃくる彼女を持て余していた。
(違う…)
アイリンは手の甲で涙を拭った。
(違うわ同情なんかじゃない…)
彼女の小さな声は川の音に掻き消されて、アムイの元には届かなかった。

このときの二人に流れる空気は、特別な魂の交流でもあった。
アムイは不思議だった。
こんな小さな姫君に、何故か素直な自分が出せる気がする。
まるで、キイと一緒にいるような感覚だった。


これも巫女の血のなせる業なのか…。


アムイは彼女が自分の代わりに泣いてくれたお陰で、心が少し軽くなったような気がした。

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暁の明星 宵の流星 #42

女を武器にする…。
文字通り、この南の王女リー・リンガは、幼い頃からこの事に気づき、自分の欲しいものを手に入れるために全て、自分の女を利用してきたところがあった。

この大陸では女が少ない上に、王家の、特に五大王国に生まれる姫の数は、本当に無きにも等しい。
しかも女は王族でも、(政治的)道具のように扱われるのが現状である。
しかしこの王女、それを逆手に自分の思うとおりに生きてきたところがあるのだ。


元々愛らしく生まれた南の王女は、この自分の美貌が男に与える影響を、すでに子供の頃から本能で感じ取っていた。
なので早熟であった彼女は、まだ11歳で桜花楼のある、ゲウラ中立国の最高監事長に嫁ぐ事が決まった前夜、自分がずっと好きだったお付きの青年と駆け落ち同然に城を出て、大騒ぎになった事がある。
もちろん青年は打ち首、王女は強制的に嫁がされ、前帝が亡くなるまでゲウラの最高監事長婦人として生活していた。前帝崩御後、同親(どうおや・両親共に同じきょうだいの事)の6歳年上の兄が、18歳の若さで即位した事をきっかけに、兄より強制的に離婚申し立てされ、彼女はリドンに戻る事になる。それでもまだ彼女は12歳だった。
異母のきょうだいより、同母・同親のきょうだいの絆は、特に王家では強い。
この冷徹で氷のような男と称されるガーフィン大帝も例外ではなかった。
彼は妹可愛さに、父が無理やり嫁がせた先から、即位直後にこれ幸いと強制的に離縁させ、手元に呼び戻したのである。
もちろん初めての夫は脂ぎった中年男で、彼女が大人になるまでは、と手を出さないにしても、彼女はこの男が自分を触るたび、キスをしてくるたび、いつも鳥肌が立っていて先のことを考えると憂鬱になる、と兄に手紙でいつも帰りたいと愚痴っていた。その自分の願いを聞いてくれた兄に、今まで以上に心酔した彼女は、兄のために何でもしたい、と思うようになった。
だから兄が政策に必要な、重要な所との縁つなぎのためや利益のために、彼女の力が必要になった時は、自ら率先して嫁いで行った。まるでそれが彼女の仕事のように。

そうと言ってもただでは起きないのが、この南の王女である。
もちろん自分の欲しいものは、敬愛する兄でも絶対に口を出させないし、またそれを分かっている兄は、彼女に任せ、別に強制はしない。
最初の結婚後、彼女は3回嫁ぎ、二人の跡継ぎを産んだ。
そして最近、現在東で一番大きな州・風砂(ふうさ)の総督に5年前嫁いだが、トラブルを起こして離縁され、またこうしてリドンに戻って来ていたのである。

そう、5年前、アムイとキイが護衛した輿入れの南の王女、とは彼女の事であった。


「お前…。暁の事、まだ諦めてなかったのか」
可愛い妹のおねだりは、今に始まった事ではないが、この妹の趣味には毎回困った事だと思っていた。
「あら、あの子は特別よ」
リンガは笑った。
とにかくリンガは若くて綺麗な男が好きだった。
だいたい嫁ぐ相手は自分より年上の男ばかりで、お役目を徹底する反動での彼女のつまみ食いは、兄として頭を悩ませるひとつであった。
特に先の総督との離縁の理由…それが…

「まったく、お前があの総督が溺愛している小姓に手を出さなければ、まだ東にいてくれていたのに」
「だってぇ。あの子本当に可愛かったのよ。あんな男にはもったいないわよ」
つん、としてリンガは兄に言った。
「とにかく、お前の傍には若い綺麗な男は置けない」
そうなのだ、彼女は自分の好みの男だと、誘惑し自分の虜にさせ、侍らす事に喜びを感じるタイプだった。
なのでガーフィンが彼女に付けた若い護衛とできてしまい、しかもその男の子供を妊娠している事が発覚した事がきっかけで、彼女のお付きの者は、ガタイがでかく、屈強な厳つい面構えの者ばかり揃える様になったのだ。
そのような男関係で奔放な彼女も、夫となった男にちゃんと跡継ぎを作ってやったり、妻としての仕事は完璧にこなした。それはもちろん、南の祖国と兄のためだ。

なのでその護衛とできてしまった子供を産んで養子に出した後、彼女は東と繋がりたい兄のために、風砂州に嫁いだのだ。その時に出会った【恒星の双璧】。
ティアンが宰相となった時から話だけは耳に入っていたので、彼女は興味深々だった。

「そういえば、お前は宵の方にはまったく興味をもたなかったな」
ガーフィンは妹に近くに座るよう、手で招いた。
リンガは優雅に兄の近くの椅子にふわりと座ると、美しい足をわざと組んだ。
「当たり前でしょ。誰が自分より綺麗な男に興味が湧くの」
リンガにとって【宵の流星】の美貌は認めざるを得ないようだった。
同じ美しい男でも、彼女はどちらかというと、ストイックで、物静かな男らしいタイプが好みだった。
それが若くてまだ初々しいと、彼女はそういう男を自分の魅力で翻弄させ、自分の色に染めたがる傾向があった。つまり当時20歳になったばかりのアムイは、彼女の好みそのものだった。

あの時だって、ティアン宰相に宵を任せ、自分は上手く暁とよろしくやるつもりだった。
だが、あの男は、この自分の魅力に一向に落ちてこなかったのである。

(俺は業の深い女は苦手だ)

確か、あの時アムイはそう言っていた。
この自分の口づけを受けながら、冷静にかわした男は今までいなかった。
その時から、彼女の中で【暁の明星】は特別な男になったのかもしれない。
現に今でもあの男の遠くを見るような瞳が忘れられないのだ。

「だから暁を殺すくらいなら、わたくしがいただく、って言っているのよ」
リンガは赤い唇を尖らせ、兄を見やった。
「ここも他も、みーんな宵しか頭にないようだけど、わたくしは暁の方が数倍興味あるわ」
そんな妹をしばらく観察していたガーフィン大帝は、小さく溜息をついた。
「…暁はお前にまったくなびかなかったらしいではないか。
ま、それを聞いただけで普通の男じゃないな」
「あの時、彼はまだ子供だったのよ!」
リンガは憤然として言った。
「その証拠にあの男、最近まで桜花楼に通っていたっていうじゃない、何年も!
あれから5年たっているし、きっと益々男っぷりが上がってると思うのよね」
そして一息つくと、こう呟いた。
「わたくしは男を見る目だけはあるのよ。
彼、只者じゃないわ」

「とにかく暁の件は、お前の好きにしろ。その代わり、自分で何とかするんだな」
晩餐の後に、ガーフィンは妹にいきなり言った。
「奴を生きて自分の物にしたかったら、自分で行動しなさい」
「兄君、それはわたくしに旅に出ていい、とおっしゃっているの?」
大帝はちらりと妹を見ると、
「お前ほど好きに生きている女はこの大陸にはおるまい。
私はそういうお前が自慢なのだ。
その男の子供が欲しかったら、自分で勝ち取りなさい。
…そこのドワーニをお前に貸そう。【暁の明星】はお前に任せた。
【宵の流星】はティアン宰相に一任してある。多分どこかで接点があるだろうが」
と、彼は近くにいたドワーニを指差した。
「あら、ドワーニを連れて行っていいの?」
「私なら心配はいらん」
「そ。ありがとう、お兄様。これでわたくしのモンゴネウラと大将ドワーニの二人がいてくれれば、無敵だわね」
モンゴネウラというのは、王女を子供の頃から守っている護衛隊長で、厳つい大男だが、貴族出身で品と教養のある男であった。

リンガ王女はその近くにいたドワーニに振り向くと、「よろしくね」と妖艶に微笑んだ。
ドワーニは微かに頬を赤らめると、うやうやしく王女にお辞儀をした。
「ところで、兄君さま。兄君はいつ跡継ぎをお作りになるつもりよ?」
王女は少し真面目な顔して、部屋に戻ろうとする兄に言った。
「うむ。今は時間がないな」
「あら、時間なくても子供くらいは作れるでしょうに」
ガーフィンは溜息をついた。
「今の私はこの国を最強にし、この力を大陸全土に広げる…。この方が大事なのだよ。
他の雑音などいらん」
ドワーニは、いつも冷淡であまり自分の事を語りたがらない大帝でも、自分の妹王女には意外と素直だと思う。
これだけ見ていると普通の兄妹と何ら変わりがない。
「あらあら、雑音って…。聞いた?ドワーニ。我が兄君ながら情けない」
「情けないとはなんだ」
リンガは笑った。
「英雄色を好むっていうじゃない。
お兄様は本当にその点はだめよねぇ。
特に大陸の覇王となるお気持ちがあるなら、尚更でしょ。
全ての欲望には貪欲にならなくては。…あの絶倫なゼムカのザイゼム王みたいに」
そのからかうような言い方に、大帝は少し気分を害したようだった。
「ザイゼムのような男と一緒にするな。
奴はそのせいで冷静さを欠いているではないか。
私なら野望の道具になぞに心を動かされる事も、情が移って身動きが取れなくなる事もない」
と、妹をじろりと睨むとこう付け加えた。
「私にはお前がいるではないか。跡継ぎなんぞ、お前が作ってくれたらいい。
他の異母兄弟の奴らの子供はいらん。
だから無事にまたこの国に戻って来い。
ま、最強の二人がお前にくっついているから大丈夫だろうがな」
「もう、兄君ったらずるい」
リンガはくすくす笑いながら兄を見送った。
そして彼女はドワーニに振り向くとこう言った。

「という事は、暁の子がこの国の次の王となる可能性だってあるって事よね?
本当にそうなったら、兄君はお許しになるのかしら」


一方、自分が南の王女の種馬扱いされているとはまったく思ってないアムイは、もの凄い剣幕でリシュオンに詰め寄っていた。
「頼む。どの国か教えてくれないか」
サクヤ達は尋常でないアムイの様子に息を呑んで見守っている。
「アムイ、今の現状では…。確かな情報ではありますが、どの国、とははっきり言えません。
これは国家間の微妙な問題なので…。
ただ私が言えることは、その話は最近出てきている、という事と、その発端が東の州かららしい、とか。
この件についてはまだ分かっていない事が大きいのです。ただ…」
「ただ?」
「これは私の見解ですが、今一番危険なのは南のリドン。…あの国は少し前からゼムカ族と接近していて、裏でかなり怪しい事をしている。他にも注意する国や州などあるかと思いますが、大国でいうならばこの国でしょう」
「南…」
アムイはあの憎たらしいティアンの目つきを思い出した。
奴のキイに対する態度。そしてゼムカの内情にやけに詳しそうなところ、…思い当たる節はあったじゃないか。

アムイは体の奥からどうしようもない感情が湧いてくるのを止められなかった。
その感情が自分をあの闇に引き戻していく。

追憶の森の中、自分が自ら蓋をした“あれ”が騒ぎ出し、いつしか自分をあの頃に取り込もうとするのではという恐怖で、アムイの心は乱れに乱れていた。


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2010年3月13日 (土)

暁の明星 宵の流星 #41

南の国は、火の国である。
他の国に比べて気温が高く、国の海沿いにはジャングルもある。

この熱い国に、【氷壁の帝王】という異名を持つ男がいた。
それがこの国を治める独裁者ガーフィン大帝である。
彼は父である前帝王を、東の動乱で亡くしてから早十八年、若いながらもこの国を発展させてきた。
もちろん、その冷徹で計算高く非常に残酷な性格で、独裁者として君臨している事から、南の男には不似合いな【氷壁の帝王】と呼ばれ、恐れられていた。
まだ36歳の彼は、いつも冷静で声を荒げる事がない。
ただそのもの静かな中で発せられる冷酷な言葉に言いようもない威厳と恐れを感じさせる。
彼はいつもリドン帝国の玉座の間にいて、自ら戦いには出かけず、いつも側近や兵士などに指示を出すのがほとんどだ。彼らは帝の足と手となり、彼の思うまま政(まつりごと)が進む。
熱い国なのに彼がそこにいるだけで、一気に温度が下がるような、そんな帝王だった。

その彼の右腕となっているのが、ティアン宰相である。
彼は術者として最高峰の賢者衆という団体の一員であったが、その術者としての能力とある情報に精通しているとかで、大帝に引き抜かれ宰相となった。

この年齢不詳のティアン、ガーフィンは氷のような青い瞳でじっと彼を観察していた。
「すなわちゼムカのザイゼム王はこちらの魂胆を見抜いてしまった訳か」
ガーフィン大帝の表情にはこれぽっちの感情は読み取れない。
「ふふ。宰相殿もヘマをなさったものだ」
大帝の左腕である帝国軍大将、ドワーニが鼻で笑った。
このドワーニ、東の乱戦で前帝を補佐してきた屈強な戦士であり、その功績で現在は大帝の影として仕えていた。
「まあ、遅かれ早かれ、このような時がくるのは予想の範疇です、大帝」
ティアンはさらりと言った。
「ふん。確かにな」
ガーフィン大帝はその冷たい視線を手元に移した。
彼の手にはある機密が書かれている書類がある。


彼が帝位を継いでからは、南の国はこの数年で一気に潤い始めていた。
それは彼の非情な政策の賜物で、特に近年この国は裏でかなり阿漕(あこぎ)な事をして、国を発展させてきた疑いがあった。
今他国他州から一番恐れられている国、それが南のリドン帝国だ。

「…覇王となるには滅亡したセドの宝がどうしても必要か」
ガーフィンは抑揚のない声でポツリと言った。
ティアンの目が光った。
「御意。私めがこの件を追ってもう何年たったのか…。
あともう少しで宝を手にする事ができたというに、あのゼムカめが…」
「ザイゼムの奴もどのくらいこの件について知ってるのだろうな」
「…さあ…。とにかくこんなに長くあの男が隠し持っているのが、我々の情報が確かだという事でしょう」
「それだけかな、あの男」
と、ガーフィンは珍しく口の端で笑った。
「どういう意味ですかな、大帝」
横にいたドワーニが不思議そうにガーフィンを見やった。
「噂の宵はかなりの美貌を持つというではないか。男も女も狂わすほどの魔性の美貌。
ティアン、お前と同じで奴も【宵の流星】にかなり骨抜きになってるようだ」
その言葉にティアンは目を細めた。

「とにかく我々はもう一刻の猶予はないと思われます、大帝。私が5年ぶりに見た【宵の流星】はかなり容態がよくない。彼に息絶えられれば、我々の野望も全てが無です」


城の窓から真っ赤な夕日が海を染めて沈んでいき、その赤い光がガーフィンの部屋に射しこんでいる。
「東を統括していたセド王国は、禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ……か」
ガーフィンは歌うように呟いた。
「そのセド王国の最後の秘宝。
神が憤るほどの、セドが禁忌を犯してまでも手に入れたかったという、その秘宝。
…その鍵を握るのは…【宵の流星】であるのは間違いないのだな」
ガーフィンの言葉にティアンは頷いた。
「ええ…。それはもう疑いもありません。
セド王国最後の秘宝は大陸を制する。
すなわちその鍵を握る【宵の流星】を手にした者こそ、大陸の覇王となる」
「今だかつて、誰もが挑戦し、誰もなし得なかった大陸の王…か」
ガーフィンは口元に手をやり、何やら思案しているようだった。
「それを我が大帝が成し遂げる」
ドワーニが誇り高く言った。
「ま、悪くない話だが、神をも怒るという秘宝だぞ。そのようなものを手にして大丈夫なのか」
「おや、大帝にしてはお珍しい。やはり大帝も神には恐れをなしてらっしゃいますか」
ティアンはわざと驚いたような顔をしてみせた。
「私は客観的に問うただけだ」
ガーフィンは無表情のままティアンを眺めた。
「これは失礼した、ガーフィン大帝。確かにそのような疑問は否めませんね。
……これは私の憶測ですが、セド王国はその宝の使い道を誤った、だから滅んでしまった、と思うのが常識でしょう。まぁ、確かに神が怒り狂ったからという話も捨てられませんが。
…何しろ王国滅亡寸前まで…18年前のあの日、あの神国オーンが宗教戦争以来、珍しくセドに兵を送っています。余程の怒りだったのではありませんかね?」
「神国オーン、か」
「そうです。特にその時、現・最高天代理司長(さいこうてんだいりしちょう)であるサーディオ殿自ら兵を引き連れて、ですからね。余程の事をしたんでしょう、セド王国は」
その物言いに、ガーフィンはこの男がまだ何か隠しているのではないか、と思った。
「とにかく兵を用意しましょう、大帝。ザイゼム王は北に向かったという情報です。きっと宵を北に隠しているに違いない!」
ドワーニが興奮している。
「それはお前に任せる。特にお前は父君に就いて、東とよく戦っていたからな。
お前の方がよくわかってるだろう?」
「は、お任せください」
ガーフィンはドワーニに頷くと、ティアンの方に顔を向けた。
「ところでティアン、もう一人の男はどうするのだ」
「もうひとり…」
「宵の傍にいつも影のように貼り付いていた、暁の事だ」
ティアンは薄笑いを浮かべた。
「ああ、【暁の明星】、ですね。
奴にも久々に会いましたが相変わらずで…。
奴もかなり必死に宵の君の行方を追っておりましたね。本当に目障りな男だ」
珍しくこの男が憤然としている所を見たな、とガーフィンは思った。
「暁は邪魔な存在、ということか」
「確かに我々の計画には邪魔でしょうね」
ティアンは意地悪く言った。
「奴は宵の何なのだ」
「…とにかく幼い頃から一緒だ、という事と、【宵の流星】と並ぶ【恒星の双璧】として共にいる、としかはっきり分かっておりませんが」
「奴はあの若さで、この大陸に十人といない、“金環の気”の修得者だぞ。一筋縄でいくはずもないだろう」
「アムイ=メイ、とか言いましたかな?その小僧」
突然ドワーニが言った。
「その名前を聞くと、どうしてもあの男を思い出します、大帝」
と、懐かしそうにドワーニは目線を上に向けた。
「あの男?」
「ええ。東の王国、セドの王子にいつも影のように付き添っていた、王国一の使い手、ラムウ=メイ将軍の事ですよ」
ドワーニは幾度となく、セドの使い手ラムウと手を合わせた事があった。
勇猛果敢で冷静で、そしてオーンの敬虔な信徒だった。
あの者の涼しい顔をドワーニはいつも崩したくて仕方がなかった。
「奴の“鳳凰の気”は凄まじかった!全ての風を呼び集め、まるで嵐のようだった。
あの男もセド王国滅亡で命を落としたと聞く。
本当に味方に欲しかったほどの男だ」
ちらりと興味深そうに大帝はドワーニを見上げた後、再びティアンに振り向いた。
「ま、その男とそのアムイ=メイが何かしら関係あるとは断言できんであろうが、とにかく煩わしい存在、と思ってよいのかな」
「…奴の命を狙っている者がかなりいると聞きます。それが東で暴れていたという因縁の他に…。我々と同じく宵の君を狙っての暁を快く思っていない…王侯貴族や豪族どもが特に最近」
「こっそり刺客を回しているらしいんだろう?」
「多分本人はあまりそういう目的で狙われた、とはわからないで、ここ一年くらいは相手していたらしいですが」
「ふん…。今現在暁は宵と行動を共にしていないじゃないか。他の奴らはどこまであの二人の事を知っているのだ」
「それは…」
ティアンは言い淀んだ。
この大帝は何を考えているのか。
【宵の流星】を手にするためには影のように寄り添い、常に目を光らせている【暁の明星】がただ邪魔者なだけなのに。今二人が離れていても、きっと奴の事だ。必死の思いで奪い返しに来るに違いない。
「流星・流れる所、明星あり、と私の師匠が申しておりました。
【宵の流星】あるところ、必ず暁は磁石のように引き寄せられる。
逆もまた同じ。完全に宵の君を手にするには、暁は正に邪魔な存在。
ならば離れている時に早めに処分しよう、というだけです」
「つまり…宵を手にするには暁を消せ、と」
大帝の言葉にドワーニはその気になった。
「ならば大帝!このドワーニに【暁の明星】を討つ事をお許しくだされよ!
ラムウと関係なきにしても、私は一度“金環の気”を体験してみたい!」


「暁を討つ?殺してしまうの?」

その時、扉の向こうで艶かしい女の声がした。
男達は一斉に扉の方向に顔を向ける。
重い扉が開き、二人の屈強な男を従えてひとりの女が現れた。


「ねぇ、殺すつもりなら、わたくしに頂戴、【暁の明星】」
「リンガ」
大帝にリンガと呼ばれた女は、この国に似つかわしい程の火のような赤毛を持ち、その豊かな髪を大きく結い上げ、ところどころ後れ毛を散らしているのが、かなりの色香を放っていた。
そして豊満な肉体を惜しげもなく晒した“女”を前面にした出で立ち。
そう、豊かな胸を強調したぴったりとしたビスチェに、細い腰をぎりぎりまで見せるデザインのドレス。その下の布からちらりちらりと見える、白い太ももと細い足首。文字通り熱い国の女の格好だった。
彼女は鼻にかかるような甘ったるい声で、ガ-フィンにねだるように言った。


「わたくし、絶対暁の子を産みたいの。殺すというならわたくしがいただくわ。
ね?いいでしょう?兄君」


彼女が南の王女、四度の結婚離婚を繰り返している、リー・リンガ=リド。
ガーフィン大帝の同親(どうおや)の妹姫であった。

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2010年3月12日 (金)

暁の明星 宵の流星 #40

結婚か聖職か、という何とも究極な選択を、こんな小さな姫に強いたものだ。


〈果ての大陸〉では、もう百年程前すでに宗教戦争は終わっていた。
大陸自体統一されている訳ではないが、人間の価値観に一番影響が大きい宗教、という物が統括されて、この大陸は国家間でのバランスを何とか上手く取っている。


この宗教戦争後において、各々民族、国家の、信仰の自由は認められたが、神事などの統括を図るという意味での宗教というトップに立ったのが、先の神国オーン拝する“絶対神”の天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)である。
それぞれの民族や国にはそれぞれの信仰があり、主に国の代表格である、南の【炎剛(えんごう)神宮】西の【水天竜宮(すいてんりゅうぐう)】北の【北天星(ほくてんせい)寺院】東の【聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)】を尊重しながらも、東の国南東の孤島にある神国オーンが統括の責を負う事で、全てが丸く収まったのだ。
その一番の理由は、神国オーンは完全な聖職者と信徒だけの国であり、神事を専門に行い、その関係で神の声を聞く稀有な人間を保護しているからだった。そして彼らが崇拝している神、“絶対神(ぜったいしん)”が、この大陸を創ったとされる天の王、という謂れ(いわれ)から、ここが全ての宗教をまとめた方がいいいだろう、という事になった。
とにかくオーンは天空という名の通り、神に一番近い島中央にある高山の頂に聖堂を構え、神の信徒のみが住まえる自治国である。
そう、信徒の中でも大聖堂でお役目をいただいている聖職者は、神に絶対なる愛と信仰を捧げ、神と契るという意味で、生涯独身を貫き、もちろん姦淫は大罪とされる。特に神の声を聞くとされる巫女は、男と通じればその力は失われただの人間となると言われている。


その最高位が、アイリン姫の伯父である最高天空代理司長(さいこうてんくうだいりしちょう)様である。
彼は全ての神事と、他宗教との連携を取る事を任された神官である。
彼の家は代々有能な聖職者を出してきた由緒正しい家柄で、姫君の母親は彼の一番末の妹だった。
その血筋故、姫君にも不思議な力がある事を見抜いた伯父のサーディオ最高天司長(最高天空代理司長の略)が、この不安定な政治的情勢を心配して、是非聖堂の巫女にと望んだのだ。


つまりアイリン姫はまだ9歳という幼い身柄で、政略結婚するか聖職者(巫女)となって生涯を独身のまま過ごすかの、文字通り究極の選択にいたのだ。


貧しいモウラ王国のミンガン王は実はもうかなりの高齢である。
アイリンの他に、すでに成人の王子達が三人いるが、そのうち一人を流行り病で亡くし、今は残った二人の王子が父王の補佐をしていた。
そのミンガン王が、晩年になって娘程の年齢のアイリンの母を正妃に迎えた。
もちろん神国オーンの息がかかっている家柄と親戚繋がりになる事と、アイリンの母親の美しさに夢中になったからだ。
その晩年にできた、たった一人の姫君である。
王が溺愛しない訳がなかった。
しかし貧しいとはいえ、一国の主。国の事を一番に考えなければならない。
そこで持ち上がった西の国との縁談。
西の国も南の国の異常な野心的政治行動を危惧していたため、自己保身も兼ねて他国との繋がりを希望していた。北の方もこの国と縁が繋がれば、豊かな西から多額の援助をして貰える。
幼い姫を嫁に出すのは忍びないが、女を大切にしてくれる国だ。姫のためになるだろう。

ところがその話がまとまりつつある頃、先の最高天司長様直々の巫女としての要望である。
オーンからの申し出を無下にはできない。
それ程大陸に影響ある神国なのだ。
多額の援助金はなくなるだろうが、オーンの巫女に国の姫が選ばれたというだけで、大陸での自国の価値が向上する。つまり何かあった時には神国オーンが仲介に入ってくれるという事だ。

王にも姫にも究極の選択だった。
だが王はとにかく愛娘の幸せを一番に考えたかった。自由、という道は選択肢にはなかったが。
なので彼は幼い姫に自分の意思で選んでもらおうと考えた。
もちろん西の国にもオーンにも、自ら説得して本人の意思で選ばせたいという意を承諾してもらった。
その公平さを貫くために、本人の目で西とオーンを見てもらおうと、今回の旅を決行したのだ。
そしてサポート役を、旅慣れている西の王子にお願いした。
リシュオン王子も、父王から頼まれて、この役目を快諾した。
姫がどちらを選んでも、北には恩を売れるし、オーンには姫を大切にしたという評価が上がる。
西にとっても何の損もない。


その肝心なアイリン姫は、己の人生を二者択一であれど、自分の意思で選べる事を天に感謝した。
ずっと自分は国のために生きる、と思っていたから尚更だ。
彼女は大きな瞳をきらきらさせて、これからの自分を考えているのだ。

「このような大切な事を、私の意志で選んでいいなんて、本当に嬉しいんです」
だが次の瞬間、少し顔を曇らせた。
「正直…不安がないというのは嘘ですが…。
ちゃんと正しく選べるかどうか…、どちらが自分にとっていい道なのか
この目で確かめた結果、同じくらいだったらどうしよう、とか
どちらも嫌だったら占いで決めちゃおうかな、とか」

イェンランは益々たまらなくなった。
こんな小さな子に、なんという選択を強いるのだろうか。
沢山の選択、数多の可能性、彼女にだってそれを受ける権利はあるだろうに。
そして自分とつい重ねてしまう。
彼女のように選択肢はなかったが、親に道を定められていたのは同じだ。
しかも人よりも器量よく生まれたばかりに、親は娘を金に替える事しか頭になかった。
その中でたったひとり、自分の味方だった次兄だけは彼女を守ってくれた。
でもその兄が突然事故で亡くなったため、これ幸いと親は兄の喪が明ける前に桜花楼と契約を済ませてしまった。
イェンランにとって、故郷とは亡くなった兄そのものだ。
多額の金を受け取って、貧しい国を捨て、他の国へ移った親兄弟をどうしても許す事はできない。

暗く、沈んだ顔のイェンランに気づいたリシュオンは、彼女の中に蠢く闇を微かに感じ取っていた。

そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎ、皆は食堂を後にし、寝所であるテントに案内される事になった。
リシュオンが寝泊りするテントには、何かあった時の為の予備空間があり、そこを客人の寝所にしてくれるとの事だった。
リシュオンを先頭に、四人と子供達は隣のテントへと足を進めた。
何名かの護衛の兵士が王子と姫に気づいてうやうやしくお辞儀をしていく。
その時、ひとりお辞儀を済ました兵士が、アムイの顔を見て驚いた声を出した。

「お、お前は【暁の明星】!!何でこのような所に!!」
中堅であろうと思われる兵士は、青くなってリシュオンの前に進み出た。
「…暁の…明星?まさか」
リシュオンはアムイを振り返った。
「王子、確かです!私は三年まえまで東に遠征しておりました。
トウギ州でのいざこざの時に、こやつと遭遇して顔を覚えています!
間違いございません!」
兵士はかなり興奮している。
「しかし何故このような狼藉者が、王子の傍に…」
リシュオンは兵士の肩を叩いてきっぱりとこう言った。
「この方は私の大切な客人です。失礼は許しませんよ」
そして兵士達を自分達の前から追いやると、黙ったまま自分のテントに皆を誘導した。

応接間も兼ねているリシュオンの個室に入った全員は、王子の沈黙に嫌な予感を持っていた。
王子は子供達に自分の部屋に行くように促したが、子供達も先程からの王子の様子が気になって、なかなか部屋を出て行こうとはしない。
王子は仕方ない、というような溜息をつくと、アムイの前に歩み寄った。
「貴方が【暁の明星】というのは真実ですか?」
いきなり彼はこう言うと、アムイの剣の鞘を見た。
「…ああ、さっきの兵士が言った事は事実だ。俺の異名は【暁の明星】」
アムイも素直に素性を明かした。
本人もまた、王子の何か含んだような表情がずっと気になっていたのだ。

「そうですか。まさかこんな所で本人を目の当たりにするとは…。
噂はかねがね伺っておりました。でも安心してください。
今の状況では我が国は貴方には何の思惑もありませんので、貴方の身の安全は保障します」
「身の安全…?」
王子は深い溜息をつくと、アムイを真っ直ぐ見据えた。
「【暁の明星】、貴方は国家の間でかなりの話題になっていますよ」
この言葉にアムイは固まった。
「東でかなり暴れられたのも耳に入っていました。だから東の村や州に、貴方の首に懸賞金を賭けている組織もかなりあるというのも理解できる。
ただ、今年に入ってから、貴方の命を狙っているのが東だけではない、という話が持ち上がってきたのです。
特に国家間、それに順ずる王侯貴族間で、貴方の話がかなり広まっています。
ご存知でしたか?」
アムイは何も言わず、ただじっと無表情でリシュオンの言葉を聞いていた。
「…それは…どこかの王族や国で兄貴の命を狙っている者がいる、という事?」
アムイの沈黙が我慢できなくて、思わずサクヤが王子に言った。
「そのとおりです」
しばし気まずい沈黙の後、アムイがやっと重い口を開いた。

「…で、その王国間での…俺の話とは、どんな内容でどこまで知れ渡っているんだ…」
リシュオンは淡々と答えた。
「貴方の【恒星の双璧】のおひとり、【宵の流星】を手に入れる。そのために貴方を邪魔に思っている国や豪族がある…。そういう話です」

【宵の流星】という名前が出た途端、アムイの顔から血の気が引いた。
それはサクヤが初めて見る、【暁の明星】の動揺した姿だった。
アムイは顔面蒼白として、リシュオンを驚愕の目で見ていた。

「それはどこだ…」
アムイの口から唸る様な声が出た。
「キイを狙っているのは、どこの国の奴らなんだ!!」

アムイの恐ろしいほどの剣幕に、その場にいた者は凍りついた。


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2010年3月10日 (水)

暁の明星 宵の流星 #39

北の姫君には驚いたが、西の王子まで現れるとは思わなかった。
しかもあの噂の第四王子である。
確かにリシュオン王子は、気品と教養を兼ね備えていて、しかも王族だからという尊大さがなかった。
明るい茶褐色の短い髪に、西の人間特有の青い瞳を持ち、優しげで爽やかな好青年、という感じだ。
この人が十代の頃、海を渡って外大陸にまで行った行動派とは、何か想像しにくい。
それでも話していると、若いながらその知識の多さに圧倒される。
“先見の明がある”と国民に尊敬される人物というのは間違いなさそうだ。

彼は北の姫君を救ってくれたお礼がしたいと、彼らが森の中に張っているテントに招待してくれた。
テントとはいえさすがそこは王族の一行、かなりの大きさのテントが三つ、横並びに存在していた。
しかも中に入るとこれまた驚くに、一つのテントは食堂、キッチン、お風呂が入れる個室などもあって、普通の宿の様だ。もちろん簡易な作りなので、豪華とはいえないが、普通に野宿するよりは数万倍も快適だろう。
他の二つのテントは、何箇所か衝立で区切られているお供用の寝所と、応接間に使える場所を持つ王族関係者の寝所だった。

なので四人は王子の好意に甘えて、汚れた体を洗いきちんと着替え、晩飯までもご馳走になっていた。
もちろん子供達も綺麗に着替え、一緒に食卓を囲んでいる。
皆は王子の各国を回った話を聞きながら、楽しい時間を過ごしていた。


それよりもイェンランは何か居心地が悪かった。
それはリシュオンの、彼女に対する態度だった。
いくら女性の地位を高めたというフェミニストだからって、テントまでの移動中、案内中、そして今の食事中まで、まるで彼女をどこかの王侯貴族のレディのように扱い、彼女を辟易させた。
普通の女性ならこういう扱いを受ければ胸ときめくのかもしれないが、今のイェンランはできれば自分を女扱いされたくなかったのだ。
その王子の態度には彼女への好意も加味されているとは、まったく本人気づいていなかったので、これは王子の女性への普段の態度なんだろう、と思った。
なにせ彼と出会った時の自分は、あちこち薄汚れ、髪はぐしゃぐしゃ、見るからにひどい格好だった。
そういう理由から、イェンランはリシュオンが自分に一目惚れしたなんて、全く思いも寄らなかったのである。
なので先程もサラダを取り分けようと、彼が彼女の皿に手をかけた時、イェンランはきっぱりと言ったのだった。
「王子。自分の事は自分でさせてください」
「あ、余計な事でしたか?申し訳ない…」
「ええ、余計な事ですよ、王子」
その率直さにリシュオンは参ったなぁ、という顔で微笑んだ。
「イェンラン、どうか王子ではなく、リシュオンと呼んでください」
「そんな無理です。身分はわきまえないと」
「身分は関係ないです。私は貴女に…いいえ、皆さんに普通に呼んで欲しいだけですよ」
と、彼はさりげなくイェンランのグラスに飲み物を注いでやる。
(んもう…。何か調子狂うのよね、この王子様…)
半ば自棄になってイェンランはそのグラスを飲み干した。
その微妙な二人のやり取りを、シータだけは何かを感じていたらしく、ニヤニヤしながら眺めていた。


「ところでこれから皆さんはどちらの方へいかれるのですか?」
突然リシュオンがアムイの方を向いた。
「あ、ああ…。夜が明けたらこの森の果てにあるリョンという村に用があって…」
アムイも顔を上げてリシュオンを見た。
「リョンなら私達も朝向かう所だったんですよ。リョンにある通用門を通って西に行こうと思っているんです」
リシュオンは満面の笑顔になった。これでもう少し彼女と一緒にいられるかも、と素直に喜んだ。
「西に行かれるのですか」
「ええ。まぁ、色々とありまして…」
と、リシュオンはちらりとアイリン姫を見た。
姫君はさっきから俯いて、料理を突付いている。
その様子に切ない顔をした王子は、話題を変えようとアムイ達に再び話しかけた。
「そちらも何か事情があるようですね。何かお捜しのように思えてならないのですが」
王子の鋭い観察力に、アムイ達は感心した。
「特に今、ここモウラは東からの影響でかなり治安が悪いですよ。
なので我々は、北の城からまっすぐリョンには向かわずに、シャン山脈と平行して存在している森を回って来たのです。これからどこに行かれるにしても、町や村を通るなら、ある程度覚悟された方がいい」
リシュオンは真面目な顔をした。
「特にご婦人方を連れて行くのはかなり目立つし、危険行為です。なので今回、姫には申し訳なかったのですが、男の子の格好をしてもらって、旅をしているのです」
と、彼はちらりと心配げにイェンランを見た。
視線に気づいたイェンランは彼に向き直った。
「覚悟は…してきたつもりだわ。それに私、この国の人間だったから、ある程度抜け道とかわかると思います…。実は帰ってきたのは三年ぶりなんですけど。今はその頃より状況は変わってますか?」

「イェンランは国の人間だったの?」
ずっと俯いていたアイリンがいきなり顔を上げてイェンランを見た。
「え、ええ…。だから姫様のお名前だけは存じてました」
「そうなの…」
アイリンは微かに微笑んだ。
その姫君の元気のない姿に、ついイェンランは疑問をぶつけた。
「あの…。もし私の勘違いだったらごめんなさい。
もしかして、姫君を男の格好までさせてこの国を出るって言う事は…。
それ程モウラは危険な国になってしまったんでしょうか。
姫君を国外脱出させるために…」
その言葉に、アイリンとリシュオンは顔を見合わせた。
「そ、それはイェンラン…」
リシュオンが口ごもった所を、アイリンは意を決したように遮った。
「それは違います」
「姫!」
「いいじゃないですか、リシュオン様。この国の者は皆知ってる事ですし、この人達は信用できると思うし」
「姫…」
姫の両脇にいる、双子も神妙な面持ちだ。
アムイ達の視線を一斉に受けながら、アイリンはまっすぐ彼らを見て言った。

「私、お見合いしに行くのです。西の国に」

一瞬微妙な空気が流れた。
「お、お見合い?…って、だってまだ姫君は9歳でしょう?」
イェンランは彼女の言葉に驚いた。
「ええ、本当です」
リシュオンがアイリンの代わりに答えた。
「アイリン姫は我が国の王太子…つまり私の長兄であるペイン王子の息子、私の甥のキリーとの縁談が持ち上がっているんです」
「…って、キリー王子っていくつなの…」
「今14歳です」
「まだ子供じゃない。どうしてそんな…」
イェンランは信じられない様子で首を振った。
「イェンラン。王家では意外とこういう事は当たり前なのです。とにかく国と国を結ぶため、互いの利益のため…。特に王家に生まれる娘は本当に少ないので、生まれた時からこういう運命にあるのは覚悟してなければなりません」
アイリンは9歳とは思えぬほどの毅然とした言い方で、イェンラン達に説明した。
「つまり…政略結婚」
ポツリとサクヤが言った。
「そんな…。生まれた時からすでに人生が決まっているなんて…」
「そうですね。でもアイリンは北の王ミンガンの娘として自分の責はまっとうするつもりです」
当たり前のようにして言う彼女に、イェンランは胸が痛くなった。
「なんで…。王の娘すらも自由がないの?女はただの道具なわけ?」
イェンランの呟きに、リシュオンも苦悩の表情を浮かべた。
「でも、イェンラン!まだ私は幸せな方なのですよ」
いきなりアイリンは明るく言った。
「幸せ…?」
「はい、アイリンは二つの道どちらかを自分で選べるのです!」


皆は彼女の言っている意味がわからぬまま、次の言葉を待った。
だが、口を開いたのはリシュオンだった。
「姫君と私はこれから西の我が城で、キリーと会って貰い、その足で再び私と東に行くのです」
「東にだって?」
サクヤは思わず大きな声を出した。
「何だってそんな、よりによって一番の無法地帯に…」
「ええ…。でも私達が向かうのは、東でも最南端の神国オーンですので」
アムイがその名前に反応して顔をリシュオンに向けた。
「神国オーン?あの天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)のある…聖地オーンに何故」
シータが不思議そうに尋ねると、リシュオンはこう答えた。

「姫はオーンの神官でも在られる、最高天空代理司長(さいこうてんくうだいりしちょう)サーディオ様の姪御様でもあって、その血筋から姫を心配される最高天司長(さいこうてんしちょうж最高天空代理司長の略)様が是非巫女に、と所望されているのです」

「神国オーンの…最高天空代理司長の姪??姫が?」
シータは思わず聞き返してしまった。
アムイもアイリンについ目がいってしまう。
「という事は、姫君の言う二つの道って…結婚か神の道か…って事なの?」
イェンランが呟いた。

「そうです。父王様は、アイリンにこの二つの道を、私自身での選択を許してくれたのです」

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2010年3月 9日 (火)

暁の明星 宵の流星 #38

ここはちょうど森の入り口の川沿いで、サクヤは急いでその場に火を焚いた。
もう景色はうっすらと暗くなり始めている。

「悪い!ほんっとうに申し訳ない!」

何とあのアムイが、珍しく焦って頭を下げていた。
相手の子は先程アムイに無残にも服を脱がされてしまった…北の国モウラの姫君、アイリン=モ・ウラである。
彼女は9歳なのに本当に小さくて痩せていた。そのせいで、大きな灰褐色の瞳が益々目立つほどで、色も白く、見るからに貧弱であった。短く切りそろえた柔らかな栗色の髪の毛が、焚き火の光を受けて、きらきらしている。今は男の格好をしているため、姫君にはまったく見えない。

アムイが頭を下げている間、彼女はちょっと頬を染めて、困ったように彼を見上げていた。
「許さなくていいですよ!姫」
レンが憮然として言った。
「そうです。いくら何でも失礼に程がある」
フェイも腕を組んでアムイを睨み付けている。
その様子を、サクヤ達は面白がって黙って見ていた。
…いや、イェンランだけを除いて。

「フェイ、レン、そんな言い方ってないわ。アムイは私達の命の恩人じゃないの」
彼女はようやく口を開いた。可愛らしい声が、男の子ではない証だ。
「姫!それでもこいつが姫にした事は、いくらなんでも許せる事ではありません!」
「そうです!嫁入り前の姫に対してなんという恥知らずな」
双子の怒りはどうも収まりそうになかった。
「二人とももうやめて!もう、いくら乳兄弟とはいえ、そこまで…。
どうか頭を上げてください、アムイ。
あの時だって、私を心配してやってくれた事だし…。
私がちゃんと女だって言わなかったのがいけないんですから」
アイリンはまっすぐ彼の瞳を見つめた。
一滴の濁りもないアイリンの目。それが彼女の純真さを物語っていた。
アムイは彼女のその言葉にほっとした。
「いや…。そうだとしても、浅はかだった。女の子と見抜けなかった俺が悪い。
本当にすまなかったな、姫君」
「アイリン、と呼んでください。本当に命を助けてくれてありがとう」
それでも双子は膨れたままで、じっとアムイを睨んでいる。
「もうっ!二人ともちゃんとお礼言いなさいよ!」
アイリンは一喝した。

その様子を少し離れた所で、ニヤニヤしながら眺めていたサクヤとシータだったが、イェンランの様子がおかしいのにサクヤの方が気が付いた。
イェンランはさっきから腕を組んで、じっとアムイを睨み据えている。
その様子がまるで殺気立っている事に、サクヤは恐る恐る彼女に問うた。
「あ…れ?イェンどうかした?何か怖いんだけど…」
彼女はぼそっと呟いた。
「…私には謝ってないんですけど……」
「は?」
「アムイの奴、私にもあの子と同じ事しておきながら、ぜんっぜん謝ってないんだけど!!」
イェンランは悔しげに声を絞り出した。
「あ!…そ、そういえば…」
サクヤは初めてイェンランと出会った時を思い出した。
一糸纏わぬイェンラン…。つい、口元が緩んでしまうサクヤだった。
「何思い出してんのよ!!」
ギロリとサクヤを睨みつけると、イェンランはまるで沸騰したかのごとく、真っ赤になった。
「私の方がガキの裸で悪かったわよね!」


「…で、どうした訳よ、さっきからお嬢は…」
眉を吊り上げ、ピリピリしているイェンランを横目で見ながら、シータは簡単な食事を作ろうと、サクヤと共に焚き火の近くで作業していた。
「…色々大人の事情があって…」
と、汗だくになりながらサクヤは答えた。
「それよりもあの子達、どうしてこんな危険な所にいたんでしょうね。今兄貴が詳しい事聞いてるみたいだけど」
「何か迷子って感じよね」
もう随分日も落ちてしまって、彼らの焚き火の灯りがますます輝きを放っていた。
イェンランは面白くないという顔をして、森の方へと行こうとした。
「お嬢?何処行くの。もう暗いから危ないわよ」
「自然現象!すぐ戻るから」
イェンランはそう言って、危険な山林とは反対の森の方向の茂みへと向かった。

彼女はとにかく済ます事は素早く済まし、仲間のいる場所に急いで戻ろうと、茂みを掻き分け何歩か進んだ時だった。
「どなたかいらっしゃるんですか!?」
いきなり遠くから叫ぶ声がして、誰かが自分の方向に近づいてくる音がしてきた。
イェンランは突然人が現れたせいで、心臓が止まるくらいにびっくりして固まってしまった。
(だ、誰?)
アムイ達がいる焚き火の方まで、走ればあっという間につく距離だったが、足が地にくっついてしまったように動かない。そんな彼女の前にがさごそ音を立てて、一人の若い男が小さな灯りを持って現れた。
薄暗い中で二人は目が合った。
相手も彼女の存在に驚いたようだった。
「あ…!あの…遠くから灯りが見えたので…」
爽やかで、優しい声の持ち主は、見るからに育ちがよさそうな青年だった。
シンプルな服装だったが、よく見るとかなり高価な生地を使っている。
イェンランでなくても、この人物はかなりの身分の高い人間だとすぐにわかった。
絶対に賊には見えない。
それに気づいた彼女は警戒しつつも、何となくほっとした。
「いきなり現れて申し訳ない、実は人を捜しているんです。まだ9歳の子供三人なんですが、見かけませんでしたか?」
その人物は相当慌てていたらしく、息を少し切らしながら突然こう言った。
「ああ!あの子達の?よかった!捜してる人がいたのね!」
イェンランは完全に警戒を解いて、彼に輝くばかりの笑顔を見せた。
彼の目が一瞬賞賛で輝いた。
「本当ですか?よかった!ずっと捜していたんです。途中我々とはぐれてしまって……」
「あの子達なら仲間が焚き火の所で保護してます。何でこんな所でって、思ってたの」
焚き火を指さしながら彼女は彼と歩き出した。
「それにしても、随分と慌ててたんですね。この焚き火が賊のものかもしれないのに」
「ああ!言われて見ればそうでした…。子供達の事ばかり考えていて…もっと危険に敏感でなければいけなかった。私もまだまだだな…」
と、ちょっと照れながら青年は頭をかいた。


イェンランが青年を連れて、シータ達の前に現れた。
「あら?お嬢。その素敵な若い人はどなた?」
「あの子達のお連れさんで、ずっと捜してたんですって。あの子達は?」
「川沿いにいるわよ。そう、よかった!やはり迷子だったのねぇ」
「本当にご迷惑かけて申し訳ありません!保護していただいて感謝します!」
青年は頭を下げた。
「とにかく私、あの子達連れてくる!」
と、駆け出したイェンランの後姿に見惚れている青年にシータは気づいた。
(ふーん、なるほどねぇ)

ほどなくして子供達を連れ、アムイ達は焚き火の方に戻ってきた。
「君達!本当に皆心配して探し回ってたんだぞ!」
三人を目の前にした青年は、腕組しながら厳しい声で言った。
子供らはシュンとしてうなだれている。
「私は君たちの事を信用されて任されたのだ。何かあったら、アイリン様の父君に顔を合わせられない」
「も、申し訳ありません…」フェイが小さな声で言った。
「フェイもレンも、小さいとはいえお守りするために一緒に来ているんだろう?旅は危険だともっと自覚してくれないと」
「待って!二人は悪くないの!私がつい、珍しい鳥に気をとられて山の方に迷い込んじゃったのよ。二人はそんな私を守ろうと追いかけて来てくれて…で、ビャクに」
アイリンは青年に訴えた。
「山!ビャク!!」
青年は驚きのあまり喘いだ。
「あ、でも、この人達が私達を助けてくれたの!あのビャクから…」
額を右手で押さえていた青年は、顔を上げると改まってアムイ達に頭を下げた。
「何て感謝してよいのか…。本当にありがとうございます」
「いえ、当たり前の事ですよ!どうか頭を上げてください」
サクヤはこの見るからに身分の高そうな青年に恐縮した。
そして彼はアイリン達に再び振り向くと、腰を屈めて三人を自分の両腕で包んだ。
「とにかく、ご無事でよかった…。生きた心地、しませんでしたよ」
その優しい声に、三人は今までの緊張が解け、たまらず泣き出した。
「ごめんなさい!」
「本当に心配かけてごめんなさい。王子!」
「え…、王子?」
子供達の言葉に驚いてイェンランが彼の顔を見た。
「あ、ああ…。名乗りが遅れて申し訳ありません」
青年は、子供達の涙を拭いてやった後、爽やかに微笑みながら立ち上がった。

「私はリシュオン=ラ・ルジャング。西のルジャン王国の第四王子です」


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2010年3月 7日 (日)

暁の明星 宵の流星 #37

その6.北の姫君 南の王女

王家に生まれし女は、自らの人生を選べるのか否か。
大陸に対照的な王の娘あり。
運命に翻弄されし二人は自ら未来の男にこの身を捧ぐ。

夜半、馬をずっと北東に進めていたアムイ達は、ようやくシャン山脈に足を踏み入れた。
とにかく人があまり踏み入れない山林は、鬱蒼としていて昼間なのに薄暗い。
今でも毒蛇や、危険な虫などが彼らの行く手を阻むが、まだ天に日が射している時は何とかなる。
問題は日が暮れてからだ。
一番の危険は、この山林は獰猛な夜行性の動物の宝庫で、特に肉食で、寝静まっている餌を求めてうろつく猛獣が数多く生息しているのだ。
それでも昼間だからといって安易に気を抜いてはならない。
何故なら東の地に多いとされる大陸原産の白虎、ビャクは必ずしも夜行性ではなく、ここ数年東の戦乱のせいで、住む所を追われた多数のビャクが、ここシャン山脈まで移動して来ているからだ。
いつ彼らと遭遇し、襲われるかもしれない。そういう危機感でサクヤ達はピリピリしていた。
涼しい顔しているのは、さすがアムイとシータくらいで、初めて山林に入ったサクヤとイェンランは慣れない場所にとても苦労していた。
当たり前の事だが、道らしい道がないからである。
そのために馬を手前の小さな村で金に換えなければならなかった。
すぐにここを出て森を抜けたら、村でまた馬を揃えなければならない。

イェンランはちょっと後悔していた。
確かに高原育ちの自分は他の女よりも体力はあるし、運動神経もいいし、へこたれないだろうし。
なので何とかなると高をくくっていた所があった。
しかしこの獣道は、女の自分にはかなり厳しい。
突然、彼女の足に蔦が絡みついた。
「きゃあ!!」
思いっきりすっ転んだ彼女は、その勢いで大きい蜘蛛の巣に頭から突っ込んでしまった。
「い、いやぁぁぁっ!」
涙目になりながら、蜘蛛の巣と格闘しているイェンランに、容赦ないアムイの言葉が降ってきた。
「ついて来れなければ置いてくぞ」
むかっとしたイェンランは急いで立ち上がり、前方の男達を追いかけた。
「お嬢、ちょっと辛いけど、頑張ってついて来てね?」
心配したシータが彼女を迎えに来てくれた。
「何せ普通の人間だと、この山林を抜けるのは一日半もかかるって所を、アタシ達、何とか日が落ちるまでに森に入るつもりだから…。なるべくアタシ、お嬢の近くにいるから。死ぬ気でついて来て」
(死ぬ気でって…)
とにかく最初のアムイの条件が“自分のことは自分で解決する”“自分の身は自分で守る”なのだ。
その覚悟で自分は一緒に行く、と決めたのだ。
弱音なんて吐いている暇なんかない。
あちこち擦り傷で痛む身体を気にしながらも、イェンランはシータの言葉に頷いた。

唯一の北と西の抜け道であるこの山脈は普通、並の人間がこのルートを使って、日暮れまでに森には行けない。
山脈を抜けて現れる北の国の「静寂の森」までに入れば、少ないが人も住んでいる森、山林よりはいくらか安全なのだ。シャン山脈は途中の道程で、道に迷ったり、獣に襲われたりして、なかなか抜けられないため、国境といえども、人間の管理の目が届かない、すなわち裏ルートと呼ばれる所以である。

で、アムイとシータはとにかく二人で綿密に検討し、とにかく最短距離で森まで行くようルートを作った。
とにかく人が通れそうもない、厳しいルートを。
通れない所はアムイとシータが剣もしくは波動で道を切り開き、崖際を進んだり、木と木の間を移ったり、とにかく滅茶苦茶だった。
シータの言う(死ぬ気で)という言葉はあながち嘘ではなかったようである。

男のサクヤは何とかついては来れたが、女のイェンランにはこれまた最悪に厳しい試練となった。
それでも彼女は持ち前の気丈さで、弱音を吐かずに必死で食らい付いた。
彼女の脳裏には、ただキイの笑顔しかなかった。

その成果か、もうすぐ日が落ちそうという所で、山林の出口が見えてきた。
近くに美しい川が現れ、その川はふもとの森まで続いている。
イェンランはぼろぼろになりながら、ようやく見えたゴールにほっと一息ついたのだった。

ところが皆に余裕の空気が流れたその時、突然子供の悲鳴が上がった。

「誰かぁ!助けて!!」

こんな所で子供の悲鳴?

四人は驚いて声のする方に急いだ。

もうすでに森への入り口は見えてはいたが、子供がいるのはここよりもっと山林の奥のようだ。
草木を掻き分け皆がその場に行ってみると、大きな木の周辺に白くて大きな獣が二頭、うろうろしている姿が目に入った。
ガルガル…と、喉の奥から恐ろしい唸りを上げ、白い体毛に黄色の縞が夕日に映って橙色に輝いている。

ビャクだ。

イェンランは初めて見る猛獣に背筋が凍りついた。
しかもその近くに、子供がいる!!

「くそぉ!向こうへ行け!行けったら!!」
大きな木の下で、8歳くらいの一人の少年が棒を握り締め、木に身を隠しながらもビャクを牽制していた。
そしてその木の上には同じくらいの二人の少年が身を寄せ合っている。
「まずい!」
サクヤは短剣を抜こうと懐に手をやった。
一匹のビャクは牽制している方の少年に今でも飛び掛ろうとしていた。
「だめだ、間に合わない」
と、アムイは自分の剣を抜き、思いっきり木に投げつけた。
大きな鈍い音がして、剣が大木の幹に突き刺さった。
その音で、二頭のビャクがアムイ達に気が付いた。
鋭い目がアムイを捕らえたようだ。二頭はゆっくりアムイの方へ体を移動する。
「今のうちよ!」
アムイにビャクを任せ、シータはサクヤ達を促し、急いで子供達の傍まで駆け寄った。
「もう大丈夫よ」
恐怖で固まっている少年達を抱きとめた後、三人は彼らを連れてビャクとは反対の、川がある森側の安全な方向へと移動した。
残してきたアムイが心配になって、サクヤは少年をその場に降ろすと慌てて様子を伺った。
アムイは二頭のビャクと真正面から睨み合っている。
「まずいよ…兄貴!目を合わせちゃだめだよ!」
サクヤはいても立ってもいられず、アムイの元へ急ごうとして、何故かシータに腕を掴まれた。
「ああ、アイツなら大丈夫だから」
「ええ?だって凶暴なビャクだよ!?いくら猛者の兄貴でも二頭はさすがに…」
「しっ!黙って」
シータに言われ、心配ながらもサクヤは声を引っ込めた。
緊張漂う圧倒されそうなアムイとビャクの対峙を、不安げにサクヤとイェンランは遠くから見つめていた。
ビャクは鋭い大きな牙を剥き出して、今にでもアムイを襲おうと唸り続けている。
アムイはじっと静かに、見てはいけないといわれるビャクのぎらぎらした目を見ていた。
(兄貴…)
サクヤの額から汗が一筋流れた。
と、何を考えたか、いきなりアムイはビャク達の方に歩み寄った。
「な…!兄貴!?」
突然のことで、サクヤの思考回路は混乱した。
そんなサクヤの事など知らないアムイは、無表情のまま、じりじりと二頭に近づいていく。
もちろん目を合わせたままだ。
ところが、唸り声を上げていた二頭に、徐々に変化が訪れた。
その唸り声が段々微妙に変化していき、甘い喉を鳴らすような声を出し始めたのだ。

「…え?」
サクヤとイェンランは信じられないというように息を呑んだ。
あの凶暴で、人に決して懐かないという、“あの”ビャクが…。
何とアムイに頭を撫でてもらおうと、まるで猫のように、二頭とも彼の腰に纏わりついているではないか!
「う、うそぉ~」
二人はその信じられない光景に、ただ、呆然と眺めているだけだった。

「あ~、やっぱりね~」
シータは感心したように言った。
アムイは二頭のビャクに求められるまま、充分愛撫してあげると、山に戻るよう促してやった。
二頭は満足した風に長い尻尾をゆらゆらさせて、山林の奥へと姿を消した。

「さすが猛獣使いのアムイ。ビャクは初めてだったけど、やはり奴らもアムイに落ちたか」
シータはニヤリとしてひとり納得している。
「ど、どういうこと?も、猛獣使い?兄貴、曲芸師か何かなの」
サクヤの言い方に彼はぷっと吹き出した。
「いいわね、それ。曲芸師。確かに通じるものあるわ」
シータはアムイがこちらの方へやって来るのを眺めながら、昔を思い出しているようだった。
「アムイって、何か不思議な奴なのよ」
突然シータは話し始めた。
「人間相手だといざこざが絶えないっていうか、あの性格だから特に人に受けが悪いんだけど、昔から人間以外の動物とかに異様に好かれるのよね。特に猛獣系」
「め、珍しいですね…」
「うん、だから遠征して山で修行しに行くときだけ、アムイと組みたがる奴らがいて、キイが切れてたっけなぁ。でもその時は本当に壮観だったわ。山頂に住まう大鷲がこぞってアムイに止まりたがって大変だったのよ。キイは人間相手だけど、アイツは動物に対して何か出してるのかしらねぇ…」
「何かって…」
思わずサクヤとイェンランは顔を見合わせた。

「おい、子供の方は大丈夫か」
アムイが皆の所へ戻ってくるなり言った。
「うん。でもかなり逃げ回ったみたいで、すごく汚れてるのよ」
イェンランがその言葉で、三人の子達の傍に寄った。
「あ、ありがとう!」
棒で応戦していた少年がまだ興奮状態でありながら、お礼を述べた。
「お兄さん達、本当に助けてくれて…ありがとうございます」
もう一人の少年が、一回り小さな少年を必死で守っていたらしく、その子をぎゅっと抱きしめながらアムイ達に言った。
「本当に子供だけで、何だってこんな所に……。って、あれ、君達もしかして…双子?」
サクヤは二人を代わる代わる見て驚いた。
確かに二人は同じ顔をしていた。髪の毛も瞳の色も一緒だ。
「はい。僕はフェイ。この棒を持っているのは弟のレンです」
小さい少年を庇っていた方は、なかなかしっかりしているらしく、きちんとした声で挨拶した。
「じゃ…こっちの小さい子は?」
フェイの腕の中で震えている少年は、細くて小さくて、男の子にしてはやけに華奢な印象だった。しかも泣いていたらしく、大きな灰褐色の瞳が涙で潤み、周りが赤くなっていた。
「あ、この子は…」
フェイが言い淀んだ時、いきなりアムイがレンの首根っこを掴んで、すたすたとすぐ傍に流れる川に放り込んだ。
「な、何しやがるんだい!!」
「アムイ、何すんの?」
レンが怒鳴るのと同時にイェンランは叫んだ。
「とにかくその汚れを全部流せ。どこか怪我してるかもしれないだろ」
アムイは膨れてびしょびしょのレンを見下ろした。
「服が濡れるのが嫌なら、ここで脱いで川に入れ。今日は気候もいい」
アムイは他の二人にそう言うと、フェイの方の手を引っ張った。
「おい、俺の服は濡れたじゃねーか!!どうすんだよこのおっさん!」
レンは意外と口が悪かった。同じ顔でもフェイは素直で、言われた通り服を脱ぎ始めた。
「今日なら火を焚けばすぐ乾く」
淡々とした口調で言っていたアムイだったが、もう一人の少年がぐずぐずとその場から動かないのに気づいて、その子の傍に近寄った。
「お前も早くしろ」
だが、少年は俯いたままで、一向に腰を上げようとはしない。
痺れを切らしたアムイは、屈むと少年の体をさっと確認した。
「おい、これ怪我してるんじゃないか?」
少年の左足のズボン上部に血が滲んでいたのを見つけたアムイは、彼にこう促した。
「おい、お前も服を脱いで、泥を落とせ」
だが、その子は頭を何度もふるふると振るだけで、全く動かない。
アムイは溜息をついて、その子をさっと持ち上げた。
「早くしないと、ばい菌がはいるかもしれないんだぞ」
嫌がる少年を川に連れてくると、そっとその子を立たせる。
「すごい軽いな坊主!ちゃんと物食ってないんじゃないか?」
と、言いつつアムイはその子の服に手をかけた。
「や、やめて!」
その子は焦ってアムイの手をどけようとした。
「こら、大人の言う事は聞く!」
と、ついアムイは最年少の下期門下生に対するような感覚で、抵抗するその子の服を全て剥ぎ取ってしまった。
「きゃあああっ!」
その悲鳴で、フェイとレンは二人の様子に気が付いた。

「姫様!!」
「てめぇ!!この変態親父!!アイリン様に何て事しやがる!!」
びしょ濡れのまま二人は、アムイと、裸のままうずくまっている子に向かって駆け出した。

「え…姫…?」
ぽかんとしたアムイはその子の服を持ったまま固まっていた。
フェイとレンは大急ぎでアムイから服をひったくると、うずくまっている彼女に覆い被せた。

「この無礼者!」
「お、お前、北の姫君に何て事しやがるんでぃ!!」
双子は大声で喚いた。
その騒ぎを聞きつけたイェンラン達は驚いて子供達の方に駆けつけた。
「何よ?どうしたの、アムイ」
イェンランは四人の気まずい雰囲気に目を丸くした。

「姫って…」
呆然としていたアムイは我に返った。

「お、女の子だったのか……!!」

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2010年3月 6日 (土)

やっとつぶやき入ります

本日2回目の更新です。
今朝 #36を更新してあります。
ここまでお付き合いいただいた方に本当に感謝を。
これで第5章は終わりです。

色々書きながら更新しながら、どういう風に進めようか悩んでおりました。
書き溜めて更新してみたり、最初のように1ページ毎書いて更新したり…。
で、ここまできまして分かった事は、どんどん話が進みまして、ページ数もどんどん増えていくって事なんですよね…(当たり前な事ですが)
で、このココログなんですが、意外と自分には扱いづらいようで(汗)
書く分にはすごい楽なんですが、整理しにくい・・・
しかもこれからページ数が増えてくると、遊びにきてくださっている方が混乱するのではないかと危惧しまして。
できれば更新時に、更新の日付をトップページで確認していただけると有難いのですが、その日に何回も更新しますと、最初のアップしたものが埋没されてしまうようなのです。(最後の記事が一番上なので)
本当はそのために、【はじめにお読みください】の方に、目次として記事のリンクをそのつど貼りつけているのですが、その日のうちにアップできない事もあったりで、大変捜しづらくなっているのでは、と思いました。

で、ここまで書き進めまして、やはり最初のように、1ページ書き上げるたびに、1日更新、でやろうと思いました。
自分じゃ辛いかなぁ…と思っていたのですが、意外と楽しいので(笑)できる範囲でそのような形を取りたいと思います。そうすれば更新毎にその記事をすぐに読んでもらえるかも、と。(日付でも捜しやすいかも)

考えてみれば、ラストまで話が全部脳内にあるわけで、あとは書き出すだけなんです。
もちろん初小説なので、いい文章が浮かばない、などどいう弊害はありますが、1日1ページ、やれない事はない…と

もちろん特例(予定では8章分)もありますし、都合によってできない日もあると思います。
ですが、とにかくこのペースで書きたいと思っています。
脳内メモには、大きな変更がない限り、全13章の予定となっております。(長いですよね…
1章が10ページ前後。という計算でやってます。
上手く行けば、当初の目標年内完成を余裕を持ってゴールできそうです。
これからは目次の方には、つぶやきのリンクは貼らずに更新していきます。

とにかくこのように長い作品なので、いつ見捨てられてしまうか本当は凄く不安です(滝汗)
たまにちょこちょこ直していますし(最悪)
でも今一番書きたい作品なのと、とにかく先へ先へとキャラ達が暴走中なのも手伝って、最後まで完走できそうです。

このような自己満足的な作品で、人様の目に晒すようなものではないと思いながら今まで書いてきましたが、この間より一応ぶろぐ村のランキングに登録しました。
それは小説を書いている友人が、「書いたものは読まれてなんぼ」と言ってくれたことがきっかけです。
確かに稚拙だし粗だらけな作品ですが、これも自分から生まれたかわいい子(作品)。
外に向かって自分の子を堂々と前に出してもよいのではないかと思いました。
(なのでランキングボタンをリンクしています事にご容赦ください)
彼女には大変感謝しております。落ち着いたらぜひ遊びに来てね、Aさん


今回は長々とつぶやきまして大変申し訳ありません。
これからもしかしたらかなりディープな展開になっていくかもしれないので、気合を入れるためにちょっと語りすぎました(汗)


それからこちらに遊びに来ていただいている方に、できましたらのお願いがございます。
もし、進行中に不具合など(記事が捜しにくい、とか1ページ更新よりこうした方がいいとか)ありましたら遠慮なく教えていただけると嬉しいです。もちろんそれ以外のことでも構いません。コメントに書くのが忍ばれるのであれば、メールでもいただけると有難いです。
(メールは下のポスト、またはサイドバーの“メール送信”から送れます)
とりあえずココログではFC2みたいにコメントを隠す機能がないので、おいおい考えたいと思っています。

それでは明日以降、第6章 #37より、始めたいと思います。


……実は先へ先へと書くことが止められず、アムイほどではありませんが、少々不眠症気味です(笑)
いえ、ちゃんと眠い時には(子供と)寝ていますので大丈夫ですが
それよりも他のブログの更新が滞ってしまって、どうしようかと。
それなのに、雑記帳というブログをやっているのですが、ブログ紹介に登録していただけで、ある日そこのページランキングで一位いただいてびっくりしました。それもうんと前に書いた記事です…。
で、何の記事?と言われますと、昔大好き今でもファンの「米米クラブ」について書いた記事でありました。
これって、やはり検索で遊びにきていただいたのでしょうか?
ネットというのはどこで繋がっているのかわからないものですねぇ…。

ということで、今月から仕事も通常、子供はそろそろ春休み。
私は春眠暁を覚えず(苦笑)
季節の変わり目、どうか体調にはくれぐれもお気を付けてくださいませ。o(_ _)oペコッ

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暁の明星 宵の流星 #36

(ネイチェル?ネイチェル!誰だ!誰がやったんだ!!)

あれは……・父さんの声?

(ネイチェル・・・ああ、しっかりしろ!今誰か呼んでくる!)

母さん?母さんがどうかしたの?

(来るな!アムイ!こっちへ来るんじゃない!子供が見てはだめだ!!)

何で…?母さんがどうかしたの…?

父さんが泣いている。

(今すぐ戻るから…アムイ、お前は向こうへ行ってなさい!)

父さん?何処へ行くの?

あれ…?母さん……。何で…何で…真っ赤なの?

横たわる母さんの白い手が真っ赤に染まって、力なくおれを手招きする。

(アムイ…・。お願い、ここに来て。お前に言いたい事があるの)

まるで母さんの体が真っ赤な花になってしまったようだ。

(お願い…よ、アムイ。キイ様の傍を離れないでね。キイ様をお守りしてあげてね)

どうしたの?母さん。声が…声が聞こえなくなっていくよ…。

(キイ様の存在をお前が守るのよ……・・・・・)

いやだ!母さん!!目を閉じないで!!

お願い!キイ、助けて!母さんを助けて!


〈………女はね…・。月に一度、血を流すのよ。
命になり損ねた塊を吐き出すために………・〉


嫌だ!!やめろ!!!

助けて、キイ!!!

おれの傍にいて!!おれの体を支えて………・・・・キイ!!


「う、うわぁぁぁっ!!」

思わず叫んでアムイは飛び起きた。
ぐっしょりと寝汗を掻いている。

不覚にも、夢を見ていた。
途切れ途切れの眠りの狭間に、こうして昔のビジョンが紛れ込んでくる。

しかも、ここ何年も忘れていた過去の記憶だ。
これも【巫女の虹玉】の影響なのだろうか。
まだ幼かった自分が体験した母の最期…。


アムイはどうやらうたた寝してしまったらしい。
ずっと不眠症のような状態が、キイと離れてからは続いていて、たまに気を抜くとこうして突然浅い眠りに入る。
そういう時は決まって、昔の記憶が夢として流れてくるのだ。

(こんな昔の記憶がはっきり現れてくるなんて…)
アムイは額に浮かぶ汗を手の甲で拭った。
こんな時こそ、キイに傍にいて欲しかった。
あの優しい波動で、自分を包んで欲しかった。

(なぁ、キイよ。俺たちはいつまでこうして苦しまなくてはならないんだろう。
お前は俺よりも…精神的に強いけど、不安定な気のせいで、脆くなる事がある。
俺の深い闇はまだあそこにずっとあるが、お前はその強靭な心で自分の闇を越えていった気がする)
アムイはたまらなく切なくなって目を閉じた。
(だけど。
俺が一番辛いのは、こんなに離れてしまって、お前の気を受け止めてやれない事だ。
お前を受け止めてやれるのは、この俺しかいないのに……)

アムイは何気なく窓の外に視線を移した。
空がうっすらと茜色に染まっている。
アムイは重い体をゆっくりと起こし、シャワーを浴びようと服に手をかける。

もう出発の時刻が近づいていた。


イェンランに会った後、シータは首都から東風(こち)と共に海の方向に下り、水天宮の迎えの者に東風(こち)を無事に届けて、さっき帰ってきたばかりだった。
「やはりお前もついて来るのか」
支度を済ませて、下のロビーで待っていたアムイは言った。
「朝にちゃんと言ったでしょ。
もう聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)には文書で説明済みだから。
それにアタシ、この責務が終わったら国にでも帰ろうと思って、長期休暇届け出していたから問題ないわ」
「じゃ、国に帰ればいいだろうに」
そっけないアムイの言葉に、シータは膨れた。
「相変わらず冷たいわね。
本当の事を言えば、アタシ、聖天風来寺からアンタ達のこと、どうなっているか調べてくれって言われていたのよ。
破門されたとはいえ、アンタ達はあそこで育ったんだもの。
心配してくれる人間も、かなりいるって事。有難いわよね」
その言葉にアムイはぶすっとして荷物を手にした。
シータはすでに聖天風来寺を卒門して、現在お抱えの用心棒として席を置いていた。
将来師範代試験でも受ける気かもしれない。
そうこうしているうちに、サクヤが宿のチェックをすまして二人の元にやって来た。
「終わったよ、兄貴。これから馬宿の方に馬を取りに行こう」
「ああ」
と、三人が宿を出ようと足を進めようとした時、
「ちょっと待ってよ!勝手に行かないでくれる?」
イェンランが自分の荷物を持って駆け出してきた。
「お嬢!」
シータは目を見開いたが、次の瞬間優しい眼差しで彼女を見た。
「大丈夫なのか?イェン。君はここに残った方が…」
サクヤが心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「何言ってんの。早く行こう。時間がなくなっちゃうわよ」
彼女はそう言うと、皆の前をすたすた歩いて行く。
アムイが彼女の傍に近づいた。
「行くのか」
「うん。私いくら考えても、たったひとつの答えしか浮かんでこなかった。
やはり私、キイに会いたい。会って確かめたいの。
人の話じゃなく、自分自身でキイを知りたい。
そして自分の気持ちが何なのか、今度こそはっきりさせたいの」
と、毅然と宣言する彼女をじっと見ていたアムイは、何か感じたらしく少し遠慮がちに言った。
「…お前には詳しく教えてあげられないが」
その言葉に、イェンランは振り向いた。
「キイが女に甘すぎるのは…。ま、女好きは本当だけど。
それだけじゃくて…。
あいつが異常に女に弱いのは、あいつの母親が関係しているんだ。
これ以上は言えないけど、あいつは本当に女を軽く扱えない奴だよ。
それだけは知っていてくれ」
アムイは暗い目をしてそう言うと、彼女より足を早め、先に行ってしまった。
(キイの…お母さん?)
イェンランはその時、アムイとキイが何か大きなものを背負っているような、そういう感じを強く受けた。
それが何かはわからないけど。
そう、自分の範疇を越えるくらいの何かを。
「ま、お嬢はなるべくアタシが面倒見るわよ、ね?」
シータは彼女に片目を瞑った。
「ありがと…、シータ」
イェンランは頬を染めて彼に微笑んだ。

一行が馬宿の方に向かっている最中に、数名の人間が揉めているのにアムイ達は遭遇した。
それはこの宿の使用人と思われる複数の男達と、長旅をしていたであろうと思わせる、身なりがぼろぼろの一人の男が争っているようだった。
「うるさい!ここにはお前みたいな奴が働く場所なんてないんだ!」
中心株と思われる大男が旅の男に怒鳴った。
「お願いです!何でもします!だから、私に仕事をください。
どうしてもこの国で働きたいんです!」
旅の男は地面に額をこすり付け、男達に懇願していた。
「悪いがお前にやる仕事はねえよ。俺たちだってやっと自分の仕事にありつけてんだ。
よそ者のあんたにわけてやる仕事なんてない」
違う男が蔑む様な目で旅人を見下ろした。
「特にあんた、東から流れてきたんだろう?
あんな無法地帯から来る人間を、おいそれと信用なんてできるか」
また別の男が唾を吐きながら言った。
「お願いです!本当に何でもやります!そうしなければ…。
この国で生活できるようにならなければ…。
置いてきた家族を呼ぶ事ができない…。
そうしなければ、子供達が…。私の子達が人買いの手に渡ってしまう…!!」
旅人は我慢できず、涙をぽろぽろと流した。
その言葉にサクヤは胸を掴まれ、身体が固まった。
(ああ、何てことだ…)
サクヤはこういう話を聞くととても辛くなる。どうしようもない怒りと共に。
使用人達は尚すがり付こうとする旅の男を足蹴にすると、こう吐き捨てた。
「恨むんなら、あんた、東を統合していたセドの王国を恨みな!」
「確かにあの王国が滅びなければ、東の国もこんなにならなかったかもしれねえなぁ」
からかうように大男が言った。
「ま、あの話が本当なら、あんな王国が統合していた国なんて、やはり最低には変わりねぇだろうが」
そして蔑むような顔をするとこう言い放った。
「セドの王国は己の存続のために禁忌を犯し、神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ」
「それがまだ二十年くらい前の話ときちゃ、東の人間も可哀そうだよなぁ」
男達はニヤニヤしながら宿の勝手口の方へと帰って行った。


取り残された旅の男はがっくりとうなだれて放心状態になっていた。
シータは思わずアムイの様子を伺った。
アムイはいつも以上に顔をこわばらせ、瞳は暗く沈んでいる。
しばらく旅の男を遠くから眺めていたアムイだったが、突然その男に近づくと声をかけた。
「…おっさん…。この国で働きたいのか」
その言葉に、男ははっとしてアムイを見上げた。
「このくらいあれば、当分はしのげる。
きちんと身なりを整えて、この国の役所にちゃんと行った方がいい。
持っていきなよ」
と、懐からお金の入った袋を旅人の手に渡した。
「…い、いいんですか?」
「あんた、国で子供が待ってるんだろう?あんたがしっかりしないと、家族が路頭に迷うんだろう?」
「はい……」
男は涙を拭った。
「俺はこんなことしかできないが、後はおっさんが何とかしな」
と、言うと男を残し、そのまま皆と合流せずに馬舎の方に向かった。
「あ、ありがとうございます!お若い武人さん!本当にありがとうございます!」
旅の男は手にした金の袋に何度も頭をこすり付けて、大粒の涙をこぼした。


その様子を呆然とサクヤとイェンランが見つめていた。
「兄貴があんな事をするなんて…」
サクヤの呟きに、シータが言った。
「すごく、意外?」
「ええ…。あまり他人とのいざこざには自分から首を出さない人だったから…」
「……今のはアイツもどうしようもなかったのかもねぇ」
シータの言葉に、サクヤは不思議な顔して彼を振り向いた。
「アイツ、東の戦災孤児だったらしいから」
「え…」
「運良く聖天師長(しょうてんしちょう)様に引き取られて教育を受けられたみたいだけど、まかり間違えばアイツだって、今の人の子供のような感じだったでしょうよ」

(兄貴が…東の戦災孤児……)
サクヤは先程以上に、胸が締め付けられて苦しくてしょうがなかった。
そして何となく、アムイが人を寄せ付けない理由が、そこにあるのではないかと思った。


アムイはこの森の多い国で、思い出したくもない記憶が一部押し寄せてきて、かなり翻弄されていた。
そしてキイの記憶も思いも、自分を切なくさせていた。

いつかは向き合わなければならない時が来る。
いつまでも逃げていてはいけないのかもしれない。
だが……。

アムイにはまだ心の準備ができていなかった。

アムイの心に存在する追憶の森は、これから訪れるであろう嵐を待っているかのように、ざわざわと騒がしく意識の底で蠢いていた。

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2010年3月 5日 (金)

暁の明星 宵の流星 #35

「それは当りだ、旦那」
いつの間にやら客のふりして、何でも屋の凪(なぎ)が近くに来ていた。
「凪、お前いつの間に・・・」
凪は目立たぬように、口元に指を立てると小声で言った。
「静かに、旦那。誰が聞いてるか分からんので。
よかったですよ、まだ出発されてなくて。
お約束どおり、情報持ってきましたぜ」
アムイは目を細めた。皆も息を潜めて凪を見た。
「つい先程、南に行ってた仲間が仕入れてきたんですがね。
南のリドン帝に、確かにゼムカの王が接見してたと。
それが今朝、いきなり南を出たというんですよ。
…目撃した城の人間によると、王と二人の側近だけだったそうで。
ゼムカの王はゲウラ経由で北に向かってる可能性が高い。
何しろリドン城の内部では、理由は伏せられてますが、ゼムカ王を追って、北に遠征するという話になってるようです。現在、その準備で慌しいと…」
「リドンが…?何か変だな…」
アムイは嫌な予感がした。
キイと離れてから、常に戦っていた不安のひとつ。
もし、もし自分が考えている事が当たっているのなら、リドンより早くキイを捜さなくてはならない。
「あ、北にはゼムカの前王の隠居後の館があるって言ってましたが、今その前王の具合が悪いらしいんですよ。ザイゼム王は必ずその館に寄るじゃないかと。北に入ったらリョンという村に仲間がいるんで、場所は奴が知ってます。
それでは、旦那。約束は守りやしたぜ。
とにかく北に向かうのなら、かなり危険ですが、裏から行ってくだせえ。
…ここから北東にあるシャン山脈に入り、静寂の森を抜けるんです。
途中、猛獣どもには気を付けなさって、ね」

確かにこの先にあるシャン山脈地帯は、手付かずの自然の宝庫だ。
東の国に多数存在している大陸原産の猛獣、白い虎ビャクが生息しているのでも有名である。
ビャクはかなり気性が激しくて、他者と目が合っただけでも、噛み付こうと襲ってくるのだ。
外大陸(そとたいりく)に生息している黄色い虎とは多少違う、この大陸だけしか生息してない珍獣でもある。
白い体毛に黄色の縞。身体は黄色い虎よりも大きく、牙も爪もでかい。
この王者の風格のせいか、この大陸では伝説の聖獣ビャクオウ(百王)のモデルと言われている。
大陸を創造した天の王、絶対神(ぜったいしん)が、この大陸を作る際、凶暴だったビャクオウを手懐け、自分と天の守り番にしたという、伝説の聖獣。
だから今でもビャクは神聖で、大陸の人間から崇め、畏れられている存在なのだ。

「ありがとう。現況での南のスパイ行動は危険なのに、悪かったな」
「いえ、旦那にはいつもよくして貰ってるんで。いつでも呼んでくださいよ」
と、凪は片目を瞑ると何食わぬ顔して去って行った。

皆はその後、急いで食堂を後にした。
夜更けにシャン山脈を抜けるのはかなり危険と判断し、時間配分を考え首都を出るのは夕方と決めた。
早く出発したかったのだが、どう考えても山脈まではここから馬でも半日以上かかる。
夜明けと共に山に入るなら、一晩中北東に向けて移動しよう、という事だった。
その間、各々は支度やら仮眠やらで時間を使う事になった。
ただ、アムイはいつものごとく、またひとりで行動しようとして、サクヤに釘を刺されていたが。

「兄貴、いい?絶対勝手に先に行かないでよね」
確かにひとりで行動しようとしていたアムイはビクっとした。
何か最近、サクヤの自分に対する勘が冴えていて、いちいち的を得ているのに驚く。
本来自分はキイ以外の人間に干渉されたり、係わられたりするのは、苛付くだけでいつも無視しているのだが、最近何故かサクヤが自分に纏わり付いてくる事に、違和感を感じなくなってきていた。
まるでキイに干渉されてるみたいで、自然に彼の意見を聞いている・・・?
まさか、とアムイは苦笑した。
キイ以外の人間に、自分は心を開けるはずもない。
そうだ、きっとこれは“慣れ”なんだ。
さすがにキイと離れてから四年、ひとりで行動しているつもりでも、他人と係わらない訳にはいかなかった。
その間、キイといた時よりも、ひとりで他人と交渉したり、話したりしている。
彼が今まで自分の代わりにしていた事を、ひとりになってからは、全て自分がやらなければならなかったのだ。
それに、もうかれこれ一年以上サクヤに纏わり付かれてりゃ、嫌でも慣れてしまうのかもしれない。
「おい、いつも言ってるだろ。兄貴って呼ぶんじゃない」
「いーじゃない、好きに呼んでも」
何かこいつ最近、俺に対して益々強く出るようになった気がする…。
ま、それだけ自分をはっきり持っている、というのか。
そういうところは嫌いじゃないっていうか、気持ちがいい、というか……あれ?
アムイは自分の考えに首を振ると、気持ちに気合を入れた。
「とにかく!同じ歳の人間に呼ばれたくないから。俺は絶対、返事しないぞ!」
そう言い捨てて去って行くアムイの後姿を見送りながら、サクヤはポツっと言った。
「返事しないって…、普通にいつも話してるじゃん…」


一方イェンランはあの後、光らなくなった虹の玉をアムイに託して、ひとり宿を抜け出し、美しく流れる川に架かる橋の上にいた。
何かとても無性に気が抜けて、とても切なくなって、ただぼーっと橋の上で流れる水面を眺めていた。
「お嬢、ここにいたの」
シータがそっと彼女の隣に立った。
しばらくシータはイェンランと共に、川の流れを見つめていたが、おもむろに言った。
「…お嬢は…どうするつもり?」
「え…」
「これからここよりも、もっと治安の悪い北へ行くのよ。
…殺されるかもしれない、怖い目に合うかもしれない、それでも行くの?キイに会いに」
イェンランは何ともいえない表情で、シータを見上げた。
「私…。はっきり言ってどうしたらいいのか、わからなくなって…。
ずっと考えていた。…キイは、もしかしたら…私を利用したのかなって……」
「お嬢…」
「私に生きろ、と言ったのも、優しく抱きしめてくれたのも…。みんなあの玉をアムイに届けるために…」
そこまで言って、イェンランは目頭が熱くなった。
そんな彼女を、じっとシータは見つめていた。
「そうかもね」
シータの言葉に、イェンランは少し傷ついた。
「アンタが思うならそうかもしれないわね。
アタシはキイじゃないから、アイツがどう思っているなんてわからないわ。
それに、やはり女の子が行くような所じゃないし。
ここは女には暮らしやすいようだし、お嬢はここに残った方が幸せじゃないかしら」
イェンランの目から涙が一筋こぼれた。
シータは彼女を見ずにこう続けた。
「ただ、アタシはお嬢よりもアイツの事知ってるから言わせて貰うけど、アイツは女には異常に甘くて優しくて、大陸の男には珍しく、女を崇敬している所があるの。だからお嬢に対して言った事は…アイツの本心な気がする」
そう言うと、シータは彼女を振り向いて、にこっと笑った。
「でもね。これはアンタの気持ちしだいだから。アタシも多分アムイ達も、お嬢を連れて行くのは気が進まない。アンタに覚悟がなければ、ここに残って欲しいと思う」
「……」
「まだ時間はあるわ。よく考えなさいよ。
危険を冒してまでキイに会いに行く事が、自分にとってどのくらいの意味があるのかを」
そして、シータはイェンランの涙を指で拭うと、肩をぽんっと叩いた。
「アタシは感動しちゃったけど。キイはアンタに、大事なものを託したんだなぁって。
それでアムイはキイの気持ちを知る事ができたんだもの。
お嬢がキイの分身を大切に守っていてくれたお陰でね」
と、シータは右手をひらひらさせて、イェンランから去って行った。


ひとり残されたイェンランは、シータに言われたとおり、ずっと自分に問いかけていた。

自分は何故、彼に会いたいのだろう。
どうして彼を忘れられないのだろう。
危険を冒してまで、本当に自分は彼に会いたいのだろうか…。


(お嬢ちゃん。
女として生まれた事を呪ってはいけないよ)

(生きろ、お嬢ちゃん。
どんな事をしてでも生き延びろ。
それが今現在、自分の意に沿わない場所だとしても。
厳しくても、苦しくても、生きていればきっと希望は見えてくる。
この世に生まれて、意味のない人間なんていない)


あの時のキイの言葉が自分の心に甦る。
甘くて優しい花の香りと共に。
優しいキイの笑顔と共に。

イェンランの心に、ひとつの答えが湧き上がっていた。


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2010年3月 4日 (木)

暁の明星 宵の流星 #34

「きゃあっ!」

突然イェンランが悲鳴を上げて、アムイは我に返った。

「どうしたの?お嬢!!」
シータがイェンランを揺さぶった。
彼女は胸元を押さえ込んでいる。
「どうした、イェンラン」
アムイは只ならぬ感覚を受けて、席を立った。
「に、虹の玉が・・・・」
イェンランは顔をしかめて、首にかかっている紐を手繰り寄せている。
「いきなり熱くなって・・・。どうしたのかしら」
と、やっと胸元から、紐に通されている【巫女の虹玉】を取り出した。
「!!」
皆は息を呑んだ。
虹玉は今まで見たこともない色に光り輝いていた。
赤・・・青・・・紫・・・橙・・・。
様々な色合いを奏でるように、玉はゆらゆらと光を放っている。
何故かイェンランは、突然無意識のうちに、この玉はアムイの物だ、と思った。
今までキイとの接点ゆえ、決して他に渡そうという気分にならなかったのに。
・・・・これは理屈ではなく、彼女はその時確信したのだ。
この玉はアムイを呼んでいる・・・・・・と。
そしてアムイを恋しがっているように思えたのは・・・・自分の錯覚なのだろうか?
まるで導かれるように、イェンランはアムイに虹玉を渡した。
アムイはそれを自然に受け取った。

アムイの掌に触れた途端、ぱあぁっと、虹玉は眩しく輝いた。

アムイはいきなり眩暈した。
なんと玉から色々な映像が彼の脳裏に入り込んでくる。
まるで、玉が一生懸命自分に語りかけているようだ。

そのビジョンはキイとアムイが最後に交わした言葉から始まっていた。
次々と場面は展開していく。

馬賊達との乱闘。

キイの戦いぶり・・・・。

彼はいつものごとく、軽やかな足裁きで敵をなぎ倒していく。
そして剣を抜こうと鞘に手をかけた時、いきなりの眩暈に襲われた。
身体に力が入らない!!
まるで自分の気をどこからか吸い取られていくような感覚!
一瞬恐怖を感じたその時、馬賊のひとりが放った矢が、自分の足を貫通した。
いつもなら、軽々と交わせる攻撃を、キイは思いっきり受けてしまった。
鈍い痛みと共に、キイはその場に後ろから倒れこんだ。
キイは心の中で舌打ちした。
(ちきしょう・・・この俺が・・・)
しかもこの気持ち悪いほどの眩暈はどんどんひどくなり、馬賊の奴らの声が遠くから聞こえてきた。

(やったぞ!!宵の流星を仕留めたぞ!!)
(まさかの宵の流星よ。我が手中に落ちるとは・・・・。)
薄っすらとした視界に、馬賊の奴らの顔が自分を見下ろしているのが映った。
キイは最後の抵抗に、ニヤリと口元で笑い、そのまま気を失った。

・・・・これは・・・キイの記憶?
そうか・・・これはあいつの俺への伝言なんだ。

アムイの脳裏に、キイがそれからどうなっていったのか、どんどん映像が送り出されていく。


気が付くと、見知らぬ部屋で目が覚めた。
(ここはどこだ・・・?俺は馬賊の奴らにやられたのではなかったのか?)
その部屋は馬賊の隠れ家とは程遠い、清楚で豪華な作りだった。
「痛っ!」
キイは右足に激痛を感じ、顔を歪めた。
所々傷む体を庇いながら、ゆっくりと上半身を起こす。
キイはこれまた豪華な作りの寝台に寝かされていた。
かなり自分は丁重に扱われているようだ。
ふと、額に違和感を感じ、手で確認すると小さな玉が埋め込まれているのに愕然とした。
(封印の玉!)
何故だ?何故この俺に・・・。
まさか、まさか“あのこと”に感づいた輩がいるのか・・・?
キイは背筋が凍る思いがした。
とうとう来たか?
いつかはその時が来るのでは、と、あの日から覚悟はしていた。
ああ、だが、まだ早すぎる!
まだ機は熟していない・・・・。どうするよ、キイ。
もしそうなら俺はどうしたらいいのだ・・・・。

アムイ・・・。

キイはアムイの気が感じられないのに気が付いた。
こんな形であいつと離されたのかよ・・。
まったく天には驚かされるぜ。


「目が覚めたか」
突然懐かしい声がして、キイは振り向いた。
「アーシュラ?」
思いもかけない旧友の姿に、キイは目を丸くした。
「お前・・・どうして・・・」
「2年ぶりだな」
アーシュラはそう言うと、キイの傍らに座り、怪我をした足の包帯を取替えにかかった。
「見ていたぞ」
「え」
「お前らしくなかった。どうした、【宵の流星】」
「お前が助けてくれたのか・・・・?」
アーシュラは淡々とキイの傷口を確認すると、丁寧に新しい包帯を巻き始めた。
「俺にはこれが限界だ」
突然アーシュラは言った。
「なに・・?」
「お前を助けられるのも、これ以上は無理だ。勘弁してくれ。今のうちに言っておく」
「・・・どういう意味だ・・・」
キイは嫌な感じがして、旧友の顔を見つめた。
「・・・おい、じゃあこの封印はお前がやったのか?」
「俺はそこまではできないよ。修行期間が短かったし、こういう術を習得するまではいかなかった」
「・・・じゃあ・・・。誰が・・・。何故俺に・・・」

「お抱え術者だよ」
いきなり頭上から威厳のある声がした。
キイは驚いてその声の主を振り返った。
ひとりの野性味ある、見るからに王の風格を持っている男が自分を見下ろしていた。
「陛下」
アーシュラはそう言い、さっと跪いたのに、キイは驚きを隠せなかった。
「どういうことだ・・・」
「これはこれはお初にお目にかかる。噂の【宵の流星】殿。
私はゼムカのザイゼム。どうぞお見知りおきを」
わざとらしくザイゼムはうやうやしくキイにお辞儀をした。
「・・・・陛下がお前を馬賊から救ったんだよ」
アーシュラがポツリと言った。
「ゼムカ族の・・・。お前が豪胆で知られるザイゼム王か!何でまたあんたが・・・」
「ほう、私を知っているなんて、光栄だな、宵の君。私はお前にずっと会いたかったよ」
と、彼はキイの顔を覗き込むように体を屈めた。
キイはザイゼムを睨みつけた。
「・・・本当に美しいな。噂どおりだ」
感嘆してザイゼムは言った。
「特にその目。まるで獣のように力強い。身のこなしも、まるで優美な野生の猫のようだった。
絶対神が手元に置いて離さなかった伝説の聖獣のように、私もこの獣を飼い馴らしてみたいものだ」
と、彼はキイの顎に手をかけた。
キイはじっとザイゼムの思惑を読み取ろうと、注意深く見返した。
「・・・・て、猫かよ。せめて豹とか獅子とかビャク(※大陸原産の白虎)とかにしてくれ。何かむかつく」
その言葉に、ザイゼムは面白がった。
「で、俺にこんなもんつけて、あんたは何を考えてやがる」
キイは額を指差した。
「お前は私の物だという証さ」
「な・・・!」
ザイゼムは笑いを含んだ声で言った。
「お前が自分の気を放って、他の誰かに知られては困るからな」
(こいつは・・・。どのくらいの事を知っているんだ・・?)
キイは警戒した。
この男は今まで知っている輩とは一筋縄ではいかない事を、キイは野生の勘で悟った。
(少し、様子をみるしかないか・・・)

こうしてキイの、ゼムカでの生活が始まった。
男にも女にも見境がない、という噂のザイゼム王に警戒してはいたが、意外や意外、ザイゼムはキイに対して気持ち悪いほどの紳士ぶりで、絶対に迫っては来なかった。
しかも心地良いほどの距離の置き具合で、たまに二人で連れ立って外に出ては、狩を楽しんだり、酒を交わしたりした。若い頃いろんな場所を飛び回っていたという、ザイゼムの話は面白く、いつしかキイの気持ちもほぐれてきたのだった。それでも最後の部分での警戒心は解かなかったが。
(こいつ・・・、本当に俺を飼い馴らすつもりなのかな・・・)
キイは苦笑した。多分、アーシュラから自分の事を根掘り葉掘り聞いているに違いなかった。
それにしてもアーシュラには驚かされた。てっきり家業を継ぐために、聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)に入ってきたと思ったが(特待生はそれ相応な家柄、身分、資産家くらいしかなれない)、まさかゼムカ王直属の護衛隊長とは思わなかった。アーシュラは王の手前、昔のように接しては来なかったが、いつも遠くから自分を見守ってくれてるようだった。
まぁとにかく、もし相手が迫ってきたとしても、自分はそれを跳ね除ける力はある。
そう聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)の時だって。

(お前、わざとやってるだろう?)
(ばれた?)
悪びれないキイの笑顔に、アムイは溜息をついた。
(わかるよ、お前のことくらい。わざと喧嘩してるって)
本当にアムイには何でも俺の事わかっちまうんだよなぁ。
(だってそうしないと、皆俺を変な思いで見るだろう?だから目立つように教えてやってるのよ。
俺様は正真正銘の男だってことをさ)
そう答えると、アムイはふっと珍しく笑った。
何かそれだけで、キイは満たされる思いがするのだ。

ゼムカでの生活も気が付くともうすでに半年以上経っていた。
自分の持っている気が、不安定なのは生まれたときから承知している。
だからなるべく自分で上手くコントロールするように鍛錬してきたつもりだ。
だからまだ、大丈夫。
今の所暴走する気配もない。
ただ、それがいつまで持つかの問題だった。
(アムイ・・・)
夜になると、どうしても不安と寂しさでキイは窓から外を眺めてしまう。
いつかはと、覚悟はしていたつもりだった。
だが、出会ってから今まで、こんなにあいつと離れた事はなかった。
「・・・あいつ、絶対眠れていないだろうな・・・・」
キイは薄暗い部屋の中で、瞬く星を数えていた。
あのアムイをひとり残して行ったことに、キイはたまらなく辛かった。
今、あいつどうしてるだろう。
人と接する事が上手くできないのに。
何かに巻き込まれていないだろうか。
それとも自暴自棄になってないだろうか。
・・・いいや、自分は心の底ではあいつを信じている。
あいつはそんな柔じゃない。
だけどつい心配してしまうのだ。
だってこんなに遠くて、この手であいつを感じられないから。

そうじゃないだろ・・・・。

キイは目を瞑った。
俺がアムイを恋しがっているんだ。
たったひとりで取り残されたあいつを思うと、胸が張り裂けるように苦しい。
だがそれ以上に自分はアムイが恋しいのだ。
涙が出るくらいに・・・・。

気が付くと、キイの頬は濡れていた。
それを自分でそっと親指で拭うと、自嘲気味に笑った。
「まったく、キイよ。泣いてどうするんだ。あいつは涙も枯れているんだぞ。お前がしっかりしなくてどうする」
キイはそう自分を叱咤すると、どうにかして今の状況を相方に伝えられないか、その晩ずっと考えていた。

そうこうして場面はくるくると変わり、キイとイェンランが森で出会った場面が流れてきた。
キイは初めて接した外の人間である彼女に、自分の分身を託したのだ。
いつか、(虹玉)こいつがアムイを呼んでくれる・・・・。そう信じて…。

そこで虹の玉の伝えたい事は終わった。
気が付くと先程の輝きを一気に失い、ただの白い玉になっていた。

「アムイ、…大丈夫?今のは…」
シータが心配そうに放心状態のアムイに声をかけた。
アムイはただ黙って、輝きを失った虹の玉を握り締めた。

「今のは・・・キイの伝言・・・」
ポツリとイェンランは言った。
その言葉に一同驚いて彼女を見る。
イェンランは彼からこの玉を託されてから三年間、ずっと肌身離さず共にいたのだ。
どうやらいつの間にか、玉と彼女の波動が馴染んでいたようだ。
細かい事はわからない。
ただ、虹の玉が一生懸命アムイに語っているのを、イェンランは痛切に感じ取っていた。
そして、キイのアムイへの思いまでも。
切なく、狂おしいまでの、彼の思いの丈までも。


放心状態だったアムイがやっと口を開いた。
「・・・今、微かだが…キイと繋がった…」
「ええ?」
アムイは最後に、きっとキイの元にあるだろう他の虹の玉の波動が、この玉とわずかに繋がったのを感じたのだ。

「北だ」
アムイは空を睨み付けて言った。

「キイは北にいる」

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2010年3月 3日 (水)

暁の明星 宵の流星 #33

「あ、あぁん・・・宵様ぁ・・」
ある店の奥で何かしら艶かしい声がして、アムイは音もなくそちらに向かう。
壁際で男と女が抱き合っている姿が見えた。
女の白くて細い腕が男の首に巻きついて、その手は相手の頭を掻き抱いている。
どうやら二人は激しい口付けを交わしているらしい。
「宵様・・・。ん・・・、あぁ・・・」
女は執拗に男を離さず、男は彼女の体を支えながら、もう片方の手で壁に手を付き、体重をかけていた。

「おーい、キイ。俺終わったんだけど」
わざとアムイは二人の近くに寄って、大声を出した。
「あ、悪ぃ」
キイは女の唇から離れようと顔を後ろに引こうとした。
が、女の方は逃がすまいとして、両手でキイの頬を挟み、引き戻す。
「ん、んんん・・・」
「サカってる最中悪いけど、早くしてくれよ。時間過ぎてるぞ」
力いっぱいキイは女を引き剥がし、やっと顔をアムイの方に向ける事ができた。
「ああん、やだぁ・・・宵様、いっちゃいや・・・」
女の不服そうな声に、キイは残念そうに言った。
「ご免な。また、時間のある時に来るから・・・」
「えぇ~?いつぅ?また、って・・・。やっとひと月ぶりに会えたのにぃ・・・・」
にこやかな笑顔と共に、何とか彼女をなだめたキイは、悪びれもなくアムイの元に戻った。
「悪い、何か久しぶりだったから、なかなか離してくれなくて・・・・」
「あのな、今日は薬屋に用があるだけだったような気がするんだが、俺達」
アムイは無表情のまま、すたすたと飲食店を後にした。

ここ2、3年、二人の親代わりだった、聖天師長(しょうてんしちょう)が体調を崩し、ほとんど床での生活を送っていた。
もうかなりの高齢であるがため、余命を心配する声が囁かれていたが、本人は調子のいい時はたまに外に出て、門下生達に活を入れていた。しかしそうは言っても、具合が悪くなると何週間も部屋から出れず、心配した世話役が、二人に町に薬を取りに行って貰うように、たまに頼んでくる。
なのでちょうど切れ掛かった薬を補充するため、二人は山のふもとをずっと先に行った、小さな町にやって来ていた。
天下の聖天風来寺は聖天山(しょうてんざん)という険しい山の山頂にあるのだ。

「いやー、別にあの店に寄るつもりじゃなかったんだが、あの子に引きずり込まれてしまって・・・。
よく俺が来たってわかったなぁ、と思ってさ・・・」
「お前、何か匂うってさ」
「は?」
キイはきょとんとした顔でアムイを見た。
「さっき、あの店の受付の子が言っていた。お前、花の匂いがするんだと」
「へ?ほんと?」
キイは不思議そうな顔をして、自分の手の甲や体をくんくん嗅いでみた。
「する?」
「別に」
「だよなぁ」
アムイはキイをちらりと横目でみると、はぁっと溜息をついた。
「お前、それフェロモンじゃないの?」
「はぁっ!?」
アムイらしかぬ台詞にキイは何故か心の中で慌てふためいた。
「何か、ずっと発情期」
「・・・・」
「・・・って、シータが言ってた」
キイはぶちっと切れた。
「あの野郎!」

同期の中で一番の年上のシータは器量といい、強さといい、キイとほとんど互角に渡り合ってきた。加えて世話好きで、年上という事もあり、姉御肌・・・ならぬいい兄貴っぷりで、キイとは違う人気を誇っていた。
だからなのか、割とでしゃばってくるシータと、プライドの高いキイは事あるごとに対立し、皆からは“犬猿の中”と囁かれ、なるべく二人を会わせないようにしていたくらいだった。(だって、トラブルが大きくなるから)

「まぁ・・・。シータの言うことも一理あるかもって」
「おい・・・。アムイ、お前まで・・・」
何故かキイは落ち込んだ。
昔からアムイがシータの言うことに同意すると、何でかキイは面白くない。
その事に反抗するようにキイはアムイに言った。
「そういえば、その受付の女の子、お前のこと結構熱い目でみていたぞ。
どうだ?紹介してやろうか。お前も女くらい知らなきゃ損だぞ」
キイはニヤニヤした。


キイの宣言後から、四年の月日が流れていた。
あれ以来キイがずっとアムイを連れまわっていたお陰か、大人になるにつれ、アムイは普通に周りと話くらいできるようになっていた。もちろん、キイ以外の他人には心を開かず、表面的な付き合いばかりだったが。
それでも昔と比べ、アムイは他人と係わるようになっていた。
今では背の高いキイと同じくらいまでに育ち、元々端正な顔立ちは、キイとはまた違った魅力をますます醸し出していた。そして歩く姿も隙のない上品な身のこなしで、ストイックでクールな風情に憧れている輩も多数いるくらいに彼は成長していた。


「・・・女は苦手だ・・・」
アムイはポツリと呟いた。
その暗い表情を、キイは何かを思い巡らしながら、じっと見つめた。
だが次の瞬間、わざとこう言った。
「女がだめなら男はどうだ?例えば、俺♪」
今度はアムイがぶち切れた。
「ぶっ殺す!」

そんなある日、珍しくひとりで本を読んでいたアムイに、シータがやって来た。
「アムイ、何か大変よ!」
いつもとは違う彼の雰囲気に、アムイは本から顔を上げた。
「キイがさっき、聖天師長様直々に呼び出されていったの!」
「え・・・?」
アムイは驚いて立ち上がった。
「・・・一体どうして・・・」
子供の頃は普通に接していた二人もさすがに大人になるにつれ、他の者と同じ立場になり、余程の事がなければ直に聖天師長とお目にかかる事もなくなっていた。
・・・・つまり、滅多に会えない聖天師長に直に呼び出されるなんて、前代未聞なのである。
「ねぇ、何の用で呼び出されたのかしら・・・。今までの素行がやはり目に余ったのかも・・・。
今、修行場では凄い騒ぎになってるわ」

そのシータや、皆の不安が当たったのか、それともどんな事を聖天師長に言われたのか、何か口論になったのか、全く皆目検討できない状態で、その直後、キイは乱心したごとく、盛大に暴れまくった。
しかも、聖天師長が住まう、聖天離宮で!
彼はことごとく物をぶっ壊し、止めに入る者をなぎ倒し、騒ぎを聞きつけて駆けつけたアムイにはもうすでに彼は手に負えなく、気が付いたらあまりにもひどい惨状となっていた・・・・。

そしてその日に、当たり前だがキイは破門された。
アムイがどんなに訳を訊いても、ずっと彼は口を閉ざしたままだった。
結局止めに入ったが、キイを押さえ切れなかったという理由で、アムイまであっさりと聖天風来寺を追い出されてしまった。
アムイはその件に関して、今だにキイから事情を説明されておらず、ずっとモヤモヤした謎のまま時が流れた。
それはきっと聖天風来寺にいた者全ても同じ気持ちだっただろう。
あの日、聖天師長とキイの間に何があったのか・・・・。
何でキイが乱心したごとく、暴れまくってしまったのか・・・。

その数年後、聖天師長は亡くなり、そしてキイは今、囚われの身となっている。

事実は明かされることなく、もうすでに六年の歳月が流れていた・・・・・。

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暁の明星 宵の流星 #32

「キイ=ルファイ 。お前のその勇侠さ、男気には感服している」
いきなり上期門下生に呼び止められて、キイは振り向いた。
「・・・だから、お前、俺のイロ(恋人)にな・・・」
最後まで言わせずに、キイは彼に向かって容赦ない蹴りを腹に食らわせた。
「ぐぅ!!」
彼は腹を抱えて勢いよく転がった。
「ばーか!!最後が余計だ!」
ふんっと、鼻を鳴らし、17歳のキイは機嫌を損ね、周りの視線を感じながらその場を後にした。
「先輩!抜け駆けはいけないなぁ」
それを見ていた、キイの同期門下生のひとりが、蹲っている彼にからかう様に言った。
「我らの【宵の流星】を独り占めしようなんて、本当に無謀だね」
「そうそう。俺達、キイの(自称)親衛隊を敵にまわすのかよ?」
周りのヤジに、手ひどくやられた上期門下生は息も苦しげに憤った。
「何が親衛隊だ!お前らがキイに無断でそんな風に集まって、変な協定作ってんじゃねーよ!
つか、そんなの作ったって、いるじゃん、あいつを独り占めしてる奴が!
あいつはいいのかよ!」


確かにこの聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)において、キイの存在は際立っていた。
まだ大人の男になる前の彼は、見た目だけは本当に中性的、いや、女に見違えるくらいの美貌の持ち主だった。
女人禁制のこの男だけの聖地で、キイを狙う者が数多くいるのは仕方ない。
その彼をめぐり、かなり周りが揉めに揉めたので、いつの間にやら本人が知らぬ所で、親衛隊なるものができていた。もちろん抜け駆け一切禁止、彼を陰ながら見守る、云々・・・・、と、勝手に決めて。
しかして当の本人はというと、周囲の騒ぎに全く無関心で、いつもマイペースで好き勝手。
肝心の中身はこれまた容姿に似合わず、豪胆で物怖じせず、その辺の屈強な師範代より男らしいし、男前。
まぁ、そのギャップと、彼が生まれ持った、背徳感を醸し出すような妖しい風情が、周りを虜にさせていた。

そんな感じで、彼の行く所、何かしら騒ぎが起こらないはずがなかった。


「で、今日はどのくらいだったんだ?」
アーシュラは経典に目を通しながら、傍にいたキイに言った。
「・・・・5人・・・かな。ああ、あと今日は師範代もいた」
キイは数名の同期生達と共に、書庫(図書室)にいた。
このようなキイでも、キイの男らしさに惚れて、普通に友人として接する者も少なからずいる。
聖天風来寺では、10歳から40歳までの幅広い年齢層に、2年に一度門戸を開くので、同期生といっても年代は様々だ。ちなみにキイのいる805期生は若い年齢層が集まって、実はその一番年上がシータであった。
「おい、キイ大丈夫かよ?師範代まで伸したのか・・・。また始末書?」
仲間のひとりが心配そうに言った。
「俺様に手ぇ出そうとしたんだ。向こうの方がまずいだろ?」
「確かに」
アーシュラは微かに口の端に笑いを浮かべた。
この途中入門したアーシュラ=クラウは四年前、抜群の成績で特待生として805期生に入ってきた。
そして入ってきた早々、血気盛んなキイと対峙し、大立ち回りをやってのけたのだ。
同期の中で最強のキイと互角に渡り、引き分けとなった二人は意気投合し、歳も近い事もあって、それ以来気心知れた友人としてキイと行動を共にする事が多かった。
「まったく、キイの性格知ってるくせに、皆本当に懲りないよなぁ。
・・・でさ、今晩ここ、抜けないか?」
仲間のひとりが言った。
「何かあるのか?」
キイの目が光った。
「おうよ。この下の町に、今日ゲウラから歌劇団が来てんだ。
何か、難民のための慰問で・・・とか言って、綺麗な歌姫達が今宵を飾るってさ」
「綺麗な歌姫」
キイの口元が緩んだのをアーシュラは見逃さなかった。
「なぁ、キイとアーシュラが行けば、絶対女達の方から寄ってくるんだから、俺達も楽なわけよ。
どお?二人とも始末書覚悟で行ってみねぇ?」
「行く行く!そんな事聞いちまったら、行かないわけねぇよな、なぁアーシュ!」
キイは目を輝かせてアーシュラの肩を叩いた。
「お前・・・・、いいのか?この間女連れ込んで始末書ですまなかったじゃないか。
こんな事ばれたらまた独房入りは確実だぞ」
「いいじゃん、今度はアーシュラと一緒だし、独房」
「おい・・・。俺はそんなヘマはしねぇよ。アムイじゃあるまいし」
ぷいっとアーシュラが、外の方に向いた時だった。
「あ、アムイ」
ちょうど外廊下で、ひとりの少年がとぼとぼと歩いている姿が見えた。
アーシュラのその声で、キイはぱっとその方向を見た。
15歳のアムイ=メイは同期の中で一番年下で、集団の中でいつも浮いていた。
とにかく人と目を合わせない、喋らない。一体彼が何を考えてるのかまるっきりわからない。
でも、最近はやっと他の連中とも一言三言話すようになって、何とか意思の疎通ができるようになった。
それも全て、奔放なキイの努力の賜物だと、アーシュラは思っていた。
と、ふらふらと歩くアムイを見て、キイがいきなり表情を険しくした。
「アムイ!」
キイは書庫を飛び出して、アムイに駆け寄った。
「誰にやられた」
キイは怖い顔をして、アムイの手首を取った。
「あ・・・・。たいしたことない」
よく見ると、アムイの右頬にはかすり傷があり、口元にうっすらと血が滲んでいる。
キイは注意深くアムイの体を調べた。
所々かすり傷や殴られた跡を見つけるたびに、キイの顔色が変わっていく。
特に今キイが掴んでいる左手首には刃物傷があって、今は血が止まってはいるが、誰かに切られたのは間違いもない。
キイは何とも恐ろしい形相となっていた。
「またあいつらだな」
声も心なしか恐ろしい。
「いいよ。・・・・俺、負けなかったし」
「って、んなよくねぇだろ!あいつら勝手にアムイを目の敵にしやがって・・・。
アムイを敵にするって事は俺を敵に回しているのと同じだって事を、今度こそ奴らの体に教えてやる!」
「・・・・いいって・・・。めんどいし・・・」
「アムイ・・・・」
キイは溜息をついた。
最近、自分の崇拝者だか何だか知らないが、いつも一緒にいるアムイの事を目の敵にしている輩が増えてきている。その都度アムイは何かしら因縁をつけられ、必ず乱闘になった。幼い頃からキイと共に修行しているため、決して弱くはないのだが、いかんせん、人と触れ合う事が苦手なため、絡まれるといつも投げやりになってしまう。
因縁つけられる事も、アムイにとって煩わしく、面倒な事で、ほとんど受身になってしまうのだ。
なのでアムイは最近生傷が絶えない。
それは互いが思春期を迎えた頃から激しくなっていったのだった。
「とにかく、手、貸せよ」
キイは周りの目なんか気にせず、怪我をしたアムイの手首をおもむろに自分の顔に持っていき、傷口に唇を寄せた。
その何とも云えない二人の雰囲気に周囲の息が止まる。
「いいよ、キイ。皆見てる」
アムイがポツリと言った。
「うるせぇ」
キイはボソっと言うと、アムイの怪我をした手首を両手で包んだ。
キイの手から優しい淡い光が放たれる。
それは彼の左手にいつも輝きを放っている、虹色の玉から来ている感じだ。
すうっと、あれだけ痛々しかったアムイの傷口が綺麗になっていく。

キイは不思議な癒しの力を持っていた。
普段めったに人前では見せないが、怪我や具合の悪い所に手を当てると、完全ではないが、傷が癒えるのだ。
アーシュラ達は、噂には聞いていたその行為に初めて遭遇し、ただ、息を潜めて見つめているだけだった。
キイは、アムイの体についた傷が、意外と多い事に眉をひそめた。
「悪ぃ、俺、今晩やめとくわ」
くるりと仲間達に振り向くと、事も無げにキイは言った。
「ええ~?マジかよ、キイ!お前が来なくちゃ、何の意味もねぇよ」
仲間の一人が大声を出した。
「次誘ってよ?やっぱ俺、また独房に入るのはご免だし。皆で楽しんで来てよ」
「そんなぁ・・・。キイ、さっきまで行く気満々だったじゃん?」
その様子にアムイが小さな声で言った。
「行きなよ・・・・。こんなのどうって事ない・・・」
「ば~か!お前ひとりにしてられっかよ!
・・・つーことで!ほんっとうに悪い!またな!」
と、キイはアムイの頭をくしゃっとすると、二人でこの場を去って行った。


「あ~あ、アムイが絡むといつもこんなだもんなぁ」
「あいつら、ちょっと怪しくねぇ?」
「ま、ガキの頃からずっと一緒ってことだから、しょうがないのかもな」
「ず~っと、って・・・。あいつら部屋も一緒だし・・・・、ほら、例の噂」
「ああ、部屋どころか寝所も一緒、ってやつだろ?」
「ええ!?マジかよ、それ・・・」
思い思いに喋り捲る仲間達に、突然アーシュラは音を立てて経典を閉じ、こう言った。
「お前らも他の奴らみたいに、変な噂流すのか?キイを信じてないなら、もうあいつの周りをうろつくなよ!」
と、つん、としてアーシュラも書庫を去って行った。

確かにここでは、個室と大部屋はあるが(資金によって部屋のランクはある)、二人部屋、というのはない。
だからこの二人の戦災孤児を、この聖天風来寺の最高責任者である、聖天師長(しょうてんしちょう)が引き取ったからといって、この歳になるまで今だに二人部屋というのは、異例な事である。
(何故二人部屋がないか、というと、色々な理由が考えられるのだが、男色が当たり前な世界、ここは男ばかりの所ゆえ、二人部屋にして怪しげな間違いを犯さないようにするため、ともいわれている)

その二人の件について、ある同期生が、思い切って聖天師長に、聞いたことがあった。
「キイは生まれながらに稀有な気を持っていて、それを押さえる事がアムイにならできるから」
という答えが返ってきて、ますます門下生を疑問の渦に陥れたのだが・・・・。

つまり、最近のアムイいじめはこの噂が発端であった。
キイの全崇拝者達の嫉妬を、アムイはモロに被ったのである。
しかもアムイは見目はよいが、性格は暗く、他人を寄せ付けないし、可愛くない。
いつも修行場や教室でも、隅の方でひとり、こつこつと勉強しているタイプだった。
その事もあって、周りの感情を逆撫でしているらしい。

その件について、次の日仲間達はキイを変な目で見た事を反省し、言い訳するようにその事を告げた。
「そんな噂があったのか・・・。だから・・・」
キイは驚いて皆を見回した。
「ま、そういう変な目で見る奴らがいて。・・・いや、俺たちはお前の男気がわかってるからさ、女好きだし。
変な勘繰りはしねぇけどよ」
「中にはそういう目で見る奴らもいるわけよ」
傍にはアーシュラもいて、彼はずっとキイを見ていた。
「・・・へー、みんな馬鹿じゃん・・・」
と、少し自嘲気味に笑っていたキイが、次の言葉に凍りつくのに、アーシュラは気づいた。
「だよなぁ!お前にとって、アムイは弟みたいなもんなんだろ?そりゃガキん時から一緒じゃ、情だって湧くよな」
それは他の者には全く悟られなかったが、いつもキイを見ていたアーシュラにはわかってしまった。
一瞬だ。一瞬だったが、キイの目が黒ずんだ。
アーシュラは理由はわからないが、キイの闇の部分を垣間見てしまったような気分になった。
だが、次の瞬間彼はいつもの自分に戻って、言った。
「そうだよ。あいつは俺の弟みたいなもんだ」

そしてその三日後、対抗試合にて、わざと上期生がアムイに絡んだ事にぶち切れたキイは、暴れに暴れて大乱闘となり、その場にいる連中に声高々と宣言したのだった。

「お前ら!アムイは俺の弟も同じ。二度とこいつに手を出すんじゃねぇ!!
今度そんな馬鹿な真似しやがったら、兄貴同然の俺を敵に回すと覚悟しておけ!」

その時以来、ぱったりとアムイに対しての暴力はなくなった。
そして、何故かキイはその宣言の後、今まで以上にアムイを傍に置くようになったのだ。
今まではアーシュラと行動するのが多かったキイだったのに、この結果に満足したかのように、これ見よがしにアムイと行動を共にするようになった。
見るからに光と影のごとく。
何をするにもふたりで、ひとり。


それは二人が聖天風来寺を追い出される日まで続いた。

いや、そこを出て、キイがアムイの目の前から姿を消すまで、ふたりはいつも一緒だった・・・・。

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