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2010年4月 4日 (日)

暁の明星 宵の流星 #56

その8.セドの太陽~運命の子~

東の国に一人の若き王子あり
太陽と賞賛された期待の王子は禁忌を犯し、罪の子を得る

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東の国に、一番美しい春が訪れた。
突風を伴い春の使者が現れた後、特に東の中央にあるセド王国の首都、曙(あけぼの)に一斉に花をつける桜が一番美しい時期だ。
大陸で桜が見れるのは、このセドと中央の桜花楼(おうかろう)くらいである。
もともと桜花楼の桜は、セドの桜を植林したもの。
中央国はセドとの友好の証として、美しい桜を女性にたとえ、女達の集まる桜花楼の象徴としたのだ。
特にセド民族は、伝説でいったら神の子孫。肌きめ細やかで、色白で、一番美人の多い民族だ。

このセド王国は国自体はそんなに大きくはなかったが、大陸太古にして最も古い民族で、絶対神の妹神の子孫と言われているため、東では一番力のある国だ。
彼らは東の他の州や村、民族をまとめ、セドラン共和国を築き上げていた。
それでも東は他国と違い、一番いざこざが多い国でもあった。
今も何とかセドが頑張って国を治めてはいるが、崩壊の危機が幾度かあった。
それだけ東は自己主張が多い民族の集まりでもあった。


神王が統べる、大陸最古の民族セド。
ただそれだけで他州、他村、他民族は、納得して共和国として甘んじていた。
それが近年、セド王家に存続の危機が訪れていた。

女神の子孫と言われるセドナダ家は、その血を絶やさない事だけに必死だった。
それがあるからこその、セド王国の価値と信じていた。
だから彼らはその事実だけ、それだけを守ろうとし、己の霊性や頂点に立つ者の何たるかを置いてけぼりにした。
そして、大陸での女性の減少。
益々王家は血を濃くするために、近親結婚を繰り返していたのだ。

その結果、王家では不遇な子が生まれ続いた。

現神王である、リクト王の兄弟や子供達も例外ではなかった。
確かに近年、昔のように異母きょうだい同士で結婚する事はなくなりはしたが、女性が少ない今、王家も例外ではなく、限られた者としか結婚できなくなったいた。
いや、側近達の中には、昔のように近親婚も致し方がない、と考えるような者も出てきていて、王家を悩ませていたのだ。
だが、リクト王は王子達が続けての不遇な出生を目の当たりにして、一代決心したのであった。

「私は王家以外の女性と子供を儲ける」
周りは驚いたが、王家の為に新たな血を入れた方がいい、というのは明白だった。
確かに血が薄くなると心配する声もあったが、このままでは存続すら危ういではないか。
一部の人間を残して王家は王の意向に従った。
それでも王はセドの血にこだわった。
いくら王家以外の血を入れるとしても、他国、他民族では何の意味もない。
当時王には従兄妹である正妻と、王家筋の側室達がいた。
この妻達の間に、王子が何人かいたが、ほとんどが身体虚弱、精神薄弱、短命、であった。
稀に普通の子が生まれても、やはりどこかが健康ではなかった。

王はセドの国を色々出歩いて、自分の花嫁を探した。
できるなら、次の王となってもおかしくない、いや、最高の神王となり得る息子が欲しい。
この閉鎖的な王家に新たな風を入れたい。
その願いだけで、王は色々な娘に会った。
だが、どうも自分には今ひとつ。
元来女性というと王家の人間しか知らなかった王は、いい歳の大人でもかなり奥手だったのだ。
女性の扱いに慣れてはいなかった。

そんなある日、最高級娼婦の集まる桜花楼の中に、セド人の娘がいるという噂を聞いた。
しかも彼女は若くして桜花楼の最高峰、【夜桜】までなったという。
美人が多いセドの女性。しかも女性が少ない今、セド人、というだけでもかなり希少だったのである。
王は珍しいと思い、彼女に興味が湧いた。
側近達も少しは王も女性慣れしてくれれば、という軽い気持ちで桜花楼に出向く事にした。

そこで王はそのセドの娘に会って衝撃を受けた。
彼女は本当に【夜桜】のように美しい満開の桜の化身だった。
それに会話をして、彼女の頭の回転に舌を巻いた。
しかもそれを全く鼻にもかけない、文字通り美貌と教養、全てを兼ね備えた娘だったのだ。
王は恋に落ちた。
彼は彼女に夢中になり、他の意見を聞かずに彼女をセド王国に連れ帰り、すぐさま側室にした。
周りはもちろん驚いた。
何せいくらセドの人間だとしても、どこかの豪族でも身分の高い女でもない。
王家にしてみたら彼女はただの遊び女だ。
他の国の王国はどうであれ、神の子孫たるセドナダに、娼婦を入れるとは…。
しかも王は彼女に執心し、彼女の元を離れようとしなかった。
面白くないのはもちろん他の妃達である。
先の正妻はすでに病気で亡くなり、新たに正妻を迎えようという話が出てきた矢先の事でもあった。
本当は王は彼女を正妻に据えたかった。しかし周りは許さなかった。
彼女を王家に迎える代わりに、きちんとした家柄、血筋の娘を正妻に迎えよと条件を出された。
王の意見は絶対だが、王家あっての王でもある。
折れるところは折れなければならない。
王はしぶしぶであったが、セド王族の血を引く一回りも歳の若い、王の遠縁の貴族の娘を正妻に迎えた。

そのうちに彼女にも、正室にも子供ができた。
王は喜んだ。元々子煩悩な人である。自分の子は誰でも可愛い。
最初に正室の方に王子が生まれた。遠縁筋という事もあってか、危惧していたような疾患もない、五体満足な王子であった。
ほどなくして側室の方にも王子が生まれた。彼は彼女にそっくりで美しい我が子を天になぞらえ“アマト”と名づけた。


王族の誰もが、正室の王子が次の神王になると思っていた。

だが、次の神王という立ち位置である王太子に据えられたのは、第五王子であるアマトであった。
王太子は、必ずしも現神王の長男を指すとは限らない。代々セドの王位は、長幼の序を重んじつつ、本人の能力や外戚の勢力を考慮して決定され、長男であれば必ず王太子になれるとは限らなかった。それゆえに王太子の決定権は現神王の影響もかなり大きく、彼は成長した王子達の中で、アマトを選んだのである。

先の正妻の子である第一王子は短命。第二王子は身体が弱くて寝たきり。側室の子である第三王子は精神薄弱。第六王子も持病を持ち、第七王子は四肢障害を患っていた。
普通に生活を送れるのは第五王子のアマトと、後に正妻に入った妃との間に生まれた第四王子初め三人の王子達だけであった。
特に歳の近かったアマトと、正室の王子であるタカトは何かしら比べられた。
兄弟達も第二王子であるフジト以外は、全てタカトの味方で、アマトを下賎の血を引く者として密かに疎んじていた。


「アマト。私はお前なら素晴らしい神王になると思うんだ」
寝たきりではあったが、博識で、公平な目を持つ第二王子は言った。
「他の兄弟はダメだ。王となる資質に皆欠ける。
私は常に思っていた。父君とも沢山話し合った。
…セド王国を今こそ立て直さないと…大変な事になる…。
これまでの王族は、血縁のみが重視されがちで、真実の王たるものの本質を見失ってきた。
血が薄まる、絶えるよりも私はそれが恐ろしい。
神が我々に期待していた事はそんな事ではないはずだ」
「兄君、どうか無理なさらずに…」
アマトは起き上がろうとする、か細い兄王子を支えた。
「いや、いい。今まだ力があるうちに話しておきたいんだ。
神の王、なんて名前だけの王族。私はいつかその歪みが大事になりそうで恐ろしいのだ」
兄フジト王子は敬虔なオーンの信徒でもあった。
セドは元々絶対神を崇めるオーンと同じ系統の宗教を持っている。
それはやはり、王家の伝説が大きい。
本宗教はオーンであることもあり、セド国民の四割はオーンの信徒と言っても良かった。
だがアマトは桜花楼から来た母の元で育ったため、意外と宗教については寛容だった。
全ては天の意。天の理。を主義にしていた。
それは宗教戦争が終わった後にオーンと他の宗教の違いを表す意味にもなっていた。

すなわち、世間でいう“神”とは絶対神の事を指し、“天”とはその絶対神が住まう、天界全てのものを意味する。
他国はほとんどが多神教のため、すんなりとその意が浸透したのだ。

「兄君。私がこの国でできる事はやりたいと思っています。そのためにも兄君にはまだお元気でいていただかないと」
アマトは誰もが見惚れる優しい笑顔で兄をいたわった。
「アマトよ。お前は兄弟の中で一番優しく賢い。そして懐が深い。その寛大な心は持って生まれたもの。
そのようなお前の本質も見抜けぬ、血筋で人を見下す王族の奴らは、本当に身内といえ愚かだ。
まだ国民の方がお前をよく知っている。私はお前こそ神の希望した王だと思う」
アマトはその大げさな言い方に少し戸惑った。
「それは私を買いかぶりです、兄君。私なんて本当にまだまだ。もっとこの世をよくするために、沢山勉強しないとならないと、いつも思っているのですよ」

桜花楼出身の母を持つとはいえ、アマト王子は姿、頭脳、性格、全てが他の兄弟達よりも抜きん出いた。
その母はアマトを産んでから身体を壊し、もう次に妊娠する事ができなかった。
王は彼女を手放したくなかったのだが、そのために彼女はここを追い出された。
しかも王家での人間関係にも疲れていた彼女は、早々に王家を出る事になってほっとした。
一人息子を気にかけながら。
子供が産めなくなったとしても、彼女の美しさは衰えなかった。
桜花楼に戻ったすぐに、他の国の貴族に見初められ、再婚して幸せな生活を送っているらしい。
母を愛していたアマトにはそれだけでよかった。
彼女が幸せならば、本当にそれだけでよかったのだ。

それ以上にアマトは国を、民を、愛していた。
彼は他国にはあまり出向いた事はなかったが、国内には暇があれば必ず様子を見て回った。
本来、とても美しい国。どの国よりも歴史が古く、独特の文化を持ち、国民は平和主義で皆温かい。
国民も、美しく、気高く、なのに気さくな若い第五王子を愛していた。

セドの太陽・‥…━━━

彼がいるとまるで日が射したごとく、周りがぱっと明るくなる。
文字通り国の太陽そのものであった。

その国民自慢の王子が王太子となった事は、国全体が大歓迎だったのは言うまでもない。
もちろん、一部の王族だけは快く思っていなかったが…。

今年もまた、アマトの好きな桜が咲き乱れている。
まるで白い雪のような花びら。
桜を見ると母を思い出す。

ただ、王太子となったはいいが、彼はずっと悩み続けていた。

セド王国存続の危機。


兄弟達、ならびに側近の長老達が危惧している事実。


セドを討とうとしているいくつかの国が活発になってきた事。


ここ数年の東の、いや大陸の緊張感は小さな王国、セドまで暗い影を落としていたのだ。

アマトはいつも考えていた。

どうしたらこの世を安定させる事ができるのだろうか。

どうしたら大陸全土が平和になるのか。

それは自国の幸せだけではない。
全てが幸せにならなければ、まだこの乱世は続くという事を、彼は知っていた。


自分がオーンの巫女のように、天や神と話ができるのならば、いい叡智を授かれるだろうにと、彼はいつも思っていた。
答えてくれないとしても、それでも彼は胸のうちで、いつもその事を天に問いかけていた。


そのような真摯な彼でも、人生の中で、目を誤る事もある。

それが取り返しのつかない事になったとしても、全ては己自身の責任。運命であった。


この時はまさか、彼は自分が神に背き、禁忌を犯すとは思ってもみなかったのである……。


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