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2010年4月 4日 (日)

暁の明星 宵の流星 #57

「ガイの町がやられた?」
深手を負いながらも、城に戻って来た兵士の話を聞いて、アマトは青ざめた。
ガイの町はセド王国の防波堤。
ここがやられてしまうとかなりの痛手だ。
昨今、東の中でも2番目に大きい州、荒波(あらなみ)が、セドに打って変わろうと敵意を剥き出していたのはわかっていた。そういう輩は長い歴史の中、多々あることで、今更というところだったが、現神王は先日の戦で深手を負い、しかも持病の心臓病も悪化した。いつ崩御しても不思議ではない、不安定な状況だった。
とにかくアマトはガイの穴をうめるべく、すぐさま城の兵を向かわせた。
しかし、セドの苦悩はそれだけでなかった。
隣国南のリドンの干渉である。
リドン現大帝は、かなり気性が荒い男でもあり、虎視眈々と大陸制覇を狙っている節があった。
だからこそ、「東を制するもの、大陸を制す」という伝えに従い、ここ最近セドを目の敵にしているのも知っていた。
それだけ東は五大王国の中で、一番の大きさを誇っていた。
まずは大国セドラン共和国。
どの国の、どの有力者も、誰もが皆思っていた。


「王太子、隣州から姫君がご到着いたしました!」
城の応接間に兵士が報告に来たと同時に、若い娘がアマトに駆け寄ってきた。
「王子!アマト様!」
アマトは突進して来た彼女を優しく受け止めた。
「ミカ・アーニァ姫」
「怖かった!怖かったです、王子。もうミカは貴方様と離れたくない!」
まだ年の頃17くらいだろうか、まだあどけなさが少し残っているが、かなり美しい娘だ。
「ご無事で何よりです。姫。さあ落ち着いて」
アマトは彼女を落ち着かせようと、誰もが魅了される、低く、甘い優しい声で囁いた。
「昔のようにミカ、と呼んで、アマト様。ミカは早く貴方と結婚したい。こんな怖い思いをするなら、早くミカをアマト様の妃にして!」
ミカ姫は潤んだ瞳で彼を見上げた。
「ミカ…。貴女の州はガイの町と隣接。ガイと共に襲われたと聞きました。私も心配していたのですよ」
「では、早く!貴方が神王になるまでなんて待てません。今すぐミカと結婚して」

彼女は隣州に嫁いだ現神王の姪の娘だった。
隣州と密な関係を築くため、希少な王家の娘を嫁に出したのだ。彼女はそうしてミカ姫を産んだ。
実は遠縁にあたる姫君で、丁度よい年齢の娘はミカ姫しかいなかった。
彼女は生まれたときから、次の神王になる男の正妃になる事が決まっていた。
その神王が誰になるにしろ、彼女はそのように育てられた。

小さい頃は、よく王家に遊びに来ていて、王子達とも遊んだ事もある。
文字通り幼馴染でもあった。
彼女は小さい頃から、ずっとアマトを崇拝していた。 
だから彼が王太子の地位についた時、天にも昇る気持ちだった。
周りからの羨望も彼女には心地よかった。
「いいわね!ミカ様!あの太陽の王子のお妃に決まったなんて!」
「本当に羨ましい!あの方に私も抱かれてみたいわー」
「ああ、私も、側室でいいの。アマト様のお傍に行きたい!」
そのように口々に言う、友人やお供の者に、彼女はいつもきっぱりと答えた。
「それは絶対許さないわ!私。アマト様は私のもの!他の女には絶対に触れさせないの」
まだ若くて潔癖な所のあるミカは、彼が他の女と関係するという想像だけで嫉妬の炎に狂う。
「まったく、姫様、後世継ぎの問題だってあるでしょうに。それにもうアマト様だっていい大人の男性。
あれだけのお方、恋人くらいいらっしゃるでしょうにね」
「今までは仕方ないわよ。だって、私はまだ子供だったんだもの。でも、もうミカは大人よ。私、妃としての責務は果たすわ。ちゃんと子供産める体だって、医術者のお墨付きだもの。
…だから結婚したあかつきにはそれは絶対に許さないの。彼が、私以外の女と子供を作るなんて汚らわしい事」


とにかくアマトはミカをなだめ、兄弟たちが待っている会議室へと向かった。
心も足取りも重苦しい。
「アマト、今のミカじゃないか。随分育ったなぁ」
突然後ろから声がした。
異母兄弟のタカト第四王子だ。
彼はアマトと全く似ていない。似ているとしたら肌の白さぐらいで、そのせいか鼻の周りにうっすらとそばかすが目立つ。背もすらりとしたアマトとは対照的で、中背でがっしりした体格だった。
細くて小さな目は、いつも何かを考えてるらしく、ぎらぎらしている。
「それにしても、女って驚くなぁ。あのいつもピーピー泣いていたチビが、あんなに美人になるなんてな」
タカトはそう言って、まるで獲物を前にした獣のように、ぺろりと唇を舐めた。
アマトは溜息をついた。
兄弟の中でも、どうも彼とはそりが合わない。これからは兄弟皆で力を合わせていかなければならないのに。
「しかし、何でまたセド出身の賢者が来ているんだ?」
タカトは首を捻った。
「何か重要な話らしい。とにかく主要の王族全て集めろと言われたんだ…」
二人は肩を並べ、会議室の重い扉を開けた。


そしてその会議室で、とんでもない話を王族達は聞かされた。


「……なんだと…?神の血を取り入れるだと?」
「どういう意味だ、それは…」

セド王家にも縁の深い、そのセド出身の賢者の話に皆、驚愕を隠しきれなかった。

「ご存知のように、我がセド王国は女神の血を引く、絶対神とも縁ある古い民族。
それが昨今、セドの勢いが失われているばかりか、その存続も危ぶまれているとは…。
セド人の私は心苦しくてどうにかならぬものかと、色々と研究しておりました」
その賢者は、賢者衆のひとり、マダキという考古術者であった。
「セド王族が絶えることは、すなわち東の崩壊と同じ。この国の皆はその事に危機感が少なすぎる。
しかも直系の血も濃すぎるが故の悲劇も止まらぬ。
私は神国であるオーンの文献も経典もずっと研究してきました。
もちろん我が国の歴史も全て…。かなりの時間を費やし、金をかけて。
そこでとうとう私は裏の文献を見つけたのです。…再び人が神の力を手に入れるための一文を」

部屋はどよめいた。
「人が…神の力を手に入れる?」
「そうです。セド存続のためには、大陸平定のためには、神の力が再び必要なのです。
…神の血を引く、セドナダ家でしか、それはできない」

「よく…その、わかりませぬ。そなたが見たという、裏の文献とは…」
長老のひとりが、マダキに恐る恐る言った。
「再びオーンと繋がるのです」
「……それが、神の力を手に入れる事とどういう…」
皆はマダキの話が今ひとつよくわからない。
彼もまた何となく歯切れも悪い。
「オーンと我が国は兄弟のようなもの。昔から繋がりは深いが…。
そなたの言う事はよくわからん」

マダキは意を決したように言った。
「だからこそ、神の血を再び取り入れる、と言ったのです。
……伝説ではセドナダ家は女神の血を引く。それは流れる血脈に神の記憶(遺伝子)が存在しているという事実。そしてオーンは、血脈なきにしろ、魂で神と一番繋がりが深い。特にオーンの最高位のひとつ、姫巫女(ひめみこ)は真実、神の申し子。神の声を聞き、神の意と言葉を伝え、いつも宇宙(あま)と繋がっている稀有な力を持つ人間。………そのふたつがひとつに結び合った時、最高の神の力を手に入れる事ができるのです」

その衝撃の言葉に、部屋の者全員は凍りついた。

宇宙(あま)の姫巫女と…結びつく…?
それって……。

「…それは…まさか、その…。純真純潔な巫女と…」
「そうです。巫女と契り、その証に子を儲けるのです」


部屋はまるで水を打ったような静けさが広がった。


「そんな!そんな大それた事!!神の申し子、つまりは神の妃と同様である巫女に!いくら神の血を引くとはいえ、ただの人間が……子を成す、とは、その…巫女の神聖を穢すと言う事になるのではないか!?」
「生物学的にはそうでしょう。そうしなければ人間は子供を作る事は出来ません」
マダキはさらりと言った。
「し、しかし、そんな事、オーンは絶対に許しはしないぞ!特に今の姫巫女は歴代の姫巫女の中で一番の力を持っておる。人と契るとは、オーン聖職者にとって姦淫の大罪。特に巫女は純潔を穢されるとその能力を失うというではないか……!そのような貴重な姫巫女をオーンは絶対に渡しはしない!」
長老が青くなって叫ぶ様子を見て、マダキはゆっくりと答えた。
「ですが、神の力を借りなければ、いつまでたってもこの大陸は安定いたしますまい。
特にセド王国は……再び神の血を入れないと、このまま絶えるのは目に見えている。
ごらんなさい。そのために現神王は王家以外の血を取り入れなければならなかったではないですか。
ならば、巫女と通じ、その証の子を神王に据えた方が、王国、いや、大きな目で見ての大陸の平定と成すでしょう。何か大きな事を成すには、常に大きな障害はつきものですよ。
まぁ、よくお考え下さい。…神の怒りを買う覚悟があればですがね」


マダキのその衝撃的な話の内容に、王族一同は放心状態だった。
神の怒りを買うかもしれない。…だが、神の力を手に入れれば、この世は安定し、王家は安泰する…?
その神の力というのは、マダキははっきりと言わなかったが、この荒れた大陸をまとめるほどの力があるらしい。
それができるのはセドナダの王子とオーンの姫巫女だけなのだ。


アマトはいくらなんでもそれは出来ないだろう、と思った。
姫巫女といえば、オーンの最高位。
神と繋がる唯一の大陸の宝。
その女性が、ただの人間として神の座を降りるとは思えない。
神と契った女性が、男と姦淫などという、恐ろしい事ができるわけがない。
それに、このマダキという男の話がどれだけ信憑性があるのか。
アマトは益々気が重くなって自分の部屋に戻った。


その夜半に、アマト以外の兄弟達がタカト王子の部屋に集まっていた。
もちろん寝たきりのフジト王子はもうすでに就寝していてその場にはいなかったが。
「今日の話をどう思う?」
タカトが兄弟達に言った。
「かなり面白い話じゃないか、神の力。王家の為に神の血を取り入れるとは…」
「確かに興味深い。だが神を冒涜する行為ではないか?無理だよ」
タカトと、他6名の異母兄弟たちは、皆自分達がセドナダの王子という事に異常にプライドを持っていた。
「でもこのままじゃ、確かに我が王家は力を失う。何せ、あの下賎な血を引くアマトが次の神王なんだから」
「まったく、父上も何を考えているのやら…。我々はタカト兄さんが神王に一番ふさわしいと思ってるのに」
タカトは鼻を鳴らした。
「由緒正しい我々を差し置いて、アマトの奴、あいつは所詮娼婦の子じゃないか。本当に父上の子かも怪しいぜ」
一番年下の王子がいきり立った。彼は喘息持ちでいつも大声を出さないようにしていたが、アマトが余程気に入らないらしい。珍しく興奮していた。
「残念ながらあいつは正真正銘父上の子で、私達と血が繋がってるよ。声なんか父上とそっくりじゃないか。
低くて独特の声。姿だけはあの卑しい女にそっくりだけどな」
タカトこそ王子らしかぬ卑しい笑いを浮かべ、腕を組み兄弟達に言った。
「面白いじゃないか。セド王国の存続の責任を、王太子に取ってもらうというのは」
その言葉に兄弟達は息を呑んだ。
「どうせ卑しい娼婦の子。女の扱いくらいお手のものだろうよ。正当な血筋の私たちが、直接神には背きたくないが、アマトなら適任だろ?もし何かあったとして神罰がくだったとしても」
そういうタカトこそ、侍女に手をつけてすでに王子を二人生ませていた。
「兄君…それって…」
タカトは笑った。
「そうだな。そのためには現神王にはお隠れになっていただかないと」


その数日後、現神王は持病の心臓病が悪化し、突然この世を去ってしまい、セド王家は大混乱となった。


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