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2010年4月 4日 (日)

暁の明星 宵の流星 #61

うっすらと、景色に光が戻ってきた。
明け方、ネイチェルはラスターベルに呼ばれて、部屋に入った。
「姉(あね)様…?」
そっと彼女は寝台に横たわっているラスターベルに小声で呼びかけた。
その声にラスターベルはゆっくりと目を開け、彼女を見つめた。
「いかがされました?何か御用ですか?」
ラスターベルは、ゆっくりと手を伸ばすと、ネイチェルの手を取った。
「ええ。お願いがあるの」
か細い声だった。
ネイチェルは嫌な予感がした。
「どんな事ですか?私にできる事なら何でも言いつけてください」
いたたまれなくて、わざと明るい声を出した。
「…ここに。天空飛来大聖堂への……遅くなってしまったけれど、巫女解任の願い書と、禁忌を犯した懺悔を書いた手紙と……。
……この…虹玉の腕輪を…あの子に…キイに…」
「姉(あね)様」
ラスターベルは微笑んだ。
「…ふふ。この時になって、やっとその呼び名に似つかわしい自分になった気がするわ。
いつも貴女には頼ってばかり。どっちがお姉さんだったのかしら…」
「……」
「ねぇ、ネイチェル…。愛って何かしらね?」
突然の質問に、ネイチェルは言葉に詰まった。
「………私は神の愛だとか、言葉を伝えていたつもりだったのだけど、本当に真底、愛を語っていたのかしら…」
「どういう事です?」
「…。私は愛、というものについて、何だか表面的な事しか知らなかった気がするの。
こんなに色んな形があって、たくさんの種類があるものなのね……」
どう答えたら良いか、ネイチェルにはわからなかった。
「でも、ね。私、こんな風になって初めてわかった事があるの」
「わかった事?」
ラスターベルは遠い目をした。
「天はね……人が思っているほど、浅くもなく、遠い存在でもなかった、という事よ」
「姉(あね)様?」
「人って、いつも何かに縛られているのね。それが生活だったり、他人だったり。
…そして自分の観念だったり…。ああ、肉体の枷、という言葉もあるわね。
本当は、もっと心は自由なものだと思うの。でも、この世界に、肉体に、思いに、人は囚われすぎている事が多い…。自分もそうだった…。私はずっと自分で自分に枷をはめていたの」
ネイチェルは、珍しく雄弁な彼女の言葉に聞き入った。
「……巫女は純潔でなければ、神の天の声を聞くことはできない……。
この思い込みにね……」
「え…」
「確かにそういう体質の人もいるでしょう。でも、それは人が作った思い込みだったみたい、私の場合。
……自分がこのような状態になって、私は絶望したのよ。これで天とは話せない。何故なら自分は穢れているから、と。でも、違ったの」
「違った…のですか?と、いう事は…」
「……さっきも天と話したわ。…やっと、声が届いた、って喜んでくれていた」
「あ、姉(あね)…様、それじゃあ…」
ラスターベルは、ゆっくりと息を吐いた。少し喋り過ぎたようだ。
「確かに声は聞こえなかった、あの時から。…でもね、違ったの。聞こえなくなったのではない、自分が聞こうとしなかったの。自分の心が渦巻いていて、それどころじゃなかった。耳を、心の窓を塞いでいただけ…。
天はいつものように、私に語りかけていてくれていたというのに」
そして彼女は目を閉じた。
「ネイチェル。天は人智を超えるわ。それを憶えていて欲しいの。
……だからこそ、貴女には私の二の舞にはなって欲しくない…。心の目を閉じてはダメよ。自分の気持ちに素直に生きなさい。迷った時は自分自身にじっくりと聞くの。
……何故ならその答えは、すでに貴女の中にあるものだからよ」

そう言い切ると、彼女は満足したのか、小さな寝息を立てた。
ネイチェルは呆然とその場を動けなかった。
(その答えは、すでに自分の中にあるもの……?)
ネイチェルは知らなかったが、ラスターベルは自分を取り戻して、もうひとつ気づいた事があったのだ。
…それは、アマトとネイチェルの間に流れる何か、だった。
ラスターベルはこの何か、が、互いの思い込みや罪悪感で、駄目になってはいけないものだと直感的に思ったのだ。だが、彼女はその事をはっきり言うのをやめた。ちょっとだけ、羨ましかった。もしこれが運命であるのなら、きっと天が二人を導く、そうも思ったからだった。

そして、その日の夕刻、ラスターベルはまるで眠るように天に召された。
屋敷は悲しみに包まれた。
そして彼女はこの土地で一番美しい花が咲き乱れる小高い丘に葬られ、その報告がてら、彼女の手紙はサーディオの元に届いた。
ただ、彼女が子供を産んだという事実は、彼女も公にしたくなかったようで、隠されたまま伝えられた。
だから彼女はただの女として、この地で生きた、という事だけを大聖堂宛てに手紙に書いたのだ。
簡単な謝罪と共に。
そして、そこから相手がやはりセドのアマト王子だと判明して、彼は王位継承権を剥奪、王家追放の処罰が正式に下った。アマトにしてみれば、本当は最初から王家を離脱する心構えだったのだが。


だが、当たり前だがこれだけで騒動は治まらなかった。
キイの存在が、今度はアマトを追い詰めていく事になっていく。
その後、彼は我が子が大きな運命を背負って生まれてきた事実に愕然とするのだった。


「まことか!巫女との間に子が生まれたとはな!」
偵察の者の報告に、タカト王はそう興奮して、王家にやって来ていたマダキと喜んだ。
「これは素晴らしいですぞ、神王!しかも王子とは……。是非、その子を私は確かめたいものです」
「うむ。その子を見たあかつきには、神の力とやらの説明をしてくれ!それまではアマトの奴は放っておく。
まかりなりにも、その子の父親でもあるからな。ま、その子が乳飲み子じゃなくなったら、こっそり城に引き取ってもいい。我が妃も、ついこの間王子を生んだばかりだ。いい事が重なった。今宵は宴を開こうぞ。マダキ殿もごゆるりとなされ」
と、いつになく上機嫌なタカト王に、近くで話を聞いていた正妃のミカ・アーニァは、暗い目をしてふらふらと部屋に戻っていった。部屋には小さな赤ん坊の寝台があり、近くで乳母が赤ん坊を見ていた。
「あ、お妃様!ご覧下さい、王子様がお笑いになりましたよ!」
はしゃぐ乳母を彼女は冷たい目でちらりと見ると、「頭が痛いの。赤ん坊の世話はお前にまかすわ…」と言いながら、子供の顔も見ないでさっさと寝室に引き込んでしまった。
乳母は彼女が育児ノイローゼかもしれない、と疑った。それほどまでに、彼女は自分が生んだ子供に愛想がなかった。極端な事を言えば、興味がないように見えた。
……確かに、彼女は自分の生んだ子が可愛いとは思えなかった。
あの、自分の夫と同じ顔の子を見るたび、彼女は絶望した。
ミカは寝台に身を投げると、むせび泣いた。

あの、一年近く前。
愛する人の衝撃の告白に、ミカは眩暈がしたのだ。
「嘘…嘘でしょう?アマト様…。王太子を譲るなんて…。あのタカト王子に!」
「すまない。君には本当にすまないと思っている。
だが、タカトもセドの王子だ。私よりも血筋がいいし、ミカ姫を気に入っておられた。きっと姫を大事にしてくれる…。
君は未来の神王の正妃となるべく生まれた姫。でも私はこれから国のため、どうしても成さなければならない事があるのだ。許してくれ」
「それって、アマト様じゃなきゃいけないの?どうしても?他にも兄弟がたくさんいるじゃない!」
彼女は絶望した。このままアマトの後を追って行きたい。いや、そうするつもりだった。
が、彼は彼女に妹にするような軽いキスをして、明け方国を出て行ったのだ。
その後、すぐさま神王となったタカトから、彼女は事の顛末を聞かされた。
彼女は頭がぐるぐると渦巻いた。
(巫女と…契る?巫女と…子供を作る……?)
パニックになった彼女に、タカトは追い討ちをかけた。
(なぁ、ミカ。あいつだってオーンの巫女とよろしくやってる。私が神王になった時点で、そなたは私の正妃だ。我々だって子供を早く作った方がよくないか?)
そう言って手の早いタカトはまだ式もしないうちに彼女に手を出した。
彼女は地獄に突き落とされた。しかもその一回の関係で、彼女は妊娠した。
それでもタカトは若くて綺麗な彼女に夢中になり、嫌がる彼女を無理やり毎夜寝所に引っ張り込んだ。
…その日から…いや、本当はその巫女がアマトの子供を産んだ、という報告を聞いてからが頂点だと思う。彼女の何かが壊れた。それは彼女の中で、どす黒い闇として、女の悲しみとして、ずっと死ぬまで続く事になる深い暗闇。
ミカはひとしきり泣いた後、やはりある計画を実行しようと決意した。
どうしても、自分にはすがるものが必要だったのだ……。

ラスターベルを亡くしたアマトは数日、気の抜けた毎日を送っていた。
だが、乳飲み子は待ってくれなかった。
アマトはネイチェルがラスターベル亡き後、すぐに天空飛来大聖堂に戻るものと思っていた。
だが、彼女はここに留まった。
何故ならキイがいるからだ。
彼女はすぐに隣村に行って乳が出る女性を雇った。
そしてなるべく彼女はキイの側から離れなかった。事実上は、彼女がキイを育てていた。
アマトは感謝すると同時に、彼女に心苦しさを感じていたのだ。

そんなアマトに彼女はさらっと言った。
「だって、大聖堂にはもう昨年付けで出る予定だったんですもの。
申請もしているから、戻るつもりはないわ……。
キイ様がもう少し大きくなったらね、その時は医療奉仕に全国を回るつもりよ」

アマトは心強い気持ちと、彼女がここにいてくれる、という事実が嬉しかった。
嬉しい…?私が…?
彼は頭を振った。
キイの為に彼女がいて心強いのは当たり前じゃないか。
嬉しい気持ちも、キイのためだからこそなんだ…。
彼は再び、最初に彼女と会った時以来の感情が湧きあがろうとするのを必死で抑えた。
彼女がオーンを出たとしても、聖職者なのは変わりがない。
それに彼は、ラスターベルとの子を儲けた時から決心していたことがあった。
もうラスターベル以外の女性と、通じたり、子供作る事は絶対にしない、と。
自分を戒めるのと同時に、彼はもう、同じ過ちはしたくなかったのである。

この大罪を犯した男の、せめてもの神への懺悔でもあった。
しかし、その懺悔の気持ちがエスカレートし、命をもってでしか償えないとまで思い込むような出来事が彼に起こる。……その発端は、生まれたばかりの我が子の異変だった。

けたたましい赤ん坊の泣き声と共に、子供部屋は大変な現象に襲われていた。

キイは生まれが不安定なのか、それともその子の個性なのか。
生まれたときから、安定する、という事がなかった。

大人しくなった、と思うと、次の瞬間大声で泣きわめく。
夜泣きなど日常茶飯事、時には誰の手にも負えない。
ネイチェルも、何故にこの子はこうまでして不安定なのか、不思議だった。

ただ、彼女はキイが生まれたとき、ラスターベルの後悔を知っていた。
(私はこの子がお腹にいた時、いいえ、お腹に宿す瞬間から、恐怖でこの子を否定し続けた。
この子はその事に影響されていなければいいけれど……)
そう彼女は愛しそうにキイを抱きしめた。
ネイチェルは、まさか、と思った。
が、キイの様子は、ラスターベルが亡くなってから段々とひどくなっていったのである。


そして…キイの異変。
それは彼が泣き叫ぶ度に起こる、“気”の放流である。

誰もがこんな現象、初めてだった。

あの“気”を使うラムウでさえ、こんな事は経験した事がない。

しかもそのキイから発せられる“気”は、今だかつて誰もが接した事のない、未知のものだったのである。

大陸を制するほどの…神の力。


アマトも他の皆も、恐ろしい考えが頭によぎった。


特にアマトは、自分は心底、本当に大それた事をしでかしたのではないか、と蒼白になった。
人が、本当は決して足を踏み入れてはいけない領域に、自分は土足で上がりこんだのではないのだろうか?


とにかくこの自分の息子を、この地に呼んだのは、他ならぬ自分なのである。

アマトはこの息子の様子を、気術の権威に相談するしかなかった……。
そして彼も息子の為に、自分も気術を学ぼうと思った。
とにかく、我が子の為に何とかしたかったのである。

それからしばらくして、アマトの元に、あのマダキがミカ正妃と共にやって来た。
もちろん、生まれた彼の子を見舞う為と、ミカは公務で城を出られぬ神王の代わりとして、兄弟の訃報を告げにやって来たのだ。

そこでアマトは、完全に自分のしでかしたでき事と、自分の存在に、とことん追い詰められていった……。

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