暁の明星 宵の流星 #71
「うぁっ!動いた!」
アマトは驚いて思わず手を引っ込めた。
「ね?凄いでしょ?」
彼が慌ててるその様子が、ネイチェルは可笑しくて仕方ない。
アマトは愛しそうな顔で、再び彼女のせり出したお腹をそっと触った。
彼が触れた事を、お腹の子供はわかっているのだろうか?
触った途端、また、力強く中でぽこっと動いた。
「わぁ…。また蹴ったよ!元気いいなぁ、うちのチビちゃんは」
感嘆してアマトは、今度は手を引っ込めず、ずっとお腹に手を当てている。
安定期に入ったので、お腹もかなり目立つようになったが、ネイチェルはそろそろ活動しようと思っていた。
だが、意外とアマトは心配性で、身重の彼女が遠出するのに反対した。
ネイチェルは本当は早くキイの様子を見たかったのだが…。
アマトは優しく彼女のお腹をさすりながら、そっと耳をお腹に当てた。
そこはまるで小さな宇宙空間のようだ。
確かにここで小さな命が息づいている。彼のチビちゃんはごろんと動いた。
アマトは幸せな反面、切なくなった。
「……キイにもこうして触ったり、話しかけたりしたかったな…」
ネイチェルはアマトの顔を見た。
彼女もまた、彼の気持ちがよくわかって哀しかった。
彼がとても子供が好きなのは、お腹の子に対する態度でも、生徒達に対する接し方でも、よく伝わってきた。
だからキイ様が生まれて、本当にこの人は嬉しかったんだ…。
だけど、一番大切な時に、彼は一緒にいてあげれなかった…。
その彼の後悔がひしひしと伝わる。
だから余計に今、彼はこうして時間のある時は、お腹の子との時間を大切にしているのだ。
「…キイは大きくなっただろうな…。報告は聞いてはいるが、本当は凄く逢いたいよ…」
ポツリとアマトは呟いた。
「…ええ…。私もキイ様が歩いたところを見たかったわ」
ナミの話では、ネイチェルの代わりにもうひとり、術者でもある子育て経験者の初老の男と、キイの面倒を見ている。その彼が初めてキイが歩いた時に遭遇していた。その時の様子を詳しく文書にしてくれて、二人は感動したのだ。……今は普通にちょこちょこと歩き回っているらしい。早くこの目で確かめたかった。
だが、今の状況では…。
「アマト、絶対にキイ様と逢わせてあげる。…そしていつか、家族皆で暮らせるように…」
かなり厳しいが、いつかはキイを取り戻す覚悟だった。…そして東の国から出よう、皆で。
キイが戻ったら、この子以上に愛を注ごう。アマトはそう決心して目を閉じた。
毎月、ラスターベルが亡くなった日にちには、アマトとネイチェルは彼女の墓参りに行く事をかかさなかった。
しかしこの間の一年目の命日の時は、ネイチェルは動けなくて行けなかった。
それが心残りで、やっと動けるこの時期に、彼女はどうしても行く、とアマトに願い出た。
「先月も行けなかったのよ。…代わりに貴方とラムウが行ってくれていたけど、…それに」
アマトは溜息をついた。
「本当は危険なんだけどね…。目立たないように行くしかないけど…。
確かに今月、君は行った方がいいのかな…」
「…ええ。私もまさか、一年目の命日の時に、彼女が姉(あね)様のお墓参りに来るとは思ってもなかった」
彼女とは、ネイチェルと仲良かった聖職者の年配の女性で、姫巫女直属の世話係りのアリサだ。
アリサはアマト達が墓の前で冥福を祈っている時に、現れた。
ラスターベルの愛した、神殿の庭で咲いていた花束を手にして。
アマトは慌てて、被っていたフードを目深に下ろした。
彼女は彼が、あの太陽の王子だと気がついたかどうかはわからないが、何事もない様子で花を手向けてくれた。
代わりにラムウが彼女と応対した。
「私は大聖堂ではネイチェル様によくしてもらった者です」
彼女はそう言って、ラムウとアマトに一礼をした。
「オーンに送って下さった手紙に、ラスターベル様の亡くなられた日と弔われた場所が書かれてありました…。私は一年目の命日ならば、もしかしたら月光様にお会いできるのではないかと、こうしてやって来たのです」
「…さようですか…。今日彼女は都合で来られませんが…。そなたの事は必ずお伝えいたします」
アリサはラムウを見た後、彼の後ろにいるアマトの方をちらりと伺った。
「……やはり、ネイチェル様は貴方がたといらっしゃるのですね…。オーンに紋章を置いて出られた後、聖職者をやめる旨の親書が届きまして…。大聖堂は大騒ぎになりましたわ。…ですが、自らのお覚悟で去ったという事で、オーンもあの方を追わないと言っております…」
アマトはラムウの様子が気になった。
実はあの件からずっと彼の事を気にしていた。
しかしラムウは、いきなり何処かへ行って戻って来たあの日から、まるで何もなかったかのように、振る舞っていた。…かえってそれがアマトの心配を募らせたが…。
なのでネイチェルの話が出て、ラムウはどう思っているのか、不安になったのだ。
だがラムウは顔色ひとつ変えず、表情も崩さず、この聖職者の女性の話を聞いている。
「…わたくし、どうしても月光様にお渡ししたい物があるのです…。もし今日お会いできたら、と思って」
「ならばお預かりいたしましょうか?」
ラムウがそう言って彼女に手をさし伸べた。
「いいえ。申し訳ございませんが…。ご本人に必ず手渡しするようにと…現・姫巫女がおっしゃってますの」
と、彼女は首を振った。
「現・姫巫女殿が?」
二人は驚いた。一体…何だろうか?
「……わたくし、これからも毎月ラスターベル様が、お亡くなりになった日のこの時間に、花を手向けに参りますわ…。
どうしても、ネイチェル様にお会いしたいのです…。どうか、そうお伝えくださいませ」
「……姫巫女様の渡したい物…。それを本人に手渡し…。
考えるとあれしか思い浮かばないのよ」
ネイチェルは眉間に皺を寄せた。
「あれ?」
「…ええ。普通姫巫女様は、国家規模のご神託しか降ろさない。
個人には余程の事がない限りなさらないのが通常。
…個人は占い師に行け、という事なのでしょうね。
未来を占うのと、神の声を伝えるのは別ですもの。
…でも、たまに個人にもご神託が降りる事があるのよ…。
それを神に伺い、許可が下ると本人に直接伝えられるの……」
「そういう事があるのか…。では、もしかしたら君に神託が…?」
「ええ。多分。だからどうしても、私は今回行きたいのよ」
ネイチェルの決心は固かった。
ラスターベルの墓は、前に隠れていた屋敷から、ほどよく行った小高い丘の上にあった。
ここに元姫巫女が眠っているのは誰も知らないが、かなりの高貴な方が眠っているという事で、管轄の寺院がいつも手入れをしてくれていた。
「そろそろ時間になる。…積もる話もあるだろうから、私とラムウは森の方で待っている。
もちろん、君に何かあったら大変だ。ちゃんと遠くから見守っているからね」
「大丈夫よ、アマト」
先に祈りを捧げたアマトとラムウは、そっとその場から離れた。
ネイチェルはアリサが来ると思うと緊張した。
自分の今の姿を見たら何と思うだろう。彼女はそっと大きくなったお腹に手をあてた。
「月光様!」 その時、背後から声がした。
「アリサ!」
彼女は息を切らして小高い丘を上がって来た。そしてネイチェルの腕を掴むと、涙目で言った。
「ああ…。よかった…。お会いできてよかった…」
「アリサ…、私も!…でも随分早かったのね。まだ少し時間あるわよ」
確かに彼女が言っていた時間よリ、余裕があった。その間にネイチェルは正式な弔いの言葉を、ラスターベルに捧げようと思っていた。
アリサはネイチェルのお腹をちらりと見ると、真剣な顔をして小声で言った。
「お会いできなかったらどうしようかと思ってました。…ですから、これを!姫巫女ロザ様からのご神託を!これを手になされたら、すぐにお帰りになって下さい!」
と、彼女はネイチェルの手に、黄色の小さな封書を握らせた。
「え…?どうしたの、アリサ、そんなに慌てて…」
アリサはそわそわしながらも、ネイチェルを優しく、そして涙を浮かべながら促した。
「とにかくお早くここからお去りください…。
…ああ、でも良かった…。月光様、今お幸せなのですね…。
それがわかっただけでもよかった…」
「アリサ…?」
ネイチェルはいぶかしんだ。一体どうしたのかしら、様子が変だわ…。
ぐずぐずしているネイチェルに、アリサは痺れを切らし、とにかく彼女の背中を押した。
「早くお行きになって!……早くなさらないと、ここにあの方が着いてしまいます!」
「あの方…」
ネイチェルははっとした。
「アリサ、何をしている?……まさか、ネイチェル殿!?」
二人の背後から、美しく通る若い男の声がした。
「あ、ああ…!聖剛天司(せいごうてんし)様!」アリサは青くなった。
(サーディオ!)
そしてネイチェルは固まった。
…できるならお会いしたくなかった…姉(あね)様の…弟君。
サーディオは姉が好きだった花を抱え、ちょうど丘を登りきった所だった。
彼はずっと、姉の墓参りをしたかったのだが、聖剛天司という立場上、なかなか時間が取れなかったのだ。それを何とか仕事を調整し、姉の月命日(つきめいにち)の1日だけ休みをつくった。だからよくお参りしてくれるアリサに頼み込んで、自分も連れてきてもらったのだ。アリサはできれば約束の時間をずらしたかった。だが、ちょうどサーディオもこの時間が都合よかったらしく、変える事ができなかったのである。そのサーディオにアリサは困り果て、ひとり用事があると言い、いつもより早く出て先に墓に向かったのであった。
「ネイチェル殿!まさか貴女にここでお会いできるとは…。
心配してたんです。お捜ししていたんですよ!いきなり大聖堂を出て行かれて…、まさか禁忌を…」
サーディオは、そこで、ネイチェルのお腹に目が吸い寄せられた。
「…ネイチェル殿…。そのお腹は…」
サーディオはずっと、彼女が禁忌を犯すのでは、と不安の毎日を送っていた。
大聖堂に正式に破門の申請が届いても、彼は信じたくなかったのである。
あの、崇高で清らかな、自分の憧れだった月光天司が…。
よもや破門されても、実際に禁忌を犯す事はして欲しくない…。いや、しないで欲しい。
…相手の男がもし自分の姉と通じた奴なら尚の事。しかし、その男はすでに処刑されている。
…サーディオは彼女が罪人になったとしても、禁忌を犯す様な行為はなさらないだろう、と自分の心を落ち着かせていた。……だが…。
現実に彼女が禁忌を犯した証が今、目の前にあった。
「サーディオ様…私は…」
ネイチェルは彼の蒼白な顔を見て、何と声をかけたらよいか、困ってしまった。
サーディオは段々と裏切られた気持ちが膨れ、それが激しい怒りに変わっていったのを止められなかった。
「貴女は!何という恥知らずな事を!!崇高であり、神への愛を一生誓った、天空代理司(てんくうだいりし)が…俗世の男と交わり、禁忌を犯すなど…!!聖職者が子を成すなど、何て汚らわしい事を!!」
「サーディオ!」
ネイチェルは彼の怒りは当前だと思ったが、やはりとても辛かった。でも自分は…。
「貴女の気持ちはわかります!でも、でもねサーディオ、私はこうなった事を後悔していないし、…子供を授かったのは天からの贈り物と思ってる。汚らわしいとは思っていない。…愛し合ってできた子供なのよ…」
「…愛があれば、全て許されるとでも思っているのですか?」
サーディオの目に涙が滲んだ。
「…神への愛を誓ったのに、その崇高なる愛を捨て、裏切り、貴女はひとりの男に操を捧げたという事なのですよ。…ただの肉欲に負けなかった、と、どうして言えるのです?普通の人間なら不完全なものだから仕方がない。だが、貴女は聖職者だったんですよ?普通の人間とは違うんだ!」
サーディオはゆっくりと自分の腰から剣を抜いた。
「聖剛天司様!!」
アリサが悲鳴に近い声で叫んだ。
「大聖堂は宗教戦争後、平和になり、他宗教との共存のために、刑罰が軽くなったのは私は疑問に思う」
じりじりと彼はネイチェルに剣を向けながら迫ってくる。
「…ネイチェル殿!貴女をここまで貶めた相手の男は誰なんです??
…まさか…まさか…あの死んだ男だというのではないでしょうね?
貴女をたぶらかし、悪魔の道に誘い込んだ相手の男は!!」
ネイチェルはきゅっとお腹を庇った。…この子を守らなければ。
今のサーディオは、頭に完全に血が昇っている。怒りで自分を見失っている。
何とか隙を見て逃げなければ。この護身用の剣では、彼の剣には勝てないだろう。
「サーディオ、落ち着きなさい!お願い、私の話を聞いて頂戴…」
「…あの男なのですか?セドの王子は生きていたのですか?
…私は貴女の相手がそれしか考えられない。
それならば、尚更だ。…その男も許されない。絶対許せない。
姉を穢しただけでなく、貴女まで誘惑して罪人にした男を!!」
その時、風と共にラムウがサーディオの前に立ちはだかった。
「!!」
サーディオは突然のことで、一瞬ひるんだ。
そしてネイチェルにはアマトが駆けつけ、彼女を守るようにして覆いかぶさった。
(アマト!)
「今のうちに、ネイチェル!」
彼は小声で囁いて、彼女を抱き上げると森の奥へと走り去ろうとした。
「待て!」
サーディオは逃げようとする二人を、慌てて目で追いかけた。
ちらりと相手の男の顔が、フードから覗いた。
姉を奪った男の顔は知らない。が、噂で聞いていた。黒い髪、黒い瞳。
…そして太陽と謳われたほどの美貌。
サーディオはその時、何故か確信したのだ。太陽の王子は生きているのだと。
剣を片手にサーディオは二人を追おうとした。が、それはラムウが許さない。
二人の剣が交差した。
「…聖剛天司様…。どうか、どうかこのままお退きください…」
「何っ!?」
サーディオはこの大男の端正な顔を、どこかで見たような気がした。…あれは…どこでだ?
ラムウはこの年若い聖剛天司を知っていた。自分が“鳳凰の気”を修得しに行った聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)。自分が去るその数日前に、まだ少年だった彼が特待生で入ってきた。あの頃でも、かなりの腕前だと見た。…聖剛天司までになった彼なら…きっと簡単には勝負はつきまい。
しかもこの誇り高いまでの、信仰心。ラムウは彼と戦いたくなかった。
「ここは、ここはどうか…目をお瞑り下さいませ!貴方様を崇高な神の申し子としてお願いする。
私は貴方に、本当は剣を向けたくないのです。勝手な事を申し訳ない。
どうかお見逃しください!!」
ラムウはそう言いながら、彼の剣から自分の剣を払い、一礼すると、二人を追って風のようにその場を去った。
サーディオは、彼の悲痛な訴えに、後を追う気力を失った。
…というか、冷静になったのだ。
自分はネイチェル殿にああ言ったが、自分はどうなのか?
神の名を語って彼女を責めたが、自分こそ本当はどうなのだ?
…姉の事で、個人的な思いに囚われてなかったと言えるだろうか?
サーディオはあの時、自分個人の怒りが爆発したのだと、悔しいが認めた。
(…聖職者であっても…所詮は人間…か)
サーディオは唇を噛み締め、ネイチェル達が消えていった方向を、ずっと見つめていた。
いつもと変わらず、ラムウは自分達を助けてくれた…。
アマトは本当に彼に感謝していた。自分が気に病むほど、彼は自分達に憤りを感じていないのかもしれない。
三人は逃げるように島に帰った。
「当分は…ラスターベル様の墓参りは…無理でしょうな」
ラムウはポツリと言った。
「うん。そうだな…。ラスターベルには申し訳ないが…。今オーンと揉めたくない…。できれば子供が生まれるまでは」
アマトはそう言って、辛そうに顔を俯かせた。
「アマト様、大丈夫ですよ。ラムウがおります。そのために私は動けるようにしているのですから。
さ、いつものように明るい顔を見せてください。セドの太陽と言われたあの頃と同じように」
「ラムウ…。私にはもう、その名は似合わないよ…。
お前には本当にすまなかったと思っている…。こんな情けない主人に仕えて…。
お前が思っているほど、私に王の素質はなかったんだよ。
だけどこんな私に、こうしてついて来て、守ってくれている…。本当に嬉しいよ。感謝している」
アマトはそう言って、ラムウの好きな優しい微笑を見せた。
ラムウはこの笑顔を見るだけで、全てが報われるような気がするのだ。
私の太陽の王子…。誰が何と言おうとも、貴方自身が否定しても、私の中でそれは変わらないのです…。
アマトはラムウに絶対の信頼を寄せていた。
彼はいつも自分の事を考えてくれる。味方でいてくれる。
それがアマトにとって、心の支えになっていたのだった。
そしてラムウは、彼にそう思われるのが、至福の喜びであった。
「…ところで、ネイチェルに届いた神託とは…何だったのですかね…」
ラムウは心配そうに、彼女の部屋…今は夫婦の部屋だが…の方向を見た。
「うん。…それが個人の神託は本人以外、見せても聞かせてもいけないんだそうだ…。ちょっと不安だが…」
アマトもかなり心配だったが、……こればかりは悶々としても無駄な事であった。
ネイチェルは自分達の部屋の中、震える指でその神託を開いた。
黄色の小さな封書には真っ白な二つ折りのカードが入っている。
神託は、具体的な文章の時もあるが、ほとんどが読解力が必要な詩みたいな文章だった。
彼女に降りた、その神託とは…。
ネイチェルは息を呑んだ。
『月光を照らす者よ、よくお聞きなさい。
貴女は闇を照らす者。
愛を照らす者。
太陽はその存在ある限り、闇を完全に隠すが、
月は元々闇に存在す。
貴女の使命は、その闇を照らす事。
愛を持って照らす事。
恒星の母として、月は存在する。
げに恐ろしきは神の怒りではなく。
真実(まこと)に恐ろしいのは、この世の人に巣食う闇。
気をつけなさい、月光の君よ。
人の闇を侮るなかれ。
正しき素晴らしき光が降りるとき、必ず闇と魔が横行する。
この事を心に刻み、愛を持って生きなさい。
自分の心を信じなさい。
自分の愛を信じなさい。
それが天の願い。
この事が月光の君に届く事を強く願う』
(闇…。人に巣食う心の闇…。それが神の怒りよりも恐ろしいもの…)
激しい不安がネイチェルを襲った。
だが、心にしっかりとその一文を刻み込んだ。
正しき素晴らしき光が降りるとき、必ず闇と魔が横行する
この意味はよくわからないが、ネイチェルは自分の選んだ道を、天は見守ってくれているのだと思った。
自分の心を信じ、
愛を持って生きる…。
…神に背いた自分を、天はなんと大らかな愛で包んでくれるのだろうか…。
そしてネイチェルは思った。
闇はいつも人の背後にいる。
それが人の心を蝕もうと、舌なめずりをしているのだ。
そして人はその闇を抱えながらも、この地に生きる。
闇に取り込まれるのか、それとも越えていけるのか。
越えたその先には何があるのだろうか…。
そして彼女はこれから生まれる自分の愛しい存在に、そっと呟いた。
「…どんなに辛くても、どんなに意に沿わない場所にいようとも…。この世に生きる理由が必ずあるのよ…。
だからどんな事があなたに起きようとも、決して絶望してはいけない…。
私がいる限り、あなたのお父さんがいる限り、あなたは望まれ、愛されて、この地に迎えられた事を、どうか知っていて欲しい。たとえ周りに何と言われても。
闇を越える魂の力が、あなたに備わっていますように…。」
ネイチェルの頬に涙が光っていた。
私は月光…。闇夜を照らす母の愛の光。…それが私の使命…。
彼女はこうして真に【月光】とう名を、天から直々に頂いたのであった。
そして、時は満ち、珍しい満月が大陸の夜空に浮かんだ時、とうとう彼女の産みの苦しみが始まった。
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