« 暁の明星 宵の流星 #71 | トップページ | ここでつぶやきます(ツイッターではありませんが) »

2010年4月20日 (火)

暁の明星 宵の流星 #72

セド王家は混乱していた。
現神王であった、タカトがあのような無残な死に方をしたからだ。
王家は恐れ、慄き、この事は絶対外に漏らしてはならぬ、と決心した。
神の血を引くセド王家の神王が、このような形で死したと公になれば、それは王家の失速に繋がると危惧したのだ。
なので彼らはすぐさまタカトの遺体を回収し、周りの者に口止めした。
そして、程よい時期にタカト神王は病死された、と公表する事にした。

…で、一番困ったのは、新たなセド神王を誰にするか、という事だった。

アマト第五王子が禁忌を犯してから、彼は失脚し処刑。
身体の弱かった第二王子フジトもそのショックで病死。
……そして立て続けに他の王子達四人も謎の死を遂げている…。
生き残っているのは、末弟の第九王子ヒロトだけだった。
彼は喘息持ちで、引きこもり状態だった。
特にこの兄弟達の不幸な死が、かなりこたえているらしく、鬱状態が続いていた。
そして彼はうわ言のように、毎日アマトに謝り続けているのだ。
自分達がアマトをそそのかさなければ、自分達が父王の意をないがしろにし、アマトを神王の座から降ろさなければ…。
このような感じであったので、この弟王子を神王に立てることはできやしない。
かといって、死んだ神王の子供達はまだ幼すぎた。
タカトが手を出して生ませた王子二人もまだ年端もいかず、できれば王家筋の血を引く正妃との間に生まれた、第三王子フユトを立てたい所だが、彼はやっとこの間歩いたばかりの赤ん坊だ。
他の兄弟の子供もいるにはいるが、皆まだ子供。
……ここで、苦肉の策として、タカトの正妃の子、まだ赤ん坊のフユトを象徴としての神王に立て、実際は王子達の従兄妹であり、側近でもあったシロンが政治を行う事になった。
彼はずっとタカトと共に政治を執り行ってた実績もあり、また王族の血を引く。誰も異論はなかった。
……確かに末の王子には神王の地位は荷が重すぎる。ただでさえ彼は神王に立てば、自分も神の怒り、アマトの呪いを受け殺されると、被害妄想に取り付かれている。
シロンが出るしかなかった。彼は摂政として幼い神王が大人になるまで事実上の君主になった。

「とにかくタカト神王が誰に殺されたのかを調査してくれ」
シロンは眉間に苦渋の色を浮かべ、それぞれの対応に追われていた。
彼は中年のやせた男だった。もうすでに白髪が黒髪に混じっている。
「…シロン様…。本当は貴方も神の呪いと思ってませんか?」
一緒に仕事をしてきた側近のひとりが言った。
「…神の呪い?…ふん、そんなの迷信さ。きっと誰かが神の怒りにかこつけて、王を暗殺したに決まってるじゃないか」
彼は現実主義だった。その彼でも、アマトと巫女の間の子には心底驚いた。
「…キイの事はくれぐれも内密にな。…あれは大きくなったら我が国の力になる。最後の切り札になる。ちゃんと王族名簿に記しといておくれ、第五王子アマトとオーン姫巫女の間の第一王子キイ・ルセイ、と」

門外不出の王家の名簿は、手に持てるくらいの石版に、小さな文字で刻まれた物だ。
これは神の血族の証となる大事な家系図だった。
ゆえにそれは神王が座す、玉座の間に大切に保管され、またその写し取った物を、神の血脈の報告として十年ごとに大聖堂に納めるのだ。今、新たに作られた大聖堂用の石版は、あと8年は納めなくてもいい。その間にキイの存在を大きなものにできれば…。
慈悲深い神の国オーンなのだ、年端もいかない子供をどうこうできないだろう…。
しかもその子が揺ぎ無い力を持って、納得させるほどの存在となってしまえば。
だが、今は穏便にしなければならない。このセドの状況では。
…しかもまだ王子と巫女が通じたというだけで、かなり心象を悪くしている。それなのに子供まで作った、などと向こうに知れたら…。そしてその子が、あのような力を持っている事がわかったら…。
それ以上に一番恐れているのは、その子供を作るためにセドが無理やり姫巫女を陵辱し、産ませた事が、オーンに知れることだった……。
いや、これは王族にしか知られていない事。我々が口をつぐみ、全てをアマトのせいとしていれば、大丈夫さ…。
シロンは努めてそう考えるようにした。


大陸に珍しい満月が顔を出している夜。
ラムウはセドの首都からすぐ傍の町にいた。
闇夜を照らす月の明かりが、何故かとても疎ましかった。
彼は今、町の外れの小屋の中にいる。
ここはセドの兵士が、たまに遠征の時に使う臨時の小屋だ。普段はめったに使っていない。
「……ラムウ様…」
自分の傍らには、一糸纏わぬセインの姿があった。
「もうお帰りになるのですか?」
「……」
ラムウは頭が痛かった。……たまにこうしてもの凄い感情の荒れと共に頭が痛み出す。
そうなると彼は苛々して何も考えられなくなった。
あの狂おしい真っ黒な渦に翻弄されてから、こうして自分を抑えられなくなる日が、数ヶ月に何回もあった。
彼はそうなるとどうしてもいられなくなって、こうしてセインを呼び出し、まるで彼を傷つけるように激しく抱くのだ。
それでも気分がすっきりしない時は…。

あの夜。憎い男の恐怖に満ちた顔と、赦しを請う震える声、鋭くも短い悲鳴、血が吹き、肉を斬るあの音が、ラムウにいい知れぬ快感を引き起こした。……そして自分はその後、どうやって島に戻ったのかは覚えていない。
ただ、今までの鬱屈とした激しい闇の放流が、まるで嘘のようにすっきりと晴れ、いつのも自分でいられたのだ。

だからまだ気持ちが騒ぐ時は、動物を惨殺し、血を見ることで満足していた。
まだ見知らぬ人を斬るのだけは何とか止まっているようだ。
だが相手が自分にとって汚らわしいと思う人間だったら…。ラムウは多分止まらないだろう。
自分のこのような状態の時で、まだタカト以上の人間には会っていないが。
もちろんアマトの前では、高潔な自分でいたい気持ちが強いので、この状況に陥ると、彼は島を必ず出て行くのだ。この襲ってくる闇を払うために。
彼は無意識のうちに、狂気を肯定しながら、自分を神聖な部分で正当化していた。

……ラムウはそうして自分の心のバランスをかろうじて保っていた。
この悪魔のような自分を、普段の彼は覚えていなかった。…いや、無視していた。
こうすれば、愛する王子の傍にいつもいられる…。彼は本気で思っているのだ。
だがそれは諸刃の剣。これがいつまで続くのか…。このバランスがいつ崩れ、彼の闇が暴走するのか、それとも正気に戻るのか。
……それは彼自身もわからない。というよりもそれすらも彼は気づいていなかった。

彼はただ、自分が愛する王子と同様の大罪人である事に、一種の恍惚を感じていたのだ。

「ラムウ様…?」
セインは不安になった。…セインはあの激しい夜から、ラムウが何回も自分を求めてくれるのが嬉しかった。…優しさはなかったが、それでも自分が彼に必要とされている事に、幸せを感じていた。だから彼が何をしようと、セインは黙って受け入れた。
…ただ、彼の心にも暗い影は付きまとっていた。
自分はやはり、…亡くなった王子の身代わりなのかも、と。
自分がアマト王子に似ているのは、周りからよく指摘されていた。
何度か本人を目の当たりにした事がある。……確かに自分が歳を取ったらこんな感じなのかな…と、思ったことがある。だが、彼のカリスマまでのオーラは自分にはない。それは身に染みてよくわかっていた。
だから…。愛する彼が王子を誇らしげに、そしていつも賞賛の目で見ていることに、セインは狂おしい思いをいつも抱えていた。
特に彼はオーンの信徒。男と通じるのは本来禁じられているはず。
知っていてセインはどうしても彼を自分の物にしたかった。
…多分ラムウ様は王子を愛しているけれど、絶対に肉体的には手を出せないお立場。
…ならば、王子に似ている自分がすがりつけば、もしかしたら…彼は自分を愛してくれるかもしれない、と思って。
だから彼はどんなに乱暴に扱われても、ラムウの傍から離れたくなかった。

…それに…、特に最近のラムウ様は何か苦しんでいる…。
どうにかしてあげたくて、彼はラムウに手を伸ばした。
「触るな!」
いきなりラムウはセインの手を跳ね除けた。
ラムウは再び怒りが込み上げて来たのを感じた。
「ラムウ様!!」
どうしようもない頭の痛さ。どうしようもないこの狂おしい黒い渦。
今晩の彼は、このどうにもならない衝動に、まだ翻弄されていた。
彼はセインを押さえつけ、容赦のない責め苦を彼に与え続ける。
ラムウはおかしくなりそうだった。いや、すでにおかしいのだ、自分は。
何故に自分は、一番大切な人の顔に似たこの者を、こうも傷つけたくなるのか?
何故にこのような衝動に駆られるのか?

…これもすべて、今宵の満月のせいなのだ。
あの光が私を狂わせる…。

そう、今夜とうとうあの忌むべき子供が生まれてくるのだ。
…あの穢れた罪深き女の子供…。
だが、それは同時に自分の愛する王子の子供でもあるのだ。
ラムウは必死に己の心のバランスを取ろうと、闇と戦い続けていた。
その方向が狂気に走っていたとしても。
彼にはもう、それしか方法がなかった。


とにかく、産婆が間に合わなかったネイチェルは、ひとりで産む決意をした。
今この屋敷には自分以外に女性はいない。
おろおろしていたアマトも、意を決して彼女の補助をする事にした。
ネイチェルは驚いたが、夫婦で取り上げるのも原始的でいいだろう、と思った。

なので今、二人は産みの苦しみを、同時に体験していたのだ。

「い、痛ぁ!!…どうしてこんなに痛いのよぉ!!」
ネイチェルはお腹を押さえて息を荒げた。
今まで自分は何回かお産には立ち会ったが、実際こんなに痛いものだったとは、思ってもみなかった。
「ネイチェル、落ち着いて!君は医術者だろ?落ち着けば絶対に大丈夫。ほら、呼吸、呼吸!」
アマトが額に汗をかきながら、彼女の手を取り、必死で励ます。
一応彼は一通り出産の知識は頭に入れていた。好奇心旺盛の彼の事、事前調べは好きなのだ。
万が一、との考えもあったが、本当は命の誕生に立会いたかった。
しかもそれは、指折り数えて、早く会いたかった自分の子供の誕生の瞬間。
どんな子だろう、髪は?目の色は?どっちに似てるのかな、どんな顔してるのかな?
…ずっと彼は想像していて、今、それが形となって現れてくるのだ。
でも本当は、無事に生まれてきてくれる事が一番だった。
どんな子でも愛そうと、二人は思っていた。
どの時代でも出産は命がけである。何が起こるかわからないのだ。


アマトの何とか拙い誘導で、かえって冷静になったネイチェルは、彼と共に呼吸のリズムを整えられるようになった。特に自分は初産だ。かなり時間がかかる事も覚悟していた。
だが、その産みの苦しみは意外と早く終わりが来た。
父と母の共同のリズムによって、お腹の子供は苦しみ少なく、親のリズムに合わせているかのようだった。

東の国の、東の空に、明けの明星が浮かび上がった時、親子の協力の元、その子は狭い産道をするりと下りて来た。

アマトは震える手で、へその緒にハサミを入れる。

赤ん坊が元気な産声を上げている中、二人も涙を流していた。

「私はこの子、女の子かと思ってたのよねぇ…」
まじまじとネイチェルは、先程自分が生んだ我が子を、傍らに置いて見つめていた。
生まれたばかりの息子は、気持ちよさそうにすやすやと寝入っている。
「どちらでもいいじゃないか。とにかく元気に、無事に生まれてよかったよ。
ねぇ、アムイ」
アマトはそう言いながら、そっと小さな自分の息子に口付けした。
「私もどっちでも嬉しいのよ。…ただ、お腹にいた時、元気だけど何かとっても優しい波動を感じてたので、てっきり女の子かなー、と思っただけ」
ネイチェルも愛しい我が子の頬をそっと突付いた。
「この子、貴方に似ているわ。黒い髪に黒い瞳」
「鼻は君だね、うん、なかなかの美男子だな」
「いやだ、まだわからないわよ。生まれたばかりなのに」
そんな二人に、ハルは嬉しそうに、果物を持ってやって来た。
「いや!二人のお子様です。美男子に決まってるじゃないですか。
…本当にアムイ様はアマト様のお小さい頃そっくりですなぁ。いや、懐かしい」


こうして将来、【暁の明星】と異名を頂く者が、この地に生まれた。

まるで【宵の流星】を追いかけてこの大陸に降り立ったかのように。

宵の星、流れるがごとく  暁に映える星、それを受けてまこと輝く


太陽と光を親とする流星。
太陽と月を親に持つ明星。

ふたつはどちらも欠けてはならぬ“恒星の双璧”と呼ばれ、二種の“気”の交流によって他を圧倒し凌駕する事となる。

それはまだ、遥か遠い話。

今はまだ、この二つの小さな命を守り、育てるのみである。


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

|

« 暁の明星 宵の流星 #71 | トップページ | ここでつぶやきます(ツイッターではありませんが) »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星 #72:

« 暁の明星 宵の流星 #71 | トップページ | ここでつぶやきます(ツイッターではありませんが) »