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2010年4月22日 (木)

暁の明星 宵の流星 #74

アムイについて、不思議な事といえば、動物達の事だけではなかった。

意外と彼はのんびりな様でいて、人とのコミュニケーション能力が、幼い頃から非常に優れていた。
言葉もかなり覚えるのが早く、また、たまに大人顔負けのような言葉を発して、人を驚かせた。

すでに物心覚え始めた頃から、アムイは不思議な事を言うようになった。

「ねぇ、とーたん。あのこはどこ?」
小さいアムイはそう言って、アマトにいつも質問して来た。
「あのこ…?」
アマトはそれが、ハルの甥の子供である、近所に住む同い年のトトかと思っていた。
「アムイ、さっき一緒に遊んでたろう?どうしたんだい?」
「……どうしてアムイのところにいないのかなぁ…。アムイ、ここにいるのになぁ」
不思議そうに言う自分の息子を、これまた不思議そうに父親はいつも見ていた。
それが大きくなるにつれ、アムイの言っている“あの子”というのが、トトではないのがわかってきた。

「ねぇ、とーさん。どうしておれ、ふたつにわかれちゃったのかなぁ…」
「…どういう意味かい?アムイ」
「もうひとりのおれ、どこにいるのかなぁ…。こんなにさがしてるのに、どこにいっちゃたんだろ…」
アムイはたまに、そう言っては泣き出すのだ。
本当にアムイは誰かを捜しているようだった。
特に星降る夜は、そのもうひとりを求めて、泣きながらあちこちと歩き回る事もあった。
そしてアマトの腕の中、諦めて泣き疲れて眠る事が多かった。

大きくなったアムイに聞くと、そんな事は憶えてないらしい。
だが、とにかく小さな彼は無意識のうちに、その誰かを求めていたのは確かだった。

それがこの若狭(わかさ)に来てからは、激しくなったような気がした。
初めは、初の遠出旅行なので、興奮していると皆は思っていた。
しかししばらくすると、違う事でアムイが興奮していたのがわかったのだ。

「あのね!さっきお庭を捜したけど、まだみつからないんだ」
突然そう言うアムイに、両親は顔を見合わせた。
「なぁに?アムイ。誰かとかくれんぼしてるの?」
ネイチェルはこの管理人の孫達と遊んでると思って、微笑みながら聞いた。
「あのね、かーさん、今度こそおれ見つけるよ。だって声がするもん。近くにいるってわかるもん」
アマトはそれが、いつも彼が捜している誰かだと、すぐにわかった。
……ずっとアマトは、不思議な事を言うなぁ、とアムイを観察していたのだが、ここに来て今日、その捜している誰かが、何となくわかったような気がしたのだ。……だが、まさか…。
こんな事ってこの世の中にあるものなのだろうか?

初日の今日は、キイを昴極大法師(こうきょくだいほうし)に診て貰う事になっていた。
その診察が終わらなければ、アマトもネイチェルもキイには会えない。

とにかくキイは普通の状態の子供と違う。
他の子や、本人への影響を考えて、なるべく接触は避けて欲しい、と百蘭に言われていた。
だが、アマトにはひとつの考えがあった。
それを提言するのには、どうしても昴極大法師に会わなければ、と思っていた。
アムイをキイに会わせてみたかったのである。


次の日、親子三人で庭先でくつろいでいると、小柄な初老の男が近くにやって来た。

「そなたが、アマト様じゃな?」

アマトは緊張した。彼のただならぬ高貴なオーラで、噂の大法師とすぐにわかったからだ。
「大法師様でいらっしゃいますね?ええ、私がキイの父親のアマトです。この度は本当に息子がお世話に…」
「ふぉふぉふぉ…。まぁ、そんなに緊張せんでもよいですぞ、アマト様。全ての事情は、百蘭とラムウから聞いておりますよ。…私はこれでも僧侶でな、悩める人の話を聞き、助言するのも仕事の内です。個人の事情は守られますので、ご安心くだされ」
彼はそう言って、大らかに笑った。
「…ところで、後でキイ様にはお会いなさるかね?」
「あ…!会ってもいいのですか?」
「取り合えず初見は終わりましたでな、後は対策を考えるのみですよ」
そう言って昴極大法師は優しく二人を見上げた。
「で、キイは…あの子はどんな感じなのですか?」
アマトの沈痛な顔に、大法師は溜息をついた。
「…とにかく、本人があの“気”のコントロールをできるかが、肝じゃろうと思う。本当の事を言えば、あの子に自分でそれをする意思がないと難しいのじゃが」
「…やはり…そうですか…」
アマトは肩を落とした。何故ならキイはまるで自分を消そうとしている。その子に自分から何かをさせるなんて…絶望的だ。
「本当にこの“気”は今まで人が経験した事のないものじゃ。…取り扱いもよくわからぬ…。ただ、あの巨大な力が制御できれば、もの凄い事を成せるのはよくわかった。それを持って生まれたという人間も初めてじゃが、これがこの地に降りるとは思わなんだ…。しかし当の本人は自分を否定して殻に閉じ篭っておる。その殻を上手く壊せれば…」
と、大法師は言いながら、夫婦の背後にいる子供に目が吸い寄せられた。
その子は芝生の上に座って、絶え間なくやってくる鳥達に餌をやっていた。
「昴極大法師…?」
「この子は…」
「あ、はい、私どもの息子で、アムイといいます…。つまりその…キイの弟になりますが」
小さな頭に鳥達が乗って、アムイはちょっと大変そうだった。
しかし鳥達は嬉しそうにアムイの体に乗っかかっていく。
その様子を興味深そうに大法師はしばらく見てこう言った。
「ほう…。この子は随分不思議な子じゃな…。今、この子を少しお預かりして診て見たいのじゃが、よろしいだろうか?」
いきなりの申し出で夫婦は驚いた。だが、自分達もアムイの不思議さはずっと疑問に思っていた。
二人は大事な息子を大法師に渡した。
アムイは人見知りしない子だった。喜んで彼は優しいおじいさんについて行った。


キイは護衛の手前、すぐに寺に返さなければならなかった。
なので百蘭はキイを連れ、屋敷を出ようとしていた。
その時ちょうど、大法師がひとりの子供を連れて屋敷に入ってきた。

その途端、

ビーン、ビーン、ビーン…。

まるで空気が張り詰め、震えてるかのような、音が屋敷中響き渡った。

「な?何だこれは…」
そこにいた者一同は、耳を疑った。いや、耳だけでない、その音と連動して空気も振動してきたのだ。

「う、うぁぁ…あああ…!」
「キイ様!!」
その状況に刺激されたかのように、いきなりキイの“気”の暴走が始まった。
キイは恐ろしい唸り声を上げ、全ての毛穴から“気”を放出する。
(こんな時に!)
百蘭達は慌てた。こうなるとおさまるまで、キイは苦しみ、周りは振動し、大変な状態となる。
しかもここには年端もいかない、小さな子供がいるではないか。
「大法師様!」
百蘭は昴極に助けを求めた。彼は頷いた。
昴極大法師は何とかキイの“気”を鎮めようと自分も“気”を凝縮させた。どの“気”が彼に効果があるかはわからない。だが、何事もやってみないとわからないのだ。

……と、その大人たちの喧騒の中、何と小さなアムイが喜びの顔で、キイに突進して行ったのだ。
「お、おい!危ない…」
百蘭達は青くなった。この状態で、キイ様に刺激を与えるのは…。しかもその子も巻き込まれれば大変な事に…。

しかし、次の瞬間、彼らは驚きの場面を目にする事となった。

アムイはキイに飛びつくように抱きついた。
その瞬間、あのもの凄い“気”の放出が柔らかい波動になった。
「な…?」
あの特殊な“気”が、この小さな子供にどんどん吸収されていくのを、周りは固唾を呑んで見守っていた。
確かにあのキイの暴走した“気”は、この子供によって、和らぎ、吸い込まれ、受け止められていた。

「会いたかった!!」
アムイは泣いていた。
「ここにいたの?ちゃんとおれ、見つけたよ!!」

周囲は驚きのまま、この二人の子供から目が離せなかった。

キイもアムイに抱きつかれた時から、落ち着いたようだった。
相変わらず反応はなかったのだが、心なしか彼の手が、微かにアムイの方に動いたかに見えた。

「…金環(きんかん)の気…」
昴極大法師は唸った。
そうか、そうだったのか…。この特殊な“気”を鎮めるに必要な“気”とは…。

そしてその夜、昴極大法師はアマトとネイチェルを呼び、この件を説明した。

あれからアムイは決してキイの傍から離れず、仕方なくキイはこの屋敷に泊まる事になってしまったのだ。
もちろん、うまく百蘭達に誤魔化してもらって…。


「はっきり言いましょう。…ご子息のアムイ様じゃが…」
二人は緊張した。
傍らで、キイとアムイが、互いに寄り添い、丸くなって安心して寝入っているのを、横目で捕らえながら…。
「アムイ様はキイ様と同様に、珍しい体質をお持ちじゃ」
「珍しい体質?」
「そう…。通常、人が元々持っている“気”とは、それぞれ個性はあるが、生命エネルギーそのものである。
そして武人や僧侶などが、修業して身につける“気”は、自然界のエネルギーを己の持つ生命エネルギーと融合させ発展させて使うもの。…その最高峰が、“金環の気”なのじゃ。

この世に存在する自然界の“気”は、“鳳凰(ほうおう)”“煉獄(れんごく)”“水竜(すいりゅう)”“鉱石(こうせき)”そして“木霊(こだま)”の五つ。これがこの世の基本、“風(金)・火・水・土・木”となる五行の“気”である。
その上に君臨するのが、先程言った“金環”じゃ。

“金環”…の事は、そなた達はご存知か…?」

アマトは緊張した。
「ええ…。キイのために、気術を習おうとしましたので…。
“金環”の“気”は安定、固定、壮大、受容、寛容の特徴がある…」
「そうじゃ。“金環の気”はこの世で一番大きく、安定した、大地の王者の気。この世界の大地…すなわち大陸のエネルギーそのものなのだ」
「それが息子と何の関係が…」
「キイ様もそうじゃが、アムイ様はその完成された自然界の“気”を…生まれながらにお持ちじゃ…。
己の“気”を制御できぬ者は何人か診た事はあるが…。
生まれながらに完成された“気”を持つ者などというのは、わしも初めてじゃ…」
「で、では…。アムイはまさか、その“金環の気”を持って生まれてきたと…?」
大法師は頷いた。
そんな話、俄かに二人は信じられなかった。
「その証拠に異常にこの地の生き物が、彼に吸い寄せられるだろう…。それはアムイ様の持つ、“金環の気”に引き寄せられてくるのじゃ。大地の生命エネルギー…“金環”の持つ、受容を求めて…な」
それで二人は納得した。アムイが異常に動物に好かれるのを。
「…では、キイは…?この二人は…?」
「まぁ、落ち着きなさい。…キイ様の“気”はこの世には稀有な珍しい物とは知っておるな?…その名を“光輪(こうりん)”というのは、聞いたかの?」
「…は、はい…」
「今までこの大地に、実際この“気”が降りた事はなかった…。だから気術者達も、成す術がないのも頷ける。
ただ、これはどういう“気”かは、文献にあるし、大地に降りなくとも、少数だが“気”自体を経験する者もいた。…使えなくともな。
……だからわしも慌てたよ。この様な事は初めての上、どう制御すればわからない…」
大法師はちらりと、すやすや眠っている二人の子供を見た。
「だが、二人が会って、初めてわかったのじゃ。…“光輪”を制するには、“金環”が必要なのだと」
「“光輪”を制するには、“金環”が必要…?」
「キイの持つ“気”はアムイの寛容の“気”によって受け止められ、安定する…。そして二つの“気”は引き合い、絶妙なバランスを取っている…。
まるでS極とN極。プラスとマイナス。…陰と陽…。
この二人は元が一つのような…。二人で一人、の役割があるようじゃ。
くっついたら未来永劫…離れないほどのな」
アマトはアムイの言葉を思い出していた。
彼はずっと、もう一人の自分を捜し求めていたのだろうか。
それが兄であるキイだったのか…。
「何故にこのようなお子が生まれたかは…それは天のみぞ知る事。…天は人智を超えるでな…。それは本人達しかわからないかも知れんの…」

その夜は、大量の流星群が宵の空を飾っていた。


天は人智を超える…


ネイチェルは死ぬ前にこう言ったラスターベルを思い出していた。

アマトとネイチェルは、やっと出会った子供達の満足そうな寝顔を見て決心した。

……このままキイを連れ出そう…。家族皆で暮らそう…。


キイの“気”の問題は、アムイとの出会いで、意外とあっさり解決した。
大法師がキイに何箇所か“気”の流れを作ってやったのだ。
そうやって常に“気”を流す事で、身体に巡回させ、それをアムイの“気”で受け止めさせ、安定させ返す。
そうするとキイの“気”も安定し、暴走も少なくなるのがわかったのだ。
そして安定させながら、できればキイ自身がこの力を制御できるようになると一番いいのだが、彼は意識を遮断している状態だ。
アマトはやはり家族の愛で、キイの心の殻を破らないとならないのでは、と考えていた。
そしてキイの“気”の事は、これからも大法師が定期的に診てくれる事にもなったので安心だった。
これで何の気兼ねもなく連れ出すことができる。
特にアムイがキイの傍にいなければ、この安定もない。
どう考えても、キイを返してもらうしかないのだ。

キイを連れ出すのは最終の明日がチャンスだ。

アマトは皆を集めてその旨を相談した。
もちろんこの事で、百蘭達を危険な目に合わすことはできない…。迷惑をかけられない。
とにかく自分達と百蘭は関係ないようにしなくてはならない。

この事は明け方になるまで、綿密に話し合いが続けられた。

そしてキイを連れ出す当日、彼自身の感情に奇跡が起こる。

それは彼が、初めてこの世界を美しい、と感じた、歴史的瞬間であった。

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