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2010年4月25日 (日)

暁の明星 宵の流星 #76 

百蘭(びゃくらん)はネイチェルと共に、キイを連れて寺に戻った。


実はキイはずっと寺の奥まった部屋で、検査や実験をしているという事になっていた。
その間はずっと術者や世話役以外は立ち入りを禁止していた。もちろん護衛の者も部屋に入れず、ずっと部屋の扉の前で待機させられていた。だが、それでも何時間かごとに、セド王家側からの命令で護衛からのチェックが入る。そのせいで本当はあまり長い間、隠れ家にキイを置いておけなかった。
その寺の一室には昔から外に通じる隠し通路があり、それは隠れ家として用意された屋敷の裏手に実は続いていた。彼らはそうして護衛の目を盗み、キイを行ったり来たりさせていた。もちろん何かあった時はセインが上手く仲間の護衛を誤魔化した。
セインはラムウが、亡き王子の忘れ形見であるキイに格別の思い入れがあって、何とかしてあげたいのだと信じていたので、気持ちよく協力していた。…ただ、それを頼みに来たラムウはいつも逢う彼とは違っていた。まるで昔の上司と部下の頃のようで、セインは少しむなしさを感じていた。


百蘭は、アムイによってキイの心が戻った事に、たいそう驚き喜んだ。
だが、今までずっと意識を閉じていたのだ。
キイがどのくらい外の世界に馴染むのかは、予測不能であったのだが…。

それでもとにかく、キイがアムイに単語を発していたのは確かだった。
一度も喋った事のない彼が、いきなり言葉を発したのも驚いたが、一度開いた心がこの世界を吸収していく早さにはもっと驚いた。
彼は元々、何もわからない、学ぶ事もない、ただ自分の世界を閉じていただけではなかったのか?
まるでこの6年間、外との世界は遮断していたが、この世の様子をわかっているかのようだ。


後にキイはこのことについて、こう語っていた。

「目に映るもの。耳に入ってくるもの。情報として自分に入ってきて、全て記憶していた。
ただ、自分には興味がなかっただけ。記憶されてはいるが、再生する気持ちがなかっただけ」
…と。

なのでひとたび意識の壁が取り払われれば、あっという間にキイの中で再生されていったのだろう。

感情面でも、アムイと共に流した涙で、何の問題もない事を示唆していた。

後は発声などの細かな身体の訓練だけだ。

ただ、やはりいきなりこの世界に、出てきたばかりなのは変わりがない。
やっと解放された感情は、抑え、という物を知らぬようだった。

「やだ!アムイもいっしょ!いない、の、やだ!」
今度はキイがそう言って、アムイから離れずに苦労した。
当のアムイは、キイが自分とこの世界で通じた事で、すっかり満足してしまったらしく、黙ってキイに抱きつかれたままだ。なのでアマトはアムイに、キイを説得してくれるように頼むしかなかった。
「ねぇ、キイ。かくれんぼしようっか」
アムイはそう言って、キイの顔を覗き込んだ。
「かくれん…ぼ?」
「うん、面白いよ、きっと」
アムイは父親に言われたとおりに、キイを誘うために説明した。
「キイが鬼で、おれがかくれるの。おれがかくれるまで、キイは待ってなきゃだめだよ。もういいよ!だからね」
これがどうキイに伝わったかはわからない。ちゃんと意味がわかっているのかも、定かではなかったのだが…。
とにかく、アムイの話でキイは大人しく、百蘭達と寺に戻って行った。

そうしてキイを奪還するための準備が始まった。
とにかくここから早く遠くへいかなければならない…。
寺の裏手で、アマト達は馬と馬車の用意を始めた。
ところがしばらくしないうちに、寺の方で何やら騒ぎがする。
皆がいぶかしんでいると、いきなり爆発音がして、寺の屋根が吹っ飛んだ。

「な、何が起こったんです!?」
ハルが驚いて馬車から顔を出した。
「いや、私達にも…」

とにかく何か問題が起こった事は明白だ。
アマト達は急いで馬を引き、寺に向かおうとした。
と、その時、秘密の通路の方から、一人だけ内情を知らされていた、百蘭の一番弟子が血相を変えて走ってきた。
「アマト様!た、た、大変ですっ!」
「どうしましたか!?一体寺の方で何が…」
ハルが不安げに聞いた。
「キ、キイ様がっ!!」
「キイがどうしたんだ!?」
アマトは顔色を変えた。
「ぼ、暴走されまして…」
「はぁぁ!?」


寺に戻った百蘭達は、とにかく準備完了の合図がくるまで、しばらく大人しくしていなければならなかった。
もうすぐに護衛の定期確認時間がやってくる。
朝はキイの“気”が落ちつかず、危険だと言って誤魔化した。
だがあまりその手も使えないので、その次の時刻までには、キイを部屋にいるようにしないといけなかった。
着いて早々、護衛が確認のため部屋に入ってきた。間に合ったようだ。
ところが、見知らぬ人間が入ってきた途端、キイの様子がおかしくなった。

今まではほとんど無表情だった彼が、もの凄い目力で護衛達を睨みつけた。
いつもと違う彼の様子に、一同凍りついた。
「アムイは?」
ぶっきらぼうな声がキイの口から出てきた。
「キ、キイ様…?」
キイはどうやらアムイがいつまでたっても呼ばないので、痺れを切らしたらしかった。
さっき離れたばかりなのにである。
「なんで、アムイ、来ない?」
ずっと無表情で、喋りもしなかった子供が、もの凄い形相で話をしたのに、護衛の者は驚きを隠せなかった。
「キ、キイ様、どうか、もうしばらく…」
ネイチェルが何とか彼をなだめようと近くに寄った。

バシッ!!

いきなりネイチェルは何かに弾かれた。
「キイ様!?」
見るとキイの身体から、白い粒のような物が蒸発するように、立ち昇っている。
(…うそ…。何故今、“気”の放流が…?)
それもキイの感情とシンクロしているようだった。しかもその放流を、自分自身で凝縮している。
その“気”の凝縮により、キイの瞳は段々と黄色味を帯びてきた。
(ああ、いけない、キイ様っ!)

突然白い閃光が走った。
それはまるで何かを求めるかのように、うねり、あらゆる方向に飛び散ったかと思うと、一つの大きな光の柱となって、キイの身体から天に向かって上昇した。

ゴォォォン…!!

その白い光は寺の屋根を付き抜け、天に向かって伸びて行った。

皆はその衝撃で四方にすっ飛ばされた。
屋根の残骸がばらばらと下に落ちてくる。

「なっ!なんだぁ!?」
護衛達は驚愕した。
「キイ様!!」
百蘭もネイチェルも慌てて彼を抑えようとした。が、そんな周囲を意に介さず、キイはずんずんと外に出ようと歩き出した。「キイ様!」
つかさず護衛のひとりが、キイを取り押さえようとした。
しかしキイはその者を自分の“気”で弾き返す。
「さわるな!」
キイの怒声が飛んだ。
「いく、アムイの、とこ!」
キイは特殊な“気”をまとわり付かせながら、皆を寄せつかせず歩いて行ってしまう。
百蘭はネイチェルを突付いた。
(これは思わぬ好機、ネイチェル様、早くキイ様をお追い下さい!!)
彼女は力強く頷くと、キイを止める振りをして追いかけた。
「キイ様、待ってください!」

キイの、アムイと逢えないストレスが、すでにピークに達しているらしい…。
その激しさに、一同驚きを隠せない。
彼は周りの空気をもかき乱すかの様に、“気”と共に風を起こしていた。
そのせいで護衛達も、捕まえようとしてはかなり飛ばされ、皆かなりの傷を負った。


驚き慌て、アマト達は馬と馬車を寺の近くまで急いで誘導した。
「キイは…?」
微かに轟音と共に空気の渦が、外に向かってきていた。
「とおさん!キイだ!キイが来るよ!」
アムイが指した所から、風をまといながらキイが、寺の正面から現れた。
キイはかなり護衛を吹き飛ばしたらしく、彼の周りに誰もいなかった。
「アムイ!!」
キイは遠くの馬車の中でアムイが手を振っているのに気が付いた。
満面の笑顔でキイは寺から飛び出し、坂を勢いよく下っていく。
「早く!こっちだよ、キイ!」
キイは飛び込むようにして、アムイのいる馬車に乗った。
ハルは人がいないのを確認し、急いで馬車を走らせる。
その後から駆け出してきたネイチェルを、馬を走らせながらアマトが引き上げ、彼女を馬上に載せると、一目散に馬車と反対の方に走っていく。
念のため、寺の近くでアマト達は四方に散り、後で国境近くで合流する手順だった。
だが寺の中では、そうしなくても大丈夫な様子だった。
何故なら、百蘭も軽傷であったが、そこにいる者がほとんどダメージを受けて、身動き取れなかったのである。
特にキイを取り押さえようとした護衛達は、かなりやられていた。
実はネイチェルも手や肩に傷を負ったが、なるべく上手く回避しながら追いかけたので、たいした事にはならずにすんだ。

こうしてキイはあっけなく自分から寺を飛び出し、行方知れず、となったのだった。

この状況をセドは驚き、その場にいた者は責任を取らされたが、通常よりは軽くてすんだ。
そしていなくなったキイを捜索する為に、すぐさま特別に捜索隊が編成されたが、目撃もなかったがため難航する事となる。
百蘭は謹慎の責を負わされたが、自分から責任取ってお抱え術者を辞任した。
ほとぼりが醒めたら、家族のいるゲウラに移り住むつもりだ。
もちろんこの騒ぎで、行方知れずになった者も捜索されたが、とうとう見つからず、そのまま保留となった。
ネイチェルの事は、百蘭と一番弟子しか知らない(スタッフを一任されていたので)ため、セド側は把握していなかったのもあって、疑われる事はなかった。

そしてキイはすぐさまアムイ達と共に島に戻った。
そこで彼はリハビリを兼ねてしばらく生活する事になる。
ただ、やはり同じ所にずっといるのも、実は不安だった彼らは、そのうち色々な土地を転々とする事になるのだが、今はとにかくキイが戻った事に、皆喜びを隠せなかった。


島に来て、アムイの傍にいるからか、キイの“気”はかなり安定していた。
その後、昴極大法師(こうきょくだいほうし)がお忍びで島に来てくれた時も、キイの目覚しい進化に舌を巻いていた。
「ご子息は自ら“気”をコントロールしよう、とういう意思を持った事が一番大きいですのぅ。
そのお陰で、突然の“気”の放流はかなりなくなっていくじゃろう…。ただ、やはりアムイ様と離しては不安が残る。
なるべく一緒にさせてやってくだされ」


島では人気者であるアムイの傍に、いつも寄り添っている子供の事は、あっという間に島内で話題になった。
とにかくキイは容姿の美しさもあって、目立つ子供だったのだ。
最初はアムイを独り占めされて、拗ねていた近所の幼馴染達も、キイの美しさと魅力的な笑顔で彼の虜になっていった。
しかもキイの学習能力は馬鹿にならず、あっという間に歳相応、いやかなり上の知能と言語、精神的な発達を習得していった。
なので、島に来てひと月もたたないうちに、彼は普通の子供と変わりない状態になっていた。


「まるで乾いた砂がどんどん水を吸い込んでいくような感じだなぁ」
アマトは我が子ながら感心した。
キイはすぐにアムイ以外の人間も把握した。
だが、親、という概念が彼には乏しかった。
特に彼の中には父親の存在という感覚がない。聞いても実感できないのだ。
なのでアマトは無理強いしたくなかったので、自分が彼の父親だという事は、言わないように周りにお願いしていた。そのうち彼が大人になって、理解できるようになったら真実を話せばいい、と。
ただ、母、という事に関しては、彼は自分の持っている虹の玉のせいか、実感はあるようだった。
そう、ようやくラスターベルの母の愛が、キイに届いたのである。
彼は毎日その虹の玉と過ごし、語り合い、徐々に自分を否定していた母親の、深い愛情を実感できたのだった。


そうやって普通の家族と変わらぬ生活が数年続く。

この時期が彼らにとって、一番の幸せな時だった。

それはアマトが、ネイチェルが、渇望していた普通の幸せ。

ただ、それが長く続かない事を、誰もが心の片隅に感じていた。

だからこそ、今を最高に生きようと、彼らは思った。

この先どんな事が起ころうとも、この生活が支えにばれば…と。

二人の運命の子はそうして離れず、共に成長していった。

ふたりでひとり。
本当にひとつのものを二つに分けたかのように、性格も正反対にしてそれを補っている所が興味深いのが、大きくなるにつれて顕著になっていく。
片方が辛い時はもう片方が明るく引き上げ、また片方が問題あれば、もう片方が解決する、というように、二人は互いに補いながら成長していく。

それは大人になった今も変わらない。

そうして二人はいつも一緒だったのである。

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