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2010年4月26日 (月)

暁の明星 宵の流星 #77

「ラムウ殿?東のラムウ=メイ殿ではないですか?」

いきなり中年の男に声をかけられたラムウは、半分警戒しながら振り向いた。

ここは中立国であるゲウラの首都バンガなので、一応身の安全は確保できている地だったが、それはすなわち、手は出せなくとも逢いたくない者まで、いつ遭遇してしまうかわからない、というのも示唆している。

「これはいきなり失礼した。私は南のソウ少尉。…リドンのドワーニ少将を憶えておられるか?」
「ドワーニ…?ああ、あの南の煉獄の魔神…」
ラムウはやっと思い出した。そういえば7~8年前に、わざわざ敵対していたセドまで足を運んできた武人だ。
その南の武人は若いのにかなり腕の立つ男で、よく南との戦いで対決したものだ。ほとんど互角ではあったが、本当の話、ラムウの方が腕は上であった。彼は自分と同じ気術を学んだらしく、“煉獄の気”を操る、【煉獄の魔神】と称されていた。…その男はアマト様が禁忌を犯し、追放となった事を聞きつけて、自分に(南に来ないか)と誘った人間であった。

「…して、ドワーニ殿は憶えておるが、何ゆえ…」
「いや、私は当時からのドワーニ少将直属の部下でして、ラムウ殿も何度がお見かけしております。…その、我が少将が昔、ラムウ殿を我が国にお誘いした時の事も…」
「そうですか」
ソウ少尉は、間近で見る【東の鳳凰】に見惚れていた。
いやぁ、何年経っても相も変わらず…。
「今でも我が少将は、ラムウ殿をお気にかけております。なので、ここでお会いできて、ついお言葉をかけてしまいました…。お元気そうですね。今は…自由な生活をなさってると、噂でお聞きしてました」
そこで彼は、ラムウの肩に乗っている小さな子供をちらりと伺った。
「…ラムウ殿。やはり風の噂は本当だったんですね。…息子さんがいらっしゃる…という…。で、その子が貴方の?」
ラムウは肩に乗せていたアムイを軽々と片手で持ち上げると、ストン、と地面に降ろした。
「そうです。…息子のアムイ=メイです。ほら、アムイ、ご挨拶して」
アムイは恥ずかしそうに頭を下げた。
「こんにちは」
「おお、何とも可愛らしい息子さんですな!貴方と同じ、かなりの美形だ。…でも、どちらかというと、貴方様より、奥方の方に似ていらっしゃるのかな?いくつかい?僕」
「6歳です」
「これは、しっかりなさっておる。将来楽しみですな。
…まぁ、ラムウ殿、ここでお会いしたのも何かの暗示。南に来ていただく事をお考えになってはいかがです?
実はドワーニ少将も、ずっとこの事は考えておられます。もしよろしければ…」
「ソウ殿。申し訳ないが、息子には広い目を養わせたいので、これからも私と大陸中を回るつもりなのです。
…ドワーニ殿のお気持ちも嬉しいが…。まぁ、よろしくお伝えください」
言葉は丁寧だが、本当にそこも変わらず、冷たく言い放つ男だ、とソウは苦笑した。
「そうですか、本当に残念です。ま、気が変わったらいつでも南にお出でください。我が少将も喜ぶでしょう」

そう言ってソウ少尉は二人から去って行った。

「いいの?ラムウ」
「アムイ、ここでは私は“お父さん”ですよ。どうかそれだけは守りなさい」
ラムウは無表情のままアムイにそう言った。
「うん、そうだったね、お父さん…」
アムイは憧れの眼差しでラムウを見上げた。

もうすぐ7歳になるアムイと、9歳になるキイにとって、ラムウは憧れのヒーローだった。


実はキイがアマト達の手に戻ってから、一年は島で世話になっていた。
ところがキイの美しさと利発さがあまりにも有名になってしまい、騒がれたくなかったアマト達は、他所の場所に移動する事にしたのだ。もちろん移動前はラムウ達がその場所を調査してからだが。
なのでこの2年ほどで5回も場所を移動した。
小さな子を連れての移動も簡単ではなかったが、いずれはもっとセドの目の離れた、他国に移住するつもりだった。中立国であるゲウラには、かえって顔見知りの者と会う危険性が高く、割と移住にゆるい、隣国の北のモウラか、かえって遠い西の国…を考えていた。南の国は、帝王が変わってからいい噂を聞かなくなったので、実は除外されていた…というよりも、南はセドと何回も対戦した相手。意外とラムウ…最悪の場合アマトの顔を知れている恐れがあった。
このような逃亡生活のようではあったが、東の国は意外と広い。偽名を使っていたのはアマトだけで、あとはほぼ普通にしていた。しかもアマトは死んだという事になっている。セド以外ではあまり顔を知られていない事もあって、移住先では何の問題もなかった。
ちょっと問題があるとしたら、職や子供達の事ぐらいであった。
島とは違い、正式に職に就くには、きちんとした身分証明が必要だった。
なのでアマトは正式採用ではないが、行く先々で臨時の講師や、自宅で家庭教師などをしていた。
ネイチェルは医術経験を生かし、近所の診療所で助手をしたり、たまには子供達を集めて剣を教えていた。
もちろん元オーン出身の聖職者とは隠していたが。
そして当たり前のように、キイとアムイにも彼女は剣の基礎をみっちりと叩き込んだ。
このご時世だ。特に男の子は剣を習っておいて損はない。
たまに雇われ護衛で遠征していたラムウが戻って来て、二人をしごく事もあった。
こうして二人の剣の腕は、この時から培われたものだった。

それと、もうひとつの問題である子供の事だが、アムイが生まれ、彼が3歳になった時、皆で話し合いが行われた。
アムイが大きくなるにつれ、これから色々と広い世界を学ばせたい。そして王族ではなく、普通の子供としてアマトは育てたがった。そのためには表向きに自分達夫婦の子とすると支障がある。…アマトもネイチェルも罪人だからだ。
普通に学校にも通わせたい、普通に生活させたい、という事で、ラムウが表向きアムイの父親になる事になった。
「一人身のお前にこんな事を頼んでいいのだろうか…?」
この歳の子がいておかしくないのは、ラムウだけだった。
「私は別に構いませんよ、アマト様。今は別に結婚などしなくても、子供を持つ方が多いですから。誰も疑問には思いませんよ」
あっさりとラムウは快諾した。

最初はラムウも複雑な心境でアムイを見ていた。
彼は忌むべき子供…。汚らわしい女が生んだ子…。それは彼の心の底では変わらない感情だった。
それを思い出す度、自分の闇が暴走し、罪を重ねた。
だが、反面、その罪な汚らわしい子供は、愛する王子の子でもあった。
アムイがどんどん成長し、言葉を発する頃になって、ラムウの心境が変化した。
…アムイがどんどん、アマトに似てきたからである。
しかも純真無垢に何の躊躇いもなく、自分を慕う笑顔を見ていると、アマトの少年時代に心が還っていく幻想に、ラムウは襲われた。…それからラムウはアムイと接するのが苦にならなくなった。
それを境にして、ラムウの闇の暴走は段々少なくなっていった。
心の中で、アムイをアマトと摩り替えて考えるようにしたからだ。そうすると心が落ち着いた。
ラムウはそうやって、徐々に自分の闇と悪魔の部分を、無意識のうちに封印していった。
しかしそれは本人が自覚があって越えたものではなかった。…だからいつ何かのきっかけで、再び現れないとも限らないのだ。そのような危うい状態で、何年か彼は過ごす事になる。


そのうちにキイが加わり、益々アマト達も頭を抱える事になった。
…キイは本当に美しい子供で、それだけでも周りの心無い大人に狙われた。
彼が何もわからないと思って、こっそりと連れ出し、いかがわしい事をしようとするのが、必ずいた。
ただ、救いだったのは、キイが異常に早熟だった事だ。
とにかく大人顔負けの状況判断、物怖じしない性格が幸いした。
彼はその度に嫌な思いをして、自分から「強くなりたい」とアマト達に申し出た。
「そうすれば、悪い奴らから自分を守れるでしょ」
キイはそう言って、真剣に剣を習得しようと必死になった。
それにつられてアムイも、剣の練習にのめり込んでいった。
二人は暇さえあれば、木刀で手合いをしていた。

そんな二人の憧れはもちろんラムウだった。
ハル達がこぞって、寡黙なラムウの武勇伝を二人に教えたのもあり、また、移住先に向かう途中、賊に襲われた時も、ラムウの鮮やかな戦いぶりを間近で見た事から、益々二人は彼を神聖化した。

「ほんっと、ラムウって格好いいよな!アムイが羨ましいぜ、一応表の父親だろ?」
見かけは本当に中性的な、やもするとまるっきり女の子なキイだったが、彼が覚醒してから、その容姿とは裏腹に、中身は完全に男だという事が段々わかってきた。
とにかく普通の男の子が興味持つ事に夢中になり、子供のくせにかなり豪胆な所があった。
それに色々とこの世界に興味が出てきた頃、偶然見かけた歌劇団の演目で、伝説の勇者の話を観た時から、彼はその勇者の真似をするほど夢中になった。仕草も、もちろん言葉使いも。
そのキャラクターが無法者の設定だったから、言葉も態度も荒くれだ。キイはそれが気に入ったらしく、それからずっとそういう態度と言葉で、ネイチェルを困らせた。

「うん…。どうして表に行ったら、ラムウがお父さんになるのかはわからないけど…。おれもいつも誇らしいよ」

子供達は何か事情のありそうな自分の家族を、多少疑問はあってもあまり疑いもなくすんなり受け止めていた。
まあ、比べるような家庭が近くにいたわけでもなく、キイは諸事情によりあまり表に出せなかった事も、アムイもまだ小さくて、勉強はほとんどアマトに教わって学校にまだ行っていないため、家族とはこんなものだろう、と思っていた。

それでもたまに、アマトやネイチェルの生徒達と普通に遊んでいた。
何処に行っても二人は皆を虜にした。

アムイとキイの年齢差はやはりかなり離されてしまった感じではあったが、アムイは一生懸命、キイに追いつこうと必死だった。そんなアムイを見て、キイはいつも「アムイはそのままでいいのに」と思っていた。


「とにかくラムウが父さん、っていうのは理想かもな!」
いつも二人は一緒の寝台で眠った。
とにかくあの日以来、二人はなるべく離れたくなかった。
「…うん。おれ達もラムウみたいに強くなろうよね」
もうそろそろ子供は寝る時間だった。二人はいつもそうやって、その時間が来るまで、布団の中で語り合った。
「アマトはどうなのよ?」
キイがいきなりアムイに聞いた。
「…え?父さん?…うーん…」
「何言葉に詰まってんだよ!」
笑いながら、キイはアムイを小突いた。
表ではアマトをライ、と呼ぶのは不思議ながらも二人とも承知していた。
でも今は家族だけだ。そういう時は皆アマトと呼ぶのだ。
「……だってさ、母さんの方が強いんだもん…」
キイは噴出した。
「確かに、アムイの母ちゃんの方が強いよなぁ!」
「父さんは勉強は教えてくれるけど…それだけじゃん」
こんな会話をアマト本人が聞いたらかなり落胆するに違いない。
年端もいかない男の子達には、とにかく今はヒーローが最高なのである。
そうして二人は最強の英雄になって、大陸全土を武勇伝で飾る事を夢に見るのだ。

ま、先ほど二人はアマトの事を好き勝手言っていたが、本当はなんやかんやと一番好きなのだ。
いつも優しくて穏やかで、アマトがいるだけでその場が和む。
ちょっと優男過ぎるのが玉に傷だが、その分潔いネイチェルが補っている。(と、子供達はそう見ていた)
ただキイはこの歳になっても、父親というのを実感できず、いなくてもいい存在としていた。それはやはり、自分の生まれた時の状況と、母親の形見である虹玉の語りの理解から総合して、彼は言葉に出さなくとも、父親のイメージが良くなかった。むしろ、悪かったのである。
それがもう少し経って真実を知る事になり、彼は益々自分の中から父という存在を消すようになるのだが…。
今はまだ、その悪い印象の“父”が、まさかアマトであるとは彼は知らない。


キイとは違って、アムイは人が良過ぎた。
何でも素直に受け止めて、何でもいいように解釈する。
まるで性格の一部が父親に似てしまったようだった。
自己犠牲的で、寛大だった。
アムイは自分と同じく、人に甘い所がある…。アマトはそう感じていた。
「なあ、ネイチェル…。私は少しアムイの事が心配だ。あの子は素直に受け止めすぎる。優しすぎる。
一見、長所のようでいて、その実、あまりにも無防備だ。
この物騒な世界を彼は強く生きていけるのだろうか?」
アマトは自分もそういうところがあって、愚かな事をしてしまった経験上、不安があった。

実はその事を心配していたのはアマトだけではなかった。
「お前、あんな事されて、何で許しちまうんだよ!人がいいのもいい加減にしろ!」
キイが何度もそう言って怒ったのは、数知れないほどだった。
かえってキイの方が世の中をシビアに観察していた。それが生意気と取られようが、彼は人が何を言っても関係ない、マイペースで行動する。そして理論的で客観的、まるで左脳が発達しているようだ。
その逆なのはアムイだった。彼も男の子であったが、どちらかというともの凄い素直で、正直で、優しかった。そしてどちらかというと感性で物事を進めていくタイプだった。まるで右脳が発達しているようだった。

全く正反対の二人であったが、根本的な所は同じものを持っているらしく、それが反発にならず、上手い具合に互いを補っていた。
それはどんどん大きくなるにつれ、はっきりしてくると共に、ちょっとした問題もあった。


互いに成長してくると、他人との関わる事が多くなり、それらが二人を益々固く結びつけるようになっていった。
つまり、お互い以上、しっくりとくる人間はいない、というのが身に染みてきたのだ。
何となく二人は互いが元は一つだったのではないか、という記憶があった。
だが、それは他者と関わる事により薄れていったので、もう最近ではぼんやりとしか思い出せなくなっていた。
それでも互いが互いを必要としているのは、幼いながらも感じ取っていたのだ。

なので、いきなりキイに言われて、ネイチェルは驚いたのだ。

「俺さぁ、大人になったらアムイと結婚する!」
ネイチェルは何を言い出すんだろう、と唖然とした。
いや、幼い頃にそう言う子は珍しくないだろうと思う。
でも、それは対異性に多い事であって、いくら大陸で男色が無言で認められていても、こういうのは稀なのではないだろうか…。
「ええっと、キイ様はどうしてそうお思いになられるのかしら…。何故、アムイと結婚するなんて…」
「好きだからに決まってるだろう?」
キイは赤くなりながらずばっと言った。
「だって、結婚、ていうのは好きあってる者がするって、ハルが言っていた。
永遠の愛を誓うのが結婚なんだろう?未来永劫、この人と共に生きるって」
最近ではそう考えて結婚する者はいないが、確かに彼の言っている事は、結婚の原則だ。
「え、ええまぁ…」
「じゃ、俺とアムイはそうだろ。俺たち、愛し合っているんだから!」

実は最近、二人はよく喧嘩になっていたらしい。
それはこの結婚宣言を夫に報告したネイチェルは、アマトからその二人の様子を聞いたのだ。

その喧嘩の原因は、というと、どっちが女になるか、という事だった。
「それ…どういう事?」
「いや、だからね、最近近所の子達と、海賊ごっこをするようになってさ…」
その時アマト達は海沿いの村に滞在していた。
アマトの話だと、こうだ。

村にも少ないが同じくらいの歳の女の子はいる。なので彼女らはアムイとキイ目当てで、よく他の男の子達と海賊ごっこをしたがった。何ゆえにというと、海賊にさらわれるお姫様をやりたいからだ。そして見目麗しい海賊と、姫を助ける王子役を、彼女らはキイとアムイにさせたがっていた。そして姫役をくじで決めようとするのだが…。
キイがきっぱりとこう言うのだ。
「俺はアムイが姫役じゃなきゃ、やらないよ!」
「やだよ!おれは男だもん。何で姫役なんだよ。どっちかというとキイの方が姫って感じだろ?」
と、アムイが反論し、小競り合いが始まるのだ。で、結局配役は決まらず、いつも流れてしまう…らしい。

つまり最近の二人の喧嘩の理由が、“どっちが女になるか”という事だった。

という事は、二人は一応異性に興味はあるようだ。そうでなかったら、どちらが女になるか、しかも互いに男を主張して喧嘩、なんてしないだろう。

なのでネイチェルはこう言ってみた。
「キイ様。男同士では正式には結婚できないのですよ」
じっと考えていたキイだったが、その次の日、息を切らして彼女の元へやってきた。
「あのな、ネイチェル。男でも愛があれば正式でなくても結婚できるって、友達の兄さんから聞いたぞ!
別に男でもいいや。アムイだから…」
「あら、キイ様はアムイに女の子になって欲しいのではなくて?」
「そうなんだけど…。本当は女の子の方が好きだよ。かわいいし、やわらかいし。
でもアムイは生まれた時から男だろう?アムイも自分は男だって譲らないし…。
なので、妥協する事にした!」
(う~ん、妥協って…)
それはそうかもしれないが、根本的な問題がもうひとつ残されている事を、ネイチェルは彼に告げようかどうか迷った。……それは二人が父を同じくする兄弟だ、という事だ。
兄弟では今の時代はどうしたって結婚はできない。
というか、もしかしたら二人はこの兄弟、という絆を、兄弟愛を、男女の愛と取り違えているのかもしれない、と思った。
「いい機会なのかな…。本当の事を二人に話すのは」
アマトは悩んだ。…ただ、キイの父親へのイメージの悪さは、本人がはっきり言わなくても何となくわかっていた。
だから少し、キイの反応が怖かった。だがいずれは真実を伝えればならない…。これはチャンスなのだろうか?
「そうねぇ…。兄弟だったら血の繋がりがあって、ずっとその絆は切れない、と説明した方が、結婚よりも納得するかも…」ネイチェルも一抹の不安はあれど、そう思った。

アムイもアムイで、無邪気に、結婚すればずっとキイといられると信じ込んでいた。
「キイの方が綺麗なんだから、キイがお嫁さんにならないかなぁ…」
「それは駄目っ!」
最近二人は事あるごとに、喧嘩しながらも楽しそうに話していた。

その調子でキイは、アムイがラムウと共にゲウラまで買い物に行って留守の時、ハルにも無邪気にその話をしていた。ハルは目をぱちくりさせた。最近お二人がこぞって結婚の事を聞きに来たのは、てっきり互いに好きな異性ができたからだと思っていたからだった。
ハルは笑った。
「ははは、キイ様。お二人は結婚は無理ですよ」
「何でハルまでそう言うの?」
「だって、お二人は男同士でしょう?」
「そんなのわかってるさ。正式じゃなくても、愛があればいいんだろ?俺たち愛し合ってるし」
ハルは困った。困ってどう説明したらいいかわからなくなって、つい本当の事を口にしてしまった。
「愛って…。キイ様、それはきっとご兄弟だからそう思うのですよ。それは結婚する男女の愛情とは違うものです」
「…兄弟…って、誰が…」
ハルははっとして口を手で隠した。
「どういうことなの?それ…。誰と誰が兄弟…なの?」
ちょうどその時、ネイチェルがその場面に出くわした。
気まずい雰囲気にいぶかしんだ彼女はそっと二人の近くに寄った。
「まさか、アムイと俺が兄弟なわけ?…だって生んでくれた人は違うじゃん…。…え、?」
ネイチェルはすぐに何があったかを察した。彼女は決心した。
「キイ様…。別に隠そうと思っていたのではないのですが…。あなたのお父さんは…アマトなのよ」
キイの目が驚きで見開いた。
「嘘だろ…?」
「キイ様…。その、色々と事情があって…お話できなかったのですが…」
キイは苦渋の顔して俯いた。
「兄弟…だと、結婚は無理なの…」
しばらくしてポツリと彼は言った。
「ええ、男女であっても、血が繋がっていたら…結婚できません」
その言葉にキイは相当なショックを受けたらしかった。
その続きをハルは一生懸命補充した。
「ですがキイ様、結婚しても別れることだってあるのですよ。…でも、ご兄弟でしたら、これこそ未来永劫、切っても切れない絆で結ばれているわけで…」
まぁ、アマトの兄弟たちを見れば、血の繋がりが全てでないのが証明されてるわけだが、とにかく普通の感覚ならば、他人よりも血縁の方が一生絆は切れることはない。
だが、キイは益々うなだれていった。
「…俺たちは…結婚できないんだね…。父親が一緒だから…。
このこと、アムイには言わないで。お願いだから、言わないで…」
キイはそう言うと、ポロポロと涙をこぼした。
「キイ様…?」
ネイチェルはキイの様子に不安を覚えた。まだ本当の事を言うのは早かったのではないか?ちらりとその思いが走った。彼の中で、色々な感情が渦巻いているのがわかった。
「どんなに愛していても、結ばれたくても…できない事ってあるんだ…」
突然キイは大人びた言い方をした。
それは彼が初めて味わった闇の入り口でもあった。その事が実感し、納得するようになるのは、互いが思春期を迎える頃ではあったが、まだ幼い二人は、そこまでいってはいない。だが、心でキイは感じ取っていた。
初めて煩わしい、と思った、肉体の枷。それを昇華するにはかなりの時間が必要だという事に。


そして彼が父親という存在に、かなり怒りを感じていたことが、アマトに直接伝わることになる。

アマトは自分のした大罪を再び突きつけられる事になるのだった。


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