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2010年4月27日 (火)

暁の明星 宵の流星 #78

ラムウと共に帰って来たアムイは、キイの様子が変な事に気が付いた。
顔色は青白く、目も泣き腫らしたかのように真っ赤だった。
「…キイ?どうかしたの?」
こんなキイを見たのは初めてだった。
「…何でもねぇよ…。ちょっと具合が悪いだけだ…」
そう言うと、彼はふらふらと自室に入っていってしまった。
「どうされたのか…?ご病気なのか?」
後ろでラムウが呟いた。
「…何か、変。…キイ、おれの顔も見なかったよ…」
どうしてだか、アムイは今、彼の傍に行ってはいけない気がしていた。
彼から“今は寄るな”オーラが出てたのかもしれない。
アムイは不安ながら、キイをそっとしておく事にした。こういう互いの気を読む事に、二人は優れているのだ。


ネイチェルの話で、アマトは恐れていた事が起きたのを知った。
キイの様子、言葉、全てがまだ早かったかもしれない、と思わせた。
だが、このままにはしておけない。
彼に何と思われようとも、紛れもなく自分の息子だ。愛する子供だ。
アマトは意を決して、キイの部屋に向かおうとした。が、それよりも早く、キイの方からアマトの部屋にやって来た。
「キイ…」
扉を開けたアマトを見ずに、キイはずんずんと部屋の中に入った。
「キイ様…。あの、私この場を離れましょうか?」
ネイチェルが気遣って、そう彼に言った。が、キイはゆっくりと頭を振った。
そして振り返ると、アマトの方に目を向けた。
怒りと、悲しみの眼差しだった。
アマトは胸を掴まれ、苦しくなった。
「アマトが…俺の父親なのは…本当なのか」
彼の射るような目に、精一杯答えようと、アマトも真剣にキイの目を見た。
「…そうだよ。私は君の父親だ」
その答えに、彼は苦悶の表情を浮かべ、目に涙を滲ませた。

「…なんで…なんでお前が俺の父親なんだよ…!!」
いきなりキイは声を荒げた。目から涙が溢れている。
「キイ…」
「…俺は…俺は…。苦しい思いしてここに生まれたんだよ。
その怖さと、苦しみ、痛さだけは…。どうしても…。大きくなった今でも忘れられないんだよ!!」
「キイ!」
アマトはショックだった。彼は自分が生まれた時を記憶していた。
「ずっと、ずっと…。どうして俺はここまで忌み嫌われなくちゃいけないんだって…。母親の中で思っていたよ。
こんな苦しい思いまでして、どうしてこの世界に生まれなくちゃいけないんだって…」
キイは涙を手の甲で拭った。
「この世界に放り出されてもさ、あの時を思い出すたび、俺の中で大きな力が暴れて…。どうしたらいいかわからなくて…。怖くて、痛くて。ああ、この世に生まれても同じなんだって、ずっと思ってたよ。
…それを救ってくれたのはアムイだ。あいつが俺を引っ張りあげてくれなかったら…、ずっとあのままだ」
アマトは彼の憤りを、黙って受けていた。
「それから俺は、母親の残してくれた虹の玉の声がやっと聞けるようになった。……俺の事を…本当はとても愛しているって…。怖くて、痛い思いさせてごめんって…。でも母さんの思いは…いつもどこか悲しい波動なんだ…」
アマトもネイチェルも、あの一番辛かった日々を思い出していた。
あの時は本当に…。
「………俺、まだ子供だからまだ大人の全てはわかんないけど…。でも、子供を馬鹿にしないでよ。
俺だってなんとなくわかるよ。だって…。
あんなに…あんなに、母さんが苦しんでいたのは…俺の父親のせいだって事くらい」
アマトの息が凍った。あの自分が犯した愚かしい罪悪が、再び生々しく甦ったのだ。
「母さんは怖い思いも、苦しい思いも、痛い思いも、俺と同じに受けていたんだ。
だからあんなに俺を嫌ってたんだ。それが父親という存在のせいだって……俺だってわかってたよ!」
キイはずっと虹玉が、父親を語る時の、切ない波動を思い出した。
虹玉は、いや、母親は、キイに真実を告げる事はしなかった。というよりも、いつかは大きくなったら他人から聞かされるだろうと思って、あえて伝えなかった。…いや、伝えられなかったのだ。
ただ愛する息子にだけは、素直に自分の気持ちを語ろう、と彼女は思っていた。
…それは…アマトにも、ネイチェルにも…誰にも知らされていない、彼女の本当の心…。

(お父さんを、恨まないでね)
(お父さんを、許してあげてね)
(お父さんを…貴方のお父さんを…どうか悲しませないであげてね…)
母は多くを語らない。ただ、切ないまでの父という存在の男に向けたその想い。
彼女が女として報われなかった思いの丈が虹の玉には詰まっていた。
子供ながらに、父が母を苦しめた末に自分が生まれたと知った。
母は父に愛されていなかった。自分は愛され愛し合ってできた子供じゃなかった。
はっきりとは母は語らない。だが、勘の鋭いキイにはわかってしまった。
……それが、キイをずっと苦しめていた。
自分自身を否定する原因だった。父を根底から否定する理由だった。
自分には母の存在だけでいい…。だが…。

「だけど何故、それがアマト!?なんでアムイの父さんが、俺の父親なんだ!?
なんでお前が…母さんを苦しめた男なんだよ!!」
「キイ…」
二人は何も言葉をかけれなかった。
特にアマトはキイを見れなかった。
こういう事を、自分はあの夜、覚悟して生きようと思っていたはずではなかったか。
だが、やはり辛い。身を切られるように辛い。
自分が犯した罪悪は、やはり消す事はできないのだ。それはわかっている。
だがアマトはそれ以上に、愛する我が子に負わせた傷の深さに、かなりのダメージを受けていた。
どう償えばいいのか、どう接してあげたらいいのか、…どう言葉をかけたらいいのか…。

「……。俺は一生お前を父親だと思いたくない。ないことにしたいくらいだ。
…でも…でもアマトはアムイの父さんだ。アムイはお前を大好きなんだ。
この事をアムイが知ったら、絶対に悲しむ。
だから俺は目を瞑る。何も知らなかった事にする。こんな事、アムイに知られたくない」
キイは泣きながら話を続ける。
「…だから絶対にこの事はアムイには言わないで!俺たちが兄弟だって事、知らせないで!
苦しいのは俺だけでいいんだから……!」

そう叫んで、キイは勢いよくアマト達の部屋から出て行った。
二人は呆然としてその場を動けなかった。

キイが、あそこまで傷ついていたなんて…。

「…覚悟していたとはいえ、……やはり辛いな…」
ポツリとアマトは呟いた。
ネイチェルは涙で頬を濡らしていた。
「でも…。あの夜自分で決めたんだ。天の許しがあるまでは、私はこの地に留まって、罪を償うと。
…子供達を守ると…」
アマトは俯きながら、涙を浮かべ、微かに微笑んだ。
「…父親として、否定されてもいい…。あの子を愛するのには理由など要らないだろう?
それで許されるとは思っていないが…。
……だが私の愚かな判断のせいで、人を苦しめたのは明白な事だ。
ずっと今まで、自分は何ができるだろう、と考えてきた。
…でも、本当に私は無力なんだなぁ…。こんな男が神王になれるわけがない。
これだけはこうなってよかったのかもしれないな…」
ネイチェルはたまらなくなって、そっと愛する夫の背中を抱きしめた。
「…私がいるわ…。貴方は無力なんかじゃない…。
私はいつだって貴方の傍にいるのよ…。
貴方がどれだけ子供達を愛しているか、周りを大切にしているか…そしていつだって大きな目で、世の中を見ているのか、私は知っている」
「ネイチェル…」
「貴方は誰にも明言していないけど、常に心の中に、国と大陸の事を考えているでしょう?
本当は自分の国民を思っているでしょう?今は子供達の事で精一杯だけど、将来は国のために何かしたいと思っているでしょう?」
「…はは。何で君はそんなに私の事がわかるんだい?」
アマトは苦笑しながら彼女を見た。
「わかるわよ、夫婦じゃない。…ずっと貴方を見ているのよ。
そう思っている貴方に、王の資格がないとは思わないわ。…やっぱり…貴方はセドの王子なのね…」

その後、キイは気持ちを落ち着かせるまで、台所でミルクを飲んだ。
そして気持ちを切り替えると、アムイの待つ部屋へ帰って行った。
「あのさぁ、結婚の事は、大人になってから考えよう?」
キイは部屋に入るなり、布団の中にいたアムイに言った。
「どうしたの?キイ」
アムイはキイの様子がおかしいのを気にして聞いた。
「…今は子供だからさ。…大人になって…何でも理解できるようになってから…」
「誰かにそう言われたの?」
「う、うん…まぁ、そっかな。まだ早いってさ…」
アムイはキイをじっと見た。だけどこれ以上、何も聞けなかった。
ちょっと笑ったキイの目が、悲しげに潤んでいたからだった。
「キイ、ゲウラでお土産買ってきたんだよ!見る?」
アムイはさっと話題を変えた。
「うん!で、何買って来たんだ…?」
キイはアムイの優しさに感謝した。

俺のアムイ。
お前は俺のような苦しみは知らなくていいんだ。
苦しんで生まれたのがお前でなくてよかった。

アムイが親から待ち望まれ、愛し愛されて生まれた子供だという事は、キイにもわかっていた。
アムイを見れば一目瞭然だ。

キイはアムイに羨望の眼差しを向けると同時に、何故、天は自分達を一緒に地に降ろしてくれなかったのだ、とちょっとだけ愚痴った。最初から双子として生まれてくれば、もしかしたらこんな切ない思いをしなかったかもしれないのに……。

天に愛され、地に望まれし、俺のアムイ。
きっとこの先も、俺たちにどんな事があろうとも、ずっとこの気持ちは変わらない。

キイは、楽しそうにお土産を開くアムイの笑顔に癒されていた。
ずっと、この笑顔を守っていこう…。そのために俺は何でもする!
キイはそう固く誓った。


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今宵のセドの空には月も出ず、星もどんよりした雲に覆い隠され、辺りは闇が漂っていた。

「本当なのねぇ…。貴方、女とはできないのね」
長い黒髪を露にした肩から払うと、艶っぽくも皮肉めいた女の声が、部屋に響いた。
ここは王宮より、少し離れた臨時の王家ご用達の別宅だった。
王族が城の周辺を取り囲む森で、狩を楽しむ時にたまに使う屋敷だ。

彼女のいる寝台の隣に若い男が立っていた。
彼は上半身に何も身につけず、腕を組み、ただぼうっと闇を見ていた。
「…貴方、ずっとラムウに身を捧げてるつもりなの」
女は彼に振り向いた。…それはこの国の正妃、現神王の生母ミカ・アーニァであった。
「…それが…貴女と何の関係があるというのです…?」
答えた男は一級兵士のセインだった。
「あら、冷たいのね。…王族の誘いを誰も断れないのはわかっているでしょ?
いくら貴方が男にしか興味なくても、よ」
ミカはそう言って、嘲笑った。
「…貴女が僕を呼んだ理由なんてわかっていますよ…。もちろん」
ミカは目を細めた。
「貴方…。顔はアマト様に似てるけど、やっぱり違うわね。全然違う」
その言い方には棘があった。
「それは本当に残念です、妃」
セインは唇を噛んだ。それを面と向かって言われたくなかった。
「ラムウもきっと、そう思っているのに違いないわよ」
ミカの容赦ない言葉は続く。
「…本物に触れたら…誰もが思うわ…。あの方は素晴らしかった…。滑らかな肌も、柔らかい黒い髪も。
……まがい物の貴方と比べたら雲泥の差」
セインの吸う息が震えているのを、彼女は気づいた。
「あーあ。よく似ているという評判だったから、一度は寝てみようと思ったけど、ちょっとがっかり。
これじゃあラムウも貴方に愛想尽かすわけよね」
「ミカ様。いくら貴女でも、言っていい事と…」
怒りの混じった声を、ミカは遮った。
「だって本当でしょ?もう何年もラムウとは会ってないそうじゃないの」
セインは言葉に詰まった。なんでそれを妃は知っているのだ…?
「私の城内での情報網を甘く見ちゃだめよ」
ミカはセインの表情を見て言った。

「……可哀想に…。ずっと一途な貴方をあの男は…」
わざと哀れむような声で、ミカは呟いた。
彼女は無性にアマトに会いたくなるときがある。その時に自分も彼の元へ行こうかと、何度か思った。
だが、彼女には幼い神王が成人になるまで支えるという責務があった。
虚しくなった彼女は、セインの事を思い出し、こうして彼を誘ったのである。
ラムウと同じに、アマトの面影を求めて…。
 
「貴女に哀れんで欲しくない」
セインはあの、キイ奪還の日以来、ラムウとは会っていなかった。
自分を呼び出し、激しくされる事も、ここ数年ぱったりとなくなった。
セインはずっと、気にしていた。
「…哀れんじゃうわよ」ミカは笑った。
「だって…。ラムウって、男性専門じゃなかったみたいだし」
「どういう意味です?」
「ふぅん、やっぱり知らなかったの」
ミカは意地悪く唇を歪めた。
「ラムウに子供がいるの、知らなかった?」
セインは凍りついた。「嘘…」
「嘘じゃないわよ。…てっきり貴方も知ってるかと思ってた。意外とセドでは噂になってなかったみたいね」

それからセインはどうしたか憶えていない。
ただどうしようもない衝動に駆られ、ラムウに無性に会いたくなったのは確かだった。
気が付くと、里の親が具合が悪いからと言って、無理やり長期の休暇を取り、馬を走らせていた。
ミカの話が本当ならば、ラムウは他に愛する対象を作ったという事だ。
だから自分と終わらせたかった…?
あの最後に頼みごとをしてきた、彼のよそよそしい態度を思い出した。
事実をこの目で確かめたかった。
彼はそれから、ラムウを求めて何日も捜し続けた。

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「…いやあ…、子供からは噂に聞いておりましたが…」
「はぁ」
アマトは困っていた。
この土地に来て、これで4人目だ。

アマト達は東と北の国境近くに移り住んだ。そこはなだらかな高原の続く、美しい町だった。
高原の丘の上に居を構えてもう2ヶ月。
アマトはいつものごとく町の子達数名に、塾のように自宅で勉強を教えていた。
彼の教え方の上手さと優しい態度に、子供達は夢中になり、それが町の方で話題になっていた。
「先生の教え方で、子供の成績が上がりましたよ。教え上手で、優しくて…」
アマトは自宅の応接室で、教え子の父親の応対をしていた。
ここ数日、子供達が自分をどう評しているかはわからない…だが…。
多分褒めてくれてると思う。思うが…。
生徒の父親は、さっきから熱い視線でアマトを舐めるように見ている。
そして、テーブルの上に置いた、アマトの手に自分の手を重ねた。
「…そしてとても美しい…」
「……」
アマトは頭が痛くなった。この町は女性が少ないのは知っていた。(調査済み)
結婚し、家庭を持っているのは、かなり裕福なとこが多いのも知っている。(これも調査済み)
……だけど…。男色が当たり前のような町だとは…知らなかった。

「あの…私には妻も子もいるのですが…」
アマトは何故に男にこんな台詞を言わなきゃならない、と苦笑した。
「そんなの、私もですよ」
さらりと父兄はそう言って、指を絡めてきた。
「いや…先生のお声もとても素敵だ。もっと私と話しませんか?できたらこれから私の家に…」

バタン!

いきなり応接室の扉が開いた。
「申し訳ないが、その様な事は一切お断りする」
ラムウが恐ろしい形相で、部屋に入ってきた。
いきなりやってきた大男、しかも怖い顔した美形に、生徒の父親はびびった。
「ラムウ…」
アマトはほっとした。
「だ、誰なんですか?この男は…」
「ああ、私の従兄妹です…。無所属の用心棒をしていまして」
「用心棒?」
男は震え上がった。
「ライは忙しい身なのです。そういう個人的なお誘いは、受けられない」
ラムウの冷たい声は、男を萎えさせるのに充分だった。
「そ、そうでしたか…。これは失礼した。
おお、用事があったのを忘れていた。…では先生、これで。
子供の事、よろしくお願いしますよ…」
そう慌てて生徒の親は転がるようにして、部屋を出て行った。


「まったく…。これで何人目ですか…」
アマトとラムウは家から出て、近くの見渡しのいい丘まで歩いて来た。
丘の後ろには小さな森があり、そこは隣の村に続いている。
吐き捨てるように言うラムウにアマトは困った笑みを見せた。
「助かったよ、ラムウ」
「本当ですよ!私がこうして遠征から戻ってなかったらどうしていたんです?
ネイチェルは?ハルは?まったく皆何処に行ってしまったんだ」
憤慨しているラムウに、アマトはポンポン、と肩を優しく叩いた。
それは昔から、ラムウにするアマトの癖だった。
「ネイチェルは町の診療所なんだ。ハルは子供達と一緒に演劇鑑賞…。他の者は色々雑用があって…」
「それでもアマ…ライを一人にしておくなんぞ…」
こういう不埒な輩が何人もいる事に、ラムウは苛ついた。あの美しいアマト様の指に無断で触るなぞ…。
「いや、いつもは誰かしらいるんだけど、今日はたまたま…。
だからお前が帰ってきてくれて、嬉しいよ」
アマトはラムウの一番好きな、満面の笑顔を見せた。この笑顔だけは小さな頃から変わっていない。
「まぁ、私も男だからな、一応。子供の頃からお前に剣を教わってきたんだ。何かあっても大丈夫だよ」
と言いつつ、教え子の父兄とトラブルになるのは避けたいだろう…。ラムウはアマトの性格を知っていた。
だからこそ、私がこの方をお守りしなければならないのだ。

ネイチェルに対しては、ラムウは一切二人が夫婦だという事を思わないよう目を瞑っていた。
彼女は自分がいない時の、アマトを守ってくれる存在として、ずっと考えるようにしていた。
だから今日彼女がアマトの傍にいないのに、苛つきを覚えた。

「こんな町早く出ましょう。ハルには伝えておりましたが、お聞きになられましたか?」
「うん。西の永住権が取れそうなんだろ?」
「ええ、あとは簡単な事で全てが上手くいきますよ」
「そうか…」
アマトはほっとした。やっと…少しは落ち着いた生活が送れる…。
「ねぇ、ラムウ…」
アマトは丘の下に広がる町の景色を見やった。
「はい…」
ラムウは風になびく、アマトの姿に見惚れた。自分がずっとお守りしていた太陽の王子。
年齢を重ねても、その美しさは衰えることなく、益々光り輝く。
「西に行ったら、私は本格的に気術を学ぼうと思っているんだ。…キイがあのような力を持っている限り、彼を狙う者は将来も必ず出てこよう。誰かが彼を守り、そしてその力を野望や欲望のためでなく、…国の、いや大陸全ての人々のために、素晴らしい事にあの力を使わなければならないと思う。…どのくらい時間がかかるかしれないが、自分ができる事をしていきたいんだ…」
(アマト様…)
ラムウの心は締め付けられた。そこに立っているのは、紛れもない王家の人間だった。
私の神王…。どんなに貴方が大罪を犯したとしても、貴方は私にとっては未来永劫祖国の王だ。
彼は切なかった。あのような事がなければ、アマト様こそあの玉座にふさわしいものを…。 
そして自分はその神王の傍らで、ずっとお守りしていたはずだ。神王と…正規の奥方やお子達と共に。


セインは目を疑った。
彼は何とかラムウが今まで雇われていた豪族を探し出し、彼がこの国境近くの町に滞在しているのを突き止めたのだ。
そして今、その町に行こうとして彼は森を抜けた。
その先に広がる丘に、二つの人影が眼に入った。
「ラムウ様…」
間違いない、一人は自分の愛する男。あの佇まいを忘れるわけがない。だが…。
だがもう一人の男の顔を見たとき、彼の全身から血の気が引いた。
(アマト…様…?)
セインは呆然とその男を凝視した。
見間違えるわけがない…。自分と似た、でも違うあの顔。
いくら世界に似た顔が3人いるといっても、こんなに似ている人間がいるわけがない。
特にその確信の一番はラムウの表情だった。
その男を見つめる彼の目。…自分には絶対に向けたことのない、あの愛しむような瞳。
セインの全身に震えが昇ってきた。
と、しばらく動けないでいると、丘の方から小さな子供二人連れた初老の男が、息を切らしてやってきた。

「ラムウ!お主帰って来てたのか!」
「お帰り」
ラムウとアマトは微笑んで、彼らを迎えた。

セインは再び目を疑った。一緒に丘から上ってきた子供の一人…。
あれは紛れもなく、セドの…アマト王子の子、キイ・ルセイ…。
あと、もう一人の子は…?
セインはその子の顔を見てぎょっとした。その子があまりにもアマトに似ていたからだ。

「ラムウ!帰ってたの!?」
その黒髪の子は嬉しそうにラムウに飛びついた。
「こら、アムイ。ここはおうちではありませんぞ。…そうしたら私はなんでしたっけな?」
あの無表情なラムウが珍しくその子を見て笑みを浮かべていた。
「そうだった…。ただいま!お父さん!」

セインの中で、何かが壊れた。
どう見ても、あの子供はアマト王子の子…。
その子を…その子をラムウ様は父と呼ばせているのか…。

ラムウは軽々とその子供を肩に乗せ、優しげな表情でアマトと顔を見合わせ、その場を皆で去って行った。

セインはずっとしばらく、その場から動けなかった。
彼の心の中に黒い嵐が渦巻いていた。

気が付くと、彼はセドに帰っていた。


「珍しいわね、貴方がこうして私に会いに来てくれるなんて」
彼はその夜、ミカ正妃を宮殿の外に呼び出した。
「やっと女と寝る気にでもなったの?…あら、どうしたのよ、そんな冷たい顔して」
セインはじっと彼女を見ていたが、おもむろにこう言った。
「…僕はまがい物なんでしょう?妃。
本物には敵わない…まがい物なんて本当は相手にしたくないんでしょう」
セインの様子がおかしい事に、彼女は気づいた。
「どうしたの、セイン…」
セインは口の端に笑みを浮かべた。でも、目は暗く、闇の色を漂わせていた。
「貴女にいい事を教えてあげます…」
「え?」


「貴女の愛する本物は…生きていたんですよ。
よかったですね、これで貴女は偽者で我慢しなくて済むじゃないですか」


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