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2010年5月 1日 (土)

暁の明星 宵の流星 #81

近くで子供の泣き声がする。
ミカ正妃はその声を無視して、夕闇の中、ひとり庭に出た。
王宮の庭には、四季彩りの花が絶え間なく植えられ、王家の者を楽しませている。
だが、今の彼女には、その美しさは目に入らない。

彼女はひたすら彼を待っていた。
彼の大事にしているものを、彼女は奪ってやった。
だからこそ、彼が自分を頼って、ここに来ることを、彼女は望んだ。

(アマト様…。貴方の大切なものは私の手の中。……今度こそ…私は貴方と離れないわ…)


ネイチェルが死んで、そろそろひと月にはなろうとしていた。
あの後、ネイチェルを見晴らしの良いあの丘に葬り、急いで皆セドに向かったのだ。
だが、厳重な警備の目が、彼らを阻んだ。幾度か潜入を試みたが、ことごとく失敗した。
運のいい事に、アマト達は捕まりはしなかったが、そんな事で時間ばかりが過ぎていった。
そして今はセド王国と隣州の境で、彼らは身を潜めて次の機会を伺っていた。

もちろんその間、彼らは散々話し合い、策を練った。だが話はまとまらない。
実は何度か王家には内密で、ある人間から打診が来ていた。

ミカからだ。

彼女は隠密の使者をアマト達に送って来た。
秘密の文書を持って。
その内容は、「アマトの身の安全は自分が保障するから、王家に戻って来て欲しい」との事だった。
アマトはここはもう、ミカの言うとおりに、自分がセドに戻った方がいいのでは、と主張した。
しかしその都度、一度罠にはめられ殺されかけた事もあって、ラムウ達はこぞって反対していた。
「これは罠かもしれません、アマト様」
「しかし、だからといって何か策があるのか?……殺されるかもしれない、だが、子供達をこのままにはできない。ここは私が堂々と帰り、主張した方が…」
ある時には、思い切ってオーンに真実を告白し、自分は死罪を甘んじて受ける代わりに、子供達だけでも助けてもらうよう、懇願する事も考えた。しかし、その事ももちろん反対された。特にラムウに。
なのでアマトは、精神的に追い詰められ、かなり参っていた。
毎夜彼はセドにいる子供達を思い、何回か衝動的にひとりで王家に行こうとした。
その度、ラムウやハルに引き戻された。

このようにして気が付くと、ひと月も経ってしまっていた。

しかし、それも終止符を打たれる時がやって来る。

あの、“運命の日”がやって来るからである。

その、“運命の日”の少し前。

大聖堂は彼らが持ってきた真実に震撼した。

「ま、まことなのか…?その話は…」
最高天司長(さいこうてんしちょう)は蒼白となった。
「…本当です。神に誓って、この話が真実だと証言します」
セインは経典に手を置いて、片手を挙げた。
ここは、神国オーン、天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)の教義の間だ。
広いホールに、円形の大きなテーブルが中央にあり、顔を見合わせるように、神官達が座っていた。
そのテーブルには中央に空洞があり、セインはそこに座らされていた。
「セドは……セドはそのために、オーンの大事な姫巫女を略奪し…無理やり…子供を…」
神官達は震え慄いた。
「そんな…そんな神をも冒涜する…何て恐ろしい事を…」
彼らの後方でサーディオ聖剛天司(せいごうてんし)が、腕を組み、じっとその話を聞いていた。
その口元は怒りに震えている。
「…その証拠です、最高天司長。…セド側が奉納を渋っていた…王位継承者を記した、名簿の石盤…。
王家の家系図です…。この、最後の名前を確認いただきたい」
クラレンス銀翼天司(ぎんよくてんし)はそう言いながら、あの王家の女から手渡された石盤を出した。
一同ざわめいた。そこには確かに、アマト第五王子=ラスターベルとなっており、二人の間から下った線の先には、キイ・ルセイ第一王子、と記されていた。
「セドはこの子供が大きくなったら、国の象徴でもして、世間に知らしめようとするつもりだったんでしょう。
…神の力を持って生まれた…王子、として」
クラレンスは、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「…その子が本当に…」
突然、後ろで沈黙していたサーディオが言った。
「聖剛天司?」
「……神の力を持って生まれたのは…本当なのか?何を持ってそう断言する」
クラレンスは目を細めた。
「…貴方の大事な姉君が生んだ、その王子は…。
生まれながらにして、“気”を持っています…。そのために専門の気術者達が、彼を診ていた」
「生まれながらにして、“気”を…?何の…」
サーディオは眉間に皺を寄せた。
「“光輪(こうりん)の気”です」

その瞬間、恐れのようなどよめきが部屋中響いた。
「何だと!?“光輪”?あの、経典か文献に登場する、あの“光輪の気”!?」
サーディオの顔は真っ赤になった。もう我慢が出来なかった。
「何ていうことだ!!」
彼は怒りに震えながら叫んだ。皆も恐怖で震えている。

「“光輪の気”はまだこの地に降りたことのない、第十最高位・王の気である金環(きんかん)の上をいく“気”。
あの絶対神が守護獣ビャクオウと共に大陸を創ったときに駆使したという……。
最上高位の“神の気”…光輪。…すなわち、光輪とは神気そのもの。
…その子供は神気を持って、この地に降りたというのか!!」

サーディオの怒りは収まらない。
「兵を出す」
彼のきっぱりとした言葉に、皆固唾を呑んだ。
「……サ、サーディオ聖剛天司…」
おろおろして最高天司長は彼を制しようと立ち上がった。
だが、彼を誰も止められる者はいない。
「私の思ったとおりだ、最高天司長!これは由々しき問題ですぞ!
奴らはただの盗人だ!何が神の血を引く王族だ!
……神の大切な申し子を、無理やり穢し、しかも天の宝を強奪した、最低な奴らだ!!」
「サ、サーディオ…兵を出すとは…、セド王国に…」
「当たり前でしょう」
サーディオは目に涙を浮かべ、はっきりと言った。
「天から奪った宝は、天に返す。これが我々の使命だ」
「天に返す…」
皆は言葉を失った。
「その子が誰であれ、愚かな人間がこの地に無理やり引き寄せた天の子。
その子を天にお返しするのが、筋という物だ」
「そ、それは…その子を…」
殺す…。その言葉を最高天司長は呑み込んだ。
「聖戦士達を全て集めよ!準備出来次第、セドに向かう!いいな!」
そう叫ぶと、サーディオ聖剛天使は部屋を勢いよく出て行った。

大聖堂での騒ぎが、すぐにオーンの港町にも伝わった。

実はちょうどその頃、ハルはネイチェルの遺品を持って、オーンに着いたばかりだった。

ネイチェルが死んでまもなく、彼女の遺品を整理した彼らは、あのオーンの神託を見つけた。
アマトはつい、彼女への神のメッセージを読んでしまい、涙に暮れた。
そして彼はハルに頼んだのだ。
「彼女は自ら罪人となったが、元は聖職者…。禁忌を犯したが、愛の溢れる素晴らしい女性だった。
どうかこの神託を、彼女の遺品と共に、いつかはオーンに返したい…。
死する者には寛大なオーンだ。…彼女が親しくしていた、神殿のアリスという女性なら、わかってくれるかもしれない…」
そうしてハルは何とか時間を作って、何年かぶりにオーンにやってきた所だったのだが…。
港町は、大聖堂が百年ぶりに兵を出す事で大騒ぎだった。
しかも…しかもあの神王がいるセド王国に向けてとなれば、騒ぎが益々大きくなるのは当たり前だ。
ハルはその話を聞いて、青くなった。
(キイ様!)
彼は慌てて大聖堂へ行き、アリスという女性を訪問した。
彼女はネイチェルの死に驚き、そしてハルに今大騒ぎになっている出兵の詳しい話を聞かせた。
「やはり…。大聖堂は怒り、キイ様を…」
「ええ。どうか早く、この事を皆さんに!いくらその様な御子とはいえ、ラスターベル様の忘れ形見。サーディオ様の実の甥子様。…どうか、どうか、最悪な事にならぬよう…」
と、アリスはむせび泣いた。
ハルはそのまま、アマト達の元に舞い戻った。

げに恐ろしきは神の怒りではなく
真実(まこと)に恐ろしいのは、この世の人に巣食う闇


人に…巣食う闇…。人の心にある闇…。

亡き愛する者に託された天の言葉を、アマトは心に刻み込んだ。
彼はやはり決心したのだ。
このままではいつまでたっても事態は動かないと。
今まで隠してきた、王子の時に使っていた剣を、彼は荷物の奥から取り出した。
その鞘には、王家の紋章が刻まれた、小さな装飾品が付いている。
己が大罪人となり、国外追放となってから、己自身で封じた物だ。

これからどうなるか、アマトにも全くわからない。だが…。
自分は犬死にだけはしない。必ず子供達を救う…。この身に変えても。

ミカの文書は、アマトだけがセドに来ることを望んでいた。
《親愛なるアマト様。奥方の死を、王家から聞き、また貴方が生きていられる事を知り、驚きました。子供達は無理言って、大事に私が保護しています。貴方は私の幼馴染。王家の人間。…今も貴方様の身の安全を、王家に懇願しております。貴方がセドに帰り、子供達とお暮らしになりたいのであれば、私は全力で協力しますでしょう。
王家は貴方おひとりだけ、セドに戻れば命は取らないと、約束しました。どうか、この密書がお手元に届きましたら……》

アマトは剣を握り締め、そっと部屋を抜け出した。
廊下の窓には、満天の星空が煌いている。
まるで切り出した絵画のようだ。
今、他の者はちょうど出払っているようで、しんとした廊下には自分以外の気配もない。
外にでるのは…今が最適だろう。彼は出口に向かった。

その少し前、ラムウは誰かに呼び出された。
潜伏先はなるべく変えている。足が付く事を恐れたからだ。
この隠れ家だって、昨日移動してきたばかりだ。…なのに、一体誰が…。
やはりここはセドに近い。どこで隠密の目があるかも知れないのか。
ラムウは気を引き締めながら、呼び出された場所に向かった。

《ラムウ=メイ殿。大事な話があります。この先の赤い花をつけた木で待っています…》

そのメモが、自分の部屋の窓に貼り付けられていた…。
誰かが自分達を監視している可能性が大有りだ。
ラムウはそれも確認するため、約束の赤い花の付いた木に向かった。
そこはセドに向かう細い道の脇にある林の奥にあった。
人目にはつかない、寂れた場所だ。

ラムウがその場所に来た時、その木の陰から、一人の男が現れた。
「…セイン…」
それは大聖堂から戻ったセインだった。
「お久しぶりです、ラムウ様」
彼の表情は読めない。ただでさえ、この場所は薄暗い。
ラムウの持っている小さな灯りだけで、彼がぼんやりと浮かんで見える。
「…私がいる所がよくわかったな…」
「……ここはセドに近いですからね…。この辺りは詳しいんです。でもずっとお捜ししていましたよ」
セインがラムウの近くに寄った。彼の目は、暗闇のようだった。
ラムウは彼のその目を見て気が付いた。
「まさか…お前…」
「ええ、貴方がたを最初に見つけたのは、僕ですよ」
「貴様…」
ラムウは思わず、セインの胸倉を掴み、自分に引き寄せた。
「おや、怒るんでか?僕はまた感謝してくれると思ったのに」
近くでセインの嘲笑う顔がはっきりとわかった。
「どういうことだ…」
セインは彼に顔を近づけ、囁いた。
「貴方は心の奥底で、本当はほっとしたはずだ」
ラムウは目を細めた。彼の言っている事がよくわからない。
「…高潔で…敬虔な…信徒である貴方が、耐えられるわけが無かった」
セインは朗読するように話を始める。
「……貴方は神と、王子との間で…人としての道徳観と罪悪の狭間で苦しんできた。
僕はようやくわかったんですよ。貴方の狂気が」
「セイン…」
「可哀想なラムウ様。……愛する王子が大罪を犯さなければ、崇高な武将として、神の申し子として、この世を飾ったのに…。あの、人のよい、浅はかな王子に仕えたばかりに」
ラムウはかっとした。
「お前にアマト様の事を言われたくない!」
「……貴方のその王子への気持ち、本当に純粋な主従関係だけですか?
本当はこの僕のように、彼を痛めつけ、陵辱したいのではないのですか…?」
ラムウは本当に彼の言っている意味がわからなかった。
…だって…アマト様はそのような事をしていい方ではない。
自分は彼を傷つけるのが一番我慢ならないのに。
自分は傍にいてお守りするだけで、それだけで満足なのに…。
何故、この者は変な事を言うのだ…。
不思議そうに自分を見るラムウに、セインは唇を歪めた。
「…貴方は…気が付いていない。貴方の心の奥に巣食う闇を。
どす黒い、その闇を…」
「……」
「貴方は僕を痛めつけて気が落ち着いたはずだ。
あの聖職者だった女が死んで、気持ちが晴れたはずだ。
そして罪の子供…。王子にとって穢れた汚点でもある証が、彼から去って、ほっとしているはずだ…」
セインの頬が涙で濡れていた。
「本当は貴方は王子を自分だけの物にしたいんだ。
貴方の潜在意識の中で、その事は歴然と、ずっと横たわっていたはずだ」
ラムウの手が震えてきた。…彼が毎回どうする事も出来ない、暗い、どす黒い闇…。
セインは彼の様子を見て、益々追い討ちをかけた。

「だから僕が貴方を解放してあげるんだ…」
「セイン…」
「…貴方の心の奥底にある、本当の感情を。欲望を。黒い本能を。
この僕が解き放ってあげますよ。貴方の大切な神の力を借りて…」
ラムウにどうしようもない感情が沸き起こってきた。
これは怒りなのか?それとも憎しみなのか…?どれにしても、全ては破滅に通じる感情だ。
ラムウはセインの首に手をかけた。セインの目に喜びの色が浮かぶ。
「……ラ、ムウ…様…。どうかこの手で、僕を殺して。
貴方の愛が手に入らないのなら、せめて貴方の手にかかって…。
貴方はもう神の名の元に、自分を律する事も、己を偽らなくてもいいんだ…。
ただの人として、奥底の欲望を認め、素直になってください…。
自分の本当の気持ちを…よく見て…」
セインの言葉に、ラムウはじわりじわりと手に力を込め始める。
…我が王子と似ている顔が苦悶する。
「…貴方に最後、僕から贈り物があります…。これで、貴方は解放される。
苦しみから、解放されるんだ……!」
息も苦しげに、セインは言い放った。
ラムウはぐっと、彼の首を締め上げていたが、突然、力を緩めた。
「…?」
ごほっと咳き込んで、セインは閉じた目を開き彼を見た。
ラムウは呆然とした顔で、自分を見つめている。
「ラムウ様?」
「…違う…」
「え?」
ラムウはいきなり、彼を突き離した。「ラムウ様!?」
「……私が……しなければならない…事は…これではない…」
セインは驚いて彼の足元にすがりついた。
「ラムウ様!早く僕を殺してください!貴方の手で!」
だが、ラムウにはセインの言葉が聞こえていなかった。
「神よ…。私は…」
「ラムウ様!!お願い!貴方の手で…僕を…僕を…」
泣き叫ぶセインをラムウは足蹴にし、ふらふらと隠れ家の方に歩き出した。
「ラムウ様!!」
絶望するセインの声が闇夜にこだました。
その叫びも、そして絶望した彼が、泣きながら自分で自分の胸に剣を突き刺したのにも、ラムウには届かなかった。
彼の心には、神と、そしてアマトの事しかなかった。


そのラムウの目に、愛する王子の姿が飛び込んできた。
「アマト様!?」
ラムウは慌てて彼の元に走った。
「ラムウ!!」
アマトは焦った。出て行こうとする所を、よりによってラムウに見られてしまった。
「何処へ行かれるのです!」
ラムウはもの凄い剣幕でアマトに詰め寄った。
「まさか…」
アマトの出て立ちを見て、彼は蒼白となった。
「ラムウ、頼む、このまま行かせてくれ!」
「いけません!このまま奴らのいいようにされるだけだ!!」
ラムウは去ろうとするアマトの腕を掴み、力を込め引き寄せた。
「今度こそ行かせてくれ、ラムウ。このまま何もしないでは進展はない」
「行かせません!絶対に行かせない。貴方様を一人でなんか、行かせません!」
「ラムウ…」
アマトの目に涙が光っていた。「ラムウ、すまない…」
「アマト様!」
ラムウは彼の涙にぎょっとした。
「…私のせいで…私がいるせいで…皆が不幸になっていく…。この無力な自分が忌まわしい」
「アマト様、何を言います?そんな、貴方のせいではない…」
アマトは片手で自分の顔を覆うと、嗚咽した。
「いや、私のせいだ。私の愚かな行動のせいで、皆の人生を狂わせた。
姫巫女も、…ネイチェルも、一番の被害は子供達…。私についてきてくれた者達。
そして、ラムウ、お前も」
ラムウは目を見開いた。
「アマト様、私は…」
「いや、お前には本当に申し訳ない。敬虔な信徒であるお前を、私はいつも、自分の行動で傷つけているのではないだろうかと思っていた。それなのに…何故、お前は私の傍にいてくれる?いつも味方でいてくれるんだ…?」
「…貴方は私にとって、永遠に祖国の王なのです、アマト様」
「ラムウ…」
「私はずっと…。お仕えした15の時から、貴方はこの国の希望でした。私の希望でした。
貴方こそ我が神王…。神王の玉座にふさわしい人は、私にとっては貴方しかいない…」
ラムウの声も震えていた。そしてラムウは掴んでいた彼の腕をそっと放し、うやうやしくその手を取った。
「私の王は貴方様だけ。心が広く、美しく。誰よりも国を思い、誰よりも平和を願い…」
「ラムウ…。それは買いかぶりすぎだ…。私がそんな高潔な王なら、こんな事にはならないよ…」
アマトは涙を流しながら、俯いた。
「だけど…」
「…はい…」
「お前がいてくれて…ずっと私の傍にいてくれて…よかった…」
「アマト様!」
「こんな男を…見捨てず、ずっとお前は…。
こうなってみて、実感したよ…。ラムウが私を支えてくれてたんだなぁ、って。
お前がいてくれなかったら…きっと私は取り乱してばかりだったろうな…」
ラムウの全身に、喜びが沸き起こった。
「何度かお前のためを思い、私は離れて欲しいと思っていた。
だけど…。それでも私の傍に変わらずいて、守ってくれて…」
「アマト様。私はずっと貴方のお傍を離れません。未来永劫、私は貴方にお仕えします」
ラムウは彼の手の甲に額をつけた。

彼が本当に自分自身の心を見つめた瞬間だった。
私のアマト様は何にでも穢されてはならない。
彼が光輝く世界に君臨することを、自分はずっと望んでいたのだ。
その傍で、彼の姿をお守りするのが本当の自分の幸せ…。
彼が神に疎まれてはならない。そのために自分は何でもできる。


この時のラムウは、セインの言う欲望を心の底で持っていたとしても、絶対に認めようとしなかったろう。
彼の中には、初めて出会った頃から思い描いていた理想の王と、それに仕える理想の自分しかなかったのだから。
アマトを一人の男として、欲情に駆られる対象であるとも考えてもいなかった。
…ただ…。それがラムウの本心かどうかは、疑わしい事だが。
ラムウは神への信仰と、アマトへの忠誠心を、貫く覚悟を固めた。
例えそれが正しい方向にいかなくとも、今のラムウは最善と信じていた。


その時、一頭の馬が二人の前に勢いよく駆けて来た。
「アマト様!ラムウ!」
それはハルだった。彼はオーンから急いで、なりふり構わず戻ってきたのだ。
「どうした?ハル?」
ハルの尋常でない様子に、二人は嫌な予感がした。
「ああ…。大変です、アマト様!大聖堂に全てが伝わりました!
姫巫女様の事…キイ様の存在…。今オーンは怒り狂って兵を百年ぶりに出すと…」
「何っ!?」
二人は凍りついた。
「キ、キイ様が…神の力を持って生まれた事に大変お怒りになって…。
聖剛天司…ラスターベル様の弟君が…、天から奪った宝を天に戻す、と」
アマトは蒼白となり、震える声でこう叫んだ。
「止めなければ!…オーンの兵を止めなければ!!」
「アマト様!もう明日の夕方には兵はセドに到達します。もう説得される時間はありません!!」
アマトは唇を噛んだ。そこから血が滲み出た。
(キイ!アムイ!)
そしてその犠牲になるであろう、自分が愛した国民達…。
何とかしなければ。
アマトは大きな衝動に駆られた。
これは天罰だ。自分がやってきた大罪に、今、神が天罰を下そうとしているのだ。
己が犯した罪悪のせいで、何も罪のない人々が犠牲になろうとしている。
耐えられなかった。…今こそ、自分がすべき事をしなければならない時が来たのだ。

「すぐに国に行こう。とにかく、何とかしなければいけない!!」
アマトはそう言って、自分の馬を取りに走った。
ラムウもそれに続いた。ハルはとにかく残った仲間たちを集め、二人の後を追うことにした。

ラムウは大聖堂が怒り、出兵する事に、初めは衝撃を受けた。
とうとう…恐れていた事が、やってきた…、と。
神がとうとう天罰を下される、と。

だが、不思議な事に、馬を走らせているうちに、そのショックは段々薄れていった。
代わりに安堵している自分がいたのだ。


(…貴方に最後、僕から贈り物があります…。これで、貴方は解放される。
苦しみから、解放されるんだ……!)

やっとセインの言葉が、自分に届いたような気がする。

ラムウは心の中で、ある思いが渦巻いていた。

…ああ……これで…。
これでやっと私は苦しみから解放される…。
この忌まわしい心の闇から自分はやっと自由になれるのだ。

《神よ…!!

私は罪深き男です。
国を守る以外で、憎悪のために人を殺め、
欲望で男と通じた…。

私は王子と同じ大罪人です。

彼と共に、今、あなたに贖罪しに参ります。

あなたの怒りを…。
大聖堂の怒りを甘んじて受けましょう…》


そうして運命のあの日がやって来た。


神の子孫である神王を頂く,大陸最古の少数民族、セド王国。
その日、国に白い巨大な閃光が走り、一夜にして壊滅するのだ。

セド王国は己の存続のために禁忌を犯し、
神の逆鱗に触れて一夜にして滅んだ

それはまだ、18年も前の事。

その後何故かオーンは口をつぐみ、沈黙を守ったため、その真相は封印された。

しかし、それは東の伝説として、後に人々に囁かれる事となるのだ。


セド王国最後の秘宝の伝説と共に…。

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