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2010年5月 5日 (水)

暁の明星 宵の流星 #82

9.闇の箱


傷つきし者は誰もが闇の箱を持つ。
自分を守るため。抱えた物を押し込めるため。
だが、いつしかそれは心の重荷となって、明るき世界に闇を落とす事もある。
どんなに辛く、避けたくても、いつかはそれが暴れだす。
勇気を持て。
自分自身で封じ込めた箱は、自らの手でしか開ける事はできぬのだから。


一行が次の村、カウンに着いたのは、まだ日が沈まぬ夕刻の時であった。

あのアムイの素性が知れた日は、そのまま皆、明け方まで一睡も出来なかった。
アムイはかなり昴老人(こうろうじん)に諭されたが、自分は滅びたセドと、父の話はもう2度としたくない、と言って口を閉ざした。
それもそのはず、昴老人が聞きたかった、そのセド王国壊滅の日までの数日間、アムイには記憶がなかった。
詳細は憶えてないにしろ、その日々がアムイに暗い影を落とし、心の重荷になっている事は、本人も、周りにも、明白だった。……そして昴は黙するアムイに最後、こう言ったのだ。


「アムイよ。このまま放っておいて、お主が耐えられない、と思ったら…。
いや、自らこれではいけない、と決意したなら、わしに言いなさい。
自分ひとりで解決できる物なら、それはそれでいい。
じゃが、自力ではどうする事もできない物は、この世にはあるのじゃ。
その時は迷惑だとか、依存なのか、とか思わず、他力に任せる事も必要じゃ。
ただ、お主の抱える闇の箱は、人が無理強いして開けられるものではない。
自分自身が開ける、と勇気を持たねばならぬもの。……。
いいな?わしはいつでもその時を待っているぞ…」


カウンの村は、前の町よりまだ治安はいい方だった。
それでも女の格好は目立つようで、イェンランとシータはフード付きの長いマントに身を包んでいた。
ここの村は、貧しいながらも懸命に暮らしている…。そんな印象を受けたのだが、夜になって、かなり深刻な物を抱えている事に皆は気づいた。

これも全ては天の意か。
キイの居場所の鍵を握るという、ゼムカ前王の隠居先まであと少し、という所で、思いの外この村で足止めを食ってしまう事になるのだが…。

意外と規模が大きい村の中心に、生活に必要な全てが揃っている場所があり、アムイ達はそこの中にある宿に世話になる事にした。
「ここは町みたいに賑わっているのね」
イェンランが興味深そうに見回した。
「うん。とにかくここでは何でも揃うらしいよ。宿の人がそう言っていた。ここ数年くらい…この村で一番裕福なんだって…」
サクヤはそう言って、アムイをちらりと盗み見た。
彼が取り乱したのはあの夜だけで、落ち着いた今となっては、まるで何もなかったかのように無表情だ。
それよりもサクヤが気になったのは、あの話以来、益々アムイを覆っている殻が強固になって、今まで以上に人を寄せ付けないオーラが彼から出ている事だ。…やっと少しずつ縮められた距離が、また遠くなった感じがして、サクヤは暗い気分になった。
「とにかく、お腹が減っちゃったわね。何か食べに行きましょう」
シータがそう言って先に歩き出した。
「ここに酒が飲める所はあるかのぅ…。たまには違う酒も味わいたいのぅ」
ポツリと呟いた昴老人に、サクヤは苦笑いした。
「ご老人…。もういい年なんですから、少し控えた方が…」
「何を言っておる!酒は長寿の妙薬ぞ!わしがこんなに元気で長生きなのは酒のお陰よ」
「…またそんな、勝手な事言って…」
昴老人はいつものごとくかっかっと笑うと、足取りも軽くシータの後に続いた。
「しょうがないなぁ…」
とちょっと困ったようにサクヤは笑い、皆に続こうと歩を早めた、その時だった。

「おい!」
いきなりサクヤは誰かに声をかけられた。
「!?」
驚いて振り向いたサクヤの目に、二人の大柄な男の姿が飛び込んできた。
「やっぱり…お前、サクヤじゃねぇか!」
サクヤは真っ青になった。
「…ひ、人違いだ…」
サクヤはそう呟くと、慌てて皆の所へと走って行った。
遠くの方でシータが「何事?」といった顔でサクヤを見たが、彼が引きつったような笑顔で「何でもない」と首を振っているのを、その男二人はじっと見ていた。
「…おもしれぇ…。早くこの事を兄貴に伝えなきゃ…」
「ああ…まさか、こんな他国の辺鄙な村で……!見間違えるわけがないだろ?あの顔。サクヤの奴、仲間がいるみたいじゃん」
ニヤニヤしながら二人はその場を去った。

一行は、一番こじんまりとした食堂に入り、夕食を取る事にした。
ちょうど食堂は混雑が終わろうとしていて、そこにはきさくな主人がひとりできりもりしていた。
大きな食堂で取る事も考えたが、昴老人があまり人の多いところは苦手だ、と言って少し外れたこの店に入ったのだ。
「おお、混んでらっしゃるかの?」
「大丈夫ですよ、奥が空いてますので、ささ、どうぞ!」
中年の主人は笑顔で言うと、一行を奥の方へと案内した。
そのうちに客が減り、店内も落ち着いた雰囲気となっていた。
アムイ達は歓談しながら(といってもアムイはずっと黙ったままだったが)これからの事を考えていた。
昴老人はちゃっかり食後に地酒を注文したらしい。
主人が何本か瓶を持ってきた。
「…老師…」シータは呆れた。
「今晩は早く寝て、朝一番で凌雲山(りょううんざん)に向かう手筈ではなかったかしら?」
凌雲山とは、ゼムカ前王が住むとされる屋敷のある土地の、後方にそびえる山だ。
この村から馬なら半日で着くような所にある。
「おや、お客人、凌雲山に行かれるのですか」
人のよさそうな笑顔で、店の主人が声をかけた。
「もしや、海側に行かれるとか?かなり険しい山ですが、越えると眼下に広がる海岸線に、きっと目を奪われますよ」
「へぇ、その山を越えると海なんだ」
感心したようにサクヤが言った。
「ここら辺は初めてですか?お見かけしない顔なので…」
「ええ、ちょっと…知り合いを尋ねて旅をしていまして…」
シータがそう主人に答えた時だった。

「ミンさん!!」
ひとりの青年が店に駆け込んできた。
「リーヤン…?どうした?」
申し訳なさそうにシータ達に会釈すると、主人はリーヤンと呼んだ青年の方に寄った。
そのリーヤンはかなり見目の良い青年だった。長い黒髪を一つに結んでいる。
「ああ、あの人達はここに来てませんか?」
「あの…って。ああ、彼らか。…いや、今日はここには来てないが…どうした、顔色が悪いぞ」
「シュウロゥ…弟が…、自分からあの人達の所に行ったみたいなんだ!!」
「なんだって?」
リーヤンはそう言うと、取り乱したようにミンの腕にすがりつき、涙をこぼした。
「僕が帰ってくるまで、絶対に下手な事しないように、とあんなに言ったのに!やっと金が工面できたのに!あの馬鹿…自分から人買いに買われなくったっていいじゃないか…!!」
リーヤンは泣き崩れた。
「じゃあ、シュウロゥはゴズモル一味の所に…。大変だ…。彼らは明日にはこの村を出る、と言っていた。
何かあまりお目当てのものが見つからなかったから、早めに違う場所に移動する…と言って…。
もう貸家に戻ってるのではないか?…リーヤン、掛け合うなら村役の…」
「ええ、ええ。…すぐ行ってみます!すみませんでした…」
彼はそう言うと、涙を手の甲で拭いながら、店を勢いよく出て行った。

「……人買い…?」
思わずイェンランが呟いた。
それに気づいた主人は、間の悪そうに顔を歪め、頭を下げた。
「申し訳ありません…旅の方…。変な所を見せてしまった」
「まさか…、人買いの組織がここに来ているの?」
「はい…。実はこの村の中心がかなり賑わうようになったのも、その…南から来たゴズモル組という人買いを生業としているやくざ者が…。かなりの村人…ほとんど子供ですがね…、を高額で買い取ってくれて…。村の長とも結託して、この村を拠点として、度々北に商売しに来るのですが…」
「南の人買いが…この北までに?何故…」
イェンランは信じられない、という顔で店主に言った。
自分がまだ北にいた時、人買いの一味なんて来たことがなかった。
人を売りたい時は北の中央区までわざわざ出向いていた。
密かに国のブローカーが潜伏しているのだ。
…確かに北の国は貧しく、しかも元々子沢山が当たり前の国(広大な土地を担うため、人手がいる)の事もあって、子供が多過ぎて、たまに暮らせなくなる家族もあった。そういう時は子供を中央区に連れて行き、表向き他国に奉公させるよう斡旋したり、見目の良いのは特に、桜花楼に娘を紹介したり、男娼に売ったりした。
それ以外は働き手や奴隷などの類で、大人も子供も売られていく。たまに実験体として…。公にはしないが、その様な怪しげな目的で買いに来る人間もいた。
昨今の北の国では、実はそういう事が公然と行われていた。が、他国の人買いが北の国まで横行しているとは思わなかった。まだそこまでは北の国は許していなかったはずだ。
動乱の東の国では当たり前のように存在し、かなり荒稼ぎしているらしいが…。
「とにかく、ゴズモルは南じゃかなりの力がある組織だそうで…。ここだけの話ですが…、彼らは南の王宮とも通じてると」
「南の王宮と…?という事は」
「あのリドン、という国の大帝…。己の国に利益になる事だったら、何でもするらしい。
特に昔、東に大量の難民が出て、その時えらく儲けたようです。あの国が潤っているのは、非人道的な阿漕な事をしてるから、というのは…皆気が付いていますよ。東に難民が出て、これ幸いと人身売買…。それから魔の薬とか…。本当に声に出しては言えない事ばかり…」
リドンが急激に豊かになった理由…。それは薄々、判っていた。
氷のように冷淡で、他国の人間を人とも思っていない、あの南の大帝は、そのくらいの事は平気でするだろう。
しかし、こう事実を目の前に突きつけられると…。きつい物があった。

「何かのぼせたみたいだ。…ごめん、ちょっと風に当たってくる」
昴老人から酒を勧められていたサクヤが、そう言って席を立った。
「大丈夫?サクちゃん」
心配そうにシータは彼の顔を見た。のぼせた、と言っている割には顔色がよくない。
にっこり笑うと、サクヤはふらふらと、店の中庭が見られるデッキに向かった。
「何か…、どうしたのかしら。いつも明るくて前向きなのに。この村に来てからサクちゃん元気ないのよね…」
と、サクヤの後姿を見送りながら、シータは呟いた。
その様子に昴老人も心配してか、隣で黙々としていたアムイに酒を注ぎながらボソリと言った。
「のぅ、アムイ。サクヤは南から来た、と言っていた…。さすがに自国の悪い話は聞きとうなかったのかの…。
お主はあの子から何か聞いておらぬか?身の上とか…」
「何故、そんな事を知りたがるんだ、爺さん」
むっとしながらも、やっとアムイが口を開いた。
「…もうかれこれ1年以上も一緒だと聞いた。…そういう話は互いにするのか、ちょっと聞いてみただけじゃ」
アムイは注がれた杯をじっと見つめていた。
「…そんなの、互いに干渉せずやって来た。だから上手くいっている。…あいつが勝手について来てる、という事もあるが…。爺さんは他人事に首突っ込み過ぎだ」
「う…む。お節介とは昔から言われておるが…。…ただのぅ、気になったのじゃ…」
アムイは片眉を上げて老人を見た。
「サクヤ…、あの子もお主と同じくらいの…地獄を見てきたような目をしとる」
「え…?」
「…わしにはわかるのじゃ…。あの子の明るさを装った根底にあるもの…。お主が持っているものと同じ臭いがする」
「……」
「…あの子も闇の箱を持ってるのかもしれん…」

その時、いきなり店の扉が乱暴に開き、見るからにやくざ者風情という大男が三人、どかどかと入ってきた。
「ゴズモルさん!もう注文はは終わったんですが…」
そう言い淀む主人には構わず、真ん中の特に屈強な体格の男が店を見回しながらこう叫んだ。
「おい!ここにサクヤがいるだろう!?」
響き渡るその名前に、アムイ達は驚いた。
「サクヤって…。いきなり何なんですか?貴方達は…」
「うるせぇ!早くサクヤを出せよ!」
制しようとした主人を払い除けながら男はどんどん店の奥へと進んで行く。
「一体、何を…」
奥の席にいたアムイ達に男は一瞥し、ニヤリと笑った。
「話は弟分達から聞いてきたんだ」
男はかなりの荒くれ者か、頬に大きな傷があり、屈強な腕の筋肉は鋼の様だった。
そしてまたぐるりと店内を見渡す。
「おい、サク!出て来い。この店に入ったのを、見た奴がいるんだよ。観念して来い」
「アンタたち!何よいきなり!」
シータが声を荒げて席を立った。
「おや、べっぴんさん。結構威勢がいいじゃね?どうだ?俺らと遊ばねぇかい」
再び男はシータ達の方を向く。
「兄貴、こいつらですよ。さっきサクヤと一緒にいた奴らは…」
いつの間にかあとの二人もアムイ達の席に来ていた。
「見なよ!すげぇ上玉。かなりの綺麗どころばっかじゃん!類は類を呼ぶのかねぇ…。さすがサクヤ」
と言いつつ、もう一人がイェンランに近づいて顔を覗き込む。
「やめてよ!ちょっと近づかないで!!」
気分悪くなったイェンはそのままシータの方へ逃げ込んだ。
「なんでぇ…。お高くとまりやがって…」
「とにかく、サクヤは何処だ?あいつを今すぐ出さねぇと、かわい子ちゃん達がどうなってもしらねぇぞ」
「何でサクヤを捜しとる」
突然、昴老人がきっぱりと言った。
「何だい、爺ぃ。やけに偉そうじゃん…。ま、いいか。
あいつは俺達のモノだからよ…。ずっと捜してたんだ。まさかこんな所で見つけるとは思ってなかったが」
「俺達のモノ…?」
シータがポツリと呟いた。
「おい!サクヤ!早く来ないとお前のお仲間を、ちょいと痛い目あわせなきゃならねぇぜ?それでもいいのか!」
男は大声でわざと煽った。近くにサクヤがいるのを確信しているらしい。

「やめろ!イゴール!!」
男の後ろでサクヤの声が飛んだ。
中庭の方にいたサクヤが、騒ぎを聞きつけて姿を現したのだ。
「サクヤ…」
ニヤッと笑って、傷の男…イゴールは呟いた。
「10年前と変わらねぇ…、いや、かなり鍛えてるか?いい身体になったじゃねぇか…。昔はまるで女の子みたいだったが…。男らしく育ったな。まぁ、ちっこいのは相変わらずか。
ホント、今までどこに逃げてたんだよ…。すげぇ、捜したんだぜ」
「イゴール…。この人達はオレと関係ない!頼むから…」
「イゴール?何を言ってるんだ、お前の兄貴、様、だろ!?忘れたのかよ」
まるで獲物を見つけたように、イゴールは舌なめずりしながらサクヤの腕を取った。
「兄貴…?」
アムイ達は呆然と二人のやり取りを見ている。
「馬鹿言うな!お前は兄貴なんかじゃない!」
サクヤは思わず噛み付くように叫んだ。
「ふん、相変わらずだな…。
こいつらから話は聞いていたが、本当にお前だったとは。…親父殿も大そう喜ばれるだろうよ」
サクヤの頬が、ピクッと動いた。
「あれ以来、親父殿は気が狂わんばかりにお前を探し回ってたぜ。…だが、最近は目が見えにくくなっちまってさ、この俺様が今は親父殿の代理で仕事してる」
「…手、離せよ、イゴール…!」
サクヤは片方の手で、掴まれた腕を外そうとする。が、彼は力を込め、離そうとしない。
そしてふい、とサクヤの耳元に口を近づけると、ニヤニヤしながら囁いた。
「イゴール、じゃねぇ!兄貴様、だろ?…やっと見つかったんだ。離す訳ないじゃないか…」
「や、やめろったら…」
サクヤは抵抗したが、相手も負けずと力を込める。
二人は揉み合い、痺れを切らしたイゴールは、強引にサクヤを自分に従わせようと声を荒げた。
「お前、そんな我侭が言えるご身分かよ!お前は俺達のモノなんだ!さ、行こうぜ」

「ねぇ!やめて!嫌がってるじゃない!」
こちらも我慢できなくて、シータにしがみついてるイェンランが叫んだ。
「そうじゃ、無理強いするなどそんな横暴な事…」
昴老人が言った時だった。
「いいんだよ!こいつは一応俺たちの仲間だ。
と、いうより、俺たちが18年前、死に掛けたこいつを拾って育ててやったんだ!
本当は売り飛ばすつもりだった、東の難民の子…。なぁ?サク、そうだろ?」
サクヤは急に俯いた。苦渋の色が顔に表れている。
「東…の難民の子?」
皆はその言葉に驚き、思わずアムイの方を見た。
アムイはじっと男達を睨みつけているが、その表情はよく判らない。
イゴールは益々サクヤを掴む手に力を込めた。
「…特にこいつは、親分の大事にしていた希少価値のセド人…。
当時、セドの子供は異常な高値で売れたのに、親父は何でかお前だけは手放さなかった…。
その恩を、お前は10年前、仇で返したんだよなぁ。…親父殿の右目を潰して国を逃走して。
その償いをさせるのが、兄貴分である俺の務めだ」
彼の驚きの発言に、皆一同固まった。

サクヤが…セド人?東の難民…つまり18年前滅んだ国の…。
という事は…。

サクヤはずっと唇を噛み締めている。体が全身、震えているようだった。
「わかったよな、サクヤ。さ、いい子だ、俺たちと南に戻ろうぜ。
今回はなかなかいいのが見つからなかったが、それ以上にお前という目玉が見つかったんだ。
親父殿に顔が立つってもんさ」
言葉もなく突っ立っているサクヤを促すようにイゴールは、掴んだ腕を引っ張った。
「ちょっと…!」
シータが手を伸ばしたその時だった。

ガツッ!!

「!!」
いつの間にかアムイがイゴールの後方に回り、背中から羽交い絞めするような形で剣を突きつけた。
「あ、兄貴…」
サクヤのその言葉に、イゴールは片眉を上げ、後方のアムイを振り返った。
「兄貴?誰だよ、あんた…」
「その手を離せ」
毅然としたアムイの声が響く。
「は…!何言ってんだ、さっきも言っただろ?こいつは…」
「離せ。…こいつを抜いて欲しくなかったらな…」
アムイは動ぜず鞘に手をかけ、イゴールの言葉を遮った。
「何だと!この野郎!!生意気なガキが…!!」
残った二人が凄い剣幕でアムイに掴みかかろうとしたその時、イゴールが落ち着いた声で言った。
「待て」
「イゴールの兄貴?!」
イゴールはアムイの剣の鞘に刻まれた、【風神天】紋をじっと見ていた。
うっすらと、口元に笑みが浮かぶ。
「なぁ~るほどねぇ…」
彼は小声で、面白そうに呟いた。
すると突然、イゴールはサクヤの腕を振り解いた。
「…!?」
サクヤは腕を庇いながら、困惑した顔で彼を見上げた。
「今はこれで勘弁してやる…。だがな、サクヤ」
イゴールは青い顔したサクヤの目を覗き込んだ。
「…お前はもう逃げられないよ。仲間がいたのは想定外だったが…」
「イゴール…」
「なぁ、サク。お前は自分のした事を償わなきゃいけねぇよ…。
お前のせいで、親父殿は目を潰され…。身重だったミギ姐さんは…死んだんだからな」
サクヤの目が大きく開かれた。
「ミギ…姐さん…どうし…て」
サクヤの青い顔から益々血の気が失せて行く。
そしてイゴールは誰にも聞こえないように、サクヤにさっと耳打ちした。

「…真実を知りたかったら、一人で来い…。待ってるぜ」

重い空気が部屋に充満していた。

あの後、アムイ達はうなだれているサクヤを連れて、宿に帰った。
今はかなり落ち着いたサクヤは、部屋の中央に膝を抱えるようにして座っていた。その周りには皆が囲むように各々佇み、または腰を下ろしていた。

「本当は個人の過去の事じゃ、そっとしておいてやりたい所なのじゃが…」
昴老人は言い難そうに呟き、自分の白くて長い髭を弄んでいる。
「いえ…。あれだけあいつらに暴露されてしまったら…。隠す事はできないでしょ?」
サクヤは苦笑いした。そう、もうここまで皆に知れてしまったら…隠してたって意味はない。
「でも…驚いた…。サクヤもセド人だったなんて…。確かに南の国にある名前じゃないわよね…」
イェンランが暗い顔して言った。いつも明るくて、何も悩んでる風に見えない…ううん、何も暗い物を持っていなさそうに見えた、あのサクヤが…。自分以上に暗い過去を持っていたなんて。
しかも…これって偶然?サクヤもアムイと同じ民族で…。

「やはり天からの采配だったのじゃな…サクヤは…」
「え?」
サクヤは顔を上げた。
「お主がアムイに惹かれ、どんなに疎まれても慕ってきた…隠された理由のひとつ…。
それはセドの血じゃ。セド人は少数民族。神の血を引くとされる神王を心から敬愛し、心の支えとし、共に国を築いていた、その民族の血。…サクヤの中にその先祖の血の記憶が、脈々と流れている証拠じゃ。
王家の血を引くアムイに無意識にお主が惹かれるのは、当たり前の事…」

アムイは眉間に皺を寄せ、じっと目を瞑って皆の話を聞いていた。
だが、その顔に何の表情も浮かんでいない。
彼が今、何を思い、考えているのか、全く皆には判らない。

「嫌ならいいぞ、サクヤ…。辛いのなら話さなくとも…」
「いいえ。…もうみんなに迷惑をかけてしまった…。
あいつら何するかわからないから…。
オレが…どうして南の国を出たのか…聞いて欲しいです…」


そしてサクヤはゆっくりと深い息をした。

あの日、18年前…。
気が付いたら国が壊滅し、行き場所がなくなった…7歳のサクヤが泣きながら大陸をさすらう所から話は始まった…。

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