暁の明星 宵の流星 #83
(いい?私達はセドの国民。いつか必ず、神王様が私達を助けに来てくれる…)
そう口癖のように言っていたのは、母だったと思う。
だから幼心にも、自分はセドの国の人間なんだ、というのがぼんやりと頭に残っていた。
あの日、眩い光と共に、自分の国は壊滅した。
首都は壊滅。国は半壊。…事実上、首都…王宮が滅した時点で、国は滅んだ。
それでも僅かに生き残ったセド人は難民となって、他州、他村、他国に流れた。
何故なら、壊滅したセドの国は、もう人が住めない位、荒れ果ててしまっていた。
今も現在、セド王国があった場所は、完全に砂漠と荒野になってしまい、誰も人は寄り付こうとはしない。
自分の国が、桜が綺麗な美しいところだった、というのは憶えている。
親が自分につけてくれた名前は、桜にちなんだ、と言っていた。
だが、国がなくなり、難民となってさすらううち、気が付くと父とははぐれ、母は力尽きて死に、自分は5歳年上の姉と二人、過酷な日々を送っていたのだ。
「ねぇちゃん…。お腹すいたよぅ」
「ごめんね、サク。お姉ちゃんが何とかするからね…。もうちっと我慢して」
12歳の姉、フブキはいつも、自分よりも弟を守る事に必死だった。
同じく難民になった他のセドの人達と、二人は一緒に行動していた。他にも同じような境遇の子供がいた。
皆は同じ民族として結束が固かった。だが、世間は、他族は、そんなに甘くなかった。
いつしか人々はばらばらになり、個人で入り込める所があったら、贅沢言わずにそうした。そうでなければ生きていけなかった。そして長い放浪の果て、体力のない子供や老人は弱っていくのは当たり前だった。
もちろん、7歳になったばかりのサクヤも、病に冒された。
ずっと熱が下がらず、姉のフブキもどうする事もできず、もうこのまま死んでいくだけか、と覚悟していた。
そんな時、ある一行が自分達を見つけた。
南の国から来た、人買いを生業としている一味だった。
彼らは東の動乱で難民が出ると、ハイエナのようにすぐさま嗅ぎ付け、金になる者をさらっていく。
普段は人を金銭で売買するが、とにかく難民はほとんどが無銭で連れて行ける。
このようにして、連れ去った難民を他に高値で売り、その金はほとんど南の国の収益となっていた。
特にセドを狙っていた前帝王が戦いで亡くなり、若き新帝王ガーフィンに変わってから、南は侵略の手を変えたのだ。前王のように、やたら戦いを挑むような事はしない。しかも南にとって朗報だったのは、東の中心、要であったそのセド王国が一夜にして壊滅した事だった。これでもう、東は混乱し、無理に攻めなくとも自国の利益を上げながら、そのうち東を吸収できる、と南は踏んだのだ。
そして願ってもみない、セド人の難民が出たという事で、南のその組織は喜んで東に駆けつけていた。
大陸最古の民族…。神の血を引く王族を頂く民族。しかもいわくありげに滅び、少数民族なのに益々数が減った。
その為、セド人は希少価値、としてかなりの高値が見込まれた。
しかも色が白くて黒い髪と黒い瞳の、眉目秀麗な人間が多いとされ、特に女と子供は見目がよいのが多かった。
その事だけでも、セド人を重宝がる権力者は多数いた。
「それがあの…ゴズモルという連中なわけ…」
イェンランは嫌な顔をした。
「うん…。結局オレは病気だったから…姉だけ連れて行かれそうになった…。
だけど、姉がどうしてもオレと一緒じゃなきゃ嫌だ、と言ってくれて…」
そう、あの時自分は熱に浮かされていて、よく憶えていない。
気が付いたら南にいた。
確かに朦朧とした意識の中、大人たちの声がしていた…。
(こいつを何故連れてきたんだ!老人と病人は金にならんとあれほど…)
(ですが、セドの子供…ですよ。しかも希少価値の娘がどうしてもこのガキから離れなかったので…)
(その娘はどうした?)
(ええ…。このガキを助けてくれたら、言う事を聞く、と…)
(ふん、これがセドのガキか…)
(ええ、あの娘によると、7歳だそうで…。一見女みたいですが、残念な事に弟だと。…まぁ、見目がよかったので俺もつい……。…親父殿?どうかされたか?)
(……いや…何でもねぇ。…おい、イゴール、何とかこいつを助けろ。……元気になれば金になるだろうよ)
サクヤはそうして彼らに命を助けられ、そこで世話になり、15まで育ったのだ。
その人買いの組織は、南でも極悪な組と知られるやくざ者の集まりで、それを束ねていたのが、ゴウ=ゴズモルという強面の男だった。スキンヘッドに何個もピアスを開けた耳たぶ。身体は筋肉隆々で、今までの歴戦の証だろう無数の傷が刻み込まれていた。
ゴウ=ゴズモルは皆から親しみを込めて、「親父殿」と呼ばれていた。
特にこの男率いるこの一味は、リドン帝国のリド王家とも通じていた。
世間には公にしてはいないが、ゴズモルは好き勝手に非人道的な事を行い、金を稼ぎ、その莫大な利益を国に半分献上する見返りとして、国に自分達の庇護を約束させていたのだ。
もちろん、初めはリドンの若き大帝の提案であったが…。
そのような輩と、サクヤは寝食を共にした。
元気になったサクヤはゴウ親分がすぐにでも金にする、と、皆が思っていた。
何故ならセドの子供、特に見目の良い子は異常な高値で売れたからだ。
事実…サクヤの姉、フブキがいつの間にかここから姿が消えた。
幼い彼は毎日のように姉を求め、泣いていた。
「お前の姉ちゃんは、売られていったんだ」
周りの男達はそう口々に言った。
「お前もいつか売られるからよ」
血も涙もない彼らはそう言って小さなサクヤをからかった。
サクヤの他にも、東から連れてこられた難民の子達がたくさん生活していたが、セド人の子から先にどんどんいなくなり、そのうちまた手下どもが新しい子供や女を連れてくる。そしてまたいなくなる。
サクヤはそのため、ずっと売られる覚悟を持ちながら、成長したのだ。
だが、一向にサクヤが売られる気配はなく、彼はいつの間にか、ここに来る子供達の面倒を見させられていた。
しかも当時のサクヤは小柄で、見た目が女の子のように可愛らしい器量だったので、それを武器に商売を手伝わされた事もあった。
いつもその時は女の格好をさせられて、取引先に同行させられた。
相手のブローカーはサクヤの容姿に心奪われ、いつも上手い具合に話は進んだ。
特にサクヤを欲しがる相手は数多く、その相手をさせられながら、サクヤは大人達のずるさ、醜さを観察していた。
普通ならそこで客の伽の相手をさせたり、色仕掛けを仕組んだりするのだが、サクヤに関しては一切親方から禁止命令が出されていた。
そして彼が戻るなり、必ず誰かに乱暴に扱われなかったか、手を出されなかったか、親方はいちいちチェックするほどだった。皆はそれを、商品としてのサクヤに、傷が付くのを恐れているからだと思っていた。そしてサクヤが大人になったら、かなりの高貴な人物にでも高額で売るつもりだ、と。
「オレは嫌だった。奴らの仕事を手伝う事も、…面倒見ていた子達が売られていくのも…。
だから強くなりたかったんだ…。強くなって、あいつらを…」
サクヤは口元を歪めた。その時の事を思い出してるようだ。
「オレの周りで…。オレが好きだった人間も、オレに関わった人間も…皆不幸になって消えていった。オレが無力なばっかりに…守ってやれなかったばっかりに…。だから…」
サクヤの目に、暗い影が色濃く現れる。
「オレを兄と慕ってくれた子が、オレの代わりに客の相手をさせられた事で…。それでその子が死んだことで…。オレは親方を…ずっと溜まりに溜まった憎しみが溢れて…。刺した」
全員、サクヤの話を微動だにせず聞いていた。
そしてサクヤの脳裏には、当時、ある人に言われた言葉がこだました。
(サクヤ、お前…笑ってみろよ…。無理にでも笑って相手を油断させろ。もう少し頭を使え…!いいな…)
ああ…、この言葉が、自分を目覚めさせたのだ。自分を突き動かしたのだ…。
(強くなれ。力だけじゃない、心も、だ。そして目一杯頭を使え。この世の中を渡り歩くにはそれは絶対の武器だ)
「その刃が親方の右目に入った…。そしてそのまま、オレは南を出たんだ」
「そうか…。では、先程あのイゴールとかいう男が言っていた、ミギ姐さん…とは?」
昴老人が優しい声で質問した。
サクヤはその名を聞いて、喉が震えた。
「オレを…南から出してくれた恩人です。親方の…奥さんで…その時身ごもってて。
オレの事を、子供…弟のように可愛がってくれていた人です…」
そしてサクヤはそれ以上言えなくなってしまったのか、顔を膝に埋めた。
「悪かったの…。辛い事を思い出させて…」
「……いいえ。でもすっきりしました…。今まで重くて」
「サクちゃん…」
シータが悲しげな顔で呟いた。
「嫌だなぁ、みんな。そんな顔しないで下さいよ!明日にはここを出るんだから…。
あいつらだって商売が残ってるはずです。オレなんかに構ってなんていられないと…」
「だけどサクちゃん、アイツらアンタの事…」
「心配しないで大丈夫。オレ、意外と世渡り上手でしょ?
…ただ、この事で、皆に迷惑かけるかもしれないから…。特にイェンは女だから、絶対目を離さないで欲しいんだ」
「サクヤ…」
昴老人は、じっとサクヤを伺った。そしてそっと溜息をついた。
「…そうじゃの…。ま、いくら奴らが強くて荒くれ者でも…。我々の敵じゃない。
ま、さっきは場所が場所じゃったがな、大立ち回りはできんかったが…。
何にせよ、こうしてサクヤの内情がわかったんじゃ。何も心配する事はない。
のぅ、アムイ?」
皆は一斉にアムイを見た。
アムイは腕を組み、じっとサクヤを見つめていた。
「兄貴…、オレ…」
サクヤは何かアムイに言おうとした。だが、アムイは俯くと、無表情のまま部屋を出て行ってしまった。
その後皆は分散し、各々の部屋で、すぐに休む事にした。
昨日から一睡もしていない。少しでも休んでおきたかった。
この宿には大部屋は全て塞がっていたため、彼らは小さな部屋を二つ借りていた。
もうすでに、イェンランと昴老人は同じ部屋で寝息を立てている。
その晩は曇りで、星が全く出ていなかった。もちろん月など全く姿を見せていない。
「アムイ」
宿の共同場にある、大きなバルコニーに佇むアムイを見つけ、シータは声をかけた。
「こんな所にいたの」
「おい、大丈夫か。イェンと爺さんだけ残して」
シータは笑った。
「大丈夫よ。あの老師は意外とできる方ですからね。ま、少し鈍ってきたとか自分で言ってたけど。
何せデコボコ…いえ、歳とっても【風雷の双璧】の片割れですもん」
軽口たたく彼に、アムイはぶっきらぼうに言った。
「…で、何の用だよ」
「いやぁね。用がなきゃ来ちゃいけないみたいじゃないの…。
アンタとアタシの仲でしょ、冷たいわね」
「別にそんな大そうな仲じゃないだろ?」
アムイはそう言うと、再び真っ暗な夜空に視線を移した。
何も見えない、真っ暗な世界…。まるで心の闇のようだ。
「ねぇ、アンタさぁ。…どうしたらいいのか、わかんないんじゃない?」
しばらくしてシータが言った。
「……どういう意味だ」
「サクちゃんに対しても、アンタの生まれについてもよ」
アムイはシータを睨みつけた。
「子供の頃何があったかは…アタシは知らないけど…。
でもね、アタシはキイともずっと聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で一緒だったのよ…。アンタ達が大きな傷を受けて、大きな物を抱えてるのは…薄々わかってた」
アムイの目に苦渋の色が浮かぶ。
「特にアンタはずっと心を閉ざしたまんまでさ…。
キイが必死だったの…わかってたでしょ?」
「……」
アムイはキイの名前が出たのが何よりも辛かった。彼は視線を落とした。
「アンタの過去に関係する事柄がこう続く、という事は…。もう、その時期が来てるんじゃないの?
老師の言っていた…闇の箱…」
「言うな!」
アムイは吐き捨てるように言った。
「……忘れている事だ…今更それを開けてどうしろって言うんだ…」
彼の目は闇を映し、身体に震えが昇って来る。
「アムイ…。忘れたんじゃない、自分で封じたのよ…。でしょ?老師がそう言っていたわ。
それがもう抱えきれなくなって、暴れ始めてるんじゃない…。
アンタがキイ以外の人を信じられない事も…。というより、アンタは人が怖いのよね」
シータはきっぱりと言った。アムイはその言葉に固まった。
「ずっとその闇、抱えてるつもり?その事でキイが一番苦しんでたんじゃない?アンタよりもね」
アムイの顔から血の気が引いた。
「気が付いていない、って言わないわよね?そんなこと言ったら、アタシ許さないわよ。
気付いてないはずないじゃない。アンタ達は互いの事が一番…自分の事のようにわかるんだから…」
シータは無理やりアムイの顔を自分に向けさせた。
「アンタがいつまでも逃げていたら、ずっと闇の箱はそのまんま。
…キイの気持ち、考えた事ある?アンタの事しか、あの男は考えていないのよ。
アイツはアンタのために、死ぬ思いで自らの闇を越えた男でしょ。
そのアンタがいつまでもうじうじしていたら…。自分の闇から逃げ回っていたら…。
キイはどうなるの?アンタ、いつまでもキイに甘えているつもり?」
「やめてくれ!」
アムイはシータの手を振り払った。
「わかってる!キイがどんなに…苦しんでたかなんて…わかってるよ…だけど…」
アムイは片手で自分の顔を抑えた。
「…駄目なんだ…。何度か…俺だって向き合おうとしたんだよ!だけど…」
その都度襲う、息苦しい恐怖…。人から与えられた全ての闇が、幼いアムイをいたぶる。
何も思い出したくない…何も考えたくない…そう、何もなかった事にしてしまいたい…!!
いい大人になった今でも、アムイの心がそう叫んでいた。
「…それで、どう?本当に自分をそれで守れた?」
シータはじっとアムイを見つめた。
「結局…本当に立ち向かう勇気すらなく…。アンタがずっとキイに庇護されていたから…ここまで何とかやって来れたのよね?でもそれも限界じゃないの。
もうそろそろ…守るのではなく、あんたのその闇を解放させてあげる時が来たのではないかと思うのよ」
解放…する?
この恐れを、この苦しみを?
思い出そうとするだけで体が硬直してしまう、己の闇の箱を。
「解放して…何になる?それで…自分がどうなるのかなんて、俺には見当も付かない…」
シータは息を吐くように呟いた。
「だから怖いのね…」
アムイは悔しそうに頷いた。
「そうだよ。細かく言えば、箱を開ける事自体が解放ではない。
…箱に閉じ込めていた闇を…どのくらいの時間がかかるか…自分にもわからないその闇を…。
自分で解放し、昇華していかなくてはならないんだ…。キイと同じように…。
この箱を開けるという事は、再びあの恐怖と向き合うという事。…わかってはいるんだ…」
「その勇気が持てない…」
アムイは深い、溜息をついた。
「それを…この俺に…今まで逃げ回っている俺に…できるのだろうか…」
アムイはぼんりやりと瞳を宙に漂わせた。彼の苦しみから出たその言葉に、シータはそっと呟いた。
「できるわよ…。当たり前じゃない。
アンタは天下の【暁の明星】でしょ?【宵の流星】の片割れでしょ…。
…その宵にアンタは愛されてる唯一の男なのよ…。自信を持ちなさい
キイができた事を、アンタに出来ないはずはないのよ…!」
その頃サクヤは一人、暗い部屋でじっと息を殺していた。
…自分の過去を、他人に話したのは初めてだった。
この十年、放浪の旅に出て、色んな人間と出会い、様々な状況を乗り越え、自分を鍛え、…ずっと無我夢中で生きてきた。
その中で、アムイに出会ってからが、自分は一番充実していた。
強くなりたい…
それはあの国を、あの組織を出る前から自分は常に思ってきた。
自分にない強さを見せ付けられて、自分はずっとアムイについて来た。
最初はアムイの他人を寄せ付けないところが、自分の過去を探られず、干渉されずで心地よかった。
ずっと疎まれても、アムイに惹かれ、憧れる気持ちは薄くならなかった。
いや、最近は距離が少しでも縮む事が嬉しかった。
その彼が、自分の滅びた祖国の王の血を引いている事実に、驚き…、いや、喜びで心が震えた。
それは理屈からじゃない、自分の魂から湧き起こってくる初めての感情だったのだ。
サクヤの胸中は複雑だった。
皆に告白した内容は真実だ。だが本当の事を言えば、全て事実を話したわけではない。
他人には絶対言えない、自分の過去の一部。
あの連中と共に過ごさなくてはならないために、自分の感情が闇に葬られてきた事。
そして自分が大事に思う人間があいつらに踏みにじられていった事。
…あの親方の自分に対する異常な執着…。
自分の中では、まだ機が熟しているとは言えない。
計画ではまだもう少し先だった。
…だが、あの顔に会ってしまった…。あの憎たらしい男が自分の前に現れてしまった。
サクヤは暗い目で闇を睨んだ。
(…今がその時なのかもしれない…。遅かれ早かれ、この時を思って自分は生きて来たのじゃなかったのか…。それが少し早くなっただけだ)
彼は唇を噛み締めた。本当は中途半端に、この旅を終わらせたくなかった…。
だけど…。
自分は今から自分の闇と向き合い、戦う覚悟を決めた。
それはあの地獄から逃げ出して、ずっと思っていた事だった。
向き合わなければ、前に進めない…。
戦う時に戦わないと…前に進めない…。
泣きたいときに泣いておかないと前に進めなくなると同じで…。
サクヤはゆっくりと部屋を出た。
辺りはしん、としている。
人ひとりいない廊下を出口の方に進んで行くと、途中でアムイと遭遇した。
「兄貴…」
アムイはサクヤの顔を見ると、いつものごとく片眉を上げた。
思わずふっと笑ってしまう。
初めて彼に声をかけた時も、「何だ?」という顔で、尊大に片方の眉を上げてた。
「何処に行く?」
「ちょっと用足しに」
サクヤは屈託なく微笑んだ。
田舎の宿のほとんどが、洗面所や風呂などが外に作られている。
アムイは疑う事もなく、小さく「そうか」と呟いた。
サクヤはちょっと胸が詰まった。
本当に天の采配だというのなら…。何故、“今の時”だったんだろうか。
「ねぇ、兄貴」
彼は思わずアムイを呼び止めた。
今度は少し柔らかな表情で、アムイは「ん?」と首を傾げた。
「…本当の自分というものを、どのくらいの人間がわかってるんだろうね…」
「サクヤ?」
「人間って…面倒臭い生き物だよね」
そう言うと、ニヤッと笑ってサクヤはすぐにその場を離れた。
アムイがどんな顔をしたか、見たくなかった。
お互いが抱える闇。過去に受けた傷。
その闇に翻弄され、本来の自分を歪めてしまったのなら…。
それは取り戻す事が可能なのだろうか?
外に出た途端、思わずサクヤは身震いした。
いや、闇に出会う事が天の意なら、歪んだ自分も本当の自分なのだ。
そしてそれを越えて、新しい自分を見つけたとしても、それも自分自身なのだ。
人は変わりゆく…。
不変のものが存在するその横で、変わり続けるものがある。
サクヤの姿は闇に溶けていった。
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