暁の明星 宵の流星 #85
「サクヤ!あっちへお行き!ここはお前のいる所じゃないよ」
気風のいい声が飛ぶ。
サクヤが取引先からガイアと共に帰ってきて、親分に色々とその時の様子を聞かれていた時だ。
ゴウ親分がサクヤに色々質問しながら、その都度、彼の身体に何もされていないかを、自分自身で調べるのは日課になっていた。
「そう尖るな、ミギ」
親分 はサクヤを睨みつける自分の女房に見惚れた。
彼が商売で手に入れた女を、自分の物にしたのは、彼女が初めてだった。
サクヤがここに来る前から、この女は自分の女房だ。
元々東の島の豪族の娘だけあって、気高く、乱暴な言葉使いをしていても、どこか上品さが漂う。
ミギの家は落ちぶれて、当主の娘である彼女は世話をしていた使用人達の生活を守るため、娼館に売られる事が決まっていた。それで、あるツテでゴウ親分が買い付けに来た時、彼女の美しさに目が眩んでしまった、という事だ。本当は桜花楼に行く予定だった彼女を、無理やり自分の愛人でなく妻にした。ゴウは美しいものに目がなかった。それでも商売として扱う人間には手は出さない主義だったのだが。…甥のイゴールは好き勝手やってはいるが、自分は商売品に手を出す趣味はない。
だがこの女だけは別格だ。なにせ落ちぶれたとはいえ、一島の豪族のお姫様だった。
白い肌に流れるようなブロンズ色の髪。こげ茶色の瞳はいつも人を射るように力強かった。美しいだけでない、ゴウはミギの気の強い所が気に入っていた。気風もよくて面倒見がいい。一家の頂点に立つ女として申し分なかった。
ゴウ=ゴズモルは南でも屈指の闇組織のボスだ。元々兄とやってきた組織だ。
その兄が他組織との抗争で亡くなってから、ずっと彼が切り盛りしている。
兄の忘れ形見であるイゴールは、兄とそっくりで見境のない問題児だったが、ゴウには可愛い甥だった。
ゴウは自分の気に入ったものは、大切にする性分だ。
そして異常に自分のものに対する執着心が強かった。
大事にしているものを、他人に触られたり干渉されるのを嫌った。
特に傷などつけられたり、奪われようとするものなら、何をするか判らないほど切れるのだ。
味方につければ頼りになるが、敵にすると冷酷無情な恐ろしい男だった。
「ねぇ、あんた、早くこの子を追い出してよ。この部屋はあんたと私の部屋なんだからね」
そう言いながらミギはゴウに擦り寄った。
「何を焼きもち焼いてるんだ、ミギ。まったくしょうがねぇなぁ…。おい、サクヤもういい、部屋に戻れ」
サクヤは小さく頷くと、逃げるように部屋を出て行った。
「あんた」
ミギはゴウの首に自分の両腕を絡ませ、自分の方へ引き寄せた。
「…まさかと思うけど…。本当にあの子に特別な感情なんて…持っていないわよね…」
ゴウは一瞬固まったが、ふっと笑うとミギを抱きしめた。
「本当にお前はサクヤが気に入らねぇみたいだな。大丈夫、お前を袖になんかしやしないから」
まったく。いつも気性は激しいが、組織の者を疎ましく扱ったことない女なのに。
最初からサクヤにだけは対抗意識があるのか、毛嫌いしているのが見え見えだ。
…女の勘ってやつだろうか…。
ゴウがサクヤに抱いている本当の気持ちに、彼女は気が付いているのでは…。
「俺に男と稚児趣味はねぇって、何回言ったら気が済むんだ。サクヤは大事な商品だ」
ミギは疑いの目でじっとゴウの顔を見つめた。
「本当かしら…」
「おいおい、焼きもちも対外にしろ。サクヤとガイアがいい契約をまとめたんだ。今晩は祝宴にするぞ」
祝宴が終わり皆が寝静まった頃、後片付けで遅くなり、ひとりで部屋に戻ろうとしたサクヤに、小さな声で呼び止める人影があった。
「サク」
「姐さん」
サクヤの顔がぱぁっと輝く。
「これ、少しだけどあの子達に持っておいき。…今日は疲れたろう?ゆっくり休むんだよ」
そう言うとミギは、異国の珍しい菓子の入った袋をサクヤに渡した。
「ありがとう…姐さん…」
サクヤは嬉しそうにミギを見上げた。
「…サク。お前は幾つになった?」
「十五だよ、姐さん」
「そう…。早いね。来た時はまだ7つだったのに…」
そう言うと、ミギはサクヤの手を取った。
「…あの人は怖い人よ…。こうやってお前と私が仲がいいっていうのがばれたら…。
きっとこうして話す事もできなくなる…。お前は早くここから出た方がいいのかもしれない…」
「姐さん…」
「いい?サク。お前はここにいてはいけない子なのよ…。親分ははぐらかしているけど、あいつ…」
ミギはそう憎らしげに呟いたが、はっとしてサクヤをもう一度見た。
「なるべくあいつ…親分と二人きりにならない方がいい。私ができるだけ邪魔するけど…」
「姐さん、大丈夫だよ。オレ男だし。それに二人になっても親分はオレに何もしないよ?確認で触られる事もあるけど…」
そう言って自分に微笑むサクヤに、ミギは切なくなった。
連れてこられた時は、にこりともしない、何も喋らない子だったのに…。
ミギは誰にも言わなかったが、サクヤは生き別れた弟を思い出させるのだ。
ゴウの性格をよく知る彼女は、彼のサクヤを見る目に気が付かない訳がなかった。
あの人は思い入れたモノには優しいが、その反面、自分の思い通りにならないと切れる。
ゴウが執着に取り付かれると、何をするかわからない、切れると平気で残酷な事をする性格を知っているからこそ…ミギは怖かったのだ。その究極な所にサクヤがいるような気がして、彼女はこうして陰ながらいつもサクヤを心配していた。
サクヤにとって、ミギの存在は心の救いだった。
母のように姉のように自分を気にかけてくれている。
この荒んだ組織の中で、ガイア兄貴と共に、心許せる大切な人間だった。
十五歳になったサクヤは、まだ成長期で、容姿は女の子と見間違えられる事が少なくなかった。
だから商談のためとはいえ、いつも女装させられるのが嫌でたまらなかった。
髪も親方の命令で、絶対に切ってはいけない。
だから艶のある黒い髪は腰まで伸びて、それを一つにいつも結んでいた。
仕事で女の格好をさせられる時だけ、髪をほどいていくのだが、それが自分で思っているよりも、男達に評判だったらしい。難しい商談でも、ガイアの話術と、サクヤの容姿で何もかも上手くいった。
でもサクヤにとっては煩わしいだけだ。…いつか…。ミギ姐さんの言うとおり、ここを出て行けたら自分で切ってやる…。ゴズモルに繋がれた鎖のようなこの長い髪を、自分で断ち切ってやるのだ。
商談の他に、サクヤは買い付けされた女子供の世話も任されていた。
特にサクヤは小さな子供を任されていた。だから子供の相手は慣れている。でも一番辛いのは、その子達が売られていってしまう事だった。だからサクヤはあまり子供達に入れ込むことが出来なかった。
でも、それでも何人かは心の通う子達がいた。だがすぐにサクヤの目の前からいなくなるのだ。
その度サクヤは涙を流した。
その中でも、マシュという十二歳の少年はここに来た時からサクヤに懐き、自分を兄のように慕ってくれていた。
その子は混血のためか、珍しい瞳の色を持ち、エキゾチックな顔をしていた。そのため重宝がられて、サクヤ同様、個人に高額で売る予定で、長くここに滞在していた。
自由もない、人を人とも思わない連中との暮らしの中で、ミギ姐さんやガイア達は心の支えだった。
だが、サクヤとの表立った交流は、暗黙の了解で公に出来ない状態だった。
……それはサクヤも薄々感じてはいた事だった。ミギ姐さんを安心させるため、あえて笑い飛ばしたが、親分の自分に対する態度に…異常なものをじわじわ感じていたのは確かだ。
それは自分が成長するにつれて大きくなっていっていく。
自分と関わった人間が、いつの間にか、自分の目の前からいなくなるのだ。
サクヤが女の子みたいな容姿をしていたとしても、中身はちゃんとした男だ。
異性と恋をする事だってある。自分は幼い頃からミギを密かに思っていた。
それはどのような思慕だか、子供のサクヤには判らなかったが、ずっと慕っていたのは本当だった。
そんな時、サクヤは1年前に連れてこられた、同じ歳のリリという少女に深夜、外に呼び出された。
彼女は一週間後、この国の娼館に売られる事になったのだった。
リリは泣きながらサクヤにしがみついて告白した。
「私…。サクヤが好き…。ずっと好きだったの。もう時間がないと思って…」
「リリ…」
「桜花楼に行くほどの器量がないのは判っている…。ミギ姐さんみたいに自分も綺麗だったらよかったけど…。
サクヤがミギ姐さんの事、好きなのも判っていた。だけどそれでもいい。
お願いサクヤ、初めてはあなたがいい。これから娼館に行って、知らない男に最初に抱かれるより、せめて好きな人に…」
「リリ。君は優しくていい子だよ。オレは知っている。だって、一年も一緒だったんだから…」
彼女は目立たない、大人しい娘だったが、気立ての良い優しい所に好意は持っていた。
しかしサクヤは戸惑った。こんな事は初めてだからだ。
だが、彼女の切羽詰った感情の渦に、若いサクヤは抗えなかった。
互いに初めてで、ぎこちなかったが、熱い夜を過ごした。
幸せの涙に咽び、小さな声で自分の名を呼び続ける彼女を、サクヤは愛しいと心から思った。
「サクヤほど、綺麗で優しい男を…知らない…」
溜息交じりで囁きながら、リリはこれで自分は生きていける、と思った。
この痛みも、甘い疼きも、全て彼の思い出と共に、ずっと自分のものなのだ。
「リリ、ここを一緒に出よう。オレと一緒に、ここから逃げよう」
たまらなくなってサクヤは言った。
いつかここを出るつもりだった。今がその時かもしれない。
いじらしい彼女を、ずっと守ってやりたかった。このまま渡したくないと思った。
彼女は驚いて濡れた瞳を見開いたが、小さくコクンと頷いた。
サクヤは決意した。できれば明日の晩にはここを出て行こうと思った。
寝所に戻ろうとする彼女にサクヤは言った。
「明日の晩、ここでまた会おう。何とか二人でここから出よう」
完璧な策はなかったが、ずっとここにいたサクヤはある程度内情もわかっている。
明日はちょうど親分達はイゴールの父親の法事で明晩から留守になる。この時しか多分チャンスはない。
リリは不安そうな顔をしている。だが、彼女もこのまま娼館には行きたくない。
大きな賭けだが、好きな人とずっといられるのなら…。
その様子に気が付いたサクヤは、リリを抱きしめ優しくキスをすると、安心させるように笑ってみせた。
「約束だよ」
「うん…。約束ね」
そしてサクヤは自分の耳に着けていた飾りを一つ外すと、彼女がお守りにして身に着けている首飾りにつけてやった。そしてそれを彼女の胸元に隠した。
「これでオレ達はいつも一緒だ。絶対、人の目に晒しちゃ駄目だよ」
だが、次の日。…リリの姿は消えていた。
動揺したサクヤは、娼館担当の男に問い質した。
「あの娘は、今朝、急に売るのが早まって、もう連れて行かれたぜ」
失意のサクヤはなす術もなく、誰もいない裏庭で声を殺して泣いていた。
…何故だ?何故自分が思い入れた人間が、いつもこうして目の前から消えていくんだろうか。
姉も…世話した子や…自分に優しくしてくれた外の人間まで。
自分の無力さに、今回ばかりは怒りを感じていた。
「サクヤ」
押し殺した声が、サクヤの耳に届いた。
「兄貴」
いつの間にか、ガイアがサクヤの近くに来ていた。
「いいのか?個人的にオレに近づいて…。親分から釘さされてんだろ?」
「…お前…どうしたんだ。今日はかなり様子がおかしかった…。
どうしても放っておけなくて」
その言葉でサクヤの感情が決壊した。
声は出せなかったが、ガイアにすがり、嗚咽した。そしてひとしきり泣くと、小さな声で全てを話した。
ガイアはサクヤを受け止めながら、黙って話を聞いていた。
彼はサクヤの話を聞き終わると、切なそうにサクヤの頭を温かな手で引き寄せ、胸に抱きしめた。
「…サクヤ。…その子を好きだったんだな。守ってやりたかったんだな…。
その辛さ…、俺もよくわかる…。俺も…自分の無力さに…いつも情けなく思っている」
「ガイア兄貴も?」
「ああ。…だが…」
ガイアは遠い目をした。
「…俺はどうしようもない…。それでも諦める事はできない…。
好きだと、愛している気持ちを、どうしても止められない相手というのは、世の中に一体どのくらいあるものか…。
傍にいて、守ってやりたい相手…。お前のように、俺も決意すればよかったのか…」
サクヤは彼が何を思って言っているのか、はっきりしなかったが、ただ、全身から叶わぬ恋で苦悩している事はわかった。
もっと詳しく聞こうと口を開いた時、ゴウの怒声が辺りに轟いた。
「お前達!一体何してやがる!!」
二人は青くなって弾くようにして離れた。
ぎらぎらした目で、二人を一瞥すると、ゴウはガイアに顎でこちらに来るよう命令した。
「あ、兄貴…」
真っ青になったサクヤが後を追おうとして、ガイアに制された。
ガイアは大丈夫、と声に出さず呟くと、サクヤを安心させるように片目を瞑った。
去って行く二人を見て、サクヤはいい知れぬ恐怖を感じていた。
その次の日。ガイアは一味から姿を消した。落とし前の指数本残して。
サクヤはもうどうしたらいいのかわからなかった。
もう本当に此処にいたくなかった。
ガイア兄貴がいなくなり、しばらくして心の頼りだったミギが体調を崩してほとんど顔を見せなくなり、サクヤは孤独で押し潰されそうだった。
実は自分には時おり監視の目が光っていた事に、サクヤは気が付いた。
何故なら今まで密かについていたと思われる監視が、それ以来、これ見よがしにサクヤの前に姿を現すようになったからだ。…まるでゴウ親分の警告のように…。
サクヤはこれで益々行動を制限されていった。
その中で、自分を慕ってくれるマシュに癒されても、またこのような辛い思いをするのが怖くて、監視の目もあった事から、彼と話をできなくなってしまった。
それからひと月して、ミギ姐さんの懐妊が知らされた。
ここのところの体調不良はその為だったようだ。
親分は事の他大喜びで、組全体で彼女を大事に扱うよう支持した。
サクヤはミギを見舞い、顔を見たかったが、表向きは仲が悪い事になっている…。
悶々とした日々が続いていた。
そんなある日。
いきなり商談にサクヤでなく、マシュを使う、と言ってきたのだ。
「なんで…?」
親分は何も言わなかったが、下世話なイゴールはニヤニヤしてこう言ったのだ。
「今回はどうしても断れねぇ大事な客なんだと。そいつが見目の良い少年を所望してるのさ。
……今回ばかりは伽の相手も入れての接待だからな。お前じゃ無理だろ?」
サクヤは我慢できなくて親分に掛け合った。
「ゴウ親分!何でオレの代わりにマシュを行かせるんですか!?
まだあいつ、十二歳ですよ!オレの方が…」
「お前は絶対に駄目だ!!」
サクヤがあまりにも食い下がるので、手を焼いたゴウは、その日、サクヤを監禁した。
失意の中で、監禁が解かれたサクヤに待っていたのは、マシュの死の知らせだった。
「どういう事なんだよ…」
サクヤは頭が真っ白になった。
「何でマシュが死んだんだよ!!」
いつも商談の付き添いをしている、手下の一人にサクヤは噛み付いた。
その男はいつにない、サクヤの剣幕に押され、しぶしぶ真相を話した。
「なんだって…?」
サクヤは耳を疑った。
「本当は客人は…お前を所望してたんだよ。でも親父殿が絶対許さなかっただろ?
…それで…その…見返りにマシュを差し出したんだが、あいつかなり客人に抵抗しやがってよ。
で、客人もお前じゃないというイライラから…その…。かなりマシュをいたぶったらしい。
気が付いていたら息をしてなかったんだと…。
帰ってきた遺体見たが、かなり破損しててなぁ。あちこち殴られたり犯された痕が…」
サクヤは自分が奈落の底に沈んでいくような感覚を覚えた。
「じゃあ…何だ?マシュはオレのせいで死んだのかよ…」
何が何だかもうわからない。
色んな事が頭の中でぐちゃぐちゃになっている…。
サクヤはふらふらと自室に戻ると、自分の荷物の中から、修理用の道具を取り出した。
その中から、掌に納まるほどの小型の錐(きり)を手にし、懐に仕舞った。
「あいつ…。まだ十二だったんだよ…」
サクヤの目から涙が溢れる。
「…なんであいつがそんな目にあわなきゃいけないんだよ…!!」
もう限界だった。
意を決した眼をして、サクヤは親分の部屋の扉を叩いた。
身重のミギ姐さんは、身体の事を考えて、最近は部屋を別にしていた。
…都合が良かった。
サクヤを部屋に招き入れたゴウは、いつにない感じに眉をしかめた。
「なんでぇ、サク。お前が俺の所に自分から来るなんて…」
「親分…。何でオレを行かせてくれなかったんですか!!
その為に何でマシュが死ななければならなかったんですか!
オレをいつものように行かせていれば…」
サクヤの苦渋の顔に、ゴウは相手が何のために此処に来たのか悟った。
「んな事、できるわけないだろう?お前をあんな豚野郎に好きにさせられてたまるか」
サクヤの目が光った。もう、ここではっきりさせた方がいいと思った。
「何でです…?何でそんなにオレを特別扱いするんですか…。
何でオレに監視なんかつけるんですか!何でこうも干渉するんだ…」
ゴウは涙を浮かべているサクヤの顔をじっと見つめていたが、すっと傍に近寄ると、後ろで束ねていたサクヤの髪の紐を解いた。長く、綺麗な黒い髪がはらりとサクヤの顔の周りに舞った。
「親分…?」
サクヤはドキッとしてゴウの顔を見た。
「大きくなったよなぁ、サク。俺の思ったとおりに成長している」
ゴウのうっとりするような言い方に、サクヤはぞっとした。
「…お、親分は…。オレを自分の思ったとおりに育てて…、もっといい所へ売ろうとしているんでしょ?
……皆言っていた。親分は男と…子供には興味がないって…」
平静さを装おうとしたが、上手くいかずに声が裏返った。
「売る?お前をか?」
ゴウは可笑しそうに目を細めた。
「…売るわけなんてねぇだろ?大事な俺のものを。
…お前がここに連れてこられたときから、お前は俺のもんなんだ」
「親分…」
サクヤのこめかみから一筋の汗が流れ落ちた。
「だからさ…、サク。他人がお前をいいようにするのが許せねぇんだよ…。
お前が俺以外の人間と深く関わるのはもっと許せねぇ」
そう言うとゴウはサクヤの腕を鷲掴みにすると、寝所のある部屋の方にもの凄い力で引きずり込んだ。
「親分!!」
サクヤは動揺して抵抗しようとした。が、ある物を見て、彼はぎょっとし、凍りついた。
「見ろ、サクヤ。お前に近寄った奴らからの戦利品だ」
寝台の横に引き出しがあり、その上に色々な物が無造作に置かれていた…。
サクヤは目を背けたかったができなかった。だってそこには…。
「これはお前に色目を使った隣の家の使用人の耳飾だろ?それからこれは得意先でお前にいたずらしようとした奴の髪だ。…それから…」
得意げに、まるで自分の宝物を見せるかのごとく、ゴウはその“戦利品”とやらの説明をしている…。
そこには血や肉片のついた飾り物や、人の髪、…ともすれば骨まであり…そして…。
「…これはガイアの指だ」
横目でサクヤの反応を見ながらゴウは笑った。
サクヤは無造作に置かれた3本の血の付いた指を見て、眩暈を起こしそうになった。
だが、それもできなかった。何故なら、その横にあったのは…。
「…リリ…」
サクヤの目は吸い寄せられるように、血の付いた首飾りに注がれていた。
間違いなかった。
自分が…約束の証として彼女に贈った…自分の耳飾りのついた…彼女の首飾りだ…。
「この小娘だけは一番許せねぇ。何せお前と契ったんだからな…。
俺様の大事なお前を穢したんだ。その報いは受けなきゃならんさ」
「まさか…」
「ああ、お前たちが逃げようとしてたのもわかってたさ。だからすぐあの小娘に思い知らせてやろうとな。
…まぁ、子分供も乱暴だったかな。久しぶりの女だったようでちょっと扱いが…な。
可哀想だから俺がとどめを刺してやったんだ」
サクヤの中で、怒りと共に殺意が湧いた。
……この男は…人間じゃない…。
この時こそ、自分の無力さに絶望した事はなかった。
強くなりたい…。
こんな奴、こんな組織、潰せるくらいの強さが欲しい。
サクヤは自分のせいで、踏みにじられた人達の遺品を、空ろな目で見つめた。
自分の大切な人達の、無念を感じていた。
(おい、サク。笑って相手を油断させるのも手なんだぞ。
お前の笑顔はそれだけの破壊力がある。ここぞという時に使ってみろ。
ま、頭を使えって事だな)
ガイア兄貴の声が頭を駆け巡る…。
微動だにしないサクヤに、ゴウは言った。
「サクヤ。…わかったろう?俺のお前への思いの深さを。
お前のような奴、初めてだ…。
お前と出会って、男も女も関係なく欲しくなる人間がこの世にいるんだと知ったよ。
…それでも俺はガキには興味ねぇ。…だから…待ってたんだよ。
お前が大人になるのを…。大事に俺好みに育つのをな…」
そうねっとり言うと、ゴウはサクヤの後ろに回りこみ、真綿で包み込むかのようにじわじわと背中を抱きしめた。
「……」
「俺はお前が十八になるまで待つつもりだったが、気が変わった。
お前を放っとくと、悪い虫が寄ってきてしょうがねぇや。
…もう俺のものにしとかねぇと、駄目かもな…」
俯いていたサクヤは、まわされたゴウの腕にそっと自分の手を添えると、小声で呟いた。
「…そんなに…オレのこと…思ってくれてたんですか…」
「ああ、もちろんだ」
ゴウはそう言ってサクヤを振り向かせた。
サクヤは俯いていた顔をゆっくりと上げた。
ゴウの息を呑む音がした。
…サクヤは妖しげに微笑んでいた。長い黒髪が白い顔にかかって、異常に男心を誘った。
「サク…」
ゴウは寝台にサクヤを押し倒し、サクヤの腰布を解き始めた。
「お前がその気なら、俺は一生可愛がってやるからな…。
本当にお前の肌はきめが細かいな…。
セド人は男でもこういう肌の人間が多いと聞いていたが…」
そう言いながらゴウはサクヤの白い首筋に口を寄せ、徐々に下に落としていく。
「姐さんは…?」
ポツリとサクヤが言った。
「ミギの話は今はやめろ。…あれもあれで俺のものだが…。お前が手に入るならもういい。
子供も生まれるしな。…ミギにはせいぜい子育てに専念してもらう…」
サクヤはさっき懐に仕舞っていた錐(きり)を、隙を見てすでに手に隠し持っていた。
「親分…。もし…オレが言う事を聞くなら…。教えてくれませんか?」
ゴウの手が止まった。「何だ?」
「オレの…実の姉貴の居所を…。何処の娼館に売られたかを…」
サクヤはずっと気にしていたのだ。5歳年上の…優しかったフブキ姉ちゃん…。
誰もあの当時、姉の話をしてくれなかった。だが、今なら…。
ゴウは困った顔をしてサクヤを見つめると、哀れむように答えた。
「すまんなぁ、サク。お前の姉貴は…」
サクヤはもう涙も出なかった。…イゴールの奴…。あいつは本当に最低だ。
いつか絶対、本当の事をあいつ自身に喋らせて、姉貴の敵を取ってやる…!!
だが今はこの目の前の憎い男に、一矢報いる方が先だ。
ゴウが自分の身体に興奮しているのが伝わる。
今奴はその事に夢中だ。
「親分…」
「なんだ?」
サクヤの胸をはだけさせ、そこに口付けをしていたゴウがふっとサクヤの顔を見上げた。
その一瞬の隙に、サクヤはゴウの右目に勢いよく錐を突き立てた。
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