暁の明星 宵の流星 #87
ゆっくりとした足取りで二人が宿に到着するなり、シータが慌てて駆け寄ってきた。
「あ!アンタ達!何処に行ってたの?こっちは大変だったのよ!」
シータはいつもより動揺しているらしく、二人を見た途端いきなりこう叫んだ。
「どうかしたのか?何かあったか!?」
「どうもこうもないわよ。アンタ達一体何処に行っていたの?
大事なときにいないんだもの…」
と、言いながら、サクヤの怪我を見て、シータは瞬時にして二人が何をしてきたのかを悟った。
「…、と、とにかく早く部屋に来て」
シータはそう言うと、自分達の部屋に二人を引っ張った。
「だから一体どうし…」
アムイは部屋に入った途端、どきっとした。
寝台の上に、かなりの怪我を負った人物が横になっており、その傍に昴老人(こうろうじん)が容態を診ていた。
近くにイェンランがいて、昴老人の手助けをしている。
アムイはその怪我をした人物の顔を見て、驚きのあまり呟いた。
「アーシュラ…」
それは紛れもない、ゼムカ族護衛隊長、アーシュラ=クロウだった。
「どうして…アーシュラが…」
「うむ。…明け方にこの宿に担ぎ込まれてきたんじゃ…。
何かボロボロの状態で、この村にやって来たらしく…。その、お主の名前を呼んで…。
で、倒れた所を、村人がこの宿を探して連れて来てくれたんじゃ」
「俺を?」
アムイは驚いて、アーシュラを再び見た。
彼はどこかに落ちたのだろうか。かなり打撲の痕と裂傷があり、額と、胸に痛々しく包帯が巻かれている。
今は昏々と眠っている様だった。
「アーシュラは大丈夫なのか?爺さん」
「かなり痛々しいが、命には別状ない。今はわしが作った薬でよく眠っとるだけじゃ。
シータに聞いたが、この男もさすが聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)にいただけあって、崖に飛び込んでもこのくらいで済んどるのが凄いのぉ」
「崖から飛び降りた!?」
サクヤが驚いて声を出した。
「来た当初はまだ意識があったでの。簡単にじゃが、その様に本人が言っておった。
…とにかくわしの“気”を増幅させる薬を飲んでおけば、かなり回復するはずじゃ」
アムイは呆然としてアーシュラを見つめていた。
この男が…。自分をあれだけ毛嫌いしているこの男が…俺の名を呼んでいた?
アムイは嫌な予感がした。
彼がずっとキイを大事に思っているのは、昔から知っていた。
あの当時は仲の良い友人という認識しかなかったが、あの桜花楼(おうかろう)での再会でアムイは確信した。
…アーシュラは…キイを愛している…。
そのアーシュラが、何故わざわざこのような怪我をしてまで、自分を訪ねて来たのかがひっかかる。
まさか…。キイに何かあったのでは…。
「とにかく、アーシュラがある程度回復しないと、詳しい事は聞けないでしょうね…」
シータが心配そうに、そう呟いた。
「彼の目が覚めるまで、次に進む事ができなくなったわね…。
ま、サクちゃんも怪我してるようだし、仕方ないか。
ほら、アンタの方も手当てするからいらっしゃい」
シータはイェンランと共に、サクヤを連れて部屋を出て行った。
取り残されたアムイは、しばし沈黙した後、共に残った昴老人にポツリと言った。
「なぁ、爺さん…。俺、決めたんだ」
昴老人はアムイの顔を見上げた。いつにない、緊張した声だったからだ。
「決めた、とな…?」
アムイは頷いた。
「俺、自分の闇の箱を開ける事にした」
昴老人は何度も頷くと、「わかった」と一言呟いた。
「…この箱を開けると決心しても、恐怖は変わらない。今でもこの場に崩れそうだ。
でも…。もう自分でも限界を感じている。このままではいけないと」
アムイは視線を床に落とした。
「お主が超えていかなければならない…一つの大きな山に来ているには間違いない。
…竜虎(りゅうこ)が言っておった。
…キイが…お前を思うあまりに、自分から先に超えていったように…」
「キイ…」
「…あやつは余程、お主が好きなんじゃろうな。
…先に自分が克服せねば、お前を守る事ができんと、本気で思っておるらしい。
それでも…じっと待っていたはずじゃ。
お主自身が過去と立ち向かい、克服しようとする時を」
アムイの脳裏に、今までキイと過ごした日々が駆け巡っていった。
キイは辛かったろうに…。
いつまでも自分から離れず、しがみついていた俺を見ていて。
(俺はお前しか必要ないんだ)
その言葉を言う度に、どんどん顔が曇っていたキイ。
特に聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)を共に出た頃から…。
まるで一つの魂を分けて生まれてきた二人だったが、今は別の肉体にそれぞれ生きてる。
お互いの事を自分の事のようにわかってはいても、本当の胸の内というのは、本人がはっきり口にしないと、伝わらないものなのだ。
それが、肉を持って生まれる事だ。違う人間として生まれるという事だ。
魂は同じでも、この地に分かれて生まれた限り、まったく別の人間として存在するという事実。
魂の記憶はあっても、この地上では別の個人だ。
彼が何を考え、何を思って…何となくわかっているつもりでも、真実はその本人でしかわからないのだ。
その自分自身でさえも、自分の気持ちがわからなくなる時があるというのに…。
それと同じで、キイが何を思っているのか、考えているのか、アムイはたまに見失う事もあった。
…そうだとしても、昔と変わらず、互いの気を読む事に長けている二人は、本人が拒否している時はそれを察知し、触れないでしまう。感情が、気持ちが直接伝わるほど、相手を思ってそっと距離を置いてしまうのだ。
それは互いにとって、いい時もあり、悪い時もある。
…キイはそれを知っていた。
そのように多くを語らずしも、こうして気を読んでしまう事で、アムイは彼の狂おしい闇をずっと肌で感じていた。
そしてそれを懸命に超えようとしていたのも感じていた。
……知っていて自分は…キイに甘え続けたのだ。
心の奥底ではわかっていた。…自分の弱さを。自分の情けなさを。
……でも、わかっていても、どうしようもない、どうする事もできない…。
そんな状態は、そうなった者でなければ理解できないだろう。
《自分ではどうする事もできない心の恐れ》を知らぬ人には、
“何故、わかっているのにできないんだ?”
“何でわかっているのにやらないんだ?”と責める者もいるだろう。
そんなのは自分が一番よく知っている。
できるのなら、とっくにそうしている。
…だからこの何十年…自分はもがき、苦しんだ。
それをよく知っているキイは、自分を責めずに優しく包んでくれていた…。
…自分はそれに甘え、依存していた。キイの温かい腕の中で。
「時間が…かかるかもしれないけれど…。
ひとつひとつ、克服していかなくては…いけないんだ。自分のために。
キイの庇護の下、ずっと震えていながらも、心の何処かでこのままでは駄目だという声がしていたのも事実だ…。
勇気を出すきっかけが、なかなかなかった。…それをさせてくれたのはサクヤだ。
俺と同じ歳で…。セドが無くなった為に…過酷な道に進まなければならなかった…あいつの存在で、自分は目が覚めた気がするんだ。…己の甘さを…、どれだけ情けなかったのかを」
下を向きながら、ポツリポツリと語るアムイに、昴老人は黙って聞いていた。
そしておもむろにこう言った。
「アムイよ…。人には様々な出会いがある。
物との出会い、環境との出会い、…人との出会い。
停滞している水は、新たな刺激で再び流れる。全ての出会いとはそういうものじゃ。
…そしてそれは、大きなものであればあるほど、重要な事であればあるほど、全ては絶妙なタイミングでやってくる。機が満して起こるものじゃ。もしその出会いのタイミングがはずれ、自分にとっての苦行となるなら、それも天の意。己に何かを学べという事。……遅い、という事はないと思う」
「爺さん…」
「サクヤはお主にその事を教えてくれるために、この地で出会ったのかもしれんの。
お主は、人に対してかなり恐怖を感じて、このようになっているようじゃが、この地に様々な人間が存在している限り、嫌な相手もそうでない相手も、自分の魂にとって重要だったりする。傷つき、苦しみ、停滞し、回り道したとしても、人生に無駄な事はひとつもない。…気づき、勇気を持ち、進もうとする気持ちがあれば、きっと超えられるぞ。それを信じるのじゃよ、アムイ」
「……」
本当は今でも怖い。箱を開けて、自分がどうなってしまうのかが怖い。
でも、もう決めたのだ。このままでは本当に自分は駄目になってしまう。
「…俺は…。自分が少しでも成長した姿で、キイに逢いたい。
離れていた間に、これだけ前に進んだという事を、俺はあいつに見て貰いたい。
この四年…無駄に過ごしてなかったと。
だから…」
「キ…イ…?」
突然、アーシュラの唇が動いた。
アムイと昴老人ははっとして、寝台に横になっているアーシュラの様子を伺った。
「アーシュラ!」
彼は苦しげに呻くと、目をうっすらと開けた。
「俺は…」
ぼうっとした目にアムイの顔が映って、アーシュラは意識がはっきりした。
「アムイ!!」
思わず飛び起きようとしたが、全身の痛みで起き上がれない。
「おい、無理するな!」
そんなアーシュラを抑えようと、アムイは彼の肩に手をやった。
「アムイ…!…聞いてくれ…」
それでもアーシュラは荒い息で、アムイの手を押しのけようとする。
「おい、そんな状態で、今話しても体力を消耗するだけだぞ。もう少し休んでから…」
「いや、早くお前に話さなくては…。もう時間があまりないんだ」
その言葉にアムイはビクっとした。
「時間が…ない?それってどういう事だ…。キイが…キイに何かあったのか?」
アムイの顔色が変わった。
この男がこんなになってまで、自分に会いに来た理由なんて、一つしかないだろう。
わかってはいたが、こうして直に言われると、不安が一気に押し寄せてきた。
「仕方ないのう。とにかく、これを飲みなされ。
さっきの“気”を増幅させる薬の2倍の力の出るヤツじゃ。
ま、気付薬として使っている、わし特性の特効薬じゃぞ。これを飲めば、かなり身体も楽になる」
と言いながら、昴老人はアーシュラに小瓶を持たせ、飲むよう促した。
「この瓶は…」
アーシュラは渡された小瓶を見て驚いた。
…ザイゼム王が持っていた、キイを甦らせた薬瓶と同じ紋が刻まれている…。
「こ、この薬は…?これをお作りになったのはご老人か?」
「うむ、まぁ、そうじゃが…」
「あ、ああ…。貴方は一体…」
「この方は北天星寺院(ほくてんせいじいん)最高位であられた、昴極大法師(こうきょくだいほうし)様よ。大陸・賢者衆のお一人、“気”術者の最高権威」
いつの間にかシータが、サクヤとイェンランを伴って、部屋に戻っていた。
「シータ…!お前もいたのか」
「お久しぶりね、アーシュ。なかなか面白い事やってくれてたじゃないの」
シータはちょっと意地悪く笑った。
「……言い訳するつもりはないが…」
アーシュラは唇を噛み締めた。が、すぐに顔を昴老人に向けると突然哀願した。
「大法師様!!お、お願いです!キイを、キイを助けてください!」
皆はいきなり取り乱したアーシュラに驚いて息を呑んだ。
「どうしたかの、何があったのか。
…とにかくそれを飲んで、落ち着いて全てをお話なされ。
大体の予想はできておるが…」
キイの容態は桜花楼(おうかろう)で再会した時の、アムイの話で大体検討がついていた。
だが、どうしてこうなってしまったのかは、聞いてみないとわからない。
原因を知らなければ、解決策も立たないのだ。
アーシュラは頷くと、アムイに介添えしてもらって、薬を飲んだ。
熱く、魂の中心からエネルギーが沸き起こってくるようだ。
しばらくして落ち着いたのか、アーシュラはゆっくりと、今までの事を皆に詳細に語り始めた。
…ゼムカでの事。ザイゼム王との事。…そしてキイが自ら自分を封じた事…。
今もキイの意識はどんどん沈み続け、肉体が衰え、何度も呼吸が止まった事がある事実も。
彼の話を聞いていくうちに、アムイはどんどん血の気が引いていった。
(…何度か呼吸が…止まって……!キイ…!!)
その事実にもショックだったが、なによりもっと衝撃だったのは、キイが自ら封印するため、虹の玉を飲み込んだ事だった。
アムイはその有様が手に取るようだった。
キイがどんな思いで、どんな気持ちで、笑いながら己を封印したのか……アムイにはショックだった。
乾いた目が涙を流す事を拒否し、その行き場の無い感情の渦はアムイの身体を駆け巡り、また自分の中で深い闇に落とされた。
……キイ!!
キイをここまで追い詰めた…。その事実も憎いが、多分その元の原因は自分だ。
…キイは…キイは…俺を守るために…!!
あの日を黙するために…!!自分達の忌まわしい事実を封印するために!!!
「二重封印…」
突然、昴老人がポツリと言った。
「え…?」
只ならぬ表情の昴老人に、皆、何事かと一斉に注目した。
「どうかされた?昴老師…」
シータが思わず声をかけたが、昴老人は今まで見たこともない難しい顔をして唸っていた。
「二重封印…!キイめ、何て事をしたんじゃ…。
何て無謀な事を…!!何て厄介な事を……」
「どういう事だ!?爺さん!キイは何をしたって言うんだ!」
アムイは昴老人に食って掛かった。尋常じゃないものを感じていた。
「う、うむ…。キイの奴、何という大胆な事をしたんじゃ…。
いくら己の秘密を守るためとはいえ…。このような命をも顧みない事を…」
昴老人は青い顔をして頭を抱えた。
「…その…二重封印って…どういう事なのですか?大法師…」
アーシュラも、昴の苦悶の言葉に恐れを感じていた。
しばらく沈黙していたが、昴老人はおもむろに顔を上げると、意を決したように説明し始めた。
「つまり簡単に言えば、キイは封印を二重にしてしまったのじゃ。
一つの封印でも大変なことなのに、その上にまた違う封印をかけた…。
それがどういう意味かわかるかの?
特にキイの生まれながらに持っておる“気”は常人の持たぬ稀有なもの。
それをまず、《気配を消すため》に額に封印の玉を埋められた。
常人には簡単な封印でもあるが、キイは特殊だから解くには慎重にならざるを得ない。
これだけでも大変な事なのに…、あやつは…。
それを承知で、自らを封じ込める封印を施した。
そのために、最初の封印を益々身体の奥に閉じ込め、押し込めてしまった。
二つの封印は互いに影響し合い、がっちりと強固になっていく。
つまり、解く事がかなり困難で慎重にならざるを得ない状態となっているはずじゃ。
その上、《自らを封じる》封印は、意識を魂の奥に沈ませるモノでもある。
《“気”を封じる》封印もその重みで一緒に体内の奥に影響しながら共に沈んでいく。
時間が経つにつれて、封印がどんどん深くなっていくという事じゃ。
放っておくとどんどん意識が沈み、“気”も沈み、魂まで封印される…。
そのために肉体は機能しなくなり…最終的には死に至るじゃろう。
まるで自殺行為。
…多分キイの奴はそれを知っていて、あえて行動したとしか思えん。
己の稀有な“気”を持つが故、制御のためにかなり“気”には精通しておるはず。
この事を知らない奴ではない。…知っていてあやつは…。
…一か八かの賭けに出たか、さすが漢(おとこ)よ。
さすが豪胆と知られる【宵の流星】と呼ばれる男…」
アムイは眩暈を起こしそうだった。
自分の嫌な予感は現実になっていた。
…キイがここまで承知しながら行動した、という事は…。
本当にあいつは追い詰められていたんだ。
……己の価値を知っている者には、このような無意識状態になっても、自分をぞんざいには扱わないと踏んだ上で、意識を封じたと思うが…。
「その封印を解くにはどうしたらよいのですか?」
シータが心配そうに尋ねた。昴老人は溜息をついた。
「二重にかけた封印を解くには、時間と段階、慎重さがいる。
まず最初に、意識を封じたものを解き、最後に“気”にかけられた封印を解く。
言えば単純で簡単なのじゃが、やっかいな問題は最後の“気”の封印での…」
「やっかい?」
アーシュラも心配で声が震えている。
「意識の封印の重みのせいで、普通にかかっていた“気”の封印が奥に沈みこんどるはず。
それを時間をかけて引き上げながら外していかんと大変な事になるのじゃ。
…つまり今のキイは、コルクで栓をした泡の液体(炭酸)の入った瓶のようなものと想像してくれるといい。
今の奴の“気”はそのせいで、かなり圧をかけられ凝縮し、体内にどんどん溜まっているはず。
それをいきなり栓を取りはずすとどうなる?」
アムイはよろめいた。…どうなるって…それはもちろん…。
昴老人はアムイの様子を見て頷いた。
「……キイのあの“気”が、とてつもない大きさと量で、勢いよく噴出す恐れがあるという事じゃ」
アムイは目の前が一瞬、暗くなった。
……白い閃光。
真っ白な風。
天の唸り。地の咆哮。空気の牙。………神の怒り。
「そうなったらどうなるかは…わしにも想像つかん。
だからこそ最後の封印は、熟練した気術者が慎重に解いていかなかればならないじゃろ。
しかもアーシュラの話によると、わしが作った薬を一瓶持っとるという事。
…なら、通常2週間命は持つはずじゃ。だが、キイは特殊なので一概には言えんが…。
とにかく、なるべく早くキイを診ないとならんの…」
昴老人の話に、皆はしんと静まり返っていた。
その沈黙をアーシュラが破った。
「…きっとまだキイは凌雲山(りょううんざん)にある屋敷にいる…。
俺が案内する。あの山は子供の頃、庭のようにしていた場所だ。
隠れた道など熟知している」
「そうか。なら頼むぞ。とりあえずお前さんは怪我をしておる。
普通に動くには2-3日はかかる。その間に策を練ろう。
…のう?アムイ」
はっとしてアムイは昴老人の方を見た。
「あ…ああ…」
昴老人はしばらくアムイの青白い顔を見た後にこう言った。
「アムイ、お主もその間に…例の事をしておこう。
………前に進んでいる自分を、キイに見て貰いたいのじゃろう?
それに…お主の封印した記憶に、何かしらのヒントも隠されてるかも知れぬ。
……お主達二人の闇。キイがそこまでして守ろうとしたもの…。
……大体の事はわしも…竜虎も何となく想像はついていたが…」
アムイは辛そうに微笑んだ。
「わかってる…爺さん…。誘導をどうか頼む。……俺はもう決めたんだ。
もう…逃げない、と」
昴老人は、アムイのその言葉に力強く頷いた。
アムイの心は激しい衝動に駆られていた。
キイ…俺のキイ。
お前がどんな思いで、自らを封印したのか。
お前がどれだけ、俺とこの地を思ってくれているのか。
まるで大きな力で頭を殴られたようだった。
あいつはきっと…。俺を待っている。
俺があいつの元にくる事を。
成長した俺が自分を引き上げに来るのを…ずっと待っている。
この三年。あいつはどんな思いで意識の奥で漂っているのか。
それを思うと…切なくてたまらない。
こんなに時間がかかってしまった。
ここまで来るのに時間がかかりすぎてしまった。
ごめん、キイ。俺が不甲斐ないばかりに。
俺は……俺こそお前を守らなければならないのに!
(…キイ様…を…お守りし…てあげて…ね)
(キイ様の存在…お前が…守…るのよ……)
母の最期の言葉が、アムイの心に何度も繰り返される。
アムイはじっと、涙の出ない乾いた目を見開き、宙を見つめ続けていた。
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