« 暁の明星 宵の流星 #87 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #89 »

2010年5月20日 (木)

暁の明星 宵の流星 #88

翌日。

どんよりと曇った空から、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。
最近暖かくなってきた北の国モウラも、こういう天気になると、かなり肌寒い。

アムイはずっと、昼なのに薄暗い空を、窓越しに眺めていた。
窓にパラパラと雨の雫が音を立てている。

まるで、母さんが死んだ次の日のようだ。
アムイの暗黒を映す黒い瞳が揺らめいた。
身体から微かな震えが起こってくる。…かなり緊張していた。

「アムイ、心の準備はよいかの?」
背後で昴老(こうろうじん)の声がした。
アムイは振り向いた。「ええ」
そして彼は他の仲間達の方にも振り返ると、低い声で言った。
「……出来れば…。お前達にも…いて欲しいのだが」
皆は驚いた。アムイからそう言われるとは思っていなかったからだ。
「え…?いいの、アムイ?私達がそんな大事な事に関わって…」
イェンランが遠慮がちにそう言った。
「兄貴…。無理しなくてもいいよ。…だって…」
サクヤも心配してアムイに言った。だがアムイは首を横に振った。
「いや、お前たちにも知っておいて欲しい。……これからの事を考えても…。
この記憶は俺個人のものでもあるが、一国が滅んだ真実でもある。
…それに、お前達に俺の闇を知ってもらう事は、俺自身、闇を超える覚悟を固めるためにも必要なんだ。
…どんなに…過酷な記憶であろうと…。解放し超えていかなければならない。
それにアーシュラの話だと、もうキイの存在を隠し続ける事は、どう考えても無理だ。
多分…キイの特殊な“気”の存在も…キイを手に入れようとする奴らの思惑も…。
隠し切れない段階に来ている。
だからそろそろその事実を、信頼できる人間に知っておいて貰わなくてはならない。
…キイの為にも…」

アムイの決意に、皆は黙って頷いた。
「では、隣の部屋に移ろう。もうわしの方の準備はできておる」
そう昴老人は言うと、部屋を出て行った。皆もそのまま、昴老人の後に続いた。
最後に部屋を出ようとしたアムイは、寝台で半身起き上がっているアーシュラに振り向いた。
「…アーシュ。お前、動けるか?」
アーシュラはいぶかしんだ。
「ああ…。かなり回復したから…歩くくらいは…」
「なら、お前も来るか?」
「え?俺も?」
アムイは頷いた。
「…いいのか?アムイ。俺もお前の闇を覗く事になるんだぞ」
アムイはじっとアーシュラの目を見つめた。
「…俺の事を…お前は大嫌いだと言った。どうしてかは…俺にはわかるよ。
聖天風来寺(しょうてんふうらいじ)で、お前の俺を見る目。気づかない訳なかった。
…お前、俺が疎ましくてしょうがなかったろ?
キイにべったりと依存していたこの俺を」
アーシュラもアムイをじっと見た。ずっと、この男がキイの隣にいるのが嫌だった…。
「そうだよ。…今でも変わらないけどな」
アーシュラはふっと笑った。
「その原因を、お前に教えてやる。…俺達の全てを教えてやる。
…お前…キイが好きなんだろう?」
「アムイ…」
「キイを愛しているお前には、知る権利があるよ。
…しかもこんなになってまでして、大嫌いな俺のところまでキイのためにやってきた。
……キイが…どうしてあれほど…取り乱したのか。
どうして…危険を顧みず己を封印したのか…。
きっとお前もこれで理解すると思う」
アムイはそう言って、アーシュラに手を差し伸べた。
アーシュラは一瞬、躊躇したが、意を決すると黙ってアムイの手を取った。
おぼつかない足取りで、アーシュラはアムイの肩を借りて隣の部屋に向かった。

(俺の方がアムイに依存しているんだ)
(お前達に俺達の何がわかる?)

あの時のキイの苦悶の表情が、ずっとアーシュラの心に引っかかっていたのだ。
素直に知りたい、と思った。
彼の、苦悩を、心の闇を…。少しでも彼を理解したかった。

部屋はすでに昴老人によって準備がされていた。
窓にはカーテンが引かれ、まるで部屋は夜のように暗くしてあった。
そこに、ぽつりぽつりと、数個の蝋燭の灯りが揺らめき、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
中央にアムイが胡坐をかいた。その前方に昴老人が立つ。
他の皆は息を潜めて、後方の方に横並びして座っていた。

「では、アムイ。お主の心の奥底に仕舞ってある…。
森に隠された箱を捜しにいこうとしようぞ。
覚悟はよいな?」
「ああ、爺さん」
アムイはそう言って、目を瞑った。
「わしが…お前を誘導する。お前はわしの声だけを聞くがよい。わしの声に集中するように。
……お主の傷ついた心を守ろうと、闇の箱はそう簡単には開かないかもしれぬ。
だがおまえ自身が、開けると決めたのなら、大丈夫じゃからな」
そう言いながら、昂は自分の人差し指をアムイの額に押しつけた。
「心に受けた傷というものは、簡単なものがあれば、複雑なものもある…。
どういう原因で傷つき、トラウマになったのかは…。
一つの原因だけでなく、複数の出来事や感情が絡み合っている事が多いのじゃ。
闇の箱を開いた後は、ひとつひとつを解きほぐし、自分で気づき、納得させ、解放し、手放す。
このような作業が待っておる。すぐに解決するものもあれば、時間がかかるものもある。
だから闇がなかなか上手く処理できなくとも、焦らなくても良いぞ。
箱から出してしまえば、後は自力でも、他力の力も借りても、解決する術はあると思うからじゃ。
厄介なのは心の奥底に閉じ込め、出てこない闇。こうなると他人も手を出せないでの。
ま、人の心という物は、複雑にできておるからな。
…これで、お主が何故人を遠ざけているのか、何故夜眠れないのか、…そしてどうして感情の涙が出なくなってしまったのかの…原因がわかると…かなり楽になるじゃろう」

昂老人は息を整えると、口の中で、何やら経文を唱え始めた。
そしてぐっと神経を集中させると、ゆっくりと穏やかな声でアムイに囁き始めた。

「アムイよ。わしの声を、わしの声だけをよくお聞き。
……わしの言うように息を整えよ。ゆっくりと吸って…吐いて…。そう。

これからお主の意識は深い深い底に落ちていく。そうじゃ、宝探しをしよう。
お主の心の中にある森に共に捜しに行こう。大丈夫、わしがずっとついておる。
ほら、見えてきたぞ。…ほう、これがお主の心の森か…。
かなり深くて…大きいのう…」

昂はアムイを誘導しながら、彼の意識とシンクロしていた。
そのために、アムイの思う事、見ている事、心に起きている事が、手に取るように見え、わかるのだ。

アムイの追憶の森は、暗く、ざわついていた。
アムイの心が恐怖で騒がしくなっているかのように。

「おや?」
昂老人は気が付いた。その森の中、ひとりの小さな黒い髪の男の子が蹲っている。
昂が見ているものは、アムイも見ているという事だ。
アムイは奥歯を噛み締めた。
「小さな子がそこにおるのう、アムイ。…さぁ、その子の傍に行き、声をかけてごらん…」

アムイは言われたとおり、暗い森で小さくなっている子供に近づいた。
その子は俯いたまま、膝の上に長方形の木彫りの箱を抱えている。
アムイは声をかけようとして、息が止まった。
その男の子は泣いていた。涙をポロポロ流し、身を縮まらせて。それにこの子は…・。

「どうした…アムイ。その子がどうした?」
「…箱を…持っている…。小さく蹲って泣いている…」
「その子をよーく見てごらん。知っている顔ではないか?」
アムイの眉がピクリと動いた。
「……俺は…この子を知っている…。だってこの子は…。
知ってるも何も…俺だ…。七歳の時の…俺自身…」
「そうか。じゃ、その子がお前の闇の箱をもっているのじゃな…。
勇気を持って話し掛けようの…。
持っている箱をその子から貰わないと…開けられぬぞ」

アムイは意を決して、幼い自分に手を差し伸べた。
(…その箱を…俺に渡してくれ…)
だが、幼い自分は恐怖に引きつった表情で、嫌がった。
(お願いだ。その箱を俺に…)
(イヤ…)
(え?)
(嫌だよ…お願い、怖い…怖いから…この箱を取り上げないで)
(なんで…)
(だって開けようとしているんでしょ?この箱を開けるために来たんでしょう?
やめて…それだけは嫌だよ、絶対イヤ!!)
幼い自分の拒否反応は、己が思っていた以上のものだった。
何回かの押し問答の末、幼い自分は泣きじゃくってしまい、話を聞いてくれる状態でなくなってしまった。しかも肝心の闇の箱をぎゅっと抱え込んで、益々手放そうとしない。
アムイは途方に暮れた。…このままでは…。

どうしたらいいか困っていると、アムイの耳に昂の声が優しく響いた。

《アムイよ…。その子は本当に傷ついておるのじゃな…。…可哀想に…。
心がボロボロじゃないか…。
ずっとこうやってひとり、暗い森の中で泣いていたのじゃなぁ…。
……そうやってお主自身…長い間、苦しんでいたのか…。さあ、アムイ。
その子を…傷ついた子供の自分を…抱きしめてやりなさい。
抱きしめて、もう大丈夫だと、慰め、受け止めてやりなさい。
お主はもう、それができる大人になったのじゃ。
傷ついた子供の心を、自分自身を優しく包んでおやり。》

アムイは幼い自分と同じ目線になるよう、ゆっくりと屈んだ。
震える手で、小さな自分にそっと触れる。
そうだ…。もう自分は大きくなったのだ。
小さな子供を、すっぽりと包めるくらい…大人になったのだ…。
泣きじゃくる小さな自分…。辛くて苦しくて…悲しくて…。
アムイはたまらなくなって、ぎゅっとその子を抱きしめた。
(もう大丈夫。もう苦しまなくていいんだよ…。
怖いなら俺がずっと抱いていてあげる。
辛かったんだね…。悲しかったんだね…。今まで放っておいてごめんな…。
その傷を…俺が治すから。そのために俺は来たんだよ。
……だから安心して、その箱を俺に渡してくれ)
(本当に…?)
(ああ、もちろんだよ。もう苦しい思いをさせない。
全て受け止めるから。その覚悟をしてきたから…。
もう何も考えず、俺の所においで)
腕の中の小さな自分は、震える息を吐くと、小さく頷いた。
悲しげな表情はなくならなかったが、少し、嬉しそうな目をすると、ふっと姿が消えた。
気が付くと、その子の代わりに、闇の箱がアムイの両手に残っていた。


《…さ、ゆっくりと箱を開けよう、アムイ。その箱はお主の手でしか開けられぬ箱。
怖がらなくともよいぞ。お主は今、ひとりではない。わしも共におるからな》

アムイは一呼吸おくと、震える手で箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと上に持ち上げた。

一瞬、アムイは目を逸らした。
何故なら、開けた途端に黒い大きな靄が箱から飛び出してきたからだ。

ぶぁわ~っと、その黒い靄は勢いよくどんどん箱から出てくる。
思わずアムイは悲鳴を上げた。

「ああ!あああっ…!!」
誰も聞いた事のない、アムイの恐れの声が、暗い部屋に反響した。
「落ち着け!落ち着くのじゃ、アムイ!大丈夫。
わしがおるぞ。わしがお前を支えとる。心配せずに落ち着いてその黒い物を見よ」
アムイの心の中で起こっている事は、全て昂老人には見えている。
アムイは冷や汗を掻きながら、息を整えようと荒い息を繰り返した。
心臓が早鐘のように鳴り響く。
「ああ…!キイ!!あ…嫌…。お、女の人…が…おれ…を。と…とうさ…」
アムイは黒い物に翻弄されて、混乱していた。
色々な映像と感情が交差する。
「アムイ!しっかりしろ!大丈夫じゃ。今お主はひとりではないぞ。
ひとつひとつ共に箱から取り出そうの。その黒いものは…お主が閉じ込めた闇の記憶じゃ」
そう言うと、アムイの額に置いていた指を外し、昂老人はその手でアムイの震える手を取った。
「さあ、何が見える?何が起きた?
勇気を出して声に出してみよう。ゆっくりと…話してみよう。
わしも今、お主と共に見ておるぞ。だから安心しなされ。
何かあったらわしがお主を支えとる」

その言葉に、アムイは徐々に落ち着きを取り戻してきた。
そして、からからになった喉を潤そうと、何回も唾を飲み込んだ。
昂老人はぎゅっとアムイの手を握り締めた。
まるで命綱のように。アムイを安心させるために。

「ほらアムイ…。何かが見えてきたぞ…。ほぅ、何という…」
昂も目を閉じ、アムイと共にその記憶を映像として見ていた。

「ああ…。本当に…。何て…桜が綺麗なんだ…」

アムイは感嘆していた。
セドの国に着いて、初めて目に飛び込んできたのが、大量の桜の木だった。
ちょうど今が見ごろだったのか、まるで狂ったように咲いている。
こんな光景はアムイは初めてだった。

「白い…小さな花びらが…風に舞っている…。綺麗だなぁ、まるで雪が降ってるみたい…」
ポツリ、ポツリと語りだす、アムイの声は心なしか子供のようだった。
昂もまた、その光景を見ていた。

桜の美しい…綺麗な国…セド…。

アムイの語りに、サクヤも胸が詰まった。
自分の記憶にある、自分の生まれた国。
…今はもうない…幸せだった…あの頃…。


「キイと二人、母さんが死んで…。俺達はキイの伯母さんだという女の人に…連れられて…。
父さん…の生まれた国に…やってきたんだ…」

アムイはもう落ち着いていた。
これから何を思い出そうと、今の自分はひとりではない。
昂老人も、そして近くに…自分と共に行動してくれた仲間がいるのだ。
勇気を、彼らから貰っているのだ。


アムイは、噛み締めるようにゆっくりと語りだした。

18年前…自分がセドの国に来た時の事を。
半分落としてきた記憶を拾いに。
封印した記憶をたどりに。

セドの国に来てからの記憶は、あの運命の日までならある程度、アムイには残ってはいた。
…自分が…キイの弟だった事実も、父がこの国の王族で、しかも大罪人だった事実も。
だが、飛び飛びで記憶は飛んでいた。
具体的に何があったか、何をされたかを、幼いアムイは封印していた。
特に国が壊滅した運命の日の記憶は、まるごとごっそり抜けていた。

それを解き明かすには、順を追って、思い出していかなくてはならなかった。

アムイにとって、辛くて悲しい、あの時の事が…くっきりと鮮明に18年ぶりに表れ始めた。

母が殺され、キイと二人、セドの地に立ったアムイ。
美しい桜の歓迎は、アムイの心を少し慰めてくれた。
「綺麗だね、キイ。初めて来たけど、こんな綺麗な所だったの?
父さんの生まれた国って…」
アムイは少しだけ、父の生まれ故郷の話を聞いていた。
父…アマトは、その話になると、何故かとても悲しげで、辛そうだった。
その様子を見たくなくて、自分はあまりその話をねだらなかった。
それでもアマトの語る故郷は、どんなにこの地が美しくて、人々が皆やさしくて、平和だったか…、アムイに話して聞かせてくれた。
それだけでも、父が国を愛している事は充分、小さな自分にも伝わっていた。
いつかは自分もこの目で見られたらなぁ、と密かに思っていた。

…そして今、アムイの目の前に、父が語った故郷の姿そのままが広がっていた。

「何で父さんは…。こんな綺麗な国を出たんだろう?」
「…さあ…?アマトの事は俺にもよくわかんねぇや。…でも、俺、ここに住んでた記憶、あるみたいだ。
あの時は外に興味なかったから、あまりよくわかんないけど。
確かに…何となく…」
キイとすれば、外に気持ちが閉じていた期間を、記憶はしていても、その気にならなければ再生したくなかった。
アムイと出会う前の自分は自分じゃないから…。


そして二人は大きなお城に連れて行かれて驚いたのだ。
「こ、ここが…伯母さんのおうち…?」
「そうよ」
にっこりと、ミカ、と名乗るキイの伯母は言った。
その伯母に、うやうやしく周りが頭(こうべ)を垂れていく。
「お帰りなさいませ、神王大妃(しんおうたいひ)様」
その言葉に二人は驚いた。
「え?ええ?それじゃ…伯母さんはここのお妃さま…?」
「ええ。私は現神王の生母なの。…キイのお父様と、私の夫が兄弟なのよ」
「そ、それじゃあ、…キイはこの国の王子様になるの?」
アムイは驚いてキイを見た。
キイは困った顔をしていた。……その自分の父親というのは…アムイの父親でもあって…。つまり、アマトの事だ。自分は全く知らなかった。…アマトがこの国の王子だったなんて…。自分が黙っていてくれ、と言っていたからこの伯母は何も言わないが、そうするとこのアムイだって…この国の王子だ。
アムイは憧憬の眼差しで、キイを見ている。
「すごい、すごいや!やはりキイは特別だったんだね!
キイが王子様…すごいぴったりだ!」
何も知らないアムイは興奮している。キイは益々複雑な心境になっていった。
その二人の様子を、微笑んでミカ大妃は見ていた。
だが、目の奥は笑っていなかった。
彼女はそうして、二人に一人の少年を紹介した。
その子はずんぐりしていて、白い肌でそばかすがあり、お世辞にも見目がいいとは言えなかった。
ちょっと挙動はおどおどしているが、身なりはとても立派だった。
「この国の神王よ。私の息子…つまり貴方の従兄妹になるわ、キイ。
フユト、というの。歳はキイと同じ9歳になるわ」
その従兄妹という小さな王は、キイを見るなり目が輝いた。
「凄い…。キイと同じ歳で…この国の王様…」
アムイがポツリと呟いた。ここに来てから驚く事ばかりだ。
「今日からキイは王族の部屋で過ごしてね…。貴方は…特別なのですから」
ミカのその言い方に棘があるような気がして、キイは嫌な感じを受けた。
「ね、フユト、キイをお部屋に案内してあげたら?」
「はい、お母様!」
フユトは小さな瞳をきらきらさせて、キイの近くに寄り、手を引っ張った。
「よ、よろしくね、キイ!僕達従兄妹だって…仲良しになろうよ。さあ、一緒に行こう!」
「お、おい待て!いきなり引っぱんなよ!…アムイだっているんだから…」
キイの嫌がる様子に、ミカは冷たく言った。
「キイ様。…貴方はこの国の王子です。…この神王の従兄妹ですよ?
…わかるわよね?アムイ。だからお前とキイ様は身分が違うのです。
アムイはここから先に入ってはいけません。
…さ、アムイは私がこれから生活する所に連れて行きますからね」
と、彼女はアムイの手を取った。
「な、何だって?おい、お前、アムイを何処に連れて行くんだ!
アムイは俺と一緒じゃなきゃ…」
と言いかけて、キイははっとした。
自分達の気の交流は、落ち着くまでなるべく他人には言わないよう、昂というじーちゃんに釘を刺されていた…。
しかも、自分から互いが兄弟だという事を伏せてくれ、と懇願していた。
キイは己の発言にがんじがらめになっている事に気が付いた。
何も言い返せない…。キイは悔しさで、唇を噛み締めた。
その様子を冷たい目で見ていたミカは、ふっと笑った。
「大丈夫よ、キイ。昼間はたまにですけど、お友達のこの子には会えますわ。
貴方はここの王子として、お過ごしなさいませ」
最近、自分もあのじーちゃんのお陰で、力の制御がひとりでも出来るようになっていた。
昼間だけでも、アムイに逢えれば…何とかなるだろう。だが。
「おい、本当に此処で過ごすのは、アマトが来るまでの辛抱なんだろうな?
アマトが来たら、今まで通り、アムイといられるんだな?」
「ええ。もちろん」
ミカの冷たい声色に、キイは益々不安を掻き立てられた。
「ねぇ、ねぇ!早く行こうよ、キイ!色々見てもらいたいものがあるんだ…」
フユトはうっとりとした眼差しで、キイを見つめている。
「アムイ…」
心配そうに自分を見るキイに、アムイは辛かったが、にっこりと笑った。
「キイ、大丈夫だよ…おれ。また、明日会おうね…」


そうして二人はこの城で離された。

キイはこの城の最上階に。
アムイは城の中階に。一応、この時のアムイは、キイの客人として扱われていたのだ。

二人は寂しかったが、これもアマトが自分達を迎えに来てくれるまでの辛抱だと、信じていた。
……まさか…大人達の事情が、これから容赦なくこの二人を打ちのめすとは知らずに…。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

|

« 暁の明星 宵の流星 #87 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #89 »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星 #88:

« 暁の明星 宵の流星 #87 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #89 »