« 暁の明星 宵の流星 #90 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #92 »

2010年5月25日 (火)

暁の明星 宵の流星 #91

「な、なんだと…?王族名簿が盗まれた?」
セド王国摂政シロンは真っ青になった。
「確かにこの間までここにあったのですが…」
「あ、あれが今世間に出たら大変なことになる!まだ早い…。
やっとキイが我々の手元に戻り、あの力を制御するための組織を作ろうとしているのに…!!」
「シロン様…」
「誰だ?誰がこのような事を…」

セド王家内は大変な騒ぎとなった。
あの名簿には、亡くなった姫巫女とキイの名がしっかりと刻み込まれている。
それがもし今の段階で、オーンの手に渡ったら…。
もうセドの国はおしまいだ。あの時のような処罰ではすまないだろう。
…何故ならば、あの当時、姫巫女に子供がいたとは大聖堂に伝えていない。
ひたすら隠し持っていた事が明るみになれば、その理由もおのずと明白になる。
もう、言い訳はきかないのだ。


キイが部屋に閉じ込められてから、もうすでに一週間が過ぎようとしていた。
かなり深刻な状況だった。
アムイと出会ってから、こんなに離れたのはキイは初めてだった。
しかも、コントロールできるようになったのだって最近の事で、まだ幼いキイには抑える力が足りない。
あの、痛みと恐怖を思い出し、キイは身震いした。
この制御できない忌まわしい力がこのまま暴走し、自分の身体を駆け巡ったら…どんな事になるのか…。
キイすらわからない。いや、この地にいる人間だってわかる者はいないだろう。
それだけ自分の持っている“気”は、未知の物であった。
それがキイの恐怖を掻き立てた。
「アムイ…」
キイはずっとなんとかしてここを出ようと目論んだ。だが、窓も全て外から鍵を掛けられていた。
まるでこのために、この部屋を用意したかのようだった。
絶望がキイを襲ったその時、コンコン、と何やら物を叩く音がして、はっとした。
それは部屋の扉の方からだった。
キイはまた、使用人が食事を持ってきたのか、と思った。
もちろんその隙を窺(うかが)って脱出しようとした事もあったが、見張りが何人もいてできなかった。
それにしても夕食時にはまだ早い。
何かと思っていると、小さな子供の声が扉越しに聞こえた。
(まさか、アムイ?)
キイは急いで扉の方に向かった。
「キ、キイ?」
微かだったが、フユトの声がした。
「…何だ、お前か」
キイはがっかりした。…もうあれから一度もアムイの声を聞いていない。
その事もキイの不安を募らせていた。アムイの安否…。
「キイ…!僕、どうしても君に逢いたくて…!お母様にお願いしたんだけど、絶対に許してくれなくて。
…だけど少しでも声だけでも聞きたくて、僕…」
「…なぁ、フユト。頼みがあるんだ…」
「え?」
「お前、ここを開ける鍵、何処にあるか知ってるか?」
「だ、駄目だよ。お母様に叱られる。…そりゃ…僕はここで育ったんだから、詳しいけど。
鍵の居場所くらい、お手の物だけど」
しどろもどろだが、何となく自慢げに聞こえるのは気のせいか?
「すっっげえなぁ、フユト。お前さすがここの神王だぜ。そうか、鍵のある場所わかるのか。
じゃさ…。お前しか頼めないって事だよな?ここを開けられるの」
キイはわざと言った。フユトは満更でもなさそうだ。だが煮え切らない。
「で、でも…。こんな事お母様に知れたら僕…」
「フユトさぁ、お前は神王なんだろ?この国でいっちばん偉いんだろ?
…それに、俺もお前に直に逢いたいんだぜ」
「え…」
もう仕方ない、心にもない事言ってやれ。
「ここから出たら、キスしていいぞ。いや、俺がお前にキスしちゃうかもな」
「ほ、本当!?キイ!…わ、わかった!待ってて!すぐに捜してくるから!!」
興奮した声で叫ぶと、フユトはその場を急いで立ち去っていった。
キイは溜息が出た。単純というか、何というか…。ま、可哀想な奴といったらそうなんだが。
で、申し訳ないが…。

がちゃ、と音がして、ゆっくりと扉が開いた。
「キイ、今誰もいないから…!早く出てきて…」
ぼそぼそとした声でフユトが話しかけながら部屋に入ってきた。
そのちょっとした隙を狙って、キイはフユトが開けてくれた扉から部屋の外へと飛び出した。
「キ、キイ?何処行くの!?待って!ねぇ!キ、キスは…???」
「悪い!!また後でな!フユト」
「キイ!?」
フユトには悪かったが、とにかく早くアムイに逢いたかった。
それにもう限界に来ていた。アムイに自分の“気”を早く受けてもらわないと…!!
キイは神経を集中させた。
アムイが何処にいるか、キイにはすぐにわかる。アムイもそうだ。
お互い離れていても、呼び合い、引き付けられる。キイは懸命にアムイの“気”をたどろうとした。
が、その時。
いきなりほら貝のような音が、外でけたたましく鳴り響いた。
「な、何だ!?」

キイは知らなかったが、東の国ではほら貝のような大きなラッパの音は、戦闘準備の合図だった。
その音に重なるように別にサイレンの音が城内に響き渡った。
「何が…何が起こったんだ?」
キイは尋常じゃない様子に胸騒ぎを覚え、窓から外を見渡してぎょっとした。

幾千もの武装した馬上の戦士達が城を取り囲んでいた。
先頭の一隊から、あのほら貝の音がする。
するとひとりの金糸の混じった亜麻色の髪をした戦士が白馬を操り、城の前に進み、声高々に叫んだ。
「我は聖戦士最高指揮官、聖剛天空代理司(せいごうてんくうだいりし)サーディオである!!
セド王家よ。お前達の神を愚弄した行い、全て大聖堂はお見通しぞ。
神の申し子を穢し、宝を奪った罪は重い。
お前達王族に神罰を下す!!
セド王家断絶、及び一族全てに処罰を与える。
大人しく天空飛来大聖堂(てんくうひらいだいせいどう)の意向に従えよ!
従わなければ国を攻める!!」


異例な事だった。


大聖堂とセド王家は密接な関係である事から、何かトラブルがあった時は、事前に通達、もしくは使者が話を持ってくるのが通常であった。
それがいきなり兵を連れての宣戦布告…。罪状宣言…。
大聖堂が激しく怒っているのが明白だった。

「セド王家よ!大人しく身柄を我々に差し出せ!
特にお前達が、巫女を穢し、神を欺いた結果である王子を引き渡せ!
神の力を盗み、天から奪ったその子供を…!!!」

キイは蒼白となった。
それって…俺のこと?
確か…俺のお母さんは…大聖堂の最高位…巫女だったって…。
それじゃあ…!!


蒼白となったのはキイだけでない。
玉座の間にいたシロン達も大聖堂の怒りを受けて、恐怖に慄いていた。
…最悪な事態になってしまった…。
とうとう大聖堂に巫女の事がばれてしまった…。
話ではなく、いきなり兵が来た事に、もうセド王家に恩情は望めない…!
「シロン様!い、いかがしましょうか…!!」
側近達も怯えている。
このまま大人しく大聖堂のいう事をきくか…それとも…。
「あの様子では、王家に恩情は望めまい。
…大人しく降伏するという事は…王家を断絶させなければならない事!
だめだ…・そんなのは絶対駄目だ!!
何の為にそれを覚悟で我々がキイを手に入れたのだ?
そうだ、これも全ては王家存続のため……!!」
シロンはそう呟くと、側近に大声で指示をした。
「兵を集めよ!!これから大聖堂と戦う!!絶対に王家を断絶してはならぬ。
戦闘開始だ!!」
一瞬、周りの者は震え上がった。
神の戦士と…剣を交える…?
だが、セド王国の存続を賭けた選択だ。
王家断絶…すなわちセド王国の消失も意味するのだ。
ここで引くわけにはいかなかった。


サーディオ聖剛天司(せいごうてんし)は、セド王家側の意向を察知した。
「ならば…!力づくでも制裁を下す!その子供を天に返す!皆のもの、城を攻めよ!!」


こうして大聖堂とセド王家の戦いが始まった。

城を中心に、セドの国は戦火の渦に放り込まれた。

同じく玉座の間にいた、賢者衆のひとりマダキが、シロンに言った。
「シロン殿!今こそキイ様の力を試す時です!!
あの方の力を見せ付ければ大聖堂も頭(こうべ)を垂れるでしょう!
我々は神の力を手にしているのです!何も恐れる事はございません!!」
「そ、そうか!そうだな!我々にはキイがいる…。
だが、大丈夫か?マダキ…。まだキイの力を使った事も制御した事もないぞ…?
しかもお前の選出した気術者達はまだ揃っておらんじゃないか」
「ご安心を。そのために私も気術を学んでおります。
それにキイ様の力を解放する術は責任者のティアンから教わっております」
その言葉にシロンはほっとした。
「うむ。その事はお前に任すぞ!なるべく早く頼む。
大聖堂の手にキイが渡る前に…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「そうか…そういう事があったのじゃな…。
アムイよ、辛かったろう、痛かったろう…。
身も心もその時かなりのダメージを受けておる…」

昂老人(こうろうじん)の温かい声が部屋に響く。もちろんアムイの心にも。
皆もアムイの幼い頃に受けた虐待の惨状に、ショックを受けていた。
その時のキイの辛い気持ちにも、皆は同調していた。
イェンランは幼い二人の気持ちを考えると、涙が止まらなかった。
アムイの傷。そしてそれを間近に見ていたキイの気持ち…。
どんなにか苦しかったろう…。悔しかったろう。

そしてキイの秘密…。
その事実も皆、驚きを隠せなかった。

アムイの封じた記憶も、最終段階に入っていた。
だが、ここに来てアムイの様子がおかしくなった。
「アムイ?しっかりなされ」
昂は励ました。アムイが思い出そうとする…その運命の日…。
アムイの潜在意識は、恐れのために激しい拒否反応を起こしていた。
「い、いや…!やめろ…!!」
目を閉じたまま、苦悶の表情でアムイは震えた。
「アムイ、大丈夫じゃ。今見ているものは過去の事ぞ。
もう過ぎ去った出来事だぞ。
その時の感情が再現され、恐怖しても、これはもう終わってしまった出来事。
今のお主はここにおる。わしも、皆も、お前を守っておる。
だから何が起ころうが大丈夫じゃ。何かあったら必ず助ける」

アムイは生唾を飲み込んだ。
震えが止まらない。
昂はその様子を見ながら優しく語りかけた。
「さあ、アムイよ…何が見える?あの日何が起きた?
…オーンの戦士達が、セドを攻め入った…あの日…」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アムイはけたたましいほら貝の音で目が覚めた。
もうすでに夕刻が迫ってきていたが、まだ日は落ちていなかった。
昼間、またミカ大妃が錯乱し、アムイは殴られた。
その時どこかで頭を打って失神していたらしい。
痛む頭と身体を庇いながら、アムイはよろよろと窓から外を見て驚いた。
「何?これは…」
おびただしい兵士の数。先頭の白馬に乗った戦士。
そしてその彼の宣言に、アムイはぎょっとした。
(それって…、キイの事…?)
天に返す、という言葉の意味はよくわからない。
でも、この人達がとても怒っていて、キイに何かしようとしている事ぐらい、子供のアムイにもわかった。
「キイ…!」
幸いな事に、ミカの姿はここにはなかった。
アムイは痛む身体を庇いながら、キイの元に行こうと部屋を飛び出した。

怒声と共に、金属音が重なる音が響き、城下で戦いが始まった事をアムイは知った。
アムイは焦った。
動く度に、傷つけられた身体が痛むが、もう猶予はない。
何とかキイの部屋に着いたアムイは、扉が開け放たれ誰もいない事に愕然とした。
(キイは…?どこ?キイ!!)
アムイは自分の事よりも、キイが心配で、懸命に彼の“気”を追った。
(どこ…?どこにいるの…?キイ)
アムイは王族が住む区域を、全て探ったが、キイの気配はなかった。
…なぜ?どこに行ったのキイ…まさか、まさかもう捕まった…?
アムイは階段まで急ぎ、“気”を感じようと集中した。
微かだが、キイの“気”が最上階の方にあるのをアムイは察知した。
「キイ!!」
アムイはキイの元へと急いだ。


キイは唇を噛んだ。
突然の事態に気を取られて、うっかりしていた。
その場でキイはマダキ達に取り押さえられてしまい、あっという間に最上階にある、玉座の間に連れて来られたのだ。
この玉座の間は、神王が座す、神聖なる政(まつりごと)の場。
誰でも入れる所ではない。ましてや神王の座る玉座は、代々神王に即位した者以外は触る事はできないのだ。
その玉座は今はフユトの物だ。だが、肝心のフユトはいなかった。
彼はどこかでキイを捜しているに違いない。

「ようこそ、第187代目神王、キイ・ルセイ=セドナダ。私達はそなたを奉りますぞ」
一瞬、シロンが何を言ってるのか、理解できなかった。
「し、神王…?俺が??」
「そうです、キイ神王。我々はこの日を待っていた。本当はもう少し貴方様が成長してからと思っていましたが、緊急事態です。どうか我々に勝利を」
「おい…。一体何を言ってるんだ…?俺は何もできないぞ…」
キイは震えた。いけない、何か身体の奥がおかしい。これは…。
「貴方様の、その素晴らしいお力。世間に知らしめるときが来たのです、キイ様」
マダキが薄笑いを浮かべながら、キイを掴んでいる手に力を込めた。
「何だと!?お、俺の力…、それって…」
キイは眩暈がした。その事もさることながら、今、自分の“気”の流れがおかしいのに恐怖を感じていた。
アムイと長らく逢えなかった為、まだ制御が不安定なキイの“気”は決壊しそうに膨れていた。
大人のキイならばこのような事態、気力でコントロールできるが(それでもかなりの苦痛を伴う)今のキイはまだ9歳の子供だ。
抑える事が難しい。というよりも、抑える術を知らなかった。
自分がどうにかなってしまいそうな、恐怖。幼いキイは震えた。

その時、聖戦士の第一軍が、セドの兵士達と剣を交えながら、玉座の間の近くまでやって来た。
シロンは慌てた。今邪魔されたら敵わない。
「皆の者、ここに奴らを入れてはならぬ!とにかく全員応戦しろ!!
マダキ!そなたはキイの事を頼む!!急いでくれ!」
そう吐き捨てると、剣を取り、猛々しくシロン達は戦闘に向かった。


キイはマダキと二人、玉座の間に取り残された。
「キイ様、さぁ、マダキに全てお任せを」
「や、やめろっ!!」
キイは咄嗟的にマダキを蹴り上げた。それがマダキの急所に当たった。
「痛っ!!」
あまりにもの痛みに、マダキは蹲った。その隙にキイは逃げようとした。
が、キイの“気”の凝縮、放流が、今始まろうとしていた。
あの、狂おしい、まるで出口を求めるかのような激しい流れ。
キイは苦しみと痛みで、その場から動けなくなった。
(ああっ!!アムイ!!助けて!!)
キイは心の中で叫んだ。
マダキは苦痛を堪えながら、キイに近寄り、再び彼を捕まえた。
「キイ様…。逃しませんよ…!
ほら、ちょうど貴方の“光輪の気”が内側で渦巻いております。
この力を外に出すのです…!!さあ!!」
マダキはキイが逃げ出さないよう、彼の両手を片方ずつ長い紐で縛り、腕を広げるように柱に括りつけた。
「な!何する!?」
キイの額にマダキがゆっくりと手をかざす。
「安心なされ、一旦、“気”を塞き止めます。
もう少し溜めたほうが威力がありますからね。
それにそのままではお苦しいでしょう…」
すうっと突然キイの身体が楽になった。だが、内側で“気”が膨張している感覚は残っている。
「き、貴様…」
身動きできないキイは、マダキを睨み付けた。
「何も怖がる事はありません、キイ様。
このマダキが“光輪の気”を解放してあげます。
ちょっとお苦しいかもしれませんが…」


マダキは子供のように胸が躍っていた。
いよいよ、私の今までの研究の成果が…。裏文献の証明が…。
今だかつて、誰も成し遂げた事がない、誰も経験した事もない、誰も見た事のない…。
神の“気”【光輪】。
それを今、この私が初めてこの地で発動させるのだ。
神の力を。天の“気”を。


「や…やめろ…!頼む、やめてくれ…!!」
キイは恐怖した。今まで感じた事のない恐れ、だった。
彼の内側で、狂ったように唸る“光輪の気”。
まるで出口を追い求めているようだ。
キイの中で、この“気”がどんどん凝縮していくのがわかる。
(アムイ!)
キイは心の中で叫んだ。
(助けて!アムイ!!)

マダキは一呼吸置くと、嬉しそうに手をキイの額に持っていく。
そう、ティアンの言うとおり、“光輪の気”の出口を額のチャクラに作るのだ。
「やめて…」
キイは思わず目を瞑った。勢い良く噴出す“気”を想像して身体を硬直させる。

その時。

ガツッと殴る鈍い音がして、目の前のマダキが吹っ飛ばされた。
「キイ!!」
その声に聞き覚えがあった。いや、忘れられない待ち焦がれた、声。
それは紛れもなく…。

「アマト!!」

かなり急いでここに来たのだろう。
キイの目の前には、肩で荒く息をしているアマトの姿があった。

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村

|

« 暁の明星 宵の流星 #90 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #92 »

自作小説」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暁の明星 宵の流星 #91:

« 暁の明星 宵の流星 #90 | トップページ | 暁の明星 宵の流星 #92 »